31:琴美の願い
1
吹きっさらしの社で話すのもなんなので、カヤは琴美を洞窟へと連れて行った。
「カヤ、いなくなってからずっとこんな場所で生活していたの?」
洞窟の様子を見た琴美は涙をこぼしカヤの身体をぎゅっと抱きしめた。
「大変だったでしょ。病気とかしていない?」
「ええ、今のところ特には……それに別にずっとここに居たわけではないですし」
けれど、話をしながら考えてみると、最近のカヤの寝床は森の中だったりぼろぼろの祠だったり……まともな家屋で寝ていない。
もしかしたら、わたしはとっくの昔に病気になってもおかしくない危機的生活を送っているのかもしれない。
「きゅぅー?」
カヤたちの声を聞きつけて、洞窟の奥からノヅチが現れる。
「わっ!? なにこのでかい毛虫!?」
初めてノヅチを見た琴美はびっくりしてカヤの背中に隠れた。
「そんな怖がらなくて平気です」
カヤはノヅチに手を伸ばす。
ノヅチは甘えるような声を上げてふわふわした毛皮をカヤの指にこすりつけた。
「ほら、襲ってきたりしないでしょ?」
「えぇ……本当?」
「ほんとほんと」
琴美は恐る恐るノヅチに手を伸ばした。
「わぁ……すっごいモフモフ……」
ノヅチの毛皮に目を丸くする。
「寝るときもモフモフして温かいし、割と優しいし、とってもいい子なんですよ」
カヤは視線を逸らしながら続けた。
「その…………夜以外は」
琴美はカヤの意図がつかめずに首を傾げた。
「それで、姫様を助けてというのはどういう事なのですか?」
カヤは無理やり話題を変えた。
「あっ、そうだ! 私、そのことをカミサマにお願いするために来たんだった!」
琴美はカヤに迫った。
「ねえ、カヤ! ここにはカミサマいるんでしょ? お願い! 私をカミサマにあわせて! 私、どうしてもお願いしなくちゃいけないことがあるの!」
「カミサマに?」
「そう!」
琴美の必死の形相はとてもじゃないが冗談を言っているようには見えなかった。
でも、カミサマ、かあ。
カヤはノヅチに目を向けた。
ノヅチは洞窟に迷い込んだアリの行列に向かってちょっかいを出して遊び始めていた。
これがこの山のカミサマだと教えて、琴美は果たして納得するだろうか?
「あの、最初にわたしに話してもらえませんか?」
「え?」
「その話をわたしがカミサマに伝えますから」
カヤは視線をさまよわせる。
「なんというか、わたし、カミサマと知り合いになったのです」
さすがに頭の悪いセリフだっただろうか。
カヤは赤くなった頬を隠すためにうつむいた。
「カヤ」
声に顔を上げる。
琴美はドキッとするほど真剣な顔をしてカヤを見ていた。
「なんですか?」
「頭大丈夫?」
「ひどい!」
カヤはショックを受けてその場によよよと倒れ込んだ。
2
「始まりは、姫様の生贄の儀式」
琴美はまだ納得しきっていなかったようだが、それでもぽつりぽつりと話し始めた。
「カヤと玉姫が館からいなくなった後はいろんなことがあったんだよ……カヤは玉姫様が直儀さまに謀反の疑いをかけられて手配されたことは知ってる?」
カヤは頷いた。
もしかしたらその辺の事情はカヤの方が琴美より詳しいかもしれない。
「逃走していた玉姫様は一週間前に直儀さまに捕まって、賀茂の館に連れ戻されたんだ」
「はい、それも知って……ちょっと待ってください、一週間前?」
「うん、なにかおかしい?」
琴美はきょとんとした顔でカヤを見た。
カヤの記憶が正しければ、玉姫が捕まったのはつい先日の話である。
それが、一週間前?
つまり、カヤは七日近く寝ていたという事なのだろうか?
そんなバカな、と思う。
けれど――
カヤは足元のノヅチを見た。
ノヅチは、どうやらアリの行列を洞窟の外に向かわせることに成功したようで、一仕事終えた後の満足感を漂わせながら横になっていた。
たぶんカヤはノヅチに怪我を治してもらったのだろう。
あれだけの傷が治るまでの時間と考えると七日は破格なのかもしれないとも思う。
「カヤ?」
「いえ、いいんです。続けてください」
「それで、玉姫様は今、地下の牢に入れられているの」
「牢に?]
そこまでされているのは少し意外だった。
「うん、実の娘なのに。そこで尋問を受けている……私、昨日、玉姫様のところに行ったんだ」
「会えるのですか?」
「玉姫の仲間だった人が手引きしてくれたから」
「そうですか……姫様はどうでしたか?」
「まだ大丈夫だけど、もしかしたらこれ以上尋問が厳しくなるようだと分からない」
琴美は悔しそうだった。
「私は姫様にお願いされたんだ」
琴美はカヤを見た。
「山ツミ岳のカミサマを呼んできてって」
琴美は淡々と告げた。
「直儀さまを、殺してもらえって」
「……え?」
カヤは驚きに目を見開いた。
玉姫がどうなったかをかいつまんで話し始めた。
そんなわけで、話は一週間ほどさかのぼる。




