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30/37

30:カミサマの規則

 

 1

 

「そういえば、結局わたしの傷はどうやって治したのですか?」

 

 日が沈みかけた洞窟でくつろいでいたカヤは、ずっと抱いていた疑問を口にした。

 

「きゅう?」

「ほら、この傷」

 

 カヤは着物をはだけさせ、胸の真ん中を見せつける。

 そこには真新しいピンク色の傷跡がはっきりと残っていた。

 六郎太の矢で貫かれた時の傷跡だった。

 傷跡は大きく深く、背中にまで達していた。

 

「普通こんな大怪我、治るはずないと思うのですけど」

「きゅい~、きゅいきゅい」

 

 カヤの問いにノヅチは身振り手振りで何かを説明する。

 首を縦に振り、横に振り、二匹でくっついてウロボロス的な輪を作り……

 

 さっぱりわからなかった。

 

「とりあえず、あなたたちがなんとかしてくれたってことでいい?」

「きゅいきゅい」

 

 ノヅチが頷く。

 

「わたしいつもあなたに助けてもらってばかりですね」

 

 ノヅチは首を横に振った。

 けれどカヤはかぶりを振って繰り返す。

 

「あなたは気にするなと言うかもしれませんけど、わたしは気にします……今日のご飯だって、全部ノヅチさんに持ってきてもらいましたし」

 

 大怪我をした割にカヤの食欲は健在だった。

 その日のご飯は山ツミ岳の山の幸で、ノヅチたちが持ってきてくれたものを、カヤが手伝って調理したものだった。

 調理と言っても下ごしらえは全部ノヅチたちがやってくれたので、カヤがすることはほとんどなかった。

 ただ、ノヅチたちは火をおこすことが出来ないらしく、そこだけはカヤがやった。

 こんな器用な生き物なのに不思議な話だ。

 

「玉姫様がいたら、何か説明をしてくれたのかもしれませんね」

 

 ふと、カヤはその名をつぶやいた。

 沈黙の天使が舞い降りた。

 

 一匹のノヅチが慌てて洞窟の奥へと走り、すぐに木彫りの水差しと湯飲みを持って戻ってきた。

 

「なに?」

「きゅいきゅい!」

 

 早く飲めというようにノヅチは湯飲みを押し付けた。

 一口、口を付ける。

 様々な果実の混ざったような甘い香りが口の中に広がって、それから胸の奥が熱くなる。

 

「おいしい……」

 

 水差しには果実酒が入っていた。

 カヤを元気づけるために用意してくれたのだろう。

 ノヅチはこういうところで妙に優しい。

 

「……ありがとう、ございます」

「きゅいきゅい」

 

 ノヅチは嬉しそうに首を振った。

 カヤはため息をついた。

 

「あなたたち、本当にいろんなことが出来るのですね」

「きゅい~」

「もしかして、この水差しや湯飲みも自分で作ってたり」

「きゅぅ♪」

 

 ノヅチは嬉しそうに頷いた。

 

「マジですか……」

 

 カヤは手に取った湯飲みを改めて眺める。

 丸っこいデザインの木彫りの湯飲みは、カヤの小さな手にしっかりとフィットする。

 ゆるい曲線を描く本体は熟練の職人の手によるもののように滑らかで、とてもじゃないが素人の作ったものとは思えない。

 

「木彫りも出来るなんて、なんでもできすぎでは?」

「きゅい~」

 

 ノヅチはびくびくと身もだえした。

 褒めると悶えるノヅチの様子がおかしくて、ついつい言葉を重ねてしまう。

 

「水差しも全然水漏れとかないですし、とっても上手」

「きゅい~っ」

「お魚もきれいにさばけるのっていいですよね。家庭的で素敵だと思います」

「きゅうぅ~っ!」

 

 カヤの言葉にノヅチは生きのいい魚のようにびちびちと跳ねる。

 

「最近ちょっとだけあなたのこと好きになってきたような気がしないでもないですよ?」

 

 カヤはウィンクと共にとどめの言葉を解き放った。

 

「きゅいいぃぃいぃ~~~っっ♥♥」

 

 ノヅチたちは興奮した豚のような声を上げ、あたりをのたうち回った。

 

 決まった……ノヅチは完全に落ちた。

 これはパーフェクトコミュニケーション間違いなしである。

 意味不明な達成感に包まれるカヤ。

 

 けれど彼女の予想は正しかった。

 確かにノヅチたちは完全に落ちていた。

 ていうか、完全に理性を失っていた。

 

「きゅい! きゅいきゅい、きゅぅ~♥」

 

 興奮が限界を超え一匹のノヅチがカヤの身体に飛びつく。

 

「きゃっ……いきなり何するのですか!?」

「きゅい、きゅきゅぅ~、きゅきゅぅ~?」

 

 ノヅチはカヤの着物の帯を口でぐいぐいと引っ張り、カヤを裸にひん剥いていく。

 

「まだ日が沈んだばかりなのに、イヤです! そういう気分じゃありません!」

 

 カヤはノヅチを押しのけようと腕に力を籠めるが、少女の細腕ではノヅチを引きはがすことはかなわない。

 

「誰か、助けて!」

 

 カヤはほかのノヅチに助けを求めた。

 

「ひっ、やだ何……え?」

 

 けれど、返ってきたのは踵を舐めるぬるっとした粘膜の感触で、カヤは反射的に足を引っ込める。

 しかし、ぬるぬるした感触はカヤから離れなかった。

 それもそのはずである。

 気が付けば周りには興奮し息を荒げたノヅチたちが集まって、四方からカヤの身体に迫っていた。

 多少体を動かしたくらいで逃げられる道理はない。

 

「ちょっと褒めてあげただけですぐこれですか!? 女子に褒められたら即自分に惚れてると勘違いする男子中学生じゃないんですよ!?」

「きゅいっ……きゅいっ……きゅぃっ……!!」

「やだ、離れて! んひゃぃ! 鼠径部を舐めないでください、このアホー!」

 

 ノヅチたちはカヤの制止には耳も貸さず、鼻息荒くじりじりと少女に迫る。

 油断していた。

 今までこういう雰囲気になったのは、だいたい夜遅くだったので、夕方なら平気だろうと高をくくっていた。

 これは、もう間違いなくヤられる時の雰囲気です!

 

「きゅい、きゅい~~っ!」

「ぎゃああ!」

 

 ノヅチたちはいっせいにカヤに襲い掛かった。

 

「やだ、離して――むぐっ! んんっ!? ぷぁ……変な物くわえさせないでください、この変態っ、ん゛っ! あぁ――っ♥」

 

 日は沈み月が昇る。

 高山の澄み切った空には満天の星が輝き始めていた。

 ノヅチたちの宴はまだ始まったばかりである。

 

 2

 

 それからどれくらいたっただろう。

 時間の感覚を失い、静かにノヅチたちに身を任せていたカヤだったが、洞窟の入り口の様子を見て不意に口を開いた。

 

「ねえ……ノヅチさん」

「きゅい?」

 

 少女の声に、胸の上で少女の肌を甘噛みしていたノヅチが視線を上げる。

 

「もう、空が白くなってきているのですけど……」

 

 洞窟から見える東の空は、深い紺色から太陽が昇る前触れの赤色に変わり始めていた。

 朝が近いのだ。

 

「きゅう……」

 

 ノヅチは名残惜しそうに少女の肌から口を離した。

 

 不思議だな、と思う。

 夜、暗いうちはカヤがいくら泣いても叫んでも、ノヅチたちは決して放してくれないのに、日が昇るというとあっさりと手放す。

 

 ノヅチの行動には奇妙なルールみたいなものがある気がする。

 水に弱かったり、火がおこせなかったり……ノヅチは何でもできるくせに、変なところで極端に不器用になる。

 夜の間しか愛せないというのもそういう縛りの一つのように感じた。

 普通の生き物にはない奇妙な縛り。

 それが、彼らがカミサマだということの証なのだろうか?

 

 カヤは小さく息を吐いた。

 少女の息は白く凍っていた。

 朝の冷気は洞窟の中にまで侵入してきていた。

 

「さむい」

 

 その声は、ほの暗い洞窟の中にいんいんと響いた。

 

「……」

 

 離れかけていたノヅチたちが再びカヤの元に集まってくる。

 

 ノヅチたちは少女の身体を押さえつけ、淫らな行為を再開した。

 まだ日は完全には昇っていない。

 だから、その前にあと一回、あと一回だけ――

 そんな声が聞こえてきそうな一途で身勝手な動きをカヤはおとなしく受け入れた。

 

 頭の奥がじんじんとしびれる。

 きっと少しだけお酒を飲んだからだ。

 そうに違いない。

 

 結局、カヤが眠りについたのは、日が完全に昇りきってしばらく経ってからのことだった。

 

 3

 

 午後の遅くにノヅチの寝床からはい出たカヤは、一日の大半を無駄に過ごしたときのやるせない喪失感を満喫しながら、ぼんやりとこれからのことを考えていた。

 山ツミ岳の社、柵と鳥居だけの原っぱに腰を下ろす。

 高山の空気にはすでに夜の気配が混じり始めていた。

 

「ほ、本当にいた!」

 

 いきなり自分以外の人の声がしてカヤはびくりと体を震わせた。

 社の向こう、白い鳥居のすぐそばに人影が見えた。

 

「お願い、助けて!」

 

 人影はまっすぐにカヤの方へと近づいてくる。

 

「お願い、カミサマ……姫様を、玉姫様を助けてください!」

 

 女性の声だった。

 どこか聞き覚えのある、ていうか耳になじんだ親しみを覚える声で、

 

「琴美さん――?」

 

 カヤは思わず声を上げた。

 地面に投げ出すようにして平身低頭していた女性が顔を上げる。

 

「……え? カヤ?」

 

 女性は信じられないというように大きく目を見開いた。

 そこにあったのは、カヤの同僚でかつ同居人、そして玉姫の女房でもある女性――琴美の姿だった。

 

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