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27/37

27:姫の祈り

 

 1

 

 カヤが死んだ。

 六郎太に殺された。

 許せない。

 許せない。

 絶対に、この男は許してなるものか。

 

「六郎太、お前は、私が殺してやる!」

 

 玉姫は袂から短刀を引き抜いた。

 

「はっ、姫様にできんのか!? 山では何もできなかったじゃねえか!」

「うるさい!」

 

 玉姫は短刀を腰だめに抱えて突っ込んだ。

 けれど、歴戦の武者に単純な打突など通用するはずもない。

 六郎太は余裕をもって玉姫をいなし、振り向きざまに足をかける。

 

「がっ!」

 

 したたかに背中を強打した玉姫の口から空気の塊がこぼれた。

 

「無理だなあ、やっぱり玉姫に俺を殺すのは無理だ」

「なぜだ!」

「姫様は技術はある。総大将に武術を仕込まれただけのことはありますぜ。けどよ、それだけなんだわ。姫様の攻撃は型通りすぎる。ここは道場じゃないんですぜ? 姫様、本当に俺を殺したいんですかい?」

 

 隻腕の武士はせせら笑う。

 玉姫は唇をかみしめた。

 悪人も止められず、大事な人を守ることもできず、仇すら取れない。

 いったい私は何なんだ。

 姫君はカヤへと目を向けた。

 

 その時、カヤの服がかすかに動いた気がした。

 

「! カヤ!」

 

 玉姫は慌てて倒れる少女の元に駆け寄った。

 

「きゅい~」

 

 着物の端からはい出てきたのは、赤く染まったノヅチたちだった。

 

「ちっ、やっぱりその妖怪がいたか」

 

 六郎太はすぐに臨戦態勢を取る。

 器用に足で鞘を押さえ、右手一本で太刀を抜く。

 何と言っても男は一度、そのノヅチたちに痛い目に合わされているのだ。

 再び襲われる可能性を警戒するのは当然のことだろう。

 

 けれど、ノヅチたちは六郎太の方を一顧だにせず、一目散にカヤの身体に集まってくる。

 ノヅチたちは次々と丸い鼻先を傷へと押し付けた。

 

 玉姫はふと奇妙な考えを思いついた。

 ノヅチはカミサマなのだ。

 もしかしたら、彼らならカヤを助けられるのではないか?

 玉姫は期待を込めてノヅチたちを見詰めた。

 けれど、ノヅチたちは困ったようにあたりを見回し、

 

「きゅいー」

 

 と一声鳴いた。

 

「そうよね、あんた達だって、死人を生き返らせることなんて、出来ないわよね」

 

 賀茂の鬼姫はうつむいた。

 

 竜神川からは山ツミ岳が良く見える。

 その日も山は、まるで下界のことなど無関心という顔をして、大きく、高くそびえていた。

 

「きゅい~」

 

 不意に、一匹のノヅチが大きな鳴き声を上げた。

 

「きゅぃーっ!」

「きゅぅ~」

「ぷぃ~」

 

 それに触発されたように、ノヅチたちは次々に空を見上げて鳴き声を上げ始めた。

 それは悲しんでいるようにも、何かを呼んでいるようにも見えた。

 

「なんだ……」

 

 六郎太は警戒したようにあたりを見回した。

 

 玉姫は地面がかすかに揺れ始めていることに気が付いた。

 玉姫は山での出来事を思い出した。

 あの時はノヅチが大きな鳴き声を上げた後に山崩れが起きた。

 また山崩れを起こすつもりなのだろうか?

 しかし、こんな場所で山崩れを起こしたところで何になるだろう?

 

 分からないけれど、玉姫はしっかりとカヤの身体を抱きしめた。

 地響きはだんだんと大きくなる。

 震源がどんどん近づいてくる。

 

「これは、何か地面の下にいるのか?」

 

 六郎太がつぶやいた。

 

 一瞬、死んだような静寂があたりを包み込んだ。

 

 次の瞬間、衝撃と共に、地面がめくれ上がった。

 

「きゃっ!」

 

 玉姫はカヤの身体に覆いかぶさった。

 土砂が舞い上がり、湿った土くれがあたりに降り注ぐ。

 

 いったい何が起こったのか。

 

 土の雨はすぐに収まった。

 金髪の姫君は恐る恐る顔を上げた。

 目の前には、化け物がいた。

 

 2

 

 手足のない寸胴な胴体は真っ黒な毛で覆われ、その先端には目も鼻もなく、ただ口のような丸い器官がついている。

 それは間違いなくノヅチの特徴を持っていた。

 けれど、その大きさが桁違いだった。

 

 鎌首をもたげた首の位置はあたりの木の高さを優に超え、胴体の太さは抱えるだけでも男手が5、6人は必要だろう。

 海にいると聞くクジラとてこれほど大きくはないだろう。

 

 言葉を失った六郎太がじりじりと後退る。

 

 人をはるかに超えるサイズ。

 これが山ツミ岳のヤマカミ。

 ヒトに崇拝され、生贄の儀式すら作らせた、人智を越えた本物のカミサマ――

 

 巨大なカミが近づいてくるのを玉姫は呆然と見守った。

 

「きゅい~」

 

 小さなノヅチたちが声を上げると、巨大なノヅチはゆっくりと頷き、その体の先端をカヤへと近づけた。

 

「ぎゅうぅ――」

 

 低い声で巨大なカミが鳴く。

 そして巨大ノヅチは口を開くと、いきなりカヤの身体に食らいついた。

 

「ちょっとあんた、何するのよ!」

 

 玉姫は慌てて巨大なノヅチに駆け寄った。

 

「カヤを離しなさい!」

 

 足元で騒ぐ少女に向かって、ノヅチはつまらなそうに一瞥を向ける。

 それだけで、玉姫はそれ以上前に進めなくなっていた。

 背筋を冷たい汗が滝のように流れ落ちる。

 本能が告げていた。

 この存在に歯向かってはならない。

 それはヒトに許された行為ではない。

 

 ノヅチが空を見上げる。

 その大きな口が少女の身体を頭から一気に少女の身体を飲み込んだ。

 

「カヤ!」

 

 カヤの身体を飲み込んだノヅチが動き出す。

 ゆっくりと首を返し自分が出てきた穴へと戻って行く。

 

 玉姫は慌ててその背中に追いすがった。

 しかし、ろくに補強もされていないトンネルは穴の底にノヅチが消えると同時に崩れ去ってしまい、後には出来損ないのクレーターのような跡しか残らなかった。

 ノヅチはどこに行ってしまったのか、これでは追いかけようもない。

 玉姫は呆然としてその場に座り込む。

 

「さてと、玉姫。お涙ちょうだいの別れは済んだか?」

 

 気を取り直した六郎太は玉姫に手を伸ばした。

 

「こちとらお前さんを生きたまま連れ帰るように命令されているんでね。おとなしくしてもらえると助かるんだが」

「命令? 誰に?」

「そんなこと言わなくてわかるだろ?」

 

 遠くから馬のひづめの音が聞こえてくる。

 一騎ではない。

 数十騎の武者たちが、土煙を上げて近づいてくる。

 近づいてきた武者たちは玉姫の元で馬足を緩め、そしてそのまま姫君を取り囲んだ。

 玉姫は武者たちを一瞥した。

 背中に背負ったのぼりに染め抜かれたのは、色も鮮やかな杜若。

 賀茂氏の家紋だった。

 

 武者たちの中から一騎が進み出る。

 

「大将、遅かったですね」

「これでも飛ばしてきたんだ。馬になんて久しぶりに乗ったぞ」

 

 久しぶりに聞く声だった。

 玉姫はその男を見詰めた。

 

「探したぞ、このじゃじゃ馬娘が」

 

 馬の上にいたやせた顔は、とても見慣れた顔だった。

 

「お父様」

 

 賀茂氏の宗主、賀茂直儀。

 それは、この国を実質的に支配する、武門の棟梁の姿だった。

 

「こいつを連れて行け」

「はっ」

 

 武者たちの腕が玉姫を捕らえる。

 玉姫は賀茂の館に連れ戻された。

 

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