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26/37

26:橋の上の攻防

 

 1

 

 その日も竜神川の関所は騒がしかった。

 もともと通る旅人が多かったことに加え、関の検問が強化されたことで、旅人が渋滞するようになっていたからである。

 

 その背の高い女と低い女の二人組の旅人が関を訪れたのは、ちょうど太陽が昇りきったくらいの時間だった。

 まっすぐに関所へと近づいた女は、暇そうにあたりを見回していた兵へと近づいて、前置きもなく声をかけた。

 

「少し話したいことがあるのですが」

 

 まだ若い、少女と言ってもいい声だった。

 少女は声を潜めて告げた。

 

「玉姫を捕まえました」

 

 いきなりそんなことを言われた兵は不思議そうに瞬きし、

 

「は?」

 

 と、首を傾げた。

 小さな女は唐突に背の高い方の女がかぶった頭巾をわずかにずらす。

 そこからは見まごう事なき金髪がこぼれて見えた。

 兵士はびっくり仰天した。

 

「そ、その髪、間違いなく――」

「ここではこれ以上は見せられません……ここで一番偉い人はどこですか?」

「大将――直久さまは関のそばの上杉の陣屋にいるが……」

「分かりました、それじゃあそこに向かいます」

「ま、待て。その前に上司に話をしてくる。少しの間そこで待っていろ」

「なぜですか?」

「金の話となると俺だけじゃ判断できないからだよ! とにかくそこで待っていろ!」

 

 兵士は慌てて関所の建物へと引っ込んだ。

 待たされた少女は所在なさそうに地面を蹴り、関の向こう側へと目を向けた。

 上杉領と賀茂領、二つの国の国境にはまだ検閲の兵が残っていた。

 

 その時、背の高い女――玉姫と一人の旅人が接触した。

 

「あっ」

「きゃっ!」

 

 勢いはそれほどなかったが、いきなり背後から押された玉姫その場で倒れ込んでしまった。

 

「ああ、ごめんなさい、いきなりぶつかってしまって……あっ!」

 

 玉姫に手を伸ばした女は、驚きのあまり凍り付いたように固まった。

 倒れた時の衝撃で、玉姫がかぶっていた頭巾がはがれ、玉姫のトレードマークである輝くような金髪があたりにあふれてしまっていたのだ。

 

「た、玉姫様!!」

 

 女が叫んだ。

 とたんに旅人たちの視線が二人に集まる。

 

「ん、何だ……アレ、玉姫様じゃないか?」

「何? 金二十両の賞金首だっていう、あの玉姫か?」

「玉姫は世にも奇妙な黄金色の髪をしていると人相書きにあったし、間違いねえ」

 

 ざわつく旅人たちは玉姫を取り囲むように集まってくる。

 

「二十両はあたしのもんだよ!」

 

 叫び声と同時に一人の女が玉姫の腕に手を伸ばした。

 身の危険を感じた少女は玉姫の腕をつかみ、パッとその身を翻した。

 そして、それが合図になったようだった。

 

「そうだ、玉姫を連れて行けば俺も二十両が!」

「どけお前ら、玉姫は俺が連れて行く!」

 

 旅人たちは玉姫の元へとしゃにむに手を伸ばした。

 

 橋の状況に遅まきながら気が付いた兵たちは、おっと刀で駆け付ける。

 

「静まれ! 静まらんか! お前たち、ここがどこだと思っている! 関で暴れることは重罪だぞ!」

「そんなこと知ったことか! 邪魔だ! 俺の、俺の金が逃げるだろうが!」

「黙れ!」

 

 兵たちは混乱を抑えようと刀槍を取り出した。

 けれど、それは返って逆効果になってしまったようだった。

 

 荘園領主の横暴や寺社貴族の搾取に耐えかねた民衆が武装蜂起することも少なくなかった時代である。

 目先の大金に目がくらんだ旅人たちは武器くらいではひるまなかった。

 武器を見た民衆はむしろ興奮の度を上げ、我先にと玉姫へと手を伸ばす。

 橋の上は大混乱に陥った。

 

「姫様、今のうちです!」

「分かってるわよ!」

 

 混乱に乗じ、二人の女は橋の向こうへと駆けだしていた。

 

「あっ、待て!」

 

 兵士たちは慌ててその背中を追いかける。

 

「ノヅチさん、あいつらを足止めしてください!」

「きゅい~!」

 

 少女が叫ぶと同時に、着物の裾からするりと細長い何かが抜け出す。

 細長い何かは毛むくじゃらで、その場ですぐにぐるぐると勢いよく回転をし始めた。

 

「なんだ、あれは」

 

 警戒し、速度を緩める兵に向かって、毛むくじゃらの生き物は、いきなり矢のように飛び出した。

 鈍い打撃音があたりに響き、

 

「いってぇ!」

 

 兵士はその場で悶絶した。

 

「くそ、こいつ、的確に弁慶の泣き所を……あいた! やめろ! 痛い! ぎゃぁ!」

「きゅうきゅう!」

 

 細長い蛇のような妖怪は兵たちが振り回す刀を素早い身のこなしで避けながら、的確に兵の足元を狙う。

 

「いってー! こいつ!」

 

 完全に頭にきた兵は夢中で細長い生物を追いかけまわした。

 

「バカ、そいつを殺すことが目的じゃない! 玉姫が逃げる!」

 

 しかし男たちが妖怪と戯れている間に、玉姫はすでに橋を通り過ぎていた。

 

 2

 

 玉姫を捕まえたと名乗り出た少女は、もちろんカヤだった。

 

 橋の関所を突破するために玉姫が立てた計画はとても単純だった。

 自分を囮にして橋の上を混乱に陥れ、その隙を見て突破しようというのである。

 先ほど真っ先に叫んだ女は前の晩に助けた娼婦の一人で、わざと混乱を起こさせるために一芝居売ってもらったのだ。

 これは危険な賭けだった。

 けれど、どうやらその賭けは今のところ成功したらしい。

 

「きゅい~」

 

 背後から高いノヅチの声が聞こえ、カヤは後ろを振り返った。

 

「きゅい♪」

 

 跳ねるようにして走ってきたノヅチは、そのまま勢いよくカヤの胸へと飛び込み、それから素早く着物の下に潜り込んだ。

 兵たちの足止めをしてもらったノヅチだった。

 

「ありがとう、ノヅチさん」

「きゅい~☆」

 

 着物の下から声がした。

 カヤはほっと溜息をついた。

 無事でよかった。

 そう思った。

 

 道の行く手には小高い丘があった。

 あれを越えればもう安心だろう。

 

「橋さえ抜けてしまえば上杉の城はもう目と鼻の先よ。このまま一気に――」

 

 玉姫は早足で歩きながら丘を越える。

 カヤはその後を追おうとした。

 その時だった。

 

 突然、胸にものすごい衝撃がぶつかって、カヤは地面にたたきつけられた。

 いったい何が――

 声を出そうとして、出せなかった。

 その代わりに零れ落ちたのは、ヒガンバナのような真っ赤な塊。

 

「はっ……」

 

 息が漏れる。

 胸がめちゃくちゃ熱い。

 見ると、木の棒が胸から突き出ている。

 木の棒の先端には鳥の羽がつけられており――

 やっと理解する。

 これは矢だ。

 つまり、わたしは、矢で射られたのだ。

 

「カヤっ!」

 

 ぼんやりとにじみ始めた視界の中で玉姫がこちらに走り寄ってくるのが見える。

 そしてその向こうに、鬼のような形相をした男の姿が見えた。

 

「あぁ――」

 

 後ろ、という言葉は、空気の抜けるような奇妙な音に取って代われる。

 玉姫の腕がカヤの身体を抱き起す。

 

「カヤ……なんて……こんな………っ!」

 

 姫君の着物がみるみる赤く染まっていく。

 玉姫の目に絶望的な色が浮かんだ。

 これだけ出血していては、もう――

 

「よお……姫様」

「お前!」

 

 玉姫はゆっくりと視線を上げる。

 その先に、そいつはいた。

 

 その男はとても奇妙な格好をしていた。

 ぼろをまとっただけのような粗末な格好。

 口にくわえた見慣れない道具。

 どれも人の目を引くのに十分だろう。

 けれど一番目立つのはその腕である。

 弓手――左腕がないのだ。

 

「地獄から舞い戻ってきたぜ、あんたに復讐するためによぉ……!」

「六郎太ぁ!」

 

 玉姫は咆哮と共に立ち上がった。

 そこにいたのは、ノヅチに片腕を食われた隻腕の武士、熊井六郎太その人だった。

 

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