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24/37

24:殺戮の少女

 

 1

 

「それじゃあその頭巾を取ってもらおうか……」

「やめなさい! やめないと兵を呼ぶわよ!」

「呼べるなら呼んでみろよ? どうせお前たちもお尋ね者なんだろ? 関銭よりずっと高い渡し舟を探すなんて普通やるはずねえものなぁ?」

 

 図星を突かれ玉姫は唇をかんだ。

 

「やれ」

 

 人買いの男は周りの若い男たちに顎で指図する。

 適当に布切れを合わせただけの頭巾は簡単に引き裂かれた。

 ぱっと玉姫の髪が広がる。

 太陽のようにまぶしい金色の髪が夜の宿にきらめいた。

 

「あっ」

 

 男たちは驚きの声を上げた。

 

「こりゃ驚いた! こいつは賀茂家の玉姫様じゃねーか」

「それは本当か?」

 

 売春宿の主人が問う。

 

「ああ、城下の酒蔵で丁稚をしていた時、配達で賀茂の屋敷に入ったことがあるんだ。この顔、確かに見覚えがある。それにこの髪色……間違いねえ、こいつは賀茂の鬼姫だ!」

「そうよ……わたしは賀茂陸奥守直儀の次女、玉姫よ。文句ある?」

 

 玉姫は大きな宝石のような瞳で男たちを睥睨する。

 

「い、いや……」

 

 男たちは気後れしたように生唾を飲み込んだ。

 若衆は判断を仰ぐように主を見た。

 この場で一番冷静だったのは、やはりその男だった。

 

「玉姫といえば、確かお尋ね者になっていたな」

「え、あっ」

「生かして捕えれば金二十両だとか」

「金二十両!?」

 

 男たちは目を見張った。

 

「たしか、侍女の娘にも賞金がかかっていた……計画変更だ。玉姫とこの娘は明日の朝、関所まで連れて行く。お前ら、こいつらを蔵に閉じ込めておけ」

「この、離しなさいよ! 離せ!」

 

 若者たちは捕らえた姫君を連れて蔵へと向かおうと踵を返し、それから不意に振り返った。

 

「へへ……でも兄貴、侍たちに渡す前に、味見くらいはしてもいいよな」

「何その典型的な木っ端悪役みたいなセリフ!? 恥ずかしくないの!?」

「うるせえ」

 

 容赦のない殴打が少女の頬を赤く染める。

 玉姫は男たちをにらみつけた。

 

 若者たちはもうすでにこのお姫様は自分たちの物だと思っていた。

 売春宿の主は、

 

「いや、玉姫には手を出すんじゃねえ」

 

 と首を横に振った。

 

「なんだよ。侍なんかにおじけづいたのか」

「そうじゃねえ。だが、玉姫は生かして連れてくるようにと書かれていた。万が一のことがあったら困る」

「一度手籠めにするくらい、何の問題もないだろ?」

「じゃあお前らは金二十両払えんのか?」

「それは……」

 

 若者たちは視線を逸らせた。

 

「けど今日は女を抱けるからって来たんだぜ。これじゃあ話が違う」

 

 若者たちの大半は、売春宿の主人によって街道沿いの村々から集められた破落戸やチンピラに過ぎない。

 今晩だって、女をタダで抱けるから、という甘言に乗せられて来ただけだった。

 

「それは分かっているから安心しろ。別に俺は、玉姫には手を出すな、としか言ってないぜ」

「あっ」

 

 若者たちは地面に倒れた少女へと視線を移す。

 人買いの主は冷酷に告げた。

 

「その娘は生死を問わず金三両ということになっているからな。最悪壊してしまっても構わない」

 

 若者たちは顔を見合わせる。

 

「姫を蔵に連れていけ」

「おう」

 

 若者たちは浮かれた足取りで姫を蔵へと連れて行った。

 

 2

 

 カヤが目を覚ましたのはそれからしばらくしてからのことだった。

 目を覚ますと白い布団が見えた。

 その事実にちょっと感動した。

 だって白い布団ですよ? 白い布団!

 

 カヤはこの数日間ずっと野宿をしていた。

 といっても、カヤは毎晩ふかふかのノヅチたちに抱かれながら眠っているので、別に体が痛くなるとかそういう事はないのだけれど、でもやっぱり布団の上って言うのは別格である。

 だって布団というのは人が寝るため、ただそれだけのために作られた道具なのである。

 そんなもの、この世に布団以外であるだろうか?

 いや、ない!

 

「はぁ……」

 

 カヤはうっとりとした顔で再び目をつむり、

 

「おい、二度寝するんじゃねえ」

 

 粗野な声で目を覚ました。

 

「……?」

 

 寝ぼけ眼であたりを見回す。

 カヤは自分が男たちに囲まれていることに気が付いた。

 瞬間、何があったかを思い出す。

 

「姫様――!」

 

 跳ね起きようとしたカヤは、上半身を起こしたところでバランスを崩し、再び布団に寝転がった。

 腕が縛られていた。

 状況を理解する。

 

「姫様はどこですか?」

「さあなあ、まあ今頃どうなってるか……お前にだってわかるだろ?」

「……姫様のところに連れて行ってください」

「おいおい、お姫様のことじゃなくて、今は自分の身の心配をした方がいいんじゃないか?」

 

 にやにやとした笑みを浮かべながら男はカヤに手を伸ばしてきた。

 

「やめてください」

 

 カヤは身をよじって男の手から逃れた。

 幸い着物はまだ奪われていなかった。

 服の下には、ノヅチたちがカヤの言葉を待っていた。

 カヤは男たちをにらみつける。

 

「なあに、そんなに怖がるなよ。案外、慣れればはまるかもしれねえぜ? 男の良さって奴によ」

「そうそう、初めてなんだろ? 優しく、ゆっくり、骨の髄まで教えてやるよ」

 

 男たちは哄笑した。

 

 ノヅチたちは胸元からカヤを見上げ、じっと少女の様子を見詰めていた。

 彼らが何と言っているのかわかる気がした。

 ノヅチは母に許可を求める子供の様に、無邪気にカヤに尋ねていた。

 

 ねえ、もう、こいつらを食べていい?

 

「ええ、いいですよ」

 

 カヤは帯を緩めて、着物をわずかにはだけさせた。

 

「お、やっとヤラせる気になったか」

 

 少女は胸元の化け物にささやくように告げた。

 

「全部、食べていいですよ、ノヅチさん」

「は?」

 

 若者たちはポカンと呆けた様な笑顔を浮かべてカヤを見た。

 瞬間、

 

「「「「きゅい~~♥」」」」

 

 小袖の襟から裾から袖口から、無数のノヅチたちが飛び出してくる。

 それはまるで手品のように若者たちには見えた。

 悲鳴が上がった。

 一方的な虐殺は、ものの数分で終わりを告げた……

 

 3

 

「ここから出せ! 出しなさいよ!」

 

 一方で、閉じ込められた玉姫は、蔵の中で暴れていた。

 売春宿の裏にある蔵は四畳ほどの小さな部屋に仕切られ、その一室に玉姫は閉じ込められた。

 部屋には薄い布団が一枚あり、くみ出し式のお手洗いが部屋の隅に設置されていた。

 蔵全体を饐えた匂いが覆っていた。

 

「出せ、出さないと怒るわよ! おい!」

 

 玉姫は扉に拳を叩きつける。

 しかし、重い扉をいくら叩いても、返事は返ってこなかった。

 

「……クソっ!」

 

 自分の無力が悔しかった。

 なぜ、あんな連中にいい様にされてしまうのだろう。

 私はなぜ、いつも自分の大好きなものも守れないのだろう。

 カヤはどうなったのだろう。

 玉姫は地面に座り込み、足の間に顔をうずめた。

 

 それからどれくらいの時間が経っただろう。

 

 突然、金属をガチャガチャと鳴らす音がして、どこかで扉の開く音が聞こえた。

 誰かが蔵の扉を開いたらしい。

 

 玉姫ははっと身をこわばらせる。

 もう朝になったのだろうか?

 私を連れて行くのだろうか?

 

 けれど、蔵の中に響いたのは、男たちの低い声ではなく、

 

「姫様……どこですか……?」

 

 小さな少女の声だった。

 玉姫はぱっと顔を上げた。

 

「カヤ、ここよ! 私はここにいるわ!」

 

 姫君は扉の向こうに呼びかけた。

 

「……ちょっと待ってください。今開けます」

 

 閂を外す音と同時に扉が開いた。

 

「カヤ!」

 

 玉姫は目の前の少女に抱き着いた。

 

「カヤ!」

「はい」

「大丈夫!? けがはない!? あいつらにひどい事はされなかった!?」

「はい、私は大丈夫です……姫様は?」

「私も平気よ! 連中、わたしが賞金首だからって手を出さなかったわ!」

「そうですか……よかったです」

 

 カヤは安どの息を漏らした。

 

「でも、どうして助けに来られたの? ていうか、あの男たちはどこに行ったの?」

 

 玉姫が問う。

 カヤは少しだけためを置き。

 

「あの人たちには、少し、遠い場所に行ってもらいました」

「……」

 

 玉姫はじっとカヤを見る。

 カヤはまるで普段通りで、口元は少し退屈そうにゆがんでいた。

 

「カヤ」

「はい」

「いつも私を守ってくれて、ありがとう」

 

 玉姫の手の平が小さな白い手を握りしめた。

 

「ひめさま」

 

 感情を感じさせない声が姫君を呼ぶ。

 玉姫は少女の身体を目いっぱい抱きしめた。

 少女の身体は熱く火照っていて――

 

 つやつやした黒髪からは、かすかに鉄さびの匂いが漂っていた。

 

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