23:人買いの村
1
夜、日が沈むのを待ってから、カヤたち共に渡し舟の待つ集落へと向かった。
お金は玉姫が工面してくれた。
姫様は私物の中にきちんと金銭を隠し持っていた。
「他国に行くのなら多少の路銀は持っているべきだと思っていたのよ。私の慧眼に感謝することね」
「はいはい」
「でも渡し賃が銀十匁って、どうなのかしら? 高い? 安い?」
「わたしの感覚で言うと大金ですけど、そもそも相場が分かりません。普通、関銭や渡し賃ってどれくらいのものなのですか?」
「それは……調べていなかったわ」
玉姫の慧眼は割とざるだった。
カヤは襟に口を寄せ、着物の下にいる者たちを見た。
「あなたたちは静かにしていてくださいね? わたしが出てきていいって言うまで出てきたらだめですよ? 昼間みたいなのはなしですからね?」
「きゅ~? きゅきゅい、きゅぅ~?」
「……言うことを聞かなかったから水に落としますよ?」
「きゅ、きゅい~☆」
「素直でよろしい」
カヤは満足そうに鼻を鳴らした。
川に落ちたのはつらかったが、ノヅチの弱点を把握できたのはよかったかもしれない。
これでこれからはもう少し彼らに強く出れるだろう。
なんだか未来に希望の光が見えた気がした。
「何してるの。あまり待たせるのも悪いし、早く行くわよ」
玉姫の声にカヤは足を速める。
集落では昼間の男がカヤたちを待っていた。
しかし、待っていたのはそれだけではなかった。
集落に入るとまっすぐに一番大きな家屋へ向かった。
家には明かりがつき、扉は開いていた。
カヤたちは一応声をかけて中を覗き込む。
けれど、そこには誰もいなかった。
明かりはついているのに、なぜ?
不思議に思いながらカヤたちは土間へと足を踏み入れた。
「よく来たな」
昼間の男の声がした。
家の奥には板の間があり、仕切りが一つ立っていた。
男はそこから現れた。
男の後ろには、屈強な若い男たちが十人ほど立っていた。
不意に、背後の扉が閉まる。
カヤたちは男たちに取り囲まれていた。
2
「……それで、これはどういうことですか?」
カヤは静かに問いかけた。
男たちは少女たちを威圧するように立っており、すぐには手を出してこなかった。
「私は渡し舟を頼むために来たのですけど」
「ああ、それは知っているさ。けど、気が変わったんだ」
「気が変わったですって!? 渡しをしているって言うのは嘘だったの!?」
玉姫は柳眉を逆立てた。
姫様は顔がいいので怒り顔には結構迫力がある。
けれど、男は気後れせずに続けた。
「渡しをやってるって言うのは嘘じゃないぜ? ただ、渡し賃を貰うより別の仕事で稼いでもらった方が儲かりそうな客には、そっちの仕事を斡旋してやってるってだけだ」
「別の仕事?」
カヤは問う。
その言葉と共に、男は奥にあった仕切りを倒した。
仕切り向こうには女の子が二人座り込んでいた。
二人は着ている着物は防寒具として用をなさないほどに薄っぺらく、肌の色が透けて見えた。
短い裾は太ももの根元すらも隠せていない。
隣には太った中年の男性がおり、少女の白い太ももに脂ぎった手を這わせていた。
少女たちは感情を感じさせない人形のような顔で、男の愛撫を受け入れていた。
「これはいったいどういう事?」
吐き捨てるような玉姫の声でカヤは我に返った。
「あんた、人買いか何かなの?」
「はははは、人買いか! 残念だが俺はわざわざ人を買ったりしない……売る方専門なんだ」
「詭弁だわ!」
「あと勘違いしてもらっちゃ困るな、この二人はもともと方々でスリをやって逃げていたところを俺が捕まえたんだ。顔が良かったからここで稼いでもらってる」
「だからって人をこんな風にするなんていいはずがないでしょ!?」
「じゃあそのまま兵に突き出して晒し首になった方が良かったてのか? 俺はこいつらに生きる場所を作ってやったんだぜ?」
男がせせら笑う。
玉姫の拳は震えていた。
姫様が熱くなっているのが分かった。
だから、かえって冷静になれた。
「姫様、押さえてください」
カヤは玉姫の前に立つ。
「でも!」
「わたしは舟の船頭なんてできません。ここでこの人たちに渡してもらえなかったら、わたしたちは先に進めません」
「くっ」
玉姫は黙り込んだ。
カヤは男たちに向き直る。
男たちの視線がカヤの小さな体に注がれる。
男たちの目は怖かった。
けれど、必死だった。
カヤは恐怖を押し殺して口を開いた。
「わたしたちは売春するつもりはありません。最初の話通り川を渡してもらえませんか? 銀十匁じゃ足りないなら、金一両を出しましょう」
「なかなか賢い提案だなあ。だが金なんてお前さんたちが持っているようには思えんな。十匁でさえ怪しい」
男は不意に声をやわらげた。
「なあ、別にそれほど悪い話でもないだろう? こいつらは抵抗したから壊れちまったけど、最初からこっちの言い分を聞いてさえくれればもう少し優しく扱うぜ? 給料だって払う。銀十匁なんてはした金に思えるくらい金になるぜ。お前さんは高く売れる」
「カヤみたいな子供っぽい奴がそんな商品価値あるとは思えないわね」
後ろから玉姫が口を出す。
ていうか何気にひどいことを言う。
「俺もそう思うが、稚児が好きな御仁ってのは世の中数えきれねえほどいるからよ……こいつは十分商品になる」
男はもっとひどかった。
「ていうか誰が稚児ですか。わたしはもう十五ですよ」
「十五? もっと下かと思っていた」
と男は体の特定の部分を見ながら答えた。
カヤは憮然として頬を膨らませた。
「それで、あなたの提案をお断りしたらどうなるのですか?」
「そん時は、ちょっとした教育が必要になるな……」
にやにやといやらしい笑みを浮かべた男たちが手を伸ばしてくる。
「離してください!」
カヤはその手を振り払った。
「おいおい、初めてのお客様にそれはないだろ?」
「客?」
「お前はこいつらに今から抱かれるんだよ」
どうやら男は最初からそのつもりだったらしい。
「カヤ」
「なんですか?」
「私、もう我慢できない!」
気づいたときには玉姫は男に殴りかかっていた。
「いてぇ!」
思い切り顔面を殴り飛ばされた男がどうと倒れた。
「鬼、悪魔、鬼畜外道! 殺してやる!」
「このアマぁ! 調子に乗るんじゃねえぞ!」
どすのきいた声が土壁に反響する。
それと同時に若い男たちが襲いかかってくる。
たぶん一対一なら玉姫は負けなかっただろう。
けれど、そこには十人以上の男たちがおり、玉姫は圧倒的に多勢に無勢だった。
カヤは一瞬判断に迷った。
この場でノヅチを呼んでいいものだろうか?
そしてその迷いが命取りとなった。
乱闘から離れようと後退りしていたカヤの顎に男の拳がクリーンヒットした。
目の前を大きな星が瞬いた気がした。
あ、これ、意識が――
「カヤ!」
カヤは目を回してその場で倒れ込む。
「へへ、捕まえたぞ」
男の手が姫君の腕をつかんだ。
姫君と従者は取り押さえられてしまった。




