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22/37

22:舟の村

 

 1

 

 翌朝、カヤを見た玉姫は一言。

 

「あなたって、朝元気よね」

「……?」

 

 カヤは訳が分からず首をかしげた。

 カヤはだいたい朝が弱いと言われる。

 なかなか眠気が取れないし、受け答えも億劫で呻き声みたいな生返事をしてしまうことも多い。

 

「ううん、元気って言うのは語弊があるわ。そうじゃなくて、もっとこう、適切な表現があるはず」

 

 訝し気に姫を見るカヤを無視し、玉姫は一人でしばらく悩んだ末に、不意にポンと手を打ち、

 

「なんというか……つやつやしてる?」

「………………?」

 

 寝起きのぼんやりした頭ではその言葉の意味がすぐには分からなかった。

 つやつやしている……つやつやしている…………!?

 

 その言葉の意味するところを理解し、カヤは愕然として目を見開いた。

 

「姫様」

「なによ、そんな怖い顔して」

「いいから姫様、今、姫様は、わたしが朝、つやつやしているって言いましたか?」

「ええ……肌とかみずみずしいし、普段以上にキレイに見えるわ」

 

 姫は頷き、それからとどめの一撃を放った。

 

「きっと、とても幸せな夢を見ているのね」

 

 カヤは一歩、二歩とよろめいて、がくりとその場で膝をついた。

 

「ちょっと、どうしたの?」

「あ、ありえないです」

「……? なにをそんなショックを受けているのよ?」

「だって、そんな、そんなこと、それじゃまるで、わたしが――」

 

 不意に柔らかな何かがお腹の上に押し当てられる。

 

「きゅい~……」

 

 見ると、とび色のノヅチは寝ぼけているのか、湿った鼻先をカヤのお腹にぐりぐりと押し当てながらかすかに鳴き声を上げていた。

 カヤは恨めしそうにノヅチを見る。

 ノヅチは嬉しそうに少女のお腹に鼻をこすりつけた。

 

「うう、この、アホー!」

 

 気が付けば、カヤは思い切りその頭をひっぱたいていた。

 

「きゅい!?」

 

 突然の暴力で安眠を妨げられたノヅチは跳ねるようにして飛び起きた。

 

「いったいなんなのよ……」

 

 状況がつかめない玉姫は、一人、不思議そうに首をひねっていた。

 

 緊迫感のない朝だった。

 二人はご飯を食べて、玉姫が舟を見たという集落へと向かった。

 

 2

 

「ほんとだ」

 

 その集落の様子を遠目に眺めながら、カヤはつぶやくように言った。

 

「確かに船がありますね」

「ね、あったでしょ?」

 

 玉姫は胸を張った。

 

 そこは、カヤたちが渡河点に選んだ森の少し下流側、橋と森の真ん中くらいの場所だった。

 三軒ほどの家屋が固まって小さな集落を形成していた。

 集落の一番奥、川に面して漆喰塗りの大きな蔵がある。

 蔵の横には小舟が一隻、壁に立てかけるようにして置いてあった。

 

「それじゃあ、わたしが様子を調べてきますから、姫様はちょっとその辺で待っていてください。」

「なんかその言い方、私が邪魔者みたい」

「姫様は有名人ですから」

「あなただってお尋ね者じゃない」

「わたしは姫様のついでです。一人でいてもまず捕まりはしないと思います」

 

 玉姫は悔しそうに頷いた。

 

「くっ、カヤのくせに、論理に隙が無い」

 

 カヤはちょっとした優越感を覚えた。

 

「それじゃあわたしがいない間、姫様を守っていてくださいね?」

「きゅい~」

 

 何匹かのノヅチを玉姫の元に残し、カヤは一人、集落へと向かった。

 

 三軒の家屋はどれも土色の壁に囲まれており、大きな茅葺の屋根をしていた。

 この地方の裕福な農民の屋敷によく見られる形式だ。

 とりあえず、カヤは一番大きな家を訪ねてみた。

 

「こんにちわ」

「なんだい?」

 

 戸口から呼びかけしばらく待つ。

 奥から現れた家の主人は背の低い男だった。

 体つきがっちりしているが顔色が悪く、どこか不健康そうな印象を抱く。

 

「……その、少し伺いたいことがあるのですが」

「渡し舟なら銀十匁で受けるよ」

「え?」

 

 カヤは思わず聞き返した。

 

「今なんと?」

「だから、竜神川の渡し舟なら銀十匁で引き受けるって言ったんだ。なんだ? 渡しを探しているんじゃないのか?」

「いえ、違いません。違いませんけど、でも、なんでわたしが渡し舟を探していると分かったのですか?」

「別にそれほどおかしくはねえだろ。この界隈にわざわざ来るよそ者なんて、渡しを探している客くらいしかいねえ」

 

 言われてみるとそれもそうかもしれない。

 

「それで、どうするんだ。銭を払うのか? 払わないのか?」

 

 男はカヤに迫る。

 カヤは男に問い返した。

 

「待ってください。竜神川は流れが急で普通の船では渡れないと聞いています。本当に渡してくれるのですか? お金だけ取られてハイさよなら、なんてやめてくださいよ?」

「フン、そんなに信じられねえなら別にうちを使う必要もないんだぜ? まあうち以外にこの川を渡れる船を持っている奴なんかいないけどな」

「なぜですか?」

「うちの船は特別なのさ。なんなら見ていくかい?」

 

 男の申し出にカヤは頷いた。

 渡し舟屋の主人はカヤを連れて蔵へと向かった。

 

 蔵は大きく頑丈そうな鉄の扉には、三つも錠がかかっていた。

 

「えらく厳重なんですね」

「この中には大事な商売道具が入ってるんでね……舟は外にあるから中に入らなくても大丈夫だぜ」

 

 カヤが扉の前を通り過ぎようとしたその瞬間のことだった。

 

「きゅい?」

「わっ!」

「ん?」

 

 着物の襟からいきなりノヅチが顔を出し、カヤは慌ててその場に座り込んだ。

 

(いきなり何するのですか!?)

 

 カヤはノヅチの頭を胸元に押し込みながら小声を荒げた。

 ノヅチを男に見られたら、また妖怪使いだなんだと騒ぎになってしまうに決まっている。

 大事な商談の最中に邪魔をするのはやめて欲しい。

 

「きゅう~……」

 

 胸元のノヅチは何か言いたそうに首を振る。

 視線を上げると、いきなり座り込んだカヤに驚いた男が近づいてくるのも見えた。

 

(とにかく、話は後にしてください!)

 

 カヤはそれだけノヅチを乱暴に胸元に押し込む。

 

「どうかしたか?」

 

 男がカヤを覗き込むのと、カヤが妖怪を隠すのはほとんど同時だった。

 

「何でもありません。少し石につまづいただけです」

 

 カヤは作り笑いを浮かべてごまかした。

 

「変なところで怪我なんかしたらつまらないぜ。最近は体を壊しても働かなくちゃ生きていけねえ時代だ。この間も隻腕の武士がうちに来た」

「隻腕の武士?」

「ああ、賀茂家の兵だった。あんな怪我した兵まで働かせないといけないなんて、やっぱり世が乱れているのかもしれないな」

「……」

「ま、そのほうが俺は儲かるのかもしれないがね……舟はこっちだ」

 

 カヤは男の後をついて行った。

 

 土蔵に立てかけた小舟は一見どこにでもあるありふれた小舟に見えた。

 しかし、よく見るとそれが間違いであることに気が付いた。

 

「これ……船底を金属で補強しているのですか」

 

 その小舟は普通の船とは異なり、船底に薄い金属――鉄か何かだろうか――が張られていたのだ。 

「大陸から輸入した南蛮鉄で改造したのさ。これのおかげでうちの舟は竜神川の急流でも壊れないってわけだ」

 

 男の自信の源を理解する。

 なるほど、確かにこの船なら、木造の舟では壊れてしまうような急流でもわたっていけるかもしれない。

 

「どうだ、これで銭を払う気になったか?」

 

 カヤは考えるように空を見上げた。

 

「そうですね……」

 

 この男を信じていいのだろうか?

 黙り込むカヤの目の前で男は、大きなあくびを一つ。

 

「……」

「イヤ、すまん。普段はもっと夜型でね……寝不足なんだ」

「お休み中起こしてしまいすみませんでした」

「せっかくの客だ。銭の為ならこれくらい平気さ」

 

 守銭奴というのはお金さえきちんと払えば案外信頼できる相手である。

 

 カヤはその男に渡し舟を頼むことにした。

 お金はたぶん姫様が何とかしてくれるだろう。

 持っていなかったら、姫様から預かっている髪留めから宝石を取って渡せばいいだろう。

 

 カヤが渡しを頼むと、男は頷き言った。

 

「竜神川は関以外の場所で渡っちゃいけねえってことになっている。兵に見つかると面倒だ。渡るなら夜を待ちな」

 

 カヤは頷いた。

 

 男の家を辞する直前、かすかに女性の声が聞こえた気がした。

 どこかこもったような声だった。

 カヤは背後を振り返った。

 女性の姿なんてどこにもない。

 視線の先では、ただ目にもまぶしい白い土蔵が冷たい横顔を見せているだけだった。

 

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