20:氷の川
1
二人が頭を悩ませている間に、一匹の葦毛のノヅチが橋のパーツを抱えて川へと近づいていた。
周りのノヅチが止めようとするが、しかしその一匹は止まらなかった。
地面に橋の基部を備え付け、その上に橋の上部構造を載せる。
二つのパーツの間に入ったノヅチは両方のパーツに張り付いて、接着剤の役割を果たす。
「きゅい~」
先に橋の一部となったノヅチが他のノヅチを呼ぶように声を上げた。
ノヅチたちは顔を見合わせ、部品をくわえてこわごわと川に近づき始めた。
結局ノヅチたちは言う通りにしてくれるらしい。
いったい何だったのだろう。
「最初から私の言う通りにしてればいいのよ」
玉姫は機嫌良さそうに笑った。
「ところで、この世の中には橋というのが何種類くらいあるか、カヤは知ってる?」
「え、なんですか、藪から棒に」
「いいから、答えてよ」
「はぁ」
姫様の質問の意図はよく分からなかったけれど、とりあえず答えてみる。
「橋の種類なんて、それこそ数えきれないほどあるんじゃないですか? 少なくとも十や二十では済まないと思いますけど」
玉姫は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そう思うでしょ? でも実はね、橋って言うのは本質的には二つしかないのよ」
「え? なんでですか?」
「いい? 橋みたいな重たい構造を支えるためには重力に打ち勝たなくてはいけないわ。一番簡単な方法はその下に支柱を入れること。でも、橋はそのほとんどが宙に浮いてるから、その方法は取れない……」
「はい」
カヤは頷く。
「だから、宙に浮いた部分を支えるために別の方法を取る必要がある。その方法は基本的に次の二つしかないの。横から押す力で支えるか、上から引っ張って支える、この二つに一つよ」
「横から押すって言うのは、いわゆる眼鏡橋みたいなやつのことですか?」
「ええ、そうよ。海の向こうではそういうのをアーチ橋って言うそうよ。上から引っ張るのはいわゆる吊り橋ね」
カヤは普通に感心してしまった。
そんなのカヤは知らなかった。
でも確かに言われてみれば、大きな橋は弧を描くものか、吊り橋かもしれない。
そうか、そこにはそういう理由があったんだ。
「姫様、意外と博識なんですね」
「お父様は大陸の魔術の本とか、医学の本とか、変な本を集めるのが好きなのよ。その中にそういう本も混ざっていたから読んだの」
「姫様、大陸の言葉読めるのですか?」
「読むだけならね」
カヤは再び感心した。
「って、そんな自慢がしたくて話をしたんじゃないの。今私たちが作ろうとしているのはアーチ橋ってことになるわ」
カヤは頷いた。
「アーチ橋って言うのは左右から押されているから安定しているわけ。だから、逆に言えば、両側がつながっていない作りかけのアーチはすごく壊れやすい」
「……」
カヤはノヅチたちの作りかけている橋を見た。
ノヅチたちはアーチの中ほどまで完成させていた。
アーチを伸ばしている最中の全ての力は、橋の各部で踏ん張るノヅチたちにかかっている。
橋を支えているノヅチたちは、ぷるぷると震えており、今にも崩れてしまいそうだった。
「あー、姫様、わたし、イヤな未来が見えた気がします」
「実は私もさっきからそうなのよ」
一匹のノヅチが橋の先端に新しい部品を設置しようとしたその時。
「きゅぅ~」
その一つ前の部分を支えていたノヅチが、あまりに重さに耐えきれず、橋の先端を離してしまったのだ。
「きゅい!?」
もちろんその上にいたノヅチにはどうすることもできない。
急流に水しぶきが上がった。
「落ちましたね」
「落ちたわね」
先端で橋の部品を持っていたノヅチは、部品もろとも川の中に落ちてしまった。
「きゅい! きゅい! きゅう~~……」
川に落ちたノヅチはしばらくの間じたばたと暴れ、水しぶきを立てていた。
けれど、波間を見え隠れしていた茶色いモフモフは徐々に水面に没する時間の方が長くなり、跳ねる水しぶきも少なくなっていく。
「ていうかこれ、おぼれてませんか?」
「おぼれてるわね」
やがて、ノヅチの丸っこい先端は水没し、完全に見えなくなった。
「……」
「……」
少女は突然着物を脱ぎ棄てた。
「ノヅチさん!?」
カヤは水の中に飛び込んだ。
一瞬視界が白く染まる。
清冽な流れはやけどしそうなほど冷たかった。
水面に顔を出す。
濡れた雑巾の様な黒い塊が急速に下流へと流されて行くのが見えた。
すぐに岸辺に戻ろうとする本能を押し殺し、再び頭を沈めて水を蹴った。
流れは急で、ともすれば天地も分からなくなりそうだった。
カヤはただ夢中で手を伸ばし、伸ばした腕が何かをつかんだ。
「ぷぁ!」
水面につかんだものを引っ張り上げる。
つかんだものは、水を含んだモップみたいになっていたが、間違いなくノヅチだった。
ぐったりとしたノヅチをつれてカヤはすぐに玉姫が待つ岸辺に引き返し始めた。
けれど、なかなかたどり着けない。
水が重い。
まるで溶けた金属の中を泳いでいるよう。
岸辺は遠く、ひとかきごとに身体が重くなっていく。
確かにこの川を泳いで渡るのは自殺行為かもしれないなあ、とカヤは思った。
「カヤー!」
声が聞こえた。
岸辺で必死の形相でこちらに向かって縄のような何かを投げて来る、アホっぽい頭巾姿の女性が見えた。
指先にひものような何かが触れる。
カヤはかじかむ手でそれをつかんだ。
「よし、引っ張りなさい!」
「きゅい~!」
ひもは力強く引っ張られ、カヤはなんとか岸へとたどり着いた。
2
「カヤ、大丈夫!? 唇までゾンビみたいな色になって……ほらあんた達! なにしてるの! 早くカヤを暖めなさい!」
「きゅ、きゅうー!」
呆けたように少女たちを取り囲んでいた色とりどりのモフモフ生物たちは、玉姫の命令に慌てて少女の身体に近寄ってくる、
カヤはあっという間にふわふわもこもこしたモップの様な生き物に包まれた。
……あったかい。
ノヅチたちの熱がじわじわと体の表面から染み渡っていく。
カヤは目の前にいたノヅチの熱を貰おうと、薄い胸にノヅチを抱きしめた。
ノヅチたちは濡れたカヤの身体に身体をこすりつけるようにして水をふき取り、カヤの身体を暖めた。
「しっかりしなさい! カヤ!」
玉姫の手が頬をこする。
金髪の姫様の手はまるで火のように……太陽みたいに感じた。
玉姫はまるで死んでしまいそうな顔でこちらを見ていた。
それが少しおかしくて笑おうとして、引きつったような息を漏らす。
「姫様……」
歯の根が合わないけれど、それでも何とか呼びかけた。
玉姫はほっと息をついた。
「ああ、良かった。大丈夫そうね」
カヤはこくんと頷いて、
「ノヅチは……?」
「大丈夫そうよ」
玉姫は言いながら濡れ雑巾のようになったノヅチを持ち上げる。
「きゅぃ~……」
ノヅチは力なく鳴き声を上げ、ふるふると尻尾を振った。
「お、泳げないなら……最初から、言ってくだ……さい」
「きゅい~……」
水の中から生還したノヅチは、面目ないと言うように鳴き声を上げた。
カヤは川へと視線を転じた。
ノヅチたちが手放した橋の部品がばらばらになって川を流されて行くのが見えた。
「ああ、橋が……」
橋を架ける計画は、ものの見事に失敗した。




