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17/37

17:竜神川の関

 

 1

 

 賀茂領と上杉領、二つの国の間を流れる川、竜神川は旅の難所として知られている。

 肌を切り裂くような冷たい急流は容易に旅人を押し流し、船で渡ろうとしても岩肌に叩きつけられて木っ端みじんは避けられない。

 そうはなりたくない旅人たちは、自然たった一つしかない橋を渡ることになる。

 人が通らざるを得ない場所がある、ということはそれはお金になるということである。

 

 橋には当然のように関があり、そこで関銭――つまり交通料を取っていた。

 橋の関銭は両家にとって重要な収入源であるため、橋は常に兵たちに守られている。

 

 とはいえ、通行を遮ることは結果的に通行人の数を減らし、収入を減らすことになる。

 それが分かっていた両家は、金は取るものの、旅人たちをそれほど厳重に管理してはいなかった。

 竜神関は、金さえ払えば通りやすい関――そんな風にみなされていた。

 

 けれど、その日は違った。

 

「おい、お前、顔を見せろ」

 

 銭を払ってそそくさと立ち去ろうとした旅人を、乱暴な声が押しとどめる。

 

「な、なんでぇ? 俺は何も悪いことはしてねえよ!」

 

 旅人は抗議の声を上げたが、それも無視して兵士が詰め寄った。

 

「蓑を脱げ」

「はっ?」

「さっさと蓑を脱げ!」

 

 槍の穂先をちらつかされた旅人は哀れっぽい悲鳴を上げて、むしり取るように蓑を脱ぐ。

 粗末な上下をじろじろと眺め、武者は「ふん」と鼻を鳴らして頷いた。

 

「よし」

 

 それだけ言って、武者は男のそばを離れた。

 手荒に扱われた旅人は反抗的な目で武士を見る。

 しかし白刃をちらつかされてはそれもむなしい遠吠えに過ぎない。

 男は逃げるようにその場を去って行った。

 

 その様子を橋のたもとから眺めている一人の少女がいた。

 少女は橋を通ろうとはせずに、関の様子を遠巻きに眺めている。

 何枚かの布を合わせて作った外套を羽織った姿は輪郭もあいまいだが、かすかに女性らしい曲線が浮き出ていた。

 

 少女はしばらく関を眺めていたが、不意に視線を巡らせると、川のほとりの立て札に吸い寄せられるように近づいて行く。

 

 立て札はお尋ね者の人相書きだった。

 手配されている人物は二人いた。

 一人目は領主の娘、玉姫その人である。

 立て札によると玉姫は父直儀を陥れ、兄直久を暗殺しようとした大罪人であり、彼女を生きて連れてきたものには金二十両、有力な情報を持ってきたものには金一両を渡すとのことだった。

 そして二人目は、賀茂家の召使だった、カヤという娘だった。

 カヤは主家である賀茂家を裏切り、他家の内通者だったそうである。

 カヤを連れてきたものには、金三両を渡すとのことだった。

 こちらは生死を問わず、首だけでも良いそうである。

 

 少女は立札の前で立ち尽くした。

 

 すでに日没は近く、旅人たちは先を急いでいた。

 

「おっと」

「きゃっ」

 

 いきなり誰かにぶつかられ、少女は短い悲鳴と共に倒れ込んだ。

 

「すまんね、大丈夫か?」

 

 少女にぶつかったのは年若い商人風の男だった。

 ぶつかった男はすまなそうに頭を下げ、少女に手を伸ばした。

 

「立てるか?」

「はい、大丈夫です」

 

 少女は素直に旅人の手を握る。

 男は勢いよく少女の軽い体を引っ張りあげる。

 男の力は強く、少女の身体は勢い余って男の身体に密着する。

 

「あっ、すみません」

 

 反射的に謝った少女の身体を、男は逆に女の子の背中に腕を回した。

 訳も分からず少女は視線を上げた。

 にやにやとしたいやらしい笑みを浮かべ男は小さな女の子の身体を抱きしめていた。

 

「なんだ、俺に抱かれたいのか?」

「はっ?」

「それなら最初からそういえばいいんだぜ」

 

 男の意図を理解し、少女は怒りに頬を紅潮させた。

 

「離せ! 痴漢! 変態!」

 

 少女は暴れるが、男の腕は強く、容易に振り払うことが出来なかった。

 少女は助けを求めるようにあたりに目を向けた。

 が移動にはまだ人通りはあるものの、二人の様子を気にする者はいなかった。

 いちいち関わって自分から面倒を負いに行くこともない。

 触らぬ神にたたりなし。

 そんな本心が透けて見えた。

 

「暴れるな、暴れるなよ……っへ、いいだろ、少しくらい」

 

 粗野な男の手が少女のお尻に伸びる。

 ぞわぞわとした感覚に少女は悲鳴を上げた。

 

「……ん?」

 

 女の子の身体をまさぐり楽しんでいた男は奇妙な違和感を抱き首を傾げた。

 何かある。

 女性の身体には決してないはずの細長い棒状の何かが、少女の足の間にはある。

 

「……」

 

 男の顔に絶望的な何かが浮かぶ。

 

 そ、そんなバカな。

 こんなに可愛い女の子が、女の子なのに……ありえない。

 

 男は動悸とめまいを抑えつつ、一縷の望みをかけてその突起を引っ張った。

 

「あっ、だめっ!」

 

 少女の制止を振り切り、思い切り引く。

 すると、エクスカリバー、もとい、モフモフとした毛むくじゃらの何かがまろび出て…

 

「きゅぅ~?」

「うわっ!」

 

 モフモフとした何かが鳴き声を上げ、男は悲鳴と共にそれを放り投げた。

 

「な、なんだお前!?」

 

 少女の着物の下から出てきたもの、それは長さ一尺ほどの細長い蛇の様な生き物だった。

 しかし、ヘビでないことは鳥の様なふわふわとした毛を見れば一目瞭然。

 

「よ、妖怪!?」

 

 男は腰を抜かしてその場に尻餅をつき、座ったままの体勢で必死で後退る。

 

「バカ! 早く戻ってください!」

 

 一方で、妖怪を隠し持っていた少女の方は慌てたようにモフモフをつかみ、着物の衿へと放り込んだ。

 放り込まれた毛虫の様な生き物は、一瞬で着物の下へともぐりこみ姿を消した。

 一瞬の早業だった。

 

「……」

 

 少女と男の視線がかち合う。

 

「なにもないですよ?」

 

 少女は種も仕掛けもないという奇術師のように開いた手の平をひらひらと振った。

 男は勢いよく立ち上がった。

 

「妖術使い――」

「ちがいます! そんなんじゃないです! ちょっと、関にかけ込まないでください! バカー!」

 

 支離滅裂な言動を繰り返す男を回復させ、話を聞いた兵たちが立札の周りを取り囲んだ時には、すでに少女の姿は影も形も見当たらなくなっていた。

 

 2

 

 橋からほど近い森の中に逃げ込み、一息ついた少女はため息とともに外套を脱いだ。

 外套の下から現れたのは、おかっぱ頭の女の子――カヤだった。

 

「疲れた……」

 

 カヤはため息をついてその場に座り込んだ。

 まったくひどい目に合った。

 さっきの痴漢は何だったのだろう。

 あんな男に出くわすとは、わたしも本当に運がないなあ。

 

「ていうか、最近、妙に変な目で見られることが多い気がするんですよね」

 

 カヤはつぶやくように言う。

 具体的にはモフモフと出会って以来、エロいハプニングに会う回数が多い気がする。

 いきなりモフモフに襲われたり、侍に襲われそうになったり、さっきの痴漢とか――偶然にしては多い気がする。

 それとも、何かの呪いだったりするのだろうか。

 でも呪われるようなことしたっけ……?

 

「おかえり、カヤ」

 

 涼やかな声にカヤの思考は遮られた。

 視線を上げる。

 森の中から声と共に現れたのは、豪奢な金髪のお姫様――玉姫だった。

 玉姫はカヤに橋の様子を見に行かせ、自分は森の奥で隠れていたのだ。

 

 戻ってきたカヤを見た姫様は怪訝そうに首をひねった。

 

「なんですか?」

 

 何を気にしているのか、カヤが問うと、玉姫はずばりと言った。

 

「カヤ、あんたなんか巨乳になってない?」

「いきなりなんてことを言うんですか」

「きゅぅ~」

 

 カヤは思わず突っ込んだ。

 それと同時にカヤの胸元から猫の様な声が響く。

 襟元から顔を出したのは、茶色いモフモフとした毛虫の様な生き物――ノヅチだった。

 

「見られるとまずいので胸元に入っていてもらったのです」

「ああ、なるほど……」

 

 玉姫がしみじみと感慨深そうに言う。

 

「巨乳ならぬ、虚乳ってところね……やめて! 無言でグーはやめて! 痛いからやめろこの馬鹿侍女!」

「きゅぅ~」

 

 少女たちの元に集まったモフモフたちは、呆れたような鳴き声を鳴らした。

 

 二人が落ち着いたのはそれからしばらく経ってからのことだった。

 

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