16:夜の戦
1
夜半、カヤは何かが体の表面を蠢く感覚で目を覚ました。
「……なんですか?」
寝ぼけ眼であたりを見回す。
「きゅうう~♥」
声は着物の下からした。
はだけた着物の下にモフモフが潜り込もうとしていた。
「……」
カヤは養豚場の餌箱を見るような視線をノヅチに向けた。
ちんまいおかっぱ美少女に侮蔑の視線を向けられたノヅチは、体の表面に細波のような波を立たせぶるぶると震えた。
どうやらゴミを見るような目で見られたことで興奮したらしい。
「きゅぃきゅい~♥」
ノヅチはますます興奮したような声を上げ、少女の滑らかな体の上を這いまわる。
「ん……ちょっと、止めてください……」
カヤは身をよじってノヅチから距離を取った。
「きゅぅ~」
好きな少女に拒まれたノヅチは悲しそうな鳴き声を上げた。
ちょっと悪いことをしたかな。
ほんの少しだけ胸が痛んだ。
今日はノヅチに助けられっぱなしだし、そこまでしたいならさせてあげてもいいかなって思わないでもない。
それにノヅチとするのは割と、こう、そこまでイヤってわけでもないし……
(って、何を考えているのですか! わたしは!)
カヤは慌て妄念を振り払った。
助けてもらったお礼にエロい事させてあげるなんて、そんなただれた関係間違っている!
快楽に負けてはいけない!
それに、わたしは人間で、相手は妖怪なのである。
いくら相手がモフモフで、割と頼りになって、いい匂いがして、一緒にいると便利で、こちらに好意を寄せてくれているとはいえ、わたしとノヅチは本来全然違う生き物なのだ。
そんな相手と粘膜接触を繰り返していいはずない。
もしお互いに変な病気とか移してしまったら大変だし、ていうかそもそも倫理的にヤバい。
自分の為に、そして一応相手の為にも、わたしは毅然とした態度を取らなくてはいけないのだ!
「だから、本当はそういうことしたらダメなのです。わかった?」
カヤはモフモフに諭すように言い聞かせた。
「きゅぅ~……」
ノヅチはがっくりとうなだれ、一歩カヤから離れた。
カヤはほっと安どのため息をついた。
しかし次の瞬間、ノヅチは突然鎌首をもたげる。
「へ?」
「きゅぃ~……きゅきゅうっ!」
「むぐぅ!!??」
一度はあきらめたかに見えたノヅチだったが、しかしそれは少女を油断させるため演技に過ぎなかった。
カヤが気を緩めた瞬間、ノヅチは再び神速の勢いでカヤに近づき、そしてその桃色の唇に自分の身体の端に付いた丸いパーツ――たぶん口なのだろうけど、考えてみるとこの巨大毛虫が何かを食べているところは見たことないので、本当に口なのかは分からない――を押し付けた。
「ひゃ、なにする、変態! んん~~っ!?」
いきなり口をふさがれたカヤは目を白黒させ、口付けから逃れようと暴れる。
しかし、モフモフは複数で協力しながらカヤを抑え込み、口の中へと体の一部を押し込んだ。
口から何か、とろみのある液体が流れ込んでくる。
飲んではいけない。
そう思った。
けれど、口を押えられ、息が出来ないカヤには、それを飲まずにいることは不可能だった。
「んー! んぅー!!」
喉が鳴る。
液体を飲み込む。
透明な液体は喉に良さそうな感じのほのかな甘みがあり、とても飲みやすかった。
「ぷぁ! いきなり何するのれすか!」
口付けは数秒ほどで終わった。
カヤは慌てて頭を振ってノヅチのキスから逃れ、そして、違和感に気が付いた。
「はっ、はれ? ……はにほれ?」
なにこれ、と言ったつもりの音節は、形の崩れたて妙な鳴き声へと変わっていた。
ろれつが回らない。
こんな滑舌が悪い事、今まであっただろうか? いや、ない!
「なにを、にょましたのれすかー!?」
ノヅチをひっぱたこうとした平手は全く力が入らず、へなへなと地面の上に横たわる。
ノヅチの体液には様々な成分が混ざっており、さまざまな用途で使い分けることが出来る。
例えば最初にカヤに会った時は、ノヅチはカヤの服を溶かすためにそれを用いた。
そして今使ったのは、人間の意識をあいまいにさせ、さまざまな物事を受け入れやすい状態にする体液だった。
あるいはもっと単純に、
媚薬、
と言ってもいい。
下腹部が熱を持ち、不思議な期待感に胸が焦がれる
火照った体をノヅチの毛先が優しく撫でた。
「っひぅ!」
それだけで、頭の後ろの方が白くスパークし、喉の奥から変な声が漏れた。
「こ、これは、まずいのでは……?」
今、モフモフに触れられたら拒めない。
それを直感が理解する。
けれど、四肢には冗談みたいに力が入らず、ノヅチから逃げることは出来なかった。
カヤの身体にノヅチたちが殺到する。
「待って、待って! せめて、せめて、一匹ずつ! 一匹ずつで、アホっ、アホー、ああぁ~~……」
ノヅチたちの夜伽はなかなか終わらなかった。
カヤはその晩も遅くまでノヅチたちに愛された。
2
翌朝、
「……カヤどうしたの?」
「なにがですか?」
「目が腫れぼったいわ」
起き上がった玉姫は不機嫌そうに顔を洗うカヤに問いかけた。
「……別に、ちょっと寝不足なだけです」
「そうなの?」
「ええ……玉姫は大丈夫ですか?」
「私、今まで不眠症ってやつになったことないのよね」
「……」
「横になったら十秒で眠れる、みたいな」
「のび太君みたいですね」
「人を馬鹿みたいに言うのやめてくれる!?」
「叫ばないでください。頭に響くじゃないですか……」
「理不尽……!」
玉姫は拳に力を込めてぷるぷると震えた。
「きゅぅ~」
顔を洗った二人の元に、ノヅチたちが現れる。
ノヅチたちは頭の上に果物や新鮮な川魚を載せていた。
どうやら森の中でご飯を取って来てくれたらしい。
玉姫は一瞬変な顔をしたが、すぐに仮面のような笑みを作り、
「……ありがとう、と言っておくわ」
カヤは驚いたように玉姫を見た。
玉姫はこれまでノヅチを避けてきた。
あれだけひどい目に合わされていれば当然だと思うけれど、これはいったいどうしたのだろう。
「ノヅチ、嫌いじゃなくなったんですか?」
カヤの問いに、玉姫は首を横に振った。
「そうじゃないけど、でも、こいつらも今は仲間なんだから……個人的な感情なんか言ってる場合じゃないでしょ」
「ご立派ですこと」
「茶化さないでよ、でも、私には目的があるの。そのためだったら多少のことは水に流す」
玉姫はノヅチに手を伸ばす。
その白魚の様な指先が、ほんのちょっぴり毛虫のような体を撫でた。
「だから、これからもよろしくね?」
「きゅい~」
ノヅチたちはすました顔で玉姫の指に鼻先を押し付けた。
カヤは複雑な気持ちで二人の様子を眺めていた。
ノヅチはなぜわたしにはああもアグレッシブなのだろう。
もうちょっとおとなしくなってくれればいいのに……そう思わずにはいられなかった。
「さあ出発よ。今日中には竜神川にたどり着くわよ!」
玉姫は大きな声で気合を入れる。
この森を越えれば、竜神川はもう目の前である。




