表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/37

15:戦いの後

 

 1

 

 陣を整え、負傷者の捜索を終えた直久は一息ついていた。

 

「まったく……ひどい目にあった」

 

 直久はあたりを見回した。

 兵たちはみな泥にまみれ、具足を脱いだ童の様な格好で、放心したように座り込みんでいた。

 いや、それでも命があるだけましなのだ。

 いまだ、30名ほどの兵の姿が見当たらず、土の下に深くに埋もれてしまったのだとしたら、彼らを見つけるのは困難を極めるだろう。

 

「それにしてもいったいあれは何だったのだ」

 

 直久は独り言ちる。

 

 雨も降っていないのに、突然山が崩れた。

 こんなこと、今まで見たことがない。

 これが妹の得たカミの力だというのだろうか?

 

 だとしたら、玉姫を捕まえることは大変な困難を伴うだろう……

 

「おーい、ここにまだ誰か埋まっている! 掘り起こすのを手伝ってくれ!」

 

 山の一角に声が響く。

 まだ生存者はいるらしい。

 直久は腰を上げ、騒いでいる兵たちに近づいた。

 

「俺がやろう」

「大将自らですか?」

 

 直久が言うと兵たちは目を丸くした。

 

「こうなっては大将もくそもないだろう。そっちの丸太を押さえていてくれ、いいか? ……それっ!」

 

 直久の筋肉が盛り上がる。

 埋もれた枝の間にできた隙間がめりめりと押し広げられ、その奥から人間の足が覗くのが見えた。

 

「直久さま、少しの間そのままでいてください……よし、行けるぞ、引っ張れ!」

 

 兵たちが足を引っ張ると、ぐったりと弛緩した体が土の下から現れる。

 

「おい、大丈夫か? しっかりしろ」

「息はしているか? 鼓動は? ……よし、まだ死んじゃあいないな。大丈夫だ」

 

 安堵の空気があたりに流れた。

 直久は下に誰もいないことを確認し、ゆっくりと丸太を地面に下ろした。

 

「おい、いつまで寝ている? 早く起きろ!」

 

 兵たちは助け出された男の顔を遠慮なくバシバシと叩き、その頭に水をぶちまける。

 男は突然カッと目を見開き、悲鳴と共に体を起こした。

 

「うわああああああああああっ!」

 

 あまりの剣幕に周りの兵たちもさすがに虚を突かれる。

 助け出されたばかりの男は、すぐそばにいた兵の腕をつかみ、喘ぐように息を繰り返す。

 ひどい悪夢にうなされているようなその顔には、深いしわが幾本も刻み込まれ、まるで年老いた老人のように見えた。

 

「いったい何があったんだ!?」

「……んだ」

 

 男はかすれるような声で言った。

 

「……? なんだ? 良く聞こえない」

「いたんだ……見た。俺は、俺は地の底で、見てしまった」

「見たって何を見たんだ?」

「カミ」

「カミ?」

「カミとしか言えない。大きな、とてつもなく大きな黒い、蛇が、蛇ガミが、何十匹も、山の下で……あああぁあああ!」

 

 男は喉をかきむしる。

 

「あああああ――……っ!」

 

 男は泡を吹きその場にばったりと倒れ込んだ。

 兵たちは気味悪そうに顔を見合わせた。

 

「蛇ガミ……」

 

 その様子を見ていた直久は、ぽつりとつぶやいた。

 空を仰ぐ。

 山の風が吹いている。

 カミの座す山――山ツミ岳の主峰はただ傲然と、ヒトを見下ろすようにそびえていた。

 

 2

 

 一方、山崩れの混乱に乗じて包囲を脱したカヤたちは、一目散に山を越え、上杉領を目指し歩いていた。

 賀茂家に狙われていることを知った以上、二人に賀茂ノ荘に戻るという選択肢はあり得ない。

 もう玉姫の計画に乗っかるしか、カヤには道が残されていなかった。

 

 高野国上杉領に行くためには山ツミ岳を越え、その向こうにある川――竜神川を越える必要がある。

 

「竜神川は急流よ」

 

 竜神川ってどんな川ですか、と問うカヤに対して、玉姫はとくとくと聞かせた。

 

「川幅はそれほどないけれど、北の峰から流れて来る冷たい水のせいで、とてもじゃないけど泳いで渡ることはできないそうよ」

「へえ……姫様は詳しいんですね」

「こういうのって庶民の知恵じゃないの? あなたの方が知ってそうなものだけど」

「わたしは賀茂ノ庄から出たことありませんから」

 

 カヤの言葉に玉姫は、それもそうか、と頷いた。

 各地を回る行商人を除けば、当時の庶民が旅をすることは極めてまれである。

 自分が生まれ育った場所の外に出たことがないのは、別にカヤに限った話ではなく、割と良くある話だった。

 

「けど、そうなるとどうやって渡るのですか?」

 

 カヤの問いに、玉姫は得意げに答えた。

 

「一か所、大きな橋が架かっているのよ。上杉と賀茂、両家の共同で作った橋が」

「なるほど……姫様」

「何?」

「わたしが直儀さまなら、絶対にその橋で姫様を待ち構えると思います」

「奇遇ね。私も同じことを思っていたわ」

「どうするんですか?」

 

 カヤの問いに、玉姫は不敵に笑った。

 

「バカね……それを今から考えるんじゃない」

 

 玉姫は前向きだなあ、とカヤは妙なところで感心した。

 

 3

 

 その夜、二人は森の中に見つけた小さな祠で休むことにした。

 

「本当は二人の内一人は寝ずの番をするべきなのでしょうけど」

「無理、絶対私寝るわ」

「……あなたたちにお願いしてもいいですか?」

 

 カヤの言葉を聞いたノヅチは、「きゅぅ~」と声を上げて頭を振った。

 

「やっぱり、わたしたちの言葉が分かっているのでしょうか」

 

 独り言のようにカヤがつぶやく。

 

「たぶん、そうなんじゃない?」

 

 玉姫は頷いた。

 

「そうとしか思えないこと、今までたくさんあったでしょ?」

「でも妖怪って人の言葉分かるのですか?」

「さぁ……私は知らないけど。私、妖怪の知り合いいないし」

「わたしだって」

「でもまあ、こっちの言葉が分かるって言うなら、それに越したことはないわ。便利でいいじゃない」

 

 玉姫は深く考えていなさそうな顔で笑った。

 

「おかげで、女二人旅なのにぐっすり眠れるわけだし……感謝こそすれ、文句を言うことじゃないわ」

「それは、そうなのでしょうけど……」

「今日はいろいろあって疲れたし、じゃ、お休みね」

 

 と、玉姫はさっさと横になってしまう。

 

「……あなたたちは本当は何なのですか?」

 

 カヤの問いにふわふわとしたノヅチたちは、「きゅぅきゅう~♪」と答える。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ