15:戦いの後
1
陣を整え、負傷者の捜索を終えた直久は一息ついていた。
「まったく……ひどい目にあった」
直久はあたりを見回した。
兵たちはみな泥にまみれ、具足を脱いだ童の様な格好で、放心したように座り込みんでいた。
いや、それでも命があるだけましなのだ。
いまだ、30名ほどの兵の姿が見当たらず、土の下に深くに埋もれてしまったのだとしたら、彼らを見つけるのは困難を極めるだろう。
「それにしてもいったいあれは何だったのだ」
直久は独り言ちる。
雨も降っていないのに、突然山が崩れた。
こんなこと、今まで見たことがない。
これが妹の得たカミの力だというのだろうか?
だとしたら、玉姫を捕まえることは大変な困難を伴うだろう……
「おーい、ここにまだ誰か埋まっている! 掘り起こすのを手伝ってくれ!」
山の一角に声が響く。
まだ生存者はいるらしい。
直久は腰を上げ、騒いでいる兵たちに近づいた。
「俺がやろう」
「大将自らですか?」
直久が言うと兵たちは目を丸くした。
「こうなっては大将もくそもないだろう。そっちの丸太を押さえていてくれ、いいか? ……それっ!」
直久の筋肉が盛り上がる。
埋もれた枝の間にできた隙間がめりめりと押し広げられ、その奥から人間の足が覗くのが見えた。
「直久さま、少しの間そのままでいてください……よし、行けるぞ、引っ張れ!」
兵たちが足を引っ張ると、ぐったりと弛緩した体が土の下から現れる。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ」
「息はしているか? 鼓動は? ……よし、まだ死んじゃあいないな。大丈夫だ」
安堵の空気があたりに流れた。
直久は下に誰もいないことを確認し、ゆっくりと丸太を地面に下ろした。
「おい、いつまで寝ている? 早く起きろ!」
兵たちは助け出された男の顔を遠慮なくバシバシと叩き、その頭に水をぶちまける。
男は突然カッと目を見開き、悲鳴と共に体を起こした。
「うわああああああああああっ!」
あまりの剣幕に周りの兵たちもさすがに虚を突かれる。
助け出されたばかりの男は、すぐそばにいた兵の腕をつかみ、喘ぐように息を繰り返す。
ひどい悪夢にうなされているようなその顔には、深いしわが幾本も刻み込まれ、まるで年老いた老人のように見えた。
「いったい何があったんだ!?」
「……んだ」
男はかすれるような声で言った。
「……? なんだ? 良く聞こえない」
「いたんだ……見た。俺は、俺は地の底で、見てしまった」
「見たって何を見たんだ?」
「カミ」
「カミ?」
「カミとしか言えない。大きな、とてつもなく大きな黒い、蛇が、蛇ガミが、何十匹も、山の下で……あああぁあああ!」
男は喉をかきむしる。
「あああああ――……っ!」
男は泡を吹きその場にばったりと倒れ込んだ。
兵たちは気味悪そうに顔を見合わせた。
「蛇ガミ……」
その様子を見ていた直久は、ぽつりとつぶやいた。
空を仰ぐ。
山の風が吹いている。
カミの座す山――山ツミ岳の主峰はただ傲然と、ヒトを見下ろすようにそびえていた。
2
一方、山崩れの混乱に乗じて包囲を脱したカヤたちは、一目散に山を越え、上杉領を目指し歩いていた。
賀茂家に狙われていることを知った以上、二人に賀茂ノ荘に戻るという選択肢はあり得ない。
もう玉姫の計画に乗っかるしか、カヤには道が残されていなかった。
高野国上杉領に行くためには山ツミ岳を越え、その向こうにある川――竜神川を越える必要がある。
「竜神川は急流よ」
竜神川ってどんな川ですか、と問うカヤに対して、玉姫はとくとくと聞かせた。
「川幅はそれほどないけれど、北の峰から流れて来る冷たい水のせいで、とてもじゃないけど泳いで渡ることはできないそうよ」
「へえ……姫様は詳しいんですね」
「こういうのって庶民の知恵じゃないの? あなたの方が知ってそうなものだけど」
「わたしは賀茂ノ庄から出たことありませんから」
カヤの言葉に玉姫は、それもそうか、と頷いた。
各地を回る行商人を除けば、当時の庶民が旅をすることは極めてまれである。
自分が生まれ育った場所の外に出たことがないのは、別にカヤに限った話ではなく、割と良くある話だった。
「けど、そうなるとどうやって渡るのですか?」
カヤの問いに、玉姫は得意げに答えた。
「一か所、大きな橋が架かっているのよ。上杉と賀茂、両家の共同で作った橋が」
「なるほど……姫様」
「何?」
「わたしが直儀さまなら、絶対にその橋で姫様を待ち構えると思います」
「奇遇ね。私も同じことを思っていたわ」
「どうするんですか?」
カヤの問いに、玉姫は不敵に笑った。
「バカね……それを今から考えるんじゃない」
玉姫は前向きだなあ、とカヤは妙なところで感心した。
3
その夜、二人は森の中に見つけた小さな祠で休むことにした。
「本当は二人の内一人は寝ずの番をするべきなのでしょうけど」
「無理、絶対私寝るわ」
「……あなたたちにお願いしてもいいですか?」
カヤの言葉を聞いたノヅチは、「きゅぅ~」と声を上げて頭を振った。
「やっぱり、わたしたちの言葉が分かっているのでしょうか」
独り言のようにカヤがつぶやく。
「たぶん、そうなんじゃない?」
玉姫は頷いた。
「そうとしか思えないこと、今までたくさんあったでしょ?」
「でも妖怪って人の言葉分かるのですか?」
「さぁ……私は知らないけど。私、妖怪の知り合いいないし」
「わたしだって」
「でもまあ、こっちの言葉が分かるって言うなら、それに越したことはないわ。便利でいいじゃない」
玉姫は深く考えていなさそうな顔で笑った。
「おかげで、女二人旅なのにぐっすり眠れるわけだし……感謝こそすれ、文句を言うことじゃないわ」
「それは、そうなのでしょうけど……」
「今日はいろいろあって疲れたし、じゃ、お休みね」
と、玉姫はさっさと横になってしまう。
「……あなたたちは本当は何なのですか?」
カヤの問いにふわふわとしたノヅチたちは、「きゅぅきゅう~♪」と答える。




