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14:オオヤマツミノカミ

 

 1

 

 直久が近づいてくる。

 近くで見ると、直久はやはりずば抜けて大きかった。

 

「タマ」

 

 金髪の姫君と向かい合った直久が言う。

 

「お前がタタリガミの力を得たと父上から聞いた時は驚いたぞ」

「タタリガミ?」

 

 思いがけない言葉を出され、玉姫は怪訝そうに首をかしげる。

 

「一体何の話?」

 

 そばで聞いているカヤにもさっぱり分からない。

 そんな二人を、直久は、はん、と鼻息一つで笑い飛ばした。

 

「見え見えの演技はよせ。すでに父上はお前の浅い考えなど全てお見通しよ……お前がこの山のカミに供物として村娘たちを捧げていたことはすでに分かっている」

「なっ――!」

 

 玉姫は絶句した。

 カヤはごみを見るような目で玉姫を見た。

 

「そんなことをしていたのですか?」

「し、してないわよ! そんなことするわけないでしょ!? だいたい館に閉じ込められていた私がどうやって女児誘拐なんてするのよ!?」

「確かにお前は出ていない。が、お前には心酔する配下の者が何人かいる……六郎太というのだろう? お前の部下」

 

 直久は続けた。

 

「考えてみれば簡単な話よ……父上は人攫いどもを捕まえるために武者たちを里に派遣したのに、なぜ一向に下手人たちが捕まらなかったのか? それは警備の兵の中に犯人が潜んでいたからというわけだ。これでは捕まえられるはずもない」

 

 直久の説明は一応筋が通っているようにカヤには思えた。

 確かに、それなら武者の監視で犯人が捕まらないのも道理である。

 

「そして最後に、自分を生贄にするという名目でこの神域まで連れてこさせ、カミの力を我がものとする……なかなかの策士ではないか。さすがは賀茂の鬼姫とうたわれた我が妹、褒めてやってもいいぞ」

 

 玉姫は怒りに顔を白くし、ただ肩を震わせていた。

 

「お兄様」

「なんだ」

「お兄様は、その話を誰に吹き込まれたのですか?」

「吹き込まれた?」

「お兄様のような猪武者に、そんなことが思いつくわけがないでしょう?」

「誰が猪だ、誰が」

 

 直久は苦笑いを浮かべた。

 

「お前はいつもそうやって俺のことをバカにする。まあ確かに、頭の回転で俺がお前に勝てたことは、一度もないのは事実だが」

「で、お兄様が考えたの? どうなのよ?」

 

 直久は妹の顔をじっと見て告げた。

 

「今回もお前の予想は正しい。この話は俺が考えたわけではない。全て父上が教えてくれたことよ」

「お父様が……」

 

 玉姫は悲しそうに首を振る。

 それから、妹はキッと視線を上げ、兄を見た。

 にらみつけた。

 

「お兄様は、お父様の言うことならなんでも信じるのですか?」

 

 冷たい怒りに染まった視線は薄い鉄板くらいなら貫いてしまいそうなほど鋭い。

 けれど、直久にとってはその程度の怒り日常茶飯事、肩をすくませて受け流し、

 

「俺とて最初は信じんかった。が、来てみれば妙な事態になっている。死んだはずのお前は生きており、おまけに逃げたはずの料理番は一緒におる……これでお前を信じろという方が無理筋だろう。そして――」

 

 ひゅん! 弦が飛ぶ音がする。

 それは直久の背後の兵達が弓を放った音だった。

 至近で放たれた矢はまっすぐに姫君とその従者へと殺到し、そして、全てが空中で撃ち落されていた。

 

「その矢避けの呪いこそ、動かぬ証拠! まさか賀茂一族から邪なるカミの使いが出るとはな!」

「違う! 話を聞いて、お兄様!」

「そのような姿、見るに忍びない。ならばせめて、兄であるこの俺の手で一思いに亡き者にしてくれよう!」

「お兄様!」

 

 悲痛な姫君の声が神錆びた山にこだました。

 

「聞く耳持たぬ! ぬんっ!」

 

 男は、裂帛の気合と共に、その得物を振り下ろした。

 

 男の得物。

 それは刀だった。

 どこにでもある、地面にだって生えてそうな普通の刀。

 黒い地金、ゆるく反った細長い刀身、波打つような刃文が白い刀にうっすらと浮かんでいた。

 けれど。

 その大きさが規格外だった。

 

 ノダチ、と呼ぶ。

 野の太刀と書いてノダチ。

 あるいは、背負いの太刀がなまってノダチと言うようになったとも。

 他にも大太刀、斬馬刀、呼び方はいろいろあり、その実態はそれぞれ若干の違いがあるが、意味するところは一つ――

 

 とても大きな刀。

 騎乗する武者を馬ごと切れるように作られた、大人の身の丈ほどもある鋼の塊。

 

 それが賀茂家の嫡男、直久の得物だった。

 若武者は得物を両手に握りしめ、天上に掲げ、大地よ砕けろ、と言わんばかりの勢いで振り下ろした。

 

「危ない!」

 

 カヤと玉姫は慌てて左右に分かれ刃を逃れる。

 それはまるで地面が爆発したかのようだった。

 岩が砕け、小石が飛び散る。

 ノダチの重量と直久の規格外の筋力、この二つの足し合わせは、ヒトが持ちうる破壊力の限界にすら迫っていた。

 

「し、死ぬ! こんなので切られたら! ていうか殴られるだけでも死んじゃいます!」

「まあね、実際、お兄様に切り合いで勝てる人なんてこの世にいないわ」

「なんでちょっと誇らしそうなのですか」

「別にそんなことないでわよ」

 

 カヤと玉姫は叫び声をあげながら、直久から距離を取る。

 

「待て!」

 

 直久が叫びながらノダチを背負い、二人に迫る。

 その前に、モフモフたちが立ちふさがった。

 

「きゅぅ~!」

「ぬぅん!」

 

 二人を守るように展開していたモフモフたちが大刀の男に襲い掛かる。

 しかし、直久はそれすらもやすやすとかわし、反撃の一撃で数匹のノヅチを吹き飛ばした。

 

「きゅぃ~……」

「あなたたちでもダメですか!?」

 

 カヤは焦っていた。

 ノヅチたちでどうにか出来なければ、カヤたちに男をどうにかする方法なんてない。

 唯一出来ることは逃げるくらいだが、断崖絶壁に追い込まれた二人にはもう逃げ場なんてどこにもなかった。

 

「くっ……」

 

 玉姫の額から汗がにじむ。

 前から迫る武者。

 背後には崖。

 

 どうすれば、どうすればいいのだろう。

 

「きゅぅ~……きゅぃきゅぃ?」

 

 その時、一匹のノヅチがカヤの裾を引っ張った。

 

「なんですか?」

 

 カヤが問い返す。

 

「きゅぅ、きぃう、きゅうきゅ~?」

 

 茶色いモフモフが何かを言う。

 もちろんカヤには茶色いノヅチが何を言っているのかさっぱりわからなかったが、毛玉の様子は、どうにか出来ないこともない、と言っているような、そんな気がした。

 本当にそういう事を伝えたかったのかは、分からない。

 

 けれど、可能性があるなら、たとえわらでもつかみたい……!

 

「何でもいいから、とにかくやっちゃってください! お願いします!」

 

 カヤはそう言ってモフモフとしたノヅチの身体を握りしめた。

 

「きゅぃ☆」

 

 ノヅチは力強く頷いた。

 それと同時に、ノヅチは大きく息を吸い、

 

「きゅううう~~~~~~~~~……」

 

 長い、長いノヅチの鳴き声があたりに響く。

 思わずカヤたちは耳を押さえた。

 小さな体全体を震わせたノヅチの叫び声は耳を聾するほど大きかった。

 

「な、なんだ――?」

 

 いきなりの事態に戸惑い、直久は動きを止める。

 

 おおおおおおおおぉ――

 

 ノヅチの絶叫は数十秒ほど続いた。

 そして、やまびこの様な残響が消えると同時に、巨大なものがこすれるような耳障りな音があたりに響き始めた。

 

「なにこの音」

 

 カヤは不安そうにあたりを見回す。

 

 何か、何か恐ろしいものが近づいている。

 そう、本能が告げている。

 この場を逃げ出したくて仕方がない。

 耳障りな音はどんどんと大きくなり、やがて大地が震え始める。

 

 カヤたちだけでなく、すでに武者たちも異変に気が付き始めていた。

 

「何だこれは――」

 

 武者たちは不思議な音の出どころを求めてあたりを見回した。

 

 音の出どころは――

 

「地面……」

 

 誰かが言った。

 それと同時に、山肌に亀裂が走る。

 がくんと一瞬の浮遊感。

 大地が震え、そして。

 

 大音響とともに、地面が大きく崩れ落ちた。

 

 叫び声があたりに響き渡る。

 地面に飲み込まれる兵の叫びが山に響く。

 

 カヤは右手を玉姫に伸ばし、左手でノヅチを握りしめた。

 土煙に包まれて、暗闇が落ちて来る。

 

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