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13/37

13:強襲の兄

 

 1

 

 洞窟を出た二人の少女はすぐに兵たちに見つかった。

 

「この山、遮蔽物が少なすぎ! 小粋な岩の一つでも生やしときなさいよ!」

「きゅぃ~……」

 

 思わずこぼれ出た愚痴に、二人の身体にしがみついたノヅチたちは申し訳なさそうに玉姫を見る。

 

「なんであなたたちが謝るのですか」

 

 カヤはいぶかし気に首を傾げた。

 まるで岩がないのがノヅチたちのせいとでも言っているみたいで、少し不思議に感じた。

 まあ確かに、ノヅチたちがガーデニングして、岩とか曲水とか作ってくれていたら、もう少し隠れる場所があったかもしれないが、それをしなかったことを責めるのは酷というものだろう。

 

「……って、そんなこと言ってる場合じゃないですよ、姫様」

「分かってるってば!」

 

 走る少女の後ろから、兵士たちの叫び声が迫る。

 それを避けて何とか森の中に逃げ込みたいところではあるのだが、しかし森の中にも兵たちは潜んでいるようで、二人が森に近づくと、鬨の声が上がりわらわらと兵たちが現れるのだ。

 まるで湧き水の様に現れる兵たちを前に、玉姫は思わず悲鳴を上げた。

 

「どんだけ兵を差し向けたのよ! お父様はバカなの、アホなの? 兵をいたずらに動かさないなんて国の基本でしょ!?」

 

 玉姫はここにはいない父君のことを口汚くののしる。

 気持ちは分からないでもないので、カヤは何とも言えなかった。

 

 カヤは背後をうかがった。

 動員した兵力は、軽く見積もっても二百以上はあるだろうか。

 

「いきなりこれだけの兵を動かすって、賀茂家でも結構大変なのではないでしょうか?」

 

 カヤは思ったことを口にした。

 

「え? ええ、そう言われるとそうね。少なくとも、近くの里から郎党を呼ぶ必要があるわ」

 

 玉姫は頷く。

 賀茂の館に常在している兵たちはせいぜい五十名ほどである。

 それ以上の兵を動員しようと思えば、各地に散らばる一族郎党を呼ぶ必要がある。

 必要になったからと言ってすぐに集められるものではないのだ。

 早く見積もっても、二百の兵を動員するためには丸一日以上はかかるだろう。

 

 玉姫ははっとしたようにカヤを見た。

 

「つまり、この兵たちは私が出発する前から準備されていたってこと?」

 

 玉姫は愕然とした顔で足を止めた。

 

「一体、賀茂家に何が起こっているの……?」

 

 その時、ひゅぅぅという高い風切り音がカヤの耳に届いた。

 カヤは視線を上げる。

 

「! 姫様!」

 

 カヤは玉姫に飛びついた。

 

「へ?」

 

 カヤが玉姫をその場に押し倒したのと、

 

 バン!

 

 という乾いた衝撃音が地面に突き立ったのはほとんど同時だった。

 

「なんで私はいきなり召使に押し倒されたの? あんたやっぱり変態――」

「なにバカなこと言ってるのですか、バカ姫様」

「バカって言うな! バカって! って、え?」

 

 そこまで言って、玉姫は地面に刺さる美しい丹塗りの矢の存在に気が付いた。

 玉姫の顔から一気に血の気が引く。

 驚いたように兵たちの方を振り返った。

 山の中を追いかけまわすことの困難に気が付いたのか、賀茂の武者たちは矢をつがえ、こちらに狙いを定めていた

 

「もはや捕まえる気すらないの!? マジで殺す気!?」

「実は姫様、何かすごい悪い事したのではないですか? 問答無用で殺されるような何かを」

「してないわよ…………たぶん」

 

 二人が騒いでいるうちに武者たちは二射目の準備を終えていた。

 矢をつがえ、放つ。

 ひゅぅ、と風切り音が飛来する。

 カヤは顔を上げ、自分に向かって真っすぐに飛んでくる矢が見えた。

 何もかもがゆっくりに見えた。

 雲の流れも、そよぐ草も、そして、きらきらと輝く矢じりも。

 とても遅くて、簡単に避けられそうに感じるけれど、でも自分の身体はそれ以上に反応が鈍い。

 

 あれ、これ、避けられないのでは――?

 

 直撃する。

 目を閉じることもできなかった。

 

「きゅう~!」

 

 鳴き声が聞こえた。

 

 何が起こったのか、カヤには最初分からなかった。

 カヤに見えたのは、自分に向かって真っすぐ飛んできた矢が空中でいきなり軌道を変え、次の瞬間地面へと突き刺さるという不可思議な現象だった。

 矢と一緒に、枕ほどの大きさのモフモフが地面に転がる。

 そこでやっとカヤは理解した。

 ノヅチが守ってくれたのだ。

 

「飛んでくる矢に身体をぶつけて、軌道を曲げたのですか――?」

 

 カヤは信じられないというように首を横に振った。

 

 実際、これほどまでに、言うのは容易く行うのに難しいこともないだろう。

 飛来する矢の速度は秒速50メートル近くにまで達する。

 それを正確に撃ち落すなんて言うのは、どんな達人でも不可能だ。

 その不可能をノヅチは簡単にやってのけたのだ。

 

「あ、ありがとうございます」

「きゅぃ~~♥」

 

 ノヅチは気にするな、と言うように体をカヤへとこすりつけた。

 

「ほら、ぼさっとしてるんじゃないわよ!」

 

 ぼんやりと座り込むカヤの手を引っ張り上げ、玉姫は無理やりカヤを立ち上がらせる。

 

「逃げるの! こんな場所で死にたくないでしょ!?」

 

 カヤのお尻を姫の白い手がべしべしと叩く。

 兵たちはますます数を増していく。

 逃げ場はどんどん失われて行くようだった。

 

 2

 

 そしてカヤたちは追い詰められてしまった。

 

 兵たちは山の麓から迫ってきていた。

 必然的に、二人は山頂方向へと追い詰められていった。

 

 その果てが、ここ――深い渓谷を見下ろす断崖絶壁。

 十重二十重と囲んだ兵士たち。

 

「ど、どうするんですか、姫様」

「情けない声出さない! でも、これは、ヤバいわね……!」

 

 玉姫は焦燥しきった視線をあたりに巡らせた。

 山肌を背に、三方からはひたひたと寄せて来る武者たち。

 

「ノヅチなら……」

「これだけたくさんの相手を食べてもらうには時間がかかると思います。その間にわたしたちが殺されるんじゃないですか?」

「くぅ……」

「どうやらここまでのようだな」

 

 囲みの中央から進み出たのは、立派な鎧兜を身にまとい、身の丈六尺はある若武者だった。

 

「お兄様!」

 

 彼こそが、賀茂家の次代賀茂直久その人である。

 

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