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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役は野生児に退化する。

作者: もち

悪役令嬢がはっちゃける5秒前な物語


 その言葉を聞いた時に、アデリアは天地がひっくり返るような衝撃を受けた。


 場所は公爵家の秘密の通路、リネン室の壁の裏。


 壁の向こう側での、下女たちの世間話。

 浮気性の恋人を非難したら殴られた、と年若の下女が先輩下女に涙声で漏らしていた。可哀想に。

 衝撃を受けたのは、先輩下女が後輩下女に向けた言葉だった。


『貴女、そんなクズ男とは、別れちゃいなさいな。』


 えっ……。

 へ、平民は別れられるものなの?


 貴族の恋愛には厳格な制限がある。

 婚約、婚姻には王家だけでなく、協会の許可も必要なため、婚姻を前提とした未婚の貴族、特に女性は恋人を作るにも制限があって、よほどの理由でないと破談も離縁も認められていない。


 破談や離縁する場合、『よほどの理由がある』と認識されるため、女性側に落ち度がなくとも、男女共に瑕疵になるため、これも『よほどの理由がなければ』忌避される。


 婚姻を前提としない恋愛は既婚の女性が、愛妾になるのが前提で、未婚の貴族令嬢だとふしだらとされ、よくてそのまま身分の保証されない愛妾になるか、悪くて娼館行きになる。


つまり、貴族の未婚女性は恋愛以上の関係で別れることは難しいということだ。


 だから、御歳12才の公爵令嬢であるアデリアはカルチャーショックを受けたのだ。


『でも、両親は彼との結婚に乗り気で。』


 そういう後輩侍女にかけた、先輩侍女の言葉に。


 アデリアはフラフラした足取りで通路を通り、自室へと戻った。


 侍女達の会話での、先輩侍女の言葉はアデリアの世界を全てぶち壊していた。


――『愛情を理由に理不尽を我慢するのは不幸の元よ。』

――『自分の幸せを見つけたいなら別れなさい。』

――『親が何を言ってもね。両親が無理強いをしてくるなら逃げればいいのよ。』

――『そして、親でなくても、本当に自分を助けてくれる親戚でも、知人でも友人でも、助力を頼めばいいのよ。』


 ベッドの中で、ぐるぐると浮かぶ言葉を反芻しながらアデリアは考え込んだ。

 彼女達の会話、それは平民の中での事だ。

 だけど、アデリアの婚姻を巡る状況はまさしく後輩下女と同じかそれ以下のものだった。暴力がないだけで。

――理不尽を我慢するのは愛情じゃなく、家のため。

――そもそも理由になる愛情ってナニ? 両親からも、兄弟や婚約者からも、愛情を抱くことはあれど愛情を感じた事なんかない。

――逃げたいのは婚約者や両親からじゃないし。



 彼女が『別れたい』のは婚約者であれど、『逃げたい』のは婚約者からではなかった。


――あの、気持ちの悪い変態騎士さえいなければ良かったのに。


 アデリアにとって理不尽にして不幸な事は、夜中に寝室に忍び込んできてはアデリアの身体にさわるその騎士が、家族からも婚約者からも、アデリア以上に信頼も愛情も向けられている事だった。


 そこでアデリアは、はっと気付いた。


『愛情を理由に理不尽を我慢する』


――あれ、私、家族にもあの騎士にも、我慢するだけの愛情なんかない……?


 そうして彼女は思い至る。


――両親でなくても、無理強いをしてくるなら逃げればいいんだ。

 あの騎士から。あの家族から。


――私、なんで我慢してたんだろう。




 翌日。アデリアの朝の支度に来た侍女は早々に異変に気付いた。


 公爵令嬢の自室ベッドに、その令嬢自身が居ないことを。



 グラウシェル国、ダルステイ公爵家令嬢、アデリアが行方不明とされた日のことだった。



 公爵家が蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたその時、アデリアは美しい泉のある森の中にいた。


[素敵な場所ねアデリー!]


[わあぁ! アタシ、町の外出たの初めて!]


[アデリーお姉ちゃん! 水の中で動いてるのナニ?ナニ?]


 幻想的な景色の中で、キャッキャッと楽しげに笑い合ってるのは、半透明な姿の、6人の可愛らしい少女達だった。


 ――理から外れ、世界に留まる、死霊の少女達である。


[ふぅん、ここが霊獣達の墓場かい?]


[ほ、本当にここに住むの? おお、オバケとか出ない? 墓場なんでしょ?]


[キアラ、あたし達がオバケじゃん。]


 ロマンチストなサミュエラ

 病弱で閉じ籠りがちだったマチア

 一番年下のティルティ

 蓮っ葉な物言いのダリア

 内気で怖がりなキアラ

 ツッコミ気質のヴィヴィアン

 アデリアは彼女達がいつから、自分の側にいたのか覚えていない。

 だが、いつだってアデリアを守り、味方をしてくれたのは彼女達だけだった。


[ぅう〜っ、アデリア、ホントにここに住む気……?]


「大丈夫よ、キアラ。ここにアンデッドも魔物も、獣も出ないわ。本で読んだもの。」


 アデリアの趣味は、古いお伽噺を読むことだった。 精霊の住む聖なる樹、古き神が悲恋の末に岩となった聖地。  そんなお伽噺や伝説に思いを馳せて、古地図や文献などでそんな場所や新しい話を調べたり、歴史書を読み込むのが、彼女の数少ない楽しみだった。

 そしてその中の1つに、霊獣達の墓場と言われる場所があった。

 そこに、アデリアは必要に迫られて覚えた魔術(変態からの護身のため)、それも伝説の魔女が使ったという転移魔術(変態から逃げるため)を使い、やって来たのだ。


 アデリアは服を着ておらず、厚手の寝巻き1枚という姿だった。

 だが、アデリアはそれでいいと思った。余計なものは要らない、と。

 彼女の心の中にはもう、家族もそれ以外も存在しなかったから。

人間以外の生物の生態の知識などが納まっていたから。 アデリアが家出を決行した理由の1つに、彼女が古いお伽場や、歴史書などに出てくる古代の人々の生活や、人間以外の生物の生態の知識などが納まっていたというのもある。


 知識を実践したことも、実践できるだけの腕力も体力もないが、アデリアにはその代わりになるほどの魔術と頼もしい仲間達がいる。


 季節もこの地を選んだ理由の1つだった。この地域のこの時期は、獣が冬眠から覚め、実りの芽が出る春。

 伝説が正しいなら、霊獣の墓場のこの地に、人も獣も魔物も来ないから。自然災害以外の危険がないのだ。



[まず、必要なのは食料よね。]

 泉を覗き込んだヴィヴィアンが、水中から小魚を蹴り飛ばして確保していた。周りを見渡せば、この地方にいた古デイワット族が干して食料にしていた蔦があった。



 例えこの場所に食料がなくても、食料のある場所に転移魔術で行けばいい。


 住み処も、危険がないなら雨風を凌ぐだけでもいいのだ。



[なぁ、家を建てるのは流石に無理だからさ、魔術で地下を掘って家にしないかい? 空気孔はちゃんと作った上でさ。]


[ええ〜、ティルはどうせならツリーハウスがいい〜!]


[ティルティ、ここの木、背は高いけど、太さがないからツリーハウスは無理だよ? 密集してたら、柱にも出来ただろうけど、木と木が離れ過ぎてるし。]


 放牧民出だと言うヴィヴィアンは地下のほうが地上より寒暖差が少ないことも知っていた。壁に植物の蔦や根を張らせれば強度が上がることも。


[……レンディローファの冒険憚みたい。楽しい!]


 マチアが挙げたのは、船から落ちた水夫の少年が、未開の地に流れ着き、サパイバルを繰り広げる、探険記の代名詞の書物だ。


 もちろん、アデリアも愛読書の一冊である。


レンディローファの冒険憚が3年前に完結して以降、アデリアには何も『楽しい』ことが無かった。


[ねぇ、ねぇ、どうせならレンディローファのように暮らしてみましょうよ。きっと素敵な生活になるわ!]


 浮かれるサミュエラの横で、ティルティがまじまじとアデリア顔を見つめていた。


[アデリーお姉ちゃん、楽しい? 楽しいの?]


 アデリアはいつの間にか浮かべる事の無くなった、作り笑い以外の笑顔を浮かべていた。


 「うん……。うん、きっと、楽しいんだわ。」


例えその物語の先が悲惨でも、夏でも寒々しい人間関係の王都の家なんかで堪え忍ぶだけの生活より、この美しい景色とこの仲間達とで暮らすほうがずっといい、とアデリアは思った。

気が向いたら続編かきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久々に面白そうな書き出しを見たなと言うのが正直な感想です。 作者さんが続き書きたくなぁれ♪
2018/06/13 00:45 退会済み
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