1-4 試食会
朝になってみると、魔力が回復していた。
時間で回復するものなのか、一晩休んで精神がリフレッシュしたからなのか。
これについては確認しておいたほうがいいかもしれない。
命取りになるシーンがあるといけない。
「おはよう、シャル。
傷を見せて」
俺の寝巻きの前をはだけさせて、ジーンが驚きの声を上げる。
「こ、こんな事ってあるのかしら。
あの酷かった傷が跡形もなく消えているわ」
「うん、不思議なんだけど。
は多分スキルの件と関係があるみたいだ」
俺は裏手にある水場に顔を洗いに行ったが、その時に物凄く驚いた。
なぜなら、そこで水の中にいたのは秋葉総一郎とは似ても似つかない色男だったからだ。
はっきり言ってごく普通の顔立ちで、女の子にはもてた事など無かった秋葉総一郎が見たら嫉妬に怒り狂いそうなイケメンがそこにいた。
金髪で青い目、整った目鼻立ち。
だが、その優しそうな容貌はどことなく秋葉総一郎を思わせる雰囲気があった。
なんというのか、目の光・唇の感じ・全体的なフォルム。
そういう物が柔和で優しそうな雰囲気を放っている。
この世界では軟弱なとか女々しいと言われそうな顔付きだが、ジーンには好評なようで何よりだ。
『カルマ』
そんな言葉が頭の中に浮かぶ。
どうやら、これは夢ではない。
現実の事なのだ。
俺はおそらく死んで、このシャルという人間に転生したのだ。
魂となった者は三千世界を旅して生まれ変わるものなのだろうか。
そしてこの俺、秋葉総一郎という人間は死んだ事にすら気がつかないような急死を遂げたのに違いない。
前世から引き摺ってきた業という物が、極当然のようにこのシャルにも存在しているのだろう。
俺はシャルとして今ある事にあまり違和感がない。
それから、部屋に戻ると俺はテーブルの上の水とお菓子に目をやった。
「今朝はこいつを試食してみたいと思ったんだけど、朝食がこれじゃなあ」
せめてパック入りのゼリーってとこだが、さすがにあれは男が食うにはちょっと分量が。
「うーん、ちょっと食べてみたいかな。
これ、どうやって食べるの?」
「えーとな、こうやって破るのさ」
そして、ペットボトルの蓋を開けてやった。
「この水は蓋をあけなければ結構持つよ。
1~2年は腐らない」
「へー、凄いわね」
一口飲んでみて、気に入ったらしい。
「割と美味しいわね」
「ああ、でも水はガラスに入れるのが一番いいのさ。
それに泉の水の方が美味しいと思う。
だがダンジョンの底で干からびていた人なら、高値でも買うと思わないかい?」
俺は悪戯っぽい笑顔を浮べて言ってみた。
今のところ、それをすぐやってしまうわけにはいかないが。
「うーん、普通に魔物を狩ったほうがよくない?
高ランクの冒険者は稼いでいるわよ。
シャルなら充分やれるような気がするんだけれど。
それに低ランクの物でいいなら収納袋を持っている人も結構いるし」
「ああ、そうかもな。
でも色々可能性は試しておきたいな。
冒険者なんて、いつまでもやれる仕事じゃないんだから」
彼女は、袋から出したバーを可愛い手で取り上げると、一口そっと齧った。
「あら、美味しい。
これはいい商品ね。
どうしてこれを売っちゃいけないの?」
「それはね、ジーン。
こいつらが、この世界に存在しない物だからだよ。
とんでもない技術で作られているからなんだ。
それを売りに出すなら、それなりのバックとなる人がいるのさ。
今の俺達にそんなものがあるはずがない。
でもいざとなったら、色々と考えるさ」
ジーンはよくわからないような顔をしていたが、続きを食べてみることにしたようだ。
いくつかの種類を食べ比べて、ああでもないこうでもないと味の批評をしていたらクラウスとジェンカがやってきた。
「おはよう。
元気そうだな、シャル」
「おっはよ、ジーン!」
この2人もすぐ近くに部屋を借りている。
もちろん2人も一緒の部屋だ。
俺達は子供の頃から一緒だったが、性格的に自然にこういう組み合わせになったのだ。
村では成人前に子供まで作ってしまって、子供を背負って農作業に励んでいる奴らもいた。
この世界の平均寿命は地球よりも短い。
この2人はもうデキている気がする。
確かこの世界にも避妊薬はあったはずだ。
俺とジーンも後は籍を入れるだけ!?
頑張るんだ、俺。
あ、この国に籍なんて無かった~。
「ああ、傷はもうすっかりいいんだ。
悪かったな、お前ら。
記念すべき第一回目の探索でドジを踏んじまって。
ちょっと舞い上がっていたぜ」
「ああ、気にするな」
「そうそう。
せっかくいいスキル引き当てたんだから、無理もないわよ」
俺は2人に椅子を勧め、話を切り出す。
「なあ、俺はちょっと商売をやりたいんだ」
「え? 冒険者でなくてか?」
「無理よー。
元手がないし、伝もないんだからさ」
俺はどうやって説明したものか困ったが、はっきり言ってやることにした。
「実はな、なんていったらいいかわからないが、俺はスキルを2つ持っている」
「え、まさか」
クラウスは驚いたような顔でこっちを見た。
驚くのも当然だ。
普通、そんな話はないからな。
「いや本当だ。
そいつは商売向きのスキルなんだ。
だが制約が大きくてな」
「へ、へえ?」
ジェンカもよくわからないような顔をしていた。
「お前ら飯は?」
「一応食ってきたが」
俺はすっと、残りのエネルギーバーを差し出した。
「ちょっと味見してみてくれ」
しかし、2人はひねくり回していたが封を切る事ができない。
「これ、どうやって開けるんだよ」
「貸してくれ」
俺が2人にもよく見えるようにして開けてやった。
「へえ、簡単に開くのねえ」
「ああ、だが密閉してあるから長期保存できるんだ。
やり方さえわかれば簡単に開けられるんだけどな。
まあ試してくれ。
それって小さいけれど、結構腹が膨れるように出来ているから、半分ずつにしてくれ」
2人も齧ってみて感嘆の声を上がる。
「美味いじゃねえか!」
「えー、これ売れるよ、きっと」
その反応を見て俺も満足そうな顔をしたが、窓を閉めて部屋を暗くした。
「え、何するんだ?」
俺は黙って懐中電灯を付けた。
LEDランプの鋭い人工光源に2人は驚きの声を上げた。
「一体それは何なのさ?
魔道具なの?」
「そんな物は見た事がないぜ」
「いや違う。
これはただの道具だ。
ただし、異世界のな」
「「「い、異世界?」」」
俺以外の3人が全員驚いたようだったが、更に続けた。
「まだ色々よくわからないんだが、俺はどうやら誰かの生まれ変わりで、その時は異世界にいたらしいんだ。
そのせいか、もう1人分そいつの分のスキルを手に入れることができていたらしい」
みんなもよくわからないような感じで、しばらく考えていたがクラウスが口を開く。
「えーと、それで?」
「だからといって、今までと何がどう違うというわけじゃないんだ。
この間、魔物に襲われたショックでそれを思い出したというか、少し人格が入れ替わったというか」
「お前はシャルじゃないってこと?」
クラウスも混乱しているようだ。
「いや、俺はシャルさ。
それは変わらないんだ。
多分、異世界で死んで、この世界にシャルとして生まれ変わっただけの人間だ。
本来であれば、前世の記憶を持ったシャルになるはずが、前世の人格がシャルの記憶を持っている状態になっているんだ。
ただ一つ言える事は、この俺は、お前達がよく知っているシャル本人である事に間違いはないという事だ」
ジーンは少し難しい顔をして、俺を見ていたが首を振った。
「ごめんなさい、よくわからないわ。
私にとっては、あなたはシャルそのものにしか見えないし」
「そりゃあそうさ。
俺はシャルなんだから。
別に魔物に襲われて死んでしまったわけじゃない。
一瞬死んだのかもしれない。
魂が、精神が死んでしまうと体も死んでしまってそれまでだから、俺が代わりに体の主として表に出てきただけなんだ。
一時的にでも精神が、魂が飛んでしまうと体の方も駄目になってしまうからな。
本来なら心の奥底にいるはずの、この今の俺の人格が表に出てきて体を保っているんだ。
そうでないと死んでしまうからな。
何しろ、俺もシャルも魂は同一で同じ体の中にいる人格さ。
記憶も共通なんだ。
傷を負わされたショックがあまりにも激しかったんで、今シャルの人格は眠っている感じなんだろう。
本来この俺の意識は表には出てこないものなのさ」
3人とも、うーんという感じで腕組みして目を瞑り俯いていたが、何か頭がプスプスいっている感じだ。
「体も魂も一つ、だが人格が2人いる。
そして『シャル』の人格は今ゆっくり休んでいるところさ。
そして、俺は『ソウイチロー』なんだ。
違う人間だとも言えるし、同一人物であるともいえる。
俺にもよくわからないが、この俺もシャルとしての人生を、お前らと一緒に生きてきた者には違いはないさ」
3人は更に悩んだが、結論は出なかったようだ。
「それで、お前の事はソウイチローと呼んでやったらいいのか?」
クラウスが一番立ち直りは早い。
というか昔から難しい話が嫌いなんだ、こいつは。
「いや、それがよくわからないから今まで通りにシャルでいい。
この先、体と心の関係が落ち着いたら俺は引っ込んでシャルの人格が戻ってくるのか、あるいは緩やかに融合して2人分の記憶を持つ一つの人格を目指すのか」
同じく難しい考えが苦手なジェンカが言った。
「要するに、その異世界の記憶とやらを持ったシャルというのがあんたでいいのかしら」
「それでいいのかどうか俺にもよくわからないが、今はそういう事にしておいてくれ」
そこで、ジーンをチラっと見て付け加えた。
「それとな、俺もシャルもジーンのことが大好きな事には変わらないのさ」
そう言ってから、軽くジーンの唇を盗んだ。
「おー、見せ付けるねー」
「もう、シャルったら」
ジーンも、もう難しく考えるのはやめにしたようだった。




