1-2 夢と現実
クラウスは戦士、ジェンカはシーフ、俺は魔法剣士でジーンは神官だ。
なかなかバランスのいいパーティだと人は言ってくれるかもしれない。
だが、全員もれなくひよっこだ。
まだギルドでスキルを発現させたばかりなのだ。
冒険者ギルドでは登録時に各冒険者に一つだけスキルを発現させることが出来る。
ギルドが信奉する神、メーテルラーラの思し召しだ。
それが何になるのかは発現してからのお楽しみらしい。
それぞれの適性に合ったものが発現するという事だ。
ジーンは教会の孤児院育ちだったせいか、神官の癒しや支援のスキルを身につけた。
だが、俺達はそれで強くなったと思い込み、意気揚々とダンジョンに潜り込んだのだ。
そして当然の結果を迎えたというわけだ。
よくあるというか、ありすぎるお話だった。
何故だかわからないのだが、ど素人がスキルを授かって気分だけ最強でダンジョンに潜ると、大概はいきなり強い魔物が出てきて洗礼を受けるのだ。
ご多分に漏れず俺達もこのざまだ。
魔法剣士のくせに戦士をさしおいて、いきなり剣を振り回して突っ込んでいった俺が、その第一の犠牲者になったというわけだった。
無様すぎるぜ。
反省しろよな、シャル。
いや、夢にしては設定が詳しすぎるよ。
ゲーム1本とか小説が1冊くらい出来ちゃう!
よしっ、せっかくだからジーンともう少し続きを。
「シャル!
シャル?
もうシャルってば」
あれ、ジーンったら何故抵抗するんだよ。
これは夢なんだぜ?
後ろから、俺の後頭部を容赦ないチョップが襲った。
痛っ!
あれえ?
「いい加減にしておきな。
あんた、昨日はマジで死に掛けていたんだからね?」
「そうだぞ、サムソンさんがたまたま通りがかりに助けてくれなかったら俺達全滅だったし。
大体、真っ先に剣を交えるのは俺の役目だろうによお」
昨日の超戦士がサムソンさんというのか。
ああそうだ。
俺達のような新人にとっては憧れの若手冒険者なんだった。
格好いい男は名前まで格好いいぜ。
それに比べて、この俺の冴えない事といったら!
「シャル、もう一回傷を見せてちょうだい。
私だって素人の神官なのよ。
心配だわ」
ジーンが俺のシャツを脱がせていく。俺も息を飲んだ。
それはもう、物凄い傷跡だった。
胴体の6分の1を占めているのではないだろうか。
よくこれで生きていたものだな。
全員、目を瞠っている。
それはそうだろうなあ。
「凄いわ、跡がもうこんなに小さくなってる」
なんだって!?
これでかよ。
マジですか、マジ?
本当に今生きているのは奇跡だな。
「こうして改めてみると凄い傷だよね」
「ああ。
あの触手野郎に、思いっきり突き刺されて、ぐりぐりと振り回されていたからな」
ジーンが愛おしそうに、その傷跡を撫でながら呟いた。
「私の回復魔法なんかじゃ治すのは無理だと思うのに。
これって愛の奇跡かしら」
「たまたまよー、たまたま。
ダンジョンでそんな事を言っていたら、今度こそ死ぬからねー」
ジェンカが呆れたように言うのに、クラウスもうんうんと頷いて同意していた。
俺は引き続き休養を命じられて、再びベッドの上の住人と成り果てた。
長い夢だなあ。
多少は色っぽい展開になったので、いい夢だという事にしておこう。
スキルとかいったな。
このシャルはどんなスキルを持っているんだ。
確か魔法剣士だった。
そう考えたときに頭の中に浮かんできた内容は、こうだ。
『シャル 魔法剣士(全属性)
剣を振るうことにより魔法効果を得る。
効果は修練しだい』
よくわからないな。
使いこなせばいい具合になるのか。
あんな怪物と戦うのはごめんだぜ。
早く目が覚めないかな。
でも、あの子ともう1回チューがしたい。
しかし、長くてリアルな夢だな。
だが、俺は気が付いた。
魔法剣士のほかにスキルがまだあるみたいだ。
まさか。
確かスキルは1人につき、一つのはずだ。
もっとよく知ろうと、精神を集中させた。
だが、その内容に俺は驚愕した。
「秋葉総一郎 買い物スキル ネット販売されている物品を魔力召喚する。
成果は魔力ないし、魔石などの魔力効果のある物などの対価次第」
な・ん・だ・と?
秋葉総一郎、それは俺の本名だ。
どういう事だ。
これは夢じゃないとでも言うつもりなのか?
いや、夢だ。
夢に決まっているじゃないか。
俺はさっさと寝る事にした。
夢から覚めれば、俺はただの秋葉総一郎として冴えない朝を迎えるはずなのだ。
結論から言って、俺は夕方に起き上がっても夢の続きをしていた。
頭を抱えたが、どうしようもない。
何があったのか誰か教えてくれ。
とりあえず、今わかっている事といえば、俺は今シャルという冒険者なのだが、秋葉総一郎でもあるらしい。
俺の意識は秋葉総一郎のもので、体や回りの環境はこのシャル、シャル・フリードの物だという事だ。
そしてシャルとしての記憶と3人の仲間達がいて、そのうちの1人は俺の恋人ジーン・アクシアだ。
ジーンとは精霊の意味だ。
まるで精霊みたいに可愛いのさ。
精霊なんて見た事がないけどね。
そして、ここは何か曰くありげな街で、そこにはダンジョンというものがあって、冒険者が街に溢れているのだ。
今わかるのは、このくらいか。
時間が経ったり、色んな事を経験したりすれば、何かを思い出すだろうか。
「シャル、お腹空いたでしょ。
御飯にしましょう」
そうだった。
俺達はここで一緒に暮らしている。
台所はついていないから飯は外で買ってくるのだ。
この街には、俺達みたいな駆け出し冒険者のために安い飯を提供してくれる店もたくさんある。
「ジーン、お金はどれくらい余裕がある?」
そんな台詞が自然に口から零れ出る。
俺は本当に総一郎なのか?
「うーん、まだ一月は大丈夫そうだけど、お金が払えないとここも追い出されちゃうわね。
ここはいい立地だから出たくないわ。
せっかくギルドの好意で住めているのに。
こんな大通り沿いでダンジョンにも近いし。
この値段では、こんなところはもう借りられないでしょうね」
なるほどな、ボロいけど広さはなかなかのものだし。
窓からの眺めも悪くないのだ。
「そうか。
早く仕事をしなくてはいけないな」
俺は手元の食事に目を落とした。
今日は俺が栄養を取れるようにと奮発してくれたようだ。
柔らかい白パンと美味しそうな上等のハム。
木の器に入ったシチュー。
そしてリンゴに似た果物に、サラダのような物まである。
「無理をしないで、まだ養生しなくっちゃ。
シャルは、せっかくいいスキルをもらえたのに」
「そんなにいいスキルなのか?」
「何を言っているのよ。
あなたの力はなかなかのものよ。
全属性の魔法剣なんて、城の騎士団でも持っている人はいないんじゃないかしら。
クラウスなんか、冗談だろうけど騎士団からスカウトがきてもおかしくないって」
ほお、吹いたな。
あいつは、昔からそういう奴なんだが。
「それはないだろう。
あそこの騎士団は何か普通と違うと聞いた。
王を守るだけでなく、何かの使命を帯びているのだと」
「でも、頑張ればいい結果は出るわよ。
さあ食べましょ。
美味しいわよ」
そう言って彼女も嬉しそうにハムを切り分けていた。
「そうだな。
美味しい食事をありがとう、ジーン。
元気が出そうだ」
目の前には、それこそ夢にまでみたような美少女が微笑んでいた。
今はそれでいいや。
まるで夢の中にいるような感じは続いているが、これは多分現実だ。
そいつの具合がお金次第なのは、どこにいっても変わりはないな。




