1-1 惨劇の日
何故だろう。
何だかこう唐突に、俺は大ピンチになっていた。
気がついたら目の前に怪物がいたのだ。
昨日見た映画が性質のよくないものだったので、変な夢を見ているのだろうか。
「うわああああ」
うん、リアルな悲鳴だな。
自分のだけど。
それに体を締め付けられていて無茶苦茶に痛い。
いや、それ以外にも何か別の強烈な痛みがあるようだ。
一体なんなの、これ。
「シャル!」
「傷は浅いぞ、しっかりしろ」
シャル、それが今夢の中で俺のやっている役の名前なんだろうか。
もう~。
駄目駄目だな、シャル君。
それにしても、これは痛すぎるぞ。
誰か救急車を頼む!
怪物はたくさんの触手を蠢かせているので、仲間が近寄れないのだ。
攻撃しても、あっさりと弾かれてしまっている。
そいつは、直径3~4mはあるだろうか。
たくさんの触手に覆われていて、実際の形がよくわからない。
いや、そういう形だといえばそれまでだ。
もっとも、今俺はとてもそれ以上は観察していられない状態なのだが。
突然、視界の隅で魔物の体から緑色の血が吹いた。
そちらへ視線だけを動かすと、屈強の戦士が大剣を奮って戦っていた。
凄いヒーローだ。
見た目も映画の主人公みたいに格好いいぜ。
マッスル系だな。
それにしても、この俺の格好の悪い事といったらない。
夢の中だと、よくありがちな事だが。
「げはあ」
怪物が息絶えてその触手を離すと、俺は地面にもんどりうって叩きつけられた。
糞いてえ。
夢のくせに無茶苦茶に痛いぞ。
まるで現実みたいだ。
あるんだよね、こういう夢って。
「シャル、大丈夫?
今、いま回復させるからね」
銀髪のとても可愛い女の子が泣きながら小走りに近づいてきて、何やら唱えた。
俺は青白い光に包まれて体中が暖かくなってきた。
ああ、なんて気持ちいいんだ。
俺はゆっくりと目を閉じた。
「シャル!」
俺の仲間だと思われる男が心配そうに叫ぶ。
「これなら大丈夫だ。
体が回復のために眠りについただけだろう。
お前ら、Fランクパーティのくせに無理しすぎだぞ」
助けてくれたと思しき戦士が俺達を軽く嗜める。
Fランク……かあ。
そりゃ冴えねえなあ。
そんな事を思いつつ、俺は急速に意識を闇に落としていった。
目が覚めたら、日はだいぶ高いようだった。
窓の隙間から差し込んでくる光で案外と周りの様子がわかる感じだ。
ふあああ、今日は確か休みだったっけかな。
「シャル、目が覚めたのね。
大丈夫?」
なんと昨日の女の子が目の前にいた。
細面の銀髪で、体はほっそりとしていて、でもぐっとくるプロポーションだった。
瞳はなんともいえないような透き通る美しいグリーンで、切れ長の目がまた素晴らしい。
目鼻立ちの整った、その美しい顔に俺は思わず見惚れてしまった。
歳は15歳くらいかな。
まさに、どストライクではないですか。
潤んだ瞳で俺を見ているし。
俺は考えた。
昨日の出来事は間違いなく夢だろう。
あんな怪物がいるわけがねえ。
この子はあれかなあ。
これが実は現実世界の出来事で、この子はコスプレマニアで、実は知り合って早々に俺の部屋に押しかけてくれるほどに情熱的だとか。
いかん、まだ頭がハッキリしていないようだ。
俺にコスプレの趣味は無いのだ。
そんな仲間がいようはずもない。
映画の撮影をする趣味もないし。
そして気がついた。
ここは俺の部屋じゃない。
古びた木の板の壁、そして天井というか屋根が見える。
これも古びた木材の梁が渡してあり、それの向こうに木の板を貼った屋根が丸見えだ。
ここは屋根裏部屋というか、屋根裏部屋にぶち抜いた最上階というか。
天井が広々としていて、やたらと広く感じるな。
吹き抜けって奴か? いや違うな。
よく見ると、天井が落ちた跡がある!
「ここはどこだ……」
「いやね、まだ昨日の後遺症があるのかしら。
ここはあなたの部屋に決まっているでしょ」
そう言ってベッドの淵に腰掛けた彼女は、覆いかぶさってきていきなり俺にキスをした。
「!!!!」
唇を離して目を潤ませて俺を見つめる少女。
夢。
そう、これは夢にちがいない。
そ、それなら。
俺はガバっと少女を引き寄せたが、少女は慌てたように俺を押しのけて体を起こす。
「もう、シャルったら、そういうのは結婚までお預けっていったでしょ。
それに、そんな怪我なのに。
いけない人ね。
でも愛しているわ、シャル」
彼女はもう一度俺にそっとキスをして離れた。
ナヌっ。そんなあ。
なんてリアル設定な夢だよ。
しかし、さっきの感触はリアル過ぎたぜえ。
も、もう一回。
俺はゆっくりと起き上がり、彼女に顔を寄せていった。
彼女も同じく寄せてくれて、先ほどのシーンが無事に再現された。
柔らかいな、それにいい匂いだ。
彼女の顔を両の手で撫ぜる。
それはすべすべしていて、いつまでもそうしていたくなる。
布団の感触といい、何もかもがリアルすぎる。
「さあ、もうちょっと寝ていなくては。
昨日は酷い怪我だったのよ。
てっきり死んでしまったのかと思ったわ」
「でもジーン」
そう口に出して気がついた。
俺は、この女の子の名前を知っている。
やはり夢なのか。
「もう、お昼よ」
そう言って彼女は一番大きな窓を開け放った。
部屋は大通りに面していたらしい。
大通りの物らしき雑踏が耳を侵食する。
「外の景色を見せてくれ」
俺は覚束ない足取りでベッドから立ち上がり、ジーンが手を貸してくれた。
少しふらつく足取りで歩いていき、窓から見る事が出来たのは石で出来た道を行きかう人々と、馬が引いて回る馬車。
そして石造りの建物達や、それらの合間から見る事ができる尖塔を配置された建物。
それは即ち城であった。
「ジーン、ここは……ここは一体どこなんだい?」
「いやあね、頭でも打ったの?
ここはアリア。
聖アリオン王国の王都。
封印の街アリアよ」
聖アリオン!
王国の王都だと⁉
封印の街?
俺は混乱したが、この子はさも当たり前のように言った。
何か大冒険でも始まりそうなリアル設定だな。
いい加減現実に戻りたいものだが、もう少しこの子と一緒にいたいわ。
俺は彼女を抱きしめてキスをした。
彼女も応えてくれたが、ずっとそのままなので、彼女はもぞもぞして俺から離れた。
「どうしちゃったの、シャル。
今日はやけに積極的ね。
いつもはもっとシャイなのに」
なんだと。
シャルとやら、実にだらしがないぞ。
なんという勿体無い設定だ。
「よお、お二人さん。
熱いな」
「相変わらずねえ。
元気してた?
この死に損ないめ」
いつの間にか果物を入れた籠を持ってきているのは、昨日一緒にいたと思われる2人組だ。
気が付くとお見舞いの果物が置かれていた。
俺達はこの4人でパーティなのだ。
腕組みをして戸口にもたれかかっている、体ががっちりした男がクラウスだ。
燃えるような赤毛が特徴の男っぷりのいいやつだ。
それに比べたら、俺なんか優男もいいところだろう。
その横で両手を腰に当ててウインクしている、金髪を肩までのストレートにしている口の悪い女の子の方はジェンカ。
2人共、昨日の鎧をつけた格好ではなく普通の服装だった。
クラウスはズボンに少しダブっとした格好のシャツで、ジェンカはホットパンツにタンクトップといったラフな感じだ。
俺達は全員遠いオンサ村の出身で、15歳の成人の日に仲良く王都を目指したというわけだ。
成人していないと冒険者ギルドには登録できない。
一言で言うなら口減らしという事で、うちも6人兄弟だ。
俺は昨日、もう少しで減らされるところだったというわけだ。
なんというリアルな設定だろう。
それが全部頭の中にあるぞ。




