慌ただしい婚約と方向修正?
唇がゆっくりと離れる。目の前のルイスさんは真っ赤になって目を見開き、硬直しておりました。
まるで純真無垢な乙女だ。
実は、ルイスさんたら唇にキスをしたことがなかった。彼はあくまでも親愛と誤魔化せる位置にいた。触れるときも必ず理由があるときだけだったのだ。
ルイスの目が潤み、手は震えながらも唇をなぞった。
「え…?」
真っ赤になりながら子兎のごとく震えて唇をなぞるルイス。
処女だ。間違いない。
まずい。嫁力に次いで、乙女力でも完全敗北しているというのか!?悔しいので、追加で激しく口づけてさしあげた。
何を隠そう、このエルシィ…相当な耳年増である。冒険者仲間や自領兵士のおっさん・お兄さん達は猥談が大好きでそういった話題に慣れている。というか、慣れるしかなかった。初々しい反応はからかわれる。上官として部下になめられるわけにはいかず、しかたなくである。特に戦場において、女を捨てねばならない時もあった。そのツケが今の女子力の無さに繋がっている気がしなくもない。
脱線したので話を戻そう。つまり私は経験はないが、どうすればよいかは知識として知っている。
しかも、野生の勘でどうすればルイスが気持ちいいのか、自然と理解できた。今回、私は女でもムラムラすることがあると初めて知りました。こうなれば、女豹を目指すしかないかもしれない。
ルイスのハートを盗る猫である。
いや、無理か。乳と色気が明らかに足りていない。そもそも猫だから女豹でもない。あれ、女豹っぽいけど。
しかし、おしとやかな良妻よりはなんとかなりそうな気がしなくもない。方針を変更する必要があるかもしれないね。
「え、エルシィ!と、ととととにかく婚約しよう!今すぐしよう!!」
暫く固まっていたルイスだが、復活するとアワアワしつつそう告げた。まだルイスの唇を食べ足りないのだが、仕方ない。家でいただけばいいだろう。ルイスの気が変わらないうちに婚約するのは私も賛成である。
「うん」
私は颯爽とルイスをお姫様抱っこして実家に向かった。ルイスがまだ腰砕けになっていて歩けなかったためである。
「下ろして!お願いだから!!」
ルイスが羞恥のあまり泣いたので、途中から俵かつぎに変更してドラゴンのドラン君に送っていただきました。
ヒルシュ領・領主の館に到着した。
「どちらさまでございますか」
まさかの幼い頃から知ってる執事からどちらさまでございますかをいただきました。いや待て。私今日、ルイスから特殊メイクを施されてたわ。
「…エルシィです。エルシィ=ヒルシュです」
まさかの実家で名乗るというありえない現実に遠い目をしたが、執事はさらなる暴言を吐いた。
「残念ながら当家のお嬢様はもっと山猿…いえゴリラ…いやもっと迫力のあるものは……小柄ながらも荒ぶるドラゴンのようなお方にございます」
「なんだとコラ」
「エルシィは妖精みたいに愛らしくて綺麗なんだ!撤回しろ!!」
キレた私に聖剣を突きつけられ、ルイスになんか呪いだか魔法的なものをかけられそうになったが、執事はあくまで冷静に対処した。
「ほんの、ジョークにございます。お嬢様があまりにも愛らしい格好をなさっていたのでちゃめっ気が出てしまいました」
うちの執事は心臓に毛がモジャモジャしてるに違いない。奴は顔色も変えずに言い切った。何て奴だ。
そして執事の背後からうじゃうじゃと兵士のおっさん達が現れた。
「お帰りなさい、お嬢!うわ!マジで可愛いわ!詐欺だ!独り美人局でもする気ですか?」
「お元気そうで何よりです、お嬢!普段の猿はどこに脱いできたんですか?」
どいつもこいつも…後で鍛練してやるからな!私は怒りを隠しながら問いかけた。
「ああ、皆も元気そうでなによりだね。父上はいるかな?」
「領主様は王城に呼ばれたらしくて、朝早くに出掛けましたよ」
「そっかあ。ならそっちに行くかな」
どうでもいいが、皆私が抱っこというか担いでいるルイスになにも言わないのだが、何故だろう。すれ違うと面倒だから、聖剣の魔法で城に転移した。本当になんでもありだよね、聖剣。
王城も普段なら顔パスなのだが、ここでもめかし込んでいたために兵士から止められてしまった。幸いルイスが復活したので無事城内に入ることができた。ルイスパパも王様ことおじ様にお呼び出しをされているらしい。
嫌な予感しかしない。
しかしそれよりも、先ほどから唇をおさえながらチラチラこちらを伺う子兎が気になる。ちょっとだけ…またかじったら駄目だろうかと思ったら、邪念が伝わってしまったのかもしれない。ルイスは顔を真っ赤にしつつやたら早足になった。
ナニコレ、超可愛い。
お家に帰ったらどうしてくれようかと思案していたら、謁見の間に通された。
「エルシィか…」
父が困惑した様子で私を見た。謁見の間には、国王陛下、従兄弟の王太子ことお兄ちゃん、父、ルイスパパ、将軍様がいた。
この面子ってことは…話題は1つしかないね。
「やあ、妹よ!やはり磨けば美しい私ソックリだね!今日はどうしたんだい?」
今の私とうりふたつの従兄弟ことお兄ちゃんが寄ってきた。彼も攻略対象だ。ゲームシナリオのテーマは禁断の愛。当初私たちは兄妹として禁断の愛に悩むのだが、結局母は不義などしておらず私たちはたまたま似ている従兄妹であり、結ばれるというオチ。しかしゲームと違い両親は私の教育方針で離婚の危機があったものの、仲がいいので不義は疑われていない。
しかしあまりにもそっくりなので私は彼を幼少期からお兄ちゃんと呼んでいるし、彼も私を妹扱いしている。
「ルイスと婚約したくて来たんだけど、取り込み中かな?」
ルイスパパが目を輝かせてくいついた。
「マジで!?マジで!?マジでルイスを貰ってくれるの!?ありがとう!ありがとう、エルシィちゃん!!いや、我が義娘よ!!」
「お義父様…ふつつかな娘ではございますが、よろしくお願いいたします」
「…あくまで、婚約だろう」
「いや、めでたいじゃないか」
頭を抱える父と、ニコニコしている国王陛下ことおじ様。
「離れて!エルシィは僕のなんだから!!」
私の手を握るルイスパパを剥がそうとするが、ルイスパパはテンションが上がりすぎてしまい、ルイスごと私を抱きしめた。
「良かったなぁ、ルイス。ルイスは小さい頃からエルシィちゃんが大好きだったもんなぁ!!エルシィちゃんが来るのをいつも心待ちにして、毎日絵本やらお菓子やら花やらを準備してたんだよ。来ない日はそれはもうしょげて拗ねてかわいそ「だまれぇぇぇぇ!!!」
ルイスがキレました。ルイスの電撃魔法でおじ様はアフロになりました。私はルイスにより奪還されてたから無事です。もう少し今の話、聞きたかった。後でじっくり聞こう。
「婚約証明書は書いてあるから署名して!」
準備のいいルイスには書類も用意してました。私は名前を書いて血判を捺すだけで、楽でした。
「一応順番待ちなんだけど、特別だよぉ?」
おじ様はあっさりサインしてくれました。ルイスパパと父もサインして、無事婚約成立です。
「はい、おめでとう。受理しとくね」
おじ様はニコニコしていた。あ、言うこと聞いたから、厄介ごとを引き受けろってことね?
「で、おじ様。隣国がきな臭いから絞めてこいってことかしら?」
「流石は勇者様だね」
軽そうに見えて腹黒いおじ様は否定しなかった。




