ハイスクールスター
梅雨前線が活発さを増し、日本全体がいよいよ本格的な梅雨に入ろうとしている六月の初旬
藍空市にある藍空西高校に一人の転校生がやってきた
噂によれば中々の美少女であると言うその転校生は、一躍時の人となり
藍空西高校中、とりわけ、同じ学年である二年生の各教室を騒がせていた
「聞いた?転校生の話。何かメチャクチャ可愛いとか……」
「何だっけ、女優の……名前思い出せないけど似てるって言うのは聞いた」
「Dクラの奴に聞いたんだけど、何かどっかのお嬢様なんだとか」
「え〜、私が聞いたのは……」
こんな感じで噂には尾ひれどころが翼まで生え、昼休みを迎える頃には
彼女が転向してきたDクラスの前には人だかりができる騒ぎとなっていた
しかしながら、そんな平和な高校に起きた小さな事件には目もくれず
自分の机で文庫本を片手に黙々と母の手作り弁当を食べ続ける一人の少年がいた
「なぁ〜、俺らも行こうぜ」
話しかけられた少年が、文庫本から視線をはずし、話しかけてきた別の少年へ顔を向けた
「どこに行くんだい?ユウキ」
少年は淡々と返した後、再び文庫本に視線を落とした
「だ・か・ら、例の転校生のとこだよ。かなりの美人だって話だぜ?朱音も興味あるだろ?」
ユウキと呼ばれた少年が、目を輝かせながら話しかける
朱音と呼ばれた少年は、文庫本にしおりを挟んで机の上に置くと
「僕はいいよ、興味が無いわけじゃないけど今は弁当を食べる方が優先だ」
そう言って、卵焼きをほおばった
「相変わらずですね〜、朱音君は」
ユウキと呼ばれた少年は一つ小さなため息をつくと、自分が朱音と呼んだ少年の一つ前の
自分の席に座り、
「あれ、行かないの?」
「いや、なんかさお前の落ち着き加減見たら騒いでる自分が馬鹿らしくなってきた」
そう言って笑い、机の上に用意してあった、コンビニで購入した野菜サンドに手を伸ばした
二人の少年は名をそれぞれ、「神谷朱音」「有坂雄貴」といった
既に分かっているかとは思うが、憎たらしいほどに落ち着いた少年が「神谷朱音」
そして、口調もノリも軽い、どこか軟派な雰囲気を漂わせている少年が「有坂雄貴」である
二人は自他共に認める親友同士であったが、先ほどの会話を見る限り
どうやら嗜好に関しても思考に関しても、正反対の意見を持ったもの同士のようだった
「でもよ、俺らみたいな普通の高校生からしたら転校生、しかもかなりの美少女だなんてちょっとしたイベントだろ?少しはこう、周りに乗ってみるのも楽しいとは思わねえのか?」
「楽しいのは好きだけど騒がしいのはあんまり好きじゃないんだ。それに……」
朱音は、箸を止めると窓の外に目をやり、
「注目されることがいいことだとは限らないからね」
しばらくどこかを凝視した後、再び箸を動かし始めた
「……見かけによらず鋭い奴だねっ」
先ほど、朱音が凝視していた辺りにある一本の背の高い木の上で、
どこか、幼くはあるが凛々しい声で何者かが言った
「そうかなぁ?トトはたまたまこっちの方を見ただけだとおもうんだけどなぁ……」
今度は別の、こちらは幼さを前面に出した少し間の抜けた声の持ち主が言った
「トトは緊張感が無さ過ぎるんだよっ!」
少しばかり咎めるような声で凛々しい声が言う
「コ、ココは気張りすぎなんだよぉ」
間の抜けた声が少しばかり怯えを声に顕しながら返す
「コラコラ、こんなところで言い争うのはやめなさい」
突如、現れた新しい声の持ち主は優しさと厳しさを併せ持ったような声で、
二つの声の持ち主を諭すように言った
「僕らに言い渡されたのは、彼の「観察」ではなく「観測」だよ。
極力目立つ行動は避けなさい」
「ハイハイ、ゾゾの言うことは正論ですよっ」
「うん、ゾゾは間違ったこと言わないもん」
「とりあえず一旦戻ろう、後数時間もすればカノン様もお戻りになられることだし」
「了解っ」
「りょうか〜い」
三つの声が木の上から気配を消した
木の下では母親に手を引かれた少女が、
「ねぇねぇお母さん、今ねあそこにねリスさんがいたよ」
そういって、三つの声がいた辺りを指差していた……