レイニーレイニーデイ
放課後
部活に所属していない帰宅部の朱音は、久しぶりに軽音部に顔を出しに行くと言ったユウキと別れ、一人帰宅の途に付いた
下駄箱で靴を履き替えていると、同じく部活動には所属していないらしいクラスメイトの女子、秋川ヨシノに会った
「秋川さん、今日は都子と一緒じゃないの?」
朱音は極力を抜いて気軽に話しかけた……、話しかけられたヨシノはというと、
「ひゃっ、か、神谷君!えっとその、今日はみ、都子ちゃんは……」
なぜか顔を赤らめ、しどろもどろになった
朱音は「またか」と思いながらも笑顔を作りつつヨシノの次の言葉を待つ
「えっと……て、転校生が来たでしょ?それでその、都子ちゃん、先生から面倒を見てあげてくれって頼まれたらしくて、が、学校の中を案内してあげるからって……」
「そっか、都子らしいね」
「う、うん、そうだね」
少し落ち着いてきたのか、やっと笑顔を見せたヨシノにほっとしつつ
二人で校舎を出ると、タイミングを計ったかのように雨が降り出した
「うわぁ、予報だと夜までは降らないって言っていたのにな」
朱音は予報士の言葉を信じて、傘を持ってこなかった自分を少し悔いた
そんな、朱音の横では、鞄の中の折り畳み傘を握り締めたヨシノが
(チャンス?これはチャンスなの!?神谷君は傘を持っていない。私は折り畳み傘を持っている……もしも、神谷君に「良かったら一緒に入りませんか?」って言えばふ、二人で夢のあいあいがさ……よし、誘うぞ、思い切って誘うぞっ)
「ああ、あの!か、神谷君良かったら……あれ?」
ヨシノが、告白にも近いテンションで声を掛けたとき、既にそこに朱音はおらず、
後ろで一部始終を見ていた別のクラスメイトが
「神谷君ならあんたに「傘がないから走って帰るよ、じゃあね」とか言って走っていったよ」
と親切にも教えてくれた
ヨシノは
「……神谷君のバカ……いや……」
大きくため息をつき、そして、
「バカは私のほうだ」
折り畳み傘で自分の頭をコツリと叩くと、傘を開いて雨の中を歩き出した
一方、見事なまでに相合傘フラグを粉砕した朱音は、鞄を頭の上に乗せながら、雨の中を走っていた
「うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜、お姉さんの嘘つき〜〜〜〜〜」
朝のニュースでよく見かける天気予報のお姉さんに向かって悪態をついてみるが、雨は次第に強さを増すばかりであった
「こんなことなら母さんに言われた通りに折り畳み傘でも……ん?」
言いながら曲がり角を曲がったところで、朱音は前方に見覚えのある赤とピンクの花柄の傘を見つけた
「あの傘……丁度良かった」
朱音は傘の持ち主のところまで急ぎ足で近寄ると、傘の持ち主に向かって声をかけた
「き〜あっ!」
傘の持ち主が振り向く
「あっ、アカネちゃん……ってどうしたのっ!?」
ずぶ濡れの朱音を見て驚いた声を挙げたのは、朱音の双子の妹の元気担当、樹亜だった
「どうしたの?傘も持たないで?もしかして捨てられてる子犬を放って置けなくて傘をあげちゃったとか?」
「ハハハ、単に傘を忘れただけだよ。ていうか、どこでそういうの覚えてくるんだい?」
「この前読んだマンガに描いてあったの。「ふりょう」の人がね捨てられてずぶ濡れの子犬にね傘をさしてあげるのっ!」
そう言ってキラキラした目を向けてくる。
朱音は苦笑しながら、
「そっか、でも残念ながら捨てられた子犬には合わなかったよ」
そう言って、樹亜の傘に入れてもらった
「エヘへ、アカネちゃんと久しぶりにアイアイガサだ〜。ためには雨もいいものですなぁ〜」
樹亜は傘を朱音に渡すと空いた両腕で朱音にしがみつくように抱きつき、梅雨の雨に感謝した
放課後の生徒もまばらな校舎
音楽室の扉が音を立てて開くと、二人の少女が中から姿を現した
一人はショートカットのよく似合う活発そうな少女で、中々に整った可愛らしい顔立ちをしていた
白いシャツの上にベージュのカーディガンを羽織るというスタイルが、今時の女子高生らしい
もう一人はセミロングに強めのウェーブが掛かったヘアスタイル、ルックスは可愛いというよりは美しいと表現した方が良い感じの、彫りの深い凛々しい顔立ちが特徴的だった
こちらは支給されたばかりなのだろうか?まだ新品同様のブレザーの上下をきっちりと着込んでいる
「えっと、化学室でしょ?美術室でしょ?それでここが音楽室だから……うん、これで校舎の中は全部かな」
ショートカットの少女が、セミロングの少女に向けて言った
どうやら、校舎の中を案内していたらしい
話しかけられたセミロングの少女は「ふ〜ん」と廊下を全体を見渡した後、
「うん、中々面白かった!これが「ガッコウ」なのね〜」
そう言って満足げに笑う
「カノンさんは学校通ったこと無いの?」
少しばかり意図を計りかねる発言に、ショートカットの少女が目をパチクリさせながら聞いた
「カノン」と呼ばれたセミロングの少女は、「しまった」とでも言わんばかりに慌てる仕草を見せると、
「ああ、い、いやそのね、わ、私その……病気!そう、病気!病気でね、あんまり「ガッコウ」に通ってなかったから……その……」
と、自分で言っていて突っ込みを入れたくなるような弁解をした
(こんなウソだれが信じるのよ)
なんてことを思いながら、ショートカットの少女の方をチラリと見やると
「そっか……そうだったのか……ゴメンなさい、私そんなことも知らないでノー天気に聞いて……」
悲しそうな目線を自分に向けてきているの気が付いた
「き、気にしてないから!気にしてないよ全然!ほら、今はピンピンしてるから!ねっ!?」
ショートカットの少女が、自分の付いた適当なウソを真に受けているのを見て、カノンと呼ばれた少女はまたしても慌てると、健在をアピールするかのように腕をブンブン振り回してみせた
「ほら、元気でしょ?こんなに元気だよ〜ほら〜」
言いながら今度はその場でバック転をしてみせる
そこにたまたま通りかかった男子生徒が、驚くと同時に、
一瞬……白い「何か」を目にして
嬉しさと気まずさを混在させた顔で足早に去っていった
そんなことには気づかず、キレイに廊下に着地した少女は、
「どう?元気でしょ?」
そう言って、ひまわりのような笑顔を見せた
ショートカットの少女は
「……プッ、アハハハハハハ!」
吹き出して、顔にまとわり付いていた暗さを吹き飛ばすと
「アハハハハハハ、カノンさんて面白い人だねっ!」
そう言って、セミロングの少女の肩をポンポンと数度叩いた
セミロングの少女は、ショートカットの少女が見せた笑いに安堵しつつ、
「カノンで良いよん、カネハラさん!あなたとはいい友達になれそうだ」
「じゃあ私もミヤコでいいよ、カノン」
お互いにファーストネームで呼び合うことを許し、二人で笑いあった
(なるほどね〜、こりゃあ人のいい「あの子」じゃなくてもいいところだって言うはずだわ)
「ところでさ、一つだけ言ってもいい?」
「なに?」
「女の子がスカートでバック転なんかしちゃダメだよ!」
「……そりゃあごもっともです」
人もまばらな廊下で、しばらく二人の少女の笑い声が反響していた
「うん?このジメジメしたのが泣いて逃げ出すような笑い声は……?」
「ユウキぃ〜、次のライブどうすんの?」
「……ライブって……何?」
音楽室に程近い軽音部の部室の隅で一人、
自前のギターの調律をしながらユウキは、ドラムの練習に打ち込むバンド仲間に返した
「おまっ、自分でバンド組んどいてライブ一回で解散するつもりかよ!?」
「え〜、だって梅雨ってよ〜、何か雨ウザイし、髪はねるし、やる気出ないっていうか……」
右手に握ったピックを数回指ではじいた後、再び調律の作業に戻る
ちなみにユウキはこの作業を軽音部の部室に来てから一時間近く繰り返している
「何でだよ?この前のライブ満員だったじゃん?そりゃあほとんどお前目当ての女の子だったけどさ、腹立たしいことに……」
ドラム担当のバンド仲間はスティックを手のひらで転がしながら言う
「どうせ、金原が来ないのが不満なんだろ?」
奥でベースを弾いていた別のバンド仲間が確信を付く質問をした
「ば、馬鹿野郎!お、おれは別に都子のことなんか……」
「あっ、金原だ」
「そ、そんなのに引っかかるかよ」
「いや、ホントに。それと後……」
ユウキが部室の外に目をやると、確かにそこには都子こと金原都子がいた
都子は見知らぬ美少女と二人で軽音部の部室を談笑しながら通り過ぎていく
「あれって例の転校生じゃね?」
「マジで?うわぁ、俺見てなかったんだよね。ヤッベすげぇ可愛いじゃん!」
突如現れた、噂の主に沸く軽音部の面々
中には部室の扉の窓に顔を押し付けて覗き込んでいる者までいた
「確かに、あれなら噂にもなるわな。金原も可愛いけどあの転校生は別格……」
「別格」という言葉にユウキが眉根をひそめる
「なぁ?ここって防音だよな?」
「えっ、あ、あぁそりゃあ軽音部だしな。防音は完璧……ってユウキどうしたんだよ?そんなに怖い顔して……」
「別格」発言をしたドラム担当がユウキの表情に凍りつく
「都子が……何だって?」
「いや、だから金原も可愛いよなぁ〜って……その……」
「……も?」
ユウキの表情が鬼のように変わる
ベース担当は「やっちまったな」という顔で既に部室の隅に避難していた
「転校生がなんぼのもんじゃぁーーーーーーーい!!」
ユウキは近くにあったマーシャル社製のウン十万はするであろうスピーカーを持ち上げると
躊躇無く投げつけた
ドラム担当の悲鳴は、先ほど彼が完璧だと評価した防音設備によって見事なまでにかき消されていた……
「遅くなっちゃったよ〜」
雨の中を濃紺と水色の花柄の傘を差しながら一人の少女が走っていく
その足取りは、口調とは裏腹に、急いでいるのか急いでいないのだか非常に判断のしづらいものであった
「今日もたくさん本を読みました〜♪」
自作の歌を調子はずれに歌いながら、楽しそうに歩を進めていく少女
ふと、電柱の横に置いてあるダンボールを見つけて足を止めた
「うわぁ〜!!」
そこにいたのは生まれて間もないであろう子猫だった
お約束のように「可愛がってあげてください」の張り紙がしてあるところを見ると、どうやら捨て猫のようだった
「ちっちゃぁ〜い」
少女はダンボールの前に座り込むと、びしょ濡れになった子猫を抱えあげた
猫を抱きかかえるのには慣れているようで、少女の腕の中に納まった子猫は安心したようにその身を任せた
「かわいなぁ、でも連れて帰ったらお母さんに怒られちゃうよね」
少女はしばしその場で悩んだ
というのも少女の家には既に、自分が小さい頃に拾ってきた「ミキ」と言う猫が飼われており、彼女の母親からは「生き物を飼うのは大変なんだから、もう気軽に拾ってきちゃダメよ」と念を押されていた
その時の経験から、少女はこの子猫を家に連れて帰るのがためらわれたのだ
「ネコちゃん……」
自分が悪いわけではないのに、自分の腕に納まった小さな命への申し訳なさからか泣き出す少女
子猫は、なぐさめようとしているのだろうか?「ミャア」と小さく泣いて少女の顔を舐めた
「どうしたの?」
突然降って沸いた声に少女が顔を上げると、そこには
ビニール傘を差したセミロングの髪の、凛々しくも美しい顔立ちの女子高生が立っていた
女子高生は少女と同じように座り込むと、
「あぁ〜、ネコか。「可愛がってあげてください」ってことは捨てられちゃったのかこの子」
そう言って少女の腕の中の子猫を撫でた
数分後、二人は近くにあった公園の中の屋根つきのベンチに座っていた
「ふむふむ、なるほどね〜。それでお家には連れて帰れないって訳か〜」
女子高生は膝の上でスヤスヤと寝息を立てている子猫を撫でながら言った
「それで、君はこの子のために泣いてたのか……いい子だね〜」
女子高生はもう片方の腕で少女の頭を撫でる
「ネコちゃん……こんな雨の中に置いておいたら……死んじゃうよぉ……」
撫でられて、自分の無力感がこみ上げてきたのか、再び少女は泣き出してしまった
「あぁ、泣かないで。私は涙が苦手なんだ」
凛々しい顔つきが一転、困った表情に変わる
少女にどう声をかけたらいいのか分からなくなってしまった女子高生は、
何かを思いついたのか、ポンと手を叩いた後、膝の上の子猫を少女に預けると、
立ち上がり、傘も差さずに雨の中に出て行った
涙を流していた少女は一連の行動をポカンと口を開けて見ている
女子高生はベンチから五メートルほど離れたところまで歩くと、少女の方に向き直り一礼し
「小さな命を想って涙を流す、優しきお嬢さんに敬意を表して」
うやうやしく言った後、女子高生は右手を勢いよく振り上げた
すると
突然、少女の目の前で水柱が上がり、同時に公園一帯の雨が上がった
「I`ts a show time!」
声とともに女子高生は両手を、まるで指揮者のように降り始めた
すると驚くことに、リスやクマ、ライオンやサルなどの動物達が
空から降ってきたではないか
「……わぁ!」
よく見るとそれは、女子高生が先ほど巻き上げた水が姿を変えたもののようであった
タネは何にしろ、目の前の幻想的な世界に少女は目を丸くするばかりである
水で出来た動物たちは、ある者は踊りながら、あるものは楽器を奏でながら、
またあるものは歌いながら、少女の前で小さな演奏会を繰り広げている
「スゴイスゴイスゴ〜イ!」
先ほどまでの泣き顔がウソのように、笑顔を見せる少女
それを見て満足げに笑う女子高生
「うん、やっぱり笑顔はいい」
女子高生はそう言うと、胸の辺りでグッと拳を握り締める
すると、先ほどの巻き戻しのように、今度は空から水の塊が落ちてきて、
辺りは再び雨に包まれ、演奏会は幕を閉じた
「ねえねえ、どうやったの?お姉さんは水の妖精さんなの!?」
数分間の間に起こった奇跡のような現象に、興奮を隠し切れない少女
女子高生はそんな少女を見て再び笑うと
「ハハハ、美しさでは並ぶもの無しと謳われるウンディーネ(水の精霊)と比べられるとは光栄だね」
少女の膝の上の子猫を抱き上げた
驚くことに、あれほどの水しぶきの中、女子高生は濡れるどころか水滴一つその身に付けていなかった
「よし、今日は気分がいい。この子は私が飼おう!」
「ホントに!?」
「うん、お姉さんはウソはつかない」
「ありがとう!お姉さん!」
少女が歓声を上げて女子高生に抱きついた
「でもね、その変わりと言う訳じゃないんだけど、一つだけ約束してくれる?」
「やくそく?」
「そう、さっき見たことはお姉さんと君だけの秘密だよ?」
「ひみつ?樹亜ちゃんやアカネちゃんにも?」
「君の家族かい?そ〜だな〜……うん、出来れば秘密にしてくれると嬉しいな」
「分かった〜、じゃあ……」
少女が小指を差し出す
女子高生はそれを見て?マークを頭に浮かべている
「あのね〜、やくそくするときはね〜、こうやって〜こゆびとこゆびでね、やくそくするの」
言われて気づいたのか、女子高生は自分の小指を少女の小指に絡めた
絡んだ小指を見た後、二人は顔を見合わせると、
「ゆ〜びき〜りげんまんうそついたらはりせんぼんの〜ます!ゆびきった♪」
少女の歌に合わせて指を切った
「変わったおまじないだね、針千本とは……恐くてこれからウソがつけなくなりそうだ」
女子高生が愉快そうに笑った
「そういえば、お姉さんはお名前なんて言うの?」
「カノン……「生まれ変わる旋律」って意味だよ。いい名前だろう?」
「せんりつ?」
「ハハハ、君には少し難しかったかな?君の名前は何て言うんだい?」
「実亜です、神谷実亜」
「カミヤ……どっかで聞いたような……まぁいいや、それじゃあミアまた会えたら嬉しいよ」
女子高生は立ち上がると子猫を抱きかかえ雨の中を颯爽と歩いていった
……傘もささずに