大学デビューの悪い見本
「この電車は〜方面〜行き新快速です。新社会人の方も先輩方も今年度もJR西日本をよろしくお願いします」プツッ
ノリノリの車内アナウンスに、何となくウキウキしながら俺は耳にヘッドホンを当てた。一定の様に思われる車窓からの景色も、たびたび流れるピンク色の線がアクセントとなり素晴らしい映像の様に思えた。
と言うより新生活にワクワクしていた俺には何を見ても素晴らしい景色に思えた。
京都駅で降り地下鉄に乗り換える。朝の京都市営地下鉄は人で埋め尽くされ、地獄そのものだった。
にもかかわらず、それすらも「都会の日常」というクールな物に見えていた俺は、まったく救いようのないアホだった。
ぎゅうぎゅう詰めの車内にギリギリ乗り込むことに成功し、電車は発車した。車窓を見ると暗闇にある男が映っていた。その男はダルンダルンの服を着て、かなり明るい茶髪にワックスを塗りたくり一歩間違えばスーパーサイヤ人という感じで、左耳にはピアスを光らせていた。
ポタラかな?
その男がこの俺、清水達也である。休み時間はクラスの端っこでラノベを読むか、寝たふりをしていた高校生活に別れを告げ、リア充な大学生活を送るべくいわゆるイメチェンをしたのである。
おっとこんなに自分の姿を見ていたら、周りの客から「自意識過剰な大学生だ」と思われてしまう。という自意識過剰な考えから、俺は窓から目をそらし作りたてで全くフォロワーのいないSNSを開くのだった。
大学では英語のクラス分けをするためのTOEICを半ば眠りなら済ませ、一刻も早くキャンパス内を徘徊しなければならなかった。というのも、現在ピカピカの大学一年生である私の目の前には薔薇色のキャンパスライフへの扉が無数に開かれていた。要するにサークルの勧誘のビラをもらいに行きたかったのである。
「マジでウチのサークルのやつらヤバイから、一回来てみて」
「本気で就活の事今から考えてるんだったら、内のボランティアサークルは有利やで」
などと、四方八方から男どもの声が聞こえた。
不思議な事にサークルの勧誘を必死にしているのは、往々にして男性の先輩方であった。淑女の先輩方はというとその後ろで携帯を触っていたり、おしゃべりをしていたりした。勧誘をしている先輩方は大抵、数人で歩いている女子一回生を力一杯勧誘しているのであった。そんな茶髪の荒波にもまれつつ、俺はさらなるビラを求め室外エスカレーターの列に並ぶのだった。
たくさんの桜に挟まれた室外エスカレーターは、いわば全自動花見機であり、じっとしているだけでいろんな角度からいろんな表情を見せてくれる桜たちは自分のリア充生活への出発を祝ってくれている様だった。
一番上に差し掛かるとそこには待ってましたと言わんばかりに、たくさんの先輩方がエスカレーターの進行方向と平行に並んでビラを配っていた。その向こうには腰で絞られたワンピースを着た黒髪ロングの女性。その瞬間、春特有の温かい風がブオンと背中の方から俺を押す様に吹いた。先輩方が手に持っていた大量のビラは空に舞い、桜たちも音を立ててその花びらを散らし舞った。
降ってくる白いビラ、ピンクの花びら、そして踊る長い黒髪。一枚の絵画の様なその風景は、本当に幻想的であった。その黒髪の女性は春風に驚いていたが、そこにいた誰もが彼女の美しさに驚いていた。
荒れ狂う金髪の海の中にひとつただずむ、凛とした一つの清純。
この世のものとは思えない程の特別がそこにはあった。
あまりの美しさにエスカレーターの上で後ずさりしかけたが、機械はそれを許してくれず彼女の方へと無理やりに俺を運んで行った。
運命だと思った。
しばらくすると彼女の美しさに止められた時間は動き出し、先輩方は落ちたビラを拾い始めた。彼女は自分の近くに落ちているビラを拾い「どうぞ」と持ち主のバンド系の先輩へ返していた。その先輩はというと、「え、あの、えっと、ありがとうございます」と高校生の時の俺の様な返事をしていた。とはバカにしつつも、大学デビュー中の俺が今彼女に話しかけても
「あああああ、あの〜」
「何ですか?」
「・・・」
「・・・?」
という会話で不審者めいた第一印象を彼女に焼き付ける未来しか見えなかったので、一度しかない第一印象を与える機会をドブに捨てないために俺は戦略的撤退を余儀無くされた。
エスカレーターのベルトは桜の花びらを運び続け、ベルトがなくなる部分で花びらたちは置いてけぼりにされ逃れられなくなっていた。
帰りの満員電車の中でヘッドホンを付け洋ロックをかけていた俺だが、リフレインするのは彼女の絵画の様なあの一瞬だけで音楽などまるで耳に入っていなかった。
真っ暗な車窓には、桜色の惚けた頬っぺたがあった。




