第三話~災厄の青山③~
晶くんこと漆黒の覚醒回です。
聡子ちゃんとの一応の決着がつきます。
なんか改めて見返してみたら、最後の方のまとめ方、最終回みたいですけど……
そんな事ないですからね! 続きます!
聡子ちゃんはジェラシーの塊で、意中の人の目が同姓に向いてるのも許せないタイプです。ウホッやっかいですね。
[side:青山 晶]
四月二十四日 十七時三十分 二年B組教室
本日最後の授業終了のチャイムが鳴って、放課後が始まる。
クラスのみんなが慌ただしく席を席を立ったり雑談をはじめたりする中、ぼくはそそくさと鞄を背負い、誰よりも早く教室を出ようとした。
戸の前で、同じく急ぎ足で向かってきた運動部の人達と、肩がぶつかる。もちろんすぐ謝ったけど、彼らは変な顔をしただけで横を通りすぎていく。無言で流されたけど、声が小さすぎて聞こえなかっただけだよな。意図的に無視した訳じゃないよな……などと、考えなくてもいい事で悩んでしまう。
まあ、スクールカースト底辺のぼくなんて彼らにとっては永遠に関係ない存在だろう。
なんせ、スポーツっていう夢中になれるものを持っていて、それに傾倒する情熱をもつ、夢にときめき明日にきらめく人種なのだから。
対するぼくは中学の時も三年間ずっと帰宅部だった。文芸部の人から気さくに誘われた事もあったけど、結局は入らずじまい。
珍しく趣味の合う人と会えたのに、ぼくはすげなく無視して走り去ってしまったのだ。本当に後悔している。一歩を踏み出す勇気がなかった。
後々の付き合い方、距離感のはかり方、仲を継続させるための折り合いの付け方……そういった諸々にかける心的労力を想像すると怖くてめんどくさくて、他人と少しでも近い関係を築く事に臆病になってしまった。
だから、誰も自分を否定しない、嫌いになって離れていったりもしない、都合の良い妄想に逃げ込んだ。ぼくはいつでもそうだ、変わる勇気がない。
ってなんだよこの脳内ポエム。
やめとけ、やめとけ! 余計恥ずかしくなるだけだ! もう帰ろう。
「あっ、そうだ青山ぁ!」
でかい声で呼ばれ、戸にかけた手が硬直する。近寄ってくるのは織田だ。いつもの彼の友人……岸本、聡子、ユイの三人も揃い踏みである。
「部活終わった後にみんなで遊びにいこうと話し合っていたのだがな? よければどうだ君も! 一緒にエンジョイして親睦を深め合うというのは?」
相変わらずの能天気な笑顔で無茶な提案を投げ掛けてくる。
「いかんですな、会長殿。小動物にそんな大きな声を出しては、警戒心を強められるだけですぞ。ほれ、あのように縮み上がってしまって、可哀想に」
いまいち何を考えているかわからない優男・岸本が、ため息混じりに苦言を呈する。ば、バカにしてるのか……?
「ぼ……ぼくは部活、入ってないし、時間が合わない、よ。その間、ずっと待ってろっていうの……? なな、なんでそんな事しなきゃいけないのさ」
無性にムカついてきて、ぼくの返事は要らぬ棘を孕んでしまう。普段はビビりの癖に一旦感情が高ぶると自制がきかなくなるのも、悪い癖の一つだ。
「き、き、君らとは……友達でも、なんでも、ないのに……!」
空気が重く、淀んでいくような、居心地の悪い感じがする。なんだこれ。
「あー……悪かった盲点だった! ノリに任せて、つい思慮が足りない発言をしてしまったようだ! あーでも、全て俺個人の勝手な思い付きだから、他のみんなに対して気を悪くしないでくれよな! 笑って許してほしい!」
「ほら当たり前じゃん! だからやめとけっつったのに。アオヤマは帰宅部なんだからちょい考えりゃわかる事でしょ! 今のはエイイチが悪いよ!」
ちっちゃいユイがぴょんぴょん跳ねて、余った袖で織田の肩をビシバシはたく。
すまんな、はっはっは! と笑いを飛ばす織田の背後から、聡子がこっちに怒りのこもった冷たい視線を投げ掛けてくる。
なんなんだよ、こんな事でもぼくをやっかむって言うのか? 理不尽だ。
これ以上この場にいるのが苦痛になって、ぼくは教室を飛び出した。
※ ※ ※
十七時四十七分 青山邸
玄関のドアを開けると、メメちゃんがいた。正面のリビングからちょうど出たところだった彼女は、ブラウスの上にひらひらエプロンをつけている。
「お兄さんっ、今ね、お母さんにクッキー作り教わってたのですよ! 今日は早めに帰れましたのでっ」
「ごめん。……ちょっと疲れてるから、部屋、行くね……」
走ってきたことで乱れた呼吸を整えながら、ぼくはメメちゃんの横を通りすぎてゆく。少しの驚きと心配を含む視線が追いかけてくるが、足を止める事なく階段を上がる。自室のドアを閉ざすと、これからの事を考え始めた。
きっと今日も、聡子に呼び出されるだろう。陸上部の活動が終わる、残り一時間ちょっと後くらいに。
けれどもぼくは、今回ばかりは黙ってヤられるつもりなどない。
立ち向かうんだ。もううんざりだ。
決意を抱かせたのは、メメちゃんが向けてくれる憧れを裏切りたくないという思い。
それとちょっぴり、昨夜の宇佐美とのやり取りも関係してくる。
ああ、幼馴染みの指摘の通り、青山 晶は妹の素直さを利用して自己満足に浸る、どうしようもないクズでカスでゴミだとも。
そのゴミにも意地がある。どうせ嘘をつくなら、つき通してみせろ。どうせ騙すのならば、騙し抜いてみせろ。
妄想の中の強い自分を、彼女が信じてくれたヒーローの自分を、演じきってやろうじゃないか。
クローゼットを開け、奥の方にしまいこんでいた、黒のトレンチコートを引っ張り出す。昔、少ない小遣いをためにためて購入したものだ。
空想ノートに描いた『闇の工作員』のイメージに近いと思って求めていたのだが、いざ手に入れてみるとサイズが大きすぎたのと、妙に気恥ずかしくなったのとで長いこと封印する羽目になっていた。それをついに解放し、袖を通す。昔よりもほんのちょっとだけ成長していた体に、今度はぴったりフィットする。
「ぼくは……いいや! 俺は……否!」
何度もかぶりをふってから顔をはたいて、引き締める。
「我は……漆黒の青山だ!」
自分に言い聞かせ、それから、不敵に嗤う。
ぼくは逃げない。
ヒーローは、負けちゃいけない。
「お兄さっ……あ、ごめんなさい!」
廊下に出ると、またしてもメメとばったり鉢合わせ。こちらの風変わりな格好に、けっこう面食らっている様子だ。
「あ、あの……わたし心配で、気になって……何かあったのかと」
「何も言うな、さっきは素通りしてすまなかったな。許せ……メメよ」
完全にスイッチの入ってるぼくは、調子に乗ったキメ顔で彼女に近付く。目の前にある、ちょっと広めの可愛らしいおでこを、指でつんとつついた。
冷静な時であれば確実に、某忍道漫画の兄貴かよ、とセルフツッコミを入れてたはず。で、後で思い出して悶絶するに決まってる。
メメはぽうっと頬を赤くして、なぜかうっとりとした、夢見心地な笑顔を浮かべる。
そのままスタイリッシュにコートの裾を翻し、去っていくぼくに向かって、
「あぁ……お待ちになって! いずこへ?」
恋人に置いてかれるお姫様みたく、床にへたりこんで手を伸ばしてくる。ぼくはそれをちらと横目で確認すると、振り向いて言い放つ。
「聖戦だ。晩ごはんまでには帰る」
この答えを受け取ったメメは、ぱっと瞳を輝かせ、最敬礼でもってぼくの出陣を飾ってくれる。
「往ってらっしゃいませ! ご武運をっ!」
※ ※ ※
十九時九分 体育館裏
すっかり日が落ちた学校敷地内の片隅、静寂に包まれたこの場所こそ、約束されし戦場だ。
「なんだ青山そのカッコ……ふざけてんのか、おめー」
聡子の第一声が、これだった。ぼくは相手の投げ掛けてくる凄味に怯む事なく(内心怖じ気づいてはいたが必死に圧し殺して)、正面から向き合う。
「あァそうさ、ふざけているとも! 所詮この世は神の戯れ、道化芝居! 真面目にやっては馬鹿を見る!」
意味深に手で片目を隠し、ほくそ笑み、挑発する。
「まァもっとも……その『神』は我だがな」
直後、ぼくは衝撃につんのめり、咳き込む羽目になる。
こめかみに青筋を立てた聡子が一瞬にして間合いをつめ、肝臓を抉るボディーブローを打ち込んできたのだ。
特に理由のない……じゃなくて、明確な理由のある暴力が、ぼくを襲う! 煽りすぎた報いだ。イターい! 色んな意味でイターい!
「戯れ言いってねーでさ、そんな演技で強くなったつもりなら男見せてよ。ほら隙作ってやっから来い! うちに一発かましてみろや!」
完全にプッツンきているご様子の聡子は、わざとらしく両手を下げて無防備な姿をさらす。こういう状況、ぼくは少年漫画で知ってるぞ! こんなの下手に誘いに乗って突っ込もうもんなら、たちまちカウンターの餌食だ。でも、おあいにく。ぼくはどっちにしたって、攻撃する気などさらさらない。
喧嘩をしに来たわけじゃなく、『抵抗』をしに来たんだから。
「我は、ごっふ……女には手を出さん……!」
やっとの事で声を絞り出し、崩れかけた笑みを再構成。
今度は旋風のごとき回し蹴りが、ぼくの脇腹を凪ぎ払う。吹き飛ばされ、地面に膝を折る直前、相手の顔が真っ赤になっているのを確かに見て取る。
「うっるせェェーッ! おめーに女扱いされても嬉しくねーんだよっ!」
よし、『効いて』るぞ、計画通り。
凛々しく口角をつりあげようと思ったら、肺が圧迫された苦痛のせいで、某漫画のゲス顔の救世主みたくなってしまう。
「では誰にそう見られたいっ? 貴様にはその誰かがいるのであろうっ!」
ぼくの突きつけた人差し指が、聡子の張り手で弾かれる。
「だっ、黙れよぉ! そのうっぜぇ喋り方頼むからやめろ! おめーには関係ねえ話だろうがぁぁっ!」
「いいや大いに関係あるね! 今までさんざん八つ当たりに付き合ってやったのだから、我には主張する権利がある! ……さァ今一度、問うぞ! お前が一番見てもらいたい相手は誰だ? それは、最初からはっきりしているのではないか? ならばなぜ面と向かって伝えようともせぬのだあっっ!」
募り募った理不尽への怒りを全て、言霊に乗せてぶちまける。
「貴様の方が俺よりよっぽどふざけてんじゃねえかよぉ違うかああっっ!」
「う、あ、うっ……」
聡子が眉を八の字に曲げ、明らかにたじろいだ。
「お前、キメェよ、まぢ……。黙って殴られてりゃあいいのに……なんだよ、なんだよ、急に反抗しちゃってさぁ」
瞳に涙を滲ませて、全身を小刻みに震わせている。形のない影に怯える、弱々しい子供の顔で。
なんだ、と、途端に呆れがこみあげる。聡子だって一皮むけば、ぼくと同じじゃないか。こんな奴の事を今まで恐れていたっていうのか?
彼女の気持ちがよくわかる。怖いのだ、人と踏み込んだ関係を作るのが。
だからぼくという、わかりやすい弱者への暴力に逃避した。
「これ以上は無駄のようだな。今こそ我が闇の力の真髄をもって、トドメといかせてもらう」
「うるさいって、言ってんでしょおっ」
ぼくの胸に拳が当たり、ぽす、と情けない音が鳴る。
戦意の殺がれた攻撃なんて、痛くも怖くもない。そして、もう既に勝負は決したのである。
「おーい! 来たぞぉー! 青山、どこだぁー?」
この体育館裏に程近い、裏門の方向から、織田の大声が響いてくる。
なっ! とうろたえる聡子に対し、ぼくはできるだけ冷酷な声色で、死刑宣告を行う。
「ぼくが呼んだんだよ。この前、押し付けられたメアドでね……相談したい事があるから学校で待ってるって」
「あ、青山ぁ、お前ぇ……」
「こんなとこ見たら、君の大好きな生徒会長様は君の事どう思うかな。今後も手を出してくるなら、ぼくは恥も外聞も捨てて彼に泣き付くつもりだよ」
決定打が決まり、聡子はとうとうがくりとうなだれてしまう。
ぼくは、コートとズボンにまとわりつく砂利を払って、身を起こす。
「これが闇の呪縛。貴様は自らの弱さ故に、我が支配下に堕ちた……。とは言え安心せよ。何も無茶な事を望んだりはせぬ。貴様のごときつまらぬ輩、遣い魔としても底が知れる。だから最初で最後の命令を下そうではないか」
静かに嗚咽を漏らし始める少女の肩に、優しく手を置いた。
「言わないでおいてあげるからさ……もう、ちょっかいは出さないでくれ!」
※ ※ ※
十九時三十分 青山邸
帰宅したぼくを最初に襲ったのは、途方もない虚脱感。
人生で初めて、自分の力で勝ち取った勝利のはずなのに、とても誇る気になれない。
理由はわかりきっている。ぼくがやった事は結局、自分と同じ臆病で不器用なだけの人間を、卑怯な手管で苛め返してやったにすぎないからだ。けれども自分を守るためには、意地を貫き通すためには、ああする他なかった。言い訳を並べ立てて心を納得させつつ、玄関をくぐり、リビングへ向かう。
ドアを開けると、そこには家族が待っていた。
「あっ、お兄さんおかえりなさいです! もうすぐ晩ごはんできますよ?」
ふんわりと無邪気に笑う妹が、オーブンの前で熱心にメモをとっていて。
「遅いぞ晶、というかなんだその服は。見てる方が恥ずかしいから早く着替えてこい」
目付きの鋭い仏頂面の父が、膝の上に乗っけたノートPCを弄っていて。
「あら~晶さん、どろどろで帰ってくるなんて、青春の一ページ的なものでも刻んじゃった? 男の子はちょっとやんちゃなくらいの方がイイわね~」
和やかすぎて時々心配になる母が、キッチンで包丁の音を鳴らしていて。
「はい、ただいま……です」
ぎこちなく口元を緩めるぼくが、そこにいた。
新しい母と妹、クラスの人達、変わっていく環境や自らの心。正直言って果てしなく不安だし、うまく乗りきっていけるかどうかの自信もない。
でも、まァとりあえず、ぼくの居場所はここにあるのだ。
戻ってきてもいい家があり、遅い歩みでも待っていてくれる家族がいる。だからぼくは、ここから始めていこうと思う。
つぎはぎだけど確実に生まれ始めた、自分以外の誰かとの繋がりを。
宇宙の命運なんてスケールのでか過ぎる事とは無縁の、このミニマムな世界から。
って、だから何だよこのポエム。
まったくもって……恥ずかしい。
いかがでしたでしょうか。
ご意見ご感想、切にお待ちしております。
次回はデート回です!
メメちゃんと晶くんがイチャコライチャコラぺろぺろちゅっちゅっ(言い過ぎか?)しますよ! 気合いいれてラブコメ分を追加していきたいです!
いいかげん、投稿の仕方と文字数の配分を見直して、もうちょっと読みやすくしてからお送りしたいものです。