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漆黒の青山  作者: 山田遼太郎
メインエピソード
5/22

第三話~災厄の青山②~

第三話中盤になります。晶くんややスケベです。まあ仕方ないね。

宇佐美さんの家は青山邸のお隣さんで、ケーキ屋さんをやっています。宇佐美さんは辛いものや熱いものが苦手です。

[side:青山 晶]


 四月二十三日 二十二時十四分 青山邸二階


「うん、やっぱ、さすがにこれは無いわ……」


 卓上の照明だけが照らす自室で、ぼくは独りごちた。

 一冊のノートを顔の前で開き、穴が開くほど睨みつけながら、背中からベッドに飛び込む。


「メメちゃんに見られてたら、マジで引かれたかもな」


 中二病という単語を広辞苑で調べたら、次のような旨の解説がなされる。

 思春期が陥りがちな心理状態であり、過剰な自意識に基づく振る舞いを、一過性の病に見立てて揶揄やゆした俗語。具体的には、不自然に大人びた言動、自分が特別な存在だという根拠のない思い込みなど。

 けれど二年前の……中三のぼくにとってはそれは揶揄でも何でもなく、正しい方の意味でやまいと呼ぶにふさわしい状態だったらしい。伝聞系で言うのは、今思い返しても当時の記憶がひどく朧気なものだからだ。


   『早

     く

      目    そ     ニ

       を    の   セ

      覚    世      モ

     ま    界        ノ

    せ       は       だ』


 そのページには、ボールペンで乱雑に書き殴ったかのような……自分のものとは思えぬほど荒い筆跡で、意味不明な文章が刻まれている。

 不可思議な事に、ぼくはこれを記した時の気持ちを、全く覚えていない。

 カウンセラーの話だと、ぼくは昔、一種のノイローゼからくるにあったという。かといってそんなの起こり得るだろうか。親父や宇佐美にこの事を聞いても大抵はぐらかされるので、もやもやするばかりだ。


「いやいやいや、いくら病んでても、こんなの書く奴ぁいないって。誰かのイタズラかなんかでしょ……多分」


「お兄さん……今ちょっと、よろしいでしょうか」


 突然聞こえたか細い声とノックの音に、肩がびくりと跳ね上がる。ぼくは慌てて黒歴史本をベッドの下に放り投げ、なるたけ落ち着き払った返事を出す事に努めた。


「う、うむ、何用だ? まァ入るがよい」


 扉が開き、メメちゃんが入ってくる。薄ピンクの布地にフリルをちりばめた愛らしいパジャマ姿だ。

 夜中に女の子が部屋に。それだけでもぼくはどぎまぎするが、どうやら彼女はお風呂上がりらしい。

 柔らかい質感の増した髪や微かに上気した肌からは、ほんのりと優しい香りが漂っている。ていうか、ぼくと同じボディーソープとシャンプー使ってるはずだよな。なのに、何が違う? どうしてこんな甘い匂いなのぉ?


「あのですね……? 宿題でわからないところがあって……ほんとにちょっとだけなんですけど、教えていただけると嬉しいなって」


 頬をほの赤く染め(1hit)、恥ずかしそうにちょっとうつむき(2hit)、上目使い(3hit)でお願いしてくるいじらしい妹の姿。男心には破壊力の強すぎるスリーコンボが決まり、首を縦に振る以外の選択肢は消滅する。

 部屋の中心の丸い机に教科書やらノートやらを広げ、ぼくは、彼女と隣り合う形で座布団に座った。


「えーと……『わろかり』ってのは『わろし』の連用形で、だからこの『なむ』ってのが後に続いたら、『よくないに違いない』ってな意味になるのだ。わかるか?」


「はい、疑問がとけました。ありがとうございます!」


「お、おう。この程度、造作もない……」


 疑問というのが、たまたま得意だった古文の問題で、何とか教えられた。ぼくが胸を撫で下ろしていると、横から急接近してきたメメちゃんが嬉しそうにはしゃぐ。


「ふおおおお、さすがお兄さんです! 勉強も完璧なんですねっ! 隙がないにも程がありますようっ!」


 大袈裟に喜んでおられますけどね、メメさん。あなたは逆にちょっと隙が多すぎやしませんかねぇ? だってほら、当たってますもん胸の柔らかな双丘が、ぼくの肩に。ええそれはもう、ふにふにふにと、思いっきりね。

 べたべたくっつかれている。イベントのネタとしてもベタベタだ。思いの外寒いダジャレになった。


 ♡    ♡    ♡


「ちょっとちょっとメメちゃん! なにやってんの!」


「当ててるんですよ?」


「ま、まずいよ。こんなとこ親父とかに見られたら!」


「わかってないなぁお兄様、だからこそドキドキするんじゃないですか。ほら確かめて。こんなに……。お兄様はどうですか? わたしじゃドキドキ、しませんか?」


「そんな、くぅっ、メメちゃん……! ……うおおおおおおメメぇーッ! もう我慢ならんっ!」


「いいですよ、来てください。……あん、お兄様、赤ちゃんみたい……」


 ♡    ♡    ♡


 突発的妄想だった。メメちゃんにつんつんと胸をつつかれて正気に戻り、自己嫌悪に苛まれる。

 どんだけ欲求不満なんだ、ぼく。あー死にたい。


「えぇい離れよ! 現世の匂いで我を汚すか、小娘! てか女の子が軽々しく男にくっついちゃいけません!」


 もはや自分のキャラすらよくわからなくなっていた。きょとんとしてる妹の肩を掴んで、優しく引きはがす。


「もー、恥ずかしがる事ないではありませんか。わたし達きょうだいなのですよ?」


「そういうのいいから、宿題が終わったのなら早く寝るがよい!」


「え~? でも、せっかくお部屋に来れたのですから、もうちょっとだけ居たいです! あっ、そうだ、お兄さんも宿題があるのでしたら、一緒にやりましょうよ~」


 甘えた笑顔と猫撫で声でメメちゃんが誘惑してくる。なん……だと? 天然に見えてこんな小悪魔だったの?


「そんなもの我には不要! そもそも授業や勉強などは大人達が若者の価値観を均一化するために編み出した、洗脳技術の一つだぞ! そんなものばかりに青春を浪費していたら、そのうち内申とか学力判定とかの事しか考えられなくなっていき、そしていずれは社会の引力に魂を奪われ……『社畜』になってしまうのだァーッッ!」


「しゃちく? って、なんですか?」


「ゾンビみたいなものだ! 自分の意志を失い、他者の利得のために命をすり減しても疑問すら抱かない」


「ふおおおお……しゃちく。が、学校がそんな恐ろしいものを生むなんて……知らなかったです」


「そうだ! あと、教室の蛍光灯が急にチカチカしたりする時があるだろ? あれも実は洗脳電波を出してるんだ! 全て巨大組織の陰謀なんだ……」


 ここでハッと冷静になり、冷や汗をだらだら流す。相手を追い出そうとするはずが、知らず知らずのうちに、個人的な主張に熱を上げてしまった。何してんだぼく。

 案の定というべきか、メメちゃんは見事に真に受け、小動物のごとき瞳を潤ませて怯えきっている。


「いやです、いや……わたし、しゃちくになりたくありませんーっ!」


 大粒の涙をポロポロ溢し、廊下に飛び出してしまう。ぼくの部屋から女の子が泣いて逃げてくのは二回目だ。

 あぁやらかした、と頭を抱える。自分の発言が、彼女の将来に悪影響を与えたやも知れぬのだ。


「……うるさいわよ、近所迷惑も考えなさい。あと窓もちゃんと閉めときなさい。不用心よ」


 背後から聞き慣れた声がして、驚いて振り向く。

 そこには、窓枠に腰かけてぼくをめつける宇佐美の姿があった。こちらはメメちゃんのと違って、大人っぽくシックな印象を与える青い布地のパジャマ姿。

 説明させてもらうと、ぼくの家と宇佐美の家は間隔がほとんど離れてない上に、互いの部屋がちょうど向かい合う位置関係にある。だから、窓を通じて移動するという昔の青春ラブコメみたいな交流手段も取れてしまう。


「こ、こんばんは。そうして入ってくるのって小学校の時以来か」


「こんばんは。……その頃だと、キミの方が私より積極的にやってたわよね。懐かしいわ」


「じゃあ明日あたり久しぶりにぼくの方からやってみるから、窓開けて待っててよ」


 冗談めかしてヘラヘラ言うと、彼女はなぜかそっぽを向いてから、「ばか」と一言。表情は、確認できない。


「それよりさっきまでの事、一部始終聞かせてもらったのだけれど……キミ、このままでいいと思ってるの?」


「メメちゃんの、事……?」


「まさかとは思うけど、あんなバカな子騙して楽しんでるんじゃないでしょうね。どんなにふざけてようと、キミの発言は彼女にとって確かな影響力を持ってるのよ。それが後々、ややこしい結果になったら責任とれる?」


 眼鏡の位置を直しながら、幼馴染みはささやく。その言葉はいつだって正しく、ぼくの胸の奥に突き刺さる。


「やっぱ……そうだよな。あの子のためにも、よくないよな。こんな事、続けるの」


 現実のぼくは超人でも何でもなく、闇の力など使えない。とるに足らない、妄想癖が強いだけの凡人に過ぎない。彼女の期待を裏切りたくないと以前言ったが、本当は自分が、失望されて傷付きたくないだけではないか。

 ずっと、誰かに胸を張りたかった。それに足るものを持っていなかったから嘘を塗りたくって、メメちゃんが向けてくれる絶対の信頼を利用して、自己満足してる。

 今のぼくは控え目に言って、だいぶ卑怯だ。


「お節介が過ぎたみたい。これからどうするかはキミ達きょうだいの問題だしね……部外者の私は退散するわ」


 イジイジ悩んで煮えきらぬ態度のぼくを見かねてか、宇佐美はぷいと背を向け、窓枠に足をかける。

 すると突然、爪先が滑った。彼女は体勢を崩して、前のめりに倒れかけてしまう。行く先には受け止めるようなものはなく、ただ夜の闇がわだかまっているのみ。


「きゃっ……」


「うさみぃ!」


 夢中で床を蹴ったぼくは、宇佐美の背後から両脇に腕を通して抱き締め、強く引き寄せる。

 ぼくらは重なり合い、勢いよく仰向けに倒れ込んだ。お互いに荒い息を吐き、切れ切れの言葉を交わす。


「はっ、はぁ! だ、だいじょうぶ? 宇佐美?」


「あり、がと……。一応、礼を、言うわ……で、でも」


 ふにゅん、ふにゅんと、ほどよい弾力が掌に伝わってくる。それは、必然的な結果であった。命を助けようと必死でしがみついたのだから、胸の一つや二つ不可抗力で鷲掴みにしてしまっても、なんら不自然な点はない。


む必要はないでしょおっ!」


 仰る通り。全くもってごもっとも。それとこれとは別問題だ。鳩尾みぞおちに突きおろされた肘鉄の威力に、ぼくは激しくむせび、床をゴロゴロゴロと転がる。

 そしてそのまま力つき、落ちていく。気絶とほとんど区別のつかない、深い眠りへと。

いかがでしたでしょうか。読んでくださった方、感謝致します。色々と他の作家様とも交流を深めたい! ご意見とご感想をいただければ幸いです。次回の更新は遅れてしまうかもしれません。申し訳ありません。

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