第三話~災厄の青山①~
今回は青山くんとクラスの皆。新キャラ、ラッシュになります。
三話は作者の諸事情により三分割してお送りします。まずはこちら①でございます。九月十六日には続けて②を投稿させていただく予定ですので、そちらの方もご覧になってくだされば幸いです。
[side:青山 晶]
四月二十三日 七時十八分 校門前
誰かに見られている。
曲がり角に身を潜め、校門に集まってゆく生徒達の群を観察しながら、ぼくはその気配を察知した。
根拠のない妄想が膨らんで、形なきものへの強迫観念に変わると、途端に周囲の景色全てが疑わしく思える。
たとえば、電信柱やポストの物陰。光の当たらないあらゆる隙間から、何者かがこちらを監視しているような錯覚を覚える。やけに生々しい、息づかいまで聞こえてきそうな、真実味のある存在感。
わかっている。こんなのは所詮、ありもしない幻だ。幼い子供が部屋の隅の暗がりに、得体の知れない化け物の影を思い浮かべるのにも似た。
わかっていても、ぼくは恐怖を御し得ない。だから、暗闇に名前をつけた。理解『可』能な身近なものとしてそれらを認識すれば、幾分か安心できる気がするから。
名無の組織。
奴らは今日も、ぼくを闇から管理する。
目的? そんなのはわからない。必要があれば設定しようと思っているが、不明のままでも問題はない。
「おー! 青山じゃないかあ! おはよおうっ!」
突然、大音量の声が真横から襲いかかってきた。
びくつきながら見ると、背の高い男子生徒が、十メートルばかり離れた地点から両手を振っている。
彼の名は織田 栄一。去年の全統模試にて上位ランクに食い込むほどに成績優秀者でありながら、それをひけらかさないおおらかな人柄で人心を魅了し、十二月の生徒会選挙にて異例の勝ち星をあげて会長に就任した男。来年度も続投は確実とまで言われる、スクールカースト最上位のカリスマを誇る怪物だ。
「今日はちゃんと来たんだな! 最近休みがちだから心配していたぞ俺は! はーっはっはー!」
上記の通りぼくとは縁遠い勝ち組街道まっしぐらな人物だが、今年同じクラスになってから、頼んでないのにやたら絡んでくるので苦手だ。常時崩さない笑顔には、考えがまるで読めない不気味さがある。どうせあれだ、点数稼ぎのアピールに違いない。あるいは『あんな根暗にも気を回せる俺カッケー』とでも言いたいのだろう。
え、ちょっと、こっち来る! やめてくれよぉ。
周りにいた彼の友人もついてきて、ぼくを取り囲むと同時に、一斉に話しかけてくる。何これ罰ゲームなの?
「どもども、久しぶりって感じですな。相変わらず死んだ目してるみたいだけど、生きてます?」
茶髪に染めあげた無造作ヘアが特徴の、気だるげな目をした男子が、グーパーを繰り返す。こちらは岸本 斉治。織田に次ぐ成績上位者で、どことなくオタクじみた気配漂う、怪しげな人である。
「おらどした照れてんのか、生娘じゃあるまいし。なんか反応するなりしろよこいつぅ。へへー」
ポニーテールの髪を風に踊らせて、ぼくの首に遠慮なく腕を絡めて揺さぶってくるのは、千葉 聡子。男勝りな口調と態度で誰とでも開けっ広げに喋る性格であり、陸上部エースとして活躍している。
「ねーねーアオヤマ! 今日は妹ちゃんと一緒じゃないんだね! 家同じなのに珍しいよねー!」
イギリス系クォーターにして、クラスの女子の中で一番背が低い金原 ユイは、落ち着きなくぴょんぴょん跳ねている。あどけない雰囲気をさらに強調するのが、生来の金髪を頭の両サイドで結った髪型だ。
「こらこらお前ら! 一気に喋っちゃ青山が困ってしまうぞ! ていうか俺が見つけたのにずるいじゃないか」
人を珍しいポケモ〇みたいに言ってすねる織田。今は誰とも話したくないしほっといてくれた方が助かるんだけど、こっちの気持ちは無視ですかそうですか。などと思っていたら、ユイがニヤニヤしながら近づいてきて、
「アオヤマ、同居始めてひと月なんでしょ? ぶっちゃけー、もうシちゃったよね?」
幼い顔してとんでもない事を口走った。
「朝から下ネタかますんじゃあない! 悪い癖だぞユイ!」
「エイイチ、カターイ。つーか普通気になんない? 男と女が一緒に住んでなんも起こんない訳ないじゃん!」
「いやはや毎度の事ながら、体はロリで頭脳はビッ〇思考ってのは驚かされますな。まあ小生の個人的な意見を言わせてもらえれば、とても好物なんですがね。背伸びしたい年頃のJSじみたアトモスフィアで非常にベネ」
「うわキモッ! 岸本きんもッ! ちょっと離れろよ」
言い合う織田とユイを横目に、岸本が妙ちくりんな分析を始めるものだから、聡子が青くなって引いている。
よし今だ! 注意がいい感じにそれた!
「あの、ぼくもう行くんでー!」
動揺のあまり震える足に動けと命じて、ぼくは走り出す。
混乱渦巻く頭の片隅で、メメちゃんがそばにいなくて心底よかったと思う。彼女は最近仲良くなったという一年男子と共に、一足先に学校に向かっていたのだ。
ああ、それにしても……頼りなく見えた妹は早くも真っ当な交遊の輪を広げているってのに、ぼくの周りは何だってこんな連中ばっかり集まるんだろう。もうやだ!
変人集団の脇を通りすぎる瞬間、微かな舌打ちの音を右耳で拾った事で、不意に背筋が粟立つ。
それでもぼくは立ち止まらず、一目散に校門を抜け、校舎へと逃げ込んでいった。
同日 午前十二時五分 校舎屋上
「おう青山、昨日は逃げやがったくせに、やけに素直に登校してきたもんだなおい? ママにでも怒られたか」
昼休みに呼び出されたぼくは今、落下防止用フェンスの前に座り込む格好で、追い詰められている。
眼前に仁王立ちするのは、千葉 聡子。今朝がた見せた人懐っこい笑みは今や隠れ、冷笑となっていた。
「それともなにか、もう諦めたってか?」
「い……いつまでも、幼馴染みに迷惑かけられないっていうか、それだけだよ。出席日数だって危なくなるし」
そう、これが一連のズル休みの原因であると同時に、宇佐美に相談すらできなかった最大の理由だ。
女の子にいじめられて、女の子に助けを求める。そんな情けない行為、いくらへたれたぼくであっても、男としてのちっぽけな見栄が許さなかったという訳である。
「そういう生意気な台詞はさぁ、ちょっとでも抵抗してから言えよ。闇の力使ってもいいんだぜ? ほらほら」
彼女は右足を大きく上げたかと思うと、ぼくの頭の横に突き出す。すぐ後ろのフェンスがガシャリという金属音をたて、振動が全体に伝播されてゆく。こ、これもカベなんたらの亜種なのか。さすがにもう古いだろうか。
ミニスカートの裾がめくれて青い下着が垣間見えているのは、指摘しない方が身のためだ。
「生意気と言えば、あれだよお前……あんだけ毎日会長さんに構ってもらっといて、ずっと無視とかなに考えてやがんだこら。底辺の青山くんごときが、気にかけてもらえてるだけでありがたく思うとこだろ、そこはよう」
織田の事を語り出すと、綺麗な弧を描く眉が歪んで、たださえ鋭利だった目付きが不機嫌度五割増しとなる。
まったく、逆恨みも甚だしい。
いつもは軽いちょっかい程度に過ぎないけれど、今回ばかりは無事では帰れないかも、という予感がよぎる。
「おめーみたいな青っちょろくてなよっちい女男みてーな奴が……ああもう、なんでだよ!」
彼女の足先が、今度はぼくの股間へと宛がわれた。といっても踏み潰すような乱暴な感じではなく、やけに優しい力加減で押したり引いたり揺すったり。繰り返されるうち、自分でも気持ち悪いと思える声が出てしまう。
「なに反応してんだこらキメェんだよ。てか聞けよ! うちなんか女子だと思われてねえんだぞ、ひどくね? そりゃ喋り方こんな感じだけどさ、ずっとこのキャラで通してきて今さら変えるのもどうなのって話だよっ!」
知らんがな。いや、でもいいよ聞きますよ。
ぼくは知っている。いじめられっ子に甘んじてきた膨大な経験則から知っている。下手に逆らったりせず、相手の気がすむまでやり過ごせば、いずれは解放される。すべからくそういうものなのだ。
だからこの後も、他愛もない愚痴やストレスを最後まで受け入れ続けた。
はいはい、はいはい、と、予鈴が鳴るまで我慢した。
聡子が去り、一人になった屋上で、呆然と空を見る。
いつもと同じ嵐を、同じやり方で越えただけなのに、その日の気持ちはなぜかいつもと違っていた。
あの子の顔が、頭に浮かぶ。
みっともないぼくに、特別なものを見る眼差しをくれた妹の笑顔が、脳裏に焼き付いて消えてくれない。
ごめんよ、今のこれが、君の兄貴の正体なんだ。本当の事を知った時、君は一体どんな顔になるんだろうね。
想像したぼくは、途端に怖くなる。
だから、少しだけ泣いてから、教室へ戻る事にした。
いかがでしたでしょうか? ご覧になってくださった皆様に感謝いたします。よろしければ②と③も続けて読んでいただけると、作者は大変幸せです。ご意見ご感想をいただけるともっと幸せです。