第五話~追憶の青山③~
昨日……じゃない今日二回目の更新となります。前回は遅い時間での投稿となり、ご迷惑をお掛けしました事をお詫びいたします。
さて、メメちゃんに男の影が!? という事で続きましたが、今回はその正体が明らかになります。晶くん大慌て&大ショックの巻です。メーメちゃん! 浮気は許さないっちゃよー!
それではどうぞ。
[side:蒼樹 メメ]
四月二十七日 二十一時四十四分 青山邸一階
「『君を泣かせる明日を黙って待つくらいなら、僕は世界の敵になる』」
少年は叫び、少女の体を抱き締めます。迫り来る滅びの運命から、少女を傷付ける全てのものから、全身で庇おうとして。
「『ありがとう。……でも自分だけ一人ぼっちにはならないで。私も堕ちてあげるから。そしたら少なくとも孤独じゃあない』」
「『そうか、嬉しいよ。何度も行き違ったけど結局、考える事は同じなんだね。……さァ、堕ちよう闇に。これで僕らは未来永劫、二人ぼっちだ』」
「『お願い、契りを……。一緒に世界を振り切りましょう』」
そして二人はどちらともなく、口付けを交わすのです。
これが『契り』……。二つが一つになるための、生と死を超越して永遠を誓うための、闇の儀式。
それは、物語のラストを飾るシーン。
卓越した文章で綴られる世界に、わたしの意識はもはや直結しています。
困難と悲哀の末に結ばれた少年少女が、満を持して身を寄せあい、お互いの想いを確かめあう。美しくも儚げな光景は、心を惹き付けてやみません。
少年の姿が、あの『彼』のイメージと重なります。
そして少女は、わたし自身に。
あァ、どうしてでしょう。こんな事を考えてはいけないのに。
わたしは、いま広げている古ぼけたノートにキスしたいという欲求を、押し殺す自信がありません。
「あ、あのー……メメちゃんさん?」
「ふえっ!?」
唐突に割り込んできた現実の声に、間抜けな悲鳴が出てしまいます。
いつの間にか目の前にいたお兄さんが、ソファに仰向けになったわたしを見下ろしながら、大きな咳払いを一つ。
「夜中だからって油断してそんなカッコさらすの、お兄さんどうかと思う」
わたしはちょうどドアの方向……つまり、今お兄さんが立っている側に足を向けて寝転がっていたのです。ミニスカートのまま、両膝を折り曲げて。
「うひあぁっ!」
即刻足を閉じて跳ね起き、持っていたノートをお尻の下に隠します。
あちらの注意が他に向いていなければ、問いただされてさらに慌てるとこでした。
朝の掃除の際に、お兄さんの部屋で偶然見つけて勝手に持ち出してしまった、オリジナル小説ノートの事を。
「しかも、さっきから声聞こえてたけど……独り言?」
最悪です、ダブルショック! ぱんつも見られて、小説を朗読してるのまで聞かれちゃうとか! あー、うわー!
「きききの、気のせいじゃじゃじゃ、ないですか? さっきまで、ててテレビで恋愛ドラマやってたんですけど! それですよきっと絶対そうです! あまりにもつまんないから即効切りましたけどね! あ、あは、ハハッ!」
見苦しく混乱し、下手な嘘をつくわたし。舌は全く回ってないのに目だけはよく回ります。もー、ぐるぐる目玉です。
「れ、恋、愛……そうだ! それはそうとだな、貴様!」
お兄さんは特定のワードに過剰反応を示すと、わたしに負けない勢いで取り乱し、こちらを指差してきました。しかも唐突な工作員モード。ど、どこがまずかったのでしょう?
「今、何か悩みを抱えているのではないか? 俺には七三でわかるぞ。封じられし第八感覚が先程からもうビンビンに騒いでおる故な!」
そっ、そんなに余分な感覚をお持ちなのですか? さすが漆黒様、常人とは神経の造りからして違うのですね!
「えー……あくまでも予想だがな……もしかしてそのー、お、同じクラスの男子絡みとかそういう感じでは……とか、思ったり……ど、どうなのだメメ!」
わたしは驚きを隠せません。秘密にしていたつもりだったのに、一瞬にして見抜かれたというのでしょうか。いいえ、本当はもうずっと前からこちらの心を読み取っていて、あえて気付かぬフリをしていたに違いないのです。
「そ、その通りです。さすがお兄さん、何でもお見通しなんですね」
正直言いますと、かなり言いにくい事なのですが、この期に及んではもう逃れる術などありません。息をのみ、覚悟を決めて、口を動かし始めます。
「……わたし実は、その『彼』と……」
りーん
りーん
呼鈴の音が鳴り、わたしの言葉を遮りました。
お兄さんは肩透かしを食らってガッカリした様子で壁際に向かい、外と繋がるマイクをオンにします。
返ってきた声に、わたし達はなぜかほぼ同じタイミングで、硬直した顔を見合わせました。そして一緒に廊下に出ると、玄関のドアを開け放ちます。
「こんばんは。夜分遅くにお邪魔してワルイねメメちゃん」
夜の闇に半ば溶け込むようにして向こう側に立っていたのは、一人の男の子。
ペルシャ猫を連想させる癖毛と中性的な顔立ちが目を引く、美少年と呼んで差し支えない彼の名は、
「……サトル、くん」
「えっ、えっ? 同じクラスのってまさか……」
彼とわたしの顔を交互に見回しながら、お兄さんは驚きの声を上げます。
「君、昼間、店で会った……!?」
「エロゲのお兄さんもこんばんは。メメちゃんから聞かされてたんだけど、同棲ってマジなんだ? 連れ子同士の男と女が一つ屋根の下とか、それこそエロゲっぽいってか、スペシャルな話だよね~」
お兄さんとサトルくんは、既にどこかで知り合ってたみたいです。
「あのぅ、その……今日はどのようなご用向きで……?」
と表情筋をこわばらせながら問いかけた直後、サトルくんはわたしに向かってなぜか急接近するなり、美しい顔をずいと差し向けてほくそ笑みます。
「明日のプランさ、ちょい変更したい事あって、相談でもと思ってね。いやホントすぐ済むから」
彼はやや強引にわたしの肩を抱き寄せたかと思えば、元より大きな瞳をさらに見開いて立ち尽くしているお兄さんを、真っ直ぐ見据えて言いました。
「そうそう……オレ、妹さんとお付き合いさせてもらってます。改めましてどうぞよろしく、お兄さん」
※ ※ ※
[side:青山 晶]
二十一時五十六分 青山邸二階
何やら親密そうな会話を始めた二人を置いて、ぼくはそそくさと自室に引っ込んだ。空気を読めと叱られたわけではなく、あくまで自主的に。
とにかくいたたまれなくて、逃げざるをえない雰囲気だったのだ。
ていうか、ふーん……やっぱスゲーなメメちゃんて。
美少女とかいう理由以上に、人を惹き付ける魅力っていうんですか? やっぱ持ってんだろうなァ色々と。
親の再婚ってだけで色々と気苦労も耐えないだろうに、親父からもすぐ気に入られたし。
学校でもうまくやってるみたいで、友達どころかイケメンの彼氏まで作れちゃってんだもんな。
ホントにすごいよ、うんスゴイ。
未だにクラスに居場所がないようなぼくとはコミュ力が……いや、人間力からして違うんだろう、きっと。
ぼくの妄想を信じてくれて、無邪気な憧れをくれて、嘘をつき通す勇気をくれた。嬉しかった、幸福だった。
けれど、悲しいかな、生きてる世界がまるで違う。
中二病風に言うならば、光と影、陰と陽、純白と漆黒の違い。
隣り合わせでも、どんなに近い関係を築けたとしても、混ざり合う事なんて有り得ない。理解り合える日など、永久に訪れはしない。
そうやって自分に言い聞かせるたびに、虚無感が募ってゆく。
やっとわかった。
ぼくの方だったんだ、メメちゃんに憧れていたのは。
そのせいで、今はこんなにも心が痛い。
知らないうちに彼女を奪っていた相手の事が、こんなにも恨めしい。
やめよう。
今日は色んな事が一気にありすぎた。
だから、とりあえず寝ようと努力してみる。ベッドに身を投げ、無理矢理にでも瞼を閉ざす。
無性に宇佐美に会いたくなった。
今のぼくを好きなだけ、ぼろくそに叱り飛ばしてほしい。
そんな事を考えてしまう自分が、どうしよもなく情けなくって、気づけば涙がこぼれ出ていた。
いかがでしたでしょうか。
ご意見ご意見をくださる方が増えてきて、感謝の極みでございます。心からの感謝を!
さて、次回は少しだけ過去に遡り、今まで描かれなかったメメちゃんの学校生活……その有り様が描かれます。ラストへの流れの一つであり、結構重大な事実が判明します。
ご期待下さい!




