第五話~追憶の青山①~
なんとか今日中に書き上げる事ができました。
更新は極力一日一回を目標にしてますが、タイミング昼になるか夜になるかは、その時にならないとわからない感じです。話を追ってくださっている皆様は、これからも長い目で見守っていただけると嬉しいです。
さて、今回はちょっとアレな話になります。
要するに、カコバナです。どうぞ。
[side:青山 晶]
■月■日 ■時■分(時間の概念が消失している)
たとえばの話さ。
同じシーンが何度も何度も、それも無意味に繰り返される映画があったとしよう。キミはそんなのを長々と見せられて、どう思う?
金返せってなんない?
ぼくの夢はまさにそれだよ。そう、寝てる時に見るやつさ。
実を言うとぼくの場合、夢を見ない日の方が圧倒的に多いから、珍しい事なんだけど。
まァそれだけノンレム睡眠がしっかりとれてるわけだから、健康的なんだろうね、たぶん。
でも、レム睡眠の最大の原因は精神的ストレス。夢をほぼ見ないって事は言い換えれば、基本的に脳がリラックスしてて、ストレスに鈍感っていう証拠なのかな。なんだかそれだとアホみたいだよねぼく。現実で夢想ばっかしてるから、神様がほどほどにしろって言ってるのかも。
ああ、話題がそれたね。ごめん。
とにかく、ぼくがストーリーのある夢を見る時は、いつも判を押したみたいにおんなじシーンばっかりなんだ。変だよね?
こんな事を人に話すの、キミが初めてだよ。
あれは過ぎ去った過去のリピート。今もぼくを縛り続ける運命の呪縛。
雨の日だった。
『忘れるな』
親父は母さんの墓前で、まだ小さい頃のぼくに言ったんだ。
『お前と俺は、同罪だ』
今でも忘れられない。いつも仏頂面で感情を表に出さない親父が、悲しみと怒りがないまぜになったぐしゃぐしゃな顔で、声を絞り出してたよ。
怖い、と思った。
ぼくは、ホントなら、生まれてすらこなかったかもしれない人間なんだ。要するに、『おろされる』はずの子供だった。
母さんは生まれつき、ひどく病弱だったらしい。ぼくを身ごもった時、危険な状態になるって事が医者から告げられて、身内は大反対したそうだ。周りの誰も彼もが駄目だの一点張り。味方が見つからず気弱になる母さんを、親父だけが必死になって励ましたんだって。『産もうよ』ってさ。
結果として母は死に、ぼくは生まれた。
過去の自分の判断が愛する妻を殺したと、親父は本気で信じ込んでいるのだろうか。死の元凶であるぼくの事も、恨んでいるだろうか。
それは本人に聞いてみない事にはわからない。いや、聞いたところで無駄かもね。なんせいつでも本音を隠す人だから。
子供心に感じてたのは、強迫観念ってやつだったと思う。
母さんを喪った父さんの心の空白を、ぼくが埋めてあげなくちゃいけない。母さんの命と引き換えに生を得たっていう、この事実に見合うだけの価値を、ぼくは身に付けなくちゃいけなかった。
だから評価されようと、死にものぐるいで頑張ったんだ。
テストもマラソン大会も読書感想文も、とにかく何でもほめられるために努力した。こう見えても小学校じゃ割と優秀だったんだぜ。
ただ対人関係ってやつは、努力だけじゃどうにもならない領域で。
生まれ持った内気さが災いして、同学年の子ともろくに話せやしない。
そんなぼくでも一人だけ、気にかけてくれる女の子がいたよ。家が隣同士って事しか接点ないのに、なぜだか健気に構ってくれてた。こんな風にね。
『あきらくん、一緒にかえろ?』
『……なんで?』
『だって、お家近いし』
『それだけ?』
『それだけじゃないよ、先生とかにその……頼まれたの。だってあきらくん最近いつも一人で寂しそうにしてるでしょ? 私でよければ、相談のるよ』
勇気を出して話しかけてくれたんだろう。宇佐美は真っ赤になりながら、眼鏡の右側のツルを何度も弄ってたよ。恥ずかしがる時の癖でね。
でもやり取りを見てた悪ガキの一人が、
『そんでそのままデートにでもしけこむんかよ? あやかりたいねー』
なんて囃し立てるもんだから、ぼくは思わずカッとなった。
『ほっとけよバカうさぎ! いつもベタベタ気持ち悪いんだよオマエ!』
『ひ……っ!』
『先生に言われて仕方なくか! やめろよそういうの! よりにもよって底辺のオマエなんかに同情されたくないんだよ!』
酷い事を言ったもんだ。今思えば先生うんぬんも恥ずかしがりな宇佐美の方便だったんだろうけど、もう遅い。彼女は怯えて泣き出してしまったよ。
『だからやめとけっつったろ恋野ぉ、青山は優等生なんだから俺らみたいな凡人の日本語なんか通じないんだよ。頭よすぎて』
悪ガキの言葉には何も言い返せず、罪悪感に駆られて逃げ帰った。幼稚園の頃からずっと仲良くしていた相手とはいえ、いったん溝ができてしまうとなかなか埋まらないもんで、ぼくは以降も彼女を何度も傷付ける事になる。
特に……ここからは口に出すのも恥ずかしいんだけどね、中学二年から三年までが一番荒れてたな、うん。ほんと色んな意味で。
ある日、いつもみたいに数回のノックを挟んで、心配そうな顔した宇佐美が窓から話しかけてきた。
あ、そうそう、ぼくらの家はお互いの部屋の窓が向かい合ってて、昔からそうやって話し合うのが普通だったんだ。古い青春ドラマみたいにね。
ん? 説明されなくてもわかってるって? え、なんで? ……ふーん。
『晶くん、いいかげん学校こないと内申に響くわよ』
『ハッ、何かと思えば下らんな。現世の判断基準など、今の俺には何の意味も持たぬ事。ただただ煩わしいばかりだ』
『な、何いってるの急に? なんか怖いし……』
言い訳じみて聞こえるけどさ……その頃のぼくは何もかも嫌になってたんだ。受験勉強のストレスもピークだったし、何より今まで優等生を演じてた反動が顕著に出たんだろう。次第に現実の評価から目をそらすようになっていって、空想の世界にのめり込んだ。漫画とか、アニメとか、ゲームとか。
自分でも憧れのヒーローを想像して、真似てみたりさ。
いかにも子供じみてて、わっかりやすい逃避だよね。
妄想の中なら、誰もぼくを人と比べたりしないし、親父からの期待の重圧からも解放される。慌ただしい日々の中で唯一、自由になれる時間だった。
『受験生だっていうのに変なごっこ遊びばっかして、恥ずかしくないの?』
『黙れ! 貴様も呪われたくなくば、もう俺とは関わるな。なぜなら俺は、実の母親の命を喰って生まれた忌まわしき存在なのだからな……』
色々なつじつまを合わすみたいに、これ見よがしに自分を特別なものとして飾り立てる。そうしてる間だけ、ほんの僅かばかり楽になれていたんだ。
『~っ! はいはい、わかったわよ勝手にしたら? もう知らないから!』
長いまつげを涙の粒で飾りつつ、宇佐美は窓をピシャリと閉ざす。
『……なんだよオマエ、お母さんかっつうの……』
すっかり興がさめた気持ちで、苛立ち紛れにぼくは机を蹴りつけた。
なんだよ、なんだよって、駄々っ子みたいに何度も何度も蹴りつけた。
おっと、もう帰るの?
そっかそっか、うん、いいよ。時間が来たんじゃ仕方ない。
じゃあ最後にいっこだけ聞いていい? 気になってた事があって。
君さ、
どうして、
ぼくとおんなじ顔してるわけ?
※ ※ ※
次の瞬間、ぼくは、自分の悲鳴で夢から覚めた。
いかがでしたでしょうか。
いつも応援してくださる皆様に、五体投地にて感謝を捧げたいです! ご意見ご感想も首を長くして、ときどき自分のカニ脚をちぎったり投げたりしながら全力でお待ちしております。
今回はちょっといつもと違う、なにやら暗い話でしたが、これが青山 晶という中二病患者のルーツです。次回は、メメのお母さんにスポットが当たります。わっかいです。三十二歳です。
ご期待ください!




