第四話~幸福の青山④~
更新が予定の十二時より大幅に遅れてしまった事をお詫びいたします。
さて、今回はEROGEデート編の完結となります。
えっちなのはいけないと思います! ってアニメは実際に視聴した事はないけど、なぜか台詞だけは覚えてます。
[side:青山 晶]
四月二十七日 十二時二十七分 同人ショップ『ムッシュ村』店内
おお、EROGEの神よ。我はカルマに勝利せり!
棚のはじっこに求めていたパッケージを発見した瞬間、ぼくの視界が涙でゆがむ。
「探したんだよ、ぼくの『わた兄ぃ』ー!」
震える手を伸ばす。しかし、横から現れた別の人間の手によって、そのケースは突然かっさらわれてしまう。なにやつ!?
「ワルイね『お兄さん』……これ、オレが最初に見つけたんだ」
目の前にいたのは、ぼくよりも身長が頭一つ分ほど低い、外見だけで判断するなら中学生くらいに思える少年だった。
軽いウェーブのかかった癖のある髪と、美少女と見まがう端整な目鼻立ちが特徴的で、全体的に線の細い印象を受ける。そんな彼がどこか悪戯っぽい笑みを浮かべて、初対面のぼくを『お兄さん』なんて呼ぶものだから、思わずたじろぐ。ブツを返せと詰め寄るみたいな、大人げない真似もできない。
こうして、残り一つだったエロゲは、あまりにも呆気なく奪われた。
それをレジへと持っていく見知らぬ少年の後ろ姿を、立ち尽くしたまま見送っていると、
「きゃあああーっっ!」
絹を裂くような悲鳴が鳴り響く。紛れもなく、メメちゃんの声だ。入口から外へ飛び出してゆく華奢な少女の姿を、視界の端でとらえる。
この時点で、目的のものを奪われた落胆なんか彼方へ消し飛んだ。代わりにせり上がってきた絶望感が汗腺を決壊させて、背中はグショ濡れとなる。
見られてしまった。あれだけ入っちゃダメだって、念を押したのに。
もっとも恐れていた事が起きてしまい、瞬時にして混乱の渦に呑まれる。ぼくの思考は停止し、気付けば全力で足を動かして、妹の後を追っていた。
くっ! か弱く見えて存外に速いぞ、あの子!
雑踏の流れが絶え間なく続く大通りに出ると、衆目もはばからず、情けない声を張る。
「待って! お願い待って! もう無理、走るの……限界」
モヤシのぼくがとうとうへばって膝を折ったところで、声を聞いていたらしいメメちゃんは立ち止まる。
それから振り向き、乱れのない足取りでつかつかと距離をつめてくる。うつむいているため、前髪が被さって目元が隠れ、表情はうかがい知れない。
「お兄さん……急に飛び出してごめんなさい。ついてくるなという約束も破ってしまって、ごめんなさい」
彼女の口調は恐ろしく淡々としており、いつもとは明らかに様子が違う。
「でも驚いちゃったんです。お店の中があんな風になってるとは思いませんでしたし、えろげが『えっち』なものだったなんて知りませんでしたから」
間違いない、怒ってるんだ。
確信めいたものを感じた直後、ぼくの全身は小刻みに震え始める。何らかの言い訳を探そうと動いた口が勝手にもつれて、不明瞭な音だけを漏らす。
「恥ずかしいです、わたし。本当に恥ずかしい」
幻滅された。
当然と言えば当然だろう。多感な年頃の、それも飛び抜けて素直で世間知らずな女子が、男の醜い欲望の権化たる光景を目にしてしまったんだから。
おしまいだ、色々ともう、おしまいだ。
一ヶ月足らずの短い間に築き上げてきた家族の信頼感や、『闇の戦士』としての兄に対する底抜けに無邪気な憧れが、冷めきってゆくのがわかる。たとえ普通はあり得ない誤解から始まったものだとしても、ぼくにとってはここ最近の生き甲斐といってもいい、本当にかけがえのない関係だったのに。
それを、他ならぬぼく自身が粉々に壊してしまうとは。
「お兄さん……」
最低です。
このスケベ。
失望しました。
もう話しかけないでください。
あとに続くであろう言葉を想像するだけで、掻きむしりたいほど胸が苦しい。穴があきそうだ。きっとその穴は、底が見えないくらいに深いはずだ。
死にたい、消え去りたい。
いや、いっそ最初から存在しない事にできたら、どんなに楽か。
そして次の瞬間、メメちゃんはついに言い放つ。
青山 晶をどん底に突き落とす、破滅の呪文を。
「えっちになれば、わたしでも闇の戦士になれますかっ?」
うん、そうね、どうせね、えっちだからね、ぼくなんか。きつくなじってもらえてかえってスッキリしたよ。だいたい、世間一般的な兄と妹の関係なんてこんなもんだろ、たぶん。今まで好意的に接してくれた事の方がおかしかったんだ。そもそも、えっちと闇の戦士の間にどういう因果関係が……。
ん? ちょっと待って。
「メメちゃん、今なんて?」
ぼくはこの時、今までの人生で一番の間抜け面をさらしていた事だろう。
対するメメちゃんはというと、やけに神妙な眼差しでこちらを真っ直ぐに見つめ、両の拳を胸の前で固く握りしめていた。
「お兄さんは、えろげを定期的に摂取する事で魔力を得ているって仰いましたよね? つまり、えっちなのって戦士に必要な条件なんじゃないかと!」
推測ですけど合ってます? と胸を張り、ドヤ顔を向けてくる。
「いやいやいやいや、そんなわけないでしょ! ていうかメメちゃんはホントにちゃんとわかってる? あの店のものがいけないアイテムだって事!」
「もちろん知ってます! だけどそもそもの話、闇の力って悪いものじゃないですか。確かにさっきはショックで逃げ出しましたけど、それでお兄さんみたいな人になれるなら、わたし耐えてみせます! そりゃ、縄で縛られたり鞭で叩かれたりするのは痛そうで怖いけど、お兄さんの事を思えば……」
頬を染めながら語弊を招く事を言い、もじもじし始める。
やはりというべきか、周囲を行き交う人々が見事に誤解して、冷ややかな目線を投げ掛けてきた。
「うわ、妹にプレイ強要かよ」
「まぢ引くわー死んでほしい」
あのーちょっといいですか? ぼく今まさに、社会的になぶり殺しにされているんですが、それは? むしろ嫌われた方が百倍納得できたんだけど!
「やめてお願いもうやめて! ストップストーップ!」
ぼくがすがりつくと、メメちゃんは真顔で首を傾いだ。
どうやら、とんでもない思い違いをしていたらしい。この子は純粋なんかじゃない!
類稀なるアホの子なんだ!
帰りの電車の中、メメちゃんと隣り合ってシートに腰掛けながら、ぼくは必死に説明をした。
「というわけで、闇の力とえっちは何の関係もないんだ。くれぐれもそこんとこ間違って覚えないでよ。今後、そういうものを見たり聞いたり調べたりするのは絶対に禁止! ご法度だからね! わかってくれた? 返事は?」
「ふぁい、わかりまひた、おにいひゃん……」
うつらうつらと頷き続けていたメメちゃんだったが、とうとう眠気に耐えかねたらしく、こちらの肩にこてんと頭をのせてくる。
寝息をたて始めた彼女の小ぶりな顔が近距離にある事にどぎまぎしつつ、電気街での一連の出来事に思いを馳せた。
この子は確かに口にした、お兄さんみたいになりたいと。
悪影響が、いよいよ色濃く出始めている。単なる憧れから模倣願望へと、ぼくへの感情が一段上の段階にシフトしたのである。
このままいけば……怪我もないのに包帯を巻き、冬でもないのにマフラーを纏い、ものもらいもないのに眼帯をつけるような子になってしまうかも。
メメちゃんが上記の格好をして、
『フッ、兄者……』
とか言ってる姿を誤って思い浮かべたぼくは、こめかみあたりに悪寒を感じてしまうのだった。
いかがでしたでしょうか。
読んでいただいた方々に、深い感謝とお詫びを。
ご意見・ご感想どしどしお待ちしております! どしどし!
なんか意味深なキャラが出てきましたが、お気になさらず。
次回はちょっと今までとは雰囲気の違った話になる予定です。
ご期待ください!




