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はたらく王女さま 《3》

 はじめは何がなにやらという状況の中、必死にもがくばかりだった仕事も、通い続けているうちに少しずつ慣れてきた。相変わらずテンポは亀だけれど、言われてから動くのではなく自分で判断して動けるようになってきた。日本でも時々聞いたことだ。言われたことしかできないやつはだめだと。それを念頭に置いて、極力自発的に仕事をさがそうとしていたら、全体を見回すこともできるようになってきた。

 接客については、まだ試行錯誤中だ。女官を手本にすると丁寧すぎるということで、エリーシャさんたちを手本にしようと観察したのだけれど、

「あらベックさん、もう脚の具合はいいの? 元気そうじゃない、よかったわ」

「はいはい、いつものやつね。たまには違うもん注文してよねー」

「ちょっと、そんなに脚を投げ出さないでよ。邪魔だってば」

「今日のおすすめはククスのパイよ。新鮮なのが手に入ったって店長が張り切ってたから、期待してちょうだい」

 ……客の多くが常連だからだろうか。もう完全にタメ口で、接客しているように見えない。

 ここではああいう態度がが普通なのかな。おもてなしの国ニッポン育ちとしては、抵抗感のある光景だ。

 大体誰が常連でどういう名前かも知らないのに、私にあんなやり方はできない。結局、丁寧のランクをちょっとだけ下げるというマイナーチェンジにとどまった。

「勘定たのむよ」

 いちばん大きいテーブルから声がかかった。団体でやってきた客だ。私はそちらへ向かい、テーブル上の食器の数を確認した。

「ありがとうございます、九百二センになります」

 合計金額を伝えると、客が言い返してきた。

「おいおい、ちゃんと計算してくれよ。今日の注文内容だと八百三十二センだろ」

 おじさんたちが苦笑して私を見ている。私はにっこりと笑い返し、食器をそれぞれ示しながら数え上げていった。

「ククスのパイが二つで百二十セン、根菜と鶏肉の揚げ物が四つで二百セン、チーズと香草のパンとすり身団子のスープとエイン酒が全員分でそれぞれ百二十セン、二百十セン、二百五十二セン、しめて九百二センです」

 焼き鳥の串を隠して勘定ごまかすという話は聞いたことがあるが、皿や丼は隠しようがない。どの料理だったかひと目でわかるよう、それぞれ違う種類の食器が使われている。証拠が目の前にそろっている以上、ひとつひとつ数えれば計算に間違いないことは明らかだ。私がきちんと説明すると、おじさんたちはさっきとは違う苦笑を浮かべた。

「ちょっと! 新人だと思って引っかけるんじゃないわよ! 仮にその子がだまされても、あたしがちゃんと見てるからね!」

 後ろからエリーシャさんが言う。叱られたおじさんたちは笑いながらテーブルにお金を出した。

「冗談だよ。トロそうな割にしっかりしてるじゃねえか」

 うるさい。トロくたって計算はできるわ。

「あと十センですね」

 私はテーブルの上にばらまかれた小銭を、手早く種類ごとに分けて数えた。これにも苦笑と残り十センが返ってくる。

「ちゃっかりしてんなあ、嬢ちゃん」

 失礼な。こういう場合は「ちゃっかり」とは言わないよ。それはずるいという意味を含む言葉で、そっちのことだろう。いや見抜かれてもなお十センごまかそうとは、ちゃっかりではなくセコい。いい年してセコい真似してんじゃない。

 おじさんたちがぞろぞろと出ていった後、私はお金をエリーシャさんに渡して片付けにとりかかった。量が多いので、コリーさんが手伝いに来てくれる。

「おどろいた。やけに計算早いじゃない。先に数えてたの?」

「いえ……」

 私が勘定係になることはあまりないので、そういうチェックはしていない。でも人数が多かっただけで料理の種類はそれほどなかったから、たいして難しい計算ではなかった。

 ……現代日本人なら、と言うべきかな。

 この世界では、庶民は生活ランクによってあまり教育を受けられない人たちもいる。小さい額の計算ならともかく、大きくなってくるととっさの暗算はできないのが、割と普通かもしれない。

「ティトシェちゃんは頭はすごくいいからね。料理の種類だってすぐ覚えたでしょ」

 エリーシャさんもやってくる。ほめてくれるのはうれしいけれど、「頭は」って前置きがつくのがちょっぴり切ないな。はい、頭以外はトロいです。すみません。

「そうね、動作が鈍いからトロい子だって思ってたけど、教えられたことはすぐ覚えるし、遅いだけでやることは間違ってないから、そう愚図でもないわね」

 ……コリーさんの言葉は、ほめられてるのかけなされてるのかわからない!

 エリーシャさんが笑いながらなぐさめてくれた。

「コリー、もうちょっと言い方があるでしょ。この子いつもこんなだから、気にしなくていいわよ。悪気があるわけじゃないんだけど、ちょっと口が悪いのよ」

「はあ……」

 これでも精一杯速く動くよう努力しているのにな。いまだに私はトロくて鈍いという評価か。そこは向上が難しい。

 下げた食器を厨房へ戻しに行くと、ガチャンと何かが割れる音がした。

 びくりとなるけど、私じゃないよ。うん、何も落としてない。割れたのは別の場所だ。どきどき。

「バーリー! このボケ! 何枚割れば気が済むんだてめえは!」

 店長の怒声が響く。またびくりと身がすくむ。

「すんません」

「面倒がって乱暴に扱うからだろうが! なんべん言われても治らねえな。割った分はてめえの給料から引いとくからな!」

 べしっと激しく頭をはたかれている。見ていて私は冷や汗をかく思いだった。

 そうか、私が割った時怒られなかったのは、最初だったからなんだな。同じ失敗を何度もくり返すと、ああやって怒鳴られるんだ。気をつけよう。肝に銘じて慎重に動かねば。ぶるぶる。

 たくさん運んできた食器を、注意して洗い場へ置く。見ていた料理人のお兄さんが笑った。

「そろそろ店落ちついてきたんじゃないか? 休憩したら?」

 ケイさんというこの人は、気さくな人柄だ。よく話しかけてくるし、お菓子や果物を分けてくれたりする。歳は多分イリスと同じくらいだろう。背が高いけれど柔和な顔だちで、いつもにこにこしているから私も話しやすい。

「そうですね、向こうに声かけてから休憩します」

 客が大分少なくなったので、私は断りを入れて休憩に入らせてもらった。いつものようにまかない飯を取って、奥の椅子に座る。

「ほら、これも」

 ケイさんがカットフルーツの小鉢をくれた。

「ありがとうございます」

「いつ見ても小食だな。それだけでちゃんと足りてる?」

「これでも普段よりたくさん食べているんですよ」

 働いておなかが空くからね。でもこっちの基準ではまだまだ少なくて、テルマおばさんに見られると強制的に追加されてしまう。だから休憩に入るのは、おばさんが抜けてからにしていた。

「ほっそいからなー。もうちょっと食べた方がいいよ」

「食べすぎるとそのあと動けなくなるんですよ。すぐ胸焼けしてしまうので」

「へえ、食べられないって辛いね。持病でもあるの?」

「いえ、そういうんじゃなくて」

 単純に生活習慣の違いです。日本人とアメリカ人の違いです。

「ケイ、さぼってると店長にどやされるわよ」

 ミモティさんがやってきた。彼女もこれから休憩らしい。はいはい、とケイさんは仕事に戻っていった。

 近くの椅子に座って、ミモティさんも食事を始める。この人とはまだあまり話をしたことがないので、ちょっとぎこちない気分だ。でも今こそうちとけるチャンスかな。

「ねえ、精霊祭の贈り物って、どんなのもらった?」

 話しかけるべきかどうしようか、タイミングをはかりかねて内心ぐるぐるしていると、ミモティさんの方から話しかけてくれた。ほっとして、私は答える。

「精霊祭って、春の始まりのお祭ですよね? 贈り物をする習慣があるんですか?」

「え、知らないの?」

「はい、この島の生まれじゃないもので」

 いちおうそういうお祭があることは聞いている。それほど派手なお祭ではなく、精霊にお供えをして、あとは親しい人同士で新しい季節を祝うものらしい。

 ちょうどその頃私はエランドにいた。王宮周辺は精霊祭どころでなく、お供え係以外完全スルーだったようだ。来年ゆっくりと楽しもう。

 ふーんと不思議そうな顔をしながら、ミモティさんは教えてくれた。

「伝統行事だけど、恋人同士の祭でもあるのよ。ほら、あたしはこれもらったの」

 襟元からペンダントを引っ張り出して見せてくれる。赤い石がついていて可愛らしい。

「あとこれ」

 右手の中指にも同じ石を使った指輪があった。ほほう、お揃いの品か。なかなかいいプレゼントだね。

「ティトは贈り物もらわなかったの?」

「ええ」

 いやあの時はそれどころじゃなかったよ。

 しみじみ思い出していると、えーっとミモティさんは大げさに声を上げた。

「もらってないの? なんで?」

 ……いや、なんでと言われても。

 説明できることじゃないし、めんどくさい。恋人からの贈り物だというなら、恋人のいない人は当然もらえないんだよね?

「相手がいませんから」

 と、いうことにしておこう。

 脳裏にイリスのすねた顔が浮かんだが、嘘も方便だ。それとも以前もらったお守りを言えばよかった? どんなのって聞かれてカエル土偶ですとは言いたくないなあ。私にとっては宝物だけれど、きっと他人は笑う。うん、私でも笑う。

 あ、リボンも買ってもらったっけ。それを言えばよかったかな。イリスごめん。

「恋人いないのぉ?」

 ……うん?

 トロいと言われる私だが、これはちょっと引っかかった。いまのは、なんとなく含みを感じたぞ。

 世間話にかこつけて恋人からのプレゼントを自慢したいだけかと思ったが、もしかして違う意図があったのだろうか。

「なんでぇ?」

 恋人がいないと言っている相手に向かって、なんでと聞くか。どう答えればいいんだよ。もてないんですと言うのか?

 私は苦笑だけにとどめた。どうもこの人、見た目に反してちょっと性格に難アリらしい。その後もいろいろとしゃべり続けたが、ほとんどは恋人自慢だった。どうやら彼女はケイさんと付き合っているらしい。休みの日にふたりでどこそこへ出かけたとか、こんなものを買ってもらったとか、よくあるリア充話だ。幸せいっぱいで人に話したくて仕方がない――と、いうよりも、見せつけたいという意図を感じたのは私がひねくれているせいだろうか。

 だってねえ……彼氏ナシですと言っている相手に延々恋人自慢って、普通に考えて嫌味だよねえ。そういう配慮ができない人なのか、あんたと違ってあたしはもてるのよフフンとやりたいのか……どっちだろうねえ。

 なんとなく毒気に当てられた気分で、私はすっきりしないまま仕事に戻った。

「ミモティに何か言われた?」

 よほど顔に出ていたのだろうか。すぐにエリーシャさんが聞いてきた。私が驚くと、

「ティトシェちゃんが休憩に入ると、すぐ追いかけてったからね。こないだから気にしてたし、多分やらかすだろうなと思って」

「……私、ミモティさんに何か失礼をしてしまったでしょうか」

 ただのリア充自慢かと思ったら、敵視されていた? 何やったっけ。

 エリーシャさんはコリーさんと顔を見合わせ、笑った。

「あれはただのヤキモチよ。あの子の病気」

 コリーさんが言う。

「ヤキモチ?」

「ケイがあんたによく話しかけてるでしょ。それが気にくわないのよ」

 ……いや、よくと言っても、お互いにちょっと暇がある時だけだよ。ヤキモチを焼かれるほどしょっちゅう話しているわけではない。

「よく頑張ってるって、ケイがティトシェちゃんのことをほめたのも気に入らないんでしょうね」

「……ケイさんは親切な方だと思っていますけど、特別親しくしているわけでは」

「ああ、わかってるって」

 エリーシャさんは笑いながら手をぱたぱたと振った。

「コリーが病気って言ったでしょ。ケイに近付く女は猫でも許せないのよ。あたしもコリーもなにかと牽制されるし、もうほっといていいから」

「はあ……」

 なんとまあ。異常なまでに嫉妬深い人だったのか。そんなのとケイさんよく付き合っていられるな。彼氏の前では普通に可愛い女なのか。見た目は美人だしねえ。

 さっきのリア充自慢は、あんたが割り込む隙なんかないわよ勘違いすんじゃないわよっていう牽制だったわけか。理解して脱力だ。非常に馬鹿馬鹿しい。割り込む気なんぞないです、誰も彼もがあんたの彼氏に惚れると思わんでください、と言ってやりたい。

 すごいな。こういう恋愛関係のドロドロ(?)なんて、私にはおよそ縁のない世界だと思っていたのに。私はヒロインの邪魔をする悪役ポジションか? そんな立場になる日がくるとは思わなかった。

 期間限定の仕事だからまあいいやでスルーできるけれど、今後もずっと付き合う相手ならちょっと困るところだったね。オフィスの人間関係に悩む人たちに、ちょっとだけ共感した。

 ミモティさんとケイさんは、とても仲のいいカップルだ。時間があればふたりでくっついている。あてこすりを言われなくても、ふたりが付き合っていることにはすぐに気付いただろう。職場であそこまでベタベタしていていいのかなと思うほどだが、店長が黙認しているのだからまあいいのだろう。

 そしてミモティさんの私に対する敵意も、だんだん露骨になってきた。ちょっとでもケイさんと話していると、すぐにやってきて引き離そうとするし、嫌味も増えた。まったくめんどくさい人である。みんなわかっているようで、彼女が何を言っていても知らん顔で聞き流しているが、肝心のケイさんはどう思っているのだろう。さすがにこれに気付かないことはないんじゃないかと思うのにな。

 そうこうしているうちに、ちょっとした事件が起きた。

 客が帰ったあと、下げた食器を持って厨房へ行こうとしたら、彼女が足をひっかけようとしてきたのだ。

 ここで素直に転んで食器を割る、ベタなヒロインにはなれない。敵視されていることがわかっているのだから、私はミモティさんの言動には注意していた。気付かれないようさり気なく動いたつもりだろうが、はじめからなんかあやしいなと感じていたのだ。というわけで、私は出てきた彼女の足を踏んづけた。

 ――え、だって、こういう場合のお約束じゃない。

 ひそかに勝敗がついて終わりだと思っていたら、彼女が「痛ぁい!」と大声で騒いだので驚いてしまった。

「ひどぉい、なんで踏むの!?」

 ハイヒールで踏んだわけでなし、そこまで痛くはなかったはずなのに、大げさに足をかばって彼女はなげく。大きな声で騒ぐから、店員だけでなく客も注目だ。

「すみません、そこに足があるとは気付かなくて」

「嘘よ、今のわざと踏んだでしょ! おもいっきり踏みにじったじゃない! なんでそんな意地悪するの? あたしが何かした?」

 うん、わざと踏んだけど、踏みにじってはいないぞ。ご期待に応えてグリグリとしてやればよかったか。

「信じらんない、大人しそうなふりして、すごい性格悪い!」

 そのとおりです。私は性格悪いよ。

 だからいかにも気弱そうな顔を作ってうつむいてみせた。

「そんなつもりでは……あの、本当にすみませんでした」

「やらしい! なにそれ、人に嫌がらせしといて、自分がいじめられてるみたいな顔して! それでみんなをだましてるつもり?」

「そんな……ちがいます」

 引っかけ作戦が失敗したので、即座に次の作戦に。私が彼女に陰湿な真似をしたと、周りに印象づけようと考えたわけか。

 ……頭がいいとは言えない人だよね。この状況を傍から見て、どっちが攻撃的だと人は思うだろう。騒げば騒ぐほど自分の立場を悪くしているということに、本気で気付いていないのかな。そしてここはお客さんの目の前だということを、どう考えているのだろう。

「ミモティ!」

 ほれ、店長がやってきた。客の前で内輪もめだなんて、やっちゃいけないことだよね。店の品位にかかわる問題だ。

「お前はまたくだらない真似をして!」

「なんであたしに言うのよ! この子があたしの足を踏んだのよ!」

「あんたが引っかけて転ばそうとしたからでしょ。相変わらず馬鹿ねえ、これだけ周りに人がいて、誰も見てないと思ったの?」

 コリーさんが口を挟む。にらみ返したミモティさんが口を開くより早く、

「今度やったらクビだと言ったはずだな? お前のせいでどれだけ周りが迷惑してると思ってる! もう勘弁ならん、明日から来んでいい!」

 店長がぶちきれた。ミモティさんはざっと青ざめる。

「そんな店長! なんであたしばっかり責めるの? もとはといえば、この子が悪いのに」

「うるさい! お前はクビだ、クビ!」

「なっ……、ちょっと待ってよ、ただでさえ人手不足なのに、あたしが抜けていいの? こんなトロくさい子に代わりができると思ってる?」

「新しいのを雇えばいいだけだ。お前がいなくなった方がよっぽどやりやすい」

「ひどい!」

 ……あのう。

 てっきり客の前で騒ぐ彼女を止めに来たと思ったのに、店長も一緒になって騒いでいる。いいんですかこれ、と思って客席を見回すと、みなさんのんびりと食事を続けていた。

「なんだい、またケイがらみかい?」

「ミモティはここらじゃいちばんの器量良しなのにねえ。あのヤキモチさえなきゃ、いい娘なのにねえ」

「それだけ惚れ込まれて、ケイがうらやましいって言うべきか? さすがにあれは、ちょっと遠慮したいがな」

 さすが常連。そうか、みなさん私よりよっぽど彼らのことに詳しいんだね。

 そして店員同士で騒いでいても、顔をしかめる人はいないらしい。むしろ面白そうに見物している。なら、私もこのお盆運んでっていいかな。ずっと持ってるの、いい加減疲れたし。

 途中エリーシャさんと目が合った。私が気弱なふりをしたことで、彼女はとても複雑そうな顔をしていた。それへ、無言で微笑んでみせる。

 呆れた顔でエリーシャさんは肩をすくめた。どっちもどっち、とその目が言っていた。

「ミモティ!」

 私とすれ違いに、ケイさんが飛び出していった。私は食器を戻したあと、他の料理人さんたちと一緒にのぞきに戻る。

「またけんかしたのか。どうして」

「だって! あの子がケイに変な色目使うから!」

 店長を無視して、ミモティさんはケイさんにすがりつく。

「それはお前の誤解だよ。何もおかしなことなんかないって、いつもそう言ってるじゃないか。お前が気にしすぎなんだよ」

「だって、だって、ケイもあの子にやたらとかまうし」

「普通だよ。慣れない新人が頑張ってたら、誰だってお疲れくらい言うだろう」

「やだ! あんな子に話しかけないで!」

「馬鹿だな、俺が好きなのはお前だけだって言ってるじゃないか」

 ……なんか、お芝居を見ている気分だ。スポットライトを用意するべき? その前に脚本にツッコミ入れたいんだけど。あまりにベタすぎます。

「ケイぃ……」

「不安になる必要ないって言ってるのに、どうして信じられないんだ? お前がいちばんきれいで可愛いよ」

「でも……いつまでたっても、結婚しようって言ってくれないじゃない」

 おお? そっちへ流れたか。修羅場? 修羅場なの?

「……それは」

「あたしじゃダメなの? お嫁さんにしてくれないの? ケイの馬鹿!」

「待て――ミモティ!」

 駆け出そうとするヒロインを、ヒーローが引き止める。振り切れないヒロインは、しかたなく振り向く――って、引き止めること期待して最初からチラチラしてたよね。これで引き止めなかったらまさに修羅場だ。

「ちがうんだ……俺はいつか、自分の店を構えたいと思ってる。でもまだまだ修行が必要だし、貯金も足りないし……こんな男が求婚していいのかって、ずっと悩んでて……」

「馬鹿ね! そんなの、一緒に頑張ればいいことじゃない! あなたの夢を、あたしも一緒にかなえたいわ」

「ミモティ……」

「協力させてくれないの? あたしじゃ、役に立たない?」

「いいや――ああ、ミモティ! やっぱりお前は最高だ!」

「ケイ!」

「結婚しよう。二人で夢をかなえよう」

「うれしい……ずっと、ずっと一緒よ」

 ――はい、エンドロール。ハッピーエンドおめでとう。

 お祝いというよりお笑いな感じの拍手が起こる。店長は呆れ顔で奥へ戻っていった。私もパチパチしつつ、結局ミモティさんの進退はどうなったのだろうと考える。このようすだと、なしくずしに取り消しかな。まあその方がいいだろう。人手が足りないし、クビにされても後味悪いし。

 ふたりは抱き合いながら、周囲のぬるい祝福に照れた顔をしている。ひゅーひゅーとか口笛も飛んで、みんなノリがいいことだ。

 ――あ、おひねり用意しとけばよかったな。


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