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ぬくもりへ一歩ずつ《6》




 事件を解決に導いて、今頃は満足できていたはずなのに、反対に落ち込むばかりである。しばらくしてトトー君がようすを覗きに来てくれた時も、私はまだ浮上できていなかった。


「大分懲りたようだね」


 しょげる私とは反対に、どこかトトー君は機嫌がよかった。慣れない人にはいつもと同じに見えるだろう。でも私にはわかる。ほんの少し、声のトーンが高い。ちょびっとだけ、抑揚がある。お茶に手を伸ばすのが早かった。お説教がある時は、ひととおり言ってから口をつけるのに。お菓子まで食べている。


「トトー君はうれしそうね」


 恨めしくてつい言ってしまったら、トトー君は今気付いたという顔をした。


「うれしい……そうだね、うれしい、かな?」

「……なんでよ」


 私の失敗がそんなにうれしいか。みんなに叱られて、笑われて、へこみまくっているのがうれしいか。


「うん、うれしい」


 こういう時、なぐさめずに淡々と肯定するのがトトー君だ。口調も態度も優しいのに、言う内容だけが優しくない。

 拗ねてにらむ私に、トトー君はほんの少しだけ笑ってみせた。


「うまくやったつもりで、結局自分の首を絞めたよね……これで今後、ティトがひとりであちこち飛び込む心配が減った。施療院くらいならって、今までハルト様も大目に見ていらしたけど、これからは許されない。どこへ行くにも護衛がつく。近衛も門番も巡回馬車の馭者も、みんな気をつけて君を脱走させない……ひと安心だ」


 あんまりな言葉に、私はむくれ返った。


「私が閉じ込められて、ガチガチに監視されるのがうれしいって言うの? それってひどくない?」

「そんなふうに受け取るからだよ……君が危険な目に遇わないよう、周りの配慮だと思えないの」

「だって、どこへ行くにも人がついてきて、ひとりで気楽に行動できないなんて。そんなの拷問よ、考えただけでうんざりする」

「仕方ないね、一人で行動できる能力がないんだから」

「みんながそう決め付けてるだけでしょ! たしかに今回は知らずに危険な場所に踏み込んでしまったけど、もっとよく調べるわ。街のこと、把握する。とにかくずっと人と一緒にいるのは嫌なの!」

「……そうやって、一人でいることばかり選んでいたから、友達ができなかったんじゃないの」


 静かに指摘されて、はっと言葉を失う。過去を指摘されるのは辛かった。私がずっと一人だったのは、自分から誰にも近付いていかなかったからで……それを寂しいと思う気持ちは、たしかにあったのに。


「……友達なら、一緒でもいい。でも知らない人は嫌」

「誰だって最初は知らない人だよ。知り合って、友達になるんだろう。嫌がっていたら友達なんていつまでたってもできない」


 トトー君の言うことは正しい。わかる。でも、やっぱりよく知らない人と一緒に行動するなんて嫌で。そのくらいなら出かけない方がましだと思ってしまう。

 友達ならもういる。数は少ないけれど、友達だと思える人たちがいる。百人ほしいなんて思わない。私は今いる人たちだけで十分だ。


 ……でも、学校のクラスメイトなんかとちがって、私が友達だと思う人たちはそれぞれ仕事を持っていて忙しい。私の気ままに毎回付き合わせることはできない。私の方が、彼らの都合に合わせないといけないのだ。


 なんだか泣きたい気分になってきた。自分が悪いことはわかっているのに、どうしても気持ちが納得してくれない。知らない人とずっと一緒にいることがいやでいやでたまらなく、それを平気になることができない。

 黙り込む私をしばらく見つめていたトトー君は、ふと息をこぼして言った。


「……本当はね、これでもう少しボクに甘えてくれるかなって期待していた」

「……え?」


 思わず顔を上げて見た榛色の瞳は、とてもまっすぐに私を見つめていた。


「ティトは全然ボクを呼ばないから……なにかあっても、まず自分でなんとかしようとして、頼ってくれない。ボクがいてもいなくても、どうでもよさそうだ」

「そんなわけない」


 信じられないことを言われて首を振る。トトー君がいてもいなくてもいいだなんて、そんなはずがないじゃないか。ずっといてほしい。いなくなったら嫌だ。当たり前じゃない。


「でもじっさい呼ばないだろう? 今回も、動く前にボクを呼んで相談してくれれば、もっといい方法が取れた……なのにティトは一人で出向いて、自分で傭兵たちと交渉した……ボクを呼ぶことなんて、考えた?」

「…………」


 それは、考えなかった。だってそこまでする必要があるとは思わなかったから。

 自分で逃亡犯を捕まえようと思ったわけじゃない。探したかっただけだ。なりゆきでおびき出すことになったけれど、はじめは居場所さえ特定できればいいと思っていた。

 だから、忙しいトトー君をわざわざ呼び出そうなんて思わなかった。

 それはトトー君をいらないと思ったからではなく、面倒をかけるまでもないと思っただけで。

 トトー君は小さく息をついた。


「そうやって、ティトはボクを頼ってくれない。いつも自分でどうにかすることしか考えない。ボクもそばにいるのを嫌がられてるのかなって思うよ」

「そんな……嫌なわけない」


 身体が震えた。そんなふうに思わせていた? ちがうのに。全然違うのに。トトー君のことは大好きだ。トトー君がそばにいるのは、とても安心できて落ち着いて心地よいのに。なのに、反対の印象を与えていた? 私がトトー君を嫌がって、遠ざけていると思われたのだろうか。


「ちがう……」


 全力で否定したいのに、うまく言えない。どう言えば理解してもらえるだろう。下手なことを言ってますます誤解されてしまわないだろうか。怖くて言葉が選べない。ただ首を振るばかりだ。

 私――トトー君に、嫌われた?

 震える私に、トトー君が苦笑した。


「うん、わかってる……そこまで考えてるわけないってわかってるよ……でも、ついそんな気分になってしまう時がある。もう少し、ボクを頼ってほしかった」

「…………」


 ふと、気付いた。トトー君は怒っているわけでも、私を責めているわけでもない。それは雰囲気でわかる。では、今彼はどんな気持ちで言っているのだろう。

 ……もしかして、トトー君の方も不安だったのだろうか。いつも冷静で何が起きても動じない彼に見えるけれど、心の中では私の行動に不安を感じて、寂しがったりしているのだろうか。


 目の前にいるのは、同い年の男の子。でも普通の少年とはまったく違って、ものすごく有能で天才とまで言われるほどの騎士で、いつもなんでもわかっている顔をして、部下たちを立派に率いている。大人と肩を並べて仕事をして、誰からも認められている人。

 だから、トトー君を普通の男の子だと思う気持ちがなかった。不安なんて感じない、寂しがったりしない、とても強くて落ち着いた人だと思い込んでいた。


 事実、トトー君は普通の男の子なんかじゃないけれど……能力と感情は別だよね。有能だからって、不安をまったく感じないわけがない。人間なんだから、表に見せなくてもいろんな感情を持っているはずだ。

 そうしたものが、私に向けられることがあったって、おかしくないんじゃない?


 それは、相手が私に強く関心を抱いていると前提した上での考えで、うぬぼれだろうと普通ならすぐ打ち消したくなる。でもトトー君にだけは、そうであってほしいと思っている。だって、そうじゃないと私の方が寂しすぎる。


 私たちの気持ちは、同じ方向を向いているのだろうか。この気持ちをトトー君も持っている? だから、私にもっと自分を見てほしいと言うのだろうか。


「……トトー君が嫌だとか、いらないとか、そんなの考えたこともない。トトー君はお仕事をしていて忙しいから、気軽に呼び出したり協力をお願いしたりしちゃいけないと思ってた。トトー君の邪魔になりたくなくて、自分でできることは自分でしようと思ってたの……それだけ」

「うん」

「力を借りるのが嫌だったんじゃなくて、その必要がないと思っていたの。必要があると思ったなら、相談してた……結局間違いだったわけだけど、本当に、わざと避けていたんじゃないの」

「うん……そうだね」


 トトー君はうなずいてくれた。


「ティトはそういう子だって知ってるよ……知っていても、あんまり頼ってもらえないと複雑な気分になるんだ……ティトはちょっと遠慮しすぎかなって思う。もう少し、ボクを利用していい。それができない関係じゃ、ないはずだろう?」


 私は曖昧にうなずいた。


「わかるけど……どこまでいいのか、どこからだめなのかがわからない。わがまま言いすぎて嫌われたら嫌だから、何も言えなくなる」

「そんなに簡単に嫌わないよ」


 トトー君は椅子から立ち上がり、ゆっくり私のそばまで歩いてきた。うしろに立ち、背中越しに覆い被さって、私の両手に自分の手を重ねる。


「そのくらいで嫌うなら、最初から大して好きじゃないんだと思う……ボクは君が好きだよ。わがまま言っていい……だめな時は、はっきりそう言って断るから。わからないなら、まず聞いてみないと。自分ひとりで考えてたって、ただの思い込みにしかならない」

「……うん」

「ボクも、もっと君に聞く。君は自分からはあまり言わないから、気になる時は聞かないとね……今回のことで、あらためて認識したよ」


 手があたたかい。見た目の印象より大きな手に包まれて、そのしっかりした感触にたのもしさと、同時に気恥ずかしさがこみ上げる。胸が落ち着かなくてどきどきして、苦しいほどなのに嫌ではない。もっとこうしてふれ合っていたい。そんなときめきだ。


 真正面からはまだ照れてしまうけれど。トトー君の方も、気軽に抱き寄せたりできないみたいだけれど。このくらいのふれ合いが、今の私たちにはちょうどいい。互いのぬくもりを感じながら、きっと赤くなった顔は見せずにいられるくらいで。

 トトー君の顔も赤いのかな?

 振り返ってみたい衝動は我慢した。多分見られたくないから後ろに回ったんだろうし。見てしまったら、私の方もさらに恥ずかしい気分になってしまう。見ない方がいいんだよね、うん。


「……と、言ったけど、ボクだけに頼るのはいけないと考え直した」


 甘酸っぱい気分を味わいながらぬくもりを堪能していたら、声のトーンを変えてトトー君が言った。うん?

 背中に感じていたぬくもりが離れた。するりと手も離れていき、名残惜しさに思わず私は振り返ってしまった。

 姿勢を戻したトトー君は、もういつもどおりの顔になっていた。


「トトー君?」

「好き嫌いだけじゃなく、人見知りも克服しないとね……知らない人は嫌だって、いつまでもそんなこと言ってちゃだめだ」


 なんの話だと、一瞬ぽかんとしてしまう。そしてついさっきの会話を思い出した。そういえば、そんな話だった。

 え……克服しろって、それってつまり。


「君が出歩くのなんてたまのことだから、やろうと思えば毎回ボクが都合をつけることもできる……でもそれじゃ、きみはいつまでたっても他人となじめない。ボクは君を独占するんじゃなく、むしろ突き放さないといけないんだろうな。そこは甘やかしちゃだめだと考え直した。護衛は他の奴に頼もう」

「…………」


 ……えええ。

 この流れで、最後に突き放すか。こんなところで愛の鞭はほしくなかった。

 私が相当情けない顔をしていたのか、トトー君は珍しくくすりと声を立てて笑った。


「大丈夫、知らない人なのは最初だけだよ。次からは、知ってる人だ」


 今度は頭に手が置かれ、優しくなでられる。その感触はうれしいけれど、言われる内容はちっともうれしくなかった。やっぱり、護衛はつけないといけないのか。どこへ行くにもずっとついてこられて、帰るまで気を遣い続けることになるのか。

 ――うんざりだ。


「すぐ慣れるよ……迷惑をかけるとか、嫌がられてるんじゃないかとか、いちいち気にするから気疲れするんだ。自分についてくるのが相手の仕事だと開き直って、好きなように連れ回せばいい……君がどれだけ頑張って歩き回ったところで、たかだか知れてるからね。騎士にとっては散歩みたいなものさ。心配ない」

「…………」


 今、さり気なくこき下ろされたよね? どうせ私にはあまり歩き回れないと、そう言ったんだよね?

 その通りだよ、くそう!

 私はぶすくれてトトー君をにらんだ。


「じゃあ、結局トトー君とはこの先もあまり一緒に行動しないってことね? 何も変わらないじゃない」

「護衛の仕事はね……それは基本近衛にまかせる。でも休日は、一緒にいたいな。そう言ったらうんざりする?」


 やんわり微笑みながら、意地悪なことを聞く。トトー君にうんざりするわけないじゃない。ふたりで休日をすごすなんて、そんなの普通にうれしいだけじゃない。


「……次のお休みって、いつ?」

「明日」


 むくれたまま聞いたら、そんな答が返ってきた。私は少し呆れてしまった。

 ねえ、もしかして、今日来た本当の理由はお誘いのため? 明日一緒にいようって、そう言いたかっただけ?

 トトー君って、なんでも遠慮なく言うくせに、こういう時だけやけに回りくどい。ストレートに誘うのが恥ずかしいのだろうか。私も人のことを言えないけれど、言葉が足りないんだよね。本当に人のこと言えないけどね!


 不安やためらいを抱え、おっかなびっくり相手の反応をたしかめながら、私たちは少しずつ近付いていく。どっちもどっちだと、きっと人には笑われるんだろうな。天才と讃えられるトトー君も、恋愛においては私と同じ初心者だ。それがちょっとうれしかった。だっていつも頭が上がらないんだもん。私ばっかり教えられたり叱られたりじゃ、つまらないじゃない。対等になれる時もほしい。

 私は大きく息を吐き出し、微笑んだ。


「なら、協力して。街へ行きたいからハルト様にお願いしてほしいの」

「謹慎数日目にして、さっそくか……」

「トトー君が一緒なら許してもらえると思うの。もう一人の功労者に、まだちゃんとお礼をしてないから。お見舞いに行こうよ」

「……ああ」


 私が誰のことを言っているのか気付いて、トトー君はうなずいた。


「もう退院して、家に戻ったらしいよ」

「うん、じゃあお家の方に行こう。お土産は何がいいかな? デイルって何が好きなの」

「姉さん」

「いや、そういうのじゃなくて」

「それがいちばんの見舞いになるよ。デイルが感激するのは間違いない」

「そうだろうけどね……」


 うーん、エリーシャさんに頼み込んでみるか。せっかく情報提供して検挙に協力したのに、見物していたら事故に巻き込まれて骨折までして、さらには犯人逃亡に利用されていたとか、今回かなり可哀相だものね。ひとつくらい、ご褒美あげないと。

 なんだかんだ言ってエリーシャさんも、デイルが弱っている時には優しくしてやるから、お見舞いくらいは付き合ってくれるだろう。デイルの好きなものを聞けば、きっと答えてくれる。知らないとは言わない。あのふたりは、そういう関係なんだよね。


「じゃ、今からハルト様のとこに行こう」

「今から?」


 立ち上がる私にトトー君は目を丸くした。大丈夫、実は今この一の宮にいらっしゃるから。特別な予定がない日は、この時間に一旦戻ってきてユユ母様とお茶してるんだよね。あの新婚夫婦も、できるだけ一緒にいようと努力しているのだ。


 トトー君と連れ立って部屋を出る。並んで歩く身体が近くて、なのにふれ合わないのが寂しくて、そっと手を伸ばした。ちょん、と指先だけ彼の手に触れたら、トトー君がこちらを見る。恥ずかしくなって引っ込めようとした手が引き止められた。そのままぬくもりに包まれて、私は廊下を歩いた。リビングまですぐに着いてしまうのが残念で、その前に庭でも一周したい気分になる。しないけどね。今はリビンクに行くけどね。でもそのあとで誘えば、トトー君は付き合ってくれるかな?


 見上げれば、どこか恥ずかしそうな表情があった。そんな顔をしながらも、つないだ手は離れない。私も離さない。いとしさに満たされながら、私は明日のお天気を祈った。


 きっと明日も、あかるい一日。




               ***** ぬくもりへ一歩ずつ・終 *****




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