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ぬくもりへ一歩ずつ《3》




 ことのはじまりは、昨日街中で行われた大規模な捕り物にある。

 近頃あちこちで被害を出していた窃盗団の一斉検挙が行われたのだ。

 この窃盗団というのが厄介な連中で、こっそり盗みに入るならまだ可愛いものを、乱暴に押し入って金目のものを手当たり次第に奪い取っていく。運悪く人が居合わせれば、殺しかねない勢いで襲われ大怪我を負わされる。泥棒というより強盗だ。人死にが出るのは時間の問題だと言われており、警邏団は血眼になって行方を追っていた。


 そしてついにアジトが特定され、兵士たちが踏み込んだ。犯行の手口からして、人数も多ければ荒っぽい連中であることもわかっていたため、十分な人数を揃えての検挙だった。しかし騒動の中、うまく逃げ出した者もいた。そいつはただのごろつきにしては腕っぷしが強すぎて、何人もの兵士を殴り倒して外へ出た。そのまま追手を振り切り、どこかへと姿を消してしまった。


 で、普通なら泥棒が一人逃げたくらいなら、あきらめてしまうものらしい。日本の警察みたいに指名手配したり、遺留品を調べたりして捜査しないそうだ。そこまでしている余裕はないことと、捜査能力自体も違うからしかたがない。こっちではDNAどころか指紋すら採取できないもんね。

 だが今回に限っては事情が異なった。逃げ出した奴は盗品の一部を持ち出している。アジトから発見されなかったものを、持っている可能性が高いのだ。

 その中のひとつ、王宮に出入りする御用商人の家から盗まれた、通行許可証が重要だった。


 そんなものを悪用されたら大変である。許可証には商人の名前が彫り込まれているが、裏の専門家の手にかかれば細工しなおすことは簡単らしい。それ一つのために許可を出している人すべてに新しい許可証を作り直すわけにもいかないし、なんとしても取り戻せと兵士たちには厳命が下っていた。

 私がそれを聞いたのは、たまたまだ。検挙の現場が施療院の近くだったため、目撃者をさがして兵士が聞き込みにやってきた。顔見知りだったのでこっそり事情を聞き出し、協力することにしたのだった。


 王宮、すなわち我が家へ自由に出入りできる許可証を持った奴など、野放しにできるはずがない。我が身の安全のためにも、私はどうやって逃げた男を見つけるか考えた。

 アジトの外で待機していた兵士たちもいるし、真っ昼間のできごとだ、街の人もたくさん出歩いていた。誰にも目撃されず現場を離れられるわけがない。必ず誰かに見られている。なのに目撃情報が得られないのはなぜなのか?


 ――見られていないのではなく、気付かれていないだけなのでは?


 ちょうど検挙と同時刻に、すぐ近くの路上で事故が起きていた。偶然ではなく、騒ぎに影響を受けたのだろう。馬車同士が接触し、その衝撃で積み荷の材木が崩れて散乱した。近くにいた人が巻き込まれ、何人も怪我人が出た。兵士は捕り物で手一杯だから、通行人たちが協力して怪我人を施療院へ運んだのだ。


 そこにまぎれ込んだのでは?


 私はすぐさま医師や看護士にあたってその時の状況を聞き出し、まだ入院していた怪我人にも話を聞きに行った。怪我人の中には軽傷ですぐ帰った人もいるけれど、近くの住人だとはっきりしている。入院している中にも怪しい人物はいない。となると、運び込んだ側だ。さらに聞き込みをして、どうやらこれではないかと当たりをつけたのが、今回の「尋ね人」だった。


 それは、かなり体格のいい男だったらしい。腰に剣を提げており、怪我人を運ぶのにも手慣れたようすだったため、助けられた怪我人は兵士なのかと思ったそうだ。そう聞かれると、男はしがない傭兵だと答え、名乗りもせずに急いで立ち去った。みんなは親切な通行人と認識し感謝だけして終わっていたが、状況を知ったうえで聞けばいかにもあやしい。私は傭兵たちがいる場所を聞き出して、(くだん)の「傭兵通り」へ向かったのだった。


 とっさに嘘がつけなかったのか、表の稼業だから言ってもかまわないと思ったのか。「傭兵通り」には似たような人物がたくさんいるから、ほとぼりが冷めるまで潜伏するにはもってこいだ。逃げた男がいる可能性は高い。ただ、どうやって見つけ出すか――と考え、はじめに戻るわけである。

 はたして私が依頼した仕事を、あの傭兵たちはちゃんとこなしてくれるだろうか。期待と不安半々で待つ。そうしてふたたび彼らの顔を見たのは、思ったよりも早い時間だった。






 見覚えのある顔が店内に入ってきたのは、まだ空が赤くなってもいない時刻だった。


「よお、いたなお嬢様。あんたの尋ね人を見つけたぜ」


隅っこの席にいた私を見つけ、寄ってくる。一人、知らない顔が増えている。私が言ったとおり茶色い髪の長身の男で、思っていたより若く二十代なかばに見えた。


「ありがとうございます。早かったですね」


 私は立ち上がって彼らを迎えた。体格のいい傭兵が五人も連れ立ってきたものだから、店内にいた人々はちょっと引き気味だ。まだ混雑する前でよかった。エリーシャさん達にはあらかじめ近寄らないよう注意してある。そしてトトー君は、厨房の方からこっそりようすをうかがっているはずだった。

 私はそばまで来た男に挨拶した。


「わざわざお呼びだてして申しわけありません。私はティトと申します。お世話になった方が、昨日事故に巻き込まれまして、その時に助けてくださった方をさがしているんです。あなたがそうなんでしょうか」

「ああ、こいつらからも話は聞いたが、その……なんかあんたが礼をしたいと言ってるとか」

「ええ、そうなんです。本人もすごく気にしていまして。お名前すら聞いていなかったと悔やんでいらっしゃるので、代わりに探してあげたかったんです。お名前をうかがってもよろしいですか?」

「ドルフだ」

「ドルフさん、ですか。ひとまず、お座りくださいな。皆さんも。お腹が空いてらっしゃいませんか? 何か持ってきてもらいましょうね」

「そいつはありがたい」

「ああ、歩き回って腹減った」

「もちろん、お嬢様のおごりだよな?」


 傭兵たちはいそいそと席に着き、料理とお酒を注文する。私はドルフにも座るよう勧めた。


「念のために、先に確認をさせていただきますね。間違いなくご本人かどうかを確かめたいので」

「確認って」

「簡単な質問に答えていただくだけです。不躾で申しわけありませんけど、何分私は直接その場を見ていないものですから、手違いを防ぐために――よろしいですか?」


 ドルフがうなずくのを見て、私は質問を繰り出した。


「あなたが助けた相手は、男性でしたか? 女性でしたか?」

「……男だった」

「若い人ですか? お年を召した方ですか?」

「若かったな。俺と同じくらいじゃねえの」

「髪の色とか覚えています?」

「髪……明るい色だったな。ばたばたしてたんで、はっきりは覚えてねえが、多分金かそれに近い色だったはずだ」


 私はうなずく。ここまでは満点だ。


「では、その人はどういう状態でしたか? なぜ施療院へ運ばなければならなかったんでしょう」

「なんでって、そりゃあ怪我をしてたからだ。脚をやられてた。ありゃあ多分折れてたろうな」

「その人の言葉か態度で、何か覚えてらっしゃることあります?」


 ドルフは視線を天井に向けた。記憶をたぐる顔になって、しばらく考える。


「貴族には見えなかったが、身なりがよくて、どことなくお坊ちゃんっぽかったな。なんだっけか……ああそうだ、『親父に笑われる』とか言って落ち込んでたな」


 ――ふむ、どうやらご本人で間違いないようだ。適当な相手に話を持ちかけて、みんなで礼金を山分けしようと相談してやってきたわけではないらしい。

 そういう可能性も考えていたから、確認作業は外せなかった。あくどい人間ならそのくらいやりかねないものね? 私が詐欺師なら絶対やるよ。相手は世間知らずのお嬢様だから、簡単にだませると思うものね。

 運ばれてきたお酒にさっそく口をつけながら、傭兵たちはこちらのやりとりに注目している。私が思うよりずっと、彼らは善良なのだろうか。真面目に探して連れてきてくれたのに、疑って悪かったかな。

 不審げな顔のドルフに、私は頭を下げた。


「失礼いたしました。たしかに、間違いないようですね。みなさんにも改めてお礼を申し上げます」


 傭兵たちにも頭を下げる。安心した雰囲気になって、彼らは鷹揚に答えた。


「おう、これで任務完了だな」

「あとは約束の報酬を払ってもらえりゃ、言うこたねえや」

「ええ、もちろん」


 笑顔でやりとりしながら、私はそっと厨房の入り口を見やった。中の人となにかやりとりしていたエリーシャさんが、こちらを向いてうなずいた。


「では、みなさんには先にお渡ししますね。わざわざ家まで足を運んでいただくのもお手間ですから、待っている間に連絡してお金を持ってきてもらったんです」


 私は財布を取り出して、ドルフにもしっかり見せつけられるよう、銀貨を二枚ずつ丁寧に傭兵たちに渡した。


「おっ、こりゃありがたい」

「手回しがいいじゃねえか、お嬢様」


 みんなホクホク顔で受け取る。あまり表情は動かさなくても、ドルフの目にはぎらつく欲望の光があった。うまく食いついているようだ。大分警戒も薄れただろうな。

 これならいけると踏んで、私はふたたび立ち上がる。


「どうぞみなさん、ゆっくり召し上がっていらしてくださいな。代金は私につけてもらうよう、お店に頼んでありますので。ドルフさん、一緒に来ていただけますか?」


 誘うと、ドルフは眉をひそめた。


「なんで俺だけ移動させられる?」

「だって、ここでは十分なお礼ができませんもの。知人もぜひもう一度会ってお礼を申し上げたいと言っておりますし」

「…………」


 欲にかられたドルフは、それ以上文句を言わずに立ち上がる。そのままおとなしく私について店の出口へ向かった。

 外へ出ると同時に、私は急いで横へ走った。「おい!?」と驚いたドルフが、店の前で待機していた兵士たちに気付いて顔色を変える。一瞬で悟った彼は、今出てきたばかりの店内へ駆け戻ろうとした。

 その身体が、中から勢いよく蹴り出された。

 トトー君が出てくる。倒れたドルフにわっと兵士が押さえにかかり、あっけなく身柄を確保した。


「……っ、この餓鬼、だましやがったか!」


 安全圏に逃れた私に、ドルフが怨嗟の声を上げた。


「真っ先にそんな言葉が出てくるあたり、身にやましいことがあると白状しているようなものね。心当たりのない人ならいきなり逃げたりしないし、何が起きているのかと困惑するのが先だと思うけど」

「……っ」


 私の言葉にドルフは歯ぎしりする。にらみ合う私たちの間にトトー君が立って、ドルフの視線をさえぎった。


「連れて行け。今度は逃がすな」


 兵士たちに命令する。言葉は少ないが、逆らいがたい迫力があった。ドルフよりも兵士たちの方が怖そうな顔になって、あわてて連行していく。何事かと足を止めていた通行人たちも、すぐに散っていった。この街では、こうした騒ぎは珍しくない。店で暴れるか食い逃げでもしようとした奴がつかまったと思われ、すぐに忘れられていくだろう。


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