ぬくもりへ一歩ずつ《1》 ※トトールート前提
書籍化記念企画第二弾です。
IF設定トトールートの後日談となります。
大国ロウシェンの首都だけあって、エナ=オラーナの街はいつもにぎわっている。
規模で言うなら日本の大都市には比べるべくもないけれど、活気は劣らない。道の両端に色とりどりの天幕が並び、客と物売りの声が響いている。通りにはあふれんばかりの人が歩き、うかうかしていると流れに呑まれてとんでもないところまで運ばれそうだ。
私は頑張って人混みの中を歩いていた。荒い舗装につまずかないよう、向かいから来る人にぶつからないよう、すれ違う荷馬車に轢かれないよう、とにかく必死にならないとこの通りを抜けられない。そこまで頑張るのには理由があって、倒れそうになりながら歩いていると、ようやく目当ての場所が見えてきた。
大通りと交差する一本の道、そこにも天幕が並んでいる。けれどこちらはずいぶんと客の数が少なく、静かな雰囲気だった。
人の川から抜けて私は静かな通りへ踏み込んだ。周りを見回せば、天幕の下には剣に弓矢、槍に斧といった武器や、鎧や盾などの防具が陳列されている。どうやら間違いなくたどりつけたようだ。私はほっと息をついた。
売り物が売り物なせいか、店の主もなんとなく怖そうなおじさんばかりだった。客層は二種類に分かれていて、たくましい男たちと、商人風の男たちだ。女や子供の姿なんてどこにも見当たらない。そんな場所へ踏み込んだ私に、当然のこと周囲から無遠慮な視線が集中した。
ゆっくり歩けば、時折商品は何もないのに広い天幕がある。そういう場所にはいかにも荒事が得意そうな、ごつい男たちが集まっていた。
この中に、多分いるはずなんだけどな……どうやって探そうか。
「どうしたい、お嬢ちゃん。迷子か?」
とりあえず一旦端まで見ていくかと歩く私に、天幕の下から声がかけられた。例の、売り物は人間という天幕だ。用心棒を生業とする男たち、いわゆる傭兵たちが、にやにやと私を見ていた。
「それとも用心棒を探しにきたか? なら俺を買いな。腕には自信があるぜ」
「へっ、このホラ吹きが。てめえなんぞウルカ一匹追い払えねえだろうが。嬢ちゃん、こんなのにしたら金だけ取られて終いになるぜ。俺にしときな」
「ずいぶん身なりのいい嬢ちゃんだなあ。金持ちのお嬢様か、それとももしかして貴族のお姫様かい? 一人でこんなとこに来るなんて、親に言えない目的でもあるのかね。俺は満足のいく報酬さえもらえりゃ、どんな仕事でも引き受けるぜ」
彼らは行商人や、ちょっと事情があって用心棒を求めるような人を相手に商売している。私に対してはからかい半分、金づるになるだろうかというさぐり半分なようすだった。
正直、近付きたくはない人種である。騎士たちを見慣れたとはいえ、でかい男は今でも苦手だ。それに口調は荒っぽくても礼儀と節度をわきまえ、私に丁重に接してくれる騎士たちと違って、傭兵たちには粗野で危険な雰囲気がある。いつもならこんな場所には近づきもしないのだけれど、ちょっと事情がある私は、おそるおそる彼らへ近付いた。
「すみません、傭兵を求めに来たわけではなくて、人を探しているんですが」
「はあん? どいつだ?」
「名前はわからないんです。多分三十歳前後の、背の高い茶色い髪の……」
特徴を言いかけて、私は口ごもってしまった。シーリースには金髪や銀髪の人間もいるけれど、いちばん多いのは茶色系で、そんな特徴を持つ人間は右にも左にも山ほどいる。今目の前にいる連中も、ほとんどが条件に当てはまっていた。
「それだけじゃあ、わからねえな」
呆れた顔で言われて、だよねと私はうなずいた。
「昨日、五番区の施療院に怪我人を運んでくれた人なんです。事故に行き合って、救助を手伝ってくださったそうで。そういう話をお聞きではありませんか?」
傭兵たちは互いを見交わし、知っているかと確認し合った。いい反応はない。誰もが首をかしげたり振ったりと、心当たりのない態度だ。
「知らねえな。そいつは傭兵だって言ったのか? ここで客待ちしてるって?」
「そうらしいです……すみません、私は又聞きなので、直接はお会いしていないんですけど、傭兵だと言ったのは確かだそうです。それなら多分ここにいるだろうと聞いて、探しにきました」
「そうとは限らねえぜ。だいいち、なんで探してるんだよ。五番区の住人なら、あんたみたいなお嬢様の身内なわけねえよな。下町の施療院とあんたと、どう関わりがあるってんだよ」
それはちょっと正直には答えられないね。実は監察官なんですとか、言うわけにはいかないし、言っても誰も信じないだろう。
「施療院には奉仕活動で出入りしているんです。そこでお話を聞きました。助けていただいたのが私の知り合いで、ぜひお礼をしたいんです。でもお名前も告げずにすぐ立ち去ってしまわれたそうで、かろうじてわかっているのが傭兵だということだけで」
「はーあ、それでわざわざねえ。お嬢様らしいお暇なこって」
「貧乏人に施すのが貴族の役目だとか言ってる連中もいるが、あんたもそのクチか? なら俺たちにも施してくれよ。話に付き合ってやったんだから、礼くらいしてくれてもいいだろう?」
大きな身体で威嚇するように、一人が身を寄せてきた。なんだ、普通に話を聞いてくれてると思ったら、やっぱり最後はそうなるのか。
「有益な情報をくださった方にはお礼をするつもりですが、あなた方にはお心当たりがないようですね。残念です」
「待てよ。もうちょい詳しく聞けば、何かわかるかもしれねえぜ。ちなみに礼って、いかほどだ?」
彼らの顔にはわかりやすく期待と侮りが浮かんでいた。小娘一人、うまく金づるにできると踏んでいるのだろう。
あしらってこの場を逃げ出すことはできる。でも私は逆の作戦を思いついた。素早く計画を立て、男の問いににこやかに答えた。
「お一人あたり百セン、お支払いしましょう」
「百ぅ?」
日本円に換算すれば、多分千円から五千円といったところだ。物価が単純比較できないので正確なレートではないけれど、庶民でも普通に出せる額である。傭兵に渡すには少ないだろうね。
案の定傭兵たちは渋い顔をした。
「ちょっとケチ臭くねえかい、お嬢様よ」
「縁もゆかりもない貧乏人の恩人をわざわざ探しにきたような、金と暇を持ち余してる貴族が、それっぽっちしか出せないのかよ」
「単なる人探しの情報料ですからね。妥当かと」
これは交渉の第一段階。私は次の手を繰り出した。
「ただし、それはこの場で情報が得られた場合の話です。もう少し協力してくださるのなら、もっとたくさんお支払いしますよ」
「協力?」
「手持ちでは足りないので後払いになりますが、それでよろしければ、あなた方に正式にお仕事を依頼しましょう。他の人にも当たって、情報を集めてくださいませんか? 有益な手がかりなら五百セン、当人を見つけてきてくださった場合は一万セン出しましょう。期限は今日の夕方まで。いかがでしょう?」
報酬額が一気に跳ね上がって、男たちの目が輝いた。日給一万センは破格の話だ。一ヶ月働いてもそれだけ稼げない人もいる。たった一日、人を探すだけで一万センならと、彼らが食いついたのがわかった。
私は、周りで聞き耳を立てているかもしれないその他大勢に聞かせるためにも、わざとはっきり言い添えた。
「さきほど縁もゆかりもないとおっしゃいましたけど、とんでもないことなんですよ。助けていただいた知人は、私にとって大変な恩のある方なんです。その方が、お名前すら聞かなかったとひどく悔やんでいらっしゃるんですよ。こういう時にこそ、恩返しをしなくてはと思いまして。昨日の今日だから、まだ見つけられるのではと思って代わりに探しに来ました。どうにかしてお会いしたいので、お力添えをいただけませんか?」
「……一万センってのは、一人ずつにか? それとも」
「もちろんお一人ずつに払います。こちらの皆さんはお仲間という認識でいいんですよね?」
「まあ、この仕事に関してはそうなるか」
「でしたら四人で四万センですね。それで引き受けてくださいます?」
「あんたにそんだけの金が用意できるのか?」
すでに交渉の姿勢になって、質問が返される。相手が(見た目)子供なので、彼らもすぐに受けるとは言えないのだろう。この場で現金を見せられないかぎり、そう簡単に信用できないのは当然だった。
「まあ、できないことはありませんけど、さすがに大金ですから父には断りを入れるべきでしょうね。どのみち家まで受け取りに来ていただくことになるんですし、ご心配は必要ないかと」
「家って、どこだよ」
「上です」
私は街を見下ろすエンエンナ山を示した。我が家はあそこにある宮殿です。父はその主です。お金に関しては心配ないですよ。国庫にたっぷりありますから。必要経費として請求できますきっと。
ということは黙っていたので、彼らは私を山の手にお屋敷を構える貴族の娘と思ったようだった。
「ご協力いただければ、父もきっと皆さんに感謝しますわ」
「まあ……いいか」
「人探しで一万センなら、結構な話だ」
「ここでくだ巻いてたって、そうそう仕事は来ないしな」
男たちはうなずいた。
「で? どうすりゃいいんだ? 俺たちが探しに行く間、あんたはここで待ってるのか?」
「五番区にある『三番目の月』という食事処でお待ちしています。もし私の姿が見あたらなくても、お店の人に聞いていただければすぐに呼んでもらえますから」
答えながら私は財布を取り出した。小さな銀色の硬貨を四枚取り出す。
「前金で百センずつお渡ししておきますね。もし尋ね人が見つからなくても、このお金は返却不要です。見つかった場合の残額は、約束どおり後払いで」
小銀貨を一枚ずつ渡す。男たちはうなずいて受け取った。
「五番区の『三番目の月』に、夕方までに、だな? そういやあんたの名前は?」
「ああ、失礼、申し遅れました。私はティトと申します。それではみなさん、よろしくお願いいたしますね」
私は笑顔でお辞儀して男たちに背を向けた。彼らが前金だけ受け取って仕事はしないという心配はないだろう。たった百センぽっちだまし取って満足するか、人を探して一万セン受け取るか。大抵は後者を選ぶはずだ。さほど大仕事でもないのだ、ちょっと頑張るだけで一ヶ月分の収入が得られる。きっと彼らは頑張って見つけてくれるだろう。慣れない私がうろつくよりも、彼らにまかせた方が安全だし効率的だ。うまくいったと満足して、私は来た道を引き返した。
途中ちらりと振り返れば、男たちがそれぞれ違う方向へ歩き出しているのが見えた。よしよし、頑張ってね。期待してるよ。
ほくほくと元の通りに戻る。けれどいくらも進まないうちに、私の足は止まった。
「…………」
行く手をさえぎって立つ人の姿。最近ずいぶん背が伸びてきたけれども、まだ線は細く少年の雰囲気を残している。いつもは優しい榛色の瞳が、滅多にない厳しさを浮かべて私をにらんでいた。
「…………」
一瞬そらっとぼけて挨拶してやろうかと思ったけれど、その瞳を見た瞬間とても無理だと悟った。これは言い逃れなんてできそうにない。もちろん逃げられるわけもない。私はその場で固まるしかなかった。
トトー君は息を吐き出して言った。
「……当分、外出禁止にしてもらうよう、ハルト様に報告するからね」




