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あなたのために

 仕事と訓練に忙しい騎士は彼女を作る暇がないようで、竜騎士も騒がれている割に彼女持ちは少ない。

 職場は男社会だし、出会いの機会も少ないだろうからね。イリスみたいにしょっちゅう告られていたような人は例外だ。

「でも、ジェイドさんももてるのね」

 いつものように飛竜隊を覗きに来たら、ちょうど彼女らしき女性と会っているジェイドさんを見かけた。金髪のきれいな人だけど、ちょっと前に見かけた人は赤毛じゃなかったっけ。たしかその前にも、栗色の髪の人とお付き合いしていたような。

「副長は要領がいいから」

「くそー、なんで一ヶ所にばかり集中するんだよ。男は副長だけじゃないってのによ」

「隊長の時も、本当に腹が立ったよな。次々とっかえひっかえしやがってよ」

「結局女は顔しか見てねえんだよ! 見た目につられてんだ」

 独り者の飛竜騎士たちが、恋人同士を遠目にぼやいている。うん、たしかにジェイドさんはイケメンだ。でも彼らだって、それぞれ魅力がなくもないと思うんだけどねえ。きりっとしていればかっこいいと言ってくれる女の子はいるだろう。なんといっても竜騎士、その肩書だけでもてそうな気がするのに。

「ふ、現実はそんなに甘くねえ。騎士なんて実態はただの肉体労働者だ。世間の流行なんて知る暇もなく、ひたすら毎日汗かいて泥だらけになって働いてる。女の子と話す機会があったって、話題についていけなくて気まずくなるか馬鹿にされるかだ……ちくしょう、俺はただ一生懸命、お国のために働いてるだけなのによ」

 哀愁を背負って嘆く騎士に、周りの仲間たちもつられて落ち込む。ジメジメしてなんともうざい。そんなだからもてないんじゃないのと言いたくなってくる。

 私はため息をついた。

 やれやれ。デイルにお願いして女の子集めてもらって、お見合いパーティでも開いてあげようかな。たしか日本の自衛官も出会いが少なくて、テレビ番組かどこかの主催でそんな企画をしていたような。世の中には真面目な男性が好きという女の子もたくさんいるはずだ。はじめからこっちの事情を公開して募集すれば、希望者はけっこう集まりそうな気がする。

 イリスのお仕事が終わるのを待ちながら騎士たちの愚痴に付き合わされていると、やけにご機嫌な騎士が一人近付いてきた。

「なに集まってんだ? 暇な連中だねえ」

「ああん?」

 鼻唄まじりに声をかけられたとたん、周りの騎士たちがギロリとにらみつけた。なにごとかと驚くほどに殺気立っている。しかしにらまれた当の本人はびくともせず、手にした籠を見せびらかした。

「ほら見てくれよ。ディーナがまた差し入れ持ってきてくれたんだ。彼女料理上手でさあ、こないだのパイもすっげえ美味かったんだぜ」

 見るからに浮かれたようすで籠のふたを開け、中に詰められたものをこちらへ見せてくる。あーあ……よりによって今、それをやるか。騎士たちの目がますます殺気を増していく。

「皆さんにもって多めに作ってきてくれてさ。優しい子だからさあ。お前たちになんぞやるのはすっげえもったいないんだけど、ディーナに言われてるし? まあちょっとだけなら、分けてやってもいいぜ。ちょっとだけな」

 籠の中から小さな包みを取り出し、こちらへ差し出してくる。でも見せつけられた騎士たちは無言でにらむばかりで、誰も手を伸ばそうとはしなかった。

「あれ? いらないの? あっそう。じゃあこれは全部俺が食べちゃおうっと。ちゃんと声はかけたもんね。ディーナの言うとおりにしたけど、相手がいらないって言ったんだからいいよね。ふふふ、ディーナの手料理はぜーんぶ俺のものさっ」

 にらまれることすら快感とばかりに、いそいそと包みを籠に戻し、騎士は半分踊りながら立ち去った。実にわかりやすく浮かれきっている。彼女からの差し入れはそんなにうれしいのだろうか。そして周りの独り者に自慢するのが、そんなに楽しいのだろうか。よくわからない。

「くっそう、あの野郎……!」

「やっと彼女ができたからって、調子に乗りやがって!」

「てめえもついこないだまで一緒に恨みごと言ってやがったくせによっ」

 残された騎士たちが血の涙を流す。仲のいい友達同士が、実にしょうもない理由で分裂の危機を迎えていた。

 ……本気で女の子紹介してやるか。明日にでも街へ下りてデイルに相談してこよう。

「チトセ、お待たせ――どうかしたのか?」

 隊舎から出てきたイリスが、私の周りの異様な雰囲気に目を丸くした。私が説明するより先に、騎士たちが身を乗り出して訴えた。

「隊長っ、ロクトの野郎がぁっ!」

「彼女ができて以来、毎日俺たちに自慢しやがるんすよぉっ」

「こっちが独り身寂しがってるの知ってるくせに、毎日まいにち、うれしそうにのろけやがって!」

「さっきもわざわざ手料理見せびらかしに来やがったんす! 嫌味にもほどがあるっつの! あのお調子者、一度痛い目見せてやらねえと気がすまねえよ!」

「……あー」

 脱力した声を出しつつ、イリスは苦笑した。

「今は幸せの絶頂で周りが見えてないんだよ。うっとうしいだろうけど、適当に流してやれ」

「限界っす! これ以上我慢できねえ!」

「うっうっ……隊長も幸せだから俺たちの気持ちなんてわからないんだ……女に不自由したことのない奴に、もてない男の気持ちなんてわかるわけねえ」

 困った顔になってイリスは頭をかく。嘆く部下たちを横目にそーっとこちらへやってきて、私に尋ねた。

「……そんなにひどかったのか?」

「さあ、これまでのことは知らないから」

 私は肩をすくめた。

「たださっきのは、たしかに浮かれてたわね。嫌味というより、本当に浮かれきってて周りの気持ちがわからなくなってるって感じだったけど」

「んー……まあそれも、わからなくはないな」

「イリスも浮かれたことあるの?」

「そりゃあ」

 私を見下ろして少し笑う。そして、じとっとにらんでいる部下たちに気づき、視線をそらしてごまかした。

「出会いのない人たちを集めてお見合いパーティを開くって、私の故郷でよくやっていたのよね。同じように彼氏募集中の女の子集めて、気の合う人をさがしてみたらどうかと思うんだけど」

 さっきから考えていたことを口にすると、たちまち騎士たちが食いついてきた。

「なんすかそれ! お願いしますぜひよろしく!」

「女の子紹介してくれるんすかあぁっ!?」

「俺にも彼女ができるのか!」

「……できるかどうかは、ご縁次第だけど」

 出会いの場を設けるくらいならできると言うと、イリスもうなずいた。

「そうだな、それはいい考えだ。でも女の子集めるって、どうするんだ? 君に心当たりなんてないだろう?」

 人づきあいが苦手で知り合いの少ない私に、まとめて紹介できるほど女の子の心当たりはない。もちろん最初から自分で集めるつもりなんてないので、そこは他人にお任せだ。

 街の顔役に頼んで声をかけてもらうと言うと、さっきまで荒んでいた騎士たちは飛び上がって喜んだ。そこまでうれしいかとこっちはちょっと引き気味だ。

「じゃあ会場はこっちで用意するか。隊舎(ここ)でやってもいいんだけど……」

「いきなり内部を見せるのはどうかしらね。男所帯のむさ苦しく汚い騎士団でパーティなんてやっても、女の子受けはしないわよ。女の子は雰囲気を重視するから、おしゃれな会場でやった方が盛り上がるわ」

 真面目に考えてアドバイスしてあげているのに、なぜか男たちは傷ついた顔になった。

「むさ苦しいまではしかたないけど……」

「キタナイって……」

「相変わらず言うことが素で氷点下」

 何かおかしなことを言ったかな? 事実をありのままに指摘したまでなのだが。

「街の女の子たちを集めるとなると、離宮を借りるのもちょっとね。敷居が高すぎて尻込みさせちゃいそうだし、街から遠いのも問題だし。どこかいい場所ないかしら」

「うーん……考えておくよ」

 パーティには料理や飲み物も必要だ。そういったものを用意するため、会費制であることを私は説明する。男性と女性で会費に差をつけることも忘れず説明した。

「私個人の意見としては平等に負担するべきじゃないかと思うんだけど、男性側が多く負担するのが一般的だったみたい。何かそうする必要があったんだと思う」

「まあ、そこは男の甲斐性って話だな。差をつけるというより、女性側は無料でいいんじゃないか? 招待するってことでいいだろう?」

「そういうパーティもあったみたいだけど、私はやめた方がいいと思う」

 イリスの意見に首を振る。

「無料にすると、出会いを求めてじゃなく、単に飲み食いだけしたくて来る人もいそうだから。ある程度敷居を低くしないと人は集まらないけど、誰でもいいって話ではないでしょ。本気で出会いを求めているなら、自分の飲食代くらい出すわよ。そういう気持ちのある人に集まってもらいたいでしょう」

 真剣な顔でふむふむとうなずきながら、騎士たちは話を聞いている。合コンだのお見合いパーティだの、私は話に聞くばかりで経験したことなどないから、アドバイスはごく初歩的なことばかりだ。どうやって彼女をゲットするかは各自で頑張ってもらおう。こちらは滞りなくパーティが行えるよう、手配に関することだけ協力してあげる。

 それでも独り身を嘆く騎士たちには感謝され、躍り上がって喜ばれた。これは地竜隊にも声をかけた方がいいかもしれない。向こうも事情は同じだろうから、飛竜隊だけでやったらあとで文句を言われそうだ。騎馬隊にも言う? それと近衛隊にも……とか言っていたら、すごい規模になりそうだ。日程を分けるとか、工夫が必要かも。

「俺はやるぞ! 絶対に、彼女を作るんだ!」

「俺も彼女の手料理が食べたい……! 彼女が作ってくれた弁当持って、デートするぞ!」

「なにはさておき、ククス煮だ! 家庭料理の代表格! 結婚するなら美味いククス煮を作るって決めてるんだ!」

「それとペイジェ焼きは外せない!」

 肉じゃがやカレーみたいなものかな。男が作ってほしい料理とか、雑誌やネットでよく見かけたっけ。これが現代日本なら女に作らせることばかり考えるな、今は家事分担の時代だって言うところだけど、こっちはね。家事全般は女の仕事だから、しかたがない。

 もうすっかり彼女ができた気分で、何が食べたいかという話で盛り上がる騎士たちを、私は冷たく眺めていた。そういうのを、取らぬ狸のって言うんだよ。先にどうやって女の子に気に入られるかを考えるべきだと思うけどね。

「手料理か……」

 私の後ろでイリスがつぶやいた。うん?と見上げると、ばっちり目が合う。イリスはあわてて笑ってごまかした。

「いや、なんでもない」

「……イリスも、手料理が食べたいの?」

 この流れと雰囲気でわからないはずがない。私が尋ねると、気まずそうにイリスは視線をさまよわせ、優しく苦笑した。

「まあ、これだけ聞かされると、ちょっとその気にはなるな。でも気にしなくていいよ。チトセが食に関心が薄いのは知ってる。生家でも家事は家族に頼ってたって言ってたし、料理なんてしてなかっただろ?」

「…………」

 ここで否定できれば、女子力アピールになるんだろうね。気にするなと言いつつ期待が隠れていることはわかる。同時に無理だろうと諦められていることもわかり、ちょっぴり悔しかった。たしかに私は料理に興味などないし、食べるのもめんどくさいと考える人間だ。家族に甘えてろくにお手伝いをしなかったのも事実だけれど。

「上手とか、慣れてるとは言えないけど、まったくできないわけでもないわ」

「え、本当?」

「ただし、ここが日本ならね」

 私は肩をすくめた。嘘ではない。日本でなら簡単なものくらいは作れた。学校で調理実習だってあるんだし、キャンプに行けばカレーを作らされるのはお約束だ。下手だけれど、分量や手順を間違えなければ、食べられないものを作ることはなかった。

 でもここは、日本ではない。

「君の故郷じゃなければ無理なのか? なんで?」

「だってここには、ガスもIHもオーブンレンジもないもの」

 私の返事に男たちは揃って首をかしげた。何がないと言ったのか、彼らには理解できなかっただろう。この世界には存在しないものだから。

 文明の利器があれば、私にも簡単な料理はできる。スイッチひとつで火をつけられ、レバーを操作するだけで簡単に火加減が調節できるならね。ボタンを押すだけで適度に温めてくれたり、こんがり焼いてくれたり。調理実習もそういった設備がある前提で行われていた。飯盒(はんごう)でご飯を炊いたって、火をつける先生は着火装置を使っていた。そんな環境だ。

 石を打って火種を作るところから始まり、かまどで煮炊きをする。そんな台所で私に何をしろと。せいぜい野菜を洗って皮を剥くくらいしかできそうにない。

「こっちの材料で作れそうな料理は、いくつか思いつくけど、煮たり焼いたりの段階が私には無理。こっちの台所は私には使えない」

「うーん……」

 イリスは顎に手を当て、難しい顔で考え込んだ。

「火をつけたり加減するのを手伝えば、できる?」

「そうね、お手伝いがいるのなら」

 それならなんとかなるだろうとうなずけば、イリスは目を輝かせて身を乗り出してきた。

「手伝うよ! だから作ってくれないか? 君の国の料理が食べてみたい」

「手伝うって、イリスが?」

 名門貴族の若様が何を言う。そっちこそ料理の経験なんて皆無だろうと呆れれば、軽くおでこをはじかれた。

「騎士団に入れば身分は関係ない。下っ端のうちは雑用全般やらされるんだ。厨房の手伝いなんて基本だよ。野営をすれば自分で食事の支度をしなきゃいけないんだし、料理経験のない騎士なんていないさ」

「へえ」

 そうなのか。こいつらは私よりずっと女子力が高いのか。

 なんだかちょっとくやしかった。むさ苦しい男どもにすら負けているという事実に複雑な気分になる。しかしだからといって料理を頑張る気持ちにもなれない。どうしようかな、と私は悩んだ。

「一度だけでいいから。ね、お願い」

 とっておきの甘い声を出してイリスは頼み込んでくる。周りの騎士たちにも注目されて、私はため息をついた。

「……私の国の伝統的な料理は無理。必要な調味料がここにはないから。外国から伝わった料理とか、それをアレンジして日本人の口に合うようにしたものとか、さらにアレンジして作った創作料理とか、いろんなものが食べられていたから、そういうのでよければ似たものは作れると思う」

「それでいい。作って」

 うんうんとイリスはうなずく。そんなに食べたいかねえ……恋人に期待されて張り切るべき場面なのだろうけれど、私には呆れる気持ちの方が強かった。でもイリスがこうまで望むなら、一度くらいは聞いてあげよう。

 そのまま隊舎の厨房へ移動することになった。なぜか他の騎士たちもついてきた。私の料理に興味があるの半分、イリス一人に楽しませたくないという気持ちが半分なようだ。来る以上は彼らも手伝い要員としてカウントしておいた。

 厨房に着いて、食材をたしかめていく。以前街の食堂でアルイバイトをしたから、野菜についてはけっこう覚えた。ペチカというトマトのように酸味と甘味のある野菜を選び、卵も出してもらう。

 ペチカを洗って切っている間に、ボウルに卵を割り入れるようイリスに指示する。さらによくかき混ぜるよう言って、他の騎士にかまどの用意を頼んだ。

「卵に塩と、ちょっとだけぴりっとする調味料を入れておいて。胡椒とは言わないのよね……なんて言うんだっけ」

「ラーだよ」

「ラー……油、じゃないのよね。まあいいや、どっちも少しずつね。入れすぎると辛くて大変になるから」

「ん」

 小さなスプーンに取って、少しだけ入れるのを横で見守る。塩はもう少し入れた方がいいかな? 少なすぎても味が感じられないからね。

 八等分にくし切りにしたペチカと味付けしたとき卵が用意できると、それは置いて他の準備を考えた。

 男は肉料理が食べたいだろう。豚の塩漬け肉を出してもらう。野菜を選ぼうと籠に手を伸ばした私は、ひっと悲鳴を上げた。

「どうした?」

 イリスがやってくる。

「む、虫が……」

 青野菜に小さなイモムシがついていた。穴だらけになった葉っぱには、虫が出したフンとおぼしき黒いものもたくさんついていた。

「そりゃ虫くらいいるさ」

「いやっ」

 私はあわてて籠から遠ざかった。

「洗えばいいじゃないか。このまま食べるわけじゃなし」

「じゃあ洗って! 外側の葉っぱは捨てて、中の無事な葉っぱだけ、しっかりていねいに洗って!」

「穴が空いたくらいでもったいない。全部食べるんだよ」

 冗談だろう。虫が食べて排泄までした葉っぱなんて、絶対に口にしたくない。そんな野菜が使われた料理なんて、一の宮では見たことがないぞ。

 まあいい。この野菜を使った料理を食べるのはイリスだ。私は食べないからね。

 虫のついた野菜なんて触りたくないので、当然それはイリスに洗わせた。他の野菜もどこに虫がいるかと怖いので、手の空いている騎士たちに洗わせる。ついでに皮むきも切るのもやってもらった。

「蛇は平気なくせに」

「種族が違うでしょう!?」

「形は似てるじゃないか」

 違う。全然ちがう。蛇とイモムシは別物だ。それに蛇だって、触りたいとか思うわけじゃない。毒がないなら観察してみたい程度で、進んでふれ合いたい生き物ではない。

「洗ったぞ。これどうするんだ?」

「こっちも洗いましたよ」

「皮むき終わったっす」

 準備のできた野菜を一口サイズに切るよう指示する。根菜は薄切りに、葉物野菜は加熱すると嵩が減るから、少し大きめでいい。豚肉も薄くスライスしてもらった。よく手入れされた包丁なんだね、すっぱり切れてるよ。

「隊長ー、短剣は使わないでくださいよ」

「包丁使ってるだろ」

「言わないと無造作にやりかねないっすから。さすがにそれで料理されるとアレな気分なんで」

 彼らが言っているのって、あの凶器もどきなサバイバルナイフだよね。何に使うものなのかは、彼らの職業を考えれば聞くまでもない。それを料理に使ったらうしろから蹴り入れてやる。

「いや、以前マジに使ったんすよ。しかも戦った直後に」

「あの時は俺も引いたわー」

「…………」

 私の白い目にイリスがあわてた。

「野営で料理をする時には普通に使うだろうが!」

「まあ、他にない時は仕方ないっすけど……」

「でもなあ、人斬った直後ってのはなあ。気分的になんかなあ」

「ちゃんと洗ったよ!」

 そういう問題か? さっきの虫以上に抵抗感じるんだけど。

 私はため息をつき、深さのあるお皿に野菜と薄く切った肉を交互に重ねるよう指示した。一番上にはたっぷり肉を広げる。塩漬け肉だから調味料は必要ない。これで十分味がつく。

 もう一品くらい必要かな。どうしよう? 食材を見回し、プフというジャガイモみたいな根菜を選んだ。茹でてつぶしたものに本当なら片栗粉を入れたいのだけれど、ないから小麦粉を水でといて混ぜ、軽く塩味をつける。熱いうちにチーズを包んで小さな小判型に成形すれば準備は終わり。おかずはこのくらいにして、あとスープ? 味噌も醤油もないし、鰹節もない。昆布……も今のところ見かけないが、海藻自体はある。乾燥させて保存するのがこの世界でも一般的で、ワカメっぽい海藻とよく出汁の取れるキノコを選んだ。塩で味を整え、お米っぽいもちもちした穀物をつぶして団子にする。スープに投入して保温の火加減にしてもらい、他の料理を仕上げることにする。

 肉料理は大きな鍋で蒸してもらって、隣で焼き物を作る。プフを軽く焼き目がつく程度に裏表両面焼けば、芋餅のできあがり。続いてペチカをさっと炒め、軽く火が通ったらとき卵を入れ、固くなりすぎないうちに一、二回かき混ぜておしまい。言葉どおり騎士たちは料理に慣れているようで、私の指示に従い手際よく調理していった。

 最後に鍋から蒸し料理を取り出せば一汁三菜が食卓に揃った。騎士たちにとって十分な量には程遠いけれど、今回は味見的な目的なのだからこれでいいだろう。

「おおー、なんか美味そうかも」

「作るの手伝ったんだから、俺たちも食べていいっすよね」

「全員で分けたらちょっとずつになるけど、まあいいか」

 できあがった料理を囲み、騎士たちが手を伸ばす。めいめい料理を口に入れ、うんまあ、という顔でうなずいた。

「美味しいよ」

 イリスが私に微笑む。他の騎士たちもうなずいた。

「そっすね、結構美味いっす」

「これいいな、肉のうま味と塩味が野菜にしみ出してる」

「俺はこっちのチーズ焼き?が気に入ったかな。味よりこの食感が、なんかクセになりそう」

「めちゃめちゃ美味え! ……ってことはないけど、そこそこ美味いかな。肉がもっとたくさんあるとよかったけど」

「うん、美味しい。栄養もあっていい料理だよ」

「そっすね……でも」

「美味いのは美味いんだが……」

 食べながら、騎士たちの視線が私に向かう。なにやら微妙な表情に私は首をかしげた。

「何か問題だった?」

「いや……味は悪くないんだけど」

 イリスもどこか不満そうだ。

「けど?」

「……君に作ってもらうはずじゃなかったかなと」

 騎士たちもうなずいた。

「作ったの俺たちだよなあ」

「洗ったのも切ったのも焼いたのも、全部俺たちじゃん」

「姫様は横で指図してただけっすよね」

 何を言うのか。私は肩をすくめた。

「お手伝いしてくれるって約束だったじゃない」

「いや、手伝いってか、全部やったし」

「私だってペチカを切ったでしょう」

「それだけじゃん!」

 次々に非難が向けられる。うるさい男ども。美味しくできたならそれでいいじゃないか。

 虫を見た段階で私のやる気は大きく削られたのだ。それに包丁が大きくて、私には使いづらかった。ただでさえよく失敗して指を切るのに、こんな使いにくい包丁じゃ怖いったら。

 蒸し料理は電子レンジで、プフをつぶして混ぜるのはフードプロセッサーでやれば、かなりの時間短縮になるのだが、そういう手が使えないなら下ごしらえにまで時間をかけていられない。できるだけ早く完成させるため手慣れた人にやってもらっただけだ。スープだって出汁パックがあればもっとお手軽だったんだけどね。

「なんか……釈然としない……」

 イリスが肩を落とす。幸せ者とやっかんでいたはずの部下たちから同情のまなざしを向けられて、彼はため息をついた。

「食べてみたいって言っていたから、作り方を教えてあげたのよ」

「……そういう約束じゃなかったような……それに美味しかったけど、特別珍しいものでもなかったし」

 当たり前だ。私に凝った料理を期待する方が間違っている。

「ここにある材料と調味料で作るんだもの、珍しくないのは当然でしょ。最初からわかっていたことじゃない」

「……そうだけど」

「お気に召さなくて残念だわ。ま、今後作ることもないし、これっきりだけど」

「えええ」

 情けない声を上げるイリスから、私はつんと顔をそむけた。女子力低くてごめんなさいね。でもユユ母様だって料理なんかしてないよ。きっとイリスのお母様もしないだろう。私は悪くない。苦手とわかっていることを頼んできたイリスが悪いのだ。

「隊長……元気出して」

「強く生きてください」

 落ち込むイリスを騎士たちがなぐさめている。彼女持ちなのに同情してもらえるんだから、よかったね。やっかまれなくて幸いじゃないか。ふん。




 しばらくのちに、街でお見合いパーティが開かれた。出会いを求めて参加した騎士たちの中には、あの浮かれ騎士のロクトさんも混じっていた。

 差し入れしてくれた彼女の料理が、実はお店で買ったものだと知り、文句を言ったら即座にふられたらしい。女に理想を持ちすぎるなってことだよ。買ったものでも差し入れしてくれたんだから、その気持ちを喜ぶべきなのに。だめ出しなんてするからふられるんだよ。うまくご機嫌とっていれば、そのうち彼女の腕前も上達しただろうにね。好きな人のためなら女の子は頑張るんだから。

 私はこっそり料理の練習をしている。イリスの好物を調べ、オリグさんに指導を受けて修行中だ。城の料理長は私を厨房に入れてくれなかったので、多才な参謀室長に頼んだ。彼のような料理上手までは目指していないけれど、せめてこの一品だけはマスターしようと努力中だ。

 完璧にできるまでは絶対に内緒だけどね。

 故郷の料理の代わりに彼の好物を作って、いつか差し入れしてあげよう。お日さまの笑顔を想像して励みつつ、練習作は参謀官たちとお父様に始末してもらう日々なのだった。






                    ***** あなたのために・終 *****


千歳は都会育ちなので、虫つき野菜は見慣れていないのです。

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