表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/52

その時、彼は

リクエストにあった、第四部終盤のイリスとデイルです。

 王宮なんて場所に出向こうと思ったのは、別にあのちびっ子に乗せられたからじゃない。

 トトーに悪い噂が立っているらしいと聞いてエリーシャが気にしていたし、俺としても弟分のために一肌脱いでやるのはやぶさかじゃない。それに、エリーシャを一度くらいお城に連れてってやりたいとも思った。口には出さないが、あいつにも憧れがあるだろう。本来ならそういう世界で生きていたはずの身分だ。じいさんのせいで失った華やかな場所に、せめて一晩だけでも戻らせてやりたかった。

 俺がどれだけ必死に頑張っても、身分までは手に入らないからな。

 金や物ならいくらでも手に入れてやるが、貴族にはなれない。しょせん俺は下町のやくざ者だ。堂々とお城に出入りできる身分じゃない。エリーシャに一夜の夢を見せてやれる機会があるのなら、なんだってやってやるさ。気取った貴族どもの中に混じれば、どうせ汚いものでも見るように蔑まれるんだろうが、そのくらい我慢してやる。あいつが喜ぶなら、俺は何でもやってやる。

 ……まあ、ついでに売り込みも、できるならやってくるけどな。

 はじめは予想どおり貴族連中から遠巻きにされ、こそこそと陰口を叩かれていたが、ちびミカンの作戦どおりに芝居が進むと反応が変わっていった。王様だの宰相だのといった偉い方々が味方につくと、たちまち手の平を返してすり寄ってくる。愛想のいい笑顔を貼り付けた連中に虫酸が走ったが、これを利用できてこそ一人前だよな。青臭い真似すんじゃねえと親父に笑われないよう、俺はちゃんと付き合ってやったぜ。エリーシャに恥をかかせないためにも、貴族ども相手にこっちも社交辞令で応えてやった。

 くそ生意気に貴族どもをあしらっていたちびミカンがいつの間にかいなくなったと気付いたのは、押し寄せていた人の波が一旦引いた頃だ。まあ別に、あいつがいようといまいとかまわねえんだけどな。ただ、エリーシャに男が近づいてきたのは見逃せなかった。

「やあ、エリーシャ、久しぶり」

「まあイリス様! 今までどちらにいらしたんです? お会いできると思ってお姿をさがしておりましたのよ」

 やけにきれいな顔をした銀髪野郎は、エリーシャと知り合いだったらしい。挨拶を交わす二人は親しげなようすだった。俺はすかさずそばへ行ったが、エリーシャは振り向いてもくれなかった。ちくしょう。

「すっかり大人びて、きれいになったね。前に会った時はまだ女の子って感じだったのに、もうそんなふうに言ったら失礼かな」

 歯が浮くような気障な台詞をぬけぬけと言う男は、むかつくが女にもてそうな見た目をしていた。育ちのよさそうな上品な顔だちで、きらきらした銀の髪をこれみよがしに伸ばしている。すらりとした見栄えのする体格だ。背は俺の方が高いがな! いかにも王子様って感じの優男で、周りの女どもが色めき立っている。そっちへ行ってりゃいいのにエリーシャにまでコナかけやがって、こいつどうしてくれようか。

 そりゃあエリーシャは可愛いさ! 特に今夜はお姫様みたいに着飾ってて、俺もすっかり見とれたよ。そこらの女どもよりずっと光ってて気になるのはよくわかる。だがてめえにゃ渡さん。

 エリーシャの後ろに立ってにらみを利かせていると、銀髪野郎はこっちに目を向けてきた。俺と目が合ってもびびらずにこりと笑いかけてくる。ふん、度胸はあるようだな。

「君がデイルか。はじめまして、僕はイリス・ファーレン・フェルナリス。トトーやティトの友達だよ。よろしく」

 ちびミカンから聞いていたのか、銀髪野郎は俺のことを知っているらしい。トトーの友達ってことは、こいつも騎士なんだろうか。そういうつもりで見れば、まあたしかに細くてもひょろっこい印象はないな。けどこんな女みたいな顔をした、たぶんまだ二十歳にもなってないようなやつ、うちの連中にかかればひとひねりだ。俺だって裏社会を渡り歩くマッシュ家の跡取りだ、貴族のボンボンごときにゃ負けねえ。

 エリーシャが俺の脇腹を小突いてくるんで、一応会釈はしてやった。だがこいつに愛想笑いをしてやる気はない。エリーシャに近づく男はみんな敵だ。

 イリスと名乗った銀髪野郎は、通りがかった給仕を呼び寄せて何か言いつけた。うなずいた給仕がいったん下がり、新しいグラスを持って戻ってきた。

「話を聞いて以来、君に会いたいと思っていたんだ。出会いを祝して、乾杯に付き合ってくれるかい」

 またも気障なことを言って俺にグラスを差し出してくる。琥珀色の酒が入ったグラスを俺は受け取った。この色からして、ココ酒だな。お城で出るんだから町の酒よりずっと上等だろう。うまい酒を飲めることに文句はない。俺はイリスに合わせて乾杯し、グラスを傾けた。

 ぐっと一気に飲んだのは、イリスに対する意地だ。ココ酒はそこそこ強い酒だが、このくらい軽く飲めるぜと示すつもりだった。そうとも、俺はけっして酒に弱くはねえ。

 ――なのに、酒が喉を通った瞬間、俺は無様にもむせてしまった。

 強っ! なんだこりゃ、ココ酒じゃねえよ! 喉が焼ける! こいつは水や果汁で薄めて飲むもんじゃねえのか? そのまま飲むような酒じゃねえだろう!

「あれ、大丈夫かい? 流し込むとこ間違えたかな」

 笑いながらイリスはするりと酒を飲む。むせるどころか顔色ひとつ変えやしねえ。あっちは中身が違うとかじゃなけりゃ、こいつとんでもねえ酒豪だぞ。

「もう、一気に飲むからよ。馬鹿ね」

 呆れた声を出しながらも、エリーシャが背中をさすってくれる。普段ツンツンしていても、こういうとこが優しいんだよな……って、デレてる場合じゃねえよ。

「うるせ……っ、大丈夫だ」

 俺はなんとか咳をおさめて姿勢を戻した。ちくしょう、イリスの野郎わかってて笑ってやがるな。エリーシャの前で俺に恥をかかせようって腹か。貴族らしい陰険なやり口じゃねえか。そっちがその気なら、俺も下町の流儀で応えてやるぜ。

「エリーシャはこっちの果実水にしときなよ。たしか酒はあまり強くなかったよね」

「まったく飲めないわけでもありませんけど……粗相をしてしまったらいけませんから、おっしゃるとおりにしておきますわ」

「トトーは弱いんだよな。すぐ酔うけど、そのくせつぶれはしないんだ。目が据わって、うかつにちょっかい出すと問答無用で叩きのめされるんだ。あいつが酒を飲んだらみんなあわてて剣を取り上げるよ。抜かれたら洒落にならないからな」

「まあ……お恥ずかしい」

「ティトも酒乱の一種だけど。きみはどんなふうに酔うのかな。やっぱり姉弟だから、酔い方も似てるのかな」

「やだ、わたしは暴れたりなんか……た、たぶん、しませんわ」

「あれ? なにか心当たりでもあった?」

「もう、イリス様ってば。意地悪をおっしゃらないでください」

 にやけ面でエリーシャに言い寄ってるイリスの肩に手をかけ、俺は無理やり割って入った。

「おい、なれなれしくすんじゃねえよ」

「デイル!」

 怒るエリーシャは後ろへ押しやり、俺はイリスをにらみつける。自分より背の高い相手ににらまれてもイリスはひるまない。おもしろそうな顔になって、少し皮肉げに口の端を吊り上げる。優男のくせに度胸だけは立派だな。ますます胸くそ悪くなってきて、俺はイリスの肩に置いた手に力をこめた。

「貴族の若様がなめた真似してんじゃねえよ。こいつにベタベタしてっと、痛い目見るぜ」

「へえ? どんなふうに?」

 ただの脅しと真に受けていないようだ。相変わらずヘラヘラ笑ってるイリスに、俺はさらに力を入れてやった。けっこう痛い――はずなんだけどな。イリスの表情はかわらない。それにこの手応え、なんか違うな。意外に筋肉質というか、やたらめったら硬ぇよ。なんだこいつ、見た目によらず鍛えてんのか。いや、騎士ならそりゃ鍛えるだろうけどよ――けど、こんな女顔のキラキラ王子がどんだけ強いんだって、そう思わねえか?

「くすぐったいな。痛い目ってのは、このくらいじゃないとだめだろう?」

 俺の手をイリスがつかみ、ひょいと自分から引き剥がした。俺はかなり力を入れていたってのに、あっさりひょいっと動かされちまったんだよ! 驚く暇もなく、つかまれた場所に痛みが走る。

「で――っ!」

 にこにこしながら、特に力を入れるようすもなくイリスは俺の手をギリギリと締めつける。痛い痛いいたい、なんだこの馬鹿力! に、握りつぶされるんじゃないかってくらい痛ぇよ!

「ででででで――こ、この……っ、だあぁーっ!」

 抵抗しようにも痛すぎてまともに動けねえ。たまらずに膝をつきそうになった時、イリスはぽいっと俺の手を放り出した。

「まあそういきり立つなよ。別にエリーシャに悪さをする気なんかないさ。単に親睦を深めているだけだよ。ねえ?」

 俺の目の前で甘ったるい顔をエリーシャに近寄せる。俺の中でぶちりと切れる音がした。

「てめえ、ふざけやがって!」

 もう我慢ならねえ。お上品になんかしてられるか。礼儀作法? くそくらえだ!

 俺はイリスに殴りかかった。本気で行った。これでも喧嘩にゃ慣れている。マッシュ家の跡取りってのは名前だけじゃねえ。けっしていつも手下どもにだけ任せているわけじゃないんだぜ。

 狙いを定めて渾身の一撃をイリスにお見舞いしてやる。ご自慢の顔にきついのを叩き込んでやる――つもり、だったのに。

 イリスは無造作に上げた手で俺の拳を受け止めた。顔はにこにこ笑ったまま、馬鹿みてえな力で俺を引き寄せる。

「あはははは、だめだよ、こんなとこでふざけちゃ」

 反対の腕を俺の首に回し、がっしりとつかまえる。はたからはふざけてじゃれ合っているように見えただろうが、俺はわけがわからず混乱していた。

 なんなんだこいつは。この細い身体のどこからこんな力が出てくるんだよ!? 俺がふりほどこうと必死に抵抗してるってのに、ものともしないで抑え込む。こんな、俺より背も低くて女みたいな顔した若様に、なんで手も足も出せねえんだよ!?

 笑いながらイリスは俺を引きずった。端の休憩所にお姫様が座ってて、そのそばには公王様や宰相がいる。俺たちのようすを見て苦笑していた。驚くようすもなく、みんなのんびり眺めている。

 彼らの前まで来て、イリスは俺の首に回した腕にさらに力を増した。息が詰まる。顔が熱くなる。

「君に言っておきたいことがあったんだ」

 妙にひやりとした声で、イリスは俺の耳元にささやいた。

「好きなを口説くのはかまわないよ。頑張れって応援してやるさ。けど、やり方は考えないとな。手下を使って強引にさらってくるなんて、それは犯罪だよ。たとえ親しい相手でも、そんなことはしちゃいけない。まして無関係な第三者まで巻き込んで被害を出すなんて、最低だ」

「なん……」

 こないだエリーシャを連れて来させた時のことを言っているのはわかる。だが、第三者の被害ってなんだ。あのちびっ子のことか? 俺は別にちびミカンになんぞ用はなかったぞ!

「君は自分の欲求を第一に押し出してないか? エリーシャに男が寄っていったら我が物顔で追い払おうとする。彼女は君の所有物じゃないんだぞ? そんなことされちゃ、迷惑だろうに」

「……っ、う、うるせ……っ」

「ティトにずいぶんいたぶられたみたいだけど、そもそも巻き込んだことを素直に謝罪していればそんなことにもならなかったんだ。言われるまで全然自分が悪いとも思ってなかったみたいだな。ティトだから文句言われるだけで済んだんだよ。僕なら殴ってるところだ」

 馬鹿言え、頭を踏まれたよ! あのちび、見かけによらずとんでもねえ女王気質だったぜ!

 言い返してやりたいが声が出ない。容赦なく絞め上げられて、窒息寸前だ。頭がガンガンしてくる。口から泡を吹くかと思った瞬間、ようやくイリスは俺から手を放した。

 俺はその場で咳き込んだ。へたり込みそうになるのをこらえるのが精一杯だった。やり返してやりたいが、力が出ねえ。ちくしょう、なんだってこんな……。

「あと、簡単にキレて手を出すのもいただけないな。場所をわきまえろよ。君は周りからどう見られても気にしないかもしれないが、同伴者のエリーシャや招待者のティトに恥をかかせることになるんだぞ。そのくらいの気遣いもできない男じゃ、好きな娘に振り向いてもらうなんて無理だろう。もっと自制しな」

 えらそうに講釈たれやがって。俺は顔を上げ、イリスをにらもうとした。そうしたら、思いがけず間近にやつの顔があった。青い瞳と至近距離でぶつかる。その奥に抜き身の刃物みたいな光があって、俺は言葉を失った。

 背筋に冷たいものが走る。くやしいが――認めたくはねえが、俺はこいつに気迫負けしていた。

 なんなんだよ、こいつは……。

「……二度目はないよ。いいね?」

 さらに顔を寄せて、イリスはささやく。

「今度またティトを巻き込むようなことがあったら……それこそ、痛い目を見てもらうよ」

「…………」

 ごくりと、無意識に唾を呑み込む。不意に身を引いて、イリスはまた元の軽そうな笑顔に戻った。

 うしろでため息が聞こえる。エリーシャが「馬鹿」と言った。

「イリス様のおっしゃるとおりよ。こんなとこで暴れるなんて――ましてイリス様相手に。本当に馬鹿ね」

「……んだよ、何が」

 振り向いた俺に、エリーシャは呆れきった顔を見せた。

「イリス様は飛竜隊長でいらっしゃるのよ。あんたなんか、逆立ちしたってかなう相手じゃないわよ」

「……はあ?」

 一瞬意味が理解できずに間抜けな声を出してしまった。飛竜隊長って――ええと、つまり竜騎士の、隊長で……。

「は……え!?」

 俺は猛然と振り返った。この、へらへら笑ってる、威厳のかけらもないようなやつが隊長だと? それも、竜騎士の? 嘘だろう!?

 竜騎士団の双璧って言われる両隊長の片割れがトトーなのは知っている。あいつが地竜隊長って、それも嘘みてえな話だと思っていたが。

 もう一人の隊長がこいつだと!?

「んな……マジかよ。こんな、俺より年下の……竜騎士団ってのは、餓鬼どもの集まりなのかよ」

 トトーといい、こいつといい、十代の餓鬼が隊長って、どういうこった。

「馬鹿!」

 エリーシャが俺の頭をはたいた。

「なにすんだ、馬鹿馬鹿言うなよ!」

「馬鹿だから馬鹿なのよ! 失礼なこと言うんじゃないの! イリス様はあんたより年上よ!」

「んなわけねえだろ、こいつのどこが」

「トーヴィルよりたしか八つくらい上――でしたよね?」

 最後はイリスに向かって確認する。俺たちの視線を受けて、イリスはうなずいた。

「ああ、二十五になったよ」

「にじゅうご!?」

 俺は……俺は、顎が落ちるのを止められなかった。

 マジかよ。これで、この顔で、俺より三つも年上なのかよ!?

「エリーシャ様、そこを責めるのはお気の毒ですわ。イリスはたしかに童顔ですもの。言われなければわかりませんわよ」

 お姫様が笑いながら口を挟む。イリスは肩をすくめた。公王様も笑っていた。

「そうだな、見ただけでは隊長だなどともわからぬし、そうきつく言うものではない」

「……失礼いたしました」

 恥ずかしそうにエリーシャが小さくなる。俺は……もう脱力して、なにも言う気になれなかった。

 竜騎士って、なんなんだよ。トトーもあんなちっこい身体でぼけっとした顔でやたらめったら強ぇが、あいつだけが特別じゃなかったのか。飛竜隊長までこんなのって、なんかそういう決まりでもあんのかよ。

「まあ、隊長でなくとも、騎士相手に一般人が太刀打ちできるものではあるまいて。二代目が無謀というより、イリスが卑怯と言うべきだな。無力な民相手に手を上げるとは、騎士としてあるまじきふるまいではないのか」

 宰相の言葉は、あいにく援護には思えなかった。つまり俺は弱っちいんだととどめをさされたわけだ。くそう、泣けてきそうだ。

 しかし真のとどめはイリスの返事だった。

「やだな、ちゃんと加減してましたよ。本気でやるわけないでしょう」

 ――ちくしょうううぅっ!!

 俺の、俺の心はズタズタだ。マッシュ家の跡取りが――その筋じゃ名を知られ、裏社会で恐れられる俺が――雑魚扱いかよぉっ。

 騎士がなんだ。竜騎士がどうした。こんちくしょうううぅっ!

「揃ってますな。トトーを見つけてきましたぞ」

 でかい声とともに、でかい騎士団長が戻ってきた。片手でトトーを引っ張り、もう片方にはちびミカンを抱いている。そうだよ、騎士ってのはこういうもんだろう。このくらい強そうな見た目だったら、俺だってもっとすんなり納得できるのに。

「やあ、お帰り」

「イリス、あなたも今までどこにいたのよ」

「すぐ近くで見ていたよ」

 イリスは、さっきとは別人みたいに優しい顔と声でちびミカンを迎えた。おいちび、だまされるな。そんな顔嘘っぱちだぞ。こいつの本性はけっこうえげつないって知ってるか。

「……で、なんでデイルはそんなに疲れた顔をしているの?」

 ちびミカンがこっちを見る。わけなんぞ、言えるか。

「……なんでもねえよ……」

 ため息まじりに答えれば、横からイリスが肩を叩いた。

「ちょっと友好を深めてたんだよね? きみもトトーも彼の知り合いなのに、僕だけ仲間外れな感じでさみしかったからさ、挨拶してたんだよ。ねえ?」

 わかる。俺にはわかる。王子な笑顔の中で目が言っている。よけいなことは言うなと――言わねえよ! 言わねえから、いつまでも脅すなよ!

 苦笑する周りを見回し、ちびミカンは不可解そうな顔をしている。トトーは聞かずともわかったようで、イリスを見て呆れた顔をしていた。

 その後のトトーと騎士団長の試合を見て、ますます俺は落ち込んだ。腕っぷしには自信があったのに……もう、粉々に吹き飛んだぜ。

「別に強さだけが男の魅力じゃないわよ。あんたに何より必要なのは強さよりも賢さよ。イリス様のおっしゃったこと、ちゃんとよく考えるのね。……まあ、今夜は付き合ってくれてありがとう。そこには感謝してるわ」

 最後にエリーシャの言ってくれた言葉だけが救いで――けど、賢さってなんだよ。

 みんな俺を馬鹿馬鹿言いやがるけど、俺は商売もちゃんと成功させてるぞ。どこが馬鹿だってんだ。

 その夜、俺はトトーをつかまえて話し込んだ。餓鬼の頃からの付き合いだから、いちばん気心が知れている。俺の何がいけないのか、何が足りないってのか、酒も入って愚痴っぽくなった俺に、トトーは根気よく付き合ってくれた。相変わらずぼけっとした顔をしつつも、言うことはけっこう辛辣だったが。

 押してばかりじゃなく、見守る姿勢も持てってか。見守ってるぜ、お前らと出会ったあの日からよ。貴族暮らしから下町の暮らしに落とされて、それでも懸命に意地を張ってたエリーシャを俺が守ってやるって決めたんだ。いつか、こいつに贅沢な暮らしを取り戻させてやるって、そう決めて親父に仕事を教えてくれって頼んでよ。

 でも金だけじゃ足りないのか。ったく、女ってのは面倒だぜ。けど好きだ。エリーシャしか俺には見えねえ。いつか必ず振り向かせてみせるからな。

 イリスと騎士団長が寄ってきてごちゃごちゃ口を挟みやがる。うるせえよ、野郎なんぞお呼びじゃねえっての。

 あっちじゃ公王様とお姫様が、なんかいい雰囲気じゃねえか。ああくそう、うらやましい。

 公王様の求婚で盛り上がった雰囲気にまぎれてエリーシャの肩を抱こうとしたものの、やっぱり肘鉄をくらっちまった。うう、負けねえ。俺は絶対あきらめねえ。

 王子じゃねえけど、騎士でもねえけど、エリーシャへの愛だけは誰にも負けねえぜ!

 何度突き放されても、何度でも言ってやる。

「エリーシャ、愛してるぅっ!」




                    ***** その時、彼は・終 *****


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ