結婚報告は宣戦布告 《9》
「この際はっきりさせておくべきだと思うんだけど」
レイシュとイリスが落ち着いたのを見計らって、私は切り出した。立っているとやはりしんどいので、寝台に戻って腰かける。他の人にも適当に座るようお願いした。マーゴさんだけは立ったまま、他の使用人が立ち聞きとかしないよう戸口に控えてくれた。
「イリスは後継問題について、どう考えているの? 絶対じゃないけど、やっぱり一般的には長男が跡を継ぐものなんでしょう? そこのところについて、家族と話し合ったことはなかったわけ?」
私の隣に座ったイリスは、みんなから注目されてくしゃりと髪をかきまわした。
「竜騎士試験のために王都へ行く時、父上とは話したよ。いちおう、了承は得ているんだけど……僕としては、家を継ぐ気はない」
「兄上!」
レイシュが怒りというより泣きそうな声を上げる。イリスはそちらへは目を向けなかった。
「父上は、試験に落ちたらあきらめて帰ってこいと言われた。合格したなら帰らなくていいということだ。だから、あの時に問題は片づいたと思っている」
「一人で片付けた気分になってただけじゃない? この状況を見ると、とても話がついているようには思えないわ」
「相続に関して、弟たちの意見なんて必要ない。それは家長が決めることだ。父上の許可さえ出ているなら、他の者に文句を言う権利はないんだ」
まだ怒っているのか、イリスの声は厳しい。普段ならこんな冷たい言い方はしないのに。必要ないとか権利がないとか、家族なのにそんなことを言われたのではかわいそうだ。ちらりとレイシュを見ると、切れそうなほどに唇をかんでいる。近くに座ったニノイとルーフィが、そんな彼を気づかわしげに見ていた。
「私が口を出す筋合いじゃないと思っていたし、まだ部外者なんだからあまりあれこれ言うのはよくないと思うんだけどね……もう一度、家族全員でちゃんと話し合う必要があると思うわよ」
「必要ない。いずれイシュと別れる時が来ても、僕は騎士をやめる気はないんだ。エンエンナに残ってハルト様を支えていくつもりだ。ウルワットのことは愛しているし、領民たちも大事だと思っているよ。でも領主としてではなく、別の形でもっと広く守る力になりたい。……弟たちがいなければ、こんなことは考えられなかったけれど、幸いにして僕でなきゃいけないということはないんだ。地元のことは弟たちにまかせて、僕は国の守りとして働きたい」
普段はいい加減なイリスがこうまではっきり宣言するということは、もうずっと考えてきたことなのだろうな。この決意を翻させるのは難しそうだ。私はレイシュを見た。
「レイシュ、あなたがイリスに家を継いでほしいと願ういちばんの理由は何?」
いぶかしげに眉を寄せてレイシュが私を見る。もうそろそろ、遠慮なしでいかせてもらうよ。義理とはいえ家族になる予定なんだし、こんな状況でいつまでも他人行儀にしていられないからね。腹を割って話し合おうじゃないか。
「長男だからっていうのはなしね。そんな固定観念の話ではなく、彼のこういう面が領主に向いている、こういう能力を活かしてほしいとか、そういう理由を聞かせて」
「こういうも何も、兄上は……」
言い返しかけて少し言葉につまり、彼は続けた。
「兄上は、とても頼りになる人です……皆兄上を慕っている。安心してついていくことができる。それでは理由になりませんか? 領主として、大事な資質でしょう」
そうだね。でもそれだけだと、ちょっと弱いな。
「じゃあ他の人にも聞きましょうか。ニノイ、あなたは?」
「え、俺っ?」
いきなり話を振られて、ニノイがあわてて背筋を伸ばした。
「いや……えーと……そりゃ、大兄が領主になっても全然問題ないっていうか、帰ってきてくれたらうれしいけどさ……」
はっきりしない意見だ。何か言えずにためらっている。
「ルーフィは?」
「あ……うん、そうだね……俺も、大兄が領主で問題ないと思う。今すぐってわけじゃないんだし、父上からちゃんと引き継ぎして、レイ兄や俺たちで補佐すれば、いい領主になってくれると思うよ」
ふーん……なるほど。
「ソフィア様にもおうかがいしていいですか?」
「ええ」
彼らを昔からよく知る人に尋ねると、きりりとした笑顔が返ってきた。
「わたしは、イリスでなくていいと思います」
きっぱりと言われた言葉に、弟組の驚いた視線が集まった。
「やれと言われればやるでしょうけどね、正直この人は領主向きじゃありません。いつだって真っ先に飛び出して、人を動かすより自分で動いてしまう人ですから。軍の幹部として働くにしても、そこはもう少し改善した方がいいと思うけど?」
皮肉なまなざしをちらりとイリスにくれて、彼女は続ける。
「領主は領内のことを把握して、あれこれ細かく目を配らなければなりません。こんな大雑把で適当な人には向いていませんわ」
ものすごく同感だ。じゃあ軍人は大雑把でいいのかって、そういう話でもないけどね。
「それに何より、これだけ強く決意して家を出たんです。いまさら、すべて捨てて帰ってこいなんて言えません」
びしばしきついことを言った割に、最後はずいぶん優しい顔だった。ほんの少し、さみしそうなあきらめも含まれているように感じた。
「何を勝手に! 家を捨てるのはわがままでないとでも!?」
憤然とレイシュが抗議してきても、ソフィアさんは表情を変えなかった。
「わがままはあなたよ。なんだかんだ言って、自分のそばにいてほしいだけでしょう。誰よりもいちばんイリスを頼みにして慕っているのはあなただわ。それを基準に話すからだめなのよ。領民たちはそれほどイリスに期待していないわよ」
おおう。ものすごくきっぱり言われたな。さすがにイリスもちょっぴり微妙な顔だ。
「十年も前に飛び出して、それきりたまにしか帰ってこなくなった男なんて、次代の領主として見る存在じゃないわ。いたら頼りになるけど、いなくても別にやっていける。その程度よ」
はっはっは、言われてやんの。口元が緩むのを抑えきれず、にやりと笑いながら見てやれば、イリスは肩をすくめた。
「領民たちにしてみれば、おじ様を手伝ってずっと自分たちの目の前で働いているあなたの方が立派な後継者でしょうね。ある日突然イリスが帰ってきて跡を継ぐと言われても、きっと困惑するわよ」
「私は……っ」
私は内心でうなずいた。そうなんだよね、客観的に見て、周りはそれほどイリスを求めていないと思うんだよね。
ニノイとルーフィの言葉も、積極的にイリスを望むものではなかった。イリスでもいい、という程度の意見だ。もっとはっきり言ってしまえば、彼らも本音のところではイリスよりレイシュに継いでもらいたいのだろう。
領主と領民の関係は日本生まれの私には理解できないから、違う見解があるかもしれないと思った。でもやはり間違っていなかったようだ。誰だって、たまにしか顔を見せない相手より、毎日自分たちのために働いてくれている人の方を支持するだろう。
「兄上だって、帰ってきてここで働くようになれば、皆ちゃんと認めます! 兄上こそが領主にふさわしいのだと、領民たちにもわかるはずです!」
「でもそれまでの間も、あなたが着実に実績を増していくでしょう。この差は、そうそうひっくり返せないと思うわよ。イリス自身にひっくり返す気もないし」
口を挟んだ私を、レイシュがきっとにらむ。言い返される前に私は続けた。
「だからって、仕事を放り出してもう何もしないなんて言わないでね。そんなことをしたって何の解決にもならないわ」
「わかったような口を……っ」
「まあ最終的な結論は、あらためて家族会議をして、ちゃんと全員が納得するまで話し合ってくださいな。イリスもね、それだけちゃんと考えていたなら、どうして今までに話しておかなかったの。レイシュがあなたを領主にと望んでいることはわかってたんでしょう? 決定権はお父様にあるのだとしても、誠意を尽くして話し合うべきだったんじゃないの」
ちょっと無責任だよととがめると、イリスは息を吐いた。
「十年前、家を出る時に、あとのことはお前にまかせると言ったんだけどな」
「……あなたのことだから、本当にそれだけしか言わなかったんでしょうね。言葉が足りなさすぎるわよ。そんな一言で納得できると思ったの?」
「…………」
自分でも感じていたのか、イリスは気まずげに視線をさまよわせた。ようやくレイシュを見て、もう一度息を吐く。
「……たしかに、悪かった。あの頃は竜騎士になることしか考えられなくて、ちょっと浮かれていたんだ。代替わりなんてまだずっと先の話だと思っていたし、話し合うって考えが出てこなかった。あとになってまずかったとわかったけど……今度は逆に言いづらくなってな。ずっと離れていれば、お前も大人になれば、そのうち考えも変わるんじゃないかと思っていたんだ」
でもレイシュは十年間、ずっとイリスを待ち続けていた。多分イリスの考えは薄々わかっていたのだろうけれど、説得すれば帰ってきてくれるんじゃないかと期待していたんだろうな。
イリスを見るレイシュの顔は、とても悲しそうだった。どうしてわかってくれないのか、どうしてお願いを聞いてくれないのか――見た目は彼の方が年上に見えるのに、その顔はやはり弟のものだった。
兄に甘え、わがままを言う弟。何も特別なものではない。どこの家でも見かける光景だろう。家督とか領地とか、ちょっと特殊な環境が含まれるからややこしく見えるだけで。
とことんまで話し合えば解決すると思うんだよね。基本的に仲のいい兄弟なんだから、ちゃんと理解し合えるはずだ。
ずっと起きているのがつらくなってきた。動いたせいで少し熱が上がったかもしれない。言う前にイリスが気付いて、私の額に手を当てた。
「まだ熱があるな。もう寝てろ」
「うん」
言われるまま布団に戻れば、それをきっかけにみんなが席を立った。いちばん最後に立ち上がったレイシュを、双子がそっとうながして出ていく。ソフィアさんとマーゴさんも出ていき、最後にイリスが残った。
「悪かったな、まだ具合が悪いのに騒いで」
優しい手が頭をなでてくれる。とても安心できるぬくもりにほっと息をつく。きっとレイシュも、この手を忘れられずに待っていたのだろうな。
「イリス、まだレイシュのこと怒ってる?」
「……ちゃんと君に謝れば、許す」
答えるイリスの顔には、もうさっきのような怒りは浮かんでいなかった。話をしたことで、彼も頭が冷えたのだろう。
「そうねえ……あれについては私からも言いたいことがあるんだけど、さっきはそんな話ができる雰囲気じゃなかったからね。あとでもう一度話せるといいんだけど」
「もう少し落ち着いたら、謝りに来させるよ」
「うん」
額にキスをもらったあと、もうひとつアドバイスをする。
「イリスはまず外へ行って、庭師さんに会ってきたら」
「は?」
「今日もお仕事してらっしゃるかしら……畑の方に行ってみるのもいいわね」
「畑って、あれか? 母上の? なんで……」
わかっていない顔に、呆れてちょっと笑ってしまう。帰ってきてからもう何日も経つのに、まだ気付いていないのか。
「いいから行ってきて。見つからなければ、多分もうお部屋に戻ってらっしゃるんでしょうよ」
「……?」
首をひねるイリスを急かして追い出す。たくさんしゃべったから疲れた。このようすだと熱ももう少し上がりそうだ。
静かになった部屋で目を閉じる。結局もう一日寝て過ごすことになり、私が床を離れられたのは翌日になってからだった。
汗をかいた身体をお風呂できれいにし、マーゴさんに手伝ってもらって身なりを整えた私は、少しの緊張とともに領主一家のリビングに来ていた。
リビングといっても日本のお茶の間とはまったく違う、広々とした立派な部屋だ。でも派手さはなく、あたたかな雰囲気がある。よく見ると柱やソファの脚にいくつも傷があった。それらはやんちゃな兄弟が、幼い頃につけたものだそうだ。
家族の歴史を刻んだ部屋に、今日は当主夫妻が顔を揃えていた。
上品で優しそうな鳶色の髪の男性と、イリスによく似た銀髪の女性。兄弟の両親は本来の姿に戻って、私を迎えてくれた。
「出かけたってのが嘘だったなんて……」
苦い顔をしているのはイリスだけだ。ソフィアさんも含めて、みんな知っていたらしい。もちろん私も、とうに気付いていた。ハルト様の結婚式で一度は会っているものね。いくら身なりを変えていても、間近で顔を見ればすぐにわかったよ。
庭で会った時何も言わずに普通に話して終わったから、気付いていないのかと思ったと、お父さんのジュール卿は苦笑していた。フルル夫人の方はわかっていたみたいで、私に教えられるまで気付かなかったイリスに呆れていた。
「何度も近くを通ったのに、少しも気付かないのだから。薄情な息子だこと。三年帰らないうちに親の顔も忘れたのかしらね」
「わざと気付かせないようにしていたくせに、言いますか? なんだってこんな悪趣味な真似をしたんです」
「まあ、悪趣味だなんて」
「違いますか? こそこそ隠れて物陰からチトセを観察するなんて、今から嫁いびりですか」
「失礼なことを言うんじゃありません」
扇でびしりと肘掛けを叩いてイリスを黙らせ、フルル夫人は私に微笑んだ。
「ごめんなさいね、けっしてイリスの言うような目的ではありませんよ。あなたには、まず息子たちと対決してもらわなくてはなりませんでしたから。わたくし達がいると、なかなか踏み込んだ話ができそうにないでしょう?」
実はちょっと私も同じようなことを考えていました、なんてとても言えないので、微笑みを返してごまかした。言い訳ではなく、本当に夫妻の目的は別だったようだ。
親から見てもいちばんの障害は弟ズ――というか、レイシュだったらしい。そこであえてぶつけることを考え、しばらく隠れてようすを見るから対応はまかせると言って、使用人たちの中にまぎれ込んだそうだ。さすがイリスの両親と言うべきか、見た目に反してやることがかっ飛んでいる。また周りもそれを普通に受け入れているのだから、なるほどこういう環境で育つとこんな見た目詐欺ができあがるのかと、イリスを見つつ妙な納得をしてしまった。
真意を知らされないまま代理をまかされたレイシュは、両親も私に対して思うところがあるのだと解釈した。それでけっこう言いたい放題だったわけだね。そうなることまで見越してやったのなら、親ってこわい。ジュール卿と夫人のどっちが考えたのだろう。
「そんなことを言うってことは、父上と母上は僕らの結婚に反対ではないんですね?」
拗ねた顔をしながらもイリスが確認すると、夫妻は顔を見合わせ、ジュール卿が答えた。
「陛下がお認めになった話だ。我々が反対する理由はない」
「もしハルト様の後押しがなかったら?」
「ちゃんとあなたの手綱を握れているようですから、問題はありません。でも、そうね、せっかくですからひとつだけ聞かせていただきましょうか」
フルル夫人の視線がふたたび私に向かう。微笑んでいるのに妙な迫力を感じて、私は思わず背筋を伸ばした。
「結婚すれば、あなたは一家の主婦となります。その勤めは、正しく理解していますか? 家の中だけをきちんとしていればいいというものではありませんよ。親族や他家の方々との付き合いもしていかなくてはなりません。使用人の監督もです。夫を支え、時にはあなたが前に立つことも必要になります。子供ができれば責任と仕事はさらに増えますよ。さまざまな付き合いをこなし、問題を解決し、先々のことも見据えて計画的に暮らさねばなりません。これまでのように親や後見人に頼るのではなく、すべてを自分たちの力で解決していくのです。それらができて、初めて一人前の大人です。そうした覚悟を持った上で、結婚に臨もうと考えていますか?」
思ってもみなかった方向から問いかけられて、私はすぐには反応できなかった。ずっと生まれ育ちの違いばかりを気にしていたけれど、フルル夫人が言ったのはまったく別の問題だった。
理解できないわけじゃない。ごもっともと言うしかない。母も祖母も、そうやって家と家族を守っていた。私はずっと子供の立場で面倒なことは親にまかせるばかりだったし、今でも人づきあいは苦手で極力避けたいと思っている。でも妻となりいずれ母親となるなら、そんな甘えたことは言っていられないんだ。
……大人になるって、働くことだけじゃないんだね。社会へ出て仕事をすれば大人だと、無意識に決め付けていた。でもそれだけじゃない。もっと広い意味で社会と関わっていかなくてはいけない。仕事も家のことも、いろんな責任をきちんと果たさなきゃいけないんだね。
覚悟しているのかと問われて、すんなりうなずくことはできなかった。指摘されるまで気付かなかった私に、うなずけるはずがない。
わかっていたけど、私、まだまだちっとも大人になれていない。
「そういう追い詰めるようなこと言わないでくださいよ。なかなかいい返事がもらえなくて苦労したんですよ。やっとここまで進展できたのに、また先延ばしにされたらどうするんですか」
「どうもしませんよ。困っているのはあなただけでしょう」
イリスの抗議を、フルル夫人は軽く一蹴した。
「同じことをあなたにも聞きましょうか? あなたもどこまで真面目に考えているのか、はなはだ不安ですからね。どうせいい加減に考えているのでしょう」
「そんなことは……」
「現実を突きつけられたとたん尻込みして逃げようとするのでは、話になりません。それなら結婚なんてするべきではありません。わたくしがあなたたちに求めるのは、自分と家族の人生に責任を持ち、努力すること。それだけです」
ふと胸を衝かれて、いつしかうつむいていた顔を上げた。落ち着いて聞けば、厳しいようでもフルル夫人の言葉は私を否定や拒絶するものではない。だめだと決め付けられてなんかいないじゃないか。むしろ期待されているんじゃないの? 浮かれていないで足元を見なさい、しっかりしなさいと、喝を入れられているように感じた。
……なにも、特別なことじゃないよね。親から受ける注意として、ごく普通のものじゃないだろうか。
いつまでも気ままな子供ではいられない。いろんなことに責任を持って、やりたくないこともやって、自分で自分の生活を支えていかなければならない。それは日本で暮らそうとこの世界で暮らそうと、なにも変わらない話だ。あの世界でいつか結婚することになっていたら、同じ話を母たちから聞かされていたのだろう。
私はそっと深呼吸して、気持ちを落ち着けた。頭を整理して言うべきことをまとめ、口を開く。
「……今はまだ、立派なことは言えません。故郷では家族に甘えるばかりでしたし、今でも目先のことに気を取られがちです。とうてい一人前とは言えません……でも、頑張ります。両親が私を育ててくれたように、ハルト様が守ってくれたように、私も家族を守っていけるよう頑張ります」
大丈夫、きっとそんなに身構えなくていい。誰もが同じ道を通り、大人になっていくのだから。私だって頑張ればできるはず。
子供のことだって今から悩まなくてもいいだろう。苦手に思っていたのは、接する機会がほとんどなかったからだ。ティムルたちと接していたら、案外やっていけそうな気がした。可愛いと、守ろうと自然に思えた。
「ご指導をお願いできませんか? 頑張ろうとは思いますけど、するべきことを私はろくに知りません。教えてくださる人が必要です。それは甘えではありませんよね? 人生の先達に助言をいただき、参考にして、自分のするべきことをする……多分、みんなそうやって経験を重ねながら、一人前になっていくんじゃないでしょうか」
はじめから完璧にできる人なんていないよね。結婚したばかりの若い夫婦は、まだまだ親に頼る部分が大きいだろう。いろいろ教えてもらいながら、自分たちで頑張ることを覚えていくのだと思う。
私の言葉に、フルル夫人は笑みを深くした。返されるうなずきに、私は自分の出した答が間違っていなかったと知った。
「陛下からお聞きしていたとおり、真面目な人だこと。これなら心配しなくてよさそうですね?」
夫人は隣のジュール卿に顔を向けた。卿は少し呆れたように眉を上げた。
「私はもともと心配などしていない。そんなに気にしなくても、いざ生活を始めればどうにかやっていくものだと言っただろう。あなたが心配性なだけだ」
「まあ、わたくし一人のせいにして。しかたないじゃありませんか。イリスは細かいことなど考えていないに決まっています。報告の手紙もあきれるほど浮かれた内容で、あれで不安になるなというのが無理ですよ」
どうやら原因はイリスにあったらしい。私は隣をちろりと見やる。イリスは目を合わせてくれなかった。
「イリスは遠くや広い範囲は見えても、足元を見落としがちです。何かに入れ込むと勢いだけで進んでしまうところがありますから、あなたがしっかりとそばで制御してくださいね」
「母上……」
情けないイリスの声に、ちょっと笑ってしまう。
「逆に私は狭い範囲にとらわれがちですし、思いきって踏み出すのが苦手なたちですから、ちょうどいいんだと思います」
割れ鍋に綴じ蓋、なんて言葉もあるけどね。
お互いに苦手なところをフォローし合って、力を合わせて、新しい家庭を築いていこう。それが、人生のパートナーだよね。
「わからないことがあれば、何なりとお聞きなさい。教えるのが親の役目です。イリスのこと、よろしくお願いしますね」
うなずきと心強い言葉が返ってくる。こうして私は、三組目の両親を手に入れたのだった。




