濡れし君 ※カーメルルート前提
以前書いた番外編です。本編整理時に下げたまま忘れていました。
一部お色気ありですが、Rがつくほどではありません。
現代日本に比べ不便なことばかりのこの世界に来て、私が唯一元の暮らしよりありがたく感じているのがお風呂である。
エナ=オラーナは温泉の街。エンエンナ宮殿のお風呂は、温泉のお湯を引いてきている。大きな浴槽で手足を伸ばし、肩までつかってゆったりリラックス。これを毎日楽しめる。
もちろん家でも毎日お風呂に入っていたけどね。でも一坪タイプの標準的家風呂で、そんなにのびのびできるほど大きくはなかった。家族が多いからあまりゆっくり入っていると急かされるし。
それにひきかえ、宮殿のお風呂は広いしいつでも貸し切り状態だ。大浴場というほどではないけれど、家風呂よりはよっぽど広い。しかもお湯は温泉。美肌効果があることは間違いない。最近お肌の調子がすこぶるよい。
女官たちは別のお風呂を使うらしく、こっちのお風呂は私とハルト様の専用だ。ハルト様はお仕事もあって入浴時間が遅めだから、私は毎日独占状態を満喫していた。宮殿内でいちばんお気に入りの場所はと聞かれれば、迷わずお風呂と答えるだろう。
なんて素敵な私のお風呂ライフ。でもある日、ふと考えた。
元が温泉のお湯だというなら、どこかに露天風呂はないものかと。
ハルト様に聞いたら、
「ないことはないが、外で湯に入るなど女性のすることではない。よしなさい」
と、難しいお顔で説教されてしまった。なんでいけないんだ。露天風呂は旅行プランの定番なのに。ああ、湯けむり温泉旅情! 殺人事件抜きで!
でもあることはあるんだな。確信を得て、私はますます露天風呂への憧れをつのらせた。日本にいた頃だって数えるほどしか入ったことがないのだ。こんな温泉の本場に暮らしていながら、露天風呂を楽しまないなんて話があるだろうか。
ハルト様が教えてくれないなら、他の人に聞くまでである。
私は周りの人に聞き込みを開始した。噂好きな女官ミセナさんをつかまえ、いちばん近い露天風呂はどこかと聞いてみる。
「露天風呂って、外のお湯ですか? 三の宮近くにそういうものがあるとは聞いていますけど、くわしい場所までは……そういえば、リヴェロ公様がこちらへいらっしゃる時は、いつも秘密のお湯を楽しまれているとお聞きしたことがありますね。リヴェロ公様がご存じなのでは?」
ふむ、カームさんか。
ちょうど今、かの貴人はこの宮殿に滞在している。さっそく私は三の宮の離宮へ連絡し、カームさんと会う約束をとりつけた。
「そちらから会いにきてくださるとはうれしいこと。せっかくだから一緒に遊びに行きましょうか……と、言いたいところですが、残念なことに今日はそこまでの時間がなくてね。そちらも、遊びに来たという雰囲気ではないようですね」
私を迎え入れたカームさんは、何も言わないうちからこちらの気配を察して言った。通された応接間のソファで向かい合い、私はさっそく質問する。
「お忙しい時にお邪魔して申しわけありません。ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「なんでしょうか」
「カームさん、秘湯の場所をご存じですか?」
「秘湯……?」
白く美しいかんばせが、目の前で思案する。頬に長い指を当てて首をかしげる。そんな姿も実に絵になる人だ。
「秘密の露天風呂を楽しまれていらっしゃると聞いたのですが、本当の話なんでしょうか」
「露天……ああ、あれのことですか」
おっ、手応えあり。私は身を乗り出した。
「あるんですね? それって、どこなんですか」
カームさんは形のよい眉を上げて、少しおかしそうな顔になった。
「どうしたのです? 君がそのように積極的になるとは珍しいこと」
「別に珍しくはありませんよ。興味のあることには積極的にもなります」
「そう……そうですね。対人関係に消極的なだけですね」
う、さらっと意地悪なことを言うなあ。
くすりと息を漏らしてカームさんは笑う。この人はよくこうして、私の反応を楽しんでいる。
「場所を聞いてどうするのです? まさか君が入りに行くというのではないでしょうね」
「だめなんですか? 一般人利用禁止とか?」
「さて。それはこの宮殿の決まりでしょうからわたくしの知るところではありませんが、少なくとも聞いたことはありませんね」
「じゃあ……」
期待に満ちる私に、カームさんは首を振った。
「ですが、人目をさえぎるものなどない、まったくの屋外です。慎みある女性が入るような湯ではありませんよ」
「……ご自分は入ってらっしゃるくせに」
むくれると、笑われる。
「わたくしは、男ですよ」
言われるまでもないけど、でも王様じゃないか。それになまじな女よりよっぽどきれいで色っぽい。私の入浴シーンなんて、しずかちゃん程度の色気しかないだろう。
「下手に教えると行ってしまいそうですからね。君には内緒にしておきましょう。それとも、一緒に入りますか? それならば連れて行ってあげますよ」
カームさんと一緒にか。つまり混浴ってわけだよね。うーん……。
「行けるお時間あります?」
真面目に聞き返すと、カームさんは今度こそ本当に驚いた顔になった。
「冗談のつもりだったのですが……意外に大胆ですね」
女性が露天風呂に入るのははしたないと考えられるなら、多分混浴なんてものも認められないのだろうな。私も他の男が相手なら、とうていそんなことはできない。でも相手はカームさん。あまり性別を意識することのない人だ。だからって、さすがにオールヌードを見せ合う気はないけれど、ちょっと離れてタオルか何かで身体を隠してなら一緒に入ってもいいと思うのだ。
「だめですか?」
お願い、と目に力を入れて訴えると、カームさんは悩むそぶりを見せた。
「とても魅惑的なお誘いですが……ハルト殿が怖いですね。理性に自信も持てませんし」
いかにも付け足しの後半は無視する。
「ハルト様には内緒で」
カームさんは苦笑した。
「およしなさい。君がわかって言っているなら喜んで誘いに乗るところですが、そのようすだと何もわかってはいない。そこに付け入るほどわたくしも悪人にはなれませんよ。外の湯は、ハルト殿の許可を得てからになさい」
なんだかんだ言って、結局教えてくれる気はないらしい。あまりしつこく食い下がるとハルト様に告げ口されてしまいそうなので、私はあきらめたふりをしてその場は引き下がった。
もちろん本気であきらめるつもりはない。たしかにね、ちゃんと男湯女湯に分かれていない露天風呂なんて、気軽に入れるものではない。でもそんなの、工夫をすればいいことだ。私はさらにあちこち聞き回って、とうとう目的の場所をつき止めた。
それは、三の宮から少し山に入った場所だった。獣道に近い細い道をたどり、岩場を下れば現れる。窪地に自然にできたらしい、小さな温泉だった。
白っぽい薄緑に濁ったお湯から、湯気がほやほやと立ちのぼっている。私は大喜びでお湯のそばまで下りた。
そっと指先を浸してみれば、少しぬるめのお湯だ。冬に入るには寒いかもしれないが、今はまだ暖かい季節なので問題ない。むしろこの程度の方がゆっくりつかれていいだろう。
大きな岩の陰で服を脱ぎ、そろりとお湯に足を入れる。濁っていて深さがわかないので、慎重に足元をさぐりながら身体を浸した。
ああー……いい気持ちー……。
ひんやりした朝の空気の中、お風呂を堪能するなんてこのうえない贅沢だ。私はうっとりと目を閉じた。
山の中の、囲いも何もないただの水たまり。ほとんど整備されていないようで、お尻の下もごつごつとむき出しの岩肌だ。そんな場所で裸になっているというのはちょっと緊張するけれど、でもこの心地よさはたまらない。やっぱり来てよかった。
ハルト様には当然内緒である。他の誰にも言っていない。偶然人目につくことのないように、夜明け直後の早朝を狙った。周囲にはまだ朝靄が立ち込め、早起きの小鳥くらいしか気配はない。
小一時間ほどで切り上げれば、朝ご飯までに余裕で一の宮へ帰れる。抜け出したことに気付かれていても、ちょっと散歩していましたでごまかせるだろう。髪はちゃんとお団子にまとめて濡らさないようにしているし、知らん顔していれば気付かれまい。
お湯はまろやかな感触だった。肌をなでれば、なんだかきれいになれそうな気がする。刺激的な臭いはなく、楽しんで入れるお湯だった。
あー、極楽極楽……。
温かさに身を浸していると、緊張もほぐれてくる。岩に頭をもたれて目を閉じていると、早起きしたせいでちょっと眠気が襲ってきた。いかんいかん、お風呂で寝るのは危険だ。でもこの快楽がたまらない……。
とろとろと眠りに落ちかけていた意識が、物音にはっと引き戻された。おっと危ない、うっかりお風呂で溺れるところだった。
姿勢を戻した私だったが、次の瞬間ぎくりと身をすくませた。
物音が近づいてくる。さきほど目を覚ましたものは、自然の音ではなかったらしい。これは……人の足音? 誰かが、こちらへ近づいてくる。
えええええ。誰だよこんな早朝に! もっと遅い時間に来ればいいじゃないか!
私はあわてて音を立てたりしないように、そろりと大岩の陰へ移動した。そこにタオルと服を置いてある。まずはタオルを手にし、岩に身を寄せて隠れながら近づいてくる気配に耳を澄ませた。
そっと道の方を覗いていると、やがて人の姿が現れる。
湯気と靄に邪魔されてよく見えないけれど、背の高い細身の人影は……もしや、カームさん?
聞こえてくるひそかな話し声は、たしかにカームさんとシラギさんの声だった。
なんだ、カームさんか……。
少しほっとした。知らない人が来たらどうしようと思った。ああよかった。
しかしカームさんも、なんだってこんな早朝に。ゆっくり寝坊しそうなイメージがあったのに、意外と健康的だな。
お湯のそばまで下りてきたカームさんは、シラギさんに手伝わせながら服を脱ぎ始めた。私は岩陰に身を戻した。覗きなんてまるで痴女じゃないか。相手が相手だからしゃれにならない。
背後で水音がする。どうやらカームさんが入ってきたらしい。うん、お湯に入ってくれたら安心だ。この濁り湯ならば、下半身が見えることはない。
「誰です?」
声をかけるより先に、向こうが気配に気付いた。硬い声だった。曲者だと思われただろうか。護衛に襲われたら困る。私は素直に返事した。
「私です」
「……チトセ?」
声だけで向こうもすぐわかってくれた。私は岩から顔を出した。
「おはようございます」
「……おはよう」
私の姿を確認し、カームさんは緊張を解いた。
「まったく、君には本当に驚かされますね」
「こちらも驚きました。でも来たのがカームさんでよかったです」
「…………」
カームさんは息をつき、シラギさんたちに手を振って合図した。彼らは心得て、一礼すると道を戻って行った。
「いけない子。あれほど言ったのに」
お湯の中に座り直し、カームさんは非難の言葉を向けてきた。背が高いから胸から上が外に出ている。彼は手でお湯をすくって胸や肩にかけた。
「ひとりでここまで来たのですか」
「ええ」
「危ないことを。何かあったらどうするのです」
んー? やけにお説教モードだな。
「宮殿のすぐそばなんだし、滅多なことはないと思いますけど。これが人里離れた秘湯中の秘湯とかなら、私もためらいますけどね」
そういえば、そんな場所で事件が起きたっけ。私だって何も考えていないわけではない。危ない場所なら近づかない。
でもここは宮殿の目と鼻の先だ。おかしな人間が入り込むこともないだろう。だからカームさんだって来たのだろうし。
「認識が甘すぎますね。どこであろうと、人目につかない場所というのは危険なものです。あまり油断するのではありません」
いつになく厳しい声でカームさんは言う。
「悪意を持って入り込んだ不審者でなくとも、出来心を起こすことはあるのですから」
「だからこの時間を選んだんですけど」
「何の意味もありませんね。現にわたくしが来たではありませんか」
ぴしゃりと言い返されて、私は反論に窮した。
うーん……たしかに、失敗だったかなあ。早朝なら誰も来るまいというのは、甘い思い込みだったか。まあね、カームさんの言う方が正しいとはわかっている。でも一緒に行こうと言ったのに断ったのはそっちじゃないか。
付き合ってもらえないなら、一人で来るしかない。
「まだわかっていないようですね」
「いえ……認識の甘さは反省しました。でも本当に、出くわしたのがカームさんでよかったです。他の人ならさすがにあせってましたね」
なるべく明るく言ったのに、笑顔は返ってこなかった。
「どういう意味でしょう。わたくしならば気にしないと?」
不機嫌そうな声だ。うーん、まだ能天気に思われたかな。
「知り合いだし……」
「わたくしは男だと、言いましたよ」
「もちろんわかってます」
言われるまでもない。中性的な人とはいってもそれは雰囲気の話で、外見はちゃんと男性だ。オカマだなんて思っていないぞ。言葉づかいがちょっぴりオネエっぽいけどね。
「でもカームさんって、女性よりもきれいで優雅で、男臭いところなんて全然ないですから。そういう意味では、最初から苦手意識はありませんでした」
私としては最大限の賛辞を述べたつもりなのに、カームさんはため息をついただけだった。
どうも、今日はご機嫌がよろしくないようだ。これは退散した方がいいかな。
私は岩陰に戻り、もう一度タオルを取ろうとした。すると背後で水音がした。振り向けば、カームさんが驚くほど近くへ来ていた。
さすがに二メートルと離れない至近距離まで近づかれると、私もどぎまぎする。この距離だと湯気もあまり邪魔をせず、互いの姿がはっきり見える。濡れたうなじが色っぽかった。普段から色気ダダ漏れな人だけど、あれでも抑えられているのだと知った。なにこのなめらかなお肌。武術をする人ではないから特別筋肉質ではないけれど、思っていたほど貧弱な体格でもなかった。ちゃんと、必要な肉はついている。あばらが浮いているようなことはない。といってもちろん贅肉もない。
それはさながら、彫刻家が丹精込めて彫った美の結晶だ。
なんだろうな、男のくせにこのありえない色気は。
「この距離でもまだ驚きませんか」
「いえおどろいてますよ」
「そうは見えませんが? ずいぶんと余裕で眺めてくれるではありませんか」
ちょっと意地悪な笑みから私は視線をそらした。たしかにはしたなかったかな。でもねえ、しょせん上半身じゃないか。そんなもんで悲鳴を上げるほど箱入りではないぞ。
うちには父も弟もいたし、夏になれば体育は男女合同でプールだ。海辺には半裸の人々があふれ返る。パンツ一丁の男なんぞ嫌というほど見慣れていた。よく漫画とかで男の裸を見てキャーとうろたえる女の子がいるけれど、あれって嘘くさくないか。現実的に、男の胸板ごときでそうはならないだろう。
下半身はさすがに見たくないけどね。恥ずかしいというより、気持ち悪い。そこは見せるなと父にも弟にも厳命していた。女系家庭の中で、彼らはけっこう気をつかってくれていた。
お湯に隠れているとはいえ、一応胸の前に両腕を持ってくる。隠すほどないけどね、でも女として一応ね!
また水音がする。離れてくれたのかと思ったら、耳元で声がした。
「……気に入らないこと」
ぞくりと悪寒に似たものが背筋を走った。振り向けば、もう触れそうなほどにそばまでカームさんが寄っていた。
「……もう少し、離れていただけませんか」
「わたくしなら気にならないのでしょう?」
「そこまで近づかれては気になります」
ふざけんなと視線に乗せてにらみつける。カームさんは不敵に微笑み、ついと指を動かした。
――ひょわああぁっ!
背中をツーっとなでられて、大きく身体が跳ねてしまった。私背中弱いんだよ! 脇腹よりくすぐったいんだよ!
「……おや」
私の反応に、面白そうな声が上がる。うわ、今の嫌な感じ。いいこと気がついたって声だ。
「悪ふざけはよしてください」
「君がいけないのですよ。何度も忠告をしているのに、人の話をまったく聞かないから」
「聞いていますよ。軽率だったって反省してます。もう一人で来たりしません」
「……やはり、わかっていませんね」
お湯の中をカームさんの腕が泳ぐ。何を、と思う暇もなく、お腹の辺りに回されて抱き寄せられてしまった。背中にカームさんの身体が当たる。
ちょっ――待て、今お互い素っ裸なのに!
「カームさん」
抗議の声を上げて腕をふりほどこうとしたが、強く抱かれてたちうちできない。
「なんと、なめらかで柔らかいこと……」
耳のすぐそばに艶ボイスが低く響く。そのままカームさんは、しなだれかかるように私の肩口に顔を寄せた。くすぐったさに身をすくめた瞬間、さらに感じたのは――
「ひゃっ……」
こっ……この人、今舐めた!? 舐めたよね、私の肩を!
なにしやがってくださるかっ!?
「……っ」
そのままうなじの方へと移動していく。ちょっと待て、いくらなんでもこれはアウトだろう!
「やめてください!」
ぞわぞわと震えが走る。突き放そうと必死にもがくのに、柔和な麗人に見えて意外に強い力にかなわない。私を抱く腕はびくともせず、そしてあろうことかおなかをさわさわとなで始めるじゃないか!
ぎゃああああっ!
待て、そこはいかんっ! ちょっと上にずれても下にずれてもやばすぎる!
って、うなじから今度は背中に行くし! だからそこは弱いんだってば! やだあぁっ、変な声が出るじゃないかーっ。
おなかをまさぐるしなやかな指先が、上のきわどい部分をかすめていく。いちばん柔らかい場所をたしかめるように、軽く強弱をつけて……ってこれ明らかに揉んでるだろう!
いーやーっ!
「カームさんっ! セクハラ越えて犯罪の域ですよっ! もう、いい加減にしてください!」
頭にきて怒鳴りつけると、背中からふふっと声が聞こえた。
「誘ったのは君ですよ。このような姿を目の前に見せつけられて、理性を保てる男などいるものですか」
なんの話だあぁっ。
「誘ってなんかいません、わかってるくせに! そういう冗談は本気で嫌いです。やめてください!」
「冗談のつもりはありません」
胸にいたずらしていた指が、今度は下へおりていく。おへそをくすぐり、さらにその下へ……行くなああぁっ!!
「ん……っ」
それだけはと全力で阻止していたら、後ろから手を回され、無理やり振り向かされた。唇にやわりと押しつけられるもの。だめ押しのようにぺろりと舐めて離れていった口許が、にくたらしいほど美しく微笑んだ。
「さすがにこれ以上は、本当に理性を失いそうです。名残惜しいが、ここまでですね。続きはいずれ閨で、ゆっくりと」
ようやく私を解放し、彼は水音を立てて離れていく。そのままお湯から上がる物音を聞きながら、私はぐったりと岩陰に倒れ伏した。
や……やばかった……本気で食われるかと思った……。
やたらとしっかりさわってくれたよね。さすがにいちばんまずい場所は避けていたものの、胸なんてほとんど全部……ううう、どれだけ小さいか確かめられてしまった……。
ていうか、続きってなんなんだ。続くつもりはないぞ。ゆっくりする気なんかないですから!
「何をしているのです、さっさと上がりなさい。君を一人で残していくわけにはいきません」
受けた辱めから立ち直れずうじうじしていると、岩の向こうから冷やかな声が飛んできた。今日は逆らわない方がいい。私はしおらしく返事をし、こそこそとお湯から上がって服を着た。
「少しは懲りましたか? またこのように愚かな真似をしたなら、その時は本気で許しませんよ」
「はあ……」
なんでカームさんにこんなに怒られなきゃいかんのだ。許さないって、お父様じゃあるまいし。
「……まだわからぬなら、このまま閨へ行きましょうか」
手首をつかまれてぎょっとなる。あわてて振り払い、私はカームさんを追い越した。
「もうわかりました! お先に失礼します!」
足早に歩き、岩場を離れる。背後でくすくすと笑う声がした。ちくしょうぅっ。
山道に戻り、しばらく行くとシラギさんと護衛の騎士が待機していた。彼らは私に気付くと、いかにも遠慮してますといった雰囲気でそっと視線をそらした。何かおもいきり勘違いされていないか!? 何もありませんでしたから! いや、あったけど、ちょっとやばいアレコレがあったけど、でも決定的なナニかはありませんでしたから! そこまで時間もかかってないでしょう!?
弁解したいけれど聞かれもしないのに何も言えるわけがない。彼らはまるで動じることなく、平然と知らんふりをしてくれる。慣れてらっしゃるんですね……そうですか、こんなのは日常ですか。
あのエロ魔人、どんだけ女遊びしてんだよっ。
ええ、私が悪うございました。カームさんはたしかに男性でした。わかっていてもわかっていなかった。アレの中身は他の男と同じだ。スケベで油断できない男そのものだ!
……絶対、寝室へのお誘いには乗らないようにしよう。100パーセント無事に戻ってこられない。
とてつもない疲労感を抱えつつ、新たな戒めを胸に歩く朝、どこかで山の鳥がケケケと鳴いた。
***** 終 *****




