クレープと商人ギルド
「はじめまして、私はマリアンヌ。この宿の店主エバンスの妻です。『白い風』のマッキーさん、こんにちは」
目の前に座るマリーさんが挨拶をしてくる。
そして始めて聞く親父の名前。まぁ店主の名前なんて元の世界でも気にしたことがないから知らないなら知らなくても良かったけど、
ビジネスパートナーとなるなら知っていないとまずいよね。
この宿に泊まり始めて二ヶ月、今更聞けなかった名前を知ることが出来て良かった。
マリーさんこと、マリアンヌさんが仕事の話しを聞いてきたので、奥さんなんだから知る必要があると考え、昨日の事から先程までの話しをした。
始めの方は、まだ疑っていたらしく若干挑発的であったが、娘のことを考えていた宿屋の親父のことに感動したらしく、最後は涙を湛えてこちらにやって来てアタシを抱き締め出した。
いやアタシに感動を伝えなくても良いから。と思いつつも、あしらえないでいる。
右足が上手く動かせないようで動きがぎこちない上に、左腕も力が入らないようでアタシの体に添えるだけだ。
オークから受けた怪我の後遺症が残ってしまっているようだ。
暫くして、ようやく感動の波が引いたようで、身体を離し恥ずかしそうに「つい、ごめんなさいね」と席に戻った。
「それにしても、まだ十二歳なのにランク星二個なんて凄いわね」
ジャムモドキから始まった話しは、いつの間にか抱き締めた時の身体の軽さから冒険者だと信じられないって話しになったので、
開示している能力を過剰評価されただけだと伝えつつも(精神的に)四歳年下とは言え大人の女性との久しぶりのお喋りが懐かしくて話しこんでしまった。
そして唐突に「私にも出来るかしら」と。
アタシが男なら「冒険者は無理」とでも言ってしまう流れだが、大人の女性との会話なので間違えない。
「簡単な料理が出来るなら大丈夫ですよ」と返すと嬉しそうに微笑んだ。
そこに部屋の案内を終えた宿屋の親父が現れたので、奥さんは正面の位置から席を移り打合せを続けるよう促していた。
とは言え、書類を書いていただけなので、アタシの分は終わっており紹介状を書き終えるのを待つだけである。
宿屋の親父に厨房と小麦粉とミルク、卵と油を使うことを伝えて甜菜シロップで甘味を加えたクレープを作った。
生クリームやイチゴとかの果物をはさみたいところだけど。
そこまで本格的に作る気がなかったのでクレープ生地だけだ。
折り畳んで食べやすいサイズにして、皿に盛って食堂に向かった。
その頃には、紹介状も書き終えており、夫婦水入らずで話していたので声を掛けづらかったが、紅茶と一緒にクレープをそっと出し厨房に戻る。
熱を加えた事によりエグみが際立ってしまうことを心配するところだが、昨日の残りのイチゴを磨り潰してレモン汁を加えた生地なので誤魔化すことが出来たようだ。
後片付けを終えて自分の分のクレープを持って再び食堂に行くと、おじいさんとエリーさんが増えていて、親父とマリアンヌさんが責められていた。
曰く、何故こんなに美味しいものがあると教えなかったのか?良い香りがしたから孫と一緒に降りてきたのに、何故二人でだけ食べている。孫の分は無いのか?
どうやらおじいさんは最後の一枚を夫婦で奪い合っている間に強奪出来たようで味見が出来たようである。
エリーさんは食べられなかったようで、ふて腐れている。
アタシは自分の分を諦めて、エリーさんとおじいさんに差し出した。
ほんとうならこのタイミングでジャムモドキの商売をする気があるのか聞くところであるが、状況が変わったので家族会議で決めて欲しいと、先程の雑談の中、マリアンヌさんに伝えてある。
アタシはまだ食べたそうな親父から紹介状を受取り商人ギルドに向かった。
ジャムモドキの商売とは関係なく、アタシは商人ギルドに入ることを決めていた。
なぜなら、アタシはこれから先も旅を続けるからだ、旅の途中で何かがあるのは当然である。
その時に荷物をすべて失わざるを得ない状況だってあり得る。それを考えれば銀貨十二枚の更新額は高すぎる訳ではない。
商業者相互協力ギルド 通称 商人ギルド ブラン砦支部は東の奥まった高級商業者エリアにある。
貴族相手に商いをしているエリアに建てられているだけあり、門からきらびやかで一般人お断りの雰囲気である。
そんな雰囲気ではあるが元の世界ならリゾートホテルや最新の役所の方が遥かにきらびやかで入りづらい。
門番に用件を伝えて、堂々とギルド支部の屋敷に入った。
建物の内装は高級感溢れる作りと調度品が並び、流石商人ギルドである。
申し訳ないが冒険者ギルドとは雲泥の差である。
職員もしっかりしており、見た目子供の冒険者が用件を伝えても対応を変えることなく、応接室に通され、良い香りのコーヒーが出された。
この世界にもコーヒーがあるとは。一緒に出されたミルクは使わずにブラックですする。苦味と酸味が口の中で広がり後味スッキリ。これは美味しい。久し振りに味わうコーヒーを堪能していると。
スッキリとした身なりの三十代前半とおぼしき男の職員さんが現れた。どうやらこの人がギルド加入の手続きをするらしい。
アタシは音をたてないようにカップを置いてから立ち上がり会釈をして暫く待った。
職員さんは簡単に自己紹介をしてから今日の目的を聞いてきたので、アタシも簡単に自己紹介をしてからギルド加入の希望を伝えた。
それを聞き終えると座るように促しつつ、数枚の紙を机に広げ記入するよう言ってきた。
一枚目は、アタシ自身に関する、名前、性別、年齢、身分を書き込み。
二〜四枚は、アタシの知識に関する、算数の問題、商人の基本とは何かと言う内容を書き込んだ。
割り算までしかない計算問題だが、ケアレスミスをしないように、何度か確認してから文章問題を書き込む。
渡された紙をもう一度すべて頭から確認して職員さんに手渡す。
職員さんは受け取ると「少々お待ちください」と丁寧に言って別室に行った。
暫くすると、先程の職員とは違う男の職員が現れて、商売とは何か利益とは何かとその他色々聞かれた。どうやら面接試験のようだ。
話しの途中で先程の職員が現れて、面接試験の職員を呼び二人とも出ていった。
何も言わずに出て行ったので、何かあったかと心配になったが、数分後年配の職員が現れて静かに対面に座った。
今までの職員さん達とは纏っている雰囲気が違う。
アタシは緊張を強いられてしまった、いったい何を言ってくるのだろうか?




