ジャムモドキ
ギルドから出て街を歩く。
あんなことの後だから、周囲の会話が気になって仕方がない。
おかげで自分はメンタル面が弱かったのだと自覚できた。
気にしたところで仕方がないと開き直ろうとするが、直ぐには無理みたいだ。
何か楽しいことを考えよう。
そうだ甘味の事を考えよう。
ハチミツは高いと言っていたので、狙いは『甜菜』と呼ばれている植物だ。
野菜を売っている店で話しを聞くと。
甘いけどあんなにエグいものは誰も買わないから、ここには無いと言うことであった。
市場に行けば、家畜の餌として売ってると教えてくれたので、情報料代わりにカゴ売りのイチゴとレモンを購入した。市場の場所も教えてくれたので、また寄らせて貰おう。
市場はいつも使っている砦の門から南に行ったところにあり、近隣諸国や王都から行商に来た人々も居る。
行商の人達が持ち込む物は、珍しい物が多いらしく。あちこちの店舗に人だかりが出来ていた。
むき身で持っているのも良くないから、イチゴとレモンは普通の包帯で軽く巻いて、目立たないようにした。
行商の品も気になるが、今回の目的は、甜菜である。野菜を売っている店舗を周り漸く買うことが出来たが、売っていた場所は、生きている牛、馬、羊、山羊、鶏などを売りに来ている酪農家の集まるエリアの中であった。
家畜の餌に使われると言うのは本当であったらしい。
見た目は大根かカブだ。
それにしても家畜の餌と知っていて、これをキャサリンさんやジェニファーさんはかじったのであろうか?
いくら甘いと知っていても、中々家畜の餌はかじれない。その探求心、さすがは冒険者である。
甜菜が重たいので宿に戻り材料を置いてから道具屋に鍋とビンを買いに来た。
いい感じの蓋付き片手鍋と、小さなまな板とビン三個を買った。
宿に戻り、昼御飯を食べてからしばらく待つと、昼飯の時間が終わり、厨房が借りられるようになった。
宿屋の親父は「分からないことがあったら呼べ」と言って奥に引っ込んでいった。休憩するようだ。
昼の調理を終えたばかりなので、かまどに薪を加えるだけで火が起きた。
まずは鍋に水を汲み入れ沸騰させる。
その間、鑑定を使い続ける。何故かと言えば、水は百度で沸騰するからだ。
一度沸騰するまで観ておけば、温度を鑑定で判別出来るようになるからだ。これで温度計要らずである。
アタシのやろうとしている甜菜から糖分を取り出す方法は、煮干しとか昆布から出汁をとる方法だ。
甜菜を出来るだけ細切りに刻む。
刻んだ甜菜を一つかじると確かに甘い。甘いけど土臭いと言うかエグいと言うか、食べられるけど他に食べ物があれば食べるたくない。
かまどからアタシの鍋を下ろし。今度は宿の鍋に水を汲み入れ、一緒にビンを入れて煮沸消毒しておく。
先程下ろした鍋に甜菜を投入して蓋をした。
甜菜は煮たたせるとエグい成分も一緒に溶け出してしまうので七十〜八十度くらいを保って浸けておく。
この為に鑑定で温度が判別出来るようにしたのである。
温度が下がったらかまどに置き暖め直す。
あまり時間を掛けてもエグ味が出てしまうので、二十分くらいで甜菜を取り出すがカスが大量に混ざっている。
ここで秘密道具、アタシの蜘蛛糸包帯である。
ガーゼの様に荒目に出したので水は弾くがカスは引っ掛かるという優れものだ。煮込みをするときのアク取りにも便利である。
ほぼカスが無くなったので、かまどに置いて今度は沸騰させて水分を飛ばす。
その間、甜菜抽出液をかき回し続ける。
これでシロップが出来るぞって、何でこんなことを知っているかと言うと。
両親が成人前に亡くなったので、一時期祖父母と暮らしたのだ。じいさんから何度も何度も繰返し戦中戦後の食料不足の話しをしてきて、その中で子供であったじいさんは甘いものが欲しくて甜菜からシロップを作ったそうだ。
作り方まで何度も聴いたので覚えてしまった。でも元の世界では普通に砂糖があるので無駄知識と思っていたけど、こんなところで役に立つなんて。
じいさん、ありがとう。
回想に耽っていたけどかき回す手は止めていない。
とろみが出てきたところで、かまどから鍋を下ろした。買ってきたビンにシロップを流し込む。
ビン二個分取り分けてから鍋を再加熱して、今度はギリギリまで煮詰めた。
そこにヘタを取ったイチゴとレモンの絞り汁を混ぜ入れる。
イチゴは軽く潰しつつシロップと馴染ませる。
イチゴの風味を飛ばさないようにしないといけないから、加熱時間は長く出来ない。
ジャムと言うには少し緩いけど十分にとろみが出たところで、最後のビンに流し入れた。ジャムモドキの完成である。
鍋に残ったジャムモドキを舐めてみると、強烈な甘味の中にイチゴの爽やかな酸味があり、試作一号としては上々である。
ただ口残りに若干雑味と言うか、エグ味があるのは残念。
強烈な甘味は冷めればちょうど良くなるはずだ。
後片付けをしていると宿屋の親父が現れて「何だこの甘い香りは?」と聞いてきたので「ジャムモドキを作りました」と言いながらイチゴ入りの赤いビンを見せた。
ジャムもモドキも意味が分からないと言っていたので、パンにつけると美味しいですよと言っておいた。
「冷えたら完成なので、後で少し味見してください」と伝えながらビンごと水に浸けておいた。
その後は、よく冷えている井戸水に浸け直し、温くなったら水を交換して夕暮れ前に宿屋の親父が、準備してくれたパンにジャムモドキを塗って試食した。
エグ味を気にしていたけど、パンとジャムモドキの相性が良いのかエグさは感じられなかった。
素直に美味しい部類である。
アタシは大満足で、キャサリンさんやジェニファーさんに『これぞ甘味』と自慢できるとウキウキしていた。
でも一緒に試食した親父の反応がない。
まさかこの世界の人とは味覚が違い、不味く感じたのかと心配になり声を掛けると。
親父は泣いていた。
筋肉隆々の髭親父が静かに涙を流していた。
泣くほど不味いのかと思ってしまったがどうやら勘違いだったようで。
「『白い風』の嬢ちゃん、俺は今までにこんなに甘くて美味いもん食べたことが無かった。世の中には知らねぇ美味いもんがあるんだな」
と語りだしてきた。
アタシは口に合ったのだとホッとした。
しかし涙を流すほど美味しかったのかと思い、色々世話になっていることもあって、つい「今度作り方を教えるね」と言ってしまったのがまずかった。
感動した髭親父に抱きしめられた上に頬擦りされてしまいには高い高いされてしまった。
その後、落ち着いた親父が謝罪をしてきた際に、材料を聞いてきたので「甜菜だよ」と答えたら顔をひきつらせていた。
甘い、美味いが正義なのだから気にしたら負けなのである。
夕飯時に『青い閃光』のみんなにもパンにジャムモドキを塗った物をデザートとして出すと大絶賛であった。
これこそが甘味の基本であると鼻高々でいたら、やっぱり材料が気になるらしく聞いてきたので教えると宿屋の親父と同じように顔をひきつらせていた。
アランさんやケニーさんはともかく、キャサリンさんとジェニファーさんは甜菜をかじったことがあるのでないかと、疑問に思って聞いたら。
アタシの勘違いだったらしい。
二人がかじったことがあるのは、甘草と呼ばれているサトウキビの方であって、甜菜は甘いけどエグくて土臭くて不味いと聞いたことがあるだけだったとのこと。
道理で聞いていたよりもはるかに安いと思っていたら、そう言うことだったのか。
サトウキビこと甘草はもっと南の国でしかも少量しか獲れないものらしい。
獲れた物も殆どが貴族に買い取られて一般には流れてこない。
以前、貴族の依頼を受けた時に口にしたことがあったと言うことだ。
値段を後で聞いてビックリしたそうだ。よく話しを聞けばハチミツ一ビンと甘草一欠片の値段で甘草の方が安いと言うことであった。
同量ならハチミツより高い計算になるけど、どのみち、どうでもいい程高いから気にしなかったらしい。
サトウキビが大量に得られれば、もっと簡単に甘味が得られるのにと残念に思ってしまった。




