撤退戦に輝くホタル
戦場だった場所は、推定五百頭のオークが鎮座していた。
争っている気配は何処にもないが、何かを咀嚼する音だけが響き渡っている。
魔物は死んだ仲間も食べる性質があるので、戦場で命を落としたオークを食べているのであろう。
アランさん達、冒険者はみんな逃げられたのだろうか、それともすでにオークの胃の中であろうか。
狂おしく叫びたい気持ちを抑えて、冷静に考えたい。
大きく深呼吸をして、心を落ち着かせてから。
きっとみんなは野営地に居る。そう考えて足を向けた。
五キロ程離れているこの場所からでも分かるくらい明るい。
いや、明るすぎる。
これは光の魔道具が大量に使われていると考えるべきであろう。
考えるのは後にして、走ることにした。
最速で移動すれば二分も掛からない距離であるが、移動方向にオークの集団でも居たら目も当てられない。
振動感知を行いつつ慎重に慎重を重ねて移動した。
やっと野営地の状況が一望出来る場所まで戻ることが出来たが、野営地の状況を見て愕然としてしまった。
野営地はオークに蹂躙されていたからである。
光の魔道具に照らされているのは、相撲取り体形のオークだけで、冒険者どころか砦兵達の姿も見えない。
そこでアタシは迷わず、南に向かった。
討伐隊が野営地を離れるって事は、間違いなく撤退したに違いない。
その場合は東か南。
まず普通に砦方向の南を目指すのが正当であろう。
アタシは先程と同じように走り出した。
振動感知をしながら南に移動すると。
前方に大きな反応があったが、オークの集団であった。
もしかして東に行ったのかと思ってしまったが、状況からしてオークの集団の先にいるのではないかと考え直した。
この集団は討伐隊を追撃していると考える方が納得出来る。
みんなと合流する為にはどうしたらよいか。
敵中突破は問題外だから、迂回するしかないだろうと考えたところで、
いっそのこと飛び越せば良いのではないかと思い付いた。
それならば討伐隊の位置を確認するべきと、垂直ジャンプ。
二キロ程先で火の玉魔術の光が見えた。そのくらいなら余裕で飛び越えられる。
そう考え、着地してから助走をしようとしたところで。
唐突に思ってしまった。
アタシが今、あの場に行った所で何の役に立つのだろうか。
特に戦闘時ではイラナイ子なのに。
アタシは飛び込んだ後の事を考える。
討伐隊は逃げているのだから、逃げる時間を稼げれば良い。
したがって戦う必要はない。
それなら、なんとかなる。
アタシは助走をつけ大ジャンプをした。
三十メートル程の高さを舞う白い影。
無事にオークの集団を飛び越えて着地することが出来た。
その場所に居るのは、冒険者逹だけで砦兵達の姿は見えない。
突然現れたアタシに、冒険者逹は驚いていたが、そんな事を気にしている時間はない。
アタシは叫んだ。
「今からオークの足止めをする!合図をしたら絶対に振り向くな!そのまま、真っ直ぐ走れぇ!」
叫びながら、アランさん達四人も居ることを確認して安堵すると共に目配せした。
アタシの無茶苦茶ぶりを熟知しているアランさん達は頷き何も言わずに走り出した。
突然現れて叫んだアタシに、面食らっていた他の冒険者達もアランさん達が走り出した事に釣られて走り出す。
「行けぇ!!」
アタシはマントの裾を捲りあげて、お尻を付き出す。
妄想するのは、最大最強の物体。
動けるだけの魔力を残し、この一瞬に全てを出し切る。
アタシは目をつむり、力ある言葉を発した。
次の瞬間、全ての物が白一色に塗り潰された。
地面もオークも、背を向けて走っている冒険者逹も、誰もが、何もかもが、等しく白一色となっていた。
白の世界は時間にして三秒程であろうか、再び元の暗闇の世界に戻る。
アタシは振り返りオーク達を見ると、狙い通りオーク達は目を押さえて悶えている。
中には口から泡を出して失神しているオークもいる。
これで暫くは追跡できまい。そう思えても安心できないアタシは、怠い身体に鞭打ち、丈夫なネバネバ糸をそこいら中にバラ撒いた。
視力が回復したと思ったら、次にベタベタ糸で更に混乱する事になるだろうオークを妄想しながら、わざと砂煙をあげながら東へゆっくりと離脱した。
僅かな時間でもオークが冒険者達を追うのを遅らせるためだ。
アタシが使ったのは、もれなくホタルになることが出来る光魔法である。
でもホタルの様に優しい淡い光ではない。
最強の物体、そう太陽をイメージしたのである。
日中直視しても大変なことになるのに、真っ暗闇の中で、突然フラッシュのような強烈な光を見てしまったら。
あの通りである。
距離が近ければ、効果は絶大だが離れれば離れるほど効果は下がる。
多分後方にいたオーク達は、すぐに回復するだろう。
回復したオーク達を誘導すれば、他のオーク達も釣られて、こちらに来るに違いない。
それでも冒険者逹の方に向かう奴らはいるだろうが。もれなくベタベタ糸の罠に掛かるはずだから、警戒してくれれば、それだけ更に時間が稼げるだろう。
だろうばかりだけど、妄想だけだから、そうなってくれると嬉しいなってことぐらいでしかない。
みんな、上手く逃げられていますように。
そう心で祈りながら、アタシは草原をひた走った。




