初戦闘?
まさかの遭遇をした真紀は、洞窟に帰るべく。
慎重に足を進めた。
付近の警戒は怠らない。
だがしかし、どんなに警戒したところで、本人に余裕が無ければ、失敗は尽きぬもの。
小川付近は、水が流れるという振動が激しく、感知に支障をきたすため、来るときはあまり近寄らなかったのだが。
ゴブリンやオークからの重圧、視界の悪い森に居続けた閉塞感。
それらにより息苦しさを感じていたので、
多少でも開けている川岸に、つい出てしまった。
真紀は、周囲を見渡せる開放感に、ほっとしたのであるが。
偶然にも水を飲みに来ていた生き物と、目があってしまった。
その生き物は、簡単に表現すれば、二足歩行をする犬。
体長は真紀の腰くらいだから一メートル。
頭も犬、胴体も犬、後ろ足も犬。
大きく違うのは、二足歩行によって空いた、前足である。
鋭い爪が五センチほど延びている。
もしかしたら、二足歩行するようになったので、歩く時に削れずに、ただ延びているだけかもしれない。
そんな生き物の名前はコボルト。
これでファンタジー生物、御三家コンプである。
しばらく見つめあっていたが、先に行動したのは、コボルトであった。
真紀もそうであるが、コボルトにとっても、真紀と言う生物は見たことがないため。
慎重に行動することにしたようだ。
歯をむき出し、爪を掲げて、低く唸る。
その威嚇に、真紀はようやく事態に気付き、
コボルトの目から視線をそらさぬまま、
ゆっくりと後ずさる。
コボルトはどうか知らないが、犬系は先に視線を外した方が敗けのはず。
真紀としては、敗けでも良いのだが、襲いかかってこられると困るので、にらみ合いを続けている。
あと少し下がれば、自然に視線を、外すことが出来る。
真紀は、そう考えていたが、このタイミングで乱入するものがあった。
それは、緑ボディの憎いやつ。
みんなの食料、みんなのアイドル。
お馴染みのバッタであった。
真紀の本能は、無意識にバッタを追いかける。
着地したところまでじっくりと。
結果的に、コボルトから視線をそらすことになってしまった。
真紀が視線を先に外してしまったことにより、自分の方が格上だとコボルトは判断したようだ。
二足から前足を降ろし、四足で駆けよってきた。
真紀の目は、まだバッタに注がれている。
爪が地面を蹴るたびにカシャカシャと鳴る。
その音が真紀の耳に入った時に、やっとバッタから目を外すことが出来た。
だが、コボルトはもう目の前だ。
真紀も後退りながら、襲ってきたらどうするか、色々考えていた。
近寄られる前にベタベタ糸を広範囲に出して牽制。
ベタベタ糸を嫌がっている間に逃走すればいいよね。
そんな漫画的な事を考えていたが、
事態は、そんな悠長な事を言っていられない状況になっている。
真紀は迫り来る、コボルトに向かって、竹ホウキの先みたいな物を付き出した。
洞窟で繭玉を隠すハリボテを作った時の余りを束ねた、棒のような物である。
普段は、背中側の腰に横向きに装備しており、蜘蛛の巣を払うくらいしか役に立っていなかったが、やっと登場の機会をえた。
走ってきたコボルトは、飛びかかろうとしたタイミングで、目の前に付き出された棒を見て慌てて止まろうとしたが。
止まれずに、顔から突っ込み、悲鳴をあげた。
束になっている糸は、一本一本が極細であるが、とても硬い。
根本は束ねてあるから断面積は狭いが、先は放射状に広がっているので、真紀の頭より広い。
実は先程、ゴブリンから身を隠すときに音をたててしまったのは、この棒の先が、葉っぱと擦れてしまったせいなのは余談である。
そんなところに顔を突っ込めば、大惨事である。
コボルトを含めた犬系の弱点は、ほんの僅かな臭いでさえ嗅ぎ分けられるほどに進化したセンサーのような鼻である。
尖端は鼻先から鼻孔へ、多大なダメージを与えた。
しかも、開いていた口から侵入した尖端は、舌を刺し貫いた。
目蓋を閉じることが出来たので、目にはダメージはないが、顔中を一瞬にして襲った痛みに戦意喪失したのか、コボルトは踵を返すと、川の方向に逃げて、そのまま川に落ちて流されていった。
逃げることに必死になり、鼻も効かない、目も開けられないことにより、誤って川に落ちたらしい。
真紀は、コボルトが川に落ちた事を見てようやく、棒を付き出した体勢から構えを解き、まじまじと棒を見た。
少しコボルトの血がついていたので軽く棒を降った、それだけで血はとれた。
偶然が重なったとはいえ、初めて自分自身の意思で動物を傷つけた事に動揺したが、罪悪感は感じなかった。
弱肉強食の世界では当たり前と、自然と心構えが出来ていたからであろうか。
はたまた、蜘蛛の本能が当たり前の事だと、認識していたからであろうか。
どちらにしても、真紀に精神的にも、肉体的にもダメージは無く、異世界初戦闘を勝利で飾った。




