おしりから糸がデタヨ
どうでも良いことだけどアタシ『糸紡 真紀』(イトツムギ マキ)って言う
趣味は読書と軽いネットゲーム、あと編み物程度のただのアラフォー女子だけど……
アラフォーって言うのは、どうでも良いことなのでスルーしてね。
アタシの身に、とんでもないことが起きてしまっていて、今現在、絶賛パニック中なのです。
アタシ、なんでハダカなのよ。
そう、上から下までスッポンポン、な〜にも着ていないのですよ。
まぁ。スッポンポンは、いいでしょ、アタシの記憶にないけど、誘拐された時に、逃げ出されないように、
脱がされたとでも考えれば理解できる。
出ているとこもない、かといって、ひっこんでいるとこもない、
こんな貧相な身体している、おばちゃん脱がしたところで
なんにも楽しくなかっただろうと、想像できるけどね。
けど、これはダメ。
想像も理解も、まったく追い付かない。
アタシは、どうなったのよ。
だって、今。
おしりから糸がデタヨ。
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卵から孵ったばかりの僕には名前はないです。
でも人間世界では、蜘蛛とかスパイダーとかと
呼んでいることは、何故か知っているです。
っと、のんびりしている場合ではないです。
早く、この場から離れなければいけないのです。
まわりは敵ばかりだからです。
まごまごしていると、他の蜘蛛に食べられてしまうのです。
八本脚でしばらく歩くと、大空に向かって突き立っている
棒を見つけることができた。
棒を登り始めると、すぐに気づく。
とても良い風だ、これなら何処までも、飛んでいくことができるです。
僕は、おしりから糸を出す。
ひときわ、強い風が来た瞬間に棒から離れ、
風の流れに身を任せて、大空をどこまでも舞う。
回りを見ると、同じように飛んでいる蜘蛛達がいます。
空を飛ぶのは、僕たちは群れない孤独な生き物だからです。
自分以外はすべて敵か食べ物。
自分の生活の場は風任せ、運任せ。
ただただ、風に乗って流されているだけなので、
じきに枝や葉に、糸が絡まり、そこを楽園(生活の場)とします。
僕の楽園はどこなんだろうです。
運が良いのか悪いのか、枝や葉に引っ掛からず、
山を飛び、谷を越え、林を抜け、川を渡り、
いつしか人間の住む街にまで運ばれてしまいました。
人間の住む街にも木や草があり、早くそこに絡まないかなぁと
長く伸ばした糸を更に伸ばすが狙った木には少しも掛からず。
やっと絡まったと思ったら、まったく意図していない物であった。
それは同じ方向を歩く人間。
人間の背後から絡みついた糸は、絡んだところを支点として、ぐるりと半周。
たまたま開いた人間の口に蜘蛛を放り込んだ。
放り込まれた直後、何か光ったような気がしたが
蜘蛛の意識は、そこでなくなった。
人間は、何かを振り払うように手を振り回し
そのまま立ち去っていった。
そこには、一般的に見掛ける、道を歩いていたら蜘蛛の糸に絡まれた時の風景があっただけである。
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[ナレーション]
現代を生きる我々人類は、この脚で踏みしめている天体の事を
地球と呼び、今世を謳歌している。
この地球には元々沢山の魔元素と呼ばれる粒子があり、それを取り込むことで、千差万別、多種多様の進化を起こすことが出来たのである。
皆さんは、ご存じであろうか
あまり知られていない事だが、実は地球は太古の昔から、たびたび異世界から干渉を受けているのである。
それは異世界側も、意図している事ではないのだが
地球時間で約一億年に一度、一瞬だか地球全体規模で繋がってしまうのである。
繋がっても何も起こらなければ、問題ないのだが、
厄介な事に、地球上の魔元素を奪って行くのである。
魔元素は、地球周域の宇宙空間にもあり、引力で引き寄せられて補充することが出来たから、
地球の生き物は進化し続けることが出来たのである。
魔元素を奪われた時代に生きた生物はどうなったか、ご存じだろうか。
そう、地球の歴史で確認されているだけでも五回起きている、
地球規模での生物絶滅。
最大で地球上に生息する96%もの動植物が、わずかな期間に姿を消したのである。
前回繋がったのは、恐竜と呼ばれる巨大爬虫類が絶滅した、七千6百万年前。
次回は三千万年以上先なので今を生きている人類が気にすることではないのである。
話題を戻して
蜘蛛に何が起きたのかを話そう。
地球規模で異世界と繋がってしまうのは一億年に一度だが、数ミリサイズの繋がりは稀に起きているのである。
常なら、何も存在しない空間に現れ、周囲に魔力素があれば奪い、一瞬で繋がりは消滅する。
今回、繋がった位置は歩いている人間の口の中、
周囲の魔元素を奪ってそのまま消えるはずであった。
だがそこに、奇跡と呼べるタイミングで、蜘蛛が飛び込んだ、
魔元素以外は奪わないはずの繋がりは、
何故か異物である蜘蛛を奪い、
そして偶然なのか糸を通じて繋がっていた人間の一部を奪っていったのである。
これは、いつも起こる繋がりと同じであったのか、
それとも……
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長い長い夢を見ていたような気がする。
アタシの生きてきた足跡の夢、それは、楽しくても悲しくても懐かしい思い出がいっぱい。
夢を夢だったと認識できると言うことは、もう起きなきゃいけないのかぁ。
でも目覚まし鳴ってないから、朝支度の時間には余裕があるはず。
アタシはまぶたを開いたが、まだ日の出前みたいで辺りは暗かった。
ゴツゴツとした黒い岩肌がむき出している、アタシのアパートの部屋。
まだ暗いし、やっぱり目覚ましが鳴ってから起きればいいやと考え、二度寝しようとして。
ふと気付く。
「……アタシの部屋にゴツゴツとした黒い岩肌があるわけないでしょ!」
異常な状況を見て、立ち上がろうとするが、急かす意識に反して、身体が言うことを聞かない。
でも、縛られたりされている訳でないことは、少しずつでも動く身体が証明している。
しばらく頑張ってみたが、産まれたばかりの子馬のようで、何ともしがたい。
じっとしているとパニックになりそうだが、
取りあえず動くことは諦めて、
現状を考えることにした。
なんで、こんな所にいるんだろう?
わからない。
と言うことは、自分の意思でこんな所に来た訳ではないと言うこと。
誘拐されたってことかしら?
だとしたら、どこで誘拐されたのか?
朝起きて出勤の支度して、朝御飯の材料が切れていたから、駅に行く途中にあるコンビニによるつもりでアパートを出て……
あれ?コンビニによってないなぁ。
そうすると、アパートからコンビニ間の百メートルの間で誘拐されたのかな?
でも、どうやって?
車に押し込まれた記憶もないし、後頭部や鳩尾に強い刺激を受けた訳でもないし、
強いて挙げれば、お化粧が崩れちゃうから、噛み殺そうとして失敗したアクビ?
あれ?……アクビしてからの記憶がない。
アクビしたからって、こんな所に、来れる訳ないし。
ってほんと、ここどこ?
誘拐犯も現れないし、身体は言うこと効かないし、肌寒いし。
肌寒いと感じた時、反射的にやってしまう、両腕で身体を包み込む動作をした瞬間、あることに気がついてしまった。
……あれ?服の感触がない?
まさかと思い、視線を身体に向けると、暗い中でもはっきりと浮き上がる白い裸体。
服どころか、下着さえ着ていないじゃないか!
誘拐犯め、なんてことを!
立ち上がって、身体のあちこちを、確認中……
「ふぅ。取り合えず乱暴された形跡はなしと」
あれ?立てた。
さっきまでは、身体を動かすだけでも苦労したのになぁ。
もしかして薬か何かで麻痺していたのがとけたのかな?
麻痺していたのならと改めて身体の確認。
「うん、指先も動くし問題なし」
あちこち身体を動かしている間に勢い、ラジオ体操までしてしまった
真っ裸で……
動けることが分かれば、ここが何処だか調べたくなるが
ハダカでウロウロしたくない。
この考えって誘拐犯の思う壷だなぁ。
そう思っても、やっぱり踏み出せない。
周りを見ても、服どころか紙くずもない、有るのは石ころのみ。
石ころで隠すだなんて、だったら手で隠すのと変わらないしなぁ。
それにしても肌寒い。
さっき、ラジオ体操までしてしまったから体温が上がって余計に寒く感じるんだろうな。
あ〜、服が欲しい、服が欲しい、服がないなら布でも良い。
布と針と糸があれば自分でなんとかするから。
と、意味のない連想をしていたら
なんだか、おしりがムズムズした。
それはすぐに治まったけどなんだろ?
服、服、服、
布、布、布、
針、針、針、
なんともない。
糸、糸、糸、
また、おしりがムズムズした。
なんでか、糸の事を考えると、おしりがムズムズする。
糸、糸、糸、
おしりのムズムズが激しくなり、なんだか熱くなってきた。
あ、あ、何か出そう。
更に強く念じる、
糸、糸、糸、
おしりのムズムズと熱さに当てられて、つい言ってしまった。
「糸、出ちゃえ」
その瞬間、何かが、おしりから勢いよく飛び出していった。
熱くなっていた身体が急速に醒めていく。
何かイケないことをしたような気分になりつつも
思考も正常に戻り。
「今、何か出たよね?」
誰も居ないのに誰かに同意を求めているのは
まだ冷静さを取り戻していないことの現れかな。
恐る恐る、おしりから出た何かを触ると
それは、しっとりとしていて細く、長いものであった。
これって糸?
「なんでアタシのおしりから糸がでるのよ!」
叫んでしまったのは、仕方がないことだよね。