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未来へのアプローチ   作者: シマ田 力大
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彼女は何を拾うのか

別に、ミカは主人公になる気なんて、これっぽっちもなかった。だけど、あの人がどこかに行ってしまったから、仕方なくこうしてここに居る。

どうしてミカが助かったのかは、だいたい想像がつく。ミカはもう痛みを感じない。怪我してもすぐ治っちゃうし、きっと死んじゃうこともないんだと思う。でもこれはもともとミカのじゃない。あの人のなんだ。あの人の力が今ミカのところにあるってことは、たぶんあの人が助けてくれたんだって思う。テルマさんの妹に協力してもらったんだろうね。うれしい。あの人が自分の力を失くしてまで、ミカを助けてくれたこと。でも、お礼を言いたくても言えないの。だって、

「鳳が……いない……」

鳳がいなくなったあの日から、いくら繰り返してもミカの手を握ってくれる人は戻ってこない。あんなに一緒だったのに、突然消えちゃうなんて、ひどい。

戦争の日、ミカは死んだはずだった。凰と一緒に見回りしていたら、突然すごい数の敵が出てきて、凰とミカはなす術もなくやられた。痛かった。悔しかった。でもそれも途中で気を失って全部忘れちゃった。その後は何もわからない。次に気がついた時には医務室だった。その時はまだ隣に鳳も寝ていて、何だか安心した。でも今よく考えたら、その時気づくべきだったんだよね。鳳が包帯してる意味を。鳳は今まで包帯なんてしたことなかったから。その時は眠くて眠くてすぐに目を閉じちゃったけど、それが最後のチャンスだったって知っていたら、ミカも鳳を引き止めることができたと思う。ミカがそれをできていたら、ラブロフ君は死なずに済んだ。

鳳がどこに行ったのかは、ラブロフ君が教えてくれた。ラブロフ君も今は天国にいる。どこかに行こうとする鳳を、ラブロフ君が追いかけてくれたみたい。“みたい”っていうのは、ミカが直接聞いたわけじゃないから。鳳を追いかけたラブロフ君はその先で大怪我をして、ここまで帰ってきてすぐに倒れちゃったらしい。でも力尽きる前に伝えてくれた。鳳がどこに、誰といたのか。

鳳がどうしてエリカ=ローランといたのかはわからない。けれど鳳がエリカから能力を受け取ったことを考えると、もしかしたらという察しは付く。でもそれが意味するところを想像すると、どうしても認めたくなくて、悲しみに溺れていた方が楽だという気さえしてくる。そんなミカを、新たな側近は許してくれない。

「……気持ちを……切り替えてください……女王……」

「ツェーザル……」

この人がミカの新しい側近、ツェーザル。下の名前は覚えてないらしい。

どちらかというと、ミカはこの人が好きじゃない。ツェーザルが強くて、頼りになる人だというのは知ってる。でも好きじゃない。むしろ嫌い。だって……なんだろう。言葉にするのは難しいけど、決め手ならある。去年の十二月、上海での話。ビアンカという少女を殺したのが、ツェーザルだった。ミカたちが約束したのに、ツェーザルが勝手にその約束を破った。確かにそうするのがその場のリーダーとしてベストだったんだろうけど、それでも何も悪びれることもなく平然とやったことにミカは腹が立った。

「本日の……ご予定は……」

「……」

ツェーザルが側近になって、つまり鳳がいなくなって一週間、ずっとこの調子。毎日毎日、ミカの周りは時計と一緒に正確に進むのに、ミカだけが取り残されてるような気がして、それでも動けなくて。ミカはどうすればいいんだろう?

「……今日は……インティアとの……会談があります……女王が……唯一の女王となりましたので……そのお心積もりを……」

「……うん」

ミカは傾いた胸のリボンを直しながら答える。

インティア……。凰も、アーサーさんも、こんなところでお別れになるなんて思ってもみなかった。後に残されたのは、イークルとインティア合わせて三十人くらい。さすがに隊長クラスの人は結構残ってるけど、それでもいなくなっちゃった人もいる。情報処理部のルークは、インティアのブレイン、光希ちゃんを庇って殺されたらしい。どうして騎士たちはみんな、自分を犠牲にしちゃうのかな?……鳳は、何を犠牲に何を救うつもりなんだろう?

「では……時間になりましたら……また参ります……」

「……」

ツェーザルが一礼して部屋を出ていく。……鳳なら、ここで出ていったりしたことはなかった。ミカが引き止めたから当たり前だけど、それでも側に居てくれた。

「鳳……鳳……」

涙って、枯れたりしないんだね。どんなに泣いても、悲しみや寂しさは消えてくれない。いったいなんのための涙なんだろうと思う。


……会いたいよ……鳳……。


会いたい。鳳に会えるなら何だってする。また撫でてもらえるなら何だって差し出す。またキスしてもらえるなら何だって受ける。また……。

またなんて無い。ツェーザルの言う通り、今はもう鳳は敵。エリカ=ローランと一緒に、乾を目指すテロリスト。きっと鳳の狙いは世界を救うこと。神を復活させること。つまり、ミュータントを殺すこと。鳳は世界とミカたちを天秤にかけ、世界を選んだ。当然だよね。世界が無くなればミカたちだけじゃなく、もっと多くの人が死んじゃうことになる。どっちを選べばいいかなんて、子どもでもわかる。

鳳はミカたちを殺すために力を得たはず。ジェラルドの運の良さも、アーサーさんの強さも、今は全部鳳のもの。これじゃ戦争にもならない。

とはいえ、鳳のところにも旧エンジェルメイトの人たちはそんなにいないはずだ。それでも百人ぐらいだろうけど、全盛期の一万人に比べたらすごく減った方だよね。あの戦争はやっぱり隠しておくには無理があった。だって一万人のほとんどが犠牲になった争いだったんだから。オモテ社会が気づかないわけがないよね。今やテレビでもミュータントのことは大きく取りあげられ、社会現象のようになっている。あの荒野にも多くの専門家(?)や報道陣がやって来て、好き勝手に仮説を立てている。死体の数も半端ではないので、警察もやってきて、過去最悪のジェノサイドとして懸命に捜査を続けている。その場にあった死体を解剖して、不思議な力の正体を探っているようだけど、見つかるはずもない。能力はすべてエリカという磁石が持っていったから。でも弾丸の形とかで、技術の差ぐらいはわかったと思う。でもそれはテレビでは放送されてないから、たぶん機密扱いになっているんだろう。宇宙人の到来は人々を混乱させる。それと同じこと。ミカたちは普通の人たちにとって、宇宙人も同然なんだ。


ツェーザルに会議のほとんどを任せた後、ミカはビルの屋上に来た。ここに来るようになったのは鳳がいなくなってからだ。キーッと古臭い音がして、ミカの後ろの方で扉が開く。

「ミカさん……」

「……」

今ミカはどんな顔してるだろう?やってきた光希ちゃんに見せられるような顔かな?

「大丈夫ですか……?」

「うん……心配かけてごめんね」

「……」

光希ちゃんの顔が一層暗くなる。ミカ、何か気に障るようなこと言ったかな?

「ウソ……つかなくていいんですよ?」

「え……?」

「ミカさん今、ヒドイ顔してます」

……やっぱり。でも、

「一応ミカも女の子なんだけどなぁ」

無理やりにでも笑って見せる。ミカはバカみたいに笑ってた方がいいって鳳が言ってた。

「……実は私も結構辛いんですよ」

「え?」

「私、ルークさんが好きでした。一緒にいれたのは一週間ぐらいだったけど、一緒にいる間はすごく楽しかったです」

「……」

「私、戦争が終わってもずっと一緒にいれたらいいなって思ってました。何もかも終わったら、イークルとかインティアとか関係なしにもっと仲良くなれたらいいなって」

いつの間にルークさんとそんなに仲良くなったんだろう。確かにお似合いではあるけど。

「でもそれは叶わなかった。もうルークさんには会えない……」

「……ミカも」

鳳にはもう……

「でもミカさんは違う!鳳さんはまだ生きてます!生きていればいつかまた会えます!そのために今、生きるんですよ!」

「!……」

物静かなイメージの光希ちゃんがこんなにしゃべるなんて思わなかった。でも光希ちゃんにも光希ちゃんの悲しみがあるんだなって知って、なんだろう、少し勇気が湧いてきた……かな?それに、

「あ……いや……だから……その……」

また目を前髪の下に隠しちゃう光希ちゃんが可愛くて。こうなるともう、自然と笑うしかなくなるんだよね。

「ありがとう……光希ちゃん」

「うぅ……はい」

生きていれば……か。ベティさんも、同じことを言ってた。幸い、生きることに関してはミカはきっと誰にもまけない。鳳が残した力は、生きるためだけの物。鳳が何を考えてミカを生かしたのかはわからないけど、ミカが死ににくいのは事実になった。

そうだ。変わらなきゃ。光希ちゃんが変わったように、ミカも強くなる。

「行こう!光希!」

「え?……あ!はい!」

“私”は光希の横を通り過ぎてドアノブに手をかける。

敵は珞間鳳。主役は私だ。


とは言ったものの……

「ねぇ光希。アンタ、隊長でしょ?鳳の情報とかないの?攻略法とか」

「そんなこと言われても……」

新たに情報処理部隊長に就いた光希でもこんな感じだ。鳳に関する情報は何一つ持っていない。一方鳳はこっちのアジトの場所も、残り戦力も、弱点も、全部知っている。今まで団長並の地位に居たんだ。その裏切りはダメージが大きい。

「それじゃあ基本通り情報収集からだね。光希、あの戦場にもう一度行けないかなぁ?」

「そうですね……行くだけなら簡単ですが、詳しい調査はちょっと……」

今でもすでに観光名所のような状態になっているのだ。警察もたくさん訪れている中で怪しい動きをすれば、鳳を追うどころの話ではなくなってしまう。

「どうしてまたあの場所なんですか?調査なら、テレビが来る前に済ませてありますよ?」

光希がクリンとした目でこっちを見上げてくる。かわいい。見惚れていたいけど、質問には答えなきゃね。

「カンだよ」

「なるほど……」

私の特技はみんなが知っている。どうやらかなりの信頼をしてくれているらしい。でも私は光希の能力を知らなかったりする。

「ところで、光希の能力はなんなの?」

「あ……私は軍神ですから」

「はい?」

「軍神ですから、大将の願いを何でも一つ叶えます」

「……はい?」

今何て言ったっけ?何でも……?

「どゆこと?」

「……は!……いや、あの……詳しいことは私にもわからないんです。実は私、ミュータントかどうかも怪しいんですよ」

「……うんん?」

願いを叶えるとか、ミュータントじゃないかもとか、どっちなの?

「私がミュータントっていうのは、ただ占いでそう出たからっていうだけで、実際に能力があるなんて気はしないし、使ったこともないんです」

「えぇ〜……」

「がっかりしました?」

「ううん。がっかりというより、呆れた」

「ははは……」

騎士団って占い師がよしって言ったら入れてもらえるのかな。それっていいの?

「でも実際に私を騎士団に引き入れたのはナイトオブナイトでしたから、たぶん能力はあるんだと思います」

「ふーん……」

でもまだ疑問は残る。

「それでさっきのヤツは何だったの?願いを叶えるとかなんとか」

「あれはですね、占いで言われたんですよ。不思議な力ってことで」

「……ええっとー……その占いってお金払ってやってもらったの?」

「はいそうです!」

「……」

……言えない。所詮占いとか言えない。こんなにキラキラした目の子に言えない。

「ミカさんはどう思いますか?」

「え?!あー……まあ間違ってる気はしないけど……」

占いの結果とはいえ、私のカンでも光希がミュータントっていうのはたぶん正しいと思う。アーサーさんがスカウトしたのだから、なおさら間違いないと思う。でもなぜか、よくわからないけど、違和感、嫌な予感がする。

「光希の能力って、いつ使えるの?」

「それがわかんないんです。占いでもそこまでは言ってくれなかったので……」

「そうなんだ……」

ああ。きっとこれだ。私を不安にさせるのは、光希の力の内容だ。光希の能力は大将、つまり私の願いを叶えること。しかしそれが起こるタイミングは不明らしい。私のカンが警戒しているのはまさしくそのタイミングの部分。私のカンは占い師が伝えなかった、その部分を知ることができる。

でも……言えない。私のカンが感じ取ってしまった、この悲しい結果を光希に伝えることは、私にはできない。


『能力が発動するのは、光希が死ぬ時だよ』なんて言えない。


少し暗い気持ちになりながら、私は光希と偵察の計画を立てる。目的地はもちろんあの戦場だ。

誰が行くかの条件は、そんなに厳しくなくていいと思う。これはカンだから、結構信用できる。五人ぐらいを送るとき、女王である私はここにいるのが当然として、側近であるツェーザル、情報処理の光希もここにいてほしい。となると、

「イーサンに行ってもらうのはどうかな?」

イーサンは特殊工作部隊の隊長。能力は『擬態』らしい。あの目つきと一緒で性格の悪そうなイーサンのことだ。間違っても、マスコミに捕まるなんてヘマはしないはず。それにイーサンが選ぶメンバーなら、人ごみの中でもずる賢く調査を続けてくれそうだ。

「いいと思います……呼びますか?」

「うん。お願い」

程なくして、明らかに不機嫌な金髪の男性がやってきた。いつ見ても怖い顔をしている。

「それで、何かご用意ですかジョオウサマ?」

凄んだ時の鳳ぐらい怖いけど、ここは強気でいかなきゃ。

「まず、何でそんなに不機嫌なのか教えてよ」

「フ……それはですね」

イーサンはなぜか少し機嫌良さげに笑って答えた。

「折角のジョオウサマの呼び出しだっていうのに、私を呼びに来たのがこの小娘だったていうのが、一つですね」

「こ、小娘……」

「気にしないで光希。この人も本心で言ってるわけじゃないから」

私はシュンとなってしまった光希を慰める。

「あなたとはそんなにお話したことはなかったと思いますがね」

それなのに私をわかったつもりでおられる。

きっとこう続くのだ。でも私が負けるわけがない。

「カンがそう言ってるの」

「そうですか」

やっぱりまた嬉しそうだ。

「どうして嬉しそうなの?」

「いえいえ別に」

イーサンは苦笑いで手を振りながら答えた。

「私共の女王はこうでなければと思いましてね」

……やば。ちょっと嬉しいかも。

「あらそう」

思わず鳳みたいな無愛想な返事が出てしまう。でもイーサンは気にしないでくれたみたい。

「そんなことより女王、本題に入りましょう」

「おっとそうだったね」

私は光希からあの場所に関する資料を受け取って、それをそのままイーサンに手渡した。

「その場所に行ってほしいの」

「へぇ……」

イーサンはその資料にざっと目を通し、キツイ目を私に向けた。

「調査……ですか」

「ええ。行けるでしょ?あなたなら」

「行くだけなら簡単ですが……何が知りたいんです?」

「もちろん。珞間鳳について」

「……」

イーサンの顔が急に曇る。気持ちはわかるけど。

「これもカンが言ってることだからね。無視するわけにはいかないんだよ」

「……フゥ。厄介な相手としか言えませんねぇ」

今の鳳を相手にするのは厄介どころの話ではない。立ち向かう前にやめたくなるような困難、もとい絶望だ。鳳の目的を予想できてしまった時点で、私たちを取り巻く暗闇は無限の物となった。

「珞間鳳のことは私がよくわかってるわ。彼はやると決めたことはやる男よ」

「だからやりたくないんじゃないですか」

それもそうなんだけれど。

「だからこそ、でしょ?」

今動かなければ、私たちは皆殺し。世界を救うためとは言え、方法がそれしかないと決めつけるにはまだ早いと思う。どうかな、鳳。

「……わかりました。やりましょう」

「ありがと」

「連れて行くのは五人程でよろしいですか?」

「……光希はどう思う?私のカンではいいと思うんだけど」

「あ……はい……いいんじゃない……でしょうか」

「……」

大丈夫なのかこの娘。お姉さん心配だなぁ。

「まあいっか。じゃあ五人でお願い」

「了解しました」

「あくまで調査だからね。くれぐれも深入りしないように」

「ハイハイわかりましたよ」

ホントにわかったのかなぁ。それは謎だけど、イーサンは味方にすると不思議なほど安心できる。

「行くのはなるべく早い方がいいけど、都合のいい日でいいよ」

「心配しなくても、明日には出発しますよ」

それは早い。

「それじゃあよろしくね」

「では私はこれで」

イーサンは最後に軽く会釈をしてから、すれ違いざまに光希をジロリと睨んだ。電流が流れたようにビクリと体を硬直させてなんとかやりすごす光希。見ててかわいそう。

「アンタ、イーサンに何かしたの?」

「いえ、私は何も……。ただ、ルークさんとイーサンさんは何かあったみたいでしたけど……」

「何かってなんだろう?」

「さぁ……詳しくはわからないんですけど、何というか、ライバルみたいな感じで……」

「ふ〜ん」

ルークとイーサンがライバル……ねぇ。ライバルって言っても、得意分野のベクトルが違うから勝負にならないような気がするんだけど。どうなんだろ。

「でもルークとイーサンがライバルってだけなら、光希が睨まれる理由にはならないんじゃない?」

「う〜ん……でも他に思いつかないんですよねぇ」

よくわからないけど、とりあえずそれは置いとこう。今は鳳のことだ。私のカンでは、鳳はあの場所に偵察を出すと思う。

「鳳は慎重だから、その場で争いを起こすなんてことはしないはず。人を送るとは思うんだけど、一般人に紛れてわからないようにすると思うな」

「送るって、あの場所にですか?」

「そう。光希なら、どんな風に送る?」

「そうですね……私なら、普通に野次馬に紛れさせると思います」

「だよねぇ」

ラブロフ君の話だと、向こうには石碑を解読した天才、エリカ=ローランもついてるはずだ。大きな機材を使うために、報道者になりすますなんて考えられない。その大きな機材が小さくなってしまうのだから。そして報道陣の数と野次馬の数を比べた時、当然野次馬の方が多いので、鳳の使者が野次馬に紛れるなら、必然的にそれを見抜く難易度は上がる。だから無理に鳳の部下と接触しようとするのは避けて、純粋な調査だけにすべきだ。

でも調査って言っても、何を調べたらいいんだろう。

「光希、鳳を探すためのポイントをイーサンに教えたいんだけど、何か思いつかない?」

「えっとー……鳳さんってたしか、ビアンカを持っていましたよね?」

「うん。それがどうかした?」

「ビアンカの斬れ味は他とは一線を画していますから……」

……そうか!

「その場に残った切り口を見れば、鳳がどっちへ行ったかを想像することができる……!」

「はい……そう思います」

なるほど。それは鳳にしかない特徴だ。そこにすぐに気づくとは。

「さすが情報処理部隊隊長ね!」

「い、いえ……私は……そんな……」

いちいち可愛いなぁもう!その前髪切っちゃいたいぐらいだよ!

「私……きっとまだまだルークさんには届きませんし……」

あー、なるほどね。

「なんだ、そんなことかぁ」

「そんなことって……」

そういえば、私はそんなこと気にしたことなかったなぁ。

「光希は光希でしょ。ルークと比べてどうのじゃないの!」

「そ、そうでしょうか……」

うんうん。これだよこれ。ルークだったら、こんなにあっさり引き下がってくれないからね。

ところで、優秀とか優秀じゃないとかの話をすれば、鳳のことで珍しくわからないことがある。ずばり鳳が優秀かどうかという話なんだけど、どうなんだろう。戦績でいえば半々ぐらいかな。でも私と一緒にたくさんミスもしてる。エリカを盗られ、ジェラルドにやられて、アーサーさんには手も足も出なかった。騎士道に忠実ってこともなかったような気がする。これは外から見た感想で、私の意見は入ってない。

でも鳳は側近としてはすごくよかったんじゃないかな。いつも指示はすごく的確だったし、上の立場として視野も広く持っていたと思う。何より、ずっとミカの側に居てくれた。側近として、と鳳は言う時もあったけど、それは素直じゃない鳳の建前だということは、二人の間ではすでに当たり前のことだった。二人の間だけじゃなく、騎士団に入る前からずっと一緒だったという事実は、ミカたちの周りにも十分印象的だったはずだ。だから鳳の動作をグッジョブと褒める人もいなったし、鳳も褒められたいとは思わなかった。それが当然だったからね。でも当然、当然が無くなれば激しい違和感とそれに伴う苛立ちや怒りが辺りを漂う。この場合、特に違和感を感じてるのはミカに違いないんだけど。

「どうかされましたか、ミカさん?」

「ううん……なんでもない」

さん付けで呼ばれるとどうしても現実に戻されてしまう。私のことを呼び捨てにしたのは、最近では彼だけだったから。

「ところで光希、いきなりなんだけど、オモテ社会の人たちが集める情報って、どれぐらい意味のあるものかな?」

「オモテ社会っていうと、テレビや新聞のことですか?」

「まあそうだね」

新情報処理部隊隊長は少し首を捻って考える。

「かなり信用できるんじゃないでしょうか?何せ数が居ますから……」

「そっか」

だとしたら、やっぱりオモテ社会とパイプを作っておきたいと思う。前ならこんなことはご法度だったんだろうけど、今さらそんなことも言ってられない。パイプとは言わなくても、探査用の穴がオモテから伸びてきているのは確かだ。向こうから迫られてばかりいるのも癪だし、こちらからあえて不恰好な穴を連結させるのも悪くないんじゃないかな。あまり立派なパイプを作ると切れなくなってしまうから、いつでも埋められるくらいがちょうどいい。

光希にこの話をしてみた。

「……それなら、昔の知り合いを訪ねてみるのはどうでしょう?どの人がミュータントかという情報はメディアでも掴んでいないと思います」

なるほどぉ。それならたしかに、久しぶりだから会いに来たという口実でバレずに接触できる。それに、騎士団、もとい宗教グループのことはとっても流行りのネタなので話題にしても不自然ではなく、すんなりそちらの方向に話を持って行けるだろう。

「じゃあそれで行こう。でも誰のところに行こうかなぁ」

「ミカさんが行かなくてもいいんですよ?」

「え?」

「いやあの……私が行こうかな……って」

一瞬、言葉が出なかった。まあ女王の私が出る必要はないというのはもっともな意見だけれど、それでもこの流れからして私が行くものだと思っていた。私が行かないにしても、

「どうして光希なのさ?」

他の誰かに行かせればいいのに。

「聞きいたいことを知っている私が直接行くのが一番確実で効率的だと思って……」

「う〜ん……そうかもしれないけど、光希知り合いいるの?」

光希には悪いけど、私の学校にこの子が居たら、たぶんスポットライトからは外れると思うんだけど。

「はい。友だちは何人か……」

「そうなんだ」

さすがに一人ぼっちはなかったか。曲者ぞろいのこの騎士団でもやっていけてるんだから、そりゃ仲のいい友だちだっているよね。

「光希が行くのはいいんだけど、一つ条件があるの」

「なんでしょうか……?」

「私も一緒に行っていい?」

「えっ……?」

いや、だってさ。

「だって一人でここに居てもつまんないし」

そして。

「私は自分の足で鳳に近づきたいから」

私にとって鳳は何かと訊かれたら、『全て』だった。私は私の全てを取り戻すために前に進む。本当のミカにアプローチする。私を手に入れるのは、私、ミカじゃなきゃいけないから。

「だから、ミカも一緒に行く!」

私の言葉に光希は黙って考える。それから静かに答えを出した。

「わかりました。行きましょう、ミカさん」


さすがに私と光希だけでは危ないので、一人戦闘要員を連れて行くことにした。

「おとなしく……していてくださいね……女王」

「わかってるよ」

残念だけど、こういう役はツェーザルしかいない。立場上側近だし、それなりに強いはずだ。

「ツェーザルさんの能力って何なんですか?」

光希がこう尋ねた。そういえば、私も知らない。女王なのに何も知らない。鳳も知らなかったはずなのに。

「……お見せしても……いいんですが……少し……離れていてください」

「?」

私たちが側にいると使えない能力なんて、いったいどんなデンジャラスな能力なんだろう。そう思いながら私と光希は三歩下がった。

「……では」

そしてツェーザルは能力を発動した。

私が見た能力の中で、最も恐ろしい能力だっただろう。印象ではあのジェラルドよりもずっと怖い。近くにいるだけで、“火傷”しそうだった。

「これが俺様の能力さ!」

能力の発動と共に性格まで一変させたツェーザルに、私たち二人は声が出なかった。ツェーザルの能力は、“炎になること”。信じられないかもしれないが、文字通りに解釈してほしい。今私たちの前には、人型の真っ赤な炎がゆらめき、それが言葉を喋っている。

「ツェーザル……だよね?」

「当たり前だろ女王サマ!」

いやウソでしょ。私の知ってるツェーザルは、こんなにビックリマークを連発するような人じゃなかった。

「どうだい俺様の能力は!満足してくれたかい??」

「いや満足って……」

これは……。

「強いかもしれないけど、危な過ぎるんじゃ……」

「それなら心配すんな!」

ツェーザルは食い気味に否定した。そして炎だった右腕だけを生身の肉体に戻す。炎の中から人の右腕だけがにゅっと突き出た形になり、なんとも言えず気持ち悪い。

「こうやって、いつでも元に戻せるからよ!」

はあ。……もういいかな。

「じゃあ、今戻ってくれない?」

「ガッテン承知!」

威勢のいい返事で再び人間のツェーザルが現れる。やっぱりいつもの仏頂面。

「……いかが……でしたか?」

「え、あ、うん。よかった……んじゃないかな?ねえ光希?」

「は、はい。そう……ですね」

この変化について行ける人が居たら見てみたい。見た目もさることながら、能力発動時とそれ以外ではまるで別人のようだ。

「それにしても、驚きました。変わった能力ですね」

これは光希だ。ツェーザルは視線を外して答える。

「便利では……あるんですがね……大抵の……物理攻撃は……効きません……」

「効く物理攻撃ってあるの?水鉄砲とか?」

どんなゲームでも火は水に弱いものだ。でも。

「水程度なら……触れた瞬間……蒸発させられます……そうではなく……実は……心臓だけは……炎に……できないんです……」

「じゃあ心臓を狙い撃ちされたら」

「死にます」

なるほど。じゃあ不死身ってわけでもないんだね。

「……あと」

「まだ何かあるの?」

「サイズが……調節できます……」

「はい?」

どゆこと?

「炎ですから……大きくなったり……小さくなったり……できます……そのサイズのまま……生身に戻ることも……可能です……」

「……ちょっとやってみてくれない?」

いまいち想像できないから見てみたい。

「ここでは……危険なので……地下に……行きましょう……」

「うん」

というわけで一面コンクリート造りの地下にやってきた。ここは普段、騎士たちが体術の特訓をするために使われているトレーニングルームだ。燃えるような物が一切無いため、ここならツェーザルの能力も好きに使える。

「ツェーザルさん、この持ってきた灯油はどうすればいいんですか?」

「……その辺に……置いといてください……」

光希はオレンジのポリタンクを足元に降ろす。ツェーザルも女の子になんて物騒な物を用意させるんだろ。

「……ところで……お二人は……手品は……お好きですか……?」

「え?……まあ、好きだけど?」

ツェーザルがこんなことを聞くなんて。この人にもそんなサービス精神があったとは意外だ。

「……では……今から……こいつを……一気飲みします……」

ちょ、ツェーザルの口から『一気飲みします』とか超シュール。てか灯油に手を乗っけるのも意味わかん無い。

私たちのそんな混乱をよそに、ツェーザルは細い腕で案外軽々とポリタンクを持ち上げ、それを自分の口に当てがって一気に傾ける。黒くてドロドロした液体が彼の口の端から溢れる。しかし、流れ出る量以上が彼の体に入っていることが、動く喉を通してわかった。

え、マジで飲んでるし?!

「……プハッ……」

ツェーザルは手の甲で口の周りを拭って空になったポリタンクを置く。……。

「ちょっとツェーザル大丈夫?!」

あまりにも非現実的な光景に私たちは思わず駆け寄る。ツェーザルはそれを片手で制して、

「……少し……離れて……いてください……」

と距離を取るように言った。私と光希はお互い顔を見合わせながら言われた通り下がる。

「……ダァラァッ!!」

それを見てツェーザルは姿を変える。先ほど同様辺りの空気が一気に熱を帯びる。しかし先ほどとは圧倒的に違う物があった。

「うわ……大っきい……」

そう、サイズだ。炎の人が今回は炎の巨人と化している。腹に貯めてた灯油で大きくなったんだね。ていうか本当に熱い。このままだとこの部屋サウナになっちゃうよ。

「ねぇツェーザル、デッカくなれるのはわかったからもう元に戻っていいよ」

「おうよ!」

ツェーザルは残念がることもなく、快く(?)能力を解除して、普段の姿に戻り始めた。

そして感じる違和感。何かがおかしい。ツェーザルの足元から順々に人の形が現れているというのに、前とは明らかに違う。

「え……大っきい……」

靴のサイズは優に三十以上。身長三メートル超。何ここ魔法の国?ていうか服も一緒にサイズ変わるとか超便利。

「……種も……仕掛けも……ありません……」

手品にしてはリアル過ぎて怖いよ。実際に大きくなっちゃうなんて。手とかもめっちゃデッカいし、握手とかも怖い。

「……これが……私の……能力です……」

どうやらツェーザルの能力には主に二通りの使い道があるらしい。一つは炎になって周りを巻き込むこと。もう一つは、巻き込んだ物に応じて自身の大きさを変えること。後者は出番があるかどうか微妙だが、あって困る物ではないだろう。

ツェーザルは一瞬炎になって、その体の一部を消火することで自身のサイズを元に戻した。

「……なんて言うか、その、変わった能力ですね」

「そうだね」

光希の意見に完璧に同意する。強いとか便利とか以前に、変わっている。もちろん強くて便利なんだろうけど、それ以上に目を引いてしまう。

「……とりあえず……死ぬことは……ほとんど……ありません……」

そうだろうね。炎モード(仮)になれば弾丸も受け付けないわけだし、突っ込んで来たら逆に火傷させるまである。唯一の弱点である心臓も、握り拳大の動く的と考えれば案外狙うのは至難の技だ。

「まあツェーザルの能力はよくわかったよ。ありがと」

「……いえいえ……」

さて、これで戦力に関する不安はなくなったわけだけれど、

「光希の知り合いってどんな人?」

光希の友だちってどういう感じの人なのかな。きっと明るい人なんだろうな。

「今回は、その……先生を訪ねようかと思いまして……」

「へ?」

先生?大人?

「いやあの……一番話しやすいのが先生だったんで……」

「えー……」

いや別に悪いことではないしさ?そういう人もいるだろうけど、それでも大人はあまり好ましくないんじゃないかな。大人って変に勘ぐるところあるし、今回はオモテ社会の人たちがどの程度関心、情報を持っているのかを知るのが目的だから相手が大人である必要はないはずなんだ。

「ホントにその人で大丈夫なの?」

「はい……相手が話したくないことを無理に聞こうとするような先生ではありませんでしたから……」

う〜ん。

ちらっとツェーザルを見てみる。顎を上げて姿勢よく構えていて、我関せずってか。

「光希がそう言うなら、いいよ」

「!はい!」

喜ぶ光希かわえぇ。惚れちゃいそう。

「出発は明後日でいいかな?場所はわかるの?」

「大丈夫です。場所もわかります」

「なら決まりだね!」

私が見上げると、ツェーザルは無言で頷いた。


「えっと……ここ……ですね」

四月二十日。私たちがいるのは東京郊外の古びたアパート前だ。三十台独身男性が住むにはちょうどいいぐらいかもしれないけど、外から見てるだけで中に住んでる人が想像できてしまいそうだった。

「204……204……」

私と光希は部屋の番号を確認しながら通り過ぎる。今ツェーザルは一緒じゃない。ツェーザルの見た目は、転校先の友だちや、親などと言い張れるような感じではないからだ。その代わり、いつでも飛んで来れるようにすぐそばのコンビニで待機してもらっている。

ピンポーン。光希がインターホンを押して、今さらながらすんごいそわそわしてる。どんな人が出てくるのかな。

「どちらさま……って……光希……光希じゃないか!」

「お久しぶりです。先生」

扉の向こうから現れた人物を見て私は固まる。なぜって、その人があまりにも似ていたから。あのバルドに。

「そっちの子は?」

先生に覗き込まれて我に返る。

「あ、園田美江です。光希の友だちです」

「そっかそっか。光希もちゃんと友だち作れたんだな!ま、こんなところじゃなんだ。上がってくれ」

「おじゃまします」

先生……えっと加藤先生っていうらしい……その加藤先生の後ろに着いて狭い居間に入る。中も期待通り、可もなく不可もなくといった具合だ。ここでツェーザルにこっそりメールを出しておく。

「それで光希、今日はどうしたんだい?」

私たちは加藤先生と連絡を取る手段がなかった。だから今日はアポなしのサプライズ訪問だったのだ。

「はい。近くまで来たので、久しぶりに顔を見せようと思って……」

「そっか。わざわざよく来たな。お茶入れてくるよ」

光希が信頼を寄せるだけある。気が利くし、すごく若い。倍近く歳が離れているはずなのに、全く気負いしないで済む。

少しして、湯気を立てる紅茶が小さなちゃぶ台の上に置かれた。

「それにしても光希、驚いたよ。あんなに突然転校って言われたのは初めてだったからな」

「それについてはすみません。父の仕事の関係で……」

「いや光希が悪いんじゃないんだろうな。それで、どうだ、新しい学校は?」

来た。予想されていた質問。答えも用意してあるけど、なるべくこの話題は避けたい。

「はい。楽しいです。美江さんも居ますし……」

「そっか。それはよかった。園田さん、光希と仲良くしてやってくれな?」

「はい。もちろんです!」

作られた会話の中でここだけは純粋に返事をできた。それにしても先生のいい人オーラすごい。こうやって偽名使って訪問するだけでも心が痛む。

そんなとき、突然玄関の扉が開いた。

「よーっす、加藤。来てやったぜ……ってなんだ、客かい?」

「だから来るときは連絡よこせと言ってるだろう、真田」

新たに入って来たのは短髪のこれまた若そうな男だった。先生と同じくらいかな。細身で割と長身だ。

真田と呼ばれた人は断りもなしに中に入ってくる。決して広くはない居間に人が四人も入ってしまった。

「君たち加藤の生徒かい?こんにちは、僕は真田明仁。加藤とは高校からの付き合いだ」

真田さんは最初に私たちに向かって自己紹介をした。こっちもこっちで気さくでいい人そう。それを見て先生はため息を吐いた。

「一年前に転校した生徒とその友人だ」

それから先生は私たちの方に向き直って、

「真田は新聞社に勤めてるんだが、行き詰まるとよくこうやって来るんだ」

参ってしまうよ、とでも言いたげに肩をすくめる先生。

ところで、大事な情報が聞こえたような気もする。

「真田さんは新聞社の人なんですか?」

「ああ。最近はあのエンジェルメイトのことを調べててね。流行りのネタだし、興味あるかい?」

!これは好都合だ!オモテ社会の情報量を調べようと思っていたところに、その専門家が来るなんて!

「はい!とても興味あります!」

これで真田さんから色々聞けたら、私たちの目的はすぐに達成できる。超ラッキー!

「それじゃあちょろっとだけ話ちゃおっかなぁ……どこら辺が聞きたい?」

これは自分たちで聞けるところを選べるということだろうか。それなら、

「光希、何聞きたい?」

光希は情報処理部隊隊長だ。頭の回転なら、騎士団でも随一だろう。

「そうですね……あの、エンジェルメイトのリーダーについて、ってわかりますか?」

「どっちだい?乾か、ジェラルドか」

「乾の方です」

なるほど。ピンポイントであってピンポイントでない質問だね。全ての始まりが乾なわけだし、スタートを押さえれば大抵その後も繋がってくる。

「うんわかった。どこから話せばいいかな……んじゃ、乾の生い立ちなんてどうだい?」

「ぜひ知りたいです!」

返事したのは光希だ。光希がこう言うなら大事なことなんだろう。

「僕の取材によれば、乾は昔普通の子どもだったらしい」

まあ能力以外は正常だし、隠していた、もしくは発見されていなかったら、私と同じように普通の人として過ごしていても不思議はない。

「でも何か、十三歳ぐらいの時、変な力に目覚めて孤児院を出てったんだってさ」

「その力って何ですか?」

「そこまではわからないなぁ」

光希、意外と策士。真田さんに鎌を掛けて新聞の情報量を引き出すなんてやりおる。

「乾は孤児院を出た後どうなったんですか?」

「ああ……って、残念ながらそれからのことは詳しくはわからない。あ、でも意味わかんないだろうけど、イタリアに行ったことがあるみたいだな」

「イタリア?」

イタリア…………イタリア?

「どうしてわかったんですか?」

「あのテレビ放送は世界中でされたらしくてな。イタリアで乾を見たっていう人が居たんだ」

「へぇ……珍しいこともあるんですね」

「だろ。なんとそのイタリア人が孤児院のおばさんでよ。もう五年も前の話なんだけど、乾はその時、一人の女の子を養子として引き取ったらしいんだ」

驚きだよね、と真田さん。

いやホント驚きだよ。驚きすぎて声も出ないよ。そんな情報騎士団も持ってないのに。さすがオモテ社会。騎士団にできない聞き込みという手段で来たか。今してるけど。

ていうか、それホントに乾?本物だとしたら何やってんの乾?養護施設から養子?何乾ってロリコン?マジで?

「その女の子ってどうしたんでしょうか?」

「さあ。乾を見たっていう情報はそれが最初で最後だからね。さっぱりだ」

乾に関してわかるのはここまでか。でも有益な情報が手に入った。一つはマスコミの情報力。それは私たちの予想を遥かに超えていた。大したものだと思う。二つ目は乾の行動。イタリアに行き、女の子を一人連れて行ったらしい。あの乾のことだ。どうせ善意なんかじゃなく、打算で動いてるに決まってる。

その後は先生と真田さんとたわいもない会話をして私たちは帰った。先生は最後までいい人で、私たちにまた来なさいと言って連絡先を教えてくれた。私たちが携帯を持ってないと言っても笑っていた。

「何か……収穫は……ありました……か?」

「うん。とっても」

そしてツェーザルに今日得た情報を話した。さすがのツェーザルも、珍しく目を見開いて驚いてた。

「大したもの……ですね」

「でしょ。ホントそうだよね」

「……それにしても……乾は……何を?」

「うん……ホントそうだよね」

思わず声のトーンが一つ下がる。まぁた謎増えちゃったよ。

「乾は……その少女を……何に……使う……つもり……だったんでしょう……?」

「う〜ん……実験台とか?」

「……エリカ……ローランのことは……まだ……知らなかった……はず……です……」

「えっと……じゃあ……光希はどう思う?」

キラーパスゴメン光希!

「さあ……よくわかりませんが、戦国時代で養子といえば後継者にするためにもらいますよね」

「後継者……?」

乾が?

「ないない。だって乾って、何でも自分でやっちゃうようなヤツでしょ?それが自分の後のことなんて考えないって」

「で、ですよね〜」

そう。面倒見がよくて、義理堅いあのベティさんを裏切るようなヤツだ。それが自分以外のために、まして世界を守るためなんかに後釜を残しておくわけがない。

「……今は……死人のことより……生者のこと……でしょう……」

「そうだね」

今生きてる珞間鳳のことを。

「明日にはあの場所に行ったイーサンが帰ってくるはずだよ。そしたらまた何かわかるかも」

「……それでは……今日は……」

「うん、解散だね。おやすみ、光希。あと、ツェーザル」

「おやすみなさい。ミカさん」

「……失礼します……」

光希は手をヒラヒラと振り、ツェーザルは一礼してこの王室から去って行く。おやすみ。


翌日。事は早速動いてしまった。

「おかしいわ」

四月二十一日。今日はイーサンたちが帰ってくる日のはず。それなのに、夕方6時を過ぎても戻って来ないとはどういうことだろ?

「ツェーザル。まだ連絡取れないの??」

「……はい……ダメ……です……」

やっぱりおかしい。昼間からずっと呼び出しを掛けているのに一度も出ない。

私は手元の通信機で彼女を呼ぶ。

「光希。今すぐ来て、イヤな予感がするの」

すぐに光希がやってきた。

「どうしよう光希!!イーサンさんたちが帰って来ないよぉ!!」

「…………」

「あ」

間違えた。

「コホン……情報処理部隊隊長はどうしたらいいと思うでございます?」

「…………」

「あ」

間違えた。

「コホン……お腹空いたね」

「は、はい……」

ノォオオオオオオオ!違うよ!違うよ!頭空っぽになったわけじゃないよ!食いしん坊なわけでもないよ!ホントだよ?

「あ、あの〜ミカさん?」

「はっ?!……何??」

あぶない。現実逃避してそのまま意識まで手放すところだった。えっと……何の話してたんだっけ?

「イーサンさんたちのことですが、やっぱり直接行くしかないと思います」

「あ、えっと、そうかな?」

あそうだそうだそれだ。よく考えたらやっぱり緊急事態だった。

「わかった。じゃあ今度は……」

「待って……ください……」

「え?」

ツェーザルが話を遮った……?

「イーサンたち……工作部隊の……生還率は……騎士団でも……トップです……」

「……それで?」

だから信じて待ってろって言うの?

「……その工作部隊が……時間通りに帰って来ないなど……ありえません……」

「……」

「何か……大変なことが……あった……可能性が……あります……」

「それなら」

「彼らが……帰って来れないほどの……事件なら……我々……20人で行っても……同じことに……なるかも……しれません……」

え?

「ウソ……でしょ?」

「……ウソでは……ありません……それほどまでに……イーサンは……強い……」

「……」

……はぁ?じゃあどうして悪い予感しなかったの?私の能力は、そういうことならほとんど前もってわかるはずなのに。

「あの〜……ツェーザルさん」

「……何か……?」

光希がそろっと手を上げた。

「それならここに居ても同じことでは?」

げっ。光希がツェーザルに意見した?!

「……だからと言って……死に急ぐ……必要は……ない……でしょう……」

「何もしないでただその時を待つより、必死に戦った方がいいんじゃないでしょうか」

「……」

「……」

何かすごい珍しい光景になってる。光希がここまで強く主張することがまずなかったから。でも……そうだなぁ。私は。

「……女王……あなたが……決めてください……」

「……私は、ぜひイーサンたちを追いたいわ」


「……私の意見では……この建物にいる……全員で……行くのが……得策だと……思います……」

「ずいぶん変わり身早いんだね?」

行くと決まるとすぐに、ツェーザルは計画を立て始めた。さっきまで光希と睨み合ってたのに。

「……女王命令……ですから……」

「へぇ」

いやホント大したものだよね。ツェーザルこそ騎士の中の騎士って感じだよ。

「でも全員っていいの?全滅するかもしれないんじゃなかったの?」

「……行くなら……それしかないです……」

「じゃあそうしよう」

「……」

たぶん最後通告のつもりだったんだろう。でも私は考えを変えるつもりはない。たとえ鳳まで届かなくても、少しでも近づくためにね。

「でも、出発が明日朝早くなんて急だね。どうして?」

ツェーザルと光希の計画によって、明日の朝六時の出発が決まった。確かに一刻を争う事態かもしれないけど、今いる二十五人の騎士全員の出陣にしてはあまりにも急ではないか。

「……仮に……イーサンが……すでに……殺されている……としても……あのイーサンが……ただで……やられるはずが……ありません……」

「どういうこと?」

「……何か……ヒントになるような……サインを……残すはずです……」

「それが薄れる前にってこと?」

「……そういうこと……です……」

私たちがイーサンをあの場所に送り込んだのは鳳の足跡、ビアンカの痕跡を探すためだ。それが残っているのは木の枝などだろうが、二週間近く経った今ではさすがにわからなくなっているかもしれない。もしイーサンが手がかりを残してくれているとしたら、それはますます貴重で重要な物になる。

「……それに……イーサンが死んだとも……限りません……」

「え?」

ツェーザルは王室の机を意味もなくなぞってから答える。

「……工作部隊の中でも……イーサンは……特別です……ヤツの……能力は……擬態……それを……見破った者は……いません……」

「へぇ……」

そんなにスゴイなら見てみたいな。

「……生きているとしたら……敵に囲まれて……能力を……解除できない……状態……でしょう……逆に言えば……その間……敵の情報を……得ることが……できる……」

「……うん」

生きていれば……ね。もしかしたらそれがツェーザルのモチベーションの一部なのかもしれない。だとしたら私のカンが言うことなんて伝えない方が……。

「わかった。それじゃあみんなに伝えて。今から八時間後、転居を始めるって」

「了解……しました……」

今回のことをきっかけにこの建物とさよならすることになる。色々あって傷だらけになったこのビルも、離れるとなると名残惜しい。

「……移転先は……15棟で……よろしいですね……?」

「うんいいよ」

15棟はあの場所近くの小型の基地だ。

「……ところで……」

「?」

「……みんなの中に……テルマ……ローランは……入りますか……?」

「……」

今までわざと触れないようにしていた問題。テルマは今、地下の牢獄で死んだように生きている。かつてお人形さんのように綺麗だった容姿も、今となっては人形のように惨めっぽい。それもこれも、与えられた食事にほとんど手を付けず、ただただ膝を抱いて塞ぎ込んでいるせいだ。

「……入れよう」

触れたくなかったけれど、答えはすでに用意していた。でもそれが正しいのかどうかさっぱりわからないんだ。いつもならカンが判断してくれる。後悔しない選択をさせてくれる。でもなぜか、鳳と別れてからカンが助言してくれることが減った。たぶんジェラルドがアーサーさんの感知を鈍らせたように、鳳の運が私のカンを封じているんだと思う。

このままテルマさんを置いていけばきっとひっそりとテルマさんは力尽きるだろう。誰にも気づかれず、何の影響も及ぼさずに消えるだろう。でも私はそれじゃあ困るんだ。鳳も言ってた通り、テルマさんが何かを知っているのは確実だ。たぶん乾のことだろう。前にも言った通り、根本を抑えればその後はある程度予想できる。テルマさんこそが、その根本に直接アクセスするための最後の手段なんだ。

「私たちももう寝よう。少しでも体を休めないとね」

「……了解……しました……失礼……します……」

ツェーザルがいつものように一礼して出ていく。私も部屋の電気を消そうとスイッチに手を掛ける……フリをしてツェーザルが見えなくなったのを確認して通信機を手に取った。

「光希……話がしたいんだけど」


「月が綺麗だね」

「な、何を言い出すんですかミカさん?!」

光希が予想以上に体をビクッとして顔を真っ赤にする。あれ?何かおかしなこと言ったかな?

「いやミカさん私はあの……あくまでノーマルで……でもミカさんがどうしてもっていうなら私……」

「ノーマル……?何言ってんの光希?」

「だってミカさん……愛してる……って」

「はい……?」

今怪しいルートが開拓されたような……修正しないと。

「とにかく、今のはなかったことにして」

「は、はい」

と言いつつ何で頬染めたままなの。この娘もしかしてアブノーマル……?

「ふぅ……こんなバカ話するつもりじゃなかったんだけどね」

「は、はぁ……すみません」

「……こんな綺麗な夜なのに、出掛けなきゃいけないなんて残念だね」

「仕方ありませんよ……緊急事態ですから」

「まあね……」

緊急事態……ね。

「ねぇ……光希は、鳳のこと恨んでる?」

「え……」

ちょっと答えづらい質問だったかな。それでも私は知りたい。

光希は俯いたまま答える。

「私は……鳳さんに恨みはありません。ミカさんの話を聞いて、むしろいい人だったんだなって思います」

「あは、それは私が話すからだよ」

と返しつつもやっぱり嬉しい。今だから言うけど、私は鳳が大好きだ。大好きだなんていう言葉では足りないほど、私は鳳に浸かっている。

私にとってそんな存在である鳳を否定されると私は悔しいし、憎い。自分が貶されるより何倍も腹が立つ。そして悲しいことに、この騎士団のほとんどの人が鳳を良く思っていないだろうということも感じる。その中で鳳のことを悪く思わない人がいることが私はとても嬉しかった。

「……どうして今それを?」

「……」

この質問をするのに逡巡したのにはわけがある。

ここ最近、私の胸を叩く嫌な予感は日に日に増すばかりだけれど、それがピークに達しようとしている。近い将来、というよりも今日か明日、何かとても良くないことが起きる。その確信が、私にはある。けれどそれを誰かに伝えられたことはただの一度もない。これを伝えることでみんなを絶望に突き落とすのは明らかだから。しかも今回は回避することができない予感がする。強い騎士達とはいえ、銃口を咥える可能性もないとは言えない。

「……聞きたい?」

私の問いかけに光希は少し表情を曇らせたが、それでも力強く答えた。

「はい。とても」

……しょうがない。

「たぶん、今日か明日。あなたは死ぬわ」

光希の大きな目がますます大きく見開かれる。

「あなただけじゃない。この騎士団のほとんどの人が死ぬ」

光希の目は限界まで開かれていた。それから光希はいつものように俯いた。

「……そう……ですか」

光希は悲しんでるんだろう。雫が垂れる気配はないけれど、何も感じないはずがない。

「……私たちは、どうやって死ぬんでしょうか」

「そこまではわからないの……ごめんね」

「いえ……ミカさんは悪くありませんよ」

再び顔を上げた光希は笑顔だった。どうやったらそんなに綺麗に笑えるんだろう。

「……でも……結局私は、ミュータントじゃなかったんでしょうか……」

「……そのことなんだけど……」

……今さら隠してもしょうがないよね。

「光希の能力は、あなたが死んだ時に発動するようになってると思うの」

「!」

光希の顔が急に明るくなる。……どうして?

「私も、ミカさんのお役に立てるんですね……!」

ジワリ。私の心が湿り出す。胸の辺りが熱くなって、込み上げてくるものを抑えきれない。

「ごめんね……ごめんね……」

ごめんね……何も……出来なくて……ごめんね……。

「泣かないでください、ミカさん」

なんかすごい変な構図だ。本当に怖いはずの光希が笑顔で、私が泣いてるなんて。

「私は、ミカさんの側に居れて、すごく幸せでした」

「光希……」

私は思わず光希を抱きしめる。現実を変えたくて、この温もり強く引き寄せる。

「ミカさん……」

光希は引き剥がすことも、抱きしめ返すこともしないで、ただ黙っている。今何を考えているのかはさっぱりわからない。

満足するまで抱きしめた後、私は光希を離した。

「そういえば、光希の能力で何を叶えたらいいか、考えようと思って」

「あぁ……それなら、世界平和……なんてどうでしょう」

「……どうして?」

「……今鳳さんとミカさんがバラバラなのは世界の存在のためですよね。それならその問題を解決してしまえば鳳さんも戻ってくるはずです」

「……うん……そうだね」

私はまた泣いてしまいそうになるのを必死に我慢した。私は幸せ者だ。

「それでは……おやすみなさい……」

「うん……おやすみ……」

私は最後に光希の瞳を見て笑って見せた。たぶん光希ほど綺麗な笑顔ではなかったと思う。光希も笑顔で返してくれた。その顔をしっかりと目に焼き付けて、私は光希に背を向けて歩き出した。


その時だった。


一筋の閃光が私の背後を貫いた。


天罰かと思った。自分の運命を受け入れず、逆らい続ける私に対しての報いかと。もしかしたら本当にそうだったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。でもこの古びたビルの屋上から地下までを貫き、光希を含めたたくさんの死者を出した閃光は、確かな質量を持った執行者だった。

「久しぶり……と言っても、キミはあの時気を失っていたか……」

声も出せない私を見下ろすその女の手には、生々しい傷跡があった。もともとは人間らしかったであろう容姿も、今となっては人形のようだ。いや、朽ち果てるという意味ではより人間らしいのかもしれない。雑巾のよう、と形容されるのがふさわしいと思えてしまうほどやつれた女だ。

「では……一応はじめまして」

女は言った。

「エリカ=ローランだ……よろしく」


私の能力は未来予知だ。その先に悪いことが起きるとき、事前にそれを察知して回避することができる。しかしその時間すらないほど、エリカ=ローランの襲撃は一瞬だった。

「何で……アンタが……」

やっと絞り出した言葉がこれだった。だって……そうでしょ?

「何で……か。理由はいくつかあるが、一つは」

そこまで言った時、

「イヤァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

新しく開けられた吹き抜けを通って、地下からとても人間らしい女の叫びが聞こえてきた。生を懇願する時のあの叫びだ。

「……」

その絶叫を辿って宙に浮いていたエリカ=ローランが姉の元へ向う。ブースターなども装備していないのに自由に飛び回る能力は、昔どこかで見た気がする。

「姉さん……」

「ア……アァ……」

鉄格子を挟んで、久しぶりに姉妹が向き合う。地面を這う姉を、妹が見下ろす形だ。

「ずいぶんやつれましたね、姉さん」

「出……して……ここから……出し……て……」

妹の語りかけに応じる余裕は今の姉にはない。生きることだけを考えて、あるわけもない抜け道を探す。

「ずいぶんの虫のいいことを言うんですね、姉さん」

妹の瞳が、冷淡で残虐な気配を帯びる。

「私を売ったのに」

……そうか。わかった。

この騎士団に居たスパイっていうのはテルマさんだったんだ。テルマさんは何かの機会で乾と接触し、取引をした。乾がテルマさんに渡した物は、テルマさん自身の命か、よりよい研究環境か、よくわからないけど、乾の要求した物の一つが、妹のエリカ=ローラン。あの十字架の形をした『失敗作』もその時にエンジェルメイトに渡ったのかもしれない。乾が石碑を読めたのも、テルマさんと内通してたからだったんだ。とにかく、テルマさんがエリカの居場所を乾に教え、乾は苦もなくエリカを手に入れた。その後十字架に架けられて初めて、妹は姉の裏切りを知ったに違いない。自分が手に穴を開けられ、『失敗作』の副作用として寿命を縮められ、人間らしさの一切を奪われたのは、姉が自分を差し出したからなのだと。そしてきっとそれと同時にある意味での人間らしさを得た。生きる意味ともなっていたそれは、今ようやく成就しようとしている。

「一緒に行きましょう、姉さん」

「アゥ……アアゥ……」

もはや姉の目は何も捉えない。自分の襟首に伸ばされた腕に抵抗することすらしない。走馬灯も、見ることはできていないんじゃないか。

妹は鉄格子を開け、姉の襟首を細くてボロボロの右手一本で掴むと、何事もなさそうに能力で浮かび上がった。

「理由……まだ一つ目だったな」

姉を復讐のために連れていくことが一つ目だったのか。女は私を見下ろす位置で止まって言った。

「二つ目は……そうだな、嫌気が刺したのだ、あの男に」

「……え?」

エリカの登場からずっと放心状態だった私は、ようやく目を覚ました。

「あの男って……鳳のこと……?」

「まあな……今はエースとかって名乗ってるみたいだが」

エリカは口から息を吐いて続けた。

「あの男、神を復活させると言うから協力したのに、いきなり世界征服だなんて言ったのだ。付き合ってられん」

「……鳳が……そんな……」

そんな自分勝手なことを……?

「そんな男なんだよ。アイツは」

「ウソ……だ……」

それじゃあ鳳は……乾以上の……悪……?私の探していた物は……?

エリカは意味もなく首を傾けて続ける。

「そういうわけだ。あの男から貰ったこれも、今となっては意味がない」

そうして女は私にとって思い出深い“それ”を投げて寄越した。空中で何回転かした“それ”は、美しい弧を描いて私の足元の床に突き刺さった。

「ビアンカ……とか言ったか」

改めて見てもビアンカは美しかった。数え切れない人を切って来たはずなのに、一切の穢れを知らないのは本当に不思議だ。

「あの男の側近として受け取ったのだがな、結局一度も使わなかった」

「……」

私は突き刺さったビアンカの柄を握る。自分でも驚くほど手が震えていた。

「アンタ……殺す」

私の知っている鳳とエリカ知っている鳳は違う。別人だ。そんな別人を、私の鳳と一緒にしないでほしい。

「死ね……」

鳳は……。

「死ね……」

私の鳳は……!

「死ね……!」

私の鳳はもっと優しくて強かった!!

「死ねぇええええ!」

私はブースターも着けずに飛び上がる。両手でビアンカを頭上に構えて。私の着地点に足場は無い。次に足が付くのは地下のコンクリートの床だ。でもそんなことも頭から無くなるほど、私は混乱していた。私の中の私が、崩れ去っていた。

しかし、私の運動能力でエリカとの距離を埋めるのは不可能だった。届かないと悟ってから、自分の状況を知り、そして絶望した。


……終わり……なの……?


私は静かに目を閉じた。


何かが私を抱きかかえた。何かの力が私を持ち上げた。

「まったく……死に方も……知らないんですか……?」

赤い髪に赤い服。全身真っ赤なその男は、ブースターを背負って私を抱きかかえていた。

「ツェーザル……」

「……」

ふわりと元の場所に着地する。地面に足を付けて、私はまず、

パシッ

ツェーザルを打った。

「何で!?どうして助けたのさ?!」

もう鳳は居ない。鳳はいつの間にか他の誰かに挿げ替わっていた。……そんな世界も、私も、もう意味なんて無いじゃん。

「……あなたに……教えて差し上げます……」

「……何……?」

……やめて……イヤな予感がする。

「あなたに……死に方を教えて差し上げます」

「やめてぇ!」

どうして止めるのか。自分でも理解できなかった。意味の無い世界の、意味の無い住人の、意味の無い死。それがこれから起きる事象の正体なのに。

「やめておけ……」

「?!……」

放たれた女の声がツェーザルの足を止める。ツェーザルは女をヒタと睨みつけた。

「なぜ……?」

ツェーザルは臨戦体制のままエリカに問いかける。エリカは少し顎を上げて答えた。

「私はもうすぐ死ぬからだ」

「?!」

ツェーザルの表情とは対照的に女は冷静だ。

「あの装置の副作用だ。もう三日も保たないだろう」

「……」

あと三日……私なら、どうするんだろう。

エリカは再び口を開いた。

「そういうわけだ。私は放っておけば死ぬ。こんなところで無駄なエネルギーを消費するのはバカだとは思わないか?」

「……」

ではなぜ今更ここに来た?

「いいことを思いついた……窓辺ミカ、お前にいい土産をやろう」

不意に女が話しかけて来た。

「土産……?」

「そうだ。きっと役に立つ」

……何だろう。まったくわからない。

「私の能力をやろう」

「え……?」

エリカの能力……神の器……?

「私が死んだら私の持つ能力は全てあの男の下へ行く。それは癪だからな」

……でも、それでどうすればいいんだろう。私だってそのうち、殺されちゃうだろうに。

「私が持ってるのは元の磁石としての力の三分の二だ。とはいえ、できなくなったのは能力の分割ぐらいだがな」

「……」

そんなこと心配してるんじゃない。それが顔に現れていたのだろうか、エリカが付け加える。

「どう使うかは好きにしろ。何ならそこの男に渡してもいい」

いや……私は。

「それともう一つ」

「……まだ何かあるの?」

私はエリカを見上げた。

「……あの戦場から東に五キロ行ったところ、エンジェルメイトの基地がある。そこに、あの男がいる」

一瞬息がうまく吸えなかった。実質、鳳までの道が一気に開けたということだった。行こうと思えば行けるということ。

女は次に縦横五センチくらいの小さな黒い立方体を投げた。私は反射的にそれを受け取る。

「行くんだったら地下にも行ってみるといい。そこでそれを使え」

「これは?」

「QRキューブ……私の作品の一つで……つまりは鍵だ」

「……」

何に使うのかは不明だけど、とにかく失くすわけにはいかなさそうだ。

「それでは……さらばだ」

女は最後にオレンジの光を私に投げつけて去って行った。

私に引力が宿る。力が欲しいという衝動に駆られる。これが今の鳳を突き動かしている物。でもこの渇きはひとまず置いといて、今はもっと大事なことだ。

「光希!!」

私は同じ階の壁際に駆け寄る。光の塊となって現れたエリカに、一番最初に壁まで吹き飛ばされていた。かろうじて生きてはいたが、まさしく虫の息という状態だった。口から血の泡を吹き、身体の内側が傷だらけなのがよくわかった。

「ミカ……さん……約束……」

「分かってる。分かってるから」

光希の死は止められない。もう光希の運命を知った時、私はもう十分に泣いた。今はやるべきことをやるんだ。

「世界を救うこと。それが私の願い」

「っ…………」

光希は最後に可愛く微笑み、それからぷっつりと力尽きた。一滴だけ、私の頬を涙が伝う。光希の死に伴い、私は願い、それは確実に成就する。私の力がそれを確信させる。

「おやすみ……光希」

私は壁にもたれかかっていた光希に床に寝かせた。そして立ち上がり、後ろにいたツェーザルと向かい合う。

「三日後、エンジェルメイト本部に向かうわ」


三日が経った。結局、エリカの襲撃の後で生きていたのは私とツェーザルの二人だけだった。屋上から地下まで貫かれたとはいえ、一撃で二十人以上を葬るなんて偶然で済むことじゃない。けれど三日経って、私の下に二つの能力がやってきた。一つはテレキネシス。上下左右自由に飛び回るための能力だ。もう一つは光を纏うこと。副産物として、雷のようなスピードと、物理的エネルギーを得ることができる。これら二つはあの女が使っていた物。どこかであの女が死に、魂から離れた力は磁石である私のところに集まったのだ。あともう一つ、左右の目に顕微鏡と望遠鏡のような力が宿った。誰の能力かは言わないでおく。

「……さあ……行こう」

「……はい」

私はビアンカを、ツェーザルはブースターを持ってスタートする。このビルとも、この世界ともお別れになるかもしれない。それでも私は行くんだ。私の目で確かめてやる!


あの戦場から東にちょうど五キロ。確かに派手な建物を発見した。今まで発見されなかったのが奇跡のような建物だ。外見はさながらバベルの塔。神に最も近い男が住む場所は、奇しくも人間の愚かさの象徴でもあった。

「行くよ……」

「……」

隠すように付けられた扉は、不用心にも開いていた。奇妙なことに、私たちが入っても何の歓迎も無い。建物の中央が吹き抜けになっているのか、廊下はそれを囲むようにドーナツ型に続いている。中央と廊下とを繋ぐ扉はこの階には見当たらない。

「女王……あれを……」

代わりにツェーザルが指を差したのは下向かう階段だった。私はビアンカを握る右手に力を入れる。

階段をゆっくり下って行くと、突然超未来的な扉に出くわした。その扉の右側に金属の板が小さく突出していて、何かを置けるようになっていた。

私は左ポケットを弄る。人差し指に触れた硬くて冷たい感触を引っ張り出す。その立方体は鍵だ。私がそれを板の上に置くと、その立方体は輝き出して幾つもの複雑な亀裂が走り、鍵としての役割を果たした。

「……」

私は無言で足を踏み入れる。そこは白い空間だった。そのままではまったく面白味のない部屋の中央に、ポツリと一つだけ、何か石のような物が飾ってあった。

「これは……」

世界史の資料集ほどの石板に、意味不明な曲線の羅列。間違いない、ローマで発見された石碑だ。きっと鳳はこの内容を知っている。だからこそここに居るんだ。つまりこれを読み解ければ鳳の考えに少しだけ近づくことができるのは間違いないんだけど……。

「……」

試しに触ってみる。やはり何も起きない。乾の言葉を信じたとして、作者が神であるアーサー王だとすると、何か魔術的仕掛けがしてあってもおかしくはない。

「う〜ん……」

どうすればいいんだろう。エリカはここで私たちに頭を抱えさせるために地下に行くよう仕向けたのか。いやそんなはずはない。きっと私たちに解読させるためにここを知らせたのだ。

「エリカ……」

……エリカが私に与えたのはQRキューブと能力だけだ。他には……あ。

「これ……」

とりあえずビアンカを持ち上げてみる。一応これもエリカが置いて行った物だけど……これは関係ないか。

「女王……それを……」

「え?」

ツェーザルが珍しく割りと強引にビアンカを奪い取る。そしてそれを目の前に持って行きまじまじと見ている。

「それには何の仕掛けもないよ」

「……いえ……あります……」

「?何もなってないじゃん?」

「……これを見てください……」

そう言ってツェーザルは同じように私の目の先にビアンカを差し出す。……って……これは?!

「これって……英語??」

「……そのようですね……」

ビアンカと石板に調度いい距離を作り、ビアンカを通して見ると、意味不明な曲線たちが屈折によって意味のある言葉へと変わった。

ここで奇妙な点がいくつかある。まずは当然ながらこの仕掛け。この劔は16世紀の騎士たちによって作られたはずだ。それが5世紀に書かれた石板とシナジーをなすわけがない。さらに、屈折を利用したこの技術は現代でも難しい。どう見ても人間業じゃない。……つまり、ビアンカと石板はセットで作られ、二つ揃って意味のある物なんだ。そしてそれを作ったのは人間じゃない。神、アーサー王だ。彼は未来を救うためのメッセージを、自分と同じく人間じゃない者たち、ミュータントに託した。ミュータントにしかこの暗号は解けないようになっている。

「ツェーザル、これ読んで」

「……ほとんどは……乾の言っていた……通りですね……神の……復活の方法……などです……」

「ほとんどってことは、他にもあるんだね?」

「はい……復活の後の……話です......」

「どんな内容?」

「……神の復活には……生贄が……必要なようです……」

「生贄……?」

「はい……と言っても……魂です……神の復活の……ラストピースとなった者は……その魂を……生贄に……されるようです……」

つまり最後に殺されたミュータントには何か良くないことがあるってことだね。

「魂を生贄にするってどういうこと?」

「……力を吸い取られた……魂は……神の力が……バラバラにならないための……鎖と……なるようです……」

「えっとー……それってどんな風に感じるのかな?」

「……無……です……生贄になった魂は……永遠の無を……彷徨います……」

「……」

最悪だ。生きているのでも死んでいるのでもなく、ただの存在として永遠を過ごすなんて。死ぬよりもずっと辛い。

「……行きましょう……女王……」

「……」

私が生贄にされる可能性……否定できない。鳳が何を考えているのかまったくわからない。一つわかるのは、彼には選択肢がいくらでもあるということだ。

私は一歩踏み出す。それからツェーザルの前に立つ。私は顔を上げた。


二階に、塔の中心へ出る扉があった。中はきっと天井がすごく高いんだろう。

「行くよ……」

私はツェーザルの返事を待たず扉を開ける。その先が見たくないような、永遠にここで立ち止まっていたいような、不思議な気持ちだ。

一瞬廊下の暗さとのギャップに目が眩む。中は私の思った通りの構造だった。塔のてっぺんに作られた天窓から光が流れ込んでいる。予想外だったのがその広さだ。半径20メートルほどもある広い……闘技場?そう。闘技場だ。このだだっ広い空間は中央で決闘とかが行われるコロッセオに似ている。周囲には客席があって……

「……女王……逃げましょう……」

ツェーザルがそういうのも無理はない。私も観客席に目を向けた瞬間に気づいた。私たちは囲まれていた。約千人の人々に。おかしい、この人数はいったい?とにかく、今はここからいち早く……。

「どこに行くつもりだ……?」

「ーーッ?!!」

私が聞き間違えるはずもなかった。この声は。頭上から聞こえるこの声は!!

「鳳!!」

「……」

鳳!鳳!あぁ!鳳!会いたかった!ミカがどれだけ会いたかったか鳳は知らないでしょ?もう死ぬほど会いたかった。鳳、今すぐ抱きしめたい。抱きしめられたい。キスがしたい。キスされたい。ミカは!

「……俺は鳳じゃない……」

パリーン。何かが割れる音がした。

「俺の名前はエース……人ですらない」

あぁ……エリカも言ってたよね……もう鳳は鳳じゃないんだ……。髪も伸びて乱れてるし、両眼の色は違うし、目の下にすごい隈があって何日も寝てないみたい。前はあんなにきちっとしてたのに。それならミカの言うことは一つかな。

「僕って言うの……直ったんだね……」

「……」

あれ……?おかしいな……涙が……涙が止まらないよ…………せっかく……ここまで来たのに………。

「女王……ここは私が……」

「……ツェーザル……か」

ミカの前にツェーザルが出る。鳳はそれをジロリと目だけ動かして見た。

鳳は宙に浮いて、黒いコートのポケットに手を突っ込んでいる。表情は無い。

「……まずはお前からか……」

エースが首を鳴らして言った。ツェーザルは冷静に応える。

「……珞間鳳……お前には……失望した……」

「……」

鳳は首を傾けたまま、オッドアイの瞳でツェーザルをまっすぐに見る。

「……お前は……女王の気持ちが……わかるヤツだと……思っていたのだが……」

「……」

ここで鳳は右手だけをポケットから出した。

「……言いたいことはそれだけか?」

「……」

「なら……死ね」

鳳が出した右手を前に突き出して少しだけ捻った時だった。

グシャァ。嫌な音がした。人間の体がねじ切れるような音だ。

「……ウッ……グゥ……!」

「……ツェーザル……」

右腕が……ない。

「……クゥッ……」

ツェーザルは痛みに耐えながらエースを睨みつける。そして次の瞬間、ツェーザルの体が炎に包まれる。

「キサマァアアアアアア!!」

普段隠されている荒々しい感情が、炎と化して吐き出される。

「珞間鳳ォ!テメェ、女王がどんな気持ちで居るのかわかってんのかァア!?」

「知らねぇな……」

「ッノヤロウ……!!」

炎の塊が飛び上がる。鳳がいる3メートルほどの高さまで一気に詰め寄る。

「フン」

しかしエースは冷静だ。二つ目の魔法を発動し、咄嗟に水でできた竜を召喚する。ツェーザルと直接激突し、大量の水蒸気となる。

「グゥッ……!」

ツェーザルが押し戻される。すぐに蒸発させられると言っても、それは水がある程度少量の時だ。鳳の周りをグルグル回るほどの水竜だと、相性の悪さが露見する。ツェーザルは仕方なく生身の人間に戻った。

「……チッ……」

ツェーザルの短い舌打ち。彼は何を悟ったんだろう。

「……お前だけは……お前だけはァ!!」

ツェーザルの咆哮を無視し、エースは右手を捻る。

「死ね」

グシャァ。嫌な音がした。


ごろりと転がるツェーザルの首と、支えを無くして倒れる体。それが意味するのは、ミカの完全な孤独だった。

「……最後だ……これで俺は神になる」

エースの言葉も半分しか頭に入ってこない。

「……」

ミカは。

「……」

私は。

「……」

ミカは……。

「私は!」

この男。殺す!

「私はアンタを許さない!!」

「……やってみろ」

ビアンカの柄を握り締める。震えは止まっていた。この先に待っているのは死だろうか。無だろうか。そんなことはどうだっていい。私は何もかも失った。お父さんもお母さんも、ベティさんも、団長も、ラブロフ君も、ツェーザルも……そして、鳳も……。私は誰を憎めばいい?乾?……違う。私が恨むべきは乾じゃない。私が恨むべきは運命と、それを決めた神その物。今の神はつまり、この男!

「私はアンタを許さないッ!!」

最短コースで、私とエースを繋ぐ。エースは能力で鉄パイプを出現させ、右手に持った。きっと何かの力で細工が施してあるんだろう。構うもんか。

「死ねぇえええええええええええええええ!!」

私はビアンカを振りかざす。

死が、無が、


訪れた。


カランという金属が落ちる音と、ビアンカ特有の微かな手応え。そして、痛みの無い血。

「え……?」

?何があった?誰が勝った?誰が切った?誰を切った?死は誰のもの?

「え……?」

どうして笑ってるの?右腕を落として。腹を切られて。どうしてそんなに優しく笑うの?

「……あなたは……」

あなたは誰?

「鳳……」

……鳳?

「よくやったな……ミカ」

「鳳……?!」

どうして……

「どうして?!どうしてミカを殺さなかったの?!」

「バカか……僕が……お前を……殺せるわけが……グフッ」

横たわる鳳の口から血が溢れる。鳳は右腕を無くし、腹を深く切り裂かれていた。何か別の物だと思ってた鉄パイプは、本当にただの鉄パイプだった。

……違う……ミカじゃない……これをやったのはミカじゃない!

「どうして……どうして……」

「……石板……読んだか……?」

「……うん……」

ミカは溢れる涙を拭うのに必死で、まともに鳳の顔も見れない。きっといつもみたいに厳しくて、優しい顔をしてるんだと想像する。

「……なら……わかるだろ……世界は……誰かが救わなきゃ……」

「だからって……鳳じゃくても……」

例えば、

「例えばミカとか……ってか……?」

「……うん」

ピタリと当てられたから素直に頷く。

「……お前じゃ……無理だ……お前は……僕を……殺せない……」

「……」

「でも……それ以上に……僕はお前を……殺せなかった……」

「!」

鳳が義手の左腕でミカを撫でる。……あったかくないよ……鳳……。

「だから……お前には……僕じゃない僕を……殺してほしかった……」

「そんな……そんな……!」

耐えられないよ……ここでそんなこと言われたら……ミカが殺したのは……鳳になっちゃうよ……。

「ゴメンな……ミカ……ありがとう……」

「イヤ……イヤ……一人に……しないでっ!!」

ここでやっと目が開けられるようになった。鳳の優しい笑顔が飛び込んでくる。

「大丈夫……お前は……一人じゃない……」

「……イヤだよ……鳳が居なかったら……一人も同じだよ……」

「……ミカ」

鳳は左手をミカの頭の後ろに回し、ぐっと引き寄せる。鳳の唇とミカの唇が重なって、口の中が鉄の味でいっぱいになる。たくさん時間が経ってから、ミカは唇を離して呟いた。

「……最後なんて……言わないよね……?」

「……最後だよ」

この時だけはその鳳らしい返事は欲しくなかった。

「……ミカ……」

鳳はミカを片腕で抱きしめて言った。

「愛してるから」

ミカが何かを言う前に、ミカとピッタリくっついていた、胸の音が消えた。


鳳の温もりの最後の一筋まで刻み込んで、ミカはようやく鳳から離れた。動こうとしない足を無理やり動かして、何とか落ちてるそれを拾う。やっぱり鳳の居ない世界に意味なんて無いから。

待っててね鳳。あなたを殺したこの剣で、ミカもすぐ会いに行くから。

ミカが自分の胸にそれを突き立てようとした時、

「待ってください」

声が聞こえた。

……ああ。忘れてたよ。ここ、千人に囲まれてるんだった。それにこの声……どこかで聞いたことあるような。

「そんなことしたって、鳳さんには会えませんよ」

「……光希」

だと思った。でもそれは神様が見せた幻だった……あ、今の神様って私なんだっけ。あんまり実感ないなぁ。

「光希さんじゃありませんよ……ナナ=リオーネと申します」

「ナナ……リオーネ……」

……ああ思い出した。ジェラルドと一緒にいた子だ……この子もクローンなのかなぁ。

「私はクローンじゃありませんよ。私がオリジナルで、戦場に行ったのがクローン達です」

ふーん。よく考えたらどうでもよかった。鳳にさえ会えれば後のことはどうだっていいや。

「鳳さんに会いたいですか?」

「うん……会いたい……会わせて」

「鳳さんには会えません」

……ならやっぱり。

ミカはビアンカをもう一度持ち上げる。でもそれはナナの次の一言で止まった。

「鳳さんから伝言があります」

「……伝言?」

鳳からの言葉……?

「鳳さんからは真実を語れと言われています。……聞きますか?」

「……」

きっとここで聞かないって言ったらホントに聞かなくて済むんだと思う。でも……聞けば鳳に近づけるのかな。

「……聞く」

「わかりました。ではまず私の自己紹介から始めます」

自己紹介?何で?

「私の名前はイヌイ=ナナ=リオーネ。乾陽の養子です」

「え……?」

ナナが……乾の養子?ジェラルドの付き人じゃないの?

「ジェラルドとはどういう関係?」

「順を追って説明します。私は5年前、まだ7歳の時に、乾に養子として引き取られました。それから今日まで、乾の言う通り働いて来たんです」

当時7歳ってことは今12歳だね。やっぱり嘘ついてたんだ。それにしても、乾の言う通りって?

「ジェラルドと一緒に居たのは?」

「乾の命令です。それが乾にとって都合のいいことだったので」

待って……わからなくなっちゃった。

「乾は何がしたかったの?」

今までミカの中の乾は、自分が神様になるために動いてた悪者だったんだけど……よく考えたら、ベティさんと決闘したり、不自然なところはあったかな。

「……乾の目的は二つ、ありました」

“二つ”を強調したのには意味があるはずだ。ていうか、ミカにとっても、そこが気になるところだし。

「一つは世界を救うこと。もう一つは恋人と一緒になることです」

「恋……人……?」

乾の恋人……まさか?!

「はい。乾は世界の救済と、恋人、ベティ=グリフィスと一つになることを目指していました」

「……そんなの……意味わかんないよ」

だって。

「だって乾は、ベティさんを殺したんだよ?信じれるわけないじゃん」

「……それも、愛の一つだとしたら?」

「え?」

……意味わかんないよ。好きな人を殺すのが愛だなんて、ありえないよ。

「あなただって、愛する人を殺したではありませんか」

「……」

違う……違う……ミカは……違う。

「失礼しました。あなたを傷つける行為は鳳さんに禁止されていました」

「……」

……鳳はやっぱり鳳だったらしい。でも……ミカが。

「どうします?続けますか?」

「……うん、続けて」

「……乾の心の中にはいつもベティさんが居ました。世界を救おうとしたのも、彼女を守るためです」

「……」

「でも両方叶えるのは無理だと知った時、乾は大きな選択を迫られました。ベティさんを取るか、世界を取るか」

?どこかで聞いたことある話だなぁ。

「普通に考えて、世界を取るでしょう。世界が無ければ、ベティさんもありませんから。でも乾は、ベティさんを取った」

「……」

「しかし世界が終わるまで、などという条件付きの愛は、乾にとって満足できる物ではなかった。乾は永遠を求めました」

「……だから、殺したの?」

「そうです」

「……そんなの、間違ってるよ。乾の愛は違う」

「誰にも乾を否定することはできませんよ。もちろん、あなたにも」

「どうして??あなたはどう思うの?」

「……愛を諦めないという前提条件なら、取れる選択肢は二つでしょう」

「……何?」

「世界が終わるまでという期限付きか」

「……」

「どちらかが死ぬか、です」

「ウソ……でしょ?」

「冷静に考えてみてください。世界が滅亡した場合、犠牲者の数は当然70億人です。しかし、新たな神を生み出して世界を救うなら、犠牲者の数はミュータント全員分の百人程度で済むはずです」

「……」

「だから一番合理的なのは、恋人の片方が死に、片方が神になり、世界を確実に救いつつ、現世と冥界とで愛し合うことです」

「んな……それのどこが合理的なのさ!!」

腹が立った。恋人の犠牲を正当化しようとするナナにも、それを良しとしたらしい乾にも。結局それは、愛を諦めるってことじゃん。

「……確かに、愛を諦めるのと同じかもしれません。しかし世界を諦めるよりはずっと賢く、恋人の片方は生きていけます。あと……実はまだ第三の選択肢が残っています。それが乾の取った方法です」

それってつまり……。

「はい。二人とも死に、神の一部となることです」

……一人が残って一人が死ぬか、二人とも死ぬか。どっちがいいかなんて、それだけ聞いたら一目瞭然だけど……。

「本来なら、この選択肢は無いでしょう。二人とも死ぬぐらいなら、相手には生きていてほしいと思うものですから」

それはその通りだけど。

「……乾の場合、ベティさんが乾を生かしたいと思うことはありませんでしたから、乾が死んでベティさんを神にするという選択肢はありました」

「何で……それをしなかったの?」

「できなかったんです。ベティさんは確かに強者の部類ですが、不死身なわけではありません。ジェラルドやナイトオブナイトを含む他のミュータント全員を殺して、ベティさんだけを残すのは不可能だったんです」

確かに、あの二人を相手にするのはゾッとする。ジェラルドとアーサーさんが対峙した時、一緒にいたのが鳳だったから生きていただけで、ベティさんがそこにいたなら間違い無く死んでいたと思う。

「……だからって……」

それでも、納得できないよ。二人とも死んで、あの世で結ばれるのが愛だなんて、ミカは認められないよ。それに、乾がベティさんを愛していたのが本当だとして、ベティさんは乾を愛してなんていなかったんじゃないかな。

「ベティさんは心の底では乾を愛していました。あなたはどうですか、ミカさん。鳳さんがあなたのもとを去った時、あなたは鳳さんを愛するのをやめましたか?」

「……」

答えはもちろんノーだ。ミカはずっと鳳のことが大好きだった。愛してた。ベティさんも、もしかして……?

「ベティさんと乾は、愛し合っていたから殺しあった。そして乾の思惑通り、相打ちになって一つになりました」

実際は一つになったかどうかなんてわからない。でもそう思わないと、切なくてやっていけない。

「……その乾の思惑のどこにあなたが必要だったの?」

今の話だと、もう乾の計画は成就してるからナナを使う必要はないはずなんだけど。

「この乾の作戦にはリスクがあります。乾とベティさんが死んで、その能力は磁石、つまりエリカ=ローランの下に行きます。しかしまだ神の完成ではありません。もし神が完成する前に、エリカが自殺や病死など、他殺以外の方法で死亡した場合、磁石としての引力がどうなるのかわからなかったのです」

「そうならないように……乾はエリカを拐ったんじゃないの?」

「乾の生きている間はそれで保証されます。しかしこの計画の成就には、エリカの存命中に乾とベティさんが死ぬことが条件ですから、どうしても乾の死後にエリカを守る役が必要になります」

「それが……あなた?」

「そうです」

……そういうことだったんだ。ナナがジェラルドと一緒に居たのは、ジェラルドにエリカを守らせるためだったんだ。そしてあのジェラルドのことだ。何も言われなければ、速攻でエリカを殺しただろう。それを阻止し、エリカをギリギリまで維持して、新たな磁石を生み出すまでの期間、自殺や病死を防ぐことがナナに課された使命だったんだ。でも……おかしいな。

「どうしてジェラルドがエリカを殺すのを防ぐ必要があったの?」

「はい。そこが私の存在の意義でもあります」

そう。ジェラルドがエリカを殺したとしても、神が生まれるのは確実なんだ。むしろ運の良さが能力であるジェラルドが、自殺や病死するなんて考えられないから、エリカよりも堅い磁石になるはずなのに。

ナナが一拍置いて答える。

「私の本当の使命は、エリカを守ることではなく、あなたか鳳さんのどちらかを、神にすることだったんです」

「え……?」

ミカか、鳳のどちらかを……?それが、乾の命令??

「どうして?世界を救うことが乾の目的じゃなかったの?」

「……実は私もよくわかってないんです。でも乾は、鳳さんかミカさんに神になってもらいたかった。たぶん、これはかなり前から考えてたことだと思います」

……仮に、ミカたちが騎士として乾に出会うことが多かったのがそういうことだとしたら。乾はずっとミカたちに目を付けてた……?

「もしかしたら、乾は自分と似た境遇にあるあなたたちに、自分とは違う選択をしてほしかったのかもしれませんね」

三つある選択肢のうち、残りの二つは期限付きで生きることと、どちらかが死ぬこと。結果的に、ミカたちが歩んだ運命は乾にとっての望みであり、ミカにとって最悪の結末だった。

「鳳は……どうして乾の望み通りにしたのかな?」

「望み通りにしたという意識はなかったでしょう。鳳さんなりのベストを尽くした結果、乾の望み通りになったというだけの話です」

「ベスト……」

バカ……バカ……鳳……。

涙は本当に枯れない。

「鳳さんがどれだけミカさんのことを心配して、愛していたか、一緒にいた二週間で十分過ぎるほどわかりました。鳳さんが日に日に窶れていくのは誰の目にも明らかでした」

ミカの涙は止まらない。

「あの戦争でミカさんの死に直面した時、乾のことを理解したのでしょう。何を捨て、何を拾うのか。何ができて、何ができないのか。そして叶えられる願いは一つだということを知った時、鳳さんは決意した」

「……」

「ミカさんの生を最優先にすることを」

「っ……」

ミカは……鳳の命を……嘘だ……ミカは、鳳を殺した!!

「う……うわぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

ようやく、何が起こったのかわかってきた。鳳が何をしたかったのか、何をしたのか。ミカが何をしたかったのか、何をしたかったのか。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

そこに体があったから、覆いかぶさって泣いた。綺麗に裂けた腹の上で、響くような鉄の匂いを感じながら。でもそれは鳳の匂いであって鳳の匂いじゃない。感じられるのは死であって死でしかない。

「ミカが……全部ミカが悪いの……」

ミカが弱かったから。鳳を好きだったのに、信用できなかったから。ミカが……ミカが……。

ミカの視界の外で、ナナが口を開く。

「今あなたがするべきことは、残りの人生を生きること。力の器として、神として世界を安定させること。鳳さんはそれを望んでいます」

「……ミカに……そんな資格は無いよ……」

「……鳳さんの最期の言葉は何でした?」

「……」

『愛してるから』……愛してるから何だって言うんだ。愛してたって、こんな結末は受け入れられない。ミカのことを愛してたなら、ミカを殺してほしかった。

「両方の願いは叶いません」

ナナは静かに言葉を紡ぐ。

「死ぬのは一方です。そしてそれを決めるのは真実を知った順番だけです」

もし、ミカの死に直面した鳳という構図が逆だったら。ミカが鳳の死に直面したら、ミカも夜中にあの戦場に戻って、ラブロフ君を殺していたかもしれない。上下左右逆さの世界なら、ミカは鳳に殺されていたかもしれない。“愛してるから”。

「あなたの命は、もはやあなただけのものではないのです」

「……そっか」

ミカは鳳に触れる。胸に、首に、頬に。どこも冷たくて硬い。

「それに、もう二度と鳳さんに会えないというわけではないはずです」

「ホントッ?!」

ミカは思わず体を上げる。

「はい。鳳さんの魂は力を縛る鎖として、二度と転生することはありません。無という牢獄に囚われています。しかし人は死ねば誰でも、一度は無を経由して転生します。その段階で生前の記憶が洗い流されるわけですが、その時もしかしたら、鳳さんの魂に触れられるかもしれません」

「……」

もしかしたら、どころの話じゃない。もはやそれは神話の世界。でももしそうだとしたら、生きる意味はあるのかもしれない。ミカが死ぬまであと70年ぐらいかな。人の一生が80年だとすると、ミカと鳳は80年に一度だけ、会うことを許される。織姫と彦星だって一年に一度なのに、それよりもずっと長い。けれど鳳がミカの生を望むなら、ミカはその80年を耐えられると思う。もし耐えられたら、また優しく撫でてもらえるかな……。

「ねえ……ナナ」

「何でしょう?」

「ミカはこれからどうやって生きてけばいいのかな?」

「大丈夫です。ミカさんは何度だってやり直せます。私たちがついてますから」

「あなたたちは、いったい……?」

この千人以上の人たちはどこから来たの?

ナナは辺りを指して言う。

「彼らはジェラルドに人形にされた人々です。それをエリカと鳳さんが協力して人間に戻しました」

……じゃあこの人たちは鳳に助けられた人たちなんだ。そして、やっぱり鳳は優しくて、他の人を救いたかった。そんな鳳にとって、ラブロフ君やイーサンさん、ツェーザルを手に掛けるのは、どれだけ苦しいことだったんだろう。感情を殺し、思考を切って、自分を消さなければ、到底できなかったと思う。

「ナナは、どうして鳳の言うこと聞いてたの?」

「乾の命令だからです。私という人間を見つけてくれたのは乾ですから、私の命は乾のものです」

「それだけ?」

「さすが神様ですね……確かに、鳳さん自身にも感謝しています。今までの私を作ってくれたのが乾なら、これからの私を作ってくれるのが鳳さんですから」

「どういうこと?」

「鳳さんの命令はまだ終わってません。あなたを一人にさせないことも私の使命の一つです」

「そう……なんだ」

鳳の言ってた『お前は一人じゃない』ってこういうことだったんだ。でも……。

「私は、鳳さんの代わりになろうとは思いません」

ミカはゆっくり立ち上がってナナと正対する。もし今のナナの言葉が、『代わりになります』だったら、この場でナナを比喩抜きで捻り潰していただろう。それだけの力が今のミカにはある。

「私じゃ鳳さんの代わりは到底務まらないことはわかっています。でもミカさんを支えることが、これからの私の生きがいなのです」

「……ありがとう、ナナ」

そして鳳。鳳はいつまでもミカの側に。

鳳はもう戻って来ない。ミカが殺したから……。この悲しみが癒えることはないけれど、それでもミカは生きていく。それが鳳のためになるから。鳳はミカが楽しく生きていくのを望んでいる。

鳳のことを忘れるなんてことはありえない。でもそれと楽しく生きることは別のことだ。ミカは鳳と再会してみせる。希望は、消さない。


「じゃあ……行こうか」

「はい。行きましょう、ミカさん」

ミカとナナはバベルの塔を出る。神様にはなったけど、力を使わなければ普通の人としていられる。運の良さもコントロールできるようになっていた。

これはハッピーエンドなのかな。ミカにとっては絶対にハッピーエンドじゃない。けれど世界はほぼ無傷で救われた。この物語かハッピーなのかどうか、ミカにはわかりません。みんなで決めてください。

じゃあね、鳳。

END

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