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未来へのアプローチ   作者: シマ田 力大
7/8

彼は何処へ向かうのか

「ううん?アイツの能力ってなんだっけ?」

「さあ?資料に無い物は私も知らないよ」

「えー、どうすんだよこれ?」

さっきから弾丸やら手榴弾やらが片っ端からバルドを襲うが、軽い足止め程度にしかならない。何度見ても仕組みはわからないが、バルドは確実にかわしている。ジェラルドもリオーネも、珍しく少し困った顔をしている。

「オレの能力がわからないのは当然だ」

「?」

「今までずっと、広がらないように守ってきたからな」

「それってつまり……」

戦った相手に能力を悟られなかったか、あるいは能力を知った相手を生きて返さなかったか。たぶん両方。

「さすがの私もお前らを必ず仕留める自信はないんでな。自分から説明するのはやめておこう」

今まで自慢気に能力の解説をするヤツは腐るほど見てきた。さすがバルド、当たり前のことを当たり前にする。

「よっこらせ」

ジェラルドが立ち上がる。

「行くの?」

「ああ。まさか、ここでお前を離すことになるとはな」

ジェラルドが首を鳴らしながら、重い足を一歩前に出す。その背中を見ながらリオーネが言った。

「すぐ終わらせてね?」

「オマエ次第だな」

「関係あんの?」

「う~ん……無い。でもなるべく早く見破れ。できなきゃクビだ」

「ハイハイ頑張りますよ」

見破る?まさかバルドの能力を?

「お前みたいなチンチクリンにできるわけないだろ」

「よく居るんだよね。そうやって人を見た目で判断する頭空っぽの猿は」

「じゃあ僕と戦え。一瞬でコロス」

「ムリだと思うよ?ジェラルドは強いから」

「……コロス」

クソが。自分で言ってて虚しい。

「ほら、よそ見してていいの?」

「え?」

リオーネの一言が僕の首を回す。僕の視線の先でバルドの拳が空を切った。

「アブねぇ!」

「チィ、ちょこまかと!」

当たりはしないものの、バルドが優勢なのは明らかだった。何となくバルドの能力が見える。速く動く能力か?

「ただの高速移動ってわけじゃなさそうだね」

リオーネだ。

「アン?」

「よく見てよ。バルドが速くなってるだけじゃなくて、通り過ぎる弾は遅くなってるでしょ?」

「……」

確かに。どう見てもそうだ。

「どうやら速さはランダムってわけでもなさそうだし、バルドと弾丸の速さの関係から、対象とした二つ以上の物の速さを平均化するってところかな?」

……まだ正解かどうかはわからないが、言われてみればそんな感じだ。僕に確かめる術は無いが。

「どれ」

何を思ったか、リオーネが顎に当てていた右手を下ろして足元の小石を掴む。

「何のつもりだ?」

「まあ見てなって」

リオーネはペロリと舌を出して、持っていた小石をバルドに向かってアンダースローでふわりと投げた。石はバルドに届く前に落下を始めた。注目すべきは石ではなく、それとバルドを含む空間そのものだった。その空間では、バルド、弾丸、小石……あらゆる物の速さが平均化された。速い物は遅く、遅い物は速く。平等の守られた不思議な世界。

「こうも早く見破られるとはな」

バルドが自分と同じ速さで通過する弾丸を余裕でかわす。

平均化される物はある程度の大きさとスピードを持った物体に限るようだ。

「半径五メートル以内に入った物は、はみ出すことを許されない。それが私の能力だ」

ずいぶんトリッキーな能力だ。他のミュータントの能力に比べて仕組みも複雑だし。神はこんな力も持っていたのか?

バルドの正解発表を聞いて、一人の少女は胸を張る。

「へへん、これでクビはないでしょ?」

「まあな」

この女は……

「何者?」

バルドの視線が女を捉える。予想でしかないが、この女より早くバルドの能力を看破した者はかつて居なかっただろう。女王にさえ隠してきたバルドの能力が、こうもあっさりただの女に見破られるなんて信じられない。いや、バルドの能力を見破った時点で、“ただの”ではないのか。

「それじゃあ次の仕事だ、ナナ。攻略法を見つけろ」

ジェラルドがバルドの半径五メートル以上をキープしながらリオーネに指令を出す。リオーネは先ほどと同じく小石をいくつか掴んだ。

「もう見つけてるよ」

することは先ほどと同じ。バルドの半径五メートル以内に小石を投げ込むこと。そうすれば遅く進む小石がバルド自身を含む空間内の平均のスピードをガクンと下げる。

小石が接近してバルドの動きが格段に遅くなった。小石が完全に停止するか、バルドが小石から五メートル以上の距離を取るまでそのスピードは変わらない。

「そんなことで攻略したつもりか?」

強気なバルドが取り出したのは一丁のハンドガン。銃口をジェラルドに向け、引き金を引く。弾丸の発射と共にバルドのスピードが急加速する。弾丸のスピードが、小石によって引き止められた空間を解き放ったのだ。平均化されたスピードで、バルドと弾丸が並行してジェラルドに向かう。

なるほど。上手いな。自分の能力をよく理解しているし、急なスピードの変化に遅れを取ることもない。

「どれだけこの能力と付き合ってると思ってる?」

運にも負けない職人技。それがバルドの本当の武器ってわけだ。

しかしジェラルドの余裕は崩れない。

「フン。自分が速くなっても、弾丸が遅くなったんなら意味はねぇ」

ジェラルドはかわすそぶりも見せない。きっと運が何とかしてくれると思っている。バルドはそれを見て、次の手を披露した。

大きなアクションがあったわけではないが、バルドが何をやったかは明白だった。バルドの動きが遅くなり、弾丸が速くなる。これはそれぞれの元々の速さに戻ったということ。つまり、バルドが能力を切ったのだ。

ほぼ倍の速さに戻った弾丸は、何の妨害も受けずに空気を貫く。

「ッ?!」

ジェラルドは咄嗟に首を傾ける。

スパッ。

弾丸は本来の特色とは違う方法でジェラルドを傷つけた。ジェラルドの柔らかな頬から血が滴る。

刹那。全ての音が消えた。こういうことを言うのはネガティブと思われるかもしれないが、正直ナイトオブナイト以外の人間がジェラルドの前に立つべきじゃないと思っていた。それがどうだ。僕たちの団長が互角以上の戦いをしているのだ。これは僕たちの誇りだ。

しかし、この戦いを見ていた同志たちは、沸き立つ自分たちの空間の中で、凍りついた爆弾も見つけたに違いない。そしてそれが周りの熱に溶かされて爆発寸前だということも。

「クカ……クカカカカカカカ!!」

地獄の底から湧き上がるようなおぞましい痙攣が空気を叩いて笑いとなる。さらに内側から門も叩いて、開けてはいけない世界を開放する。

ジェラルドが顔を上げる。僕たちはその目を見て言葉を失った。赤い。紅い。朱い。しかも片目だけ。へ?

「テェェメェルァアアア!!ダァレを敵に回したか分かってんだろうなァ?!」

僕たちは誰を敵に回したんだ。ジェラルドって誰だ。僕たちは何と戦っているんだ。

ジェラルドは人。じゃない。ジェラルドは神。そう疫病神。

僕たちは何てものと戦っていたんだ?

「うろたえるな」

バルドの太い声がする。

「我々の相手は今も昔もジェラルドだ。他の誰でもない」

確かに、能力が変わるわけでもない。このままバルドのペースで行けば勝てるはずだ。でも……何だ?このミカになったような不安は?

「ダメ……」

僕は振り返る。ミカの驚愕の目は、僕を通り越してジェラルドをまっすぐに見つめていた。

「ダメ……知らない……あんな人知らないよ……!」

「何言ってんだよミカ……ジェラルドは、ジェラルドだろ?」

「とにかくダメ……バルドを……バルドを止めて!」

「お、おう」

何がなんだかわからないが、ミカの能力は本物だ。それに、今回は僕も同じ感じがする。

「バルド、ミカも言ってるんだ!これは女王命令だ!!」

「……」

「何とか言えよバルド!」

「側近、珞間鳳」

「?!」

「お前の使命は何だ?」

「……?」

「私の使命は」

僕の使命は。

「女王を守ること」

「やめてぇえええええええええええ!!」

バルドがブースターに火をつけた。いや、つけようとした。

そんな……。運が悪いとか、そういうレベルじゃないだろ?

「カ……ハッ……」

まさか、全方位から何十もの弾丸が飛んでくるなんて。

生物の授業でやった。脳漿っていうんだっけ?それが、かつて人の形をしていた物から飛び散っている。

「アハハハハハハハハハハハァ!!」

ジェ……ラ……ルドォ……!!

「おうおう、いい歳したおっさんもなかなかのイケメンに変身したじゃねぇか、なぁ?!」

リオーネは眉一つ動かさずに答える。

「ジェラルドの方がかっこいいよ」

「クハッ!気持ちは嬉しいが、せめて人間と比べてくれよ!あんな芸術オブジェと比べられてもなぁ!」

テンションマックスのジェラルドとは逆に、リオーネはため息を一つ吐いた。

「つまんないの」

それを見て今度はジェラルドがため息をつく。

「ったく。オマエは何なら楽しめるんだっつーの」

「ジェラルドが負けたらかな?」

「良い性格してんなホント」

「そりゃどうも」

コイツらって仲いいんじゃないのか?少なくとも、仲間ではあるだろ?

そんなこと今はどうだっていい。ジェラルドを殺す口実と手段さえあれば。口実は十分すぎるほどにある。後は手段があれば。

「手段ならありますよ」

そのセリフと共にお得意の魔法で登場したのは、考えられる唯一の手段、ナイトオブナイトだった。それにしても思考まで盗られたのか。

「アンタも大概チートだよな」

「彼には劣ります」

謙遜だろうが、それも真実だ。魔法は神に勝てなった。

「バルドさんとベティさんの仇は私が取ります」

ジェラルドは懐から西洋風の剣を抜いた。戦いの中では恐らくほとんど飾りになるだろう。

「あーアンタはいいよ。アンタじゃコイツを満足させられないのは分かってるからな」

ジェラルドは左手を少女の頭に置きながら、右手でシッシッとジェスチャーを送る。当然それで引き下がる騎士はいない。

「嫌だと言ったら?」

「断る」

嫌だを断るとは。ナイトオブナイトの次の手は。

「ニ対ニなら?」

「何?」

ニ対ニ?ジェラルドとリオーネ、ナイトオブナイトと……。

「私と、ここにいる珞間鳳で」

「……」

ナイトオブナイトがこちらを振り向く。その瞳は答えを必要としない。それが望むのは前進のみ。

「……ミカ」

「ん?」

「死んだら殺す」

「フフ……そっちこそ」

ミカはクスリと笑った。

何年一緒に居ると思ってる?そんな笑顔、何のカモフラージュにもならない。僕も、ミカも。

「いってらっしゃい」

本当は互いに心配でしょうがない。死ぬほど。分かってるよ。

僕は望まれた一歩を踏み出す。ジェラルドはニヤリと笑った。

「イイぜ。ニ対ニだ」

「私はどうしてればいいの?」

「帰って寝れる場所でも作っておいてくれ」

「ニ対ニ……でしょ?」

「ああそうだった」

それでも構わない。ニ対ニの名目もどうせ飾りになる。僕たちに元々リオーネを手に掛ける気はない。リオーネが居なくても何も変わらないのだ。

「私もここに居るよ。もしかしたら、面白い物が見れるかもしれないし」

「あんま期待すんなよ」

リオーネが髪を掻き上げる。その仕草は見た目のフェイクを証明していた。

ジェラルドの目が僕たちを捉え、三日月形に口が裂ける。

「じゃあ、行こうか」

その言葉を合図に地割れが轟音を導く。僕はブースターでかわし、魔法使いのナイトオブナイトには当たらない。ジェラルドたちはなぜか地割れの影響を一切受けずに地上から僕たちを見上げている。

ナイトオブナイトが視線をそれに向けたまま僕に話しかけた。

「お兄様は、ミカ女王とはいつもどんな風にコンビネーションを取っているのですか?」

「アァ?」

こんびねーしょん?

「取ってねぇよそんなモン」

「そうですか。ならそれで行きましょう」

「?」

「私たちもコンビネーションは必要ないですね」

「おう……おう?」

って、何のためのニ対ニなんだ?

「そんな付け焼き刃の連携でどうにかなる相手でもないですし」

「……それもそうだな」

よくよく考えたら僕たちが互いに合わせるなんて不可能だ。ムカつくが、実力差って物がある。

「それじゃあ2対1+1ってことで」

「ええ」

ナイトオブナイトは言うが早いか呪文を唱えて空中に複雑な魔法陣を描く。そこから放たれるのは雷の槍。運のいいジェラルドの相棒だ。

「そんなモンでやれると思うな」

ジェラルドの自信は隆起した地面によって確信に変わる。雷の槍は土の壁に当たって散る。

「今度はこっちの番かな?」

疑問系なのは、自信はあるが確信はないから。ジェラルド自身もこの後起きることを完璧に知ることはできない。自分の想像するようなことが起きるはずだという期待だけだ。生憎、その期待は落雷という形をもってすぐに実現するのだが。

「……」

ナイトオブナイトは無言でそれを防ぐ傘を紡ぐ。僕はそのついでに守られていることを忘れられたらと思った。

ナイトオブナイトが傘を消して言う。

「芸が無いですね」

「うるせぇ。オレに言うんじゃねぇよ」

確かに攻撃としてはワンパターンだ。雷、地震、竜巻、流れ弾……こんなところか。ナイトオブナイトならどれも防げそうな気がするし、事実防げている。じゃあどうして……あ。一度だけ、ナイトオブナイトがジェラルドを本当に追い詰めた(ように見えた)時があった。その時、ワンパターンから外れた。理屈を抜きにした光の大剣が、魔法という理屈破りを破ってナイトオブナイトを絶望させた。そういえばついさっきバルドがやられた時も、流れ弾の定義からはあり得ないような大群がバルドを襲った。ナイトオブナイトの時と違いがあるとすれば、バルドに絶望する暇があったかどうかだ。

つまりそういうこと。彼らがどんなに頑張ってジェラルドとの差を一にしたとしても、そのたった一が埋まることは絶対に無い。ジェラルドは運が良いから、どんなにピンチになろうとも神様が守ってくれる。ジ・エンドを迎えることは無い。セコイ。

そんな中でも今は差を一にする時間であり、ナイトオブナイトにもジェラルドにも危険も緊張も無い。問題はこれからだ。

ナイトオブナイトの魔法の光線がジェラルドの肩口を少し切った。ジェラルドがニヤリと笑う。差が、一に。

「楽しいなぁ楽しいなぁ!!」

前から思ってたけど、コイツって戦いになると狂ってるよな。怒るにしても喜ぶにしても、そのポイントがおかしいし、反応もおかしい。何よりキモチワルイ。

「炭になれ」

いつものように雷が落ちる。だが時間が異常。雷が一秒近く続いたのだ。落雷は千分の一秒だとマンガで読んだことがある。その計算だと、実に千発もの雷が落ち続けたことになる。

「ッ……」

傘を作るナイトオブナイトの眉がわずかに曇った。ジェラルドはなおも右手を振るう。

「運だけが武器じゃないんだぜ?」

ジェラルドの背後から沢山の屈強な男たちが飛び出してきた。犠牲を払って得た力によって、彼らは僕たちが居る高さまで優に飛ぶことができる。権力もジェラルドの武器の一つだった。

「三十人……ですか」

確かに相手は三十人くらいだが……?

ナイトオブナイトが短い呪文を唱える。それがもたらすのは今までとはまた違った対処法だった。魔法によってどこからともなく生み出された光の粒たちが、徐々に集まって形をなしていく。その形が定まった頃には、目を疑う光景が作られていた。

「とりあえず」

「言いたいことなら」

「たくさんありますが」

「一言で言うなら」

新たに組み上げられた“三十人のナイトオブナイトたち”が声を揃えて言う。

『あなたは生きているべきじゃない』

そして襲いかかる三十人の相手との一対一の戦いに挑む。そのそれぞれでナイトオブナイトたちは圧勝していく。

「キモイぞ。オマエ」

「あなた程では」

ナイトオブナイトがぺこりとお辞儀する。ジェラルドの眉がピクピク動く。

「男のツンデレって需要あんのか?死にたいなら素直になれ」

「仰っている意味がわかりませんね」

この男にツンデレがどうとかいう話をしても通じるとは思えない。

「オーケーたった今需要できたぜ。素直にする喜びっつーのを味わあせてもらおうか」

ジェラルドの言葉が終わる頃には、襲いかかってきた全ての人形たちは意識を刈り取られ、大勢になったナイトオブナイトたちは元の光の粒となって消えた。

「オイ、ナナ。“アレ”はまだ来ねぇのか?」

「ただの人たちが動かしてるんだから時間がかかって当然だよ」

「アレって何だ?」

このセリフは僕。当然の疑問だ。

「アレはアレだろ。なあ?」

「そうだよ。アレはアレ」

「……」

揃いも揃ってクソヤローが。

「まあ見てのお楽しみってこった。期待は裏切らないと思うぜ?」

「……」

期待……ねぇ。

普通戦場に持ってくる物といえば、兵器か人材かのどちらかだ。つまりどちらにしろ、僕たちにとってプラスになることは考えにくい。そんな物に期待しろだと?何が来るかはわからないが、来る前に決着を付けるのが得策だろう。

僕は左手をジェラルドに向けた。

「食らえ!」

しかしエネルギー砲を発射しようとした瞬間、どこからともなく大き目の石が飛んできて僕の左腕に当たる。僕の砲撃は軌道を大きくずらされて無関係の地面を砕く。

「目ェ開けて撃ってるのか?」

「チィ……!」

次にナイトオブナイトが飛び出す。と言っても瞬間移動紛いのスピードで、僕が気づいた頃にはジェラルドの頭上で足を高々と上げていた。

「消えろ」

ナイトオブナイトの踵が振り下ろされる。これが決まれば確実に勝てるが。

「甘い甘い」

ミサイルの行方を変えるほどの突風がナイトオブナイトを襲う。そんな物があっていいのか疑問だが、ジェラルドの運が起こすことは神が許したことだ。

「……」

ナイトオブナイトは顔をしかめながら飛ばされないように体を畳んで仕方なく結界を張る。

「ギャハハハァ!無様だねぇ!」

オッドアイの少年が笑う。ナイトオブナイトを前にしてこの余裕をキープできるのはこの少年ぐらいだろう。でもこれはニ対ニだ。

「ハァ!」

少年が前にするのはナイトオブナイトと僕の二人だ。僕はビアンカを構えて突進する。

「引っ込んでろ」

運に頼るまでもないということだろうか。ジェラルドは左脚を突き出す。僕も舐められたもんだな。というより、ブースターが舐められてるな。ハチドリでさえ舌を巻く柔軟性が。

「食らうか!」

「……」

僕はジェラルドの蹴りを回転してかわし、ヤツの頭を二つにすべく再びビアンカを振りかざす。意識したわけではないのに、僕の声はいつの間にか暗くて冷たい物になっていた。

「シネ」

ビアンカの切っ先が美しい弧を描いた。


ゴウッ!!と、何か重くて硬い塊が飛んで来るのを見たのは、ビアンカがジェラルドを捉える直前の事だった。飛んできたそれは僕の右手に噛み付いて、そのまま僕ごと地面に突っ込んだ。

「ッ!?」

声にならない叫びを上げながら、何とか地上に顔を出し、僕の右手を掴んで離さない物を見る。

「何だこれは……?」

それは機械仕掛けの魚のようで、大きさ三十センチほどのずんぐりした提灯アンコウだった。ただし本物よりも噛む力が相当強く、僕の右腕をガッチリ固定している。この状況でもビアンカを放さなかったのは僕の誇れる部分だろう。

「あはははは!大成功!」

突如高らかな笑い声が聞こえた。僕はそちらを振り返る。

「このクソガキがァ!!」

「ガキじゃないもんねー」

ナナ=リオーネは舌を出してあっかんべーをした。どうやらアイツが人形の一人にこれを使わせたらしい。その証拠に、リオーネの後ろの大きな男がロケットランチャーのような筒を持っている。あの先からこの魚が発射されたに違いない。しかもこのデブ魚は腹に何か入っているらしく、重さは一トン近くありそうだ。それを打ち出すあの筒は一体何物なんだと思う。

「クソが!」

僕はどうにも動かない右腕を左手で掴む。やることは一つ、決まっている。

僕は左手に力を溜めた。

「……ッ」

強力な熱と光によって僕は右腕を焼き切る。一瞬血が吹き出すがすぐに止まり再生を始める。僕は地面に転がっている方の右腕から左手でビアンカを奪い取る。ヨロヨロと立ち上がりながらリオーネを睨む。リオーネはケラケラと手を叩いた。

「いやーお見事お見事」

コイツもジェラルドと似ていい性格してやがる。つか、今のは攻撃だよな?もう“名目上”なんて言わせねぇぞ。これはニ対ニだ。

僕はブースターの力を最大まで引き上げる。

「ウラァ!!」

「?!」

僕はビアンカを再生した右手に持ち替えていた。ビアンカの切っ先が美しい弧を描いた。


ボタ、ゴロン。

音にするとこんな感じだった。切り付けておいてなんだが、こんなにもあっさり攻撃が通るなんて予想外だったし、この光景は想像してなかった。

僕は地面に転がるロリ少女の生首を見下ろす。

「やった……」

僕は何も悪いことはしていない。敵を一人殺した。それだけだ。それなのに、何だこの感覚?

相手は誰だった?騎士だったか?

騎士ではなかった。だが攻撃はしてきた。

騎士道に則れば、女、子どもに手を上げるのは禁忌中の禁忌だ。

ありゃただの女じゃねぇ。バルドの能力を見破るような女狐だ。

……なるほど。この感覚は罪悪感だ。その証拠に、僕はずっと言い訳ばかり考えている。僕は……。

「あーあ、よくも私を殺したね」

……ん?『私』?

僕はわけのわからない呪詛に振り返る。そこには、セリフ同様わけのわからない景色が広がっていた。

「何でお前が……」

「えへ、びっくりした?」

そこにはたった今僕が殺したはずのナナ=リオーネが立っていた。それも自分(?)の死体を踏んで、だ。

「お前……ミュータントだったのか……」

「それは想像に任せるよ」

死体と生身が同時に存在するということは、身代わりなどということは考えにくい。だとすれば、リオーネがミュータントであるとするのが妥当だろう。一体何の能力だ?

「能力は聞いても」

「答えるわけないよ」

「だろうな」

思わず笑ってしまう。何つーか、それならいろいろやっても後悔しなさそうだ。

「僕と戦え。タイマンだ」

「それレディーに言うことじゃないよね?」

「レディーなんて存在しねぇだろ」

「ひっどい」

「で、返事は?」

まあ何て言われてもやるけどな。

「イヤだ」

「そうか残念だ」

僕は左手を突き出した。常人なら避けられるはずがない。熱線はまっすぐにリオーネに突き進む。さあ、どうする?

ジュッ。

ある意味予想通りだが、リオーネは死んだ。上半身を丸ごと焼き尽くされて。なのに。

「またそうやって乱暴する」

どうしてお前がそこにいる?

僕が見ているのは幻か。それとも、節穴ゆえに変装を見抜けないだけなのか。

「消えろ」

消した。

「もう」

出た。

「消えろッ!」

消した。

「だから」

出た。

「ッ!消えろ……消えろ消えろォオオオオオ!!」

……消した。

「だから、いくらやってもムダだって」

……出た。

一体。

「一体何なんだよお前は?!」

「さあ?何だろうね?」

コイツ……。

ダメだ。何のバグだが知らねぇが、コイツに殺しは通用しねぇ。これ以上は本当に無駄だ。しょうがねぇ。面倒だが、ヤツの能力を暴くことから始めるか。

と思っていた矢先、近くでナイトオブナイトと戦っていたジェラルドの口から、意味深な言葉が飛び出した。

「ようやく来たか」

来た?僕は辺りを見回す。するとすぐにその異様な存在に気づいた。異常ばかりが飛び回るこの空間で、ノロノロと進む一台の中型トラックはあまりにも普通過ぎた。……あれは?

「何だありゃ?」

「アレはアレだよ」

「そうか……アレか」

“アレ”か。僕の予想では兵器ということになっているが、果たしてあのトラックには何が積んであるのか。ジェラルドが待ちわびるほどの価値を秘めた物か。

「おーい、さっさと出て来てよ」

リオーネがトラックに向かって大きな声を出す。トラックの運転席に座っているのはスキンヘッドの男だが、どうやらソイツに呼びかけているわけではなさそうだ。そしてその声に答えるように、トラックの荷台の扉が開く。

「そんなこと言ったって……コレ……重いんだから」

ん?この声はどこかで聞いたことがある。そうだ、これは。

「がんばれぇ」

この声と同じ。そして見た目も。

「よっこいしょ、よっこいしょ」

徐々に姿を表すその少女に驚愕する。リオーネとその少女の間においては瓜二つという言葉も霞む。似ているどころか全く同じ。例えて言うなら、いつか見たSF映画に登場した

「クローン」

クローンのようだ。……ん?今なんて言った?

「私たち、クローンなのだ☆」

「……ハァア?!!」

クロォオオオオオンンンンンンン??!!

つか、また降りてくるし!全部で四人のリオーネがこの場所に存在することになった。その内二人は黒い布を被った高さ四メートルほどの何かをトラックから降ろしている。何だあれは?

ヤバイ。謎が多すぎる。

「順を追って説明するとね……」

「ヒャッハァ!待望のご到着だぞテメェラァ!」

狂人の歓喜の声に周りに居た人形たちが釣られる。そして一切口を聞かなかった彼らが口々に呟いた。

「教祖様……」

「教祖様……」

ようやく口を開いたと思ったらそれかよ。宗教で洗脳されるとはわかりやすい人形どもだな。

そんな中、ジェラルドの性悪な笑い声が響く。

「アッヒャッヒャッヒャァ!愉快だろ?滑稽だろぅ?!あんな中身が何かもわかんねぇモンをよりにもよって教祖様だとよ?アッヒャッヒャッヒャ!笑いが止まんねぇ!」

「……」

自業自得な部分がほとんどだろうが、それでも人形たちにはある程度同情する。こんなヤツに好き勝手に使われるなんて。人形に言葉が通じないのが残念だ。

戦闘は一旦中断され、ナイトオブナイトが話に加わる。

「そんなことより、あれは一体何なんです?」

「あの教祖様はな……ヒック……こっちの切り札なんだよ……グフッ……」

ちったぁ笑い堪えろよ。つか、

「切り札ぁ?」

「はー……まあ切り札っつっても、今はただのエンターテイメント要員だがな」

「要員ということは、人、ということですか?」

む、確かに。

「相変わらず鋭いなぁ。その通り、人間だけど」

人間があんな風に管理されてるなんて、どんな立場のヤツなんだよ。

「じゃあ早速、誰も見たことがない教祖様とのごたいめーん!」

黒い布がゆっくりと取り払われた。


イエス・キリストを知っているだろう。彼は手足を釘で打たれ、磔にされて死んだ。その彼が女で、十字架に掛けられたまま生きているとしたらきっとこんな姿だろう。ただし隣人愛を語るには少々憎悪の念が強過ぎるようだ。見ているだけでこちらまで煤が付くような気がする。

「人形の女王様。力の器。神の核。……呼び方ならいくらでもあるけど、一番人間味のあるのならこれかな」

リオーネが彼女の名前を呼ぶ。

「エリカ=ローラン……だったっけ?」


ローラン。間違いない。あのテルマの妹だ。エンジェルメイトに捕まっているのはわかっていたが、まさかこんな姿になっているとは。テルマと同じで元々はマトモだったであろう容姿は、今やボロ雑巾のようだ。十字架に意味はあるのだろうか。始めて磔にされた時に付着したであろう血はすでに黒く変色し、釘で貫かれた手のひらは、初めから穴が空いていたかのように皮膚が再生している。かなり前からここにいるようだ。

「テメェら、何つーことしてんだよ」

この仕打ちには僕も寒気がした。僕がエリカと同じようにされたら、まず発狂したいと思うだろう。痛みがあればなおさら。

「この十字架のことなら、オレらが望んだことじゃねぇよ」

「じゃあ誰だ。乾か」

「いや、誰も望んでなんかない。これはただの必然だ」

「頭沸いてんのかよお前。必然的に磔になるヤツなんて居るか」

「これがただの見せしめだなんて思うなよ。この十字架にだって意味はある。これでも一応、偉大な技術者による発明品だからな」

「何だと?」

機械なのか。

ジェラルドは十字架の前に歩いて行って、それを背にして親指を向けた。

「コイツら姉妹の、な」

な……に……?

「そいつが自分で釘打ったとか言うつもりかよ」

「つまんねぇ冗談だな。釘を打ったのは乾だが、そのことに見せしめ以上の意味を持たせたのは間違いなくコイツ自身だ」

「どういうことだ?」

「さっきも言ったろ。これは機械だ。ただし仕組みは姉妹以外はわからねぇ。オレにも、ナナにもな。それでもこれが恐ろしくて完全に“失敗作”だってのはよくわかる」

「結論を言え、結論を」

「あせんなよ早漏。このオンナの能力は、他の能力を集めることだ。そして集めたそれを分解して配ったりもできる」

そして出来たのがそいつらだ、とジェラルドは人形どもを指差した。それは僕たちも知っている情報だ。

「だが厄介なことにその能力を使うにはコイツの意志が必要だ。誘拐してきても、オレたちが好き勝手に使うことはできねぇ」

「……」

「そこで登場するのがこの十字架ってわけさ」

ローラン姉妹の大失敗作。きっと作らない方がよかった物。

「この十字架は、磔にした者の能力、記憶を自由に引き出すことができる」

ホント、僕じゃなくてよかったと思う。キリストも相当苦しんで死んだだろう。それこそ、人間の罪を背負うに値するほど。しかし、僕たちはこの女に罪を託した覚えはない。救ってもらおうとも思わない。それにもかかわらずこの苦痛は理不尽だ。

ここまで聞いてナイトオブナイトが口を挟む。

「リスクは、当然あるんでしょうね」

「いい質問ですねぇ」

学べるニュースでも始めるつもりか。

「リスクならある。これに掛けられたヤツは寿命が縮まる。まあ見りゃわかるだろ」

このやつれ方はジェラルドたちの扱いのせいだけじゃないということらしい。

「しかもコイツの能力は誰からでも能力を奪えるってわけじゃねぇ。渡す方にそういう意志がある時だけ能力の宿主を移すことができる。だから専ら、使うのはもう片方の移し方だな」

「そのもう片方とは?」

「……人間っつーのは実は、人を殺すたびに力を得る。潜在能力ってことで、それを行使することはできないが、殺した相手の能力を体の中に溜め込むことができる」

「……」

ってことは僕の場合、ロンドンで戦ったキチガイや、アメリカで出会った化け物の能力を隠し持ってることになるのか。全く実感はないが。

「そしてそれを顕在化させ、実際に行使することを可能にするのがこの女だ」

「……なるほどな」

つまりその女をコントロールしている限り、相手を殺すことはその能力を奪い取るってことと同義ってわけか。

……待てよ。能力を溜め込んでるのは僕だけじゃない。ナイトオブナイトやジェラルドだって履歴を辿れば僕とは比べ物にならない数の能力を持ってるはずだ。

そしてこの場合問題になるのはナイトオブナイトではなくジェラルドだ。なぜならあの女の支配権はエンジェルメイトにあるから。ナイトオブナイトがジェラルドと大差ない能力を秘めているとしても、それを解放できなければ意味がない。エリカという装置を使って潜在能力を自由に使うことができるジェラルドとでは勝負にならないのだ。そういった状況を作り出すという意味では、あの女は間違いなくエンジェルメイトの切り札だ。

と考察を巡らしている場合じゃない。

白かった雲は徐々に黒くなってきていた。

ジェラルドが力を解放する前に何とかしなくては!

「砕けろォオ!」

僕は左手を十字架に向ける。エリカは気の毒だが、それが一番手っ取り早いのだ。でも。

「ダメだわぁ。お前ホンットアホだな」

グラリと十字架が揺れた。正面を向いたまま、右の枝が地面に突き刺さる。ビームは虚しく空を焼いた。

「チィッ!」

ジェラルドの能力だ。そうでなければ、あの深く固定してあった十字架が倒れるはずがない。そして起きるはずのない出来事が引き起こしたのは、僕たちは妨害に失敗したという事実だった。

「さあ、始めようか」

ジェラルドが横倒しになった十字架に触れる。十字架が金色に光る。その光がジェラルドの胸に集結していき、吸収を体現する。わずか三秒ほどでその儀式は終了した。この三秒の間で、空は完全に黒くなったような気がした。

「どれ」

十字架から手を離し、その手でジェラルドが指を鳴らす。パチンという指ではない別の音がして、空気中に槍と言うべき氷柱が何本も出現する。これはつい先ほどジェラルドが殺したアマルダの……って、え??アマルダ死んでなくね?僕は辺りを見回す。確かにアイツの姿は無い。地割れに巻き込まれた可能性が高いか。そんな簡単に、ついでのように人を殺しやがって。

「よそ見してんなよコラ」

気がつけば氷柱が目の前に迫っていた。僕は慌てて首を傾ける。氷柱は僕の首筋を鋭く舐めて行った。

「それにしても便利なんだな、自分で自由に使える能力って」

ジェラルドの場合は自分の意志とは関係なく起こる偶然そのものが能力だからな。自分の頭でタイミングを選んで発動する能力は新鮮かもしれない。

「ま、これでお前らを殺すことも選べるってわけだ」

ジェラルドは地面に氷を張る。ただのスニーカーでスケートをやって見せる。でもやはりそのスピードはかなり遅い。返り討ちにできるか?

僕は動かないでいた。

「キャハッ!」

ジェラルドの悪意が滲み出る。しかしその冷たさとは無関係に、現実はそこらの不良程度の力で僕を襲う。単純な肉弾戦なら負けねぇぞ。

「……ッラァ!」

僕は昔を思い出してカウンターを仕掛ける。もし実況が付いていれば、こう叫んでくれたことだろう。『珞間選手の鮮やかなクロスカウンターが決まったァ!!』

でも。


パァンッ!


「クッ……ハッ……?!」

実際に吹き飛ばされたのはやはり僕の方だった。間違いなく僕のが決まるコースだったのに。

そこらの不良の力、と過大評価はしてみたが、実際にはそれ以下の腰の入っていないへなちょこパンチだった。タイミングとしても、僕の拳が先に着弾するはずだった。それなのに現実に僕が頬に受けたのは大砲のような衝撃であり、首も顎もおかしな方を向いてしまっている。体ごと持っていかれ、今は地面に半分埋まった状態だ。

「……イッテ……」

僕は瓦礫を押し上げて立ち上がらりながら顎を戻す。本当は痛くもなんともなかったけど、思わずそんな人間味溢れる感想を呟いてしまった。痛みが何なのかもろくに知らないくせに。

視界を固定しようと努力しながら考える。そういえば、僕は食らう直前に音を聞いた。聞き間違えるはずがない。あれは紛れもなく銃声だ。見たわけではないが、音の方向からしてジェラルドの後方、リオーネの方から発砲された物だと考えられる。仮にリオーネが撃ったして、一体どこを狙って?僕か?それともナイトオブナイトか?僕ということは考えにくい。ジェラルドが重なって狙えなかったはずだ。じゃあ何を。

「なるほどなァ。これが団長の能力ってわけか」

僕を吹っ飛ばした本人、ジェラルド=ハーンが右手をぷらぷらと振る。

団長?……チッ。そういうことか。

さっきの銃声が狙ったのは、僕でも、ナイトオブナイトでもなく、ジェラルドの周り半径五メートルの空間だったのだ。その範囲内ならあらゆるスピードを平均化できる。ついさっき手に入れた能力を早速二つも使ってきたということだ。

「メテンドクセェなぁ」

僕はゆっくり歩いて近づく。これはパフォーマンスだ。僕と、ナイトオブナイトに考える時間を与えるための。

「クハッ!本当に便利だぞこいつは!能力だけじゃなくて、いろんな発明も引っ張り出せるからな!」

「そいつはいいなぁ。譲ってくれないか?」

「いくら出す?」

「鑑定団が逃げ出すくらいまでだな」

「あーダメだなそんなんじゃ。最低でも、百人は生贄積んでもらわないと」

「どこの大魔王だよお前は」

僕はようやくナイトオブナイトに並ぶ。そこで小声で囁いた。

「何とかしろよ、エース」

「どうにもならないかもしれません」

「それでも最強かよ」

「……」

ナイトオブナイトは一歩踏み出した。そして何かの魔法を発動する。ナイトオブナイトの足元に魔法陣が光り、若い顔を美しく照らす。

「へぇ。まだやるんだ」

見事なまでの棒読み。ジェラルドはナイトオブナイトに対して一切の感情を抱かない。まさしく興味がないという状態だ。

「私も、あなたのようにやってみますよ。お兄様」

「ハ?」

次の瞬間、ナイトオブナイトが消えた。

パリーンッ!

僕がようやく次にヤツの姿を捉えることができた時には、すでにジェラルドと交戦中だった。だがおかしい。いや何もおかしくはないし、望ましいことではあるのだろうけれど、“今ジェラルドとまともにやりあえている”というのはどうも奇妙な感じがするのだ。だからやはり気にはなる。さっきナイトオブナイトが発動した何かの魔法が関係するのか?

「しゃらくせぇ!」

どこで覚えたんだそんな言葉。とかいう余念はさておき、爆風で跳ねた拳大の尖った岩がナイトオブナイトの腹に突き刺さる。危ない!という暇もなく、ナイトオブナイトの腹から真っ赤な血が溢れる。あれがダメージにならないはずがない。しかしナイトオブナイトの動きは全く阻害される気配がない。…………『僕と同じように』そういうことか。腹の傷はみるみる内に再生する。血もピタリと止まる。これが先ほど発動した魔法の効力か。傷も痛みも無視して、全ての力を攻撃に注ぐ。どうりでジェラルドと対等に戦えるわけだ。

でもこれが容易に使えるなら最初からやっていたはずだ。きっと何かできないわけがあった。

「三分です」

ナイトオブナイトが独り言のように言った。

「アン?」

ジェラルドがそれに反応すると、今度は確かな決意を持って宣言した。

「三分で片を付けます」

しかしジェラルドは一部で冷静だった。

「キヒッ!それがオマエの限界なんだろ?」

魔法の制限時間が三分という見方は確かにできる。それが今までナイトオブナイトがこの魔法を封印してきたわけなのだろう。そしてそれが限界だとして、ナイトオブナイトの発言は強がり以外の何物でもない。エースの強がりなんて聞きたくなかったが。

ナイトオブナイトが答えないことで、ジェラルドは笑う隙を得たと感じたらしい。

「クハッ!どっちにしたってオマエは、三分でケリを付けられる方」

突然、ジェラルドの言葉が途切れた。

「?!ジェラルド!!」

ワンテンポ遅れて代わりに叫んだ者がいる。ジェラルドの隣に居たリオーネの内の一人だ。リオーネの視線はジェラルドを捉えようと動く。ジェラルドが喋れなくなったのは、“アイツ”が攻撃を仕掛けたからだ。いつもなら届く前に止められるが、今回は違う。確かにジェラルドをブッ飛ばした。

ナイトオブナイトがジェラルドを蹴り飛ばした足を降ろして言う。

「生きてるなんて、運が良かったですね」

「……」

ジェラルドがユラユラと立ち上がる。口の端から流れる血を手の甲で拭きながら、赤い三白眼でナイトオブナイトを睨む。

「テメェ……許さねえぞゴラァ!!」

ジェラルドは落ちていたハンドガンを拾って引き金を引く。バルドと同じ方法で自身のスピードを急変させる。一瞬でナイトオブナイトに詰め寄り、そこらの不良+αの力をナイトオブナイトに放つ。僕の視野の端でリオーネがハンドガンを上げるのが見えた。しかしその後銃声を聞くことはない。

まるでアニメのように、リオーネが爆発した。ナイトオブナイトの魔法だ。飛び散った血は無関係の僕の頬を温めた。

「?!」

本来追加されるはずのスピードが得られずジェラルドは戸惑いの表情を浮かべる。しかし距離は自分でゼロにした。もう後戻りはできない。ナイトオブナイトが音速程度のジェラルドのパンチを掴む。

「ッ!クソ!」

ジェラルドの必死の抵抗も、パントマイムにしか見えない。きっとあれから逃げられる者はいないだろう。ジェラルドの運が及ばなくなっている。

「消えなさい」

ナイトオブナイトが静かに告げる。神託を見た気がした。ナイトオブナイトが反対の手を振り上げた時、横槍が入った。正確には横弾丸だろうか。弾丸といっても大きな物で、RPGの類かと思われた。それが着弾したのはあろうことかジェラルドの左手、つまりナイトオブナイトの右手。ナイトオブナイトがジェラルドを掴んでいる部分に当たった。そしてそれが不発弾だったという偶然だ。爆発しなかったとはいえ、あれだけ巨大な弾丸を受けて無傷でいられる腕は見たことがない。つまり、怪我をする。

「ギィィヤァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

苦痛をそのまま叫びにしたような絶叫がこだました。ジェラルドの口から。ジェラルドは先端がなくなった左腕を抑えてのたうちまわる。白くて美しいジェラルドの肌が紅い飛沫の化粧を受けた。

一方のナイトオブナイトは黙ってその様子を眺めている。吹き飛んだ右手はすぐに再生した。痛みは魔法が消した。僕を見ているようだった。いや、僕だったらいいなと思った。僕もあんな風にできたら。一見相打ちでも、僕自身は傷つかない力を持っているのだから。

「ハァ……ハァ……テメェ……テメェ……!!」

ジェラルドは膝をついた状態でナイトオブナイトを睨む。気絶せずに正気を保っているなんて、大した恨みの念だ。

「……」

ナイトオブナイトはマントを風になびかせながら駆け出す。ジェラルドとの距離は十メートルほど。その途中で原因不明の突風が起きるのはいつものこと。ただし、今回はその先が違った。

「クッ……!!」

「?!アーサー!」

いつから見ていたのか、凰梨が叫ぶ。突風に吹き飛ばされ、背中から落ちるナイトオブナイトに駆け寄ろうとしたのを、ミカが腕を引っ張って止めた。どういうことだ?ナイトオブナイトがあの程度の風に煽られるなんて。今までならそよ風のように受けていたのに。

「ケケッ……どうやら……その魔法にも……リスク……は……あったみてぇだな」

ジェラルドは耐え難い痛みに耐えながら嗤う。

なるほど、そういうことか。だとしたらマズイ。さっきの魔法を発動してから三分が経過したのだ。回復力は元に戻り、痛覚も復活し、力も弱くなった。やはりそれなりに副作用の強い術だったらしい。

「ッ……」

ナイトオブナイトが珍しく苦しそうな表情を浮かべる。それとは対照的に、血まみれで嬉しそうな表情を浮かべるジェラルドに鳥肌が立った。

「嬉しいよ……すごく嬉しい……やっと……やっと好き勝手できるんだな」

気が狂ったか。痛みはどこにいった。

「オマエを殺すのは簡単だ。でもそれじゃあ面白くねぇ」

ジェラルドは足の裏で地面を噛んで立ち上がる。

「生贄を五百人積め」

五百という数字に、僕たちの騎士団の総数と同じという意図は含まれていたのだろうか。含まれていたとしたら、僕たちが、むしろナイトオブナイトが戦っているのは疫病神というよりもただの悪魔ということになる。

「ま、積まれなくても自分で積むけどな」

「どういう……」

ナイトオブナイトの表情が一変する。ナイトオブナイトだけじゃない。これには僕も見上げずにはいられなかった。突然空が暗くなったのだから。

もうすぐ雨が降りそうだとか、そういうレベルじゃない。もう辺り一面が全て影になった。その闇を注ぐ源は、その戦場に居た全ての者の視線を集めた。瞬きを忘れた人形たちも、見えない目で天を見つめる。最後の審判とはこういう物を指すんじゃないだろうか。

「やっぱ……生贄……七十億人貰うぞ」

超巨大隕石が今まさに地球に迫っていた。

「アハ……アハハハハ!」

ジェラルドの笑い声が響く。呆れを含んだ目は自分の心を見ていた。

「嬉しい……こんなに嬉しいことはねぇよ……何でも思い通りなんだ……」

願えば叶う。それがジェラルドだ。七十億人の死を望めば、七十億人が死ぬ。それがジェラルドだ。

「クソ!!」

珍しくナイトオブナイトの口調が荒くなる。迷っている時間はなかった。ナイトオブナイトは地面を蹴って飛ぶ。燃え盛る隕石の表面に手をついて奥歯を噛みしめる。

「クッ!!」

ダメだ。どう見てもナイトオブナイトが押されている。死ぬのか……?

「死ぬんだよ、みんな」

見ると四人のリオーネが拳銃構えていた。その銃口の内三つはナイトオブナイトを捉えている。あとの一つは、

「凰梨!逃げろ!!」

僕の叫びと重なって四発の銃声が響いた。クソが!!間に合わねぇ!!

僕は飛んだ。

直後、隕石が地球に衝突した。


死んだ。

死んだ。

生きてる。

死んだ。

生きてる。

生きてる。

生きてる……?

「ゴホッゴホッ……!ミカ!凰梨!」

僕は生きていた。地球は原型を保っていた。約七十億人は生きていた。

「鳳……!」

「お兄……!」

立ち込める土煙の中から二人の女王が姿を表す。汚れてはいるが、二人とも無傷だ。僕たちの周りに他の気配は感じられない。いたるところで地面がめくれ上がり、戦争の意味を教える。

それでも僕たちは生きていた。……助けられたのか、アイツに。

「アーサー……」

凰梨が英雄の名前を呟く。

「アーサー……!」

次第に本格的に。

「アーサー!どこにいるの?返事して!」

僕たちも捜索に協力する。アイツは気に食わないが、今となっては借りは大き過ぎる。

「アーサー!」

ホコリに塗れても、手入れの行き届いた黒髪は目立った。凰梨が倒れている英雄を見つけて駆け寄る。細い腕で彼を抱き起こして顔を覗き込んだ。

「しっかりしてアーサー!」

凰梨が今にも泣きそうな声で呼びかける。英雄はピクリとも動かない。長い髪の間を縫って額から血が垂れている。

「お願い、起きてよ!」

凰梨が揺らそうとするのを、

「やめろ!動かすな!」

僕は慌てて止める。

「体ん中のどっか傷ついてるかもしれねぇ。そっとしとけ」


「……さい」


「アァ?」

「うっさいって言ってんのよ!」

「?!」

まるで昔の凰梨を見ているようだった。

僕は何も間違ったことは言ってない。負傷者がいればなるべく動かさないのが保険の授業で習う通りだ。

「お前はナイトオブナイトを助けたくないのか!」

「黙れ!アーサーに頼って何にもしなかったくせに!今さら偉そうに指図すんじゃないわよ!!」

「!……」

何も言い返せない。確かに僕にできたことと言えば、時々吹っ飛ばされることくらいだ。

「アンタがもっと強ければ!アーサーは傷つかなかったのに!」

「……」

僕が強ければ、バルドもナイトオブナイトも笑っていられたのに。

本格的に危機感を感じたのか、僕に同情したのかはわからないが、ミカが割って入る。

「ね、ねえ凰。とりあえず、ナイトオブナイトを放してあげて。そっとしといた方がいいのは本当だし……」

「……」

ミカの言葉に凰梨は決まりが悪そうに目を逸らして、ナイトオブナイトを慎重に寝かせる。それからスクッと立ち上がり、僕たちを睨むように見た。

「いつまでここに居るつもりよ?」

僕が答える。

「とりあえず、状況の確認をしなきゃなんねぇ。他に生きてる仲間がいたら、そいつらと協力してナイトオブナイトを助けられる」

「……それじゃあ手分けして辺りを見てこよう。合図でお互いを確認できるようにしとけば大丈夫でしょ」

「合図って何だ?」

「空砲を撃つことにするわ。一発ならここに集合。何か見つけて召集かけたい時は二発。そして、自分の身に危険が迫ったら三発撃つ。もし三発聞こえたら、それぞれで考えて行動すること」

「一発撃ってここに集合かける役は凰に任せるね」

「……わかった」

凰梨が頷いて承諾する。ミカには普通に接している。

凰梨の意向は伝わったかもしれないが、僕にはまだ伝えなければならない意向があった。

「でも手分けしてってのはやめといた方がいい」

「……?」

凰梨が今にも飛び立とうとしているところだった。僕は続ける。

「こんな風にはなったけど、やっぱりまだ油断はできない。三人で行動した方が安全だろ?」

僕は、クレーターが無いこと以外、まさしく隕石衝突後のような焼け野原を見渡す。改めて見ても凄い光景だが、慎重な考えは変わらない。

凰梨は勢い良く振り向いて応戦する。

「こんなになってまだ生きてるのがアタシたち以外にいるわけないじゃん!一刻も早く助けを呼んでアーサーを治療しないと!」

「でもなぁ……」

仮にもこいつらは女王だ。そんな超重要人物たちを一人にするわけにはいかない。僕はミカを見る。何とかしてくれ。

「……はぁ」

ミカはため息で応えた。

「凰、三人で行動しない?その方が安心できるしさ?」

「……じゃあこうしよう」

凰梨は少し考えて結論を下す。

「アタシとミカがペアで行動するわ。それでいいでしょ?」

……それなら一人よりは大分マシだ。時間が惜しいのも事実だし。仕方ない。

「わかった。そうしよう」

僕は『ケンカはするなよ』といういつものセリフをやっとのことで飲み込んだ。僕が今これ以上何か言えば、凰梨が噛み付いてくるに違いなかった。でも、これだけは言わなければ。

「約束しろ。危ないと思ったらすぐ逃げること。何か見つけても絶対に深追いしないこと。わかったな」

「……行こうミカ」

「う、うん」

凰梨は僕を無視して背を向ける。僕の言葉が届いていればいいのだが。

「じゃあな」

僕がそう言ったころには二人はすでに飛び立っていた。


僕もすぐに飛んだ。土煙がなかなか晴れず鬱陶しい。汗ばんだ体がジャリジャリと音を立てて気持ち悪かった。いったいどこまで続くんだ、この荒野は。とりあえず、この辺りで降りて詮索してみるか。

「こりゃあ生きてるヤツいたら本物のバケモンだぞ」

僕は口の中でそう言って辺りを見て回る。ところどころで瓦礫が重なって盛り上がっているが、掘り返す気にもなれない。あの下に人が居たとしても、生きてる可能性はゼロに近いだろう。

僕は荒野を歩く。はっきり言ってつまらない。敵味方関係なく、一人か二人ぐらい生存者が居ればまた違ってくるだろうけど。映画ではこういう時、ガタッつって瓦礫の下から死んだと思われた仲間がひょっこり顔を出すところなんだけど。

ガタッ。

「おっ?」

思わず声が出た。僕の目の前で岩の板がガタガタと動く。生存者の予感。

「プハッ!」

「……え?」

生存者発見。浅黒い肌をした、僕と同い年ぐらいの少年……。

「えー……これは予想外だわ……」

「ん?おお!鳳!久しぶりだな!」

「はぁ……今の状況わかってんのか?ラブロフ」

だいぶ前に行方不明になった防衛隊長、ラブロフ=ローザが埋まっていた。すでにその命も諦めていたのに、まさかこの悲劇の生存者とは。

「聞きたいことはいろいろあるが、とりあえずそこから出ろ」

「おっとそうだな。居心地良すぎて忘れるとこだったぜ」

ラブロフは下半身を埋めたままだった。よいしょ、よいしょと掛け声を掛けながら、鉛を駆使して瓦礫をよける。僕の前に仁王立ちになったラブロフは、よく見るとやはりボロボロだった。ラブロフが口を開く。

「いや実はさ。俺もあの教祖様と一緒にトラックに積まれてたんだけど、どうやら忘れられてたらしくて、一人ぼっちで困り果ててたら、いきなり隕石降ってくるし。死ぬかと思ったわ」

「忘れられてたって……能力で脱出することはできなかったのか?」

「ムリムリ。よくわかんねぇけど、変なロープみたいので縛られてて能力が使えなかったんだよ。隕石が降ってきた時運良く切れたからいいけどよ」

「……」

そのロープもエリカ=ローランが作った“失敗作”の一つか。そういえば、

「ビッキーはどうした?」

「……そのことなんだが」

ん?ラブロフもこんなに暗い顔するのか。

「死んだ……殺された」

「……そうか」

予想はしていた。というよりむしろ、ビッキーと一緒に連れていかれたはずのラブロフが生きてる方が不思議だった。

「どうしてお前は殺されなかったんだ」

「……あんまり思い出したくないんだけど」

ラブロフにしては本当に苦そうな顔で答える。

「俺は一面ガラス張りの部屋に閉じ込められた。ガラスの向こうではビッキーが鎖で繋がれてた」

「……それで?」

「……時間になるとやってくるんだ、アイツらが、鞭とか、ペンチを持って」

「ッ」

まさか……。

「アイツらは……ビッキーの……爪を……ウッ」

この時ばかりは、ラブロフに対して本当に申し訳ない気持ちになった。思い出しただけで吐き気を催すなんて、さぞかし辛い拷問だったのだろう。

「今でも時々聞こえるんだ……ビッキーの悲鳴が。目を閉じると感じるんだよ……あの助けを求める絶望の視線を……!」

「……わかった。もういい」

僕ならどうしていただろう。僕の目の前で、仲間が拷問され、消しゴムのように擦り減っていくのを見せられて、それでも口を閉ざしていられるだろうか。

「でも俺はビッキーを助けなかった。悲鳴が聞こえなくなるまで、必死に耳を覆った。それが女王のためだと思ったから!!」

「もういい!お前はよく頑張った!お前は正しかったんだ!!」

「わかんねぇんだよ……俺が本当に正しかったのか。俺はビッキーを見殺しにした。女王に関する情報を守るために、ビッキーを差し出したんだ。お前にだって、どっちが正しいかなんてわかんねぇだろ?」

「……いや、お前が正しい。そうに決まってる」

そう思わなければ、僕もラブロフも折れそうだった。きっと僕もラブロフと同じようにしただろうから。

「忘れろとは言わねえ。でも今はやるべきことをやれ」

「……やるべきこと?」

僕は頷いて見せる。

「敵は死んだ。これからは僕たちの時代だ」

「……ああ。そうだな」

ラブロフが背筋を伸ばす。僕たちが次の行動に移ろうとした時。

ガタッ。ガタッ。

始めは一つ。徐々に多く。岩が幾つも動き出す。そしてその下からヌッと腕が伸びてくる。バイオハザードを彷彿とさせる光景が僕たちの前で進行していた。これが仲間かどうかはわからない。でもこの数からして、僕の言ったことには少なからず間違いがあったようだ。

「どうやら、時代ってのはそうそう動くモンじゃなさそうだな」

ラブロフが腕を見つめて言った。

そしてその時、遠くで銃声が響いた。一発、二発。合図には違いなかったが、問題はもう一発が鳴るかどうかだった。僕は当然静寂を望んだが、現実はそう甘くなかった。三発目の銃声が響いた時、僕は弾かれるようにして飛んだ。

「そいつらを頼む!」

「お、おい?!」

わけもわからず狼狽えるラブロフを残して、僕は女王の元に急いだ。


一発の銃声は青。二発なら黄色。三発なら赤。でもこの場合、僕は逆に全力で進まなければならない。でも百メートルほど進んだところで、僕は信じられない光景を目の当たりにした。

全校集会を思い出した。それほどまでに、地上に人が溢れていた。この数が地面の下に埋まっていたとは考えにくい。ジェラルドの運に助けられて生き延びた者の他に、兼ねてからエンジェルメイトが用意していた伏兵がいたに違いなかった。しかも生き延びた者は人形だ。視力も涙も失くした代わりに、鋭敏な聴力や嗅覚を得て、僕が飛ぶ高さまで到達できる跳躍力で僕を撃墜しようと迫る。ブースターの充電も多くない。僕は地面に足をつける。僕が選んだ方法は。

「ッラァ!ハァ!フン!……」

ひたすら斬り続けること。銃声を聞いてから結構経った。ミカたちがどこにいるかもわからない。この辺りにいるかもしれないし、まだ先かもしれない。確かめるには、それを知ってるヤツに聞くしかなかった。

「ジャマだ!」

人形はしぶとい。一体一体が重くて死なない。

「食らえ!」

人形になりきれなかった者たちの悲鳴がこだまする。耳をつんざくような女の絶叫から、野太い男の雄叫びまで。

「シネ」

飽きてきた。僕は左手に力を集約する。

「シネ」

一瞬で一クラスを焼き払う。きちんと整列していれば人数確認も楽だ。

「シネ」

全校集会も半分ほど散った。あと半分で退屈なこの時間も終わる。

「シネ」

僕は悲鳴を上げていた女の口にビアンカを突っ込む。私語は慎め。

「シネ」

まさしく貧血の多い集会だ。そんなに僕にくれなくてもいいのに、血。

「シネ」

もうすぐ終わりだ。終わったら、迎えにいかなきゃ。

「死ね」

最後は校長と教頭だけだな。長かった。

僕は若い男の頭を左手で鷲掴みにする。

「ミカハドコダ?」

「へ?」

「ジョオウハドコダトキイテイル」

「あ、ああ。あの女の子のことか。そうだな……」

男は薄ら笑いを浮かべて指差した。

「あっちだ」

……コイツ。

僕は左手を握る。この機械の握力の前では、頭蓋骨など画用紙と変わらない。グシャグシャポイ。

「モウイチドキク」

僕は集会の最後の一人、尻餅をついた男を見下ろした。

「ジョオウハドコダ?ウソハツクナ」

「あ……あっちだ……」

男は先ほどのヤツとは別の方向を指差した。

それから僕は、その男を握り潰した。グシャグシャポイ。


僕はブースターで飛んだ。充電が尽きかけている。五十メートルほど飛んだところで、僕は児童館を見つけた。かごめかごめ。そんな歌が聞こえてくるようだった。何体かの人形が、口の周りを真っ赤に染めて、少女の腑を美味しそうに食していた。

「オウ……リ……」

少女の名だ。僕また一人になった。

「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

……ああ、もう。

「死ね……死ね!死ね!!」

僕は籠をブチ破った。

かごめかごめ。籠の中の鳥はいついつ出やる。

僕は知っていた。籠の中の鳥は無残にも野良犬に食い殺されていたこと。

後ろの正面だあれ?

僕は知っていた。後ろには誰もいないこと。霊鳥の雌を殺した犬どもは、霊鳥の雄に殺されたこと。

「ハァ……ハァ……」

左手の使い過ぎで、もう立っているのも億劫だ。

「凰梨……」

目を見開いたまま、苦痛を象って死んだ妹の目をそっと閉じてやる。僕は自分の頬が冷たい雫で濡れるのを感じた。

「ごめん……」

どうして。どうしてこんなに悲しいんだろう。

「ごめん……守ってやれなくて」

僕は化け物だったはずなのに。家族を失うのもこれで二度目なのに。

「……」

僕は滲む視界の中で別の少女を探す。彼女を見つけるのに、そんなに時間はかからなかった。

「ミカ……!」

ミカは腹を大きく裂かれ、口の端しから血を流して倒れていた。だがかろうじて息はある。……でも、どうしようもない。ここには救急車も無ければ、回復魔法もない。

「ミカ……」

涙が止まらない。僕にもっと力があれば、こんなことにはならなかったのに。ごめん……ごめん……


「その娘、そのままだと死ぬぞ」


?!

僕は顔を上げた。そして僕たちを見下ろす女を睨みつける。

「わかってんだよ!」

エリカ=ローランは相変わらずの姿でいた。改めて見ても酷い容姿だ。その機械は隕石の衝突で機能が停止したらしい。ここはたまたま十字架が立っている場所だったが、無宗教である僕にとって、十字架は単なる怒りのはけ口でしかない。

「わかってる!わかってんだ!でもどうしようもねぇんだよ!!」

十字架は黙って聞いていた。それからポツリと言う。

「……そうでもない」

「何……?」

この呟きを聞き逃さなかったのは僕の人生で一番のファインプレーかもしれない。

「何か……何か方法があるのか?!」

エリカは人形のような表情で答えた。

「ああ……あるぞ。タダではないが」

「何だ?!払える物か?」

「払える、お前なら」

払えるなら何でもいい。命でも感情でも、望まれた物を差し出そう。

エリカは必要な物を答えた。

「お前の能力だ」

「……!そうか!」

コイツの能力か!僕の能力をミカに渡せばミカを助けられる。

「頼む!ミカを助けてくれ!」

「……安心しろ。能力の受け渡しはしてやる。だがいいのか?お前はただの人間になるんだぞ?」

迷いなんて無い。

「構わない!」

「……よかろう。娘をここに持ってこい」

僕は言われた通り、ミカを抱きかかえて十字架の下まで持っていく。次の指示は。

「……よし。お前もその横に並べ」

僕は倒れているミカの横に立った。

「じっとしていろ」

僕たちを確認してエリカは目を閉じた。口を硬く結び、精神を集中させる。エリカの能力が発動した。

僕の胸からふわふわとしたオレンジの光が現れる。能力の具現なのだろうか。その光はしばらく十字架の周りの回っていたがやがて進路を得て、ゆっくりとミカの胸へ入っていく。その光が完全に見えなくなったところで儀式は終了した。

僕は膝をついた。それだけで膝に痛みが走った。久しぶりの感触だ。僕は横に視線を移す。確かにミカの傷は完全に癒え、安らかな呼吸を繰り返している。

「助かった……のか?」

「ああ。もう心配はない」

「……」

信じられない。これは奇跡だ!僕は何とか立ち上がって十字架に向き直る。

「……礼は言っとく」

「……」

「助けて欲しいか?」

「いや。どうせ、お前とはまたすぐ会うことになる」

「……」

僕はこの時、わかっていた。決して全員が助かったわけではないこと。犠牲は大き過ぎた。

「それじゃあな。僕はもう行く」

「……また会う時を楽しみにしている」

「……」

僕はミカを背負い、十字架に背を向けて歩き出す。まずはラブロフを探さなければ。しかし十字架が遠くに消えた頃、僕はミカを背負ったまま、その場に倒れて気絶した。


「……!」

最初に目に飛び込んできたのは、見覚えのある天上だった。僕自身はあまり世話になったことはなかったがよく来た場所、イークル騎士団本部の医務室だ。

「イッツ……」

体を起こした瞬間、全身を鈍い痛みが走った。……そうか。僕は力を渡したんだ。状況を確認してから横で寝息を立てている女王に目をやる。

「はぁ……」

思わず息が漏れる。これはきっと安堵の息だ。それから僕はベッドの横に立てかけてあるビアンカに目を向ける。最後に見たその姿は、透明な刀身に赤いベトベトした膜が貼りついていたのだが、今は綺麗に拭き取られていた。

「……」

忘れない。僕はたくさんの物を失った。妹も、仲間も。最後にやっと守れたのが、このミカだけ。でも今のこの状況も決して安全とは言えない。奈落行きの世界は止まらない。

僕はもう失わない。ミカだけは。ミカだけは。

僕はベッドから抜け出す。その辺にあった適当な服に着替えて、ビアンカを腰に刺す。部屋を出る前に、僕はミカの額にキスをした。おそらく最後のキスを。

「おやすみ」

そして僕は静かに部屋を出た。


現在時刻は夜中の二時。住人を失った部屋の前をいくつも通り過ぎ、玄関に向かう。視界の端で人か何かが動いたかもしれないが構わない。僕にはやらなければならないことがある。人手が足りなくなり、明かりの灯らなくなったロビーを僕は進む。僕を止める者は居なかった。


僕は夜を飛ぶ。目指すのはあの決戦の荒野。あの場を離れてから八時間程しか経っていないが、すぐ戻ることになるのはわかっていた。ミカを失わないためにはどうすればいいか、どうしなければならないのか、わかっていた。乾も、ジェラルドも、今はもう居ない。エンジェルメイトはすでに壊滅した。けれど、本当に解決しなければならない問題は残っている。その問題はエンジェルメイト創設の根底にあるもの。誰かがやらなければいけないことで、乾がやろうとしたこと。すなわち、世界を救うこと。そしてその手段は、神を復活させること。これがどれほどの重荷か、やる側になって初めてわかる。自身の手で、全ミュータントの歴史に幕を下ろす。かつて愛した者をその手に掛ける。それがどれほどの苦痛か、振り返って初めてわかる。

決戦の荒野は全体的に青み掛かっていたが、昼間と変わらない胸騒ぎを引き起こした。

「おかえり」

「……」

十字架は相変わらず立っていた。女は未だに起きていた。月光は十字架の影を落とした。

「お前を迎えに来た。そこから降りろ」

「ずいぶんと無茶な注文をするのだな」

「……チッ」

僕はビアンカを抜く。それから乱暴に女を繋ぎとめる枷を切り裂いた。女は骨と皮の素足で地面に降り立つ。僕はビアンカをしまった。

「お前たちのアジトはどこにあった?」

「ここから少し行った地下に」

僕は女に背を向けた。

「行くぞ。そこを拠点にする」

「わかった……ところで、ワタシはお前のことを何と呼べばいい?」

「……エース……エースだ」

「珞間鳳という名は」

「なかった。最初から」

「わかった……」

「……お前はこれから僕の部下だ。僕がこれからエンジェルメイトを仕切る。いいな?」

「……承知しました。エース様」

女は片膝を付いて右手を左胸に当てた。僕は女を解放した。そしてこの女と共に使命を全うする。誰かがやらなければいけないこと、今回の“誰か”は僕だ。

「手始めに、お前の持っている能力を全て僕に渡せ。ジェラルドの能力はあるか?」

「ジェラルドに関しては自殺という扱いなので、死亡とともに魂から離れた神の力は私の元に来ることになっています」

「……よこせ」


僕は力を手に入れた。今まで死んでいったミュータントたち全員分の力を。バルドも、ベティも、乾も、ナイトオブナイトも、ジェラルドも……全員僕の一部になった。僕は何百という数の力を得て、最も神に近い存在になった。魔法を使い、運を味方につけ、空間を掌握する。今僕にできないことはほとんどない。できないことがあるとすれば、未来を見通すあの少女の力と、いくつかの小技ぐらいだ。僕の使命はそれらを一つにまとめ上げ、神を復活させること。そのために力を得た。仲間を捨てた。そのために、ここに来た。

「あと、お前自身の能力を分割して渡せ。三分の一だ」

「三分の一では、あなた様は任意での能力の受け渡しができなくなりますがよろしいですか?」

「つまり、能力を得る方法が殺すしかなくなるってことか?」

「その通りです。いかがなさいますか?」

「構わねぇ。渡せ」


これで僕も磁石の欠片になった。僕は相手を殺すことでさらに力を拡大できる。あの少女の力も、手に入れられるようになった。準備はできた。あとは新しい住居へと移るだけだ。……いや、まだ一つ変えたいものがある。

「待て!」

……ラブロフか。わざわざここまで追ってきたんだな。

「“俺”に何の用だ?」

「俺……?」

今日から俺は俺だ。俺はもうかつての俺じゃない。ラブロフの間抜けな表情が目に映った。

「お前、ホントに鳳か?」

「違う。そんなヤツは存在しない」

「……何考えてんだよ……鳳?」

「……うるさい。さっさと消えろ」

ラブロフには関係ない。……いや、関係あるか。

「残念だ。本当に残念だ」

「何がだ?!」

「お前を殺さなければならないんだった」

「何だと……?」

ラブロフの眉が曇る。だがラブロフはすぐにいつもの顔を取り戻した。

「ハッ!お前なんかにやられる俺じゃねぇよ!」

……本当に……

「本当に残念だ」

「?!」

強さとは、一瞬で敵を殲滅する強靭さと、躊躇なく相手を奈落の底に突き落とす残忍さだ。現時点で、間違いなく俺が最強。

俺は魔法を唱える。呪文が口をついて出る。作り出したのは数本の光の剣。俺の周りに出現したそれは、まっすぐにラブロフに襲いかかる。

「?!」

ラブロフにかわせるはずもない。剣はラブロフの腕を、脚を、わき腹を、肩口を、深く、鋭く切り裂く。

「クッ……」

ラブロフはその場に膝をつく。肩の傷を抑える手は、溢れ出る鮮血を留めておくには小さ過ぎた。

「さっさと帰って治療しないと、死ぬぞ。お前」

「ハァ……ハァ……お前は……いったい……」

ラブロフが必死に痛みに耐えながらこちらを見る。出血の量からして、イークルの本部まで辿り着けるかどうかは微妙なところだ。

「早く行け。そしてやるべきことをやるんだ」

殺さないのには訳がある。全てはあの少女のために。

俺はラブロフに背を向けて歩き出した。

「待て……鳳……」

もうこの世に鳳という人間は存在しない。いや、元々人間なんていなくて、あるのは最初から化け物だけだった。俺は振り返らない。

俺は新たな部下を引き連れて歩く。長い夜は続いた。

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