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未来へのアプローチ   作者: シマ田 力大
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彼は何と向かい合うのか

必要ないの意味を考えながら、それでも僕たちはかなりの準備をしてその日を迎えた。充電が満タンのブースターを背負って、使い慣れたハンドガンを握って。さあ、勝負だ。

「久しぶりだな。ベティ嬢」

「いい加減その呼び方をやめなさい」

僕たちは今、乾と対峙している。乾の他に居るのは黒いスーツのような服を着た男二人。たしか、僕たちの始まり、ミカの家を襲ったのはこのメンツだったはずだ。

「これだけ?」

「何がだ?」

ベティの質問に乾は無表情で聞き返す。僕もベティと同じことを思っていた。

「いや。あなたが連れて来たのは、本当にこれだけ?」

そう。確かにミカのカンでは苦戦することはないという予想だった。けれど、乾が本当に正々堂々と決戦の場を用意するとはどうも信じられなかったのだ。

「ああそうだ。不満か?」

「そんなことはないわ。あなたが居れば十分」

「こういうシチュエーションでなければ、喜ばしいセリフなのだがな」

「誰のせいかしら?」

「わかっている。だが後悔はしていない。あの孤児院を出た日から、我々はこういう運命だったのだ」

「私は望んでいなかったわ」

「私もだ。だが仕方ないのだよ。神は死んだ。このまま行けば間違いなくこの世界は崩壊する。すでに手をこまねいている段階は過ぎてしまったのだからな」

「何を言ってるかわからないわ」

「わかっているだろ……お前はローマで発掘された石碑を知っているか、珞間鳳?」

なぜ僕に振る。

「それって、未解読のヤツか?」

「ああそうだ」

たしか内容は神についてだったか。やはり乾の目的に関係あったのか。でも読めないのでは?

「我々はその解読に成功した」

「何?!」

バカな!テルマに解読できない物を、エンジェルメイトごときが解読したってのか!あり得ない。

「嘘だろ?」

「嘘ではない。その内容を知ったからこそ、こうしてここにいるのだ」

「……」

信じられない。が、この場で自分の動機について過去の特定の文献を引っ張り出すのには理由があるのだろう。……本当なのか?

「ちなみに内容は?」

「私が何度も言っていることだ。神と世界の存在の関係についてだ」

「著者は?」

「5世紀から6世紀にかけてブリトン人を率いた王、アーサー。名前ぐらい聞いたことあるだろう」

僕は騎士団に入るまで知らなかったが、騎士団に入って初期のころに、『アーサー王物語』という本を読まされた。アーサー王が主人公の話だったが、彼についての人外の描写は今でも覚えている。

「なぜアーサー王が?」

「わからんか?彼もまた、神だったのだ」

「は?」

わかるわけねぇだろ。つか、アーサーはただの強い王様だろうが。

「アーサー王は現在、様々な形で描かれる。強靭な戦士から、魔法を操る指導者までいろいろだ。彼がなぜそこまで超自然的な存在として捉えられるのか。それは、事実として超自然的な存在だったからだ」

「……その地位が、神だったってのか?」

「その通りだ」

何を言ってるんだコイツ。歴史上の権力者に、自分の理想を重ねているだけなんじゃないのか。

「過去にミュータントに関する資料は無い。それでもアーサーがお前の言う神だっていうのか?」

「何度も言わせるな。アーサー王は神だったのだぞ。神の何たるかは、何度も説明したはずだがな」

曰く、力の集合体。

「同じ力を持ったミュータントは普通この世に二人も居ない。その理屈なら、全ての力を持った神が一人存在するなら、他のミュータントの存在は許されない。そうだろ?」

「……つまりあれか?資料が無いのは、アーサー王以外にミュータントって呼ばれるヤツがいなかったからってことか?」

「そういうことだ」

それならいいのか。アーサー王が真の意味で神格化された存在だったとしたら、人々はアーサーの力を不思議だとは思わない。事実を確かめる術は無いが、ブっ飛んだ設定としてはあり得る話だ。

「アーサー王は自らの能力で破滅の未来を予期した。しかしアーサー王にはそれを食い止めるための時間が圧倒的に足りなかった。それは千五百年も先の話だったのだ。アーサー王は人類の最後を見届ける前に寿命を迎えてしまう」

神であっても寿命はあるのか。つまり永遠を生きるミュータントは居ない。

「だからアーサー王はその回避を未来に託した。自分の代わりとなる救世主の登場を願ったのだ」

「……」

そのためのメッセージが石碑か。でもアーサーが死んだのが6世紀。人類の破滅が21世紀。おかしくね?

「お前の話だと、神が居ないと世界は崩壊するんだよな?神が居なかった千五百年はどうなってんだよ?」

「ふむ。それについては二つの解釈がある」

乾は指を二本立てた。

「一つは、神のレベルで考えた場合、千五百年など無に等しいだろうという考え方」

乾は立てた指を一つにしてそれを振った。

「そして私はこちら支持しているのだが」

乾は言う。

「ついこの間まで、神は生きていたのではないかという説だ」

「は?」

そんなわけないだろ。アーサーは寿命を迎えたと、さっき言ったばかりじゃないか。

「そんな間抜けヅラをするな。何もアーサー王が千五百年の長寿だったとは言わん」

乾は珍しく笑った。こんな男でも笑うことがあるのかと、僕は思った。

「じゃあどういうことだ?」

乾は笑みをやめて説明を始めた。

「力という物は器を変える。一時の器がアーサー王だっただけで、その後彼が永遠の器だったわけではない」

つまり、アーサー王が死んだ後も、神の力は代々受け継がれて、世界の安定を保証する神の存在は途絶えることはなかったということか。

「だがほんの二十年ほど前、器の交代の際に原因不明の不具合が起きた」

「不具合?」

「ああ」

乾は頷く。乾の部下と思われる二人の黒服はピクリとも動かない。

「現場を見たわけではないが、何らかの弾みで力の受け渡しがうまくいかなかったのだ。力はいくつかに分かれ、散り散りになった」

それが僕たちだろ。この辺りは何度も聞いた。

「困ったのは器だ。もともと神として生まれてくるべき者が、一つの能力も無いまま生まれてきてしまったのだからな。もっとも、本人はそんなこと全く知らなかっただろうが」

「……」

「困った器はその役目を果たすために別の能力を作った。その能力が、人間として生まれ落ちた器のたった一つの力となった。もちろん、能力を作ったのはその器自身ではない。それを作ったのは安定を求めた世界そのもの。世界には神の存在が不可欠だった」

何かややこしくなってきたな。今の話を要約すると、もともと神として一つだった力が何らかの弾みで分散され、僕たちミュータントを作った。その時次の神になる運命にあった“器”と呼ばれる人間(魂)は、世界の安定のために神になり直すための能力を得て生まれた。そういうことだろう。なら、

「その能力ってのは何だ?その器は今どこにいる?」

そんな僕の質問に、乾はため息をついて諭した。

「そう何個も質問するな。物事には順序がある」

どこかで聞いたようなセリフを言いやがって。さっさと答えろよ。

「……能力については、磁石のような物だ。もともと入る予定だった力をかき集める引力だな」

なるほど。その通りの能力なら、僕たちの能力はその器に吸い取られることになる。

「どこにいる、という質問に答えるなら、我々が所持しているとだけ答えよう。それ以上を教える気は無い」

「……チッ」

まあだいぶ聞き出せた方だろう。この情報を元に、ナイトオブナイトとさらに話し合いを重ねればいい。もちろん、情報収集をここでスッパリやめるつもりは全く無い。この決闘に勝って、より多くの情報を引っ張り出してやる。

「さて、そろそろ死んでもらうぞ」

「そう簡単にやられるかよ」

僕はビアンカを鞘から引き抜く。両手でそれを構え、重心を落とす。

「そう簡単にやれるとも思っていない」

え?

「だから少しの間おとなしくしててもらうぞ」

次の瞬間、乾の手元に何か巨大な槍のような物が突如出現した。そして乾はそれを槍投げの要領で、レーザーのような軌道で投げた。狙いは僕だ!

かわせない!速すぎる!

「グハァッ!」

「鳳!」

槍は僕を串刺しにしてもスピードを落とすことなく突き進み、世界で二番目に大きな岩、エアーズロックに僕を縫い付けた。地上からの高さは20メートルほどで、どんなに頑張っても足は届きそうもない。僕を串刺しにした物は、よく見ると異様な武器だった。錨ってあるだろ。ほら、船を繋ぎ止めておくあれだ。僕を拘束するこれは、あれを逆さにしたような槍。一本の杭が僕の腹を貫き、三つに分かれたうちの残りの二本が僕のわき腹の岩を腕ごとガッチリと噛んでいた。合計三本の杭が、僕を岩に貼り付けている仕組みだ。

「イヌイィイイイイ!!」

僕は叫んだ。だが僕がいくら吠えても虚しく響くだけ。乾にとっては何の脅威でもない。そんな僕を見ていたベティは、僕から目を離し乾を睨みつけた。

「アナタっ……!」

「そういきり立つなベティ嬢。珞間鳳にはただ特等席をプレゼントしただけだ」

「この外道め!」

「騎士でない私に何を期待していた?」

マズイな。僕が戦闘不能になったことで、相手に数的有利が生まれた。相手が騎士ならまだしも、騎士以外、まして乾などの場合は、その影響がより顕著に現れる。奴らには、正々堂々の概念が無い。平気で一対二を仕掛けてくる。

「ミカ!逃げろ!」

しかしミカは黙って口を一文字に結んでいる。……あれ?僕の言うことを聞かない?

「鳳にしては、ずいぶん不思議なことを言うんだね」

……不思議なこと?

「ミカたちは、何のためにここに来たと思ってるの?」

これが……あのミカ?……何つーか、自分で戦おうとするなんて。

「認めよう。女王と呼ばれるだけあるな。窓辺ミカ」

「あなただけは、絶対に許さない」

熱い。何て静かで灼熱の闘志。

……しょうがねぇか。ベティも止める気は無いみたいだし。

「さっさとけり付けろ」

「分かってるよ」

ミカは機械でできた剣を展開する……って、え?

「テルマに作ってもらってたのか」

「そういうこと」

最初からそのつもりだったらしいな。

見た感じ、ミカが依頼したのはブルーダイヤの接近戦特化バージョンってところか。砲撃も盾もそこそこに、斬れ味と振りやすさを追求した逸品。そのおまけとして、ちょこっとオートガードが付いているくらいだろう。

これはまたずいぶんミカらしくないのを作ったな。今までミカは、こういった争い事には高みの見物を決め込むというごく一般的な立場を取っていた。騎士団に入ってもその性格は中々直らなかったし、女王という地位が一層それを加速させたものだと思っていた。しかし今、ミカはその手に新たな武器を握り、コロシアムの真ん中に立っている。その光景が、僕に『ゲルニカ』の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えさせた。

僕が混乱したところでどうしようもない。僕にできるのは、ただミカの勝利を願うのみ。

そして、もう一つ願わなければならない勝利があった。

「正直、少し残念なのよ」

ベティが乾に向かって言った。

「何がだ?」

乾が応える。それにベティはこう返した。

「アナタが卑劣な罠でも張っていたら、素直にアナタを嫌いになれたのに」

「フン。私を嫌うのに、今さら理由など必要なのか?」

「そうみたいね」

「全くもって謎だな。私をお前は裏切ったのだぞ」

「ええ。それは紛れもない事実だわ。でも同時に、『信頼』の意味を教えてくれたのもアナタだから」

「『警戒』の間違いじゃないのか?」

一体この二人はどんな関係なんだ。僕が知っているのは、同じ孤児院で育って、仲違いしているということだけ。

「そんな不思議そうな顔をするな、珞間鳳」

どんな顔をしてたんだ僕は。つか、何でわざわざこっち見上げてんだよお前は。

「私たちはな、孤児院を出た後、しばらく行動を共にしていたんだ。騎士団に出会うまで、行くところなどなかった」

「……それで?」

ベティは口を開こうとしない。乾が応える。

「当てのない私たちは、この力を使って生計を立てていた。時には強盗の真似事のようなことをしてな。そんな時、私たちはある男に出会った」

ある男?

「その男は突然私たちの前に現れ、騎士団の話をした。当然私たちは鼻で笑って聞かなかった。そんな物に入らなくたってそれまでは何とかなっていたからな。それを見て、その男は私たちに勝負を挑んできた。私たちはその男から金を搾り取ってやろうとその勝負を受けた。だが結果は惨敗。気がついたらベットの上だった」

当時この二人は何歳だったんだ?

「そこはインティア騎士団だった。私たちを連れてきた男は、王のいなかったその騎士団を団長としてまとめていた男だった。その男は私たちに、世界の行方について話をした。私は子どもながら、その話を聞いて感心してしまったのだ。それから私たちは、インティアの騎士として動き始めた」

インティアが。つか、ベティはもともとインティアの騎士だったのか。初耳だ。

「だが世界を飛び回るうちに男が話したことの本当の意味を知った。一方では汚い大人が醜く笑い、一方では無垢な子どもが悲痛に泣く。この世界は狂っている」

……僕にはそれをどうすることもできない。……けど、じゃあお前は正しいのか?

「私は焦った。急いで王を立て、自ら側近となり、世界を取り戻そうとした」

ん?

「ちょっと待て」

前にベティから少し聞いたことがあったが。

「ベティはその時まだインティアに居たのか?」

「……ええ、居たわ」

なんと?!

「何でそれを言わなかったんだよ!」

「言ったらどうなってた?」

「そりゃあ、ソイツの目的が分かったかもしれないだろ!」

僕は乾を指差す。

「それだけ?」

「ア?」

「言ったら、私を疑ったんじゃない?」

「んなこと……」

大いにある。僕がそれを知っていたら、スパイ疑惑が浮上した時間違いなくその繋がりを引っ張り出してきただろう。

……クソ。とにかく、乾とベティは僕が思っていたよりもずっと長い間一緒に居たらしい。

「でも心配しないで、その後私たちはすぐに別れたわ」

「何があったんだ?」

「そんな乾のやり方に、団長が反対したのよ」

「そうだったな」

乾は頷いて、話を引き継ぐ。

「私は側近という立場を追われ、騎士団にも居場所がなくなった。私は脱退を決めた。当然一人で抜けるつもりだったが、不思議なことにコイツは着いてきた」

乾はベティの方を顎でしゃくる。ベティは顔を背けた。

「別に、理由があったわけじゃないわよ」

「……その後私たちは、世界を一つにする方法を探った。二人だけでの平定は不可能。私たちは頭を抱えた。そんな時だった」

この時点で、ベティはまだ乾と居た。もう五年以上前の話だろうが。

「ローマであの石碑が発掘された。私は最初は興味なかったが、発掘された場所的にも、何かヒントが得られるかもしれないと思い、解読に協力してくれる技術者を探していた」

「ええ。そしてその頃私は、バルドからイークル連合騎士団への勧誘を受けた」

乾がベティをジロリと睨む。何が気に食わなかったのかは知らないが、ベティはどこ吹く風で話を続けた。

「だんだんと乾のやっていることに疑問を抱き始めていた私は、何度かバルドと接触し、イークル騎士団と繋がりを築いていった」

「?どうして乾のやってることがダメだったんだよ?」

乾は平和を求めて石碑を解読していただけじゃないのか。

「コイツは、どうすれば騎士団を乗っとれるか、どうすれば世界を洗脳できるか、そんなことばかり考えていたからね」

それならわかるが、今度は乾の思考が飛躍してないか。どうしてそんな考えに至った?

「……」

乾は一切口を挟まない。ノーコメントか。

「イークルには優秀な技術者が居たわ。今もいる、テルマ」

ああ。テルマな。

「……そして……その妹」

「……え?」

今、何つった。妹……?

「オイ、テルマに妹が居るなんて話、聞いてねぇぞ!」

「ええ……これは機密事項だから」

「何……?」

そんなことが機密事項?いったいテルマの妹ってどんなヤツなんだよ……。

「その妹が、乾の言う神を作る手段ってヤツなのよ」

「ハァ?」

んん??手段が人?……わけわからん。

「彼女はミュータント。その能力が神になるために与えられた物」

「つまり……器?」

「ええ」

!神になるべき人間が、思ったよりかなり近くにいたのだ。

「テルマが石碑の内容を解読したのはかなり前。私が乾に内緒でそれを頼んだの。その内容を見てから、私とインティアの関係を話そうと思った」

「フン!そんなこと信じられるか!」

乾が組んでいた腕を離す。

「私はお前の様子がおかしいのには気づいていた。だが私が聞いてもお前は何も答えなかった。だから私は」

「……私を、殺そうとしたの?」

乾がベティを殺そうとした?

「殺そうとはしていない。ただ少し脅かそうとしただけだ。結果的に、お前を裏切る形になったがな」

それで二人は決裂か。その後ベティはイークルに。乾は仲間を募りエンジェルメイトを作ったってわけか。

「じゃあベティ、お前は石碑の内容を……」

「知っていたわ。それが乾の狙いであることも」

……チッ。結局、僕は今まで蚊帳の外で働かされてきたわけか。

まあいい。それについては後でたっぷり文句を言ってやる。だから今は勝て、ベティ。

「これで分かったろ珞間鳳。私たちは、決着をつけなければならない。おとなしく、そこで見ていてもらおうか」

オイオイ、こんな状況でお前らの戦いが終わるまで見てなきゃいけないのかよ。普通の人間なら死んでるこの状況で。冗談じゃない。

「オイ、ベティ」

「……鳳」

何だその目は。

「後で絶対助けてあげる。だからお願い。今は私に任せて」

「……」

手ぇ出さないから下ろしてくれたっていいだろうが。と言いたくなったが、ベティの表情を見てそのセリフさえも野暮だと気づく。最近妥協が増えてるが仕方ねぇ。ここで見ててやる。

「女王より遅れたら殺す」

ミカの戦いはすでに始まっていた。僕の視界の端で、黒ずくめの男二人と激しい戦闘を繰り広げている。いつの間にか、そうとう喧嘩が強くなったな、ミカ。

「了解したわ」

ベティはいつもと変わらぬ返事をする。この状況で緊張しないわけがない。でも見る限り、二人にとっては全て予定調和の流れだったのかもしれないという気がしてくる。

「手加減はいらんぞ」

「最初からするつもりもないわ」

ベティは拳を握りしめる。自分の能力を信じているベティは、拳銃などの飛び道具を使わない。

「……来い!」


僕の視界の両端で、二人の女戦士が戦う。僕はまず、右端で戦う少女を中心に持ってきた。

二対一。卑怯と言えばそれまでだが、当然と言えば当然だ。特殊なのは騎士の方であり、一対一は美しいが強制ではなくリスクもある。騎士側であるミカには、その現実が重くのしかかる。

ミカの相手である二人の男のうち、片方の能力は判明した。瞬間移動だ。移動することができる対象は、自分と、自分の触れている物。触れていない物に関しては、自分の手元に持ってくることはできるようだ。なるほど。さっき乾の元に、この槍を突然出現させたのはコイツの能力か。僕は自分の腹から突き出る柄の部分を握りしめる。

もう片方の能力は……。何だ?端的に言えば、鏡?……そう。鏡を作る能力だ。ここからだとわかりにくいが、何もない空間に、二次元のミカが居るのが見える。その背景は、三次元のミカの背景と同じ。ミカがミカに銃口を向けているように見える。確かにややこしいが、そこまで優秀な能力とも思えない。僕の感想はそうだったが、実際はそうではないようだった。

「!!」

鏡に向かって銃口を構えていたミカは咄嗟にブースターの力で鏡の前から逃げた。次の瞬間、一発の銃声と共に鏡が粉々に割れた。その後ろからその鏡を操る男が姿を現す。鏡の裏に隠れて、幻の一部を現実にすり替えることで、相手の油断を誘う。そういう戦い方か。今のは、右手にハンドガンを持った鏡に映るミカの姿の一部、つまり銃口部分に、自分の持っていた本物の銃口を裏から突き出し、発砲した。ミカの予知能力がなければ間違いなく騙されてお陀仏だっただろう。

ミカが逃げた先には、瞬間移動の男が待ち構えていた。ミカはハンドガンを腰に刺し、左手で持っていた剣を両手に持ち替える。

「ハァアアアアア!!」

ミカは剣を素早く振る。男はミカのすぐ後ろに瞬間移動した。ミカの能力はそれを読む。ブースターの力で体を反転させ、そのままの勢いで空間を薙ぎ払う。……でも。

パリーンッ!

「?!」

鏡?!しかも映っていたのは瞬間移動の男。おかしい。鏡の向かいはミカが居たのに。

瞬間移動の男は気がつくとミカの後ろに居た。ミカは咄嗟に右脚を振り回して距離を取る。

「鏡というよりは、写真って感じね」

ミカが言う。しかし相手の男二人は一言も喋らない。

たしかに鏡ではなく写真に近いかもしれない。使いたい光景をあらかじめ記録し、好きなタイミングで同じ物を空間に二次元で投影することができるようだ。

だが単なる画像ならミカが騙されて斬りかかるはずがない。何か仕掛けがありそうだが。

「その写真、何か気配みたいなの持ってるね」

それが、ミカを騙した仕掛けか。当たり前だが、ミカはカンと五感を合わせて使ってるから、カンがそう言わなくても、実際に居るように感じたら迷わずに攻撃するだろう。にしても、気配を持つ写真とか気色悪りぃ。……よくすぐ気づいたな、ミカ。

「もう騙されないッ!」

ミカは剣を構えて突き進む。


僕はもう片方の女戦士に目を向けた。こちらの戦いは非常に派手だった。

「ウォオオオオ!」

ベティの勇ましい咆哮が響く。僕と同じくらいの高さまで飛び上がり、そこから全力の飛び蹴りをかます。

「ハッ!」

乾は頑丈なフィルターを作って防御を図る。ベティの蹴りを受け止め、押し返す。ベティは宙返りして着地した。その着地にもいちいち大規模な土煙が起こる。

「イヤァ!」

ベティは足を高々と上げたかと思うと、間をおかずにそれを地面に叩きつける。大陸全土が揺れたのではないかというほど大きな地震が起き、地面がいくつものブロックに分かれて隆起、沈降する。乾は足元に透明なフィルターを張ることでそれをかわす。ベティ自身はというと、再び20メートルほど飛び上がって地割れをよけ、そのまま重力を利用して乾の脳天に向かって拳を突き出す。

「ッ……!」

乾は一瞬天に手を広げたが、すぐにやめて、足元のフィルターから別のところに張ったフィルターへと飛び退いた。

「オラァア!」

ベティの拳は乾を捉えることはできず、乾の居なくなったフィルターを粉々に砕き、そのままの勢いで地割れをさらに大きくした。

……不思議だ。ついさっき、乾は自身のフィルターでベティの蹴りを確実にガードした。だが今は受け止めるのを諦め、脱出するという方法でベティの攻撃を避けた。ベティの攻撃の威力が変わってないとすると、乾のフィルターが弱体化したと考えるのが自然だが……。もしや、乾には弱点があるのでは?

考えろ。乾の行動を分析する。一度目の攻撃と二度目の攻撃とで変わったところといえば地割れがあるかないか、ベティの攻撃が手か足かの違いぐらいだ。攻撃する部位に意味があるとは思えないが、そうなると地割れが関係してくることになる。しかし地割れに対して、乾は自身で創り出したフィルターの上に乗ることでそれをかわした。実質、地割れによる影響は一切受けていない。やっぱり、弱点なんて僕の思い過ごしか?

「やっぱり、その弱点は克服できなかったようね」

「……そんなことは問題ではない」

弱点?やっぱり?でも何だ?

「まあそうだと思ったわよ。だから女王の家を襲ったとき、反撃せずに逃げたんでしょう?」

「……」

ミカの家?もう半年以上前の話じゃないか。あの時は、僕が殺されそうになり、ベティがグッドタイミングで飛び込んで来て、その後、ベティが連れて来たたくさんの援軍が一斉射撃で乾を追い払ったのだ。あれが弱点を表すヒント?……わからねぇ。あの時と今回の共通点と言えば、乾がフィルターを張っていることぐらいだが、そんなの当たり前。それがヒントになる……可能性もないことはないか。単純に、一度に張っていられる枚数、面積、強度などが決まっているとしたら。前回は、弾丸の一斉攻撃を防ぐために面積が必要だった。今回は、地割れをかわすために足元にフィルターを張った結果、ベティの攻撃を受け止める強度を用意できなかった。説明は着きそうだ。

「ハァッ!」

「ッ……!」

その証拠に、ベティは先ほどから石などを利用して多面的に攻撃を仕掛けているし、乾は少し苦しそうな表情でそれを受けている。やっぱりこの仮説は当たっていそうだ。

「これでどうだ!」

「……チィッ!」

砕け散る盾を見て、乾は悔しそうに舌打ちする。誰がどう見たって、ベティの方が優勢だった。だがそれは長くは続かなかった。

ベティが足元の石を蹴り飛ばそうと足を上げた瞬間。黒い何かがベティの背後に突如出現し、ベティの後頭部を思いっきり殴った。ベティは一瞬意識を失いかけたが、何とか耐えて背後の物を振り払おうと腕を回す。が、すでにその襲撃者は乾の隣に移動していた。

「遅かったな」

「……」

乾は隣に現れた黒ずくめの男に言う。……黒ずくめの男?能力は?……瞬間……移動……だよな?……、

「……ミカ」

オイオイオイオイィ!

「ミカァアアアアアア!!」

ミカは赤い液体の上に倒れていた。近くでもう一人の黒ずくめの男が気を失っているのが見えたが、全く等価交換にはなっていない。

僕は乾とその部下に向かって吼えた。

「テメェエエエエエエラァアアアアア!!!」

模範的な物語なら、ここで僕が新たな力に目覚め、この状況を一瞬で打破するようなパワーアップを果たすべきなのかもしれない。でも残念。やはり僕は磔にされた無力なスピーカーでしかない。できることといえば、何の足しにもならない威嚇をするぐらいだ。でも、

「コロス!コロス!ゼッテェコロス!!」

その威嚇だけは口を突いて出てくるのだ。感情がそのまま、むしろ丸くなった形で口から溢れる。

だが威力の無い威嚇は、相手を苛立たせるだけだった。

「わめくな、珞間鳳。窓辺ミカにならすぐに会わせてやる」

「僕もコロスのか!」

死んでたまるかァ!オマエラをコロスまで絶対に死なねぇ!

だが怒りに煮えているのは僕だけではなかった。

「絶対……絶対に許さないわ」

「……」

ベティだ。ここからだと表情は見えないが、震える肩が伝えていた。僕は自分のことを威嚇に怯む人間ではないと思っている。それは別に僕に度胸があるわけではなく、興味が無いといった状態に近い。しかしそんな僕でも、今のベティには否が応でも神経を持っていかれた。目を離した瞬間、喉元に食らいついてきそうな獰猛な雰囲気。得た情報を最大限に発揮する狡猾さ。そして、空気を蒸発させるような激しい感情。狩猟にとって最も重要な要素が、今のベティには完璧に揃っていた。

「アアァ!!」

ベティは地面を思いっきり蹴る。弾丸のような速度で一気に乾との距離を詰める。その途中で、すぐ側に立っていた黒ずくめの男を吹き飛ばして乾の目の前で左手を素早く引く。

「食らえぇええ!!」

乾にできたのは、今までが遊びだったかのようなスピードに、目を大きく見開くことだけだった。ベティの左手が、乾の頬を確実に砕いた。


早速だが訂正させてもらおう。「確実に」というのは言い過ぎた。なぜなら、乾は十数メートル吹き飛ばされた後、意外と平気そうにむくりと起き上がったからだ。だがもちろんダメージが無いわけではない。ベティの全力の一撃を食らった頬は何か様子がおかしかった。皮膚のような、でもそうではない得体の知れない皮がべろりと剥がれかかっている。あれは……フィルター?

「守ったわね」

「……」

乾は上半身を起こし片膝を立て、あぐらと体育座りの中間の姿勢をしている。

「フィルターを攻撃が当たる場所にだけ張ることで消費するエネルギーを最少に抑えた……のね」

「……」

乾は答えず、ここで漸く立ち上がる。

「……そんなものか」

「え?」

人の言葉には答えないくせに、人には注目せざるを得ないようなセリフを吐きやがる。そんなものか、だと?

「それがお前の全力なら、ここでお前たちは終わりだ」

「ずいぶんハッキリ言うじゃない」

「今の一撃で私を仕留められなかった時点で、お前たちの負けは確定した」

「何を……?!」

その時僕たちは確かに感じた。物凄い地響きと共に、何か巨体な物が地面を割いて現れるのを。……マグマ?僕は最初そう思った。だがそれが姿を見せた途端、僕たちはそれがマグマ以上に危険な物だということを知った。それは、乾が時間をかけてじっくり完成させた、超巨大なフィルターだったのだ。


どれくらい巨大かというと、かの有名な一枚岩、エアーズロックを半分に切断して、底をくり抜き、持ち上げているほど。

それはその表面に固定されている僕も一緒に持ち上げられているわけで、

「……ふざけんじゃねぇよ」

僕は一層激しくもがくが外れないものは外れない。

「鳳!」

ベティが僕の方を振り返って叫ぶが、それを乾は見逃さなかった。

「ベティ!後ろ!」

僕が叫んだ時には遅かった。すでに乾とベティの距離はゼロ。おそらくフィルターを伴っているであろう乾の右足が、ベティを蹴り飛ばす。

「グゥッ!」

ベティはまっすぐ僕の方に飛んで来て、僕の真下の岩に激突。その衝撃で僕を貫いていた杭が外れ、僕とベティは地上20メートル以上から真っ逆さまに落ちた。

僕は地面に叩きつけられても当然何ともなく、邪魔な槍をさっさと引き抜いて、側で倒れているベティの元へ駆け寄る。

「大丈夫か、ベティ!」

「……ええ」

ベティはボロボロではあるが、立ち上がる力は有り、その眼光は衰えることなく乾を突き刺している。

だが現実は厳しい。

突如、日当たりの良かった僕たちの立ち位置が日陰になる。既に予想は付いていたが、僕たちが見上げた先にあったのは巨大戦艦のようなお椀型の岩。降ってくれば、蓋をするように僕たちを閉じ込めることができるだろう。閉じ込められたら壊せばいいだけの話かもしれないが、閉じ込められないのが一番いい。

「走れ鳳!」

ベティが先に駆け出した。僕も急いでそれに続く。だがいくらなんでもこれは影が長すぎる!ほぼ真上から降り注ぐ日光に対し、いつまでも影から抜けられないとはどういうことだ。

乾の唇がわずかに動いた。……何だって?……『チェックメイト』……?

次の瞬間、僕たちが影を抜け切る前に、巨大な蓋は自由落下を開始した。そして、僕は背中に強い衝撃を感じた。


僕は地面を転がりながら、混乱する頭を整理した。それはすぐに終わった。終わらざるを得なかった。なぜなら、途轍もない爆音と衝撃波が、土煙りを巻き上げて巨大岩の落下を知らせたからだ。僕はその魔の手を何とか逃れることができた。もし僕の背中をアイツが蹴り飛ばさなければ、僕は間違いなく巻き込まれていただろう。

「ベティッ!」

僕は恩人を振り返る。土煙りが凄くて、何が何だかわからない。舞い上がった土が汗と混じって不快な雫となるのを感じた。徐々に煙が晴れてきて視界が開ける。

「ベティ……?!」

結論から言うと、ベティは生きていた。だがその姿は不思議な物だった。誰かを守るわけでもないのに、岩を受け止めて押さえている。

「何を……?」

「早く……乾を」

「え?」

僕はベティの意図が読めなかった。ベティは表情を歪めながら言う。

「私が……乾をここに閉じ込める。アナタたちは急いで帰って……テルマを……」

「テルマ……?テルマがどうかしたのか?」

「……とにかく……乾を早く……この中に誘導して……」

「お、おう」

ベティがこれだけ体を張っているんだ。きっと何か意味があるに違いない。

「フン……お前ごときに、誘導される私ではない」

乾は肩で息をしながら言う。今の巨大フィルターはかなりの力を使ったようだ。だがそれでも確かに、僕一人で乾をあの岩の中に突っ込むのは相当厳しい。しかし僕は乾の向こうに、希望が動くのを見た。上半身だけ起き上がったソイツは、乾の背中に向かって迷わず引き金を引いた。発射された弾丸は乾の薄くなっていたフィルターを貫いて右肩に突き刺さった。

「グハァッ!」

本能と言うべきか、当然乾は撃った当人、ミカを振り返る。僕にとってはこの上ないチャンスだ!

「いい仕事するぜミカァ!」

僕は左手で乾の襟首を掴む。僕の左手なら、大人一人をぶん投げることぐらいは容易い。

「ウォアッ?!」

乾の体がなす術もなく岩の蓋の中へ滑り込む。ベティはそれを見てたった一つ、ニコリと笑った。そして、自らも岩の中に入り、完璧に蓋をした。


岩の中の様子は分からない。乾が案外分厚い設計にしたせいだ。ベティは必ず帰ってくる。岩の中で乾を倒し、蓋を突き破って帰ってくる。今はそう信じて、僕は僕のやるべきことをやるしかない。僕はまず、一番優先してやらなければいけないことのために、後ろを振り返った。

「ミカ!」

僕は血を流して倒れているミカの元へ駆け寄る。今にも無くなりそうだが、ミカはまだ意識があった。

「鳳……」

「これから帰るぞ。それまで寝てろ」

「うん……そう……する」

ミカは目をつぶって眠り始めた。と言うか、気を失った。ベティが言っていたこと、『急いで帰って……テルマを……』。これも気になるが、これが無くても一刻も早く帰ってミカの治療をしなければならない。背中を怪我しているミカを背負って僕は立ち上がる。ブースターは人を背負っても動けるのが強みだ。僕は意識を集中させ、ブースターを始動させる。その時、僕の腕の通信機から若い男の声が聞こえた。

『すぐ帰ってきてくれ!テルマが!』


僕たちは文字通り、飛んで帰った。ミカには最低限の治療を施してある。幸い、出血の割に命に別条はなかった。

僕たちは自分たちの家でもある日本支部に到着した。でもあれだ。ほら、帰ってきたら家のガラスが何枚か割れてたっつったら、中々不安になんだろ。

「何なんだこれは……」

数時間前は居たのかも知れないが、その場に野次馬たちの姿はなく、僕とミカだけが傷ついたビルの前に立っていた。ちなみにミカは僕の背中で眠っている。

僕が呆然としていると、中から金髪の特殊工作部隊長、イーサン=ルイスが通信機から聞こえてきた声と同じ声で言った。

「良かった。女王は無事だったか」

イーサンと一緒に居た騎士に、僕はミカを渡しながら返事をする。

「こいつは大丈夫だ。それより、どうなってんだ、これ?」

「……とにかく、中に入ろう。話はそれからだ」

ようやく我が家の門をくぐることが出来た僕だったが、中の様子は僕の想像を遥に超えていた。

「何だこれは?!」

中は信じられないほどボロボロだった。壁や床、コンクリートでできた頑丈な造りにはヒビが入り、辺りの装飾は片っ端から壊されている。

「何があった?」

僕の質問に、イーサンは言いにくそうに答えた。

「……テルマが……突然反乱を起こした。よくわからないが、どうやら機械軍を隠してたらしい」

「隠してた?どこに?」

「地下のテルマの研究室の横に、隠し部屋があったようだ。ナイトオブナイトがいなかったら、もっと酷い事になってたかもしれない」

「ナイトオブナイト?」

次から次へと疑問は湧き出る。

「ああ。ナイトオブナイトがこの場にいたから、機械軍を食い止めて、テルマを捕まえられたんだ」

「……」

そうか。また一つ借りが出来たわけか。

「それで、テルマとナイトオブナイトはどこにいる?」

やはり直接話を聞く方が手っ取り早いだろう。

「テルマは地下の牢屋に。ナイトオブナイトは、今朝早く出かけて行った。行き先を聞く暇もない程急いでいたようだったが……」

「アメリカですよ」

新たに割って入る声に僕たちは振り返る。

「アメリカ?」

現れたのはナイトオブナイトだ。今帰ってきたところだとすると、今朝アメリカに旅立って昼過ぎの現在までに帰ってくるのには能力の使用が必要になる。どんな用事だったのだろう。

「アメリカに何の用があったんだ?」

「ちょっと気になることがありましてね。五大湖近くの小屋まで」

「……そりゃまた随分心当たりがある場所だな」

かつて僕たちが仕事で通信機を取りに行った場所。そして乾に出会った場所。それが五大湖近くの小屋。

「僕の想像してる場所なら、ほとんど焼けちまったんじゃねぇかと思うがな」

「ええ。その焼けちまった場所に行ってきました」

「?」

ベティの知り合いの技術者の家は、ガス爆発で黒焦げなはず。今さらその現場に何があるって言うんだ。

「何を見に行ったんだ?」

「私はあの場所が乾に繋がる重要な場所だと予想していましてね。結論を言うと、予想通りでしたよ」

結論言ってねぇよ。

「だから何しに行ったんだって」

「……あの研究所は、誰の研究所だったと思いますか?」

「ハ?……そりゃあ、ベティの知り合いの男のだろ?」

「どうして男だと?」

「え?」

「どうして女性ではなく、男性だと思ったのですか?」

「言ってなかったか?死体があったんだよ。首は無かったが、明らかに男の体だった」

「死んでいたのは男だった。それは間違いないでしょう」

「……何が言いたい?」

「その男は、本当にベティの知り合いだったのですか?」

「ん?」

「というよりも、本当にあなた方が用のあった人物だったのですか?」

「……まさか」

「ええ」

まさか。そんなことを見逃していたとは。

「死んでいたのは技術者でも何でもない、ただの男だったんですよ」

つまり、本物の技術者はその時点では生きていた。おそらくは乾に連れ去られた可能性が高い。それなら、死んでいた男は研究所を襲い、逆に返り討ちにされたのかもしれない。

「乾はいい技術者を手に入れてたってことか」

「はい。ですが、その襲撃にはそれ以上の意味があったんですよ」

「アン?」

?通信機を奪うことより、技術者そのものを手に入れることより、もっと重要なことがあったってのか?

「この前話した仮説、覚えてますか?」

「ああ。能力を移す、または増やす手段を持ってるってヤツだろ?それなら、面白いことが分かったぞ。実はその手段ってのは」

「テルマさんの妹さんだった、でしょう?」

「え?そうだが……お前、知ってたのかよ?」

「いいえ。つい先ほど知りました」

「……テルマを尋問でもしたのか?」

「まあそんなところですが、妹さんの職業は知っていますか?」

「確か、技術者じゃなかったか?石碑の解読に協力したとか……!」

「気がつきましたか」

その通りなら、乾が狙うには十分すぎる理由だ。

僕は最後に、確認のような質問をした。

「妹はどこに住んでいた?」

ナイトオブナイトは表情を変えずに答えた。

「アメリカ、五大湖付近の研究所だそうです」


そうか。あの時僕たちはすでに、本当に大切な物を奪われていたのか。その一手で優劣のバランスが滑稽なほど狂ってしまった。

「とりあえず結果報告だ」

僕は数が減った重役たちの前で話をする。

「敵は三人、乾とその部下二人だった。その部下二人と女王が、乾とベティがそれぞれ交戦した」

「お前は……何をしていた?」

ツェーザル。相変わらずその赤い髪が目に痛ぇ。質問もイヤなとこ突いてきやがる。

「僕は乾の攻撃で行動不能になっていた」

「……続けろ」

どうせまた僕のことを軽蔑してるんだろ。知ってるよ。アンタの中の僕は、ド素人のアマちゃんだもんな。実際そんなモンだから反論できねぇけどよ。

「戦闘の結果、女王ミカは相手の一人を倒し負傷、命に別条はない」

もしかしたら、この場にいる人間が興味があるのはもう一人の方かもしれないな。

「……ベティは乾との戦闘後、乾を足止めするという形で乾を岩の中に幽閉。自身もその中に入り戦闘を続ける決意をした。僕たちにわかるのはここまでだ」

「……なるほど」

バルドが一言もらした。まあ、確かに何とも言えない結果だ。招いたのは僕だけど。

乾もベティも今どうなっているのか分からない。生きているのか死んでいるのか。エアーズロックが半分にされていたというニュースで、いまだにあの牢獄は破られていないことが分かったくらいだ。ニュースはその合間にもエンジェルメイトのパフォーマンスを映し出す。……ん?

「エンジェルメイトは……」

僕は何の考えも無しにそうつぶやいていた。

疑問しかない。なぜそれは今もある。なぜそのリーダーは自ら戦場に躍り出た。なぜ罠を仕掛けなかった。

「エンジェルメイトは今もある。おそらく乾が不在なのも事実だ。にも関わらずそれを感じさせない平常運転をしているのは、別の誰かが乾の代わりをやってるということなのだが」

それが問題なのか?

「誰がやってるかよりどう止めるかの方が大事じゃないか?」

「ふむ。だが案外、敵の頭を知っておくのもいいかもしれないぞ」

ん?どうしたバルド、テレビのリモコンなんか持って……。

ピッ。

『ハロー!世界中の皆さん。オレの顔を見るのは初めてだよな?じゃあはじめまして。オレの名前はジェラルド=ハーン。ドイツの可哀想な孤児でぇす』

お、おい。

「バルド、これは?」

「今朝の録画だ。お前が飛行機に乗ってるころ流れていたヤツだ」

「そんなことが……」

ジェラルドがこんなことを。まさか敵の頭って……?

『早速ですがここで告知です。エンジェルメイトのリーダーは、今日からオレになりました!イェイ!』

「……ハァ?!!」

イヤイヤイヤイヤ。聞いてねぇし!

『ちなみに皆さんご存知ですか?実はワタクシ、ドイツの詐欺事件の生き残りだったりするんですけど、ね。ギャハハハハハハハハハハ!!!!』

コイツ何がしたいんだ?つか、前会った時よりテンションもキモさも上がってる。

『だからオレはオマエら全員を恨む権利がある。オレの親はオマエら世間の白い目に殺されたんだからな。そんなオレが、オマエらの世界を、お手て繋いで救ってやるって言ってやってるんだ。こういう時は黙ってついてくるモンなんじゃねぇの?アァ?』

アップになるなキメェ。って、録画に言っても意味ねえか。

『というわけでだ、オレ様は今仲間が欲しい。仲間になれば、それなりの見返りがあるぞ。力だ。欲しいだろ?欲しいだろ?それじゃあ、待ってるぜ』

「……」

内容は乾のと同じか。このわけのわからない宗教団体の信者がどれほど居るのかは不明だが、その全員が得体の知れない能力を植え付けられて使い捨ての手駒にされるのだ。哀れとしか言いようがない。

「対策と言ってもどうしようもない。リーダーが変わっても我々の現状は変わらない」

「……」

バルドの言うことは当たっているだろうが、何せ気に食わねぇ。

「ジェラルドはどれだけ駒を持ってると思う?」

僕は右側に座るナイトオブナイトを見る。

「そうですね。テレビの報道やエンジェルメイトの宣伝から想像すると、ざっと一万ってところでしょうか」

「そんなに集まっているのか?!」

「はい。彼らが与える力が本物だと分かった途端、どんどん人が集まっています。そのことがさらに宣伝を大きくし、ペースを上げ、来週にはその倍、再来週にはさらに倍になるとされます」

「……ってことはさっさと潰すのが賢いか」

「そうですが、言うほど簡単じゃありませんよ」

「わかってんよ」

大将が大将だからな。ヤツの『運』はエンジェルメイトという組織そのものに恩恵を与えるだろう。弱い者は強く、強い者はより強くなる。何だそれ。まるで本当に神を味方につけたみたいじゃないか。

「さてどうする。指数関数的に増える敵を片っ端から始末していくってのは、ちょっと無理があると思うぜ?」

イーサンが椅子に踏ん反り返って自虐的に笑う。その様子だと、頭を直接割るしかねぇって言いたいみたいだな。

「まあ確かに下っ端を全て消すのは無理だな。だからってジェラルドを引きずり出す方法も無いが」

僕は現実的な返事をする。

「通信ならできるかもしれません。確実ではありませんが、もしかしたら前乾と通信した時の履歴を遡って、今度はこっちから仕掛けられるかもしれませんよ」

これは情報処理部のルークだ。

「なるほど……でもできるのか?テルマの居ない今」

テルマは“なぜか”暴動を起こし、今は地下の牢獄にいる。その“なぜか”は後で直接聞きに行くつもりだ。

「それぐらいなら私でも。さすがに新しい何かを作るというのは無理ですが」

「とりあえずはそれで十分だな」

僕はここで席を立った。“後で”を今実行しようと思ってな。

「それじゃあ、後は任せた」

大事なことは大方話した。後の話はバルドに任せよう。僕は会議室のドアを開け、地下に続く階段へと足を向けた。


怖くないと言えば嘘になる。こんな僕でも人並みの感情は持ち合わせているらしく、かつて親しくしていた仲間が裏切ったとなると、それなりに悲しいし、憎い。だからテルマが怖いと言うよりも、テルマを八つ裂きにしてしまうかもしれない自分が怖い。

僕は階段の最後の一段に足を下ろした。もともとあまり使われることのなかった地下牢の一番見えやすい位置に、ソイツはいた。

「テルマ……」

「……」

テルマは僕の想像していたより酷い状態だった。手足を枷で封じられて体育座りの格好をしている。目の下に大きな隈を作り、顔色も悪い。僕が現れても一瞥をくれただけで、すぐに視線を床に戻した。

……何だこの無気力な生き物は。僕の知ってるテルマは『ヘーイ鳳ちゃん元気してたぁ???』みたいなヤツだったんだけど。

「お前……本当にテルマか?」

「……」

返事すらしねぇ。誰だコイツ。

「何のためにこんなことをした?」

「……」

……。

「ここの暮らしがそんなに不満だったのか?」

「……」

……。

「一体何を恐れている?」

「……」

……。

……ダメだ。コイツまるで人形。ピクリとも動かねぇ。コイツは何かを知っているから行動を起こしたわけで、僕たちにとっては一番手っ取り早く情報を引き出す手段なのだが。

「オイ、そろそろ何とか言えよ」

「……」

「このままだんまり決め込めると思ってんじゃねぇだろうなぁ」

「……」

「……そんなに死にてぇのか」

僕は檻の向こうへ左手を伸ばす。それだけでも脅しになると思った。だがそれは、新たにやって来た別の人物によって阻止された。

「やめなさい。騎士道に反しますよ」

「……チッ。テメェか、ナイトオブナイト」

ナイトオブナイトが最後の一段を下りて僕の横に並ぶ。僕はテルマに合わせていた目線をナイトオブナイトに合わせた。

「別に怪我させるつもりはねぇよ。ただちょっと脅かそうと思っただけだ」

「どうせ無駄ですよ。彼女は何も喋りません」

「アンタの力でどうにかならないのか?」

「頭の中を覗く魔法ならありますが、それこそ騎士道に反します」

「あっても使えないんじゃなぁ」

僕はテルマを見下ろす。その視線は床のままだ。

「コイツも石碑の解読に協力したらしい。だからその内容も知っているはずだ」

「!そこまでの才能でしたか。あの機械軍も納得がいきます」

「確か、地下に隠してあったんだったか。そんなヤベェモンだったのか?」

「かなり強力でしたね。適当な国なら潰せたかもしれません。私の部下も何人か犠牲になってしまいました」

「マジかよ……」

ソイツはヤベェな。しかもそれが隠してあったっつーから驚きだ。その被害をこの建物内に抑えるコイツもコイツだが。

「まあ私が言いたいのは、彼女から情報を掴もうとしても無駄だと思うってことです」

「……チッ」

僕は階段に足をかける。

何なんだよチクショウ。わけわかんね。敵に妹を取られても平気な顔してたじゃねぇか。いつも通り振舞ってたくせに、何で今更反乱なんて起こした?僕たちが何をした?それとも何かに絶望したからヤケになったのか?そうだとしたら何かって何だ?

「なあ」

僕は片足だけ階段に乗せてナイトオブナイトを見た。

「僕たちはこれから、どうすればいいんだ」

「……わかりません。ただ、最優先で倒すべき相手は決まっています」

「……そうだな」

僕は階段を上り始める。僕の頭の中では、醜く笑うアイツを引き裂く方法を考えていた。


『一応、エンジェルメイトと通信する段取りは着きました』

僕がルークからそう連絡を受けたのは医務室で寝ていたミカが目を覚ましたほんの二、三分後だった。命に別条は無いらしいが、無理は禁物だ。それでも騎士団の進んだ技術で、普通よりは早く治せるらしい。

「ちょっと行って来る」

「もう行っちゃうの?」

「ああ……仕事だ」

「イヤ」

「……」

言うと思ったよ。

「イヤ。行かないで鳳。側に居て」

眠たいのか、ミカは潤んだ目を半開きにしたまま僕の袖を掴んで離さない。

「……すぐ戻ってくる。お前も眠いんだろ?」

「でも」

「あんまり我儘言ってると、本当にどっか行くぞ」

「イヤ……イヤ」

「じゃあ今は離せ。終わったらすぐ戻ってきてやる」

「……本当?」

「本当だ。お前を待たせると、またナイトオブナイトに小言を言われるからな」

僕はわざと笑って見せた。それを本物と受け取ったかどうかはわからないが、ミカも微笑んでそっと袖を離した。

「いってらっしゃい」

「大げさだな。すぐ戻るっつーの」

僕はミカに背を向けて医務室を出た。


「で、通信して具体的に何を言う?」

「こちらの通信を向こうが何度も受け取ってくれるかわかりません。一撃で相手を惹きつける内容でなければ……」

僕の提示にルークが必要な要素を加える。それを要約するのはイーサンだ。

「それは相手にとって断然有利と思わせる内容じゃなきゃダメってことだろ?なかなかハードだな」

「適当な嘘ならすぐにバレてしまうだろうからな。我々に相手が食いつくようなカードが残されているとは思えん」

バルドが机に肘を立てて手を組む。さて、どうしたものか。

「残っているのは……こちらの体……ぐらいか?」

全員の目が一斉にツェーザルに集まる。イーサンはそれに噛み付いた。

「それを差し出せと言うのか?」

ツェーザルは極めて冷静に答える。

「そうは……言わない……ただ……カードがないなら……相手を釣れるのは……それしかあるまい」

「ダメだ。リスクが高すぎる」

僕は即座に反対した。元々ツェーザルは嫌いだし。

「私もそれには反対です。カードが無いのなら無理やり決着を着けなくてもいいと思います」

ナイトオブナイトがそう言ってくれれば一安心だ。残念だったな、ツェーザル。

「本当に……そうか?」

……ア?

「アンタは……騎士最強……だったな」

「そう言われているだけです」

「……アンタはこの前……負けた……だろ」

「ええ」

「アンタの言うことに……どれほどの……価値がある……?」

「ツェーザル、テメェ!」

「いいんですよ。お兄さん」

「よくないよ」

……イヤこれは僕じゃないぞ!

「よくない。アタシの側近は最強なの」

「女王……」

ちょ、お前、凰梨。最近セリフ皆無だったから居なくなったかと思ったわ。しかもここにきて何いきなり会議の決着付けようとしてんだ?味方みたいだからいいけどよ。

「アタシは親を失くしてインティアに拾われた。そして気がついたら女王になってた。アタシを女王にしたヤツ、それが乾」

「ッ?!」

「……」

僕は知っていたが、何も知らなかった周りは当然の反応を示した。同盟相手のトップが、敵のトップに育てられた存在とは誰も予想できまい。

「乾はアタシを形だけの女王にし、自分が力を握ろうとした。乾に利用されるだけの存在だったアタシを解放して、乾を追い出してくれたのがアーサーだった。アーサーは騎士だった。だからアタシはアーサーを選んだ。乾に選ばれたアタシを信じろとは言わない。でも、アーサーだけは信じて!」

「……」

誰が言い返せるだろう。我が妹ながらあっぱれだ。

「わかりました……多数決に……しましょう」

「オイ、どうしてそうなった」

ナイトオブナイトを信じて、危険な賭けはやめるんじゃなかったのかよ。

「凰梨女王は……自分を信じなくても……いいと言った……それなら……その意見だって……信じる必要は……ない」

「テメェ!女王だぞ!わかってんのか!」

「そして……お前の妹……だ」

「関係あんのかそれが!」

「甘い血は……そう変わるものでも……ない」

何だってんだ。血が繋がってるからって、凰梨の意見まで足蹴にするとは!

「……いいでしょう。多数決です。体を賭けた戦争か、今は黙して機を待つか、ここにいる20人で決めましょう」

「ナイトオブナイト!正気か!」

この多数決で負けたら、騎士団の未来を賭けた第三次世界大戦が勃発するんだぞ!もうオモテ社会を巻き込まないなんてことはできない。すでに一万人もの人間が、エンジェルメイトに吸収されている。それだけの人間を隠すのは、どの騎士団にも不可能だ!

「大丈夫です。お兄さん。勝てばいいんです」

インティア騎士団の人間は凰梨とナイトオブナイトを合わせて10人。彼らが全員ナイトオブナイトと同じ票を入れるとすれば、最低でも引き分けだ。

「それでは、多数決を始めます。どちらか一方に手を上げてください」

ルークが仕切る。僕たちに負けはない。僕たちに負けはない。

「それでは、ツェーザルの意見に賛成の方」

当然ツェーザルの右手が上がる。一、二、三、四、五、六……あれ?

「続いて、ナイトオブナイトに賛成の方」

……あれ?

ルークの声が遠くで響く。

「それでは通信の内容は、ツェーザルの意見を主体にします」


「まっ、待ってくれ!」

僕は慌てて立ち上がる。

「おかしいだろ!何でお前らそんなに戦争したがるんだよ!何とか言えよバルド!」

まさかバルドがツェーザル側に付くなんて!

バルドは下を向いて表情を見せない。しかしやがて震える声で言った。

「……誰のせいだ?」

「アン?!」

何だとォ……?

「誰のせいで戦う理由ができたと思っている??」

「何の……ことだ?」

「ふざけるな!!」

「ッ?!」

かつてこんなにドキッとしたことはなかった。その初めて見るバルドの表情は、僕に初めての恐怖を与えた。それでも僕は、何のことかわからない。

「一体僕が何をしたって言うんだ?!」

「ベティを見殺しにした!」

「ッ!」

確かに僕はベティが乾と共に身を投げるのを救えなかった。ミカがやられるのを防ぐことができなかった。

「だから僕に反対したのか!」

「違う!お前の力が足りなかったのは仕方ない。だから、今度は私が復讐する!」

「復讐?!」

「ああ。お前が弱くなければ、こんなことにはならなかった。私ならベティを救えた!お前にこの復讐のチャンスまで奪われてたまるか!」

「……」

もしかして、他の連中もそんな理由か?ベティでなくても、誰か身近な人をエンジェルメイトに奪われたから、その復讐をするつもりなのか?……顔を見る限りそのようだな。インティアの中でナイトオブナイトに反対した数人もそうか。

「復讐など、何も生み出しませんよ」

「知っている……ドラマで……何度も聞いた……」

ふざけてんのかツェーザル。

「だが……それでも本能が望む……私は……それに従う……」

僕たちは人間だ。ここは本能ではなく理性に従うべきだ。

「ミカ女王なら……わかってくれる……はずだ」

「ハァ?」

「女王は……両親を殺されて……ここに来た……その目的に……復讐が全くないと……言い切れるか……?」

……言い切れる……?…………違う!違うんだミカ!僕はお前を信じている!騎士団に入る時、復讐はしないと言ったお前を覚えている!でも、それでも僕は、僕がお前の立場なら……絶対にしちまうんだよ!!

「それが……人間だ……」

人間?人間って何だっけ?『人は人を好きになれるから人間になれる』だろ?ミカ。じゃあ、きっと僕は人間だ。人間だよな。その僕が望む。復讐を。じゃあお前は?ミカ。お前は、人間か?


とにかく、僕たちは負けた。女王に報告しなければ。

『問題ない……珞間鳳……勝てばいい……戦争に……』

ツェーザルが言うほど簡単に行くだろうか。ミカに聞けばわかる。

「入るぞ、ミカ」

僕がドアを開けると、

「あ、おかえり!」

すぐにミカの明るい笑顔が目に入った。体が万全なら、僕に飛びかかってきていただろう。

「具合はどうだ?」

「うん、全然平気だよ!」

僕はミカのベッドの横に椅子を置いて座る。

「どうしたの?元気ないよ?」

ミカが心配そうに僕の目を覗き込む。普段なら、鬱陶しいとか言ってるところだが、さすがの僕も疲れたかもしれねぇ。

「ちょっとな。残念なお知らせだぁ」

「え?……何?」

「戦争が始まるぞ」

「え……?どういうこと?」

それから僕は、エンジェルメイトと通信すること、多数決をして負けたこと、彼らが戦う理由などを細かく説明した。

「そんな……復讐なんて……」

やはりな。

「ああ……お前みたいなヤツは希少種なんだよ」

親を殺されて復讐を望まないなんてあり得ないんだ。あり得るとすれば、それは逆に親を大切にしていなかった証だ。ミカに限ってそんなことはない。それでもミカは復讐を望まない。感情があれば当然起こるべき怒りが、ミカからは感じられない。だから僕は、お前が人間かどうか疑うんだろうな。

「なあ」

「うん?」

「お前、好きなヤツいるか?」

違うな。

僕はミカが答える前に訂正する。

「お前は、僕のことが好きか?」

「フフ、何言ってるのさ?」

ミカは明るく微笑んで答えた。

「ミカはいつだって鳳のことが大好きだよ?」

この決まり文句のようなセリフに、思わず笑みがこぼれるのはなぜだろうか。

「決まったことだ。お前でも覆せねぇ」

「うん」

「行ったら最後、生きて帰れないかもしれねぇ」

「うん」

「自分が死なないために、相手を殺さなきゃならない世界だ」

「うん」

「それでも行くか?」

「うん」

ミカは頷いた。でもこれから自分の行く場所がどのようなところか、きちんと知っている顔だった。

もう僕から言うべきことは何もない。

「それじゃあ行くか。戦争に」


幸いあっさりと通信はできた。だがやはりこれが最初で最後だという忠告もされた。

僕たちがエンジェルメイトに出した提案。それはただ一つ。

「全面戦争だ」

『意外だな。もちろん大歓迎だがよ』

ジェラルドの陽気な声が響く。

『こっちの戦力は今のところ一万ちょっとだ。そっちはせいぜい五百。一体なぁにを考えてやがんだぁ?』

僕たちが何か言う前にジェラルドは一人で解決する。

『まあいい。どうせこの戦力の差を埋められる罠なんて用意できるはずもねぇ。大方、どんどん増える信者に焦って取った苦肉の策ってところか』

大当たりぃ。だけど絶対そんなことは言わない。

『何はともあれノってやるよ、その戦争。ただし日程はこっちで決めさせてもらう。心配するな。遅くとも来週にはお前ら全員皆殺しだ』

「それは心配だな」

『フッ……また日を追って連絡する。そのうちに戦力をかき集めておけ』

通信は向こうで切られた。

「……ハァ」

誰かが息を吐いた。あー。なんかそんな感じだ。やっちまった。ぶっちゃけ、今回はマジで策も何もない。相手は絶対的幸運を持つジェラルド。一万人の戦力。対するこちらはナイトオブナイトを有するが、ジェラルドを倒せる保証は無いし、ナイトオブナイト以外の戦力で一万を相手できる確信もない。というか、無理じゃねこれ?

「今さら弱音を吐くのは許さん。特に鳳、お前は死んでも女王を守らなければならない」

「わかってんだよ、んなことは」

そうだ。後ろ向きなことは全て今さらだ。僕は側近。仮にもこの戦力の核となるナイトオブナイトと同じ地位だ。

「世界に散らばる騎士たちを急いで招集しろ。まだエンジェルメイトに食われていない騎士団があるなら、多少強引にでも協力を要請しろ。なるべく多くの戦力を確保するんだ!」

「了解しました」

重役たちが各々の持ち場へ向かう。彼らは受話器やトランシーバー、マウスなどを手に取るに違いない。

「我々も全力で戦力を集めましょう。皆さん、協力してください」

「ハイッ!」

僕たちとはまた違った雰囲気でインティアの騎士たちが仕事に就く。

戦争が始まるまで一週間もない。常識では考えられない準備期間だが、そこを何とかしなければならない。まだまだ考えることは沢山ある。武器の確保、具体的な作戦の発案、敵の戦力の詳細の予測……。

「ルーク!」

「はい。何でしょう?」

「この戦争の参謀はお前だ。お前は女王の左腕として、詳しい作戦などを考えろ」

「身に余る役職を頂けて光栄です」

「あまり時間はないぞ。期待している」

「了解」

僕たちがそんなやり取りをしているとナイトオブナイトが重役の一人を連れてやってきた。僕と同い年ぐらいのインティアの女騎士であることはわかったが、それ以外は何も知らない。見た感じ、日本人か?

「紹介します。こちら、うちの参謀、軍神光希(ぐんしんみつき)と申します」

「……それ、名前?」

僕たちが初っ端から呆気にとられていると、その少女が弱々しく口を開いた。

「……みつきと呼んでください」

「あー、わかった」

何となくコイツのキャラが読めたぞぉ。あれだろ?苗字と性格がまるで噛み合わなくて苛められるパターンだろ?

「それで、コイツがどうしたって?」

僕はナイトオブナイトに目を向ける。軍神……いや光希は、すでに小さくなりっぱなしだ。

「これでも頭はとてもキレるんですよ。ぜひルークさんに協力させていただきたい」

「はあ……そうなのか?」

僕は光希を見る。前髪が長くてうつむき加減の光希の目は見えない。けれど、スカートを握り締めて照れているようだった。

「そんなこと……無いです」

まあナイトオブナイトが言うんだ。相当なキレ者と見て間違いないだろう。

そんなことより、

「……」

物静かなコイツ、中々楽しめそうじゃねぇか。

「それじゃあ期待しちゃおっかなぁ、光希ちゃん?」

「え、あ、そんな……」

イイねイイねこの反応!

「もし失敗したら、お仕置きでもしちゃおっかなぁ」

「ふぇ……そんなぁ」

いやぁ、ホンッットにイイよその表情!ミカには無い弱々しさがあって!

「お兄さん……ミカさんは……?」

「アタシが言うのもアレだけど、お兄……アンタって人は……」

「ハハ……」

「三人揃ってなんだその顔は?」

ナイトオブナイト、凰梨、ルークはそれぞれ、戸惑い、呆れ、呆れを表して僕を見た。

ま、光希で遊ぶのはこのぐらいにしておくか。またいつか遊べるだろうし。

「じゃあルーク、光希。喧嘩するんじゃないぞ」

「するわけないでしょう」

ルークが苦笑いのまま肩を竦める。僕は彼らに背を向けて歩き出す。みんなには悪いが、またしても医務室だ。


「で、言い訳は?」

「……は?」

僕が医務室に入って、ミカの第一声がこれだった。

「いや、何か言わなきゃいけない気がして」

「ハハ……変なミカだな」

ちょ、しっかり能力発動してんぞ。僕は別に光希を捕まえてやろうとか、そんなこと考えてる訳じゃないんだ。本当だぞ?

「 ……やっぱ、何か隠してない?」

「隠してない」

「本当?」

「隠してない」

「ふーん」

とりあえずは白を切るか。いやまず本当に潔白なんだけど。

「それで、鳳は何しに来たの?」

「いや別に」

「え?」

「別に用事なんてねぇぞ」

「用事もないのに来てくれたの?」

「そうだけど……」

「ありがとう!ミカ嬉しい!」

「グハッ!」

ミカは僕の首に勢いよく手を回す。その勢いはまるでタックルだ。

「何しやがる!」

「だってだってぇ、鳳が用事もないのにミカのところに来てくれたんだよ!あの鳳が!」

「チッ……あの鳳ってどの鳳だよ」

「どの鳳だろ?!」

「お前テンションおかしいだろ」

ハァ……まあいい。

「仕事はルークに任せて来たから、僕はお前の側にいる」

「もう一回言って?」

「?……仕事はルークに任せて来たから、僕はお前の側にいる」

「ウフフ」

「何だテメェ気持ち悪ぃなぁ」

「側にいる、かぁ」

「?側近なんだから当たり前だろ?」

「それもう二度と言わないで!」

「ハァ?!」

ずいぶんとわがままだな。わけわかんね。

「もういい。テメェは寝てろ」

「もう寝れないよ」

「いや寝てもらう」

僕はミカの頭に右手を伸ばした。催眠術じゃねぇが、コイツにとっては似たようなモンだな。

「ずるいよ鳳……撫でるのは」

「お前は昔から撫でられると速攻で寝るからな」

「鳳の膝枕ならもっと良く眠れるのに……」

「お前一応怪我人だろ?これで我慢しろ」

「うん……フア~……何だか本当に眠くなって来ちゃった」

「おとなしく寝ろ」

「うん……おやすみぃ」

ハァ……、

心の中でため息を吐くのは何度目だろう。僕だってミカのことは嫌いじゃない。側に居て苦痛だと思ったことは無い。それでも今だけはミカの明るい顔を見ることが逆に堪えた。僕たちの未来は暗い。真っ暗だ。戦争が楽しい物になるはずがない。しかも勝つ望みのほとんどない戦だ。そういえば、ラブロフとビッキーはどうなったのだろう。人質として捕らえられたアイツらは、今も生きているのだろうか。乾も冷酷な男だったが、ジェラルドはそれ以上だ。神は不公平だ。なぜあんなヤツに力を与えたのだろうか。

僕でも良かったのに。


僕なら、乾なんかと手を組んだりしなかった。誰も殺さなかった。詐欺まがいな勧誘などしなかった。

『本当か?』

『?!』

気がつくとそこは何もない暗闇だった。この空間に居るのは、僕と、

『ジェラルド?!』

そう。今まで僕の思考を占領していたジェラルドだ。

僕は先ほどまでミカの隣の椅子にただ座っていたはずだったのだが。

『もしオマエがオレなら、本当にオレと違う道を行ったと断言できるか?』

ジェラルドはまるで何事もなかったかのように話しかけてくる。

『復讐だ。オレの家族を殺したヤツらを、同じ目に合わせてやる』

『オレは何も悪くない。当然の事をしているだけだ』

『オレは……』

『オレは……』

わかった。もうわかった。僕はお前じゃない。そして、たとえお前の立場だとしても、そんなことは。


「……!」

夢、か。何つー夢だよ。僕の想像力ハンパねぇ。……などと言ってみても、『もし』という言葉は頭から離れない。もし、あれが全てジェラルドの本物の意思だったら。

『もしオマエがオレなら、本当にオレと違う道を行ったと断言できるか?』

わかってるだろ珞間鳳。答えはノーだ。僕はもちろん復讐する。ジェラルドを止める権利なんて、僕には無いのかもしれない。

僕はチラリとベッドの上の少女を見る。権利があるとすれば、コイツとナイトオブナイトぐらいだろう。ま、ウダウダ言っても結局は参加するのが僕なんだけどな。

僕は全力で殺す。折角集まった一万人には悪いが、可能な限り殺す。僕の能力的に、タイムアタックが一番やりがいがある。目指すは三分に一人。一万人にどんな能力が移植されたのかもわからないが、そこまで強力な力じゃないはずだ。全員がジェラルドや乾のような能力だったら、ラブロフとビッキーを捕らえるのに千人もの戦力はいらない。そしてラブロフのシェルターを破るのに武器を使用していたことを考えると、そこまで攻撃力の高い能力でもなさそうだ。

左手のエネルギー砲は長期戦ではあまり多用できない。となると、僕の本分はビアンカによる接近戦ということになるか。相手の能力も接近戦メインのように見えたから僕にとっては好都合だ。

問題は一万人それぞれに別々の能力が移植されていた場合。これはマジで困る。一万通りの能力を相手に、一万通りの攻略法を見つけるのはほぼ不可能だ。能力を移植する方法がわかれば、相手の能力の種類も察しがつく。今のところその方法を知っているのは、その身内であるテルマ一人。何とか吐かせられないだろうか。……無理だな。裏切り者とは言え、拷問や脅迫は騎士としてタブーだ。

あとそれを知る手掛かりとしては、ローマで発掘された石碑ぐらいだが、どうやら行方不明らしい。ナイトオブナイトの話だと、エンジェルメイトが持っているのではないかということだ。ちなみに大きさは世界史の資料集を開いたのと同じくらいらしい。

石碑を奪い取るなら直接テルマの妹を奪ってきた方が賢い。結局、僕たちに能力移植の仕組みを知る手段は無いというのが結論だった。

ヤベ。もうこんな時間だ。今日はもう寝るか。来週に備えて。


四月十日。僕たちは最大限の装備で、指定された広大な平地に来ていた。木もまばらで隠れる場所がほとんどない。世界中から集められた五百人が、警戒の姿勢を保ったまま奴らの到着を待っていた。春にしては冷たい風と、良好とは言い難い天気が、何となく空気を引っ張っているような気がした。

「!……来ました」

ナイトオブナイトが斜め上を見上げる。僕たちはその視線を追って早くも言葉を失った。黒い影がいくつもいくつも飛んでくる。それが人であることに違いはなかったが、彼らが何も背負っていないことが僕たちにとっては不思議でしょうがなかった。ブースターなしであの跳躍力は明らかに能力による物だ。だがどうやら一万通りの能力があるわけではないようだ。

「こんにちは」

「……」

先頭のナイトオブナイトが目の前に並ぶ一万の敵兵に挨拶をする。しかし彼らは答えない。虚ろで死んだような目でぼんやりとナイトオブナイトを見る。僕はその目に見覚えがあった。

「あの目だ」

ラブロフとビッキーを襲った目だ。

僕たちが開戦のタイミングを伺っていると、今回の戦争の相手側の核がやって来た。相変わらず歩いて。今回は十歳ほどの少女を連れている。このロリコンが。

「ハロー。元気してたかぁ?鳳」

「お前のために元気でいてやったんだ。泣いて喜べよ」

「オレのために?ヤベェ。嬉しすぎて鳥肌立っちまった」

「相変わらず死んだ方がいいヤツだ」

「心配すんな。そのうちな」

殺す。殺す。さっさと始めたい。

「ねぇねぇ。さっきからつまんないこと言ってないで、さっさと始めようよ~」

十歳ぐらいの少女。短い髪を風に揺らしてジェラルドの袖を引っ張る。

「さっきから思ってたけど、そのガキ誰だ?」

「アァ?コイツが欲しいのか?」

「ちょっと、物扱いしないでよ」

何だこのガキ。

「ちょっと黙れよクソガキ」

「それウチに言ってるの?これでも十七歳なんだけど」

「……ハァ?」

僕の反応に十七歳(?)は手の甲を目に当てて嘘泣き。

「ジェラルド~、この馬鹿面が苛めてくる~慰めて~」

「オマエホントに十七歳かよ?」

「ジェラルドまで!」

……舐めてやがるな。これから戦争だってことわかってんのか。でも、こんな戦場のど真ん中に連れてくるんだから、十七歳(?)も結構実力あるんだろうな。

「そういえば、お前の名前は?」

「あ、ウチ?ウチの名前はナナ=リオーネ。生粋のイタリア人だよ」

イタリア人か。そうは見えないが。

「自己紹介も済んだし、そろそろ始めるか……」

ジェラルドが見た目十歳のリオーネを抱えて元からその場にあった大きな岩に登って座る。

「じゃあ、頑張って」

ジェラルドの右手が高々と挙げられた。


一万の波が五百の塊に押し寄せる。しかもやはり普通じゃない身体能力で走り、飛ぶ。だが僕たちも黙っているわけではない。

「迎え撃て!」

「ウォオオオオオオ!!!」

僕たちは飛びかかってくる元一般人を銃や剣、あるいは素手で相手する。それにしても、

「クッ、何だコイツら!重い!」

本当に元一般人かと疑うほどヤツら一人一人が以上に強かった。強化されているのは身体能力、反射神経、五感。

まあ簡単に言うと戦闘に必要な能力全てだ。鉛やレーザーなどは出してこないとはいえ、十分すぎるほど厄介だ。

しかし力の代わりに失った物もあった。

ドタドタドタ。

さっきほどから重々しい足音ばかりが目立つ。それはあって当然だが、それ以外に、これだけの人数が集まったとき必ずある物が圧倒的に足りなかった。それは、『……』会話だ。

ヤツらはさっきから一言も喋らない。仲間どうしの連携もなく、動きがそれぞれ勝手だ。

?言葉の代わりに力を手に入れたのか?そういう能力を移植したとすると、ずいぶん不便な能力を選んだものだ。

ドタドタドタ。

「おい、珞間」

……?!

「え?」

「珞間」

僕のことを苗字で呼び捨てにする人間は周りにいない。

「誰だ?」

僕は呼ばれた方を振り返る。その間も虚ろな目の戦士たちは僕に飛びかかってくる。ビアンカでそれを処理しつつ、僕は声の主を見つけ出した。

「久しぶりだな。俺のこと覚えてるか?」

僕には昔、福という名前のクラスメイトが居た。


福竜司は哀れな男だった。

「覚えてる」

たしか、病気の弟が居た。家が貧しかった福は、僕を使って医療費を稼ごうとした。僕が断ったのでそれは実現にはいたらなかったが。僕が言いたいのは、この目の前の男は僕を恨む理由ぐらいはあるということだ。

「弟はどうなった?」

福がどうして一万分の一になったのかは正確にはわからない。言葉を喋っているから、もしかしたらなっていないのかもしれない。どちらにせよ、コイツがここにいるのは異常事態だ。場合によっては、

「死んだよ」

「?!」

弟が死んだ……ちょっと待て。そうなると割りと想像が付く。

「何でここにいる?」

それでも直球の質問をした。

「ハッ」

福は笑って答える。こんな笑い方をしただろうか。

「復讐だ。分かってんだろ?」

またそれかよ。

「お前が一体何に対して復讐するってんだよ」

「それも分かってんだろ。まず、珞間、お前だ」

やはりそう来たか。かなり捻れてはいるが、それでも恨みの方向としては理解できなくもない。確かに僕がオーケーと言っていれば弟は死ななかったかもしれないんだからな。

「でもまあ、お前だけを恨むのはお門違いだってことはわかってる」

……あれ?展開が予想と違うぞ?

「弟が病気になったのは、きっと運命だったんだろうな」

「……」

そうかもしれないが、お前はそんな考え方をするヤツだったか?それに、そんな風に思ってるなら、エンジェルメイトなんかに釣られてここに来ることもないだろ?

「だから俺は、その運命を定めた神を恨むことにした」

「え?」

発想飛びすぎだろ!

「だからって、どうしてエンジェルメイトなんかに入ったんだよ!?」

「ジェラルドは言った。お前は才能があるから、戦争で手柄を立てれば神にしてやるってな」

嘘だ!!ジェラルドは福を神にするつもりなんてさらさらない。適当なことを言って、福を操り人形にしたいだけだ!

「ジェラルドはお前に神の座を譲るつもりはない!お前は利用されてるだけなんだ!」

僕は本当のことを教える。けれど、

「フン、そんなわけないだろ。ジェラルドは約束してくれたからな」

ダメだ。気持ちいいくらいに騙されてる。

僕は岩の上で僕たちを見下ろすジェラルドを見る。あのニヤニヤした顔を消し飛ばしてやりたいが、きっと何かが起こって阻止されるに決まってる。

「ねぇジェラルド」

僕の見ている前でリオーネがジェラルドの腕を掴んだ。

「アン?」

「そろそろ始めさせてよ」

「ああ……そうだな」

何を言っているんだ?始めさせる?

「おい、そこのお前」

ジェラルドが福を呼ぶ。『そこのお前』は自分がそんな風に呼ばれたのに驚いた。そして、自分とジェラルドの位置関係を知った。

「ジェラルド……アンタは……」

「よし、殺せ」

ジェラルドの言葉と共に福の目から光が失われる。僕にはもう、福なのか他の木偶なのか見分けがつかなかった。福が言葉も無く僕に突っ込んでくる。僕はヤツの拳をかわしつつ、ビアンカを振り上げる。そして福の腕に向かって振り下ろした。が、人間の域を超えたソイツには当たらなかった。ソイツは素早い動きで僕の懐に潜り込み、そのままみぞおちに頭を突き出す。

「グフッ」

重大なダメージではないが、僕の腹からは確実に空気が押し出される。

「ギャハハハハハハァ!!」

ジェラルドの醜い笑い声が聞こえる。僕は福と距離を取ってジェラルドを睨んだ。ジェラルドは楽しそうに口を開く。

「どうだどうだ素晴らしいだろう!このオレ様の撒いた能力は!」

「どういう……力なんだよ?!」

僕は福の攻撃をかわしつつジェラルドの話に耳を傾ける。

「教えてやろう。もともとはただ集中力を高めて、五感を含めたあらゆる能力を強化する能力だった」

もともとは?

「だがローランには能力を分解する力もあったんでな。ちっと利用させてもらった」

ローラン……テルマ=ローランの妹か。

「オレはローランにその能力を等分させ、それをばら撒いたわけだ。んで、できたのがソイツら便利人形ってこと」

便利人形ねぇ。言うじゃねぇか。つか、なるほど。これは集中してんのか。だから喋らないわけだな。

「まあ等分しちまったから、集中力高めて良かったねって話じゃねぇ」

「?」

なんだ?何かデメリットでもあるのか?

僕の考察をよそにジェラルドは何気無く時計を見る。

「十分か……」

十分……といえば戦闘開始からの経過時間だが。だからどうしたというんだ?

「知ってるか?」

「何を?」

「ギネス記録でも、目を開けていられるのは十分ぐらいらしいぜ?」

「何のことだ?」

「周りを見てみろよ」

「?……」

周り?バルド、ナイトオブナイト、ツェーザルらが、それぞれの表情で戦っている。相手は福と同じ能力を植え付けられた一万の敵。特に変わったところはないように見えるが……?……目を見ればいいんだっけ?……目?普通に血走ってるだけだ。

「おかしいと思わないのか?」

「何が?」

「『何が?』ハッ!側近も案外鈍感なモンだ。どうりでこっちの作戦が気持ちいいくらいにキマるわけだよ」

「だからどういう……」

「さっきまで、お前はその人形どもの目をどういう風に見ていた?」

さっきまで……第一印象のことなら、“死んだような目”だ。それがどうか……待てよ。血走った死んだような目ってあるか?血走ってたら、普通逆に生き生きしてないか?

「何だ……?」

僕は福を含めた人形たちの目を見る。どいつもこいつも、濁った赤い目をしている。最初はただの濁った目。今は赤みが増している。

「さてここで問題です」

「……」

「オレがコイツらに力をやる上で、犠牲にさせた物は一体何でしょうか?」

今までの情報で分かるのか?目が赤くなることは確実に関係ある。さらにジェラルドは戦闘開始からの経過時間も気にしていた。そして最後のヒント。『ギネス記録でも目を開けていられるのは十分ぐらいらしい』ジェラルドのこの発言から考えて、犠牲したと思われる物は……

「瞬き?!」

「半分正解」

「半分?」

瞬きだけでも十分な代償のように思える。まだあるのか。

「正確には、いらない本能や反射だな」

「は?」

本能や反射は必要だから人間に備わっているのだ。それを取り除くなど、人間が人間じゃなくなることもある。

ジェラルドは続ける。

「具体的には、瞬き、咽頭反射、その他の体性反射……って言ってもわからないか」

瞬きとかは絶対必要だろ。何を基準にいるいらないを分けてるんだ。

「あ、あと大事なモンを忘れてた」

「……」

「ソイツら、人形だったんだ」

「今更何を言っている?」

「だからそのまま。人形だから、感情が無いんだった」

犠牲が多いな。でも、ってことは、僕が今戦ってるこの福は、瞬きも反射も喜びも悲しみも怒りもしない本物の人形ってことか。

なら、残念ながら解体処分だ。

「悪ぃな」

僕は守るのをやめ、福の腹にビアンカを突き刺した。動きは速かったが単調で予測しやすい。ブースターを着けている僕が苦しめられるはずがなかった。

「……」

無言のまま、福の動きが停止した。僕の肩付近で頭を垂れて、腹を突き破る剣を抜こうともしない。

僕だって、したくてしたんじゃない。仮にも昔の知り合いだ。でもここまで完璧な人形に変えられちまったらもうどうしようもない。僕を殺すことだけに集中し、ジェラルドの操る糸に繋がっているマリオネット。僕が殺した……いや、壊したのはそれだ。

僕は素早くビアンカを引き抜く。福という人形との戦いは終わった。次だ次。僕はジェラルドと自分をまっすぐ結ぶ。その直線上にいる人形どもを最優先で壊していくのだ。僕はビアンカを両手で握った。まず目の前の女の人形からだ。僕は腰を落として足に力を込めた。その時だった。

「鳳!」

五百人に守られていたはずのミカが飛び出してきて、僕の名前を呼んだ。周りの五百人が一人当たり二十人を相手するために散り散りになってしまったのだろう。

ところで、もっと早く気がつけば良かったのだが、ミカが僕の名前を呼んだのは、不安だったからでも、怖かったからでもなく、単に僕を心配していたのだった。僕がそれに気づく前に、何かが後ろから僕の肩肉を噛みちぎった。


「ッ?!」

筋肉ごと持っていかれた僕はビアンカを落としてしまった。人形どもにその価値がわかるはずもなかったので、僕は構わず僕を襲った獣の姿を捉えた。

「何つーお人形さんだよ!」

案の定、その獣は福と呼ばれていた人形だった。服の裂け目から見える腹に傷はない。完璧に貫通した傷がもう癒えたのか?感情や本能の代わりに受け取った物は、やはり相応の代物だったらしい。あらゆる運動能力だけでなく、回復力までもが強化されていたようだ。僕以上ということはないだろうが、貫通した傷が綺麗さっぱり治るぐらいだから、十分すぎるほどの回復力だ。

まあたとえどんなに回復力が高くても、バラバラにしちまえば問題ないか。

僕は筋肉が繋がった右手でビアンカを拾う。とりあえず、コイツをバラすことに関してはさして問題はない。ただ、その前にやるべきことが一つある。

「ミカ!」

僕はブースターの力で後方の少女の元に飛んで行った。そしてソイツに襲いかかろうとしていた太った男の人形を蹴り飛ばす。

「大丈夫かクソヤロウ」

「鳳、口悪すぎ」

大丈夫そうだな。それならいい。けれど、今ので問題が表面化した。

「チッ……うじゃうじゃと気色悪りぃなぁ」

繰り返しになるが、福一体を相手するのは造作もない。だがしかし、それが十人も二十人も集まると厄介だ。一人の相手をしている間に、別のヤツが乱入してくる。そっちに目を向けると、今まで戦っていたヤツに回復する時間を与えることになる。一体も片付かないうちに囲まれてゲームオーバー。よくあるゾンビ映画だ。それを避けるためには一体一体をほぼ一撃で手早く始末していかなければならない。


……できるのか……僕に……


「できるよ」

ミカが頷く。きっと何もかもカンでそう言っているのだろう。

「ミカと鳳ならできる」

これは……、

「戦えるのか、お前?」

「だから言ってるじゃん」

ミカは腰のブルーダイヤを抜く。

「二人なら……ミカと鳳ならできる」

……フン。

「ケッ、どうなっても知らないからな」

僕はビアンカを握り直した。そしてミカの右人差し指をチラリと見る。それは確かに震えていた。その後、僕は前方にいる腕をダラリと下げた人形どもを見た。ほぼ全員が赤い目を僕たちに向けていた。

なるほど。お前らのこと、少しはわかったかもしれない。もしかしたらお前らの中には、自分がエンジェルメイトに入ったら、何を得て何を失うのかわかっていたヤツもいるかもしれないな。たとえ自分が人間を辞めることになったとしても、守りたい物があってエンジェルメイトにたどり着いたのかもしれないな。今ならわかる。僕も人間じゃなくていい。

ミカを守れるなら、人形になっても構わない。

僕たちはブースターを全開にして飛んだ。


どれほどの時間が過ぎただろうか。一人当たり二十人だとして、二人分の四十人は優に超えている。僕たちは強かった。相手がせっかく犠牲を払って手に入れた力を、自分でも驚くほど軽々と切り捨てることができた。福でさえも、その首を飛ばすことに何の抵抗も感じなかった。でもその快進撃は、ジェラルドにたどり着く前に一人の男によって止められた。

「何だお前は……?」

オールバックの茶髪に、唇で光るピアス。まだ春先だというのに紫のノースリーブを着て、そのたくましい腕を存分に見せつけている。相当喧嘩慣れした一匹狼の不良と見た。

「オレはアフマド=アルハノフってモンだけどよぉ」

目が赤くない。感情もしっかりしていそうだ。総合して、筋肉男に糸が繋がっているようには見えなかった。つまり作られた一万人の一人ではなく、生まれた時からの、本物のミュータントの一人というわけか。

僕たちの見たてではエンジェルメイトの本物のミュータントは五十人にも満たない。一万人の狂戦士の中でたった五十人の精鋭の一人に出会ったんだから、僕たちは運がいい。それでも、なるべく出会いたくなかったな。

「オレは喧嘩で負けたことがない」

「だろうな」

でも。

「生憎、僕もだ」

「そうだろうな」

でも。

「そんな物は何の指標にもならない」

「そうだな」

僕たちは普通じゃない。特殊は特殊と競うべきだ。

「じゃあオレと喧嘩しようぜ!」

すげぇ江戸っ子臭え。

「まあいいけど……ただし」

「ん?」

「もう一人、アンタのパートナーを連れてこいよ」

「ぱーとなー?」

何だその『はじめてきいたたんごです』みたいな言い方は。

「お前それでも男かよ?」

「アン?」

「どうせ、騎士だから二対二にしようとか、くだらないこと思ってるんだろ?」

「……騎士のこと、よく知ってるじゃねぇか」

「ジェラルドから一通り聞いた」

「ああそう」

「騎士はどうだか知らんが、男ならタイマンで勝負しろ」

コイツ完璧生まれてくる時代間違っただろ。でも、ここまで言われちゃぁな。

「鳳……」

「女は引っ込んでろ」

「お、いいツラになったじゃねぇか」

「アンタの江戸っ子が移っちまったじゃねぇか」

「ガハハハハ!」

……やってやろうじゃねぇか。アンタの性格は嫌いじゃないが、エンジェルメイトに味方するっていうなら放ってはおけねぇ。

「オレは強いぞ?」

「僕の方が」

「……お前、喧嘩負けたことないだろ?」

「さっきも言ったぞそれ」

「そうかそうか」

何だ。案外面倒だな。

「来いよ。いくらでも相手してやる」

僕は機械の手の甲を相手に向けて指で挑発する。

「ああ……いくぞ!」

「来い!」

筋肉男は駆け出した。

さっきから気になっていたのだが……

「どうしてスケート靴はいてんだ?」


似合わない能力だった。

「ハァッ!」

アマルダ=アルハノフの能力は、氷を作ること。いや、正確には自分の周りの温度を下げること、か。空気中の湿気を凍らせてその上をスケートする。スケートもやたら上手く、ブースターにも負けないスピードだ。さらにアフマド=アルハノフは氷を直接の武器にもする。雪国では、冬は絶対に氷柱の下を歩くなという注意が学校から出る。それほど氷柱は恐ろしい。まるで槍のようで、まっすぐにそれが打ち出されると、氷柱の大きさ次第で僕の腕ぐらいなら切り落とされるかもしれない。今は飛んでくるそれをビアンカで切ることでかわしている。

「オラオラどうしたぁ!」

「クッ、面倒な!!」

男の動きは柔軟で武術の流れが見える。トンファーの形の氷を自在に操って時々僕の胃を揺らす。

「ただの……不良じゃねぇのか!」

「ガハハ!残念だったな!これでも元真面目な柔道部だ!」

帰宅部ヅラがぁ!

……とは言え強い。スピードもあって、パワーも僕よりは上だ。

リンクに斜度を付けることである程度の高さにも届く。やはり、リンクを断つしかないか。

「ハァッ!」

僕は筋肉男の頭上からビアンカを突き刺す。男は軽々と避けるが、それは僕の狙い通り。本命はリンクの方だ!

「フン。道などいくらでも作れるわ!」

当然男はまた新たに氷の道を作ってそちらに逃げる。今度は左手のレーザー砲でそれを焼き切る。

「おっと」

男は再び行き先を変える。それを何度か繰り返している内に、アマルダの足が徐々に鈍くなり、やがて止まった。だから僕もここで全ての動きを止めて向かい合う。

「どうしてオレを狙わない?」

「……」

ああそうだ。僕はアマルダを狙う気はさらさらなかった。単に、アマルダの動きを止めたいだけだった。

「なぜなんだ?」

アマルダはなおも聞く。それは、

「どうしてなんだろうな?」

「……は?」

自分でもわからない。なぜアマルダを撃たなかったのか。確かにかわされるだろうという不安はあったが、それ以外の理由があってアマルダを狙わなかった。

「オレとお前は喧嘩をしてた」

「まあ……そうだな」

「喧嘩ってのは、お互い殴り合うモンだろ?オレが一方的にやったんじゃ、喧嘩じゃなくてイジメじゃないか?」

そう……なるのか?

「だから、お前も全力で来いよ。恨みはしねぇから」

「……」

……何だかなぁ。

「どうした?」

「何か、お前とは喧嘩したくねぇ」

「うん?」

理由が分かったような気がする。最初から感じていたことなのだが、やはりコイツはジェラルドとは違う。ジェラルドのような邪悪なオーラは感じられない。強いて言えば、感じられるのは好奇心と向上心ぐらいだ。そんなヤツが、エンジェルメイトに居る理由なんてない。

「お前は、どうしてエンジェルメイトに居る?」

「オレはただ、喧嘩がしたかっただけだ。ここに居ればいくらでも喧嘩できるってジェラルドが言ってたからな」

「なるほどな」

……それなら。

「今からエンジェルメイトを抜けて、こっちに来ないか?」

「ん?」

アマルダは複雑そうな顔をする。そりゃそうだ。

「それでオレに何の得があるんだ?」

「ほとんど今と変わらないだろうな。お前なら、騎士と同じく普段から一対一だし」

「だったら、なおさら何になるっていうんだ?」

「一人、お前の喧嘩相手が増える」

「?」

「お前は、相手が強ければ強いほどいいんだろ?」

「それはそうだが……」

まだわからねぇのか。

「なら、アイツとやれるのはお前にとって好都合だと思うんだがな」

僕は遠くの岩の上に座る男を指差す。ヤツはロリ高校生を撫でながら言った。

「ん?オレか?」

つくづく舐めてやがる。今すぐその薄ら笑いを引っ込めろカス……それより今はアマルダのことだ。

「お前もアイツと戦ってみたいと思ってたんじゃないのか?」

「……」

「こっちにはナイトオブナイトってヤツも居る。めっちゃ強えし、いつでも付き合ってくれると思うぜ」

「ほう」

「僕たちと一緒に来い」

「……」

アマルダは答えなかったが、僕に背中を向けてジェラルドを見据えた。それがヤツの答えだった。

「これからオレとお前は仲間じゃねぇ」

「ほう」

「喧嘩相手だ。覚悟しろ」

「本気で言ってんのかよ……」

ジェラルドは大げさに頭を抱えて見せた。それでも歪んだ口元は隠せていない。

「バカだねアンタ。折角いい場所あげたのに」

合法(?)ロリ、ナナ=リオーネが足をパタパタさせながらアマルダを見下ろす。お前は一体どの立場から言ってんだ。

「まあいいけど。どうせジェラルドには勝てないし」

「やってみなきゃわかんねぇだろ」

「そういうところがバカだって言ってんの」

「うるせえぞ!喧嘩もできないくせに」

「そんな野蛮なこと、このレディにさせるつもりなの?」

ん?

「喧嘩できないって、どういうことだ?」

「アイツはこの戦争の参謀なんだ。だからたぶん、最後まで戦うつもりはないと思うぜ」

そういうことか。

「あらあら、もう情報垂れ流してくれちゃって。まあ脳筋のあなたには、その辺が限界だろうけど」

「確かに、オレにお前らの難しい作戦とかってのはさっぱりわかんねぇよ」

アマルダは抑揚の無い声で言う。その向こうでナイトオブナイトが三体の人形どもを一瞬で吹き飛ばした。アマルダはそれを見ていたかどうかは謎だが、決意の篭った目をリオーネに向けた。

「だから、オレは力でお前らを倒す」

「強い人は好きだよ。ジェラルドよりも、なら」

アマルダには悪いが、ジェラルドより強いヤツなんているのか?可能性の時点で、わずかに残されているのはナイトオブナイトぐらいだろう。

次にリオーネは、ジェラルドを見上げた。

「どうするジェラルド?あのバカ、ジェラルドとやる気だよ?」

「そうだな……一応裏切り者だし、見せしめとして叶えてやってもいいな」

「って言っても、ジェラルドはただ立ってるだけでしょ?」

「まあな」

天災。それがジェラルドの攻撃だ。

「よっこらせ」

ジェラルドは怠そうな声と共に軽い動きで岩から降りる。

「離れてた方がいい?」

リオーネの声が上から振る。

「オレはそんなに弱くねぇ」

「ハハ。だよね」

リオーネも笑いながら案外身軽く岩から飛び降りた。

「じゃあ、さっさとやっちゃってよ」

「やるのはオレじゃねぇ。気まぐれな疫病神だ」

「おんなじでしょ」

「オレは疫病神かよ……」

ジェラルドとリオーネの漫才に嫌気がさしたアマルダが口を開く。

「お前らいい加減に」

その時だった。

明らかに流れ弾と思われる弾丸が、アマルダの目の前三センチを通過したのは。

「?!」

さすがのアマルダもこれには一歩後退する。それを見てジェラルドはいつものニヤケ顔を晒した。

「おっと危ねぇ危ねぇ。運が良かったなぁ?」

「このクソッ!」

たぶんジェラルドの運を敵に回すのは初めてだろう。僕が言うのもおかしな話だが、これがジェラルドだ。

「戻ってくるなら今のうちだぞ?アマルダ」

「冗談じゃねぇ!男の二言は豚の寝言だ!!」

「なら、コイツを楽しませてみろ」

そう言ってジェラルドは自分の胸辺りの高さにある少女の頭に手を置いた。

「む、また子ども扱いしたね?」

「事実ガキだろ」

「同い年だし!」

リオーネが十七歳というのは詐欺だろうが、果たしてリオーネを満足させられるほどエキサイティングなバトルになるだろうか。

「さあ、来い」

ジェラルドが挑発のポーズを取る。

「おのれ!」

アマルダの足元からジェラルドの足元まで、一瞬で氷の道が出来上がる。この一本道を滑ればアマルダとジェラルドの距離はゼロだ。でも、アマルダがその橋を華麗に渡りきることはできなかった。なぜなら、

「うぉあ?!」

その途中で、タイミング悪くスケート履の紐が切れたからだ。アマルダは躓く形になって転び、無様にも自ら創り出した氷の橋をジェラルドの足元まで滑った。

「あーあ、言わんこっちゃねぇ……な!」

「やめてぇ!」

ミカの叫びはジェラルドの振り上げた足を止めることはできなかった。

「グフッ!!」

ジェラルドの蹴りをまともに喰らい、自慢の腹筋があるにも関わらずアマルダの口を血が満たす。さらに蹴られた衝撃でアマルダの体が今度は僕の足元まで滑ってきた。

「だ、大丈夫?!」

ミカへの感謝の代わりに、アマルダの口から真っ赤な液体が溢れる。たったの一撃でこのダメージ?アマルダがヤワだってことはないだろうから、ジェラルドの蹴りが強かったか。あるいは、本当に当たりどころが悪かったか。アマルダはもう立ち上がれない。そして僕の思考を相変わらず邪魔するヤツが居る。

「おおー、ナイスシュート。オレ」

「ジェラルドォ……!」

まさかこんなに早くアマルダが戦闘不能になるとは。ナイトオブナイト以外が戦うとこうなるのか。でも、

「次は僕だ」

勝てないことと逃げることは別のことだ。

「へ、いいぜェ。お前と直接やったことは無かったしな」

僕だって命が惜しい。できるだけ長く生きたいが、騎士団に来て半年で、守らなければいけない命は二つになった。これはいいことではなく、どちらかというと悪いことかもしれない。なぜなら、二つ目の命は割と脆く壊れやすい『心』というものだからだ。騎士の場合、心は強くて弱い。強さが現れて、戦うことになればそれは頑丈だが、弱さが見えて逃走すれば途端に崩壊する。しかもたとえ強い心を持ち、戦いに挑んでも、その戦いで肉体が壊されれば意味がない。結局、死にたくなければ戦いに挑んで勝つしかないということだ。

「アマルダの仇なんかじゃねぇぞ」

「そうでなきゃな」

誘ってやがる。

「どうしてそんなに僕とやりたがるんだ?」

「今更だな……まあ強いていえば、乾がお前を買ってたから、だな」

「乾がそんなに大きな存在だったとはな」

「オレらの中で乾に一目置かないヤツはいねぇよ」

そのセリフに対して、リオーネがわたしは違うと主張する。しかしジェラルドの一睨みで黙り込んだ。

「コイツはオレが集めたヤツの一人だからな。一目置くどころか、話したこともないんだ」

「……」

「それは置いといて、そんな風にみんなから人気のあった乾クンが認めてたから、オレも興味があるって話だ」

……乾が僕を買っていたのは、以前戦った名前の無い少年とビアンカという少女のペアが言っていたことだが、その理由は謎のままだ。

「一体……」

「鳳!」

「?!」

僕の問いは、突如上から降ってきた野太い声と日焼けした男に遮られた。

「バルド!」

「どけ!私が行く!」

もうすでに熱くなっている。ジェラルドの姿を見つけてブースターで飛んで来たか。

「お前がベティをやったんだな!」

「はぁ?何のことだ?ベティってヤツのことなら、乾が勝手に心中したんだっての」

やっぱり、岩の牢獄で乾とベティは……。

「うるさい!貴様の存在が、ベティを殺したも同じだ!」

「八つ当たりかよ……騎士の名が泣くぜ?えっと……」

「イークル連合騎士団長、イグレゴール=バルダンテ」

「そう、それだ」

ジェラルドが詰まったところをリオーネが補佐する。参謀は本当なのか。

「騎士だからこそ、仲間の仇は必ず取る!」

「オイオイ……どうして騎士ってのは、こう死にたがりばっかなんだろうな?」

呆れたそぶりを見せながらも、ジェラルドの視線は僕に訴えかける。『コイツをなんとかしろ』……わかってる。僕が止めなければ、バルドもまた騎士道の犠牲になる。

「バルド、やめろ!ソイツとは戦うな。アンタじゃソイツには敵わねぇ!」

「騎士道を忘れたか、側近。勝てるかどうかは問題じゃないだろ」

「……」

わかってる。さっきまで僕もそう思って戦おうとしてたからな。でも、自分と他の仲間じゃ、これまた別なんだよ。

「やめろ。これは命令だ」

「騎士団長と側近なら、高さは同じだ」

ダメ。今回もダメ。前はナイトオブナイトを止められなかった。今度は恩人のバルドだ。単純に残念だ。たぶん負けるであろうバルドも、それを止められなかった僕も。

「……」

「そう言えば、オマエ、私の能力を見たことがなかっただろう?」

「……無いな」

「じゃあ見てみるといい、運なんかに負けはしない」

期待してもいいのか、団長。……。

「悪いが、強者と呼ばれる者に容赦はしない」

「ハイハイ、好きにしてくださーい」

ジェラルドはバルドを舐めている。……。

「行くぞ!」

「頑張ってねー」

ジェラルドはすでに胡座をかいて座り、リオーネを抱きかかえている。なんだそのマスコットキャラは。

そんなジェラルドとは対照的に、バルドはブースターを最初からマックスにする。油断しているジェラルドに向かってまっすぐに突っ込むのは今まで見てきた戦士たちと同じ。だが今までそれでジェラルドにたどり着いた者はいない。案の定、今回もバルドの行くてを流れ弾が阻む。

ジェラルドの口元が不適に歪んだ。常識では絶対に避けられないスピードと体勢だったからだ。

「ぐっどばい。バルドちゃん」

ジェラルドの長い舌が血の匂いを一足早く嗅ぎつけたようにいやらしく動く。今ごろバルドは、走馬灯でも見ているのか。

その後僕に分かったのは、ただ一つ。バルドが弾丸をかわしたということだけだった。

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