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未来へのアプローチ   作者: シマ田 力大
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彼は何を悟るのか

エンジェルメイトの部隊がブラジルのインティア騎士団基地に来るのは明後日、一月二十二日と予想されている。だからラブロフと十数人の騎士、それにビッキーを加えた一団は、明日のうちに向こうに渡ることになる。

「……」

「ビッキーなら大丈夫だよ」

僕の思考は女王によって常に監視されている。

「別に、疑ってるわけじゃねぇよ」

「ウソだ。心の中ではその可能性を捨てきれてないでしょ?」

「……僕は側近なんだ。お前のことを第一に、騎士団のことを第二に考えなきゃならねぇ立場に居るんだよ」

「そうだろうけど、ビッキーは裏切ったりしないよ」

「それはカンか?希望か?」

「両方だよ」

「……そりゃよかったじゃねぇか」

ミカがそう思うならそうなるんだろう。

「じゃあ、今回の戦いはどうなると思う?」

「……ぼんやりとなんだけど」

「何だ?」

「……苦戦しそうな気がする」

「……」

ビッキーが僕たちを裏切らず、イークル最強の盾が出向くにもかかわらず苦戦か。

「相手の数は?」

「う〜ん、いつもよりは多いかな?」

いつもってのは、一人とか二人とかのことだよな?それよりも多いって、あんま参考になんねぇ。

「ごめんね、参考になんなくて」

「……お前って、ビッキーの能力の役割もできるのか?」

「結構できるかも」

「ビッキー涙目じゃねぇか」

「大丈夫。ビッキーほどはっきりとはわからないよ」

「ふ〜ん」

あれ?そういえば、

「ビッキーって、あんな能力だけど戦えるのか?」

ビッキーの能力は情報処理の分野だ。めまぐるしく状況が変わる戦場で役に立つとは到底思えない。

「わかんないけど、ビッキーはイケるって言ってたね」

マジかよ。能力の無い一般人が超人であるミュータントとやり合うのは相当難しい。例えブースターの補助があってもだ。

「ま、そこはラブロフを信じるか」

あの鉛は、速攻性などを考えると攻撃よりも防御に向いている。守護神なら、きっとビッキーを守ってくれるだろう。

「だね。あ、そうそう。さっきラブロフくんから連絡あってね」

「何て?」

「“一般”を十五人ほど借りたいって」

「十五人……いいんじゃないか?」

この騎士団には、奇襲、基地防衛、情報処理など、いくつかの部隊が存在する。騎士たちはその能力によってそれぞれの部隊に配属されるわけだが、“一般”というのは、そのどこにも属さない、オールラウンダーの騎士たちのことだ。例えば、僕たちが騎士になってから二回目の仕事で出会った少女。イギリスの、アレシア=ヴァッセルなどがそうだろう。

「ミカ的には、その十五人ってのはどうなんだ?」

「いい数字だと思うよ。多すぎず少なすぎずだね」

ミカが女王というのは、案外あってるのかもしれない。バルドたちの目に狂いはなかったようだ。

「大方、僕たちの仕事も済んだだろ。後は情報処理部に引き続き分析させて、ラブロフたちの健闘を祈るだけだな」

「うん、そうだね」

情報処理部というのは本当に頼りになる。ミカの能力も合わさって、側近の僕としてはかなり仕事がしやすくなるのだ。

今日はもう終わりだ。明日はラブロフとビッキーを会わせなきゃな。


というわけで翌日。

「こいつがラブロフだ。これでも防衛隊長やってる」

「これでもってなんだよ」

僕はビッキーにラブロフを紹介したが、ビッキーは渋い顔でラブロフを見上げている。わかるぞビッキー。何かラブロフって野生的な雰囲気あるからな。

「そういうわけで、オレが今回の監視役のラブロフだ。よろしく頼むぜお嬢さん」

「お嬢さんなんて呼ばないでください。ワタシは副団長なんです」

「今はただのかわい子ちゃんだぜ?」

「……鳳」

「アン?」

ビッキーは突然僕を呼んで、ラブロフに聞こえない声で言った。

「どうしてこの人にしちゃったんですか?」

「あからさまに嫌がってるな」

「だって、何かこの人怪しいんですもん」

「わからなくもないけど……」

ラブロフだからな。

「でも、一応ラブロフも騎士だし、レディーファーストって意味じゃ、一番騎士道に忠実かもしんねぇぜ?」

「セカンドでいいので人変えてください」

「そうは言ってもなぁ。この仕事自体、なかなか大変で、それなりの実力者じゃないとムリなんだよ」

「ワタシが裏切るとでも?」

「僕はお前を信じてるけど、周りはそれじゃあ納得しないんだ」

「あなたの説得が足りないのでは?」

「八つ当たりだろそれ」

ビッキーはむすっとした顔で後ろのラブロフをチラッと見てため息をついた。

「わかりました。二日ぐらい我慢します」

「悪いな」

「帰ったらチョコレートパフェ奢ってください」

「考えとく」

僕とビッキーはラブロフに向き直り、話を戻した。ラブロフはちょっと不思議そうだったが、それ以上に嬉しそうだった。

「じゃあ行ってくるわぁ」

「さっさと行け」

ラブロフを先頭に、十七人の小隊が飛行機に乗り込む。日本は今冬だから、南のブラジルは夏真っ只中だ。

「ま、安心して見ててくださいよ」

夏と言っても、これは観光ではない。その証拠に、ラブロフは今回、ビッキーの活躍を記録するためのカメラを持っている。別にやましい理由ではない。……ラブロフが正しく使えば、そのカメラはこの日本支部のスクリーンと繋がっていて、生中継ができる仕組みだ。

中型の飛行機のエンジンが回り出す。長い助走をつけて、大空へ飛び立つ。

まあ……なんだ……いってらっしゃい、か?


『認めません!レディの私生活を公開するなど、騎士の風上にも置ません』

生中継で送られてきた最初の映像がこれだった。カメラはテーブルに置かれているらしかった。

『そんなこと言ったってなぁ』

……到着早々何やってんだ。

場所はたぶんアジトの一室だろう。開かれていないスーツケースを見ると、部屋割直後に監視の説明で揉めているようだ。

『ワタシは絶対に裏切らないって神に誓います。だからこのカメラをしまってください!』

『ダメだ。これは仕事なんだぞ』

『そんなこと言って、ただワタシのこと生活を見たいだけなんじゃないですか?』

『お前こそそんなこと言って、カメラしまった途端逃げ出す気じゃないだろうな?』

……はぁ。

「おいビッキー、聞こえるか?」

『鳳ですね?何ですか、今人生の危機なんですが?』

このカメラはテレビ電話にもなるのだ。

「……パフェ二つでどうだ?」

『……仕方ありませんね。あなたがそこまで言うならカメラも許しましょう』

お前の人生安ぅ。マジバカばっか。

『そこのラブロフ!何メモしてるんですか!!』

……バカばっか。ラブロフは死んだ方がいいレベル。

『そんなことより』

人生の危機=そんなこと宣言。

『明日の敵とかはわかってないんですか?』

やっと真面目な話か。

「わかってない。怪しいヤツの接近もない」

『接近してたらわかるんですか?』

「たしか、ラブロフが連れてったヤツの中にミュータントの存在を感知するヤツがいたはずだ」

『そうなんですか、ラブロフ?』

『ああ。よく知ってたな、鳳』

「資料に書いてあった」

『……オマエ、偏差値何ぼだった?』

「高校最後のテストで72」

『クソ、ダブルスコアか』

「お前36かよ!」

本物のバカじゃん!つか、そんなのが隊長ってどうなんだ?

「数もわからねぇが、乾はそこまで人材を持ってないはずだ。フェルマ騎士団のヤツらだって、大半は死体で見つかったしな」

『まあ、オレとビッキーが居れば大丈夫だろ』

『あんまり期待しないでくださいよ。ワタシ、元々参謀役なんですから』

『あれ?戦えるんじゃないの?』

『戦えなくもないですが、能力が能力ですし、あまり得意ではないですね』

「……」

頼んだぞラブロフ。守護神だろ。

『なるべく仕事しろよ』

『わかってますよ』

さあ、明日。ビッキーの疑いが晴れて笑って帰ってこれるのか、それとも防衛隊長もろともブラジル支部が崩壊するのか。どちらかの道が開く。できれば、前者であってほしいものだ。その日一日は、静かに過ぎていった。


突然。

翌午前四時。寝ずの番を続けていたミュータントの叫びでラブロフたちは跳ね起きた。

『来た!けど……え?何だこれ?!うわぁあああああ!!』

スクリーンの側で寝ていた僕たちも、飛び起きずにはいられなかった。

「どうした?!ラブロフ!!」

『今行く!』

ラブロフの持つカメラを通じて聞こえるミュータントの声は、どうやらブラジル支部で放送されている物のようだった。ラブロフがカメラを腰に装着して部屋を飛び出る。その前を、すでにビッキーが走っていた。

『何事ですか?!』

『わからない。とにかく急げ!!』

ラブロフは、悲鳴が聞こえた部屋の扉を蹴破った。

その部屋は日本から連れて来た十五人と、元々いたインティア騎士団の騎士たち合わせて三十人が居た大きな部屋だった。けれど、その時に立っていたのはたった五人だった。もっと言うと、他の二十五人は体の至るところが切断されていて、立っていた五人も現在進行形で襲われていた。何に、か。わからない。この映像からではそれを判断できないほど、その惨劇は一瞬で終わってしまった。立っていた五人の間を白い影が目にも留まらぬ速さで飛び回り、あっという間に死体を三十体に増やしてしまった。

狩を終えて、白い影は満足げにラブロフとビッキーの前に降り立った。

僕にとってもラブロフにとっても、初めて見る相手だった。だが、ビッキーにとっては違った。

『あなたは……』

目玉が零れそうなほど目を見開いたビッキーは言葉を最後まで紡ぐことができなかった。それに対し、降り立った白い影、西洋の騎士が着けるような鎧兜に身を包んだ女は、すらすらと挨拶をした。

『久しぶりだな。ビッキー』


僕は改めて資料をめくった。やはり載っていない。

「誰だ?!」

僕は思わず叫んだ。

『その声……誰だキサマは?』

「イークル騎士団の側近、珞間鳳だ」

『……キサマは?』

『は?オレ?』

女は、最初は僕、次にラブロフを指した。

『その前にオマエが名乗れ!!』

ラブロフらしいな。

『……よかろう。元騎士として答えよう』

正体不明の女は、地球の裏側で言った。

『我が名はカローラ=ベートーヴェン。後はその娘から聞くといい』

カローラ……?!

「オマエまさか……?!」

『ええ。そうですよ鳳。この人は、ワタシたちフェルマ騎士団のリーダーです』

何てことだ!でも、

「でもどうして“そっち側”に居る?!」

『……愚かなキサマらにはわからないかもしれないが、簡潔に答えるなら、乾の言うことに納得し、手を組んだからだ』

全くわからねぇよ。つか、騎士団の元団長が、そう簡単に考えを変えるか?

「ビッキー」

『わかっています。ですが、洗脳などされている様子はありません』

なら、マジで言いくるめられたってことか。

『団長は、名誉に物凄く貪欲な人でした。乾がそれを利用したとしたら』

ビッキーはカローラに聞こえないように説明した。

なるほど。英雄になれるとか適当なこと言ってカローラを捕まえたわけか。乾は嘘を吹き込んだのだろうが、それを説くにしてもまずはやるしかねぇか。

『オレが』

ラブロフが一歩踏み出す。当然か。

『いえ、ここはワタシが行きます』

アン?

『ビッキー……』

『過去の仲間ですしね。ワタシが片を付けます。それに、団長の能力ならワタシの方がよく知っています』

オイオイ……

『ハッ、本気で言ってるのか?弱いオマエが』

『本気ですよ、団長』

ビッキーは静かに言った。

『団長、フェルマ騎士団はどうでしたか?』

『何だそのアバウトな質問は?』

『……騎士団のこと、キライでしたか?』

『……』

『あなたは立派でした。団長として、あなた程ふさわしい人はいなかったでしょう』

『……』

『あの騎士団も、悪くありませんでしたよね。みんなでバカやって、たまにマジメに戦って。仲間が増える度に、ずっとこのメンバーで、いや、もっと増やしてやっていこうって思いましたよね』

『……』

『けれど、それは叶わなかった。アイツが、不幸の化身が来たから。乾の使いが来たから!』

『……ッ』

『ワタシは十分幸せだった!親も兄弟も居なかったけど、仲間はたくさんいた!その幸せを壊した乾なんかのところに、どうしてあなたが行くんですか!!』

『ゴチャゴチャとうるさいんだよォ!!』

突然カローラの体が飛んだ。恐ろしいほどのスピードで、一気にビッキーとの距離を詰める。僕たちが使っているブースターとは比べ物にならない出力。何だあのお化け装備は??

「原子力よ!」

僕の後ろでテルマが叫んだ。何かやつれたか?……それはともかく、

「原子力?」

いわゆる“核”だよな。

「よく見て!相手が背負ってるブースター、オレンジのマークが付いてるでしょ!」

確かに付いてるな。円の周りに扇が三つ組み合わさったようなオレンジ色のマークが。

「あれが核を意味してるんだよ!」

僕たちがこちらで会話している間にも、向こうではすでに戦闘が始まっていた。しかも場面は屋外。でも……何だ?

「オイ、女の能力は何だ?指からビームみたいなモン出てっぞ?!」

『ッその通り!団長の能力は、ビームサーベルを創り出すことなんですよ!!』

ビッキーはカローラの劔をギリギリでかわす。たぶん能力でカローラの頭の中を覗いているのだろう。

つか、カローラの能力、何て物騒な能力だ。まともにぶつかれば、さすがに僕のビアンカでも真っ二つ。物を二つにするために生まれてきたような女だ。僕にとっては天敵となるだろう。

『ラブロフ!』

スクリーンの中のビッキーが地上で見上げている防衛隊長を呼んだ。

『どうした?!』

『その銃をワタシに!』

『え?』

さすがビッキー。ラブロフの持ち物なんてお見通しか。

ラブロフは今回の作戦にあたり、最新兵器を持参していた。それは僕が持たせた、テルマの最高傑作だ。ビッキーは銃と称したが、それは正解であり不正解である。その武器は銃であり剣であり盾である。それはその場に応じて自ら役割を変える、一種のロボットだ。でも、

『これはオマエじゃ使えない!許可が必要なんだ!』

そう。最高傑作が相手の手に渡った場合、それは一瞬にして最高の脅威となる。その対策として、その武器には安全装置が取り付けられていて、イークル、インティアの騎士しか使えないようにロックが掛かっている。その鍵を外すには、こちらのコンピュータから許可を出す必要があった。

『だから!許可をお願いしてるんです!』

『お、おう』

ラブロフがカメラを覗き込んだ。僕もミカと相談しようと振り返った。その時にはすでに、

『許可したよラブロフ君!ビッキーにブルーダイヤを!』

ブルーダイヤ。そんな物聞いたこともないが、テルマが付けた名前だから、何か意味があるのかもしれない。

ラブロフは建物からかなり大きなジュラルミンケースを取って来た。パチパチと留め具を外し、中の物をガチャガチャと組み立てる。完成した『ブルーダイヤ』は砲身一・五メートルほどの巨大なバズーカ砲のようだ。肩からかけられるように長い帯が付いていて、腰にも固定できるように同様のベルトが付いている。使用者が持つ手元には様々なボタンや器具がゴタゴタと並んでいる。

『掴めよ!』

ラブロフが乱暴にブルーダイヤを投げる。空中で回転するそれを、ビッキーは綺麗にキャッチし、素早く肩にかけベルトを締める。そして威嚇するように最初の一発を放った。

まるでアニメのような光景だった。カローラには当たらなかったものの、放たれた紫色のレーザーは触れた物全てを溶かしながら、どこまでも進んだ。やがてどこかに着弾し、物凄い轟音とともに赤い光が球状に広がった。

『感謝します』

ビッキーはその大砲を構えて、カメラに対してお礼を言った。だが視線はカローラを捉えて離さない。

『ほう……いい物を借りたな』

『そうでしょ。羨ましいですか?』

『便利ではあるだろうが……』

カローラは核の力を発動した。

『私には当たらん』

さすがに速過ぎる。狙いを定める暇は無い。

『そうでしょうか』

だがそれは、普通の銃なら、の話だ。天才技術者、テルマ=ローランの最高傑作を舐めてもらっちゃ困る。

ガチャン。ビッキーは迷わず引き金を引いた。その瞬間、ロボットは高速で飛ぶ人影を見据えた。オートロックオン。それがブルーダイヤの機能の一つ。決して捉えられるはずのないスピードを、ロボットは捉える。

『チッ……』

カローラはそれを横目に見て攻撃を諦め身をよじった。ビッキーは連続で引き金を引く。ここでもブルーダイヤは輝く。高速連射と無限の弾数。ブルーダイヤの弾は基本レーザー光線だ。レーザー光線とは、僕の左手の物と同じ、光と熱の塊。光と熱は常に地球に供給されている。そう、太陽だ。ブルーダイヤは周囲のそれを集め、圧縮してレーザーにする。つまり今、太陽が滅びない限りブルーダイヤに弾切れはない。

『面倒だな』

カローラは原子力に緩急を付けることによってブルーダイヤのロックオンを上手く外す。さすがと言うべきか、カローラのブースターの加速力も半端ではない。

『そうか』

カローラは呟いた。

『オマエもそこまでになったか』

『それが何か?』

『それなら』

カローラの目つきと共に、ブースターから出る光が青く変化する。カローラの背中で翼のように大きく広がる。核と呼ばれる物の力を、最大限に引き出した証だった。

ブルーダイヤは突如としてその弾丸の対象を失った。騎士団の技術力の結晶であるカメラが、相手の存在を見失った。

「速いッ!!」

何だあのスピードは!肉眼どころか、カメラでも満足に捉えられないほどとは。

『ッ!』

ビッキーが思わずたじろいだ。その瞬間をカローラは見逃さない。

『消えろ』

ビッキーは後ろからの声を聞いた。遅れてその主の存在が情報として入ってくる。そしてその時にはすでに、カローラの力は振り下ろされていた。

ガギィッ!

金属同士がぶつかる鋭い音がして、カローラの鎧に包まれた腕は受け止められた。カローラのズバ抜けたスピードについていけたのは、ブルーダイヤというロボットだけだった。

『チィッ……!』

カローラはあからさまに苛立っていた。きっとプライドの高いカローラにとって、戦闘の苦手なビッキーごときに手間取らされているのは相当癪に障ることなのだろう。まあ実際、ブルーダイヤが無ければ今ごろビッキーは八つ裂きだろうが。

『決着をつけましょう』

ビッキーは振り向き、すぐそこにいる元上司と目を合わせて言う。そして自らの意志でブルーダイヤの形を変えた。それは二本の太刀。左手に持った方は短く、右手は長い。二刀流の創始者、宮本武蔵と同じスタイルだ。

『行きます』

『望むところだ』

二人の女戦士は、空中で激突した。


普通なら、さすがのブルーダイヤもビームサーベルに敗れ、ビッキーは地に伏していただろう。だが、

『グ……ハッ……』

実際に地に伏していたのはカローラの方だった。ビッキーは最後の最後まで能力を使い続けていた。ひどく苛立っていたカローラは、自分の思考が透視されていることを見落とした。その結果、スピードに任せた直線的な攻撃をビッキーに見破られたのだった。

『安心しろ、峰打ちだ』

ビッキーは地面に足を付けて言った。それからはにかんで付け加えた。

『なんて、一度言ってみたかったんですよねぇ』

こっちでは、ミカが飛び上がって喜んでいた。ビッキーは勝利し、本当の信頼を得たのだった。でも、まだ終わってはいなかった。カローラは、すでに騎士を卒業していたのだ。

『認めない……認めないぞ!!』

『なっ?!』

倒れていたカローラは動かない首を動かさず、ブースターに意志を伝えて、その力だけで飛んだ。

『往生際が悪いぞ!』

『うるさい!傭兵に美学などあると思うな!』

ラブロフの言葉も届かない。それを見上げて、

『……いいでしょう。気が済むまで痛めつけてあげますよ』

ビッキーは静かに飛んだ。正真正銘、決着を付けるために。

『そうだ……まだ……まだ……!!』

カローラは肩で息をしながら上がらない首をそのままに、ビッキーを睨みつける。ビッキーが刀を構えた。だが、

『ハイザ〜ンネ〜ン。オマエの出番はここで終わりで〜す』

突然第三者の声が割り込んだ。本当に声だけ。それは、カローラの背負ったブースターから聞こえていた。そして僕たちはつい最近、その声を聞いていた。

「ジェラルド?!」

『久しぶりだなぁ、珞間鳳』

カローラの背負ったブースターに取り付けられた通信機から聞こえてくる声の主は、神の子ジェラルド=ハーンだった。

『何だジェラルド……邪魔を……するな』

カローラはビッキーを睨んだまま、通信機に反論する。 だがジェラルドは言った。

『いいや、もう終わりだ。オマエは負けたんだ』

『まだだ……ワタシは神になるまで……負けるわけには……』

神?

『は?……フッ、アハハハハハハァ!』

『……何がおかしい?』

まったくだ。突然割り込んできたと思ったら、カローラを鼓舞するどころか逆に突き落として、突然笑い出すなんて。

『いやいや、まさかオマエ、本気で神になれるとでも思ってたのかよ?』

『……え?は?どういう……』

『オマエなんかが、神になれるわけねぇだろ』

ラブロフの得意げな顔が浮かんでくるようだった。

『神になるのはこのオレだ』

『……』

カローラは声を出すことすらできないようだった。ひどく混乱した様子で、目を見開いている。

『それと、敗者に帰る場所があると思うなよ』

刹那、カローラの顔から表情が消えた。そして弾かれたように、胴に巻きつけてあるブースターのベルトへと手を伸ばした。

『あれ……?あれ……?』

?何をやっているんだ?

『……外れない』

は?つまりあれか?外側から何者かにロックされて、核を積んだブースターに縛り付けられてるってことか?

『最後にオマエに希望をやる』

慌てるカローラの背中でジェラルドの声がする。

『そいつらを巻き込んで死ね。オマエは二人も殺した英雄になれるぞ』

『イヤ……イヤ……英雄じゃなくてもいいから……生きたい……!』

『わがままだなぁ。仕方ない、外してやるか』

カローラの顔に再び光が戻る。だが次の瞬間、それは粉々に砕かれた。

『とか言うと思ったかバーカ』

『……え?』

『さあ、クライマックスだ』

カローラのブースターが光った。放射能を撒き散らす核の爆発。カローラが背負っていたのは、史上最凶の自爆用爆弾だったのだ。

『グッバ〜イ』

『イヤァアアアアアアア!!』

カローラの悲痛の叫びを最後に、スクリーンは光を映すのをやめた。


僕たちは静寂に包まれた。誰もが予想外の展開に言葉を失った。スクリーンに光が戻ることはない。僕たちは遠く離れた国の惨状の想像した。

「どうなったの?」

ミカが辺りを見回す。誰も答えない。答えられない。

「ラブロフ……ビッキー……」

誰かが英雄の名を呟いた。最後まで戦い続けた勇敢な戦士の名を。

「クソが……クソがァ!」

どうして、どうしてだ?アイツらは勝ったのに?どうして!相手が卑怯だった。騎士の精神をこけにしやがった。

「許せねぇ!」

「落ち着きない、鳳」

腕を組んだベティが静かに言う。

「でも!」

その時だった。

『あー、あー、テステス。聞こえるか?』

え?オイ。

「……ラブロフか?」

『その通り。いやぁ、危なかった』

「危なかったじゃねぇよ!どうやって生き残った??」

声は聞こえるが、いまだにスクリーンは真っ暗だ。

『爆発が起きる前にオレが作った鉛のシェルターに避難したんだ。鉛は放射線をカットするからな』

「よく知ってたな。偏差値36のくせに」

『自分の能力だぞ。当然だ』

『とか言って、ワタシが教えるまで知らなかったじゃないですか?』

『ちょ、ビッキー、それは言わない約束だろ?!』

「ビッキーも居るのか?」

『ええ、居ますよ。何とか』

「なぜかはわからねぇが、こっちからじゃそっちの様子が見えないんだ」

『ああ、それは単純に真っ暗だからだ。なんせ今、鉛の球の中に居るからな』

「じゃあそこから動けないってことか?」

『いや。球は二層構造になってて、外の層が回転してるから中は水平を保ったまま移動できるってわけだ』

「なるほどな」

地味によくできてるな。

『ビッキーの発案だけど』

「そりゃそうっスよね」

ラブロフだからな。

『今物凄く失礼なことを言われた気が』

「気のせいだろ」

『気のせいだな』

よかった。頭の中常にお祭り状態で。

「それよりも、ただ暗いだけならカメラのとこについたライトで何とかなるんじゃないか?」

『え?そうなのか?どれどれ』

スピーカーからガサガサと音がする。ラブロフがカメラの周りをまさぐっているのだ。しかしその音は途中で止まった。

『……何だこれは……?!』

「オイ、どうした?」

ラブロフの声色からしてただ事ではない。

『何か居る。それも、物凄い数だ』

「何かって何だ?つかどこに?」

『この球の外に、たぶん人だ』

「どうしてわかる?」

『オレにとっちゃ、鉛も体の一部みたいなモンだからな。何かに触れれば気づく』

「てことは、今触れてるのか?」

『ああ。全方位でな』

「つまり、“何か”に囲まれてると?」

『そういうことになる』

「何とか正体を掴めないのか?」

『オレの能力じゃ無理だ。ビッキーなら……って、どうしたビッキー?』

ここでスクリーンにぼんやりとした明かりが戻る。ラブロフがカメラのライトを探り当ててビッキーを映したのだ。暗闇の中に、ビッキーの見開いた目がはっきりと映った。

『ひ、人が……凄い数……五百……いや、千?』

「何?」

僕はこの時、ビッキーの能力が多少の壁を越えて透視できるということを初めて知ったが、今はそんなことどうでもいい。

千だと?

「そいつらはお前たちに敵対してるのか?」

乾の戦力はまだ十分とは言えないはず。千などという数、準備できるわけない。

『それがおかしいんです……みんな……』

「みんな?」

『みんな武器を持ってるんですよ……』

「え?」

それはつまり、僕たちイークルに対する敵意の証。

「何とかその場から……」

僕がラブロフに指示を出そうとした。その時、


ガギーンッ!


「どうした??」

金属と金属が激しくぶつかる音がスピーカーからこだました。

『誰かが外からこの球を叩いたんだ!』

攻撃開始という訳か。

「でもお前のシェルターがやられることなんて」

タイマンの時あれだけ苦しめられたんだ。そんな簡単に破られてたまるか。

『それがダメだ!人間の力じゃない!ヤバイ!本当にヤバイ!』

オイオイ嘘だろ?そんな何者かもわからないような連中に囲まれてて、唯一わかることがメチャクチャヤバイっていう現状だけだなんて!元フェルマ騎士団長の登場から、ここまでの展開が急過ぎる。

薄暗かったスクリーンの一部に光が映る。この光は朝日だ。まるで卵から孵る雛の視点のよう。でも、唯一違ったのが、生まれて初めて目にしたのが、親鳥ではなく獰猛な猛禽だったことだ。

『ウォワァアアアアアアアアアアアア!!』

ついに鉛のシェルターは破られた。最後にスクリーンに映ったのは、手に斧を持った見知らぬ痩せこけた男の顔だった。


「オイラブロフ!返事しろ!」

何をやっているんだ僕は。テレビに感化されすぎじゃないのか。いや、それでも、叫んでしまう。どうしようもなく。通信は途切れているとわかっていたけれど、それでも信じられない。信じたくない。

「いったい……」

言うべき言葉が見つからないとは、こういう状態を示すのだろう。なんて厄介なことなんだ。

「マズイですね」

静か過ぎるその場を仕切ったのはナイトオブナイトだった。

「ブラジル支部の騎士たちと、日本から連れて行った騎士たち合わせて三十人は皆殺し。防衛隊長と、第三勢力の要は消息不明」

消息不明?あれで生きている可能性があるとでも?

「アンタは見たか、あの男の目を?何かに取り憑かれたような死んだ目を!」

僕の脳裏には先ほどの斧を振りかざした男がまざまざと残っていた。

「ええ見ました」

「あの男が二人を生け捕りにするとでも思ってんのか?」

「可能性を否定するのはまだ早いでしょう」

「……だといいがな」

それは極めて低いだろう。

「とにかく、こんなところではなんです。一度会議室にメンバーを集め、詳しい話し合いを開くべきでしょう」

ベティが通信機を手に取る。そして一言二言、話をして電源を切った。

「それじゃあ行きましょう」

僕たちはナイトオブナイトの早足に黙ってついて行った。


「皆さんもご存知の通り、防衛隊長のラブロフと元フェルマ騎士団副団長のビッキーが、任務遂行後に何者かに襲撃されました。安否は不明です」

「信じられねぇな。あのラブロフのシェルターを破るなんてよ」

「とにかく今は、その時何があったのか、彼らは無事なのかを調べる必要があるでしょう」

「何があったのか……か」

「はっきり言って何もわからねぇな。カメラはずっと暗闇だったし、他の仲間は全員殺されちまって、見てたヤツもいない」

「わかるのは相手の数と、そのうちのたった一人の顔だけか」

ビッキーの話だと千だったな。相変わらず馬鹿げた数字だ。この日本支部に居る騎士たちが約五十人。イークルとインティアの騎士全員を合わせても五百人程度だ。

「そもそもこの世界にそんなに多くのミュータントが存在していたとは」

「千のうち全員がミュータントとは限らないでしょう。シェルターを破った前衛だけがミュータントである可能性は?」

「そちらの方が無いでしょう。我々騎士には、オモテ社会を巻き込まないという暗黙のルールがあります。もし巻き込めば、本当に戦争が始まりますよ」

「じゃあ千人全員がミュータントだと?絶望的なんてモンじゃねぇぞ!」

いつもよりかなり激しい論争だ。それだけ事態が緊急で、切羽詰まっているということ。

意見のぶつかり合いの中、バルドが静かに口を開いた。

「相手は騎士をやめた男だ。何をしてこようとも、不思議ではない」

「……」

一瞬、空白がその場を支配した。バルドの言ったことが、馬鹿げていたとか、理解できなかったとかではない。バルドの言うことは正しかったし、理解できるものだった。しかし、その意味するところが、騎士たちにとってはニューワールド過ぎたのだ。

「……難しい」

誰かがつぶやいた。全くもってその通りだ。

相手が騎士ならば、その精神から行動を拘束され、動きをある程度絞り込むことができる。しかし今回の相手は騎士ではない。何にも縛られることなく、あらゆる戦法をとることが許される。まして相手は乾だ。人道という言葉すらも、ヤツの前では意味をなさないだろう。だからこそ、ラブロフたちの身が一層案じられる。

「情報処理部は?」

ベティが隊長ルークを見る。ルークは垂れ目をさらに垂れて首を振った。

「すみません。ある程度の予測は組み立てていたのですが、千人という新たな戦力の参入は想定外でして」

ここで情報処理部を責めるのは理不尽というものだろう。追加で千人など、誰も予想できまい。

「情報処理部が予測できないほど、乾は突然戦力を用意できたのか?」

僕の問いかけに応えたのはナイトオブナイトだった。

「千人をいきなり用意するのは無理でしょうね」

「と、なると」

「我々の持っていた情報が間違っていた?」

もともと僕たちが信じていた情報は、情報処理部が計測と計算を交えて弾き出した信憑性の高い数字だ。それが覆されると、僕たち騎士団の誇りに傷をつける。

「もう一度、今回のことを踏まえて計算し直せないのか?」

「できなくもないですが、ほとんど無駄でしょう。千人が千人とは限りませんから」

千のうちどれほどが脅威となる力を持つミュータントなのか。僕たちはその辺りの情報を全く持っていない。

「じゃあまた今までの情報を」

ベティがそこまで言った時だった。

「失礼します!!」

会議室のドアが勢いよく開かれた。若い騎士が一人、息を切らして立っていた。

「どうした?」

バルドがその騎士を見すえる。重役会議の名の通り、重役以外は参加を許されない会議だ。その場に乱入してくるとは。

若者は必死な顔で言った。

「テレビを!テレビを見てください!」


僕たちは会議室に備え付けてあるテレビの電源をつけた。画面が表示された途端、僕たちは若者の必死な形相の意味を悟った。

『君たちも気づいているだろうが、この世界は破滅に向かっている』

どこかで聞いたことのあるフレーズ。そう、あれは、この人物が僕たちの通信機を乗っ取った時に言っていたものだ。

「何をやっている乾!」

なんと、乾は早速暗黙のルールを無視してテレビ出演などをしていた!しかもどのチャンネルをかけてもデカデカと乾の顔が映るため、他の番組の放送に、無理に割り込んだのが分かった。

『それはこの世界から神が居なくなったからなのだ。我々はこの世界を守りたい。そのために、神の復活を望む。そして我々は神を復活させる手段も持っている』

僕たちがいくら抗議しようが、一方通行なマスメディアであるテレビに対してでは意味がない。

さらに乾は、この後驚きの行動に出る。

『神とは力の集合体である。そして今、この時代に、散り散りとなった神と呼ばれるべき力が、現世に浮き出て析出している。その結晶の一つが私。見よ。この力を』

そう言って乾は画面の中に映る窓を一枚、手を触れずに粉々に割って見せた。

これは能力の実演。いったい何が目的だ?!

『君たちも世界を救いたいとは思わないか!いや、この際理由などどうでもいい。憎い相手を殺したいでも、英雄になりたいでもいい。力を欲する者、私の下に集え!それが世界を救うことに繋がるのだ』

乾の演説はここで終わった。一瞬のノイズの後、乾の妨害によって途切れていたニュース番組が、混乱の中再開される。キャスターの後ろでは、ディレクターがせわしなく動いているのが見えた。

『えー、映像が乱れました。少々お待ちください』

キャスターが平然を取り繕っているのが痛々しいほどよく分かった。そんな努力家には目もくれず、

「なんだこれは!」

特殊工作部隊長のイーサンが机を叩く。もちろん乾に対しての怒りだ。

「何が起きるか分かっていないのかバカめ!!」

さっきも言った通り、騎士たちがオモテ社会と繋がりを持てば、必ず戦争が起こる。力の無い者のうち、ある者は力を恐れ、ある者は力を欲し、ある者は力にすがる。様々な思惑が衝突し、世界全体を巻き込んだ第三次世界大戦の始まりだ。それが見えているからこそ、僕たちはオモテ社会のまともな人間たちとの関わりを絶ってきた。それなのに、乾のヤロウ、能力の存在をよりにもよってテレビなんかでアピールしやがった。しかもここでまで仲間集め。これは死刑だろ。

「乾の行動はミュータント失格ですが、我々に対してはかなり有効な“攻撃”ですね」

「どういうことだ?」

ナイトオブナイトは答える。

「我々は騎士として、弱者を戦いに巻き込むわけにはいきません。しかしエンジェルメイトにはそういった制約が一切ない。つまり、ミュータントではない人々を、力をエサにして容易に集め、利用することができる」

なるほど。力を欲する者はそのエサに簡単に食いつくというわけか。

「でもまだ撒き餌もしてないだろ。いくらなんでも、さっきの放送だけだとエサの信憑性に欠けるぞ」

それに答えたのはナイトオブナイトではなく、テレビだった。

『えー、続報が入って来ました。東京を含む各地で、先ほどの宗教グループによる怪しげな力の実演が行われている模様です。現場と中継が繋がっています。中川さん』

『はい。こちら、実演場所の上空なんですが、ここからでも、様々な色の光が、宗教グループの関係者と思われる男の手の上で舞っているのが見えます。信じられません』

『作り物である可能性は無いんでしょうか?』

『はっきりとはわかりませんが、こちらからだと特殊な機器などの存在は確認できません』

『はい、わかりました。何か動きがあればまた伝えてください。みなさんも、現場にはくれぐれも近づかないよう注意してください』

……エサは撒かれた。後は小魚たちが網にかかるのを待つだけだ。でも、まだ間に合う!

「行ってくる」

「どこに行くのですか?」

「決まってるだろ!止めてくるんだよ!」

僕は制止するナイトオブナイトを睨む。

「街を戦場にするつもりですか」

「じゃあ、黙って見てろって言うのか?」

よくあるアニメなら、「もう手は打ってあります」とかって来るのだろうが、この物語はダメな物語だ。ナイトオブナイトは一言。

「そうです」

「テメェッ!」

「仕方ないんです。我々が行けば、必ず戦闘になります。テレビのヘリコプターが飛んでいる中でミュータント同士の戦いが始まれば、それも一つのエサとなるでしょう。それよりは、ここで綿密な対策を練っていた方がいいと思います」

「ッ……クソ」

どうして力がある僕たちなのに、何もできないんだ。

僕は乱暴に席に座り直した。

「じゃあ、どうすればいい?」

ナイトオブナイトが正面に座る。

「まず、いくつかある謎を解決することから始めましょう」

「謎……」

たくさんあるな。

「時間順に追っていきましょう。一つ目、スパイ問題」

よく知ってるな。

「僕たちがアメリカに行くことを、乾がどうして知っていたのかだな」

「二つ目、通信干渉問題」

僕たちの通信機が乗っ取られたヤツか。あの時乾は、さっきと同じようなことを言っていた。

「三つ目、度重なる無駄撃ちとも思える襲撃」

確かに、騎士団の支部を落とすには毎度毎度少な過ぎる人数だ。

「そして最新の謎、千人の戦力と、乾の狙い」

「……」

わけがわからないことが多い。一つ一つ解決していくしかないか。

「一つ目については、スパイの存在はおそらく間違いない。だがそれを見極めるのは難しい。見つかったとしても混乱を招くのは避けられない。乾が動き出した今、それは理想的じゃない」

「そうですね。結果として、今まで通り情報のやり取りに最新の注意を払って、スパイに情報を握らせないことが重要でしょう」

これはここにいる重役たちがスパイではないと仮定したものだ。もしこの中に犯人が居れば、僕たちはお終いだ。

「二つ目に関しては?」

「通信機はテルマがさらに改造を施したから大丈夫だろ。僕たちが持ってきた通信機は、一瞬とは言え相手の手にあった物だ。何か細工がしてあったのかもしれないな」

「ということは、二つ目は実質解決したということですか?」

「そうなるな」

「わかりました。では、襲撃については?」

「それはさっぱりだな。乾の目的っつーモンが見えれば意味もわかるだろうが」

「目的を見つけるのは、意味を見つけるのと同じくらい手間がかかりますね」

……そういえば、

「目的といえば、乾は演説の度に言ってるよな。神の復活がどうこうって」

「神……ですか」

「アンタはどう思うんだ、ナイトオブナイト?」

「私は神の存在を信じませんが、知識としては持っています。神話や伝説などについての記載もいくつか知っています」

「その中で何か参考になりそうなのは無いのか?」

「あるにはあるのですが……」

「何だよ?はっきりしないな」

「……神に関する記述は昔の石碑にもあるのです。が、それはまだ解読されていないんです」

「あ?騎士団の技術でもダメなのか?」

「ええ。解読できるのは、最初の二、三行だけで、後は何もわかりません」

「……」

その石碑の内容は気になるが、それが乾の行動の根拠になっている証拠が無い以上、その解読に時間を割くのはリスクが高いか。

「じゃあ最後だ。これが一番緊急で難解だろうな」

「ええ。千人がどこからやって来たのか……ですね」

「はっきり言って、これもちんぷんかんぷんなわけだが」

「とりあえず、相手がミュータントなのかということからですね」

「前衛は間違いなくミュータントだ。あのシェルターを叩き割るなんて、人間の力じゃねぇ」

あの斧を持ってた男もその一人ということだ。

「私の考えでは、千人全員がミュータントだと思います」

「ハァ?!」

いきなり何言ってんだコイツは?!

「お前、あの数のミュータントを乾が集めたってことか??」

「もしくは、創り出したか」

「創り出したァ?!」

いや、ちょ、オイ。

「あくまで推測ですよ」

「詳しく話せ」

「……これまでの件は、乾が能力を移し替える、もしくは増やす手段を持っていると考えれば、筋が通ります」

「増やす?」

「はい。誰かの能力を、別の人間にも与えるということです」

「そんなことが可能なのか?!」

「わかりません。聞いたこともありません。ですがそう考えなければ、乾の行動は理解できないのです」

……仮に、乾が能力を動かす手段を持っているとしたら。あの千人は、どこからか連れて来た一般人たちが、ミュータントになった姿、ということか。いったいどこから?

「これも推測ですが、人材なら居るんですよ。路上に、居なくなっても気づかれない人々が」

「ホームレスか!」

なるほど。ホームレスなら手間も金もかからないし、かき集めれば千人ぐらい居る。あの斧を持った男が痩せていたのはそういう理由からかもしれない。

「それを応用すれば、乾の言う“神”を生み出すことも可能かもしれませんね」

神は力の塊だったか。そして、散り散りになった力の欠片がミュータントになったと。その理屈だと、神は僕たちミュータントの力を一つに集約することで生み出すことができそうだが。

「やっぱり、その乾の持ってる手段ってのを調べてみる必要がありそうだな」

その手段によって、能力を集めることの難易度は大きく変わる。例えば、相手を説得して協力させるのが手段の過程としてあるなら、それはかなり難しいことだし、極端な例だと、相手を殺すだけで能力をコピーできるなら乾からすれば楽な方だろう。

「それに関しての文献は?」

「聞いたこと無いですね。そもそも騎士に関してはともかく、能力の関して書かれている物は見つかっていないと思います」

「じゃあ乾に直接聞いてみるしかねぇか」

「どうします?」

「……敵の尖兵が道端でパフォーマンスしてるっていうのにな」

「……仕方ありません。ベティさん、お願いできますか?」

「アン?ベティに何お願いすんだ?」

呼ばれたベティはすでに覚悟を決めた顔をしていた。僕の疑問に、ナイトオブナイトが答える。

「確かに相手が動いてるのを指を咥えて見てるというのは気持ちがいいものではありません。そこで、相手を止めようと思うのですが、大事なことは、相手と派手にやらかさないこと。そして、テレビになるべく映らないことです」

「そんなの不意打ちじゃなきゃムリじゃね?」

「そこでベティさんの出番なんですよ。あなたもベティさんの速さは知っているはずです」

「……」

確かに初めて会った時はヤバかった。初対面の僕に向かって、いきなり目にも留まらぬ速さのラリアットをかましてきたんだ。まあ確かにあのスピードならテレビに映る前に決着を付けられるかもしれない。

「……じゃあ頼むわ。ベティ」

「任せなさい」

ベティは胸を張って応えた。

僕はまだ残っていた若い騎士に言った。

「相手のパフォーマーの正確な位置をテルマに調べさせろ。それからこの基地の守りを固めろ。相手の反撃がある可能性を視野に入れるんだ」

「りょ、了解しました!」

若い騎士は少し驚いたように元気良く返事をした。何に驚くっていうんだ。

「フフ、そりゃ驚きたくもなるわよ」

「何にだよ?」

僕は隣に並んだベティの顔を見る。なんでニヤニヤしてんだよ。

「こんな若造が側近で、それが案外しっかりしてるんだから」

「ケッ、失礼な話だ」

まあ一応褒められてるのだろう。つか、昔からアフォなミカの世話をしてきたのは誰だと思ってる。

「今ものすごく失礼なことを考えなかった?」

「居たのかミカ」

女王のくせに会議で一度も発言しなかったからな。

「ミカはアフォじゃないし」

「考えてねぇよそんなこと」

「昔もしっかりしてたし」

「今も昔もアフォだろ……あ」

「今のは確実に失礼だ!」

「やめろ!この服新しいんだって!」

「女王に向かって無礼な口を聞く側近は死んじゃえばいいんだよ!」

「僕が悪かった!だからそのペンチをしまえ!つかどこから持ってきたんだ!そして何に使うんだ!」

「ペンチならなんでも引っこ抜けるんだよ!」

「さすがの僕でも痛いからやめろ!」

ふぅ、あの若い騎士が居なくてよかった。この状態を見られたら命令も下まで通らないかもしれない。

「まずは舌から行くよ!」

よし。逃げよう。

僕はこの時少しだけ、自分が癒されているのに気づいた。そして、自分にMの気がないことを切に願った。


ミカの魔の手を逃れた僕は、各隊長たちと一緒に作戦の動向を見ていた。ここでもテルマ作の無人カメラロボットが、ベティを追って撮影している。現在そのカメラとベティは、この基地からそう遠くない場所に居る。そして、いよいよ敵と対面だ。

「大胆に行けよベティ。仕留め損ねるとえらいことになるぞ」

『了解よ』

ベティ深呼吸して、光を手玉に取る男の前に姿を現した。

『何だお前は?』

若い男が光遊びを止め、ベティと対峙する。ベティは相手の質問に早口で答えた。

『イークル騎士団のベティ=グリフィスよ。あなたに勝負を挑むわ!』

すると若い男は、なぜか合点がいったように手を打って応えた。

『よしいいぜ、来い!』

来い!って言い終えた時にはすでに、ベティは地面を力いっぱい蹴っていた。その力でコンクリートには穴が空き、ベティの体は弾丸のように若い男の方に飛んで行く。

『ちょっ!』

『イッケェエエエエエ!』

『ゲフッ!』

ベティの右拳が、若い男の腹を捉えた。男は力を無くし、気を失う。ベティはそのまま肩にその男を担ぎ、登場と同じように地面を割って飛んだ。僕たちはその様子をテルマのカメラと、テレビのカメラとの両方で同時に見ていたが、テレビのカメラはテルマを捉え切ることはできていなかった。

「よし!」

僕は拳を握った。さすがベティ。作戦通りに仕事をやり遂げた。テレビでは突然の何かの登場に大騒ぎだ。

いやはや、仕事が早い。

ガシャーン!

「ただいま」

「……」

帰りも早い。ベティに担がれた男は、まだ意識を取り戻していない。

「地下に連れていけ。情報の引き出し役は任せる」

「はぁ……了解」

人使いが荒いとでも言いたそうな顔だな。まあそれなりに自覚はあるが、緊急事態なので勘弁してもらおう。


それからベティと男は地下に降り、そこでこんなやり取りをした。

「私と勝負して、勝ったらここから逃がしてあげるわ。その代わり、負けたらエンジェルメイトのこと、全部話してもらうわよ」

「そんなことしなくても、情報ならくれてやるっての。ほら、手紙だ」

「手紙?」

男は懐から折り曲げられた一枚の紙を取り出し、ベティに差し出した。ベティはそれを受け取り、内容を見て言葉を失った。

「乾が、私に?」

「そうみたいだな。いったいどんな関係なんだ?」

ベティはその質問には答えず、文面に目を走らせる。

「『二月十四日、エアーズロックの頂点で』……果たし状?」

「みたいだな」

男は無視されたことを気にする様子も無く、気さくに答える。

「よくわかんねえけど、乾は楽しみにしてたぞ」

「……」

ベティはまたしても男を無視し、文章の続きを追う。

「『そこで人質を解放しよう。バカ正直なお前たちだ。来ないことはないと思うが、万が一逃げた場合、人質の命は無い。来てほしいのは、ベティ、ミカ、鳳。この三人以外が来た時点で、人質の首を跳ねる。楽しみにしているよ、ベティ』……」

人質……。ラブロフとビッキーは生きているようだ。それはプラス要素だが、何せ身分が身分だ。安心できる状態じゃない。そして今回の決闘。人質を使うようなヤツが、一対一の場面を正々堂々用意するとも思えない。来る人間を指定しているのも怪しい。ましてその中にはイークル女王も居るのだ。下心満点に決まってる。そんなヤツの所に、女王を連れていけるか。

「その日まではあと二週間以上ある。よく考えて決めろよ」

「ええ……そうさせてもらうわ」

「よし、これで俺の任務は終了だ」

パフォーマンスをして、イークルに捕まり、手紙を渡すこと全てが仕事だったってか。笑わせる。

「で、俺はどうなるの?」

「どうしろって言われてるの?」

「それが何も言われてないんだ」

「じゃあ、ずっとここに居ることになるわね。監視付きで」

「ハハハ……」

男は乾いた笑いを発して立ち上がった。元々手錠などはされてなく、警察署の取調室のような所だった。これも騎士としての配慮だったのだが、甘かった。

「監視はゴメンだ!」

「なっ!」

男は手のひらで光の玉を作った。その光は先ほどのパフォーマンスとは打って変わって、スタングレネードのように視界を白く塗りつぶした。その場に居たベティはもちろん、地下の監視をしていた騎士もやられ、監視カメラを通じてその様子を見ていた僕たちも、途端に白くなった画面に唇を噛んだ。画面からは人が走る足音だけが聞こえた。男がこの隙に脱出しようとしているのだろう。このまま外に出られたらこのアジトの情報が漏れてしまう。

「誰かヤツを止めろ!」

基地内はすでに大混乱だ。男は出口に向かって一直線に走っているに違いない。ヤバイな。

「誰か……」

僕はそこで気づいた。騎士最強のあの男が居ない。ナイトオブナイトが行ったか!

「男を見つけました!出口のすぐ前です」

ある騎士が報告に来た。

「よしそこの監視カメラを繋げろ」

スクリーンにロビーの映像が映る。予想通り、エンジェルメイトの男は、インティア騎士と対峙していた。

『何だお前は?』

男が身構えた。出口を目の前にして、かなり焦っているように見える。

『私はアーサー=ブラッドレイ。あなたのお名前は?』

『はぁ?んなことどうでもいいんだよ!さっさとそこをどけ!』

ナイトオブナイトは男の返事にため息をついた。

『まったく……礼儀もなっていないとは』

『ごちゃごちゃとうるせえなぁ!そこを通せぇえ!』

男が手を高く突き上げ、そこから直視不能な閃光を発生させる。スクリーンは再び白一色となる。しかし声は聞こえる。これはナイトオブナイトの声だ。

『あなたは死んだ方がいい』

『へ……?』

スクリーンに徐々に色が戻る。そこで目にした光景に僕は思わず息を飲んだ。

ドサッ。男の首の無い体が倒れた。男は首を鋭い何かで切られて死んでいた。首は目を見開いたまま体の横に転がっている。ナイトオブナイトは足元に伝う男の血を何らかの魔法で球状にして床からどかし、空気に溶かした。

……何つーか、スゲェ。

『任務完了しました。これから戻ります』

ナイトオブナイトは監視カメラに向けて言った。でもこの時、部屋に鍵をかけたくなったのは僕だけではないはずだ。


ナイトオブナイトが帰ってきた後、僕たちは会議の続きを始めた。議題はもちろんさっきの乾からの手紙。あれはイークル宛てというより、ベティ宛てのようだった。

「人質を取られている以上、行くしかないでしょう」

「女王に同行していただくのはいささか危険な気がしますが?」

「ラブロフもイークルの騎士だ。自分が何をすべきなのか分かっているはず。女王が危険を犯してまで取り引きに応じることは望まないだろう」

「私がラブロフの立場でも、そう思うでしょうね」

何となくその場が拒否の方向に傾いていた。それはつまり、ラブロフが救われない、見殺しにされるということ。そんな解決策を、少女が許すわけがなかった。

「ミカは行きます。ラブロフ君とビッキーを、見放すわけにはいきません」

「しかし……鳳、側近として、何か言ってくれないか?」

やっぱりそう来るのか、イーサン。でも僕は、アンタが期待するような答えはできないな。

「女王がそうすると言うなら、僕はそれに従う」

その場がどよめく。まあ予想通りだ。収拾を付ける予定も無いけど。

「ベティ、お前はどうだ?」

さあ、加勢してもらおうか。

「……私は乾と決着を付けます。そして、ラブロフも救いたい。さらにわがままな私は、女王にも無事でいてもらいたい。そのために、私がいる。鳳がいる。何が待っていようとも、私たちならわがままを突き通せると信じている。それが私の騎士道です」

「……」

さすが、ナイスプレイ。会場の傾きをゼロに、そして一気に反対側に傾けた。

「……ふぅ」

バルドが息を吐く。ナイトオブナイトはにこやかな表情で僕たちを見ていた。

「それならベティたちに任せよう」

バルドの一言で、この論争は幕を閉じた。


早々と決着を付けた僕たちは、前よりも数段グレードアップした自室、つまり王室に居た。ちなみに女王の希望で僕もここに寝泊まりしている。

「オイ女王、お前も行くなら多少は訓練しなきゃダメだろ」

「そうなんだけど……」

「どうかしたか?」

「う〜ん、今回はその必要が無い予感がするんだ」

「ア?どういうことだ?」

ミカに出番は無いということだろうか。だとしたら二通りの場合が考えられる。

「それはいい意味でか?悪い意味でか?」

一方は、ミカが護身をしなくてもいいほど、僕たちが圧勝する場合。もう一方は、逆に護身の暇が無いほど秒殺される場合だ。どちらだ?

「いい意味でだよ」

「え?」

「何その『え?』は?」

「いや、別に……」

僕はもちろんいい意味であることを望んでいた。が、正直言ってそれはないだろうとも思っていた。僕たちが圧勝できるような場を、乾が用意するとは思えなかったからだ。だがミカは予想した。その逆はあり得ても、いい予感がするはずがないのだ。今までミカのカンの的中率は僕の知る限り百パーセントだが、今回ばかりはすんなり受け入れていい物なのか、いささか疑問が残る。

「とりあえず、油断は禁物だ」

「うん、そうだね」

ミカは両手で握りこぶしを作ってみせた。

とは言え、ベティが行くのだからある程度のトラップなら切り抜けられるかもしれない。それは乾も承知のはずだし、この勝負にはそれなりの戦力を割く必要があることもわかっているはずだ。ベティと決着を付けることに、それほどの価値があるのだろうか。いやむしろ、価値があるとしたらミカの方だ。ベティとの決着はついでで、本命は女王であるミカなのでは?ミカの能力だってかなり優秀だ。ミカの能力は言ってみれば未来予知で、その先に何か良くないことが待っていれば警鐘を鳴らすことができる。それも神の一部なのだろう。神の完成に順番が関係無いのなら、確かにミカを最初に手に入れておけば能力集めはかなり捗る。じゃあ僕は?僕は何のために呼ばれた?

「なあ、僕はどうして選ばれたんだ?」

「え?」

「ベティは昔からの因縁。お前は女王。じゃあ僕は?」

「う〜ん……そう言われてみるとわからないね」

「……」

能力はもっと優秀な物がある。側近なら代わりがいる。やっぱりわからない。

僕は左腕の通信機を起動した。久しぶりに使ったが、相変わらず便利な物だ。

「ベティか。ちょっと来てくれ。話したいことがある」


少しして、ベティが到着した。

「まるで告白でもするような呼び出しね」

「とりあえず死んどけ。乾の目的についてちょっとな」

「相変わらず釣れないわね。まあいいわ、何かわかったのかしら?」

「わかったわけじゃない。逆に疑問があったから、聞いてみたかっただけだ」

「そう。で、疑問って何?」

「乾が招待してきたのはここにいる三人だ。お前たちを呼ぶのはわかるが、僕が呼ばれた理由がわからない。心当たりがあったら聞かせてほしい」

「そうね……乾は、プライドの高い男だから、自分の活躍を誰かに見届けてほしいっていうのはあったんじゃないかしら」

「証人ってことか」

「ええ」

「その役はミカじゃダメだったのか?」

「殺すかどうかは別にして、きっとミカを帰す気なんて無いのよ。だから自分の活躍をきちんと報告してくれる、鳳をその役にしたんだと思うわ」

「なるほど」

でもまだしっくり来る説明じゃないな。

「てことは、僕を帰す気はあるのか?」

「それもわからないけれどね。でももしあるのだとしたら、あなたは相当舐められてることになるわ」

「チッ、どっちにしろ気に食わねぇな」

「まあ乾が何を考えていたってあなたのやるべきことは変わらないはずよ」

「……わかってるよ」

相手が王でも神でも、僕は側近でしかない。やるべきこと、守るべき物は一つだ。

「ちょっと鳳、そんなに強く握ったら痛いよ」

「え?」

僕はミカの謎の訴えに視線を下ろした。見ると僕の右手がミカの左手に覆いかぶさっていた。……そんなのってアリかよ。

「離せバカ」

「自分から握ってきて何その言いぐさ!」

自分でも苦しいごまかしだとは思っていたが、これ以外に僕は隠す方法を知らなかった。もちろん隠すのは照れだ。無意識にミカの手を握っちまうなんて……死にてぇ。

「アツイね、お二人さん」

「テメェも道連れだコラァ!」

ベティめ。側近に推薦してもらった恩が無きゃ今頃クビにしてるのに。

「チッ、そんなくだらないことはどうでもいい。聞きたいことは済んだ。もう帰れ」

「はいはい。まったくもってイヤな上司だねぇ」

「さっさと失せろ」

ベティは最後にミカに一礼してその部屋を出て行った。イヤな上司とは、前にもラブロフに言われたことがあった。そんなにイヤか。

つか、この横でニヤニヤしてるヤツうぜぇ。

「テメェも帰れ」

「ただいま」

「ああそう」

クソが。追い出してやりてぇ。

「まあそんなにカッカしないでよ、あ・な・た」

「キメェよボケ!」

「アイタ!いきなりどつくことないでしょ!」

「いきなりはどっちだアホ」

「本当にいきなりだったのは鳳の方でしょ」

「あれは妖怪の仕業だ」

この僕がミカなんかの手を握ってしまうなんて信じられないし、あってはならない。

「言ってくれれば握らせてあげたのに。ほら」

ミカがさっきと同じ左手を差し出す。

……へー。

「握り潰してやろうか?」

「鳳が言うとリアルだからやめて」

僕はわざと左手を音を立てて動かす。そう。この左手なら人の手を握り潰すことぐらい容易いのだ。さっきのがこちらの手だったら、ミカにとってそれだけでかなりのプレッシャーになっていただろう。

「鳳の手、あったかかったなぁ」

「キメェこと言ってんじゃねぇよ」

「だって鳳、最近手繋いでくれないじゃん。いっつも銃だか剣だか持っててさぁ」

もともとそんなに繋いでねぇだろ。……ま、立場上しょうがないとは言え、プライベートが減ってるのは事実か。

「今度、どっか行くかぁ」

「え、それってデート??」

「ああ、ああ、好きに取れ。気が利く側近からのプレゼントだ」

「やった♪」

これも仕事だよなぁ。女王様の予定を立てるのも側近の仕事。僕の気まぐれで決めているような気がするがきっと気のせいだろう。

「で、どこ行きたい?」

「うんとね……遊園地!」

……またメルヘンな所を選んだな。つか、毎日のようにブースターで飛び回って、自分たちもお化けみたいなモンなのに、ジェットコースターやお化け屋敷を楽しめるか?

「却っk「やったぁ!連れてってくれるんだね!」

コイツ……僕がそう言うの分かってて選びやがったな。……チッ。

「わぁったよ。連れてきゃいいんだろ」

「さすが鳳!やっさしい」

「……はぁ」

遊園地か。イヤな予感しかしねぇ。神様、頼むから普通に楽しませてくれよ。


その次の土曜日、僕たちは千葉県にある日本一有名なテーマパークに来ていた。騎士に土日は関係無いが、不自然さを回避するためにこの日を選んだのだが。

「それにしてもすごい人の数だな」

開園より早く来て、チケット売り場に到着したにも関わらずこの人の群れ。さすが、日本一と言われるだけある。はぐれないように気をつけなければ。そして午前九時ちょうどに、列はゆっくりと進み始めた。大忙しのスタッフからチケットを受け取り、ゲートをくぐる。僕はこのテーマパークには詳しくないし、下調べもしてきていない。とりあえず、この人の流れについて行けば、いい感じのアトラクションにはたどり着けるはずだ。

僕は他の人と同じ方向に足を踏み出した。その瞬間、捕まった。

「こっち」

「え?」

僕の右手をがっちりと掴んだ少女は、反対方向を指差した。

あー。テレビで見たことがある。マニアの間では、人とは違った向きで回るのが常識だと。……マニア?

僕はこの時ようやく気づいた。この目をギラギラさせた少女と、こんなところに来てしまったことが何を意味するのか。


「ハァッ……ハァッ……」

もうどれだけ走ったかわからない。まだ春にもなっていないのに、僕はすでに汗だくだ。たしかに僕は運動が得意というわけではない。でも不得意というわけでもないのだ。だから、その辺の女子に長距離走で負ける気はしない。にも関わらず、何だこの差は!

「ま、待てよミカ」

「遅いよ鳳!早くしないと、もっと待たされることになるんだよ!」

いいよもう多少待とうぜ。むしろ、立ち止まれて大歓迎だ。

約四十あるアトラクションのうち、僕たちはすでに十個を制覇した。そのほとんどがいわゆるマイナーなアトラクションであり、待ち時間がメジャーな物に比べて無に等しい。そのせいもあるのか、僕はアトラクションを楽しむことはできなかった。いや、たとえメジャーなアトラクションに待ち時間無しで乗れたとしても、楽しむことはできなかっただろう。行ったことがある人ならわかるかもしれないが、午前中のうちに十個のアトラクションに乗るなど、本来は不可能に近い。それを可能にしているのは、ミカが元々持っている運動神経、このテーマパークに関する並外れた予備知識、そして経験以外に他ない。

化け物か。僕は本気でそう思った。

全力で走った後にあの楽しみ様は並じゃねぇ。誰もそんなとこ見ちゃいないだろうが。と、河田も言いたくなるというものだ。

「……帰りてぇ」

「何か言った?」

「何も」

このままのペースでいくと殺されてしまう。何とか、何とかしなければ。

「そうだミカ!腹減らないか??」

「お腹?んー、たしかに空いたけど……」

チャーンスッ!

「よしじゃあ飯にしよう!ほら、ちょうどいい時間だ」

「鳳、時計なんてどこにも」

「気にすんな!さあ行くぞ」

この機会を逃すとしばらくはマラソンが続く。少し強引にでも!

「レストランの場所は調べて来たんだ。たしかこっちだな」

調べたのはマジ。僕が唯一調べたことだ。勝っただろ!

そんな僕にミカは言う。

「待って鳳!ここのレストランは、どこも予約しないと入れないんだよ!」

無念のコールド負け。


「まったく、鳳は詰めが甘いね」

「うるせぇなぁ。だいたい、いくらなんでも楽しみ過ぎじゃねぇか?」

「ここは戦場なんだよ!」

特売に来た主婦みたいなこと言いやがって。まあたしかに、負ければ二時間半待ちなどの過酷な戦いではあるのだろうが。

「失礼します」

テーブルを挟んで向かい合った僕たちの所に、白い服のウェイターがやって来た。

「こちらナポリタンです」

「あ、はーい」

ミカがそれを受け取る。

僕たちは、そのテーマパーク内にあるレストランに来ていた。僕が甘かった詰めを、ミカはしっかり締めていたのだ。

「こちらシーフードドリアです」

……本当はこんなにがっつりいく予定なかったんだけどなぁ。あんなに走らされるなんて予想外だったし。

僕はスプーンで熱いそれを口に運ぶ。お、案外悪くない。

「これもおいしいよ」

「……何の真似だ?」

「何って、あ〜んだけど?」

あ〜んっていう名前だったのかこれは。つか、そんなこと公衆の面前でできるか!

「フン」

「あっ!」

僕は突き出されたフォークを奪い取り、絡められた赤いパスタを乱暴に口に含む。

これも悪くはないな。

「もう!ホント鳳はムードがないよね!」

「相手が僕の時点でそれを気にするのは間違いだ」

「いいじゃんちょっとぐらい付き合ってくれてもさ」

「断る。こんなとこでそんなことできるわけねぇだろ」

「どの少女漫画でもそれぐらいはするよ」

「漫画は漫画だろ」

「分かってないな。あれが女の子の理想なんだよ」

「少しは現実を見たらどうだ?」

「いやいや今のは途中までいい流れだった。鳳が『何?』って言うところまではよかったんだけど」

「よかった……のか?」

「うんうん。ミカの計算では、その後鳳は恥じらいながらもミカの愛を受け入れて、照れ隠しに目をそらしながら、『……うめぇ』って……かぁー!」

「奇声を上げるな恥ずかしい。つか絶対ありえないからな」

「むー、ケチんぼ」

「分かったからさっさと食え」

付き合ってらんねぇ。ここに居たら、こんな茶番がいつまでも続きそうだ。でもここを出たら猛ダッシュが待っているわけで、中々に究極の選択だ。

「ごちそうさま」

二十分ぐらいで、ミカがフォークを置いた。僕はすでに食べ終わっていたが、この手詰まりを打破する方法は思いつかない。

「行こう鳳!」

ミカは勢いよく立ち上がる。きっとこの後も、食後ということを全く感じさせない走りを見せるつもりなのだろう。そして僕もそれに付き合わされるのだ。

「……はぁ」

「こんなところに来てまでため息なんかつかないの!」

解決策なんて意味なかった。どう転んだって、女王様の希望通りにしかならない。まあそういうことだ。それなら、女王様について行くしかないだろ。

「もうちょっと部下のことも考えてくれませんかねぇ」

「ん?何か言った?」

「何も」

僕たちは会計を済ませて店を出る。外は冬を押しのけて広がろうとする春の日が降り注いでいた。

「走ろう!鳳!」

「……しょうがねぇ……か」

ミカは人ごみの間を縫って走り出す。少しでも出遅れると、すぐに見失ってしまいそうだ。そして、そうなると困るのは僕だ。

走ろう。

どうにも思い通りにはならないけれど、今はそれしかないのだから。

僕はミカの背中を追って駆け出した。


「ただ……いま……」

「死んだぁ!?」

「誰のせいだと思ってんだコラ!」

「生きてた!」

クッソー。あの後マジで閉園まで遊びや倒しやがって。42.195キロは走ったんじゃねぇか?もう絶対に……

「えへへ、今日は本当に楽しかったよ。ありがとう、鳳」

「……チッ」

別に、許したわけじゃねぇし。……でも、ま、女王様だし、連れてけって言われたらまた連れていくしかねぇよな?

「リフレッシュできたか?」

「うん!とっても!」

「そうかい」

ならよかった。一応騎士団のトップ。インティアを含めた他の騎士団との交渉など、重要な責務を常に負う立場だ。気が休まる暇などほとんどないのだから、今日ぐらい遊んだって罰は当たらないだろう。

「まあ、明日からまた仕事だけどな」

「うん、分かってるよ」

むしろ、今日遊びに行けたことが奇跡のような物だ。何せ今は乾が行動を起こし、戦争一歩手前の緊張状態。テレビでは謎の宗教団体に関する特番が数多く放送されている。次に乾が姿を見せた時が、戦争開始の合図になるかもしれない。

「何考えてるんだろうな、アイツ」

「さあねぇ」

アイツさえ居なければ。そう思わずにはいられない。

「でも乾が居なくなったらミカたちはどうなるの?」

「たしかにな」

その不安ももっともだ。今の僕たちにとって、乾と戦うことが生きることだ。もしその使命を終えてしまったら、僕たちはフリーター。人生ゲームで言うと転職待ちだ。

「お前のカンではどうなんだ?」

ぶっちゃけ、それが一番頼りになる。

「う〜ん、乾が居なくなっても、そんなに困ることはないっていう予感はするんだけどね」

「またポジティブな予感か?」

二週間後の乾との決闘についても苦労しないっていう予感だったよな。

「うん、だからこそ不安なんだよ」

自分のカンを百パーセント信じろと言われたってそう簡単にはできない。能力持ちとは言え、ミカもその例外ではないのだろう。

「まあ、今はお前のカンを信じるしかねぇだろ。それが一番楽だしな」

気分的にも明るくいられる。

「今日はもう疲れた。僕は寝る」

「うん。ミカも疲れちゃった」

ベッドに横になった僕の隣のスペースに、小さな体が潜り込む。僕はその体温に背を向けた。

「たとえ」

「……アン?」

僕の背中でミカが呟く。視線は天井に向けられているようだ。

「たとえ、何があっても」

「……」

「何があっても一緒だよね?」

「……さぁな」

「もう、ホント鳳はムードが無いよね」

「そんなモン期待すんじゃねぇっつーの。くだらねぇこと言ってないで寝るぞ」

「うん……おやすみ」

「……」

たとえ、か。イヤな言葉だ。悪いことが起きるのを予期しているような言い方。ミカがそんな言葉を使うなんて。いや、ミカだから使うのか。

「……そうだな」

「え?」

「……何でもねぇよ」

たとえ。たとえ何があっても。

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