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未来へのアプローチ   作者: シマ田 力大
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彼は何を見つけるのか

ミカはナイフを振り回す。少年は体をねじってそれをかわし、徐々に後退していく。僕たちにしては珍しい展開だ。

「…ッ…クソ!」

少年は体を折り曲げてナイフをよける。が、流石に背中に少女を背負ったままはきつかった。少女の髪が数本ナイフに触った。

そこからだ。

「テメェ……!!」

少年はそれに気づいて目つきを変えた。今日3度目の空気の変化。今までで最も冷たく重い不穏な気配が少年を中心に広がった。マズイ。ミカでなくてもそういう予感がした。

「ウォアアアアアアアアアアアアア!!」

少年は負ぶっていた少女から両手を離し、それを天に向けた。それでも少女は落下することはない。自身の能力によって、空中に固定されていた。

「かわいそう」

少女は祈るように手を胸の前で組んで目を閉じた。その意味はわからない。

そして彼らの能力が発動した。ものすごい地響きと共に、何かとてつも無く大きな黒い塊が空高く浮かんだ。

僕はこの時ほどギョッとしたことはなかった。

「オイオイ……冗談……だろ?!」

僕たちはその塊が作り出す巨大な影に包まれていった。僕もミカもそのスケールに押されて動けなかった。

「そんな……山を丸ごと浮かすなんて……」

少年は冷や汗をびっしょりとかいていたが、それでも笑っていた。さっきまでとは違う、邪悪な笑み。

「へへ……ボクたちは勝つ。君たちを乗り越えて、名前を貰うんだ!」

「名前……?」

「ボクには名前が無いからね。ビアンカに名前を考えてもらってるんだ」

ビアンカという少女は、先ほどからまぶたを閉じてブツブツ何かを唱えていた。彼女なりに、山のコントロールに集中しているのかもしれない。

「それじゃあ、そろそろ……」

少年が、天に振り上げた手を下ろそうとした時だった。


バシュッ


その場の誰もがその瞬間を捉えていた。だが、何が起こったのか理解できた者はいなかった。気がついた時には、ビアンカという少女が胸から真っ赤な血を噴き出し、地上に向かって真っ逆さまに落ちるところだった。

「ビアンカ!」

名前の無い少年は少女が地上に叩きつけられる前に、ブースターの力で少女を空中で抱きとめた。

僕は百メートル後ろにあるビルを睨みつけた。そこではライフル銃が銃口から煙を上げていた。

「おもい……ついたよ」

少女の口から言葉と血が垂れる。少年は苦しそうな顔のまま返事ができないでいた。

「あなたのなまえは……」

最後に少女は笑った。そして一生懸命考えた名前を披露しようとした。でも、できなかった。少女の口からは空気しか出てこなかった。本人は声を出しているつもりだったのだろう。でも実際はただ口を開いたり閉じたりしているだけ。少年はここになって耳を少女の口元に近づけたが、遅かった。少女は、呼吸を、やめた。

少年は何も言わず、少女の亡骸を強く、強く抱きしめた。そして悲しい声でつぶやいた。

「どうしてボクたちは……ボクたちだったのかな……」

次の瞬間、僕たちの視界は、制御を失って落下してきた塊に遮られた。


「ァアア!!」

僕はビルの窓の一枚を力任せに叩き割った。無数の破片が僕を傷つけ血が流れるが、僕には関係ない。例えまともな痛覚があったって気にしないだろう。

「落ち……つけ……」

「落ち着いてられるか!どうしてあんなことをした!?」

僕はリーダーであるツェーザルに噛み付く。ライフル銃でビアンカを撃つように指示したのはツェーザルだった。

「僕たちは約束したんだぞ!ビアンカを助けるって!」

「……ビアンカ?」

「あの少女の名だ!」

「……ああ」

何だよその間は。ブッ殺したくなる。

「お前らの約束は……わかった……だが……」

「アン?」

「……誰が……それを許可した?」

「許可……だとぉ?!」

僕は奥歯が粉になりそうなほど強く噛み締めていた。イライラが、止まらない。

「あそこで……敵を仕留めなければ……このビルごと……潰されていたかもしれんのだぞ?それとも……お前らの約束を優先し……黙って見てろと言うのか?」

「でも」

「でもじゃない」

ツェーザルは一歩も引かなかった。

「お前らは……監視の身なのだ……ここで負けてみろ……間違いなく……死刑だ」

ツェーザルの言い分はもっともだった。ある意味では、ツェーザルは僕たちの立場を守ってくれたとも言えるだろう。だからこそムカつくのだ。

「だいたい、騎士は公平を重く見るだろ。あの不意打ちはありなのかよ」

「ありだ」

「ア?」

騎士としての道理から言えば、アウトでしかないのに。

「我々は……騎士として“忠誠”を守っている」

「忠誠……だと?」

「そうだ」

こいつ。騎士道の中の、“弱者保護”と“忠誠”を天秤にかけて“忠誠”を取ったのか。

「お前、本当に騎士なのかよ」

答えはわかっていた。それでも、聞かずにはいられなかった。

「当然……だ」

「チッ……」

僕はその日はそれで自室に帰って寝た。ミカも同じく部屋に入ったようだった。

死ね。死ね。死ね。


僕たちは翌日、全員日本に帰国した。実質、戦闘を行ったのは僕たちだけだったので、他のヤツらは暇だっただろう。その日の内に再び前と同じメンバーで会議が開かれ、戦果報告が行われた。同時に、僕たちの疑いも完全に晴れた。そしてその席で、僕たちは驚くべき話に参加することになった。

「乾が行動を起こしてから、珍しいことがありました」

ベティが意味ありげな様子で司会を始めた。

「何だよ?」

「……インティア騎士団が、我々と同盟を結びたいと申し出てきたのです」

その瞬間会議場がざわついた。僕たちにはその重大さがよくわからなかったが、プライドの高い騎士たちが敵と手を組むなんてことは滅多に無いだろうということはわかった。

「我々としてはこれに応じるつもりです。これに異議のある人はいませんか?」

「罠である可能性は?」

誰かが手を上げた。

「これはあのナイトオブナイトからの提案ですので、信用できるかと思います」

これにまたしても会議場がざわついた。

「ナイトオブナイト?」

僕は隣で信じられないという顔をしているラブロフに聞いた。ラブロフはそのままの表情で僕の顔を見つめて答えた。

「知らないのか?インティア騎士団の女王側近で、力も知恵も正義も持つ、完璧な騎士って呼ばれてる男だよ」

そういえば、ローランドというインティアの騎士が、女王側近のことを言っていたことがあったか。

とにかく、そんな男からの提案だったら確かに信用できるだろうし、こちらとしてもおいしい話だろう。

「他に異議のある方」

ベティが今だに静かになり切らない会議を仕切る。もう手を上げる者はいなかった。ベティは椅子に深く座り直して書類をめくった。

「そこで、ですが。手を組むに当たり、我々もこのままトップが不在なのはいかがなものかと思われます。ですので、この場で新たなトップを選出したいと思うのですが」

ほう。まあいいんじゃないか。僕にはあまり関係ないだろうし。

「我々は、新たな女王としてミカ、あなたを推薦するつもりなんだけど、どう?」

「ちょっと待った」

僕は反射的に立ち上がった。関係ないはどこにいった。

「何かあった鳳?」

ベティはキョトンとした表情で首を傾げた。

「何かじゃねぇよ。ミカはこの騎士団に入って一年も経ってないんだぞ?それがどうしていきなり女王なんていうものになるんだ?普通にバルドが王になりゃいいじゃねぇか?」

「バルドにはこのまま騎士団長ということで働いてもらうわ。それに、経験なんて関係ないのよ。ミカの能力には、それ以上の力がある。よほどのことがない限り、皆はミカを信用するわ」

それに合わせてツェーザルを含めた会場の騎士たちは頷いた。このことを知らなかったのは僕たちだけのようだ。

「あなたはどうなのミカ?」

ベティは視線を僕の横にずらす。ミカは意外と冷静に答えた。

「女王って、何するんですか?」

「騎士団の代表になって、皆をまとめる役ね」

「ミカでも、できるんですか?」

「ええ、できるわよ。あなたは一人じゃないんだし」

ベティは目線で僕を指した。僕も巻き込むつもりかコノヤロウ。

「鳳だけじゃないわ。困った時は、ここにいる全員が、あなたを助けてくれるわよ」

「……」

オイミカ馬鹿なこと考えてんじゃねぇぞ。断れそんなモン。

「……やります」

「ア?」

聞き間違い……じゃないよな?

「やります。私でいいなら、女王になります」

「ありがとう。ミカ」

ベティはニコリと笑った。

オイオイ……ウソだろ……。じゃあ僕はどうなるんだよ?

「心配しないで鳳」

「アン?」

ベティは僕の不安をわかっていた。

「あなたにも、重要なポジションを用意してるわ」

「……何だよそれ?」

「これは私とバルドだけで話していたことなのだけど、あなたには女王側近をやってもらおうと思って」

「側近?」

「そ。って言ってもまあ、やることは今までと変わらないだろうけど」

「僕に、ミカを守れって言うのか?」

「そうよ。守って、助けてあげてほしい。いつもやっているようにね」

「いつもは、そんなことしてねぇよ」

「あらそう。じゃあ、別の人にやってもらおうかしら」

「……やってやろうじゃねぇか」

「でしょうね」

ベティはクスリと笑った。

「窓辺ミカを女王に、珞間鳳を側近に配役することに、異議のある方はいませんか?」

「あるぜ、異議」

すぐにどこかで聞いたことのある声がした。それは、僕のすぐ隣の少年の声だった。少年は立ち上がり、机に手をついていた。こうなるような気はしていたが。

「珞間鳳が側近っていうのは納得がいかねぇ」

立ち上がった少年、ラブロフ=ローザは僕を指差して言った。

「では、他に誰か推す人はいるのかしら?」

ベティが試すようにラブロフを見上げた。するとラブロフは、親指で自分の胸を指した。

「俺だ!」

「なるほど」

どこかで納得の声がした。特殊工作部隊隊長のイーサン=ルイスだった。

「確かに防衛隊長のキミなら、側近には適任かもしれないな」

「防衛隊長?」

「?ラブロフは、防衛隊長だぞ?」

そいつは知らなかった!このバカがそんないい役についてたなんて。つか、だからここにいるのか。

「どうする鳳?」

「どうするっつったって……」

候補者が二人の時は、第三者に決めてもらわねぇと……。

「じゃあ……こうしたら……どうだ?」

このゆっくりとした口調はあのツェーザルだ。ツェーザルは、騎士らしい堂々とした解決法を提案した。

「二人で……直接戦えばいい」


「ずいぶん急なことになったな」

「ああ、でもこっちは全然オッケーだぜ」

「僕もだけどな」

僕とラブロフはお互いにブースターを着けて滞空していた。場所は歓迎会のゲームが行われた体育館のような場所。僕はビアンカを持っている。つまり、どちらかが死ぬ可能性があるってことだ。

「でもまあ、途中からこうなるような予感はしてたぜ」

ラブロフだからな。ミカのファンで、負けん気が強くて、自身過剰なバカだから。

「立ち上がるならお前だと思ってた」

この決闘は重役を含めた全騎士たちに、事情と共に公開されている。見せても恥じない戦いを、とベティに念を押されているのだ。

「じゃあ始めるか」

「よし、殺すつもりで来い。殺してやる」

物騒なこと言いやがって。まあ最初からそのつもりだけど。

僕は自分の血が騒ぐのを感じた。戦闘狂になるつもりはないが、命を賭けた戦いが嫌いではなかった。相手が相手というのもあるかもしれない。僕はラブロフを秒殺するイメージを作り上げ、ブースターに伝えた。

「行くぞ!」

僕はビアンカを構えて突っ込んだ。


「フン!」

ラブロフは両手から鉛を出して応戦する。僕はビアンカを振ってその金属を切り裂くが、ラブロフには何のダメージもない。

「オラァ!」

次に僕は左手からエネルギー砲を撃つ。鉛は溶けるが、ラブロフ自身はブースターを使ってそのレーザーをかわした。さらにその間に、両手の鉛から枝を生やし、僕の背後に回す。目で確認したわけではないが、おそらくカッターの刃のように鋭くなっているのだろう。

「おっと」

僕は左手でラブロフを威嚇しつつ、ビアンカを後ろの空間に向かって振り回す。微妙な手応えで、ビアンカが鉛を捉えたのがわかった。

「やるな!」

「……」

テメェもな。さすがに相当慣れてやがる。カウンター狙いが得意って感じか。

「そういや、お前とサシでやるのは初めてだったな」

確かにその通りだ。

「テメェの性格の悪さがよくわかるぜ」

僕は言いたいことを言った。ただ喧嘩するだけなら、その辺の不良の方がやりやすい戦法取ってくるっての。

「お前も口の悪さがよくわかるぜ」

「おかげさまでなぁ」

ミカといい、よく口の悪さがツッコまれる。

「口の悪さだけは直らねぇよ」

「そうか。どうでもいいけど」

本当にどうでもいいことは置いておいて。この喋っている間に作戦を練っていたのだが、なかなかいい案が浮かばない。普段なら、ここら辺でミカがヒントをくれるのだが……。

「チッ、あのバカでも役に立つんだな!」

「今更かよ!」

僕たちは再び激突する。ラブロフは“あのバカ”が誰かわかったのだろうか。

「お前にとって、ミカちゃんは何だ??」

鉛を操りながらラブロフは聞く。

「ミカが……?」

何だ。何なんだ。幼馴染?それはそうだが。そんなものか?もっと、もっと、別のもの。僕が守りたくなるようなもの。何だ?

「わからねぇのか?」

ラブロフの鉛の槍が僕の頬を掠める。今回は、これで決着がつくことはない。

「俺はわかるぜ!俺にとってミカちゃんは、大切な存在だ!」

「大切な……存在?」

「そうだ!何せ嫁だからな!」

嫁は意味不明だが、大切な存在か。悪くない答えだな。

「僕は……」

僕はビアンカを振って鉛の壁を裂きながら探す。僕にとってミカは。

「食らえ!」

僕の油断を突いて鉛の棒が僕の腹を殴打した。

「グフッ」

たぶん内臓の一部が傷ついたぐらいだろう。さらにラブロフは、鉛の球で僕を包み込む。このまま僕を窒息させるつもりか。

「無駄だ!」

僕はビアンカでその球に穴を開ける。しかしその球は異常に厚かった。いくら切っても、光が見えない。そして切った側から再生していく。

「これならどうだ!」

僕は左手の力を使う。鉛が真っ赤に溶けて光が差し込むが、それも一瞬。すぐに再生する。

「無駄だ」

外からラブロフの声が聞こえた。こいつ、僕の行動を完全に読んでやがる。僕の左手が、生命エネルギー頼みだってことも知っててこの戦い方を選んでやがる。消耗戦になれば、僕に勝ち目はない。ラブロフはわざとそうなる戦い方をしている。

「だいたいお前は曖昧なんだよ。ミカちゃんがどれだけ……」

…………待てよ。たった今、どれだけ切っても外には出られなかった。それは鉛が異常に厚かったからだ。それなのに今はラブロフの声が聴こえる。おかしい。…………まさか、声が聴こえるようにあえて自分の居るところだけ薄くしているのか。

「……しかもお前は……」

やはりそうだな。この声を辿れば、ヤツの居場所がわかる。そこに向かってエネルギー砲を放てば、不意打ちになるし、鉛の壁に邪魔されることも少ない。

落ち着け。神経を集中させろ。360度、ヤツの気配に警戒しろ。


ドクン、ドクン、


……うるさい。

僕はビアンカで自分の胸を貫く。これでもなぜか生きていけるのが僕だ。



「……だから俺は……」

そこだ!!

「ハァアアアアアア!!」

僕は可能な限り強い力を放つ。その砲撃は、球体の中と外を確実に繋ぐ!

「ウォアア!?」

ラブロフの叫びが響く。僕は開いた穴から飛び出した。辺りを見回した僕は驚いた表情のラブロフを見つけた。強力な不意打ちに、カウンターのための集中力を確保できていない。やるなら今だ。

「ウォオオオオオ!」

僕は両手でビアンカを構えて、ラブロフが作る鉛の盾を切り裂く。

「クッ……!」

ノーガードのラブロフが僕の視界に入った。僕はビアンカを離し、右手を握りしめる。この拳で決着をつけるのはいつ以来だろう。

「沈めぇえええ!」

僕の右手がラブロフの頬を捉えた。


僕はビアンカを、倒れたラブロフの首元に向ける。これで勝者が決定した。

「へへ、止めも刺さねぇのかよ」

「……ベティに言われてるからな。弱者は守れって」

「……口の減らねぇヤツだな」

ラブロフは、半分しか開かない目で僕を見て言った。

「これでミカちゃんの隣は任せることになったけど……忘れるなよ。俺はいつでも助けになるからな。ミカちゃんのために」

「ああ……それなりに頼りにしてる」

「へへ……一言余計……だ」

ガクッ。ってラブロフは気を失った。日頃の喧嘩の成果が出たというところか。

「鳳!」

体育館の扉が開いて、女王様こと、ミカが駆け寄ってくる。

「おめでとう!すごかったよ!」

「ああ……」

ミカは嬉しそうだった。そんなミカを見て、ラブロフが少し気の毒になった。

「結局、これでまた一緒なんだな」

「うん。どこにいても、ミカのこと守ってね」

「ハイハイわかってますよ、女王様」

「女王様……う〜ん……悪くないね!」

「もう絶対ぇ言わねぇ」

「え〜いいじゃんたまにはさ!」

「……たまには、な」

「さっすが♪」

はぁ……僕はどうしていつもこうなんだ。この調子だと、ミカにだけは殺されるかもしれないな。他は返り討ちだけど。

次の日、就任式があって、僕たちはめでたく女王とその側近の任に就いた。


僕たちが偉くなってから一週間も経たないうちに、インティア騎士団の女王との直接交渉が設けられた。僕とミカと、相手の女王とその側近という二対二の交渉だ。相手の側近といえば、ナイトオブナイト。間違っても喧嘩するようなことになってはいけない。

「ここ……だよな?」

「そうだよ」

僕たちは少しいい服を着て、冬の快晴の下で立ち止まった。そこはどこにでもある普通のオープンカフェの前だ。待ち合わせの場所に指定されたのは、ここで間違いなかった。

「普通だな」

「うん。でもいいんじゃない?こっちも気を使わなくていいから」

「そうかぁ」

ここだと逆に変な気を使いそうだ。

「つか、場所がここなのは向こうの女王様の趣味なんだろ?ったく、これがどれだけ重要な会談かわかってんのか。親の顔が見てみてぇよ」

「それならアンタも知ってるよ、お兄」

え?

「お兄?」

この声。この呼び方。僕の知っている限りでは当てはまる人物は一人しかいない。でも、そいつじゃない。だって、そいつは、三年前に死んでいるのだから。

僕は恐る恐る振り向く。そこで目にした光景は、あるはずのないものだった。

「よっ!久しぶりだな、お兄!」

三年前の列車事故の犠牲者、窓辺凰梨(まどべおうり)がいた。


「何で……何でお前がいる??」

僕たちは席について、紅茶を前にしていた。でも僕は、こんな風に悠長に座っている気分ではなかった。

「だって、ほら。アタシってインティアの女王だし?」

何せ、三年前に死んだと思っていた妹が生きていて、おまけに相手の騎士団の女王なのだから。

「本当に凰梨なのか?」

僕は妹(?)の顔をまじまじと見る。どう見たって、妹だった。

「あり得ねぇ……」

「それがあり得るんだよ、お兄」

「お前……死んだんじゃなかったのかよ?」

「アタシだって、お兄が生きてるって知ったのは最近だったんだよ」

「……詳しく話せ」

凰梨は、言葉を選ぶようにして話し出した。

「……まず三年前のあの事故は、仕組まれたものだったんだよ」

「何だって?!」

「落ち着いて」

僕は周りの客の目に気づいて座り直した。凰梨は続ける。

「アタシたちがそれに気づいたのは、つい三ヶ月くらい前。犯人は、あの乾煬よ」

「アイツかっ……!」

僕からもミカからも奪いやがって。絶対ぇ許さねぇ。

「凰は、いつから騎士団にいるの?」

これはミカだ。凰梨を凰と呼ぶのはミカだけ。しかしもともとミカと凰梨はそんなに仲が良くない。

「あの事故があって、すぐ騎士団に引っ張られて、すぐ女王になったから、三年ぐらいだね」

凰梨は普通に答えた。けれど……

「……敬語はどうしたの?」

「へ?」

何言ってんだミカ!

「ほら、前は敬語だったでしょ。ミカの方が先輩なんだし」

「まだそんなこと言ってるの?アタシはもう女王なのよ?」

「ミカだって、女王だし!」

「じゃあなおさらいいじゃない」

「よくない!ミカの方が年上だもん!」

「たった一年で何を言ってるのやら……」

「アンタねぇ……!」

……ったく。

「やめろバカ共。くだらねぇことでケンカしてんじゃねぇよ」

「くだらなくない!」

ミカが反論する。

「……とりあえず座れ。目立ってる」

「……ッ!」

ミカは腰を下ろして小さくなった。

「フン!」

凰梨がふん反り帰った。

「やめろ、ガキ。挑発すんな」

何も変わってねぇな。どっちもガキのままだ。

「で、話を戻すけど、お前、どうやって生き延びたんだ?」

「アタシは騎士団の一員だよ?能力があるに決まってるじゃん」

「??何の能力だ?」

それは知らなかった。ミカのように、それとわからない能力なのかもしれない。でも答えは、僕が思っていたものとかなり異なっていた。

「お兄と同じ、死なない能力だよ」

「アン?」

同じ能力の人間はいない。前にベティが言っていた。

「まあ少し違うんだけどね」

「どういうことだ?」

「……お兄の弱点は“切断”だったよね?」

「ああ」

「アタシの弱点は、“貫通”なんだよ」

「貫通……」

なるほど。それならありなのか。

「お前にそんな能力があったなんて。ガキの頃そんなのあったか?」

「あったみたい。覚えてないけど」

「何だよそれ……」

まあいいや。謎は多いが、たぶん解決できないだろう。

「それで、どうして死んだなんてことになってたんだ?」

「それは乾の細工みたい。詳しくはわからないけど、アタシの能力に乾は気づいていたし、皆に能力を知られていたお兄じゃなくて、マイナーなアタシを選んだのにも何か理由があるはずよ」

結構わからないことだらけだな。

と、ここで、

「女王、そろそろ私にも紹介してほしいのですが」

ずっと凰梨の隣で、押し黙って座っていた男が口を開いた。実は最初から居たんだよ。

「ああゴメンゴメン。ええと、こっちがアタシのお兄の鳳、こっちが幼馴染のミカね」

「よろしくお願いします。お兄様、ミカ女王」

「よ、よろしく」

お兄様って。結婚でもする予定あんのかぁ?つか、何こいつ異常に礼儀正しい。まるで、騎士を絵に書いたような……って、あれ?

「もしかして、アンタがナイトオブナイト??」

「いかにも。私はアーサー=ブラッドレイ。好きに呼んでください」

この男が、ナイトオブナイト。二十代後半ぐらいで、白い肌に美しい黒髪を腰まで伸ばしたマントの男。心、技、体、三拍子そろった最強の騎士。死んだ妹の登場で霞んでいたが、こっちはこっちでとんでもない人物だった。

僕とナイトオブナイトのやり取りの間に、凰梨はケーキを一つ追加注文した。それに対して、その側近は小言を言う。

「あまり甘い物ばかり食べられては、体を壊しますよ」

「いいじゃん今日は一つ目なんだからさ」

凰梨は意に介さず、フォークをふわふわのシフォンケーキに突き立てる。それを見てミカは喉を鳴らした。

「ねぇ鳳……」

「好きにしろ」

「やった!」

ミカもすぐにウェイトレスを呼んで、同じ物を注文した。

「それで、そろそろ本題に入られた方がよろしいかと」

ナイトオブナイトが誰にという訳でもなく言う。

「ああ、同盟を結ぼうって話だったんだっけ?」

提案してきたのはそっちだろ!と言いたくなるほど、他人事のように凰梨が言う。そもそもこの案自体、ナイトオブナイトの考えなのかもしれない。

「イークルとしては、それに応じるつもりです」

ミカがフォークを置いて答える。今だにモグモグしている我が妹に比べればいくらかは大人か。

「ありがたいお言葉です。しかし、失礼を承知で聞かせていただきたい」

「?何でしょう?」

ナイトオブナイトは、紅茶の上に身を乗り出した。

「……それに、嘘、偽りはありませんね?」

「……ありません」

今の瞳に見据えられて、誰が嘘をつけるだろうか。それぐらい強く、まっすぐな視線だった。

ミカの返事を聞いて、ナイトオブナイトはその視線を和らげた。

「ありがとうございます。ではまず手始めに、最近勢力を拡大しつつあるフェマル女性騎士団の討伐を、共同戦線の出発地点としたいのですが」

「フェマル女性騎士団……?」

これは僕だ。凰梨がフォークを置いて、口を吹きながら答えた。

「女だけで構成された最近できた騎士団で、過去の男中心の世の中の逆バージョンを作ろうとしてるわけ」

そんなのもあんのかよ。

「人数は?」

「たぶん五十人ぐらいじゃないかな。でも増えてきてるから、早めに潰しておくのが得策だね」

「へぇ……」

一応女王だしな。経験的にも、ミカよりは物知りか。

「我々の敵は乾のエンジェルメイトですが、その前に邪魔者を排除しなければ」

「どうしてその女共が邪魔者になるんだ?」

ナイトオブナイトが答える。

「彼女らも、乾と同じく、仲間を探しています。そのために、他の騎士団の女性に引き抜きをかけているのです。彼女らがエンジェルメイトを襲って、我々の益になることも考えられますが、害になる可能性の方が高そうです」

「なるほど」

僕の疑問は解決したので、隣に座るミカの決定を待つ。と言っても、ミカはすぐに結論を出した。

「わかりました。こちらも、準備を整えておきます。ですが、なにぶんこちらには情報が無いもので」

「大丈夫、後で送るよ」

凰梨はメニューに手を伸ばしながらミカの不安に応える。ナイトオブナイトは、伸びてくる手からメニューを遠ざけながら補足する。

「我々にも、テルマさん程ではありませんが、優秀な技術者がおりますので、情報のやり取りはスムーズにできるかと思います」

テルマってそんなにすごいのか。今だに実感が湧かない。

「最後に、一つだけよろしいですか?」

ナイトオブナイトは、人差し指を立てて僕を見た。側近から側近への用というわけだ。

「何か?」

ナイトオブナイトは、何かを警戒するように慎重に入った。

「できれば、お兄様、あなたの実力を確認しておきたいのですが」


「ここでいいのか?」

「ええ、いいです」

僕たちはその辺の路地裏にやってきた。表の通りから直接見られることはないが、爆発音などがすればすぐに人が集まってくるようなところだ。そこで、僕とナイトオブナイトは25メートル程の距離を取って向かい合った。

「では、お兄様。最大の一撃を見せてください」

「ちょっと待てよ」

「?」

「いや、こんなところでやったら危ねぇだろ?」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。私が受けますから」

受けるって。それもまずいだろ。

「凰梨も何か言ってくれよ」

女王の命令なら聞くだろうと、妹に助けを求めたが、

「ああ、ああ、大丈夫、大丈夫。どうせ当たんないから」

興味なさそうに手をパタパタと振った。

当たんないって。それは僕が舐められてると取っていいのか?それなら、

「じゃあ、遠慮なく」

僕は左手を構える。僕をコケにした罪、その身で償ってもらおうか!

「ハァアアアアアアアアア!!」

僕は、僕がギリギリ活動できるぐらいの力だけを残して、あとはすべてエネルギー砲につぎ込んだ。

「ほう」

ナイトオブナイトは、その一言だけ漏らして立ち尽くす。

ヤバイ……やりすぎたか?!……と、思ったが、それは取り越し苦労だった。

「ーーー」

ナイトオブナイトは、その光線に右手を突き出し、短く何かを呟いた。それだけだったのに。

僕の撃ち出した光線は、空間上の見えない穴に吸い込まれて消えていった。

「ッ?!」

僕は息を切らしてそれを見ていた。僕の一撃が、あんなにあっさりとかわされるなんて。

「何をしたの?」

ミカが信じられない、といった表情でナイトオブナイトを見た。僕も全く同感だった。

ナイトオブナイトはニコリと笑って答えた。

「魔法ですよ。それが私の能力ですから」


本当は、あそこで解散だったのだ。それなのに、アイツがあんな気になることを言うから、思わず元のカフェに引き返しちまったじゃねぇか。

「で、何なんだよあれは?」

「ですから魔法です。マジックですよ」

魔法って、

「そんなの信じられるかよ。第一、お前ミュータントじゃなかったのかよ?」

魔法使いだなんて聞いてねぇぞ。

「ええ、ミュータントですよ。ミュータントとして魔法が使えるんです」

「いやそれが意味わかんねぇんだけど……」

「……それってつまり、あなたの能力が『魔法を使えること』ってわけですか?」

「さすが女王、飲み込みが早くて助かります」

ミカの問いかけにナイトオブナイトは微笑んで頷く。

魔導騎士ってか?

「ふざけやがって。何ができるんだ?」

そもそもさっきの一撃を回避したのもよくわかんなかったしな。

「何でもできますよ。炎を手懐け、雷を操り、水を司る、それが魔法というものですから」

「さっきのは炎も雷も水も関係なかったよな?」

「さっきのは空間を支配して、レーザーを別の所に飛ばしたんですよ」

マジで何でもできんのかよ。これが、騎士の中の騎士の力か。気に食わねぇ。

僕は一万円札をテーブルに叩きつけて席を立った。

「ど、どこ行くの鳳??」

「用事は終わっただろ。帰るんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!ミカも行くから!」

僕はミカを待つのも面倒なほど苛立って振り返らずに歩いた。後ろではたぶんミカがあたふたと会釈でもしているのだろう。

「ちょっと待ちなさい」

ナイトオブナイトが座ったまま言った。これは明らかに僕に対するものだ。

「……何だよ」

僕は仕方なく立ち止まった。さっさと帰らせろっての。

そんな僕の苛立ちを知ってか知らずしてか、ナイトオブナイトは一つ忠告をよこした。

「騎士は、女王の前を歩いてはいけませんよ」

後からミカが追いついて僕の横に並んだ。これで満足だろう、アーサーさんよ。

僕は返事もせずにまた歩き出す。ミカは僕の隣をずっと歩いていた。


帰ってすぐ、僕は射撃演習場にいた。やることが無い日にはここで訓練に励んむことはあるが、こんなに集中したのはいつ以来だろうか。耳栓代わりのヘッドホンも着けず、ただひたすらに立ち上がる的を撃つ。だがある意味では、全く集中できていなかったのかもしれない。なぜなら、僕の頭の中にはさっきの光景があったからだ。僕の全力をやすやすと受け流した、あの男がいたからだ。的をあの男に見たて、引き金を引く。現実世界の的は倒れるが、僕の頭の中ではびくともしない。ウザイ。とにかくウザイ。たった一撃だったが、僕はアイツに、決して埋まることのない圧倒的な力の差を見せつけられた気がした。

負けられない。プライドがそう叫んでいた。

「ずいぶん早く帰って来たのね」

銃声の合間に、後ろから女の声が聞こえた。

「うるせぇよ。ベティ」

僕は振り返らずに声で相手を判断する。話す必要も無いので、僕はずっと的を追っていた。それから十発ほど撃ったところだった。

「あの男に会ったんだって?」

「……アン?」

僕はリロードの途中だった手を思わず止めた。僕が振り返ると、ベティは柵に手を乗せてミカに聞いたのだと言った。

「……アンタはアイツに会ったことあんのか?」

「ええ、騎士に成り立てのときにね」

まあこれを聞いたからどうしたというわけでもないのだ。僕の苛立ちのタネはそれに違いなかったが。

僕はリロードを終え、再び引き金に指をかける。しかし、

「アイツに勝とうとしてはダメよ」

「……何?」

再びその言葉に振り向かされた。

「どういうことだ?」

「あの男は住む世界が違う。もともと持って生まれた物が違うのよ」

「だからどうした」

そんなことで、あの男に屈しろと言うのか。ふざけんじゃねぇ。

「まだわからないの?」

「アァ?」

ここでベティは急に声を変えた。

「その無駄な努力をやめなさいって言ってるの」

「テメェッ!」

ブッ殺してやる!

僕は手に持っていたハンドガンをベティに突きつける。それを見ていた数人の騎士から悲鳴が上がった。

ベティは無言で立っていた。怒る様子も、恐れる様子も見せず、ただ強い視線を僕に向けていた。

「テメェが何と言おうと、僕はアイツを超える。お前は黙って見てろ」

「……」

「……チッ」

僕はハンドガンを降ろした。

「悲鳴の一つも上げないなんて、可愛げがねぇなぁ」

「無くて結構よ」

「……フン」

興ざめだぁ。

僕はハンドガンを所定の位置に戻し、金網のフェンスを開ける。ベティとすれ違う時、僕は言った。

「お前が何を見たのかは知らねぇが、勝手に人を自分の定規で測るんじゃねぇよ」

僕は乱暴に入り口の扉を閉め、その場を後にした。


「チッ……胸糞悪ぃ」

僕は自室のベッドで横になり、腕枕をしながら吐き捨てるように独り言を言った。側ではミカが何かをしていたが、こんな独り言を言われては居心地が悪いだろうと思った。

ベティは何を見たのだろうか。

ベティの言葉を全否定しつつも、やはり僕は気になっていた。あの男が見せた力は全ての中の一部にすぎないことはわかっている。あの男が言っていたことは、概ね本当だろうとも思っている。だが、それほど恐れることだろうか。勝利を諦めるほどだろうか。

「直接確かめる方が早いか」

「えっ?」

「いや、何でもねぇ」

ミカが反応したが、これも独り言だ。

もうすぐ、インティアからの情報が来る。そして、フェマル女性騎士団討伐作戦の詳しい作戦と日程が決められるだろう。その時が来れば、僕はあの男の力を確かめることができる。同盟初戦だ。女王と側近も来るだろう。無論僕たちも行くことになる。見極めてやる。ベティにあそこまで言わせた力がどんな物か。

僕は静かに目を閉じた。


後日、インティアからフェマル女性騎士団に関する情報が送られてきた。僕とミカはそれを眺めていた。

「歳は15〜25。全員女でミュータント。人数は50人弱か」

「本拠地は……京都?」

「国内ならいつもよりは楽だな」

イギリスだのアメリカだの、散々振り回されてきたからな。

「ただ人数が多い。イークルとインティアの、世界に散らばってる騎士の総数が500。その内の100人が日本にいる。単純に半分は出向かなきゃダメってことだろ」

「凰もずいぶんと思い切った作戦に出たモンだね」

「まあアイツの作戦かどうかはわかんねぇけどな」

見た感じ、凰梨の決定にはほとんどあの男の忠告(指示?)が関わってそうだった。つか関わってるに決まってる。

「奴らの基地は山ん中みてぇだな。そこで集まってる所に突入とは、よほど自信があるんだろ」

「でも危なくない?さすがに規模が大きすぎるような……」

「ま、どうせ一対一の集まりだろうからな。大丈夫だろ」

50対50になることはたぶん無いだろう。

「で、女王。これから僕たちは京都に連れて行く20人を選ばなきゃいけねぇんだけど?」

そう。それが僕たちの仕事だ。

「ゲッ……めんどくさぁ」

「さっさと終わらせちまおうぜ」

僕はまた別の資料を手に取った。そこにはイークル騎士団のメンバーの役職と特徴が記されている。

「とりあえず、どっかの部隊の隊長を一人ぐらい連れて行くか。誰がいい?」

僕はミカにもその資料を見せながら言った。

「う〜ん、無難にバルドはどう?」

「無難……なのか?」

そりゃあたぶん強いだろうが、何せ能力が不明だ。なぜかどの資料にもバルドの能力は載っていない。

「その能力を知るためのいい機会かもよ?」

実際バルドに聞けば済む話だけどな。

「面白そうだからそうすっか」

「ずいぶん余裕だね?」

「まあ絶対ぇ負けねぇからな」

「どうしてそんなことが言えるの?」

「だって僕もベティもバルドもいるんだぞ?負けるわけねぇだろ」

ちなみにベティは確定だ。

僕の言葉にミカはこうコメント。

「ベティさんとバルドはともかく、鳳はなぁ……」

「……お前って、そんなに死にたがりだったっけ?」

「じ、冗談だって!頼りにしてるよ側近さん!」

「ならいいけどよ」

僕は半笑いのミカから、再び資料に目を落とした。

「で、団長が参戦するなら、あとの人選はバルドに任せていいな」

「そうだね」

これでいい加減な仕事は終わったわけだ。これだけで僕はバルドと同じぐらいの地位に居れるわけだし、ベティよりも上なのだ。全くいい職業だと思う。

ああ一つ忘れてた。

「決行は……」

……あのバカ妹が。

「明日?!」


そんなわけで翌日。つまり作戦の日。

僕たちインティアとイークルは相手のアジトから離れた所で合流。正々堂々と正面玄関から突入する。正々堂々と言えば、この襲撃は馬鹿正直にも敵であるフェマル騎士団にも伝わっているようだ。ナイトオブナイトの仕業と思われる。ったく、半端ねぇ騎士道。

「皆さん来ましたね」

「はい。こっちは20人です」

「約束通り、こっちは30人です。いい人数でしょう」

そんなナイトオブナイトとミカのやり取りのあと、僕たち二つの騎士団は、一つの大きな部隊となった。総勢50名。エリートばかり集めたこの部隊が、負ける理由はどこにもなかった。

「じゃ、早速行こうか」

凰梨を先頭に部隊は動き出す。


僕たちは敵のアジトから500メートル手前までやって来た。道中では、ワイワイガヤガヤとして、どこか遠足のような雰囲気だった。それなのに、事態は、予想外の報告に一変した。

「!止まって!」

進む一行を、先頭の一人であるミカが制した。道の真ん中での突然の出来事。従いはするが、皆わけがわからなかった。

「何か……居ますね」

腑に落ちない停滞の中で呟いたのはナイトオブナイトのアーサーだった。

何か居る?どこに?

さっきも言ったが、ここは道の真ん中だ。近くに何かあれば、すぐに気づける。だが今は何も見えない。

「こっち」

ミカは道の脇の森の中へ、草をかき分けて歩き出す。必然的に僕もついて行くことになる。ったく、ふざけんじゃねぇよ。

後からナイトオブナイトと凰梨もついてきた。お転婆な女王様が多いこって。道の真ん中で置き去りにされた46人涙目だろうな。

そんなことも御構い無しにウチのわんぱく女王はズンズン進む。本当に何かあんのか?つか、遠くの物察知しすぎだろ。数分歩いたところで、

「あ!」

ミカは何かを目指して駆け出した。僕も慌てて走り、その正体を知った。それは、

「だ、大丈夫?!」

少女だった。白いドレスをボロボロにした少女が、傷だらけで倒れていた。

「う……うん……」

少女がうっすらと目を開ける。三つ編みにされた銀の髪が、赤い瞳を一層際立たせた。

後からナイトオブナイトと凰梨が追いついた。二人とも目を見開いたが、ナイトオブナイトの一言で僕たちはさらに驚かされた。

「あなたはビッキー=ベル??」

「ナイトオブナイト……ですか」

少女は弱った口調で絞り出した。

「知り合いかよ?」

「ええ、何を隠そう、フェマル騎士団の副団長です」

?!

「オイオイオイ!これから大事な決闘だって時に、何でもうボロボロなんだよ?!」

しかもこんなところで倒れて!

ナイトオブナイトは冷静に取り次ぐ。

「何があったんですか?」

ビッキーは、起き上がろうとしたが、無理だと判断して横たわったまま説明した。

「ワタシたちの基地が……襲われました。犯人は……乾の部下と思われます。でも……あなたは……行ってはいけない」

「どういうことです?」

「ワタシたちは……皆やられました。たった……一人の男に」

?!

「フェマル騎士団って50人じゃなかったのかよ??」

「50人……ですよ。それが……やられたのです」

たった……一人に?

「ナイトオブナイト……あなたでも……勝てるかどうかわかりません。あれは……悪魔です。会えば……必ず不幸になります」

僕たちは言葉を失った。だってしょうがねぇだろ。エースでも勝てないなんて言われたらよ。

そんな中で、ナイトオブナイトは無言のままビッキーを抱えて立ち上がった。いわゆるお姫様抱っこってヤツだ。とりあえず皆のところに戻るってことか。

来る時とは逆の順番で僕たちは46人のところに帰った。その全員がナイトオブナイトの腕の中の少女を見て度肝を抜かれた。そんなに有名だったのかこのチンチクリンは。どう見ても中学生。

僕がこの流れについてこれないでいると、ナイトオブナイトに冷たい機械を押し付けられた。

……ブースター?

「何をぼーっとしてるんですか。行きますよ?」

「行くって、どこに?」

「決まってるじゃないですか。フェマル騎士団の基地ですよ」

?!

「行くなって言われただろ?!」

「騎士として、無礼者を許すわけにはいきません」

「勝てるかどうかわからないんだぞ!」

「それは問題ではないでしょう」

「オイオイ……」

つか、ミカも凰梨もブースター着けてるし。

「はぁ……バカじゃねぇの」

仕方ねぇ。

僕は渋々ブースターを受け取った。背中に背負いながら僕は思う。

どうせ僕は死なないんだから。

「女王」

「はいはい出発しますよ」

まずは凰梨が先陣を切って飛び立つ。その影があっという間に小さくなっていく。それに続いてナイトオブナイトも飛んだ。

「行こう、鳳」

ミカが僕の手を握った。若干震えている。怖いのか。……当然だよな。死ぬかもしれねぇんだし。

「ああ」

僕は返事をしてブースターに想像を伝える。

僕は嘘を吐いた。死ぬかもしれない、なんてあるわけがない。僕がついているのだから。

僕はミカの手を強く握り締める。

「行くぞ」

「うん!」

僕たちは同時に飛び上がった。


すぐに基地が見えてきた。だが予想よりひどい状態だ。ほとんどの窓が割られ、辺りには塵が舞う。そして何より、

「そんな……」

もともとは十階建てのビルが五階建てになっていた。どういうことかと言えば、

「何で、ビルが真っ二つなのよ?!」

凰梨は叫んだ。

十個の階の内、上半分の五個は隣で横たわっていた。断面は無理矢理引き裂かれたように荒い。

「いったい、誰が、どうやって……?」

「……」

ナイトオブナイトは無表情でその様子を見ていた。暗い雲が立ち込める中、その顔にも影がかかっているような気がする。

「とりあえず、近くに行ってみよう。誰かいるかもしれないよ」

僕たちは地面に足をつけて、歩いて近づく。と、その時!


ピカッ!ズズン……!


雷が、僕たちに直撃した。


恐る恐る目を開けた。僕たちは、自分たちがこの世界に居ることに心の底から驚いた。そして、両手を上げている一人の男の存在に気づいた。長い髪とマントを風になびかせ、涼しい顔で天を見上げるインティア騎士団の女王側近の姿に。

雷の直撃に遭うなんてすごい確率だ。だが、それ以上に、この男があり得ない。

「雷を受け止めた……だと?!」

僕は思わず後ずさりした。ベティの見たものがこういうものなら、あの反応も頷ける。

雷の速さは秒速200kmだと、どこかで聞いたことがある。秒速200キロだぞ?気づいた時には死んでるレベルだ。それを受け止めるなんて、

「……人間じゃねぇ」

「何を言ってるんです?」

男は手を下ろして振り向いた。その手で僕を捻り潰すのも容易いだろうと、つい想像してしまう。

「私たちは皆とっくに人間を卒業していますよ」

アンタは特にだよ。つか、マジでどうやった。雷が落ちてから反応したのか?

「簡単なことです。感知する範囲を広くしておいたんですよ」

はぁ?雷が発生する天空の状況を察知したってことか?それならさっき森の奥で倒れていたビッキーの存在に気づいたことも頷けるが、いくらなんでも範囲が広すぎる。

「まあ、察知してもさすがに雷は速過ぎましたね。空間をいじる暇もなく、受け止めるしかありませんでした」

ふざけてる。凰梨の表情から言って、この男にとってはこれがデフォルトのようだ。イークルとインティアでは、持っている盾の暑さが違いすぎるらしい。

「それよりも、ついに来たようですよ」

ナイトオブナイトが二つになったビルの方を見る。視界を遮る塵の中から、ユラユラと一つの人影が歩いてくる。ナイトオブナイトにはヤツの正体が見えているのだろう。そしておそらく、それは戦わなければならない相手なのだ。

「へぇ……生きてたのか。ラッキーだなぁ、オマエら」

その人影は少年だった。たぶん僕と同じくらいの歳だろう。だが、どこか弱々しい。線が細く、今にも折れそうだ。大人しい髪型のわりに、黒髪の先端を銀色に染めた派手な髪色。それらを総括して、僕が最初に抱いた感想は、

「……キレイ」

ミカが呟いた。たった今まで、僕と同じくナイトオブナイトの力に驚愕していたのに、今は完全にその美しい少年に見入っていた。

そう。その少年は美しかった。暗闇でも輝く。むしろ、暗闇の中でこそ真価を発揮しそうな美しさを持っていた。

「あなたが、私たちの相手ですね」

ナイトオブナイトが一歩前に出た。その目には少年の美しさに負けない強さが見て取れた。

「ハハ、よせよ。オレは別にオマエらと戦う気なんてさらさら無いぜ」

だが少年はナイトオブナイトを鼻で笑った。自分が誰に向かって口をきいているのか知らないとしても、少年の言葉はおかしかった。

「どういうことだ?」

僕はナイトオブナイトに並んだ。ナイトオブナイトの力は恐ろしいほど強大だ。仲間で本当によかったと思う。

「いやだからさ、オレ今まで一回もガチで戦ったことないし。そもそも疲れることキライだし」

「アァ?じゃあこれは誰がやったんだよ?」

僕は苛立って周囲の惨状を叩きつけた。だが少年はまたしても適当に答える。

「知らねえよ。オレはただ立ってただけだしぃ」

……これ以上しゃべってもムダみたいだな。

僕は左足を少し引く。そして左腰に刺してあるビアンカに手をかけようとした。その時、

「あなたは、誰かに言われてここへ来たのですか?」

黙っていたナイトオブナイトが口を開いた。

「ああそうだぜ。乾に言われてなぁ」

乾ってことはエンジェルメイトか!人集めに励むフェマル騎士団を逆に襲うとは、先手を打ちやがったな。

「それが、どうして戦う気が無いなんて言うんです?」

「アン?だって乾がそう言ったんだぜ。ただ居るだけでいいって」

何を考えてるんだ乾は。しかし、現にこうしてフェマル騎士団は壊滅させられたわけだし、何か裏があるに違いない。もっと言えば、敵が複数である可能性も視野に入れるべきかもしれない。ナイトオブナイトも同じことを考えたようだった。

「ここに来たのは、あなただけですか?」

「そうだぜ。まあ一人で十分ってことだ」

おそらくこの質問は、ナイトオブナイトにとっては単なる確認にすぎなかっただろう。遠くで倒れていたビッキーを発見できたのだから、隠れている伏兵でも簡単に見つけることができるはずだ。

「どちらにせよ、私たちはあなたを倒さなければなりません。何か言い残すことはありませんか?」

ナイトオブナイトが本気で戦おうとしている。相手を殺すつもりで、全力を出そうとしている。僕にとってはさらに実力を見るいい機会だが、相手にとっては絶対に陥りたくない状況だろう。

「え?オレを殺すのか?」

だが少年の表情から余裕が消えることはない。本当に、相手が誰だか知らないんじゃないか。

「いやいや……まいったな」

少年は半笑いで頭をかく。そして、顔を上げてナイトオブナイトの目をまっすぐに見た。

「とんだバカも居たモンだ」

僕から見れば、バカはお前だが。

しかし、ナイトオブナイトの反応は予想と違う物だった。

「……あなた方は、下がっていてください」

「アン?」

それは僕たちに言ってるよな?このバカみたいなヤツが、そんなに強いっていうのか?

「あなた方を守り切る自信がありません。巻き込まれれば、死にます」

「アーサーは、あいつが誰だか知ってるの?」

凰梨がナイトオブナイトの背中に向かって言う。

「ええ。確証はありませんが」

ナイトオブナイトはマントを風になびかせながら答えた。ずいぶん物知りなヤツだと思った。

「お兄様も、下がっていてください。騎士として、対等な条件で臨みたいのです」

これはただの口上にすぎない。さっき言ったことが本心だろう。それでもこう言われると、騎士として引き下がらざるを得ない。

僕はミカと凰梨を連れて十分な位置まで下がる。戦闘の余波を防ぐために、僕は女王たちの前に立った。

「……行きます」

ナイトオブナイトは右足を少し引いた。そして、両手に真っ赤に燃える火の玉を作り出す。

「ハッ!」

ナイトオブナイトは大きく振りかぶって数百度の熱を投げた。


だが、それが少年に届くことは無かった。突如吹いた突風によって、どこからか飛んで来た木の板がその炎を一身に受けた。空中で燃え尽き、ただの煙となる。

「……」

ナイトオブナイトの表情に焦りは無い。少年もニヤニヤしたままその様子を突っ立って見ていた。

次にナイトオブナイトは、その炎を剣の形に変化させて走り出した。だが、


バリバリバリッ!!


またしても、雷がナイトオブナイトの頭上に落ちた。ナイトオブナイトは空間に穴を開けて青白い鉄槌をどこかへ飛ばす。そしてスピードを落とさずに少年へと迫る。しかし、


メキメキメキメキッ!!


今度は大きな地震が起きた。ナイトオブナイトの行く手に、巨大な地割れが起こる。ナイトオブナイトはその地割れに飲み込まれないように仕方なく少年と距離を取った。少年の方は、表情も立ち位置も変えず、ポケットに手を突っ込んで余裕をかましている。

この時点で、あり得ないことがいくつも起きていた。

まず雷。先ほどに続き、二度目の雷の直撃。一日に二回も雷に当たるなんて、天文学的数字による確率だ。

次に地震。地震は正確な予測ができる物ではないが、それでもこの辺りで地震が起きやすいなんて聞いたことがない。まして、活断層なんて皆無だ。それなのに地震は起きたわけだし、大きな地割れもできた。さらに、この地震は超局地的な物だったと思われて、向こうに見える道路には何の被害もない。

もっと言えば、最初の木の板だってそうだ。雲は広がっていたが、地上の風はそこまで強くなく、物が飛んでくるようなことはないはずだった。だが、木の板は飛ばされ、ナイトオブナイトの攻撃を邪魔した。

何か、いや、全てがおかしい。

「あなた……お名前は?」

「ん?オレか?」

すっとぼけやがって。テメェ以外誰がいるんだ。まあ僕が名前を聞いても、ピンと来ることはないだろ。

「オレの名前は、ジェラルド=ハーン。もしかして、オレのこと知ってる?」

「ハーン……やはりそうでしたか」

「へぇ、知ってたんだ」

ナイトオブナイトの表情が急に曇る。僕は当然初めて聞く名前だったが、ナイトオブナイトは違った。

「あれは、十二年前のことでしたか」

「そうそう。オレがまだ五歳の時だぜ」

何なんだよ。僕の知らないところで話しやがって。

「ハーン……ってもしかして!」

え?

ミカが突然何かを思い出したかのように手を打った。

「もしかして、十二年前の詐欺事件の??」

「何だよそれ?」

ミカはナイトオブナイトと同じような暗い表情で語り始めた。

「……雑誌で読んだことあるの。十二年前、ドイツで宝くじを利用した史上最大の詐欺があった。その容疑者の家族は、世間の冷たい扱いに耐えられなくなって、当時五歳の子どもを残して心中したって……」

……まさか。

「まさかその一家が……」

「うん。ハーン容疑者の家族……」

「じゃあアイツは……」

もう言われなくてもわかる。

「残された子ども……なのか」

僕は愕然とした。その子どもがここにいることも奇跡だが、それよりもその子ども、つまりアイツが背負っている悲しみと怨みを想像してぞっとした。

「へぇ、よく知ってんじゃん」

ジェラルド=ハーンの言葉は僕たち、特にミカに向けられていた。

「でも、どうやって詐欺をしたのかまでは知らないだろう」

少年はいたずらっぽく笑う。でも、どこか乾いている。

「じゃあ教えてやるよ。昔々、あるところに貧乏な夫婦が居ました。生活は苦しく、夫の収入は増える気配もありません」

少年は楽しそうに話す。でも、どこか濡れている。

「そんな夫婦に男の子が生まれました。夫婦はその子をジェラルドと名付け、大事に大事に育てました」

少年の過去は重かった。でも、少年の口調は軽い。

「ジェラルドが五歳になったとき、彼は一枚の紙切れを拾いました。彼がそれを大好きな両親に見せると、宝くじだと教えられました。両親は特に期待したわけではありませんでしたが、抽選の日まで、それを大切にとっておきました」

話の先は明るかった。でも、なぜか不安だ。

「そして、夫婦は抽選の日、当選番号を見て驚きました。なんと、ジェラルド少年が拾ってきたたった一枚の宝くじが、一等に当選したのです。それから一家は、貧乏な暮らしを抜け出し、楽しい毎日を送り始めました」

僕はわかった。ここからが、本当の暗闇だと。

「そこで終わればよかったのです。だけど、少年は一ヶ月後に、再び一枚の宝くじを拾いました。夫婦は、抽選の日を特に期待しないで待っていました」

……

「そして抽選の日、夫婦は、当選番号を見てまたしても驚きました。なんと、ジェラルド少年が拾ってきたたった一枚の宝くじが、またしても当たったのです。これには、新聞もニュースも黙っていませんでした」

……これが、事実なら。

「世間は、一家に起きた幸運を、奇跡とはやし立てました。けれど、それは一部にすぎなかったのです。彼らの幸運を、面白くなく思う人々も居ました。大金を二度も当てられた宝くじの会社や、彼らの幸運を妬む人たちです。彼らは有る事無い事をでっち上げ、その一家を今世紀最大の詐欺師に仕立て上げました。訴えられたその一家は、次第に白い目で見られるようになりました。彼らを祝福する記事は、いつしか彼らを批判する記事に変わっていました。そして、裁判の日。耐えきれなくなった一家は、まだ五歳だった息子を一人残して、首を吊りました」

ここまで来てもジェラルドの口調は変わらない。まるで他人事のようだ。

「その日を境に、新聞やテレビは、その事件が無かったかのように報道を止めました。人々も、その家族が存在しなかったかのように振る舞い始めました。誰も彼も、責任を取らされるのを恐れたのです。だから、誰も責任を取る必要が無いよう、事実を握り潰したのです」

ジェラルドはクツクツと笑い始めた。この話は本当に事実なのだろうか、という疑問まで浮かぶ。

「少年は生きる場を失い、路頭に迷いました。けれど、自らの幸運で、生きること自体は難しいことではありませんでした。その代わり、生きる意味を探すのは、本当に難しいことでした」

ジェラルドの話はここで終わった。後は現在に続く、といったところだろうか。

「よくできた悲劇だろう?シェイクスピアも真っ青ってな」

事実は小説よりも奇なり、とはよく言った物だ。この話が本当にジェラルドの身の上話なら、彼の過去は重く、切ない。そして、

「お前の……能力は……」

ヤバイ。僕たちは誰を相手にしているのだろうか。

ジェラルドは楽しそうに答える。

「そう。オレの能力は、超ラッキーってことなのさ」

僕たちの相手は人間ではなかった。人間の格好をした悪魔。あるいは、途轍もない加護を受けた神の子。

僕もミカも凰梨も、ジェラルドの存在に恐怖し、絶望した。運だけは、僕たちの手ではどうしようもない。ジェラルドにとっての幸運は、僕たちにとっての不幸だ。その不幸によって雷の的にされるなら、命がいくつあっても足りない。

だが、ただ一人、僕たちとは違う反応を示す人間がいた。いや、こちらも人間ではなかった。

「なるほど。謎が解けましたよ。どうりで強い訳だ」

「ハッ、強いのはオレじゃないけどな」

ジェラルドは自身の背後、何も無い空間を指した。

「強いのはオレのバックにいる神だからな」

だが、魔法使い、アーサーも強い。ナイトオブナイトなら運さえも捻じ曲げられるのではないか。言ってみれば、神と対立する堕天使サタンのように。

何だよそれ。どう見ても逆じゃねぇか。

ナイトオブナイトは再び構える。神との戦いは、誰にも予測がつかない。それでも騎士は挑む。最強と呼ばれ、騎士の頂点に君臨する男は、騎士らしく一歩も引くつもりはない。

「同情はしますが、それでも負けてもらいます」

「フン、そう来なくっちゃ」

と、言っても、戦うのはあくまで後ろにいる神だ。ジェラルドに戦う気は無い。

「行きます」

ナイトオブナイトが右手を天に向けた。それと同時に、雷がジェラルドの頭上に落下した。


「へぇ」

ジェラルドはワンテンポ遅れて天を見上げた。その頃には、降り注いだ雷は倒れたビルの先端に付いた避雷針へと向きを変えていた。そして突如、目の前で鳴ったガツンという衝撃音に若干驚いてその方向を見た。

見ると、ナイトオブナイトがすぐ目の前で右脚を振り上げたところだった。ナイトオブナイトの回し蹴りが炸裂する前に、飛んできた金属片が割って入った。ジェラルドはそれに守られ、ゆっくりとナイトオブナイトの動作を観察する。ナイトオブナイトがすぐに次の手を繰り出そうとした時、今度は空から金属片が降ってきた。ナイトオブナイトは後ろに飛び退きそれをかわす。空を見上げると、一機の飛行機が真上を飛んでいた。後で墜落事故など起きないといいのだが。

この時点で、やはりジェラルドは一歩も動いていない。ポケットに突っ込んだ手を出そうともしない。

「もう終わりか、アーサーさんよぉ?」

ジェラルドは目の前の相手が誰か知っているようだ。それでもこの自信。味方が味方だけに当然かもしれないが。

ナイトオブナイトは無言で飛び出す。今度は炎の剣を構えて。ある程度の距離まで近づいた時、再び突風が吹いた。視界の端で金属片が舞い上がったのが見えた。しかし、

「ハァ!」

ナイトオブナイトは空いた左手を振った。するとどうだ。持ち上がった金属片に向かって、今度は逆向きの突風が吹いた。金属片は進路を変え、ナイトオブナイトとジェラルドの間に割って入ることはなくなる。

「よし!」

凰梨が拳を握って身を乗り出した。

しかし、僕たちはジェラルドの運を舐めていた。

ジェラルドの口が不適に歪んだ。その瞬間、ナイトオブナイトはジェラルドに背を向けて、僕たちの方を向いた。そして何らかの魔法を発動する。

次の瞬間、三度目の雷が落ちた。ターゲットは僕たち。ジェラルドは瞬間移動のようなスピードで僕たちの頭上に飛んできて、雷を受け止めた。

ジェラルドは楽しそうに拍手をする。

「お見事お見事」

僕たちは一歩も動けなかった。僕たちのせいで、折角の攻撃チャンスを一つ潰してしまったのだ。

「それにしてもしょっ中雷の的になる奴らだな。本当に“運が悪い”な、お前」

ジェラルドが明らかに作り物の表情で作り物の同情を寄越す。

死んでしまえ。

だが今の僕にはどうすることもできない。……いや、今の雷でわかった。一つだけできることがある。

「行くぞ、ミカ、凰梨」

「?!」

ジェラルドとナイトオブナイトの戦いに背を向けた僕を見て、両女王は動揺した。僕は自分の判断の根拠を説明する。

「僕たちがここに居ても、ナイトオブナイトの邪魔になるだけだ。さっきみたいに、また雷に狙われたらどうする?」

「……」

ミカは一歩前に出た。それはつまり、僕に従うという意思表示。何だか立場が逆だな。

イークルの女王は賛成したが、インティアの方は渋っていた。

「……でも、アーサーが勝てるかどうかわからないんだよ?アタシたちが居なくなったら、誰がアーサーを助けるの?」

「たとえ僕たちがここに居ても、ナイトオブナイトを助けることはできない。むしろ、勝てるモンも勝てなくなるんだ」

「でも……」

凰梨は昔から人に懐かないことで有名だった。誰に対してもそう簡単に気を許さず、唯一まともに接することができたのは僕ぐらいだった。それが、今は僕よりもアーサーを気にかけている。僕としてはかなり意外だったが、アーサーと凰梨の関係がすぐ壊れる脆い物ではないということがよくわかった。きっと、角張った性格の凰梨だからこそ、手に入れた関係を失いたくないのだろう。

……仕方ねぇ。

「分かった。じゃあ僕がここに残る。お前たちは帰れ」

「?!ダメだよ!ここに居たら死んじゃうかもしれないんだよ??」

ミカが必死な形相で迫る。ミカには悪いが、

「僕の特技は死なないことだ。心配ない」

「待って!それならアタシも死なないんだけど、どうしてお兄だけなのさ??」

今度は凰梨だ。……うっせぇガキ共だな。

「切断より貫通の方が起こりやすいだろ。それに、自分の主が戦場に居たら、戦う側も気が散るんじゃないか?」

この言葉には凰梨だけでなくミカも遠ざける効果がある。僕だって、側近だ。

「……行こう、凰」

「え……でも……」

ミカは凰梨の手を取り、凰梨はミカの顔を見た。ミカは無言で頷く。それから凰梨はゆっくりと僕を振り返り、未練タラタラで僕に言った。

「アーサーを死なせたら、承知しないんだから」

「……任せろ」

凰梨はミカに手を引かれ、みんなが待つ方へゆっくりと歩き出す。しかし途中で、

「あ、あと」

突然振り返った。そして僕の目を見て言う。

「お兄も、死んだら殺すから」

凰梨はそれだけ言って、今度はミカをリードするようにさっさと飛び立った。

「……」

ミカは僕と視線を結んだ後、凰梨の背中を追って飛び立った。

……ったく、当たり前だろうが。

僕はビアンカを鞘から引き抜き、“運悪く”飛んできた燃えた木屑を切り裂く。

「感謝しろよナイトオブナイト」

僕は神と必死に戦う騎士に向かってつぶやく。どうせ聞こえてないだろうが、ヤツが僕の判断に文句をつけることは無いはずだ。さあ、ここからが本番だ。


しかし、

「まったく、どうしてそうしたのですか?」

ヤツは僕との距離が近づいた時、余裕で文句をつけてきた。飛んでくる金属片を避けながら、ナイトオブナイトは吐く。

「どうしてあなたも一緒に行かなかったのですか?」

僕は金属片を避けるのではなく斬ることでかわしながら答える。

「わがまま女王様に頼まれたんだよ。アンタを助けろってな」

「……あなたが居ても、何も変わりません。それよりは、女王と一緒に、みんなと安全な所まで避難する方が賢いと思いますが?」

「生憎、僕は妹思いな兄なんでな」

「……あなたもバカな人だ」

そう言ってナイトオブナイトは再び飛び出す。雷を受け止め、地震を乗り越え、竜巻に耐え。見ているこっちがハラハラする。

「いや〜頑張るなぁ」

ジェラルドが頭の後ろに手を回す。地割れを飛び越えるナイトオブナイトを、まるで他人事のように見下ろした。

「残念ながら、負けられない理由が増えましたから」

「それは結構」

ジェラルドまで辿り着けば。そうすればナイトオブナイトの勝利は確定する。ジェラルド自身に、何か特別な力があるわけではない。今苦心しているのは、ジェラルドの後ろに居る神がジェラルドを守っているからだ。そのために、ナイトオブナイトは何度も押し戻されている。

逆に言えば、今のところナイトオブナイトは、神と渡りあうことができていると言えた。他の人間なら、最初の雷で撃沈している。ナイトオブナイトには、持って生まれた究極の才能と、負けられない理由があった。

なるほど。僕は理解した。どうしてナイトオブナイトが、こんなにも強いのかを。

ナイトオブナイトが最後の地割れを越えた。一気にジェラルドに詰め寄り、懐から短剣を取り出す。

「お別れです」

ナイトオブナイトが短剣を突き出した。ナイトオブナイトの勝ちだ!

だがジェラルドは、笑顔を崩さなかった。そして、自分の真上を指差して言う。

「あれな〜んだ?」

僕は慌ててブースターの出力を最大にした。飛ぶ方向は、ジェラルドとナイトオブナイトに背を向ける方向。

僕だって助けたかった。凰梨との約束を守りたかった。でも、しょうがねぇだろ。あんなのに巻き込まれたら、僕だって生きていられるかわからないんだ。

まさか、旅客機が上から降ってくるなんて。


その瞬間、隕石でも落ちたかのような爆発が、二人の男を中心に巻き起こった。


僕は追ってくる炎からなんとか逃れ、爆風に押されながらも体勢を立て直した。

白く塗られた鉄の残骸が、チリチリと炎を立てていた。辺りには黒い煙が立ち込め、視界がはっきりしない。

「はぁ……はぁ……」

僕は肩で息をしながら二人の様子を見に行く。爆発の中心に辿り着く途中、いくつかの人型の炭を見た。おそらく百人以上の乗客がそのジャンボジェットに乗っていたのだろうが、そのほとんどが溶けてしまったらしい。巻き込まれていたら、やはり僕でも生きていられなかっただろう。

僕は白い瓦礫を踏みつけ、中心に辿り着いた。煙もだいぶ晴れてきたが、人の気配は無い。

「おい……ナイトオブナイト……?」

僕はそこらを歩き回った。だが見つからなかった。

……ダメか……。あれだけの爆発だ。中心に居て、生き残れるはずがない。死体さえも、空気に散っているかもしれない。

「……クソ」

どうしようもなかった。やはり、凰梨との約束を破ってしまった。誇り高き騎士は、神を道連れに死んでしまった。はぁ……凰梨に何て言おう。

僕がそんなことを考えていると、


ガラッ


どこかで何かが動く音がした。

ナイトオブナイトかもしれない!

僕はそう思い、走ってその方向に向かった。だが、僕の期待は裏切られた。それどころか、希望は絶望に塗りつぶされた。

「あ〜あ、ついてねぇなこりゃぁ」

白い影が、むくりと立ち上がる。

絶望は瓦礫の中で生きていた。


「そんな……バカな」

ジェラルドは服に少し煤が付いただけで、ほぼ無傷の状態だった。

ありえないありえないありえないありえない!!!!!!

飛行機が直撃したんだぞ?!爆発の中心に居たんだぞ?!なのに無傷ってどういうことだよ?!運でどうこうなるモンじゃねぇだろ?!何なんだよ?!お前はいったい何なんだよ?!

「ま、可能性がゼロじゃなきゃ、それに無限をかけるのがオレ、っつーか神様だしな」

いやゼロだろ??飛行機の直撃で生き残る確率なんてゼロだろ??

「実際ゼロでもなんだかんだで創り出すし」

ゼロじゃなきゃ無限に変え、ゼロなら1を加えて無限をかけるってか?そんなの、


勝てる確率がゼロじゃねぇか?!!


もうダメだ。終わりだ。もう、逃げるのもムダ。戦うのもムダ。ムダムダムダムダムダムダムダムダムダ。

はぁ……こんなことになるなら、何も知らなければよかったのに。その他大勢の一人なら、運命にぶつからずに済んだのに。

僕の嗅覚が油の匂いを感じた。僕の足元に飛行機から漏れた燃料が這っていた。これに引火すれば、さすがの僕も死ぬだろう。が、仕方が無い。運が悪かったのだ。こんなヤツに出会う、不幸な運命を持ってしまったのだ。

じゃあな、ミカ、凰梨、ベティ、バルド……。きっとアンタらももうすぐ来るだろう。僕たちは、神に対抗する力を失い、後は踊らされるだけになってしまった。生まれ変わったら、もうこんな運命はイヤだ。神よ、次からはもっと公平な加護を頼む。

ジェラルドの口が釣り上がる。油の川の上流に、小さな炎が飛び込んだ。


じゃあな。


僕はこの世界に別れを告げ、静かに目を閉じた。


結果から言うと、僕は死ななかった。

「まったく、死に方も知らないんですか?」

そんな声と共に、別の白い影が僕をその場から連れ出したのだ。

「アンタ……生きてたのかよ」

僕はそいつに襟首を掴まれながらそいつを見上げる。

僕たちはまだ、神と戦う力を失ってはいなかった。


「よく生きてたな」

「さすがに危なかったですよ」

ナイトオブナイトは、体のあちこちに火傷を作っていたが、それでも力強く立っていた。

「なぜかはわかりませんが、飛行機に気づくのが遅れましてね。たぶんアイツの“ラッキー補正”でしょうが」

幸運で飛行機を呼び寄せ、相手の感知を遅らせ、自分は無傷で生き残るか。もはやラッキーとかいう問題じゃねぇだろ。

「なぁんだ、生きてたのか。案外お前もラッキーだな」

ジェラルドはナイトオブナイトの登場を、あまり歓迎しない様子で見ていた。

「少し……黙れ」

静かだったが、まるで言葉が質量を持ったかのようだった。ナイトオブナイトがジェラルドを睨んだ。

「今のでわかった。お前の存在が、何を意味するのか」

ナイトオブナイトが敬語以外で話すのを初めて聞いた。けれどジェラルドは動じない。

「へぇ、興味深いな。いったい何を意味するんだ?」

ナイトオブナイトは煙を上げる白い残骸を細い目で見てから答えた。

「お前の存在は、周りを不幸にする!」

事実、フェルマ騎士団は壊滅させられ、僕たちは何度も雷に撃たれ、飛行機は墜落して百人以上の犠牲者を出した。これを不幸と言わずして何を不幸と言おうか。

さすがのジェラルドも、これには気分を害した。と、思ったが、

「アッハッハッハッ、何を今さら」

ジェラルドは腹を抱えて笑った。それから先ほどと同じく、自身の背後を指して言う。

「こいつは誰だ?何の神だ?死の神か?太陽神か?貧乏神か?」

ジェラルドは自身の問を、首を振って自ら答えた。

「イヤイヤこいつは天下の疫病神さ!気をつけろ。取り憑かれたら最後、二度と他人と握手できると思うな」

自虐にしてはずいぶんキツイネタだ。

「キミの能力は、『幸運』ではなかったのかい?」

「オレは幸運だぜ?まあ周りのヤツは知らねぇけどな」

ジェラルドはそう言って、またギャハギャハと笑った。

「あ、でも残念。お前らもう、取り憑かれてるわ」

そしてジェラルドは、背後を指していた指を自分の胸に向けた。

「このオレに」

楽しそうなジェラルドに対し、ナイトオブナイトは冷ややかだ。

「私たちを呪うのは構わない」

……オイオイ、僕も入ってるのかよ。

「でも、そのせいで表社会の人々が不幸になるのは見過ごせない」

……ま、そりゃそうだな。

「アァ?何ヒーロー面しちゃってんの?」

ジェラルドの反応に、ナイトオブナイトは眉をひそめる。

「どういうことだ?」

「アンタらが加害者かもしれないって言ってんだよ」

何言ってんだ。

「わかんないのか?アンタらがいるから飛行機が落ちるんだぜ?」

「……」

確かに、僕たちがお前と戦ってるからこんな不幸が起きるわけで、僕たちがここにいなければ飛行機は落ちなかった。

「言ったろ。もう取り憑かれてんだよ」

ふざけやがって。疫病神に取り憑かれた僕たちが、新たな疫病神となって飛行機を落としたってのか。それじゃあゾンビみたいに増えてく仕組みってことだ。めんどくせぇ。

そして、そのゾンビの仕組みの中心の存在に、ナイトオブナイトは僕より先に気づいていたのだ。

「お前は居てはいけない存在だ!」

ナイトオブナイトは本気でジェラルドを消しにかかった。


ナイトオブナイトは炎の剣を片手に突っ込む。だがジェラルドの運は健在。状況が劇的に変わるとは思えなかった。予想通りと言うべきか、ナイトオブナイトがジェラルドの元に辿り着く前に、ナイトオブナイトの足元が大きな爆発を起こした。飛行機の燃料に引火したのだ。煙の向こうでは、ジェラルドの歪んだ笑みが想像できた。

しかし、ナイトオブナイトは僕の予想を軽々と上回って見せた。

何の魔法かは知らないが、ナイトオブナイトは爆発を無効化し、止まらずに突き進んだ。次に先ほど同様、大きな地震が局地的にナイトオブナイトを襲う。しかしナイトオブナイトは魔法で地震を無効化してジェラルドに向かって飛びかかった。

初めて、ジェラルドの顔から余裕が消えた。

「ウソだろ……?!」

ジェラルドは後ろに飛んでナイトオブナイトと距離を作った。しかし炎はもっと柔軟だった。剣を象っていた炎は、逃げるジェラルドに向かってムチのようにしなった。ジェラルドの右頬に赤い火傷ができる。ジェラルドは自分の右頬を触って奥歯を噛み締めた。

「……コノヤロウ」

ナイトオブナイトはジェラルドの立ち位置を変えたばかりでなく、初めてヤツにダメージを与えた。

……強ぇ。やっぱコイツはめちゃくちゃ強ぇ。破れないと思っていた疫病神の運を力で押さえつけた。

「お前に消えてもらうまでは終わらない」

ナイトオブナイトは手のひらに白い光の塊を創り出した。僕にはあれの持つ殺傷力が容易に想像できた。僕の左手のフルパワー……いや、それ以上か?

「オイオイマジかよ?!」

ジェラルドは運だけでは潰せないと判断して、横に飛び退いた。

その瞬間、ナイトオブナイトの殺人光線が放たれた。ジェラルドの頭上を白い光が空気を焦がしながら通過する。

「終わりです」

ナイトオブナイトは光の柱を振り下ろした。堕天使サタンは、神に負ける運命を打ち破ったのだ。


そうだったら良かったのに。


サタンは強かった。でも神はもっと強かった。

天から何かが降り注いだ。それは光の柱。まるで世界中の太陽光を集めて圧縮したような熱の塊。僕にはあれの持つ殺傷力が全く想像できなかった。それがナイトオブナイトとジェラルドの間を割った。ナイトオブナイトの創り出した柱は、新たに降ってきた大剣によって行く手を断たれた。

「これほどとは……さすがに……予想外だ」

ジェラルドが立ち上がった。その顔には再びあの余裕が戻っている。

「……」

ナイトオブナイトに表情は無い。二つの光の柱は徐々に細くなり、ついには消えた。

「運がいい……ってことの意味を考えたことはあるか?」

ジェラルドはポケットに手を突っ込んで言った。僕もナイトオブナイトも、答えられない。

「運がいいってのはな、思い通りになりやすいってことなんだぜ?」

理屈は関係ない。原理は関係ない。ただ、都合のいいことばかり起こる。それが、ジェラルド=ハーンに与えられた力。さっきの光の大剣も、原理なんて無かったのだ。ただ、ジェラルドにとって都合のいいことだった。


終わった。


完全に詰み。飛行機墜落時以上の絶望が、僕とナイトオブナイトを支配した。これは確信だ。

でも、ナイトオブナイトは再び炎の剣を創り出した。結果は見えているのに。何かが起こって弾かれるのに。

「そういえば、あなたに教えなければならないことがありましたね」

ナイトオブナイトの言葉は、背後に立つ僕に対する物だ。この後に及んで。

「……何だ?」

ナイトオブナイトは静かに、でも強く答えた。

「あなたに、死に方という物を教えましょう」

ナイトオブナイトには未来が見えていた。僕もナイトオブナイトも、疫病神の敵である限り逃げられない。

そして、逃げない。騎士としての心構えの一つ、恐怖による敵前逃亡の放棄。騎士の中の騎士は、騎士道に呆れるほどまっすぐだった。それだけでなく、ナイトオブナイトは僕の想像を今回も超えた。

「私はまだ諦めていません」

「何を……??」

「……私の魔法を使えば、あなたや他の者たちを、十分遠くへ逃がすための時間を稼ぐことぐらいはできるはずです。その間に逃げなさい」

……チッ。

「アンタを殺したら、凰梨に何て言われるかわからないからな。時間稼ぎは僕がやる」

死なない僕なら、少しは持ちこたえられるはずだ。

「無理です」

アン?!

「どうしてだ??」

「……アレは強すぎます。死にづらいあなたでも、アレの運の前では凡人と変わりません」

僕は無言の批難で応えるが、ナイトオブナイトは言った。

「これはやるやらないの問題ではないのです。できるできないの問題なんですよ」

僕では役不足だと言うのか。

そしてナイトオブナイトの言葉を証明する出来事が起きる。どこかで爆発が起き、白く鋭い金属が、カッターのように僕の首を刈りに飛んだ。僕が反応できなかったそれに、ナイトオブナイトは反応した。透明な壁でそれを跳ね返す。

「さあ、行きましょう」

ナイトオブナイトはゆっくりとジェラルドに近づく。僕はその背中を黙って見ていることしかできなかった。だが僕以外で、それを止めることができた人間が居た。

「ああ、ちょっとストップ」

ジェラルドだ。スマートフォンを片手に、近づくナイトオブナイトを制止する。ナイトオブナイトは黙って立ち止まった。

「今乾から連絡あってな。用件は一つ。帰って来い、だってさ」

「は?」

誰が?どこに?……ジェラルドが、乾のところに……だよな?

「どういうことだ?」

「オレが知るかよ。そんなモン」

ジェラルドはつまらなさそうにスマートフォンをポケットにしまう。たぶんただのスマホじゃなくて、騎士の次世代のヤツなんだろう。

とにかく、これで僕たちは救われたらしい。あまり実感が無い。ジェラルドが僕たちに背を向け歩き出したことで、ようやくどれほどの脅威が迫っていたかを知ることができた。

「逃げるのか?」

……は?

僕じゃないぞ。こんな要らないことを言うヤツは!!

「逃げるのですか、ジェラルド=ハーン」

ナイトオブナイト!!

ジェラルドが振り返る。僕は再び脅威の接近を感じた。

「そんなに死にたいのか?」

ジェラルドがこちらに敵意を向けたら終わりだ。ジェラルドの都合のいいこと、すなわち僕たちの死が訪れる。口の中がカラカラに乾く。僕はまだ死にたくない!

…………何も、起きない?

ジェラルドはニタニタと笑う。

「そのうちしっかり殺してやるから心配すんな」

ジェラルドは再び踵を翻して歩き出した。どこに繋がっているのかもわからない道を進み、やがて見えなくなる。

助かった……いや、そんなことはない。運のいいジェラルドは言った。

『しっかり殺してやる』


悪いが、感動の帰還はすっ飛ばさせてもらおう。それどころではないのだ。

「だから!チョコレートティラミスよりショコラティラミスの方が美味しいって言ってるんだよ!!」

「何を言ってるんですか!チョコレートより美味しい物なんてありませんよ」

言い合っているのは、ミカと、元フェルマ女性騎士団副団長のビッキー=ベル。この場に居るのは、僕と凰梨とナイトオブナイト。凰梨は、『ショコラ=チョコレート』と表情された電子辞書を見て肩を震わせている。

「で、回復早々何言い争ってんだテメェ」

僕は仕方なく永遠に続きそうな争いに終止符を打つ。ったく、偉いヤツはどうしてこうバカばっかりなのか。

「テメェとは失礼ですね。これでもワタシ、結構デキるんですよ」

「そんな断崖絶壁の胸張られてもねぇ……」

「失礼過ぎます!!」

ビッキーは、自身が横たわっていたベッドに備え付けてあった枕をひっ掴む。このままでは破られて大惨事が起きそうだ。

「わかったから落ち着け。誰のおかげでここに居られると思ってるんだ」

こことは、イークル騎士団の日本支部。フェルマとイークルは元々敵同士だが、十人足らずになったフェルマは、イークルの敵ではないと判断されたのだ。

「わかってますよ。ナイトオブナイト、感謝してます」

「僕は?!」

確かにお前を治療してミカにお前を保護するよう提案したのはナイトオブナイトだけど!あれ?僕何もしてなくね?

「冗談ですよ。アナタにも感謝してます、鳳」

……コイツ、なかなか見所あるじゃねぇか。中学生だけど。

「一言余計です」

「ここの連中は僕の心に容赦無さすぎる!!」

これ法律で何とかならないのか?

「そんなことより、よく生き残れましたね。さすがナイトオブナイトです」

今回僕たちがここにいるのは、回復したビッキーの見舞いだ。そしてこれが京都以来の初めての再会だったりする。

「……襲撃された経緯を詳しく教えてください」

ナイトオブナイトは照れも謙遜もせずに言った。ビッキーは答える。

「経緯なんてありません。ワタシたちはあなた方との決闘の準備をしていたのですが、その途中でアイツがやって来ました。ただ来ただけなんです。その途端よくわからない雷やら竜巻やら地震やらで、建物は崩壊。五十人以上いた仲間も、あっという間に半分ぐらいまで減らされました。ワタシたちは残りの半分でアイツを追い払おうと闘いましたが、結果は惨敗。相手に傷一つつけられずにやられました」

「……フェルマ騎士団の生存者は九人でした」

「そうですか。運が良かったのですね」

ビッキーは本心からそう答えた。

「団長はどうなりましたか?」

ビッキーはナイトオブナイトを見上げた。

「わかりません。死体も見つかりませんでした」

「と、いうことは、連れて行かれた?」

「その可能性は高いと思います」

エンジェルメイトは仲間を求めていた。フェルマ騎士団の団長がどれほどかは知らないが、乾が優秀な力をみすみす殺すとは思えない。

「でも、襲ってきたのはジェラルド一人じゃなかったっけ?」

凰梨が疑問を口にする。確かに理屈では、僕たちと戦っていたジェラルドが団長を連れて行くのは無理だ。でも、

「理屈では、だろ?」

これで皆に伝わるはずだ。あのジェラルドに、常識や理屈は通用しない。団長をさらうことがジェラルドにとって都合の良いことなら、それは起こりうる。

「どういうことです?」

一人には伝わらなかった。自分が何にやられたのかまだ知らないビッキーが首を捻る。それに答えたのはナイトオブナイトだ。

「彼の名前はジェラルド=ハーン。能力は、“幸運”です」

「ハーン……ってあの詐欺師の?」

「ええ、真実かどうかはわかりませんが」

よく知ってたな。

「そりゃ副団長ですから」

副団長って理由になってねぇだろ。

「じゃあワタシが物知りだからということですね」

それはどう………………、

「ってオイ」

「何でしょう?」

「さっきから何で僕と会話できてんの?」

僕は声なんて出してないのに!

「ああ、ワタシの能力ですよ。ワタシは近くにいる人の心と体の状況がわかるんです。あなたが何を考えているかだってお見通しです」

……はぁ。またそんな能力かよ。

「近くに居たくねぇ」

「まあそう言わないでくださいよ」

「でも常に心ん中見られてんだぞ?僕にだってプライバシーってモンがある」

「あなたが病気になったら早期発見に協力するので許してください」

「釣り合ってるのかそれ?!」

僕が中学……いや、可愛いお嬢さんとお話をしていると、ミカが不安そうな顔で割って入った。

「ところでさぁ、もしかして、ビッキーって私たちの心も見えてるわけ?」

ビッキーはいい笑顔で答えた。

「心配しないで。見ようとしないと見えないから」

「じゃあ僕のも見るなよ!!」

「だって鳳は常にエッチなこと考えてるから気を抜くと危ない気が……」

「考えてねぇよ!お前らも何で引いてんだよ?!」

ナイトオブナイトまで引かなくても……。

「そんなことより」

「そんなこと?!」

僕の当然の権利が無視されたことを無視して、ビッキーが話を進める。

「今回の乾のやり方は、少しおかしくないですか?」

「それは、私も感じていました」

ナイトオブナイトが同意して続ける。

「乾は今まで、仲間を集めるために、“交渉”を主な手段として使ってきました。しかし、今回は単純な“襲撃”。相手の同意を必要としない、力で連れて行く方法なんですよ」

そう言われてみれば……。

「ビッキーのところの団長も、交渉が失敗したから力で連れて行ったんじゃ」

「そうかもしれませんね」

ミカの推測の通りだとしたら、乾には相当の余裕があるのかもしれない。自分の思い通りにならない巨大な力を確保しておくには、別のさらに大きな力が必要だ。それを使うとなればさらに大きな力が。

つまり、団長という大きな力を無理矢理連れて行くことが容易な程の大きな力を、乾が持っている可能性がある。

「あのジェラルドを使っているのでは?」

ビッキーが言う。たぶん僕の思考を見ているのだろう。

「それは直接の力ではないでしょうがね」

ナイトオブナイトが答える。僕もその意見に賛成だ。

ジェラルドは力の源であって力そのものではない。運命が未来を作るものであって未来そのものではないのと同じこと。力の源が力を呼び出し、僕たちを襲う。呼び出された力が団長を縛る。

「ジェラルドの存在がまた別の力の源を呼び出すと?」

「そうとも言えるだろうな」

ジェラルドが呼び寄せる力が、例えば別のミュータントの時。そのミュータントは、僕たちに害を及ぼす力を起こす力の源と見ることができる。ジェラルドの力は、新たな源を生み出す法則そのものとも言えるだろう。

「どちらにせよ、ジェラルドの存在がカローラさんを縛り付けていると言っていいでしょう」

「カローラ?」

ナイトオブナイトが口にした知らない人物の名前に、僕とミカは首を傾げる。

「ワタシたちの団長ですよ」

ビッキーが答えた。

「つまり、ジェラルドを殺せばそのカローラって人が助かるってこと?」

「殺さなくても、乾とジェラルドの利害が一致しなくなれば十分でしょう」

「でも、言うほど簡単じゃねぇぞ」

「乾とジェラルドの結びつきがどれほどの物かわからない内は何とも言えませんね」

ジェラルドを倒せば、僕たちの勝利はぐっと近づく。逆に、倒せなければ僕たちに敗北以外の道は無い。

……あれ?

「てか、僕たちの勝ちって何なんだ?」

「?それは、乾の野望を打ち砕いて、平和を取り戻すことじゃないの?」

「乾に関してそうかもしれないけど、フェルマとか、インティアだって、僕ちと同じく平和を願ってるんだよな?それなのに、どうして決闘とかが無くならないんだ?」

「それは……」

ミカが言いよどむ。これは得意のカンも役に立たない、難しい問題だと思う。

「それは簡単ですよ。単純に私たちそれぞれに、利己心があるからです」

ミカの代わりに答えたのはナイトオブナイトだ。それにしても、

「利己心?」

「ええ」

ナイトオブナイトが少し悲しそうな表情で頷く。

「乾を討ち取れば、世界を救った英雄になれる。オモテ社会ではそうでなくても、騎士の中では伝説になる。そういった欲が合わさって、騎士団を作り、対立を作った」

「今からでも遅くないんじゃないのか?」

今からでも、本当に一つになれるんじゃないか。

「無理です」

ナイトオブナイトが首を横に振った。

「例えここにいる五人に利己心が一切無くても、取り決めは騎士団全体でする物。無理に一つになろうとすれば、それに反対する者も出て、乾の思う壺になります」

「それに、無理に一つにならなくても今は問題無いですよ」

銀髪を三つ編みにした副団長が言う。

「ワタシたちは、乾を倒すという目標に一緒に進んでいる。それで十分じゃないですか」

終わった後は知らないけど……ってか?

「フッ」

「何がおかしいんですか?」

今は見られてないみたいだな。僕の心。

「いや、何か気楽だなぁ、と思ってな」

「こんな時に気を抜くなんて舐めてますね」

ビッキーが髪と同色の眉を吊り上げる。

別に、気を抜いたわけじゃない。むしろ、状況を再確認できた。僕たちは今、ピンチだ。

「わかってるっつーの」

僕は反論の代わりにビッキーの頭を撫でてやる。三つ編みを崩さないように、慎重に。

「わっわっ……何するんですか?!」

ビッキーがギュッと目をつぶって頭の方に手を持っていく。でも僕の手を振り払うようなことはしない。

「……」

「僕たちはジェラルドを何とかしなきゃならないんだな」

「……」

「……ジェラルドを倒せば、とりあえずだいぶ楽になるな」

「……」

「…………早くジェラルドをぶちのめして、乾とまともな勝負がしたいな」

「……」

「……」

「……」

「……よしわかった。わかったからそのジト目をやめろ、ミカ」

「いつまでビッキーを撫でてるの?」

「わかった。わかったから落ち着け。落ち着いてそのナイフをしまえ」

コイツ、だんだんヤンデレ化してね?

だいたい、年下の女子を撫でたぐらいで、そこまで怒らなくても。てか、ミカが怒ったって怖くも何とも……

「……もうやめちゃうんですか?」

「死にたいのか中学生?!」

やめろ!これ以上ミカを刺激するな!その涙目は、僕の寿命を縮めるんだ!!

「……鳳」

あ、

「ミカ、笑顔が……コワイぞ??」

「後で……部屋で、ね?」

「落ち着けぇ!!」

僕は思わずその部屋から飛び出した。出る時にナイトオブナイト、ビッキー、凰梨のいい笑顔が見えた。ビッキーめ、ハメやがったな。とにかく今日は部屋に帰れそうにない。帰ったら、

『もう、フラフラしちゃダメだよ、鳳?こんな手足、いらないよね?』

ってな感じで芋虫にされかねない。

「チクショォオオオオオ!!」

僕は当てもなく廊下を走る。

ラブロフ、今日だけポジション変わろうぜ?


翌日。

「帰れ」

「何でだよ?!呼ばれた気がしたのに!」

「一日ほど遅かったな」

僕は部屋にやって来たラブロフを追い返していた。昨日あれから謝りに謝って、ようやくキスで許してもらえたのだ。

「つか、こんなバカ話しに来たんだったらマジでキレるぞ。お前も防衛隊のリーダーから降ろしてやる」

「待て待て待て!そんなことでクビにされてたまるか!!」

「僕の方が偉いってこと忘れるなよ」

「……いやな上司だなぁ」

ラブロフはため息を吐いて本題に入った。

「それより、オレがここに来たのは、提案があって来たんだ」

「提案?」

「そう」

ラブロフは頷いて続けた。

「また重役会議を開いた方がいいんじゃないかと思ってね」

「その招集を、ミカに頼みに来たって訳か」

「そゆこと」

まあ悪い意見では無いだろう。インティアと同盟を結んでからの初めての会議ということになる。ナイトオブナイトと、凰梨、それからインティアの重役を含めての大きな会議になりそうだ。

「でも、話すことなんてあったか?」

「とぼけちゃって……。もうだいぶ噂になってるぜ。ナイトオブナイトが負けたって」

「どっからそんな噂が……」

「で、実際のところどうなのよ?」

「……」

これに答えてもいい物か。答えるならYesだが、ナイトオブナイトにとっては今回の敗北はプライドに関わる大事な問題だ。僕の口から言ってもいいのかわからない。

僕は答える代わりに、踵を返してミカのいる部屋の中に向かった。

「オイ無視かよ?」

ラブロフが戸口に寄りかかって不機嫌そうな顔をする。僕は弁解をすることもなく言った。

「会議、開くんだろ?」

「おお!」

ラブロフは戸口から肩を離し力強く返事をする。

また仕事が増えちまった。ミカに言って、ナイトオブナイトと連絡を取ろう。バルドにも連絡して、重役を招集してもらおう。今度は前回いなかったテルマにも出てもらうというのはどうだろう。

僕の構想は膨らむ。まあ、僕はこの仕事が嫌いではなかった。

さらに翌日。

僕は長机の席うちの一つに座り、ベティの司会を聞いていた。

隣にはミカ。その向こうには凰梨。さらにその向こうはナイトオブナイトだ。僕の逆隣はバルドが座っている。

「まず前回の決闘はお疲れ様でした。予想外の敵の登場に中止にはなりましたが、フェルマ騎士団の副団長を救ったことは我々の誇りです」

ちなみにこの席にその副団長は居ない。さすがにそこまでの信用は勝ち得ていなかった。

「そこで今日は、その乱入者について対策を講じていきたいと思います」

ベティは一旦区切って全員の顔を見回した。確認といったところか。次にナイトオブナイトが立ち上がった。

「お初にお目にかかります。私は、インティア騎士団女王側近のアーサー=ブラッドレイと申します。早速ですが、お話にありました乱入者について説明していきたいと思います」

その場はしんとしていて物音一つない。僕にとっては意外なことだった。それにしてもナイトオブナイト、丁寧すぎだろ。

「名前は、ジェラルド=ハーン。苗字に聞き覚えのある方もいらっしゃるかもしれません」

ここで誰かが言った。

「もしかして、十二年前のドイツロト詐欺事件の?」

「その通りです」

ナイトオブナイトはそちらを見て肯定した。紺の髪をした男だった。

「能力は、“超幸運”。内容はそのまま、途轍もなくツいているということです」

「具体的にどんな感じだ?闘ったんだろ?」

バルドが座ったままナイトオブナイトを見上げる。少しも気後れした様子はない。

「実際に起こったのは、地震や落雷、竜巻などの超局地的自然現象。他に、非科学的な光の剣です」

「光の剣?」

「はい。私の能力は魔法なのですが、それによってエネルギーの塊を変形させて自由に使えます。ジェラルドの場合、これを魔法ではなく運でやってのけました」

「そんなことが可能なのか?」

「本来は不可能です。ですが、ジェラルドの辞書に不可能という文字は無いのでしょう」

「……そいつは本当に人間なのか?」

バルドが眉間にシワを寄せる。誰だってそうなるだろう。

「ジェラルド自身は人間です。しかし、我々が闘ったのはジェラルドの後ろについている神でした」

ナイトオブナイトの言葉に会場がざわめいた。

「神に勝てるヤツなんているのか」

「そんなヤツがどうして今まで出てこなかったんだ」

などと口々に言い合っている。

「で、キミはどれぐらいやれたんだ?」

バルドが核心に迫る。再び会場は静寂を取り戻す。その中で、ナイトオブナイトは静かに答える。

「完敗というのが正しいでしょう」

先ほどより大きなざわめきが会場を包んだ。当然だ。前評判では、ナイトオブナイトは騎士の中の最強。その力を目の当たりにした僕もそれは間違っていないと思う。でも、負けたのだ。

「負けたのに、どうやって帰ってきたんだ?」

なぜ、殺されなかったんだ。

「戦闘の途中、ジェラルドに乾から帰還命令が出たようでした。まるで図ったかのようなタイミングで、私たちは命を救われたのです」

「乾とジェラルドの関係は?」

「わかりませんが、あの様子を見る限りエンジェルメイトの一員ではあるようです」

「と、なると上司と部下ってわけか」

普通に考えればそうだ。電話を受けた時のジェラルドの対応に合致する。

「情報としては以上です」

ナイトオブナイトは席に付いた。

「えー、では対策を……」

ベティが再び司会を始める。しかし、

「対策ったって、その能力が本当なら、どうしようもないだろう?」

特殊工作部隊長のイーサン=ルイスが誰にともなく言う。確かにその通りだ。

「ジェラルドが乾についている限り、乾は敵無しだ。はっきり言って、状況はすでに絶望的と言ってもいい」

全員がその意味を正しく理解していた。ジェラルドの幸運は、乾にとっての幸運であり、僕たちにとっての不幸だ。僕たちがジェラルドを何とかしようと動けば、それに対抗するような現象が起きるだろう。そしてそれはジェラルドにとって必ず都合の良いことだ。僕たちが乾を何とかしようと動けば、同じく対抗する現象が起きるだろう。そしてそれは乾にとって必ず都合の良いことだ。つまりジェラルドは、相手を呪う疫病神でありながら、味方を守る守護神でもある。乾にしてみれば、これほど心強い部下は居ないだろう。

「だからと言って……諦めるのも……おかしな話……だろう」

口を開いたのは奇襲部隊長のツェーザルだ。上海での一件以来、僕はほとんど口を聞いていない。

「今は……とりあえず進むしかない……それが……対策ってことだろう」

後で気づいたのだが、この男はいつも正しい。思い出せば虫唾がフルマラソンするが、上海で相手の少女を撃ち殺したのだって、リーダーとして正しい判断だっただろう。だからこそムカつくのだ。自分の意見がいかに非合理的かを思い知らされる。賢く生きようと思えば、ツェーザルの言うことを聞かざるを得なくなる。性格はどうか知らないが、判断力や洞察力に関してはリーダーとしてこれほどふさわしい人間は居ないだろう。

「たしかに、ツェーザルの言う通りだ」

バルドが机に手をついて立ち上がった。

「我々のやることは、直面した問題を一つ一つ解決していくこと。それが相手にとって都合の良い方向に進む行為になるとしても、そうするしかない」

これが結論となった。バルドが席についたのを確認してから、ベティが資料をめくる。

「では次に情報処理部隊からの報告です。ルーク、お願い」

「はい」

ルークと呼ばれた男。情報処理部隊長、ルーク=コックスが呼びかけに応じた。

「どうも。情報処理部隊長のルークです。私たちは、乾のこれまでの行動から、その行動パターンを分析し、ヤツの動きを先読みしました」

誰も口を挟まないのを見て、ルークは続ける。

「みなさんもお分かりの通り、これまでの乾の行動はほとんど、ミュータントに対するエンジェルメイトへの勧誘、または強制的な略取が主な内容です。これより、私たち情報処理部でも乾の目的はエンジェルメイトの増員と判断しました」

ルークは一人一人の目を見て話す。メガネの奥のたれ目が、性格の良さそうな印象を与えた。

「そこで、私たちは考え、計算しました。私たちが乾なら、この後、いつ、どこに襲撃をかけるか」

「わかったのか?」

イーサンがすぐさま聞き返す。僕の受けた印象は“せっかち”だ。

「ええわかりました」

ルークは今一度全員を見回してから次の舞台を発表した。

「次に乾は、ブラジルに向かいます」

「ブラジル?」

その場にいたメンバーの内、数人を除いてほとんどがキョトンとした表情をした。僕もその一人。側近になって、イークル騎士団に関する様々な資料を見たが、ブラジルに関する記述は全くなかった。

では、数人とは誰か。それは、インティア騎士団の騎士たちだった。

「ブラジルには、我々インティアの基地があるんですよ」

「インティアの?」

ナイトオブナイトが全員の表情を見て言う。

「ええ。そこは京都のフェルマ女性騎士団の基地同様、森の中に目立たないようにしてあり、なおかつ配備している人員も少ないので、標的としては最高でしょう」

どうやら、インティアの二人は自分たちのブラジル基地が選ばれる可能性を視野に入れていたらしい。まるで台本があるかのような説明だ。

そういうことなら、

「じゃあ僕たちは、その基地に先回りして待ち伏せしとけばいいんだな?」

「それがいいでしょう」

ナイトオブナイトは僕を見て頷いた。次の仕事は決まった。と思ったら、

「ですが、あなたは行けませんよお兄様」

「あ?何で??」

いや別に僕でもいいだろ。

「何でって、あなたは側近じゃありませんか」

「あ」

本来、僕は側近として、女王の側を離れることは許されない。そして、女王も本来戦場に出向くことはない。前回は同盟初の戦闘だったため、特例として女王が観戦に行ったのだ。ところが今回はというと、女王が行く理由はどこにもない。原則通り、女王はただ座って待っていればいいということになる。

「……しょうがねぇなぁ」

「ええ。仕方ありません」

まあここは割り切るしかないだろう。

「で、じゃあ誰が行くんだ?」

「相手がわからない以上、十分なメンツを用意したいですね」

十分なメンツとは、十分な実力を持った、ということだ。あえてここでそれを言うということは、実力を認められて隊長となった者の参加を呼びかけているということになる。

「今回の作戦には、先日救出した元フェルマ騎士団副団長のビッキー=べルを連れていこうと思っています。彼女の監視を含めて、場合によってはかなりの重労働になると思いますが、どなたか引き受けてくれる方はいらっしゃいませんか?」

ビッキーはまだ十分な信頼を勝ち得ていない。もし、ビッキーが僕たちを裏切るような真似をしたら、裏切られた方は、ビッキーとエンジェルメイトの二つの敵を相手にすることになる。苦戦は免れない。

これだけの危険な仕事に、積極的に参加する者などいない、と思っていたのだが、

「オレ、やってもいいぜ」

浅黒い手が一つ上がった。

「本当ですか、ラブロフ=ローザ?」

守護神ラブロフは右の手のひらを天井に向けて言った。

「かわい子ちゃんが一緒なんだろ?むしろ大歓迎だ」

ふざけているように見えるラブロフも、この仕事の意味をよく理解しているはずだ。それをナイトオブナイトは汲み取った。

「わかりました。お願いします」

「おうよ」

「ですが、いいのですか?」

「何が?」

何だろう?

「あなたは防衛隊長ではありませんでしたか?」

言われてみればそうだ。防衛隊長は本来、基地に残って万が一の場合に備えるべきだ。

「ま、大丈夫だろ」

ラブロフは軽い調子で答えた。

「防衛部隊のヤツらはここに残していくし、アンタもいる」

「たちが悪いですね」

「だろ。チャームポイントなんだ」

ずいぶん奇抜なチャームポイントだな。まあたしかに、ナイトオブナイトが居ればだいたいは大丈夫だろう。あのジェラルドが直接攻めてこない限り、この要塞が崩れるのは想像できない。

「わかりました。もう何も言いません」

これで議題は全て終了した。僕たちの京都での結果報告、その対策、情報処理部隊の報告、それに合わせた作戦の考案。

「それではこれからも力を合わせて進みましょう」

ベティの言葉で、会議は終了した。

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