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未来へのアプローチ   作者: シマ田 力大
3/8

彼は何と戦うのか

十分ほど進んだところで、僕たちはようやく湖の畔に出た。

「うわぁ……ひっろぉい」

ミカが感動の声を漏らす。その海のような湖を見れば、ミカの感嘆にも十分納得がいった。僕は湖岸に目を凝らした。目的の人物は、この近くに家を持っているはずだ。

「あれか」

見つけた。すぐ近くに、小さなログハウスが一軒、ポツンと建っていた。おそらく間違いない。

「あれ?」

ミカもほぼ同時に見つけた。

「だろうな」

まあミカが指差したのだから間違いない。

「行くぞ」

僕たちは、潮の匂いがしない砂浜に足跡を残しつつ進んだ。


「な……なんだこれは」

しかし、僕たちが近づいて目にしたのは予想外の光景だった。別に建物が古過ぎた、とかいうのではない。事態はもっと深刻で、急を要した。その家は窓は割られ、その向こうに見える部屋の中はめちゃくちゃだったのだ。

「もともと、こんなデザインの家なの?」

「そんなわけあるか」

ガラスの破片は部屋の中に散らばっているから、外から割られたようだ。この辺りに最近台風が来たなんて聞いてない。何者かが、なんらかの目的でこの家に侵入したようだ。

「行くしかねぇか……」

「い、行くの?!」

「イヤなら来なくてもいいぞ」

「行くけどさぁ……」

ミカはかなり渋い顔で返事をした。そして、そのままの表情で僕を見る。

「鳳、ビアンカはちゃんと持ってる?」

「ここに」

僕は腰にある重みをしっかりと確認した。それを見て、ミカも「よし」と気合いを入れる。

「……行きますか!」

僕たちは目の前にある玄関から入った。家がこんなになっているのだ、その主が無事であるはずがない。

僕たちはある部屋を一つ一つ見て回る。どの部屋も同じようにめちゃくちゃに荒らされていた。一面に散らかる紙やディスクが、足の踏み場をなくしている。備え付けられた三面鏡も全ての面が割られていた。

そして、三つ目の部屋を出たところだった。

ガサ……ガサ……

「静かに」

僕はミカに小声で指示した。奥の部屋で何か物音がする。動いているのはある程度大きさのある物のようだ。僕はミカとアイコンタクトを取り、頷き合った。

腰を屈めて足音を忍ばせ、その部屋の戸口につく。ミカは腰に装備したハンドガンを引き抜いた。スライドを引いて、最初の弾薬が薬室に送られる。僕たちはもう一度アイコンタクトを取り、部屋の中に転がり込んだ!

ミカは部屋の中にすぐに銃口を向けて、僕は左手を向けた。

最初に目に入ったのは、倒れた男の足。その体を順に見ていくと、その男が生きているのか、死んでいるのか、すぐに分かった。

「ひどい……」

ミカがつぶやいた。

その“死体”は上半身がグシャグシャに潰されており、年齢すら判断できないあり様だった。

「一体……」

ミカがそう漏らしたとき、


ヒタッ


部屋の奥のスペースから水かきのついた足が出てきた。続いて、犯人と思われる“そいつ”がヌッと姿を表す。

“そいつ”は、人間と呼ぶにはあまりにも奇怪な風貌をしていた。

何も纏わない上半身に異様なぬめりを光らせ、長くて美しい舌を伸ばし、猫のような狩人の瞳を持っていた。

「キミたちが依頼主だね?」

“そいつ”ははっきりとそう言った。

「お前は何だ?!」

僕は思わず叫んだ。本当は、「お前は誰だ?!」だったのに。そして僕の問いかけに“そいつ”は再び人間の言葉を話した。

「ボクはある組織の一人、名前は……忘れたネ」

長い舌を持ち、二足歩行で歩く化け物。チュパカブラ。それが“そいつ”の第一印象だった。


「キミの考えてることを当ててやろうか」

“そいつ”は不意にそう言った。

「『本当にこいつが人間なのか』。キミはそう考えているネ?」

大正解。だが、それに受け答えする余裕は僕にもミカにもなかった。“そいつ”は乾いた笑いを吐いた。

「当たってるだろう?みんなそうだからネ」

“そいつ”の言葉は続く。

「でもネ、ボクだって人間なのさ。ミュータントとして、人間として生まれたのさ」

「……本当か?」

僕は何とか言葉を搾り出した。

「本当さ」

“そいつ”は頷いた。

「ボクはミュータントとして、キミたちと戦争をしに来たのさ」

「何のために?」

僕たちは警戒の姿勢を強くした。当然左手やハンドガンは向けたままだ。しかし“そいつ”は、それらを恐れる様子はまったく無い。ミュータントというのは、どいつもこいつも拳銃を恐れないヤツばっかりなのか。

“そいつ”は答える。

「キミたちは、これを求めて来たのだろう?」

そう言って“そいつ”は、足同様水かきがついた手に何かを握って見せつけてきた。それは黒い小さなトランシーバーのような機械だった。確証は無いが、たぶんベティが言ってた新型通信機だ。

「こいつを賭けてボクと戦え。勝った方がこれを持ち帰れる。戦う理由になるだろう?」

「チッ……」

僕たちが取りに来たあれが、どうして“あいつ”の手にあるのかはわからない。でも、現実がそうである以上、争わなければならないようだ。

「おっと、ここで注意ネ」

“そいつ”は僕の返事を待たずに言った。

「ボクは別に騎士じゃない。だから、こっちとしては一対一でも、一対二でも構わないよ」

騎士ではない相手に対して、一対二で行くのは騎士道的にはどうなのだろうか。セーフにしても、半分ファウルには違いない。とりあえず僕が行くか。

僕は一歩前に出る。

「ミカの出番は?」

まだ戦闘シーンが一度もないミカが文句を言う。僕は少し違和感を覚えた。ミカがこんなに喧嘩好きだったという記憶はない。

「必要ない」

でも今はそんなこと考えている暇はない。目の前の化け物を倒し、任務を完了しなければ。

「大した自信だネ」

“そいつ”が言う。

見たところ“そいつ”は手ぶらだ。手ぶらの相手には絶対に負けないのが僕の特技だ。

僕はビアンカを構え直す。“そいつ”が長い舌で舌舐めずりをした。

「それじゃあ、ちょっと死んでみようか!」

次の瞬間、“そいつ”はその場から消えた。


気がついたときには、僕はログハウスの壁を破り、外へ飛ばされていた。

「は……ぁ⁈」

僕は途轍もない力で殴り飛ばされていた訳だが、これと同じことを3ヶ月程前にも経験していた。


ベティと同じ能力か……⁈


あり得ない!

人の能力はこの世で唯一のはず。同じ能力の人間は二人もいない。だとすると、別の力にして同じ効果を及ぼすもの。ということだろうか。


見極めるしかない。


バンッ!バンッ!

ログハウスから二発の銃声が聞こえた。この音はミカの物だ。僕は起き上がりログハウスの穴に向かう。ビアンカは最初の一撃でどこかに吹き飛ばされてしまったようだ。しかし、それを見つける時間はない。

「ミカ!!」

僕はログハウスの穴に手を掛け中に乗り込む。

「くっ、鳳!何なのコイツ⁉」

中は予想通りといえば予想通りだった。化け物の笑い声が響く。

「ヒャハハハハハハァ!!」

ミカは部屋の中を踊り狂う化け物に銃口を向け回すが、まるで置いていかれていた。僕も左手を構えて銃口を二つに増やすが、“そいつ”に追いつくことはできなかった。

「こっちも行くヨ!」

何らかの力で天井に張り付いていた化け物は高らかにそう宣言すると、天井を蹴って飛びかかってきた。狙いはミカだ。

ミカはそれに臆することなく“そいつ”に照準を合わせる。空中にいる“そいつ”と、ミカとの距離は三メートルほど。この距離なら当たる!

「やれ!ミカ!」

ミカは勝利のために“そいつ”の眉間に向かって引き金を引いた。銃声と共に、十分な貫通力を持った鉛弾が発射される。しかし、

「遅いヨ!」

まさか。“そいつ”は化け物らしい動きで柔軟にその弾丸をかわし、ミカの喉元へ牙を突き立てようと首を捻る。

「クソ!」

僕はミカを蹴飛ばした。

「キャァ!」

ミカは倒れ、二人の立ち位置が変わる。

「フン!」

化け物は僕の行為を鼻で笑い、そのままの勢いで僕に飛びついた。

「グフッ!」

僕はのしかかられたまま、背中を床に打ち付けられた。

「死ねェ!」

“そいつ”は右腕を引いて、その拳を僕の右胸を振り下ろした!

「鳳!」

起き上がったミカの叫びも、“そいつ”の拳が僕の胸を貫通して床を破る轟音にかき消される。

「へぇ」

僕の胸に腕を通したまま、“そいつ”は感嘆の声を漏らした。

「本当に死なないんだネ。噂通りだ」

僕は“そいつ”の腕を掴んで抜こうとするが、まったくびくともしない。

「お前は……何だ?」

僕は右胸を貫かれた状態でさっきと同じ質問をする。

「この状態で聞く普通?」“そいつ”は鼻を鳴らした。

「まあ付け加えるなら、人間界に興味を持ったチュパカブラ……ってとこかな」

「チッ、住処に帰れ!」

「帰るさ。終わったらネ」

いくら悪態をつこうが形勢は変わらない。“そいつ”は、僕の顔を潰そうともう一方の拳を引いた。しかし、それを振り下ろす前に、

「うるさいなぁ」

なぜか“そいつ”は僕の右胸から腕を引き抜き、大きく宙返りして僕から離れた。“そいつ”がいなくなったことで僕の視界が開け、こちらに向かって銃を構えているミカが見えた。その表情は眉間に皺を寄せて困惑している。それもそのはずで、今ミカが立っている位置は、“そいつ”にとって完全な死角になっていたはずなのだ。それなのに、ヤツはミカが拳銃を構えた時点で危険を察知して逃げた。

「キミにボクはどう見える?」

“そいつ”は、血溜まりの中で立ち上がる僕に向かって言う。

「人間には見えない」

「だろうネ」

“そいつ”は笑った。

「じゃあ、ボクの能力は何だと思う?」

この質問に、僕は答えられなかった。

ベティ並の力とスピード、そして、視覚を使わない危険予知。これらが、化け物である“そいつ”の力であるのだろうが。

「どうしてそんなことを聞くの?」

ミカが銃口をわずかに下げて口を開いた。

「ボクはキミたちにボクのことを知ってもらいたい」

「……どういうことだ?」

すると“そいつ”は話し始めた。

「ボクは生まれたときからこの格好だった。人間の親から生まれたのに、人間として扱われたことはない。だからボクは仲間が欲しかった。自分を対等な“人間”として見てくれる仲間が」

こんなことを言うべきではないのかもしれない。でも、僕と“そいつ”は明らかに似ていた。同じ位置にいた。同志だった。もしこの時、仲間として語り合うことができたら、僕たちはもっと人間に近づけたのかもしれない。そして僕は気がついた。仲間なのは、何も僕と“そいつ”だけじゃない。この世界に存在する不思議な力を持った人間の括り、ミュータントたちは、きっと同じ体験をし、同じ絶望を知った仲間なのだ。それだというのに、僕たちはいくつかのグループに分かれ、戦う。その必要性は?

「きっとボクたちは似ているだろうネ」

“そいつ”は言う。

「でもボクは人間だ。でもキミは、人間には見えない」

「……」

予想外だった。けれど……

「キミは自分をどう思う?」

けれど、納得もしていた。

僕は自分が人間だと、自信を持って言えない。それが、“そいつ”の質問に対する答えだ。

「キミはどこかで、自分が人間であることを諦めてるだろう?」

そうかもしれない。

「でも、キミはボクのことも人間だと認めないだろう?」

その通りだ。

「だからキミは、ボクとキミが同じ生き物だと考えてるだろう?」

そうだ。

「それが、許せない」

“そいつ”は声を震わせた。

「どうして?!どうしてそんなにすぐ諦める?!諦められる?!ボクは諦めたくない!ボクは人間でありたい!」

僕もミカも声を発することができなかった。

ベティ、バルド、テルマ、ラブロフ……たくさんのミュータントがあそこにはいるが、こんなにも“人間”に執着したヤツはいただろうか。いや、いない。

なぜ?

彼らには自信があった。自分は人間の一部であるという自信が。少なくとも、見た目は人間と変わらないのだから。

『そんなに見た目が大事か?!』

見た目は大事だ。

どうして?

それは見た目によって、人はその生物が人間か化け物か判断するからだ。

『判断されなきゃだめなのか?』

だめじゃない。でも判断されなければ、人間であること自体が単なる自己満足にすぎなくなってしまう。お前だって本当は、

『ああそうだよ。ボクは人に認めてもらいたい。そのためなら何だってする』

無理だ。お前には足りない物がある。

『キミはいいよネ。才能があるから』

才能。人間らしさを才能と表現するなら、人間であることは思ったよりも難しいのかもしれない。


「そんなに恵まれてるキミが、簡単に諦めるなよ!」

その時、僕と“そいつ”は確かに理解しあった。だから、今“そいつ”が僕を殺そうと走る理由もわかる。

「化け物として、死ね!!」

そいつは高く飛び、再び僕に襲いかかる。

「断る!」

僕はそれをバックステップでかわし、先ほど開いたログハウスの大穴から外に飛び出る。そしてログハウスの中の“そいつ”に向かってエネルギー砲を放つ。しかし当たらない。“そいつ”は同じく穴から飛び出し、僕に一方的なボクシングをしかける。僕はなんとかそれをかわすが、攻撃の機会を得られない。そこに、

「当たれ!」

ミカが“そいつ”の後ろで引き金を引いた。だが、僕には結果が見えていた。

「かわせ!ミカ!」

“そいつ”は僕の前から突然いなくなり、ミカとの距離をゼロにする。

「!」

ミカは咄嗟に防御の構えを取るが、“そいつ”の蹴りは強かった。

「キャアッ!」

「ミカ!」

ミカは蹴り飛ばされて林の中に転がって行った。

「よそ見する暇はないヨ!」

“そいつ”は再び僕に詰め寄り、腕を引く。僕はそいつに向けてもう一度エネルギー砲を放つ。“そいつ”はそれもかわし、軽やかな動きで僕と距離を取った。

「それじゃあ、少し遊ぼうよ!」

“そいつ”はそう言うと、あろうことか、冷たいアメリカの湖へと飛び込んだ。曇り空が反射して、湖の中は見えない。これでは、湖面のどこから出てくるか、見当がつかない。わかっているのは、“あいつ”は常に僕を狙っているということだ。まるで、穴なしのモグラ叩きをしているようだった。僕はとりあえず左手を湖面に向ける。目を細くし、神経を研ぎ澄ませる。僕の体力的に無駄撃ちはできない。


ポチャン


来る!

僕が身構えた時、

「鳳!」

僕を後ろから呼ぶ声がした。泥だらけになったミカだった。僕がミカの手にある物を見つけた瞬間、湖から“そいつ”は飛び出した。

「ギャハァ!もらった!」

僕は走った。茂みの中のミカのもとまで、ミカは足に限界が来たのか、膝から折れた。そのまま尻もちをつき、仰向けになって肘で体を支えている。

「僕ごと貫け!」

僕はミカに飛びかかった。僕のすぐ後ろで“そいつ”も同じように跳ぶ。僕とそいつがミカの上で重なった瞬間、ミカはその手にある物を力一杯突き出した!


「ウソ……だろ?」

それが、“そいつ”の最後の言葉だった。僕たちは“そいつ”に勝ったのだった。

ミカを下にして、僕が膝を立てて腕立てをするような体勢になり、その僕の体の上で“そいつ”が力をなくしていた。

「汚れちゃったね」

僕の下にいるミカが、自分と僕の格好を見ていう。

「ああ」

僕が口を開けたとき、その端を生温かい真っ赤な液体が伝った。たぶん、心臓が破れて、食道にも傷がついたのだろう。

僕と“そいつ”はミカの突き出した『ビアンカ』に串刺しにされていた。“そいつ”に蹴り飛ばされたミカは、林の中で僕が落としたビアンカを見つけた。そして湖の中に潜んでいた“そいつ”の着地点、つまり獲物である僕のところで必殺の一撃を通した。僕ごと。

「そろそろ抜いてくれ」

僕はミカの右手を見る。僕にとって、異常に筋肉の発達した“そいつ”の体は、腕だけで支えるには重過ぎた。ミカは僕たちの体から上手くビアンカを引き抜き、それを地面に転がした。軸を失った“そいつ”の体は僕の上から滑り落ちた。

「……ふぅ」

漸く重りから解放されて、思わずため息をついた。

「お疲れ」

僕の下でミカが優しく微笑んだ。そして、僕の腕を掴んだ。

「力抜いて」

「重いぞ?」

「いいよ」

ミカは僕の肘に手をかけ、丁寧にそこから力を抜いた。僕は地面に肘をつき、ミカと体を密着させる。

「この人さぁ」

「……ああ」

「人間……っぽくなかった?」

「人間ぽかったな」

「どうしてなのかな?」

「……さあな」

「ミカはわかるよ」

「……どうしてなんだ?」

ミカは世界を平和に導くような優しい笑みで答えた。

「人は人を好きになれるから人間になれるって、何かの本に書いてあったもん」

「人間……ねぇ」

僕には実感がわかなかった。僕は人間なのだろうか。

「きっと、こいつも誰かのことが好きだったんだね」

「そうかもなァ」

「ねぇ鳳」

「あ?」

「鳳は、誰か好きな人いる?」

その質問をしてすぐ、ミカは首を振って訂正した。

「ちがった。鳳はミカのこと好き?」

この質問は、僕には『あなたは人間?』に聞こえた。僕が人間ならば、自信を持って答えられる。もし僕がNOと答えたら、僕は人間でないということになる。でも僕はそこまで人間に固執しているわけではなかった。

『キミは人間であることを諦めている』

僕は横に転がる“そいつ”の死体をちらっと見た。やはり、こいつはよくわかっていた。

「わからねぇ」

僕はミカの質問に遅れた返事をした。

「ふ〜ん」

ミカは驚く様子も、残念がる様子も見せない。なんと言うか、予想通りです、って感じだ。

「でもさぁ」

「うん?」

「ミカがキスしてって言ったら?」

「……この状況でか?」

「そう」

僕は小さくため息をついた。そしてゆっくりと顔をミカの顔に近づけていく。やがて、僕とミカの唇は一つに重なった。そしてすぐに離す。

「やっぱりね」

「何がだ?」

「答えられなくても、鳳はミカのしたいことしてくれるなぁってね」

「調子に乗ってんじゃねぇよ」

そう言いながら、僕は湧き上がる愉快な心地を抑えることができなかった。

「フフ」

「アハハ」

湖の畔で死体を隣に転がして笑いあった。状況はどうかしていたけれど、僕たちはまた一つの真理を見つけたのだ。人を好きになれることが人間の条件。そして、珞間鳳と窓辺ミカは、おそらく人間だろうということだ。


僕たちは“あいつ”が履いていたスボンからベティに頼まれた通信機を手に入れた。これで任務完了。……と、思っていた。

僕たちが壊れたログハウスに戻り、そこに転がしたままの男の遺体を含めて詮索していると、

バキバキバキッ

と外で木が折れるものすごい音がした。僕とミカは顔を見合わせる。僕はミカにここで待機するよう合図し、割れた窓からそこで起きたことを確認した。

その瞬間、僕は我を失った。

僕はありったけの力を使って、僕と外の空間との間にある窓の枠などすべてを燃やし尽くした。そしてすぐに火の海と化した外に飛び出して、そこに立つ人物と向き合った。

「イヌイィイッ!!」

「久しぶりだな、珞間鳳」

元インティア騎士団女王側近、現裏切り者の大罪人。乾煬がそこにいた。


どうしてここに乾がいるのか。その時の僕には疑問を持つ余裕すらなかった。色鮮やかな記憶と、どす黒い感情が、いっぺんに僕を支配した。

僕の突然の行動を見て、ミカがログハウスから外に出る。そこで予想外の宿敵の登場を発見して息を吸い込んだまま凍りついた。

「ナニシニキタ?」

僕は乾に問う。

「なに、ちょっと仲間の活躍を見に来ただけだったのだが」

「ナカマ?」

「ほら、さっき君たちと殺り合った彼だ」

「……アイツガ……ナカマ?」

「そうだ。大切な仲間だったのに、無惨にも殺されてしまった」

「コロサレタ……?」

「どうかしたか?」

コイツハ

ダレノ

シンパイヲ

シテルンダ?

「ヤット……ヤットダ」

「何が?」

乾は特に身構える様子もなく冷静に聞く。

フフ

フハ

ヒハハハハハハハハハハハハァ!

「ウレシイゼ……ヤット殺セルンダ!」

「……--ー……」

乾が何かを言ったが、聞き取れなかった。

「死ネ!死ネ!死ネ!死ネ!」

実際、その時の僕に走る力は無かったはずだが、僕は駆け出していた。

「エハァ!」

僕はどんな表情をしていたのだろうか。人間の顔でいられただろうか。

僕はビアンカを乾の頭上に力いっぱい振り下ろした。

ガギィ!

わかっていたことだが、ビアンカの切っ先が乾に届くことはなかった。

「チィッ!」

ビアンカは見えない壁を叩き、勢いを失った。僕はなおもそれを押し付けた。

「いい劔だ。騎士には似合う」

「エ、アァア!!」

僕は僕の中でゴボゴボと音を立てる感情を力に変えた。

「!」

乾が初めて表情を変えた。ビアンカが絶対に貫かれることのないフィルターに食い込んだのだ。

「これほどとは……!」

乾は後ろに飛んで僕と距離を置く。

「ヴラァアア!!」

僕は逃がさず左手からレーザーを放つ。しかし体力的な限界から、そこまでの威力はなかった。乾は能力を使わず、軽くステップを踏んでそれをかわした。

「ノヤロウッッ!」

僕は再び左手を構えた。しかし、

バリバリバリバリ!

という音に思わず振り返る。音はログハウスからだった。キャンプファイヤーとなったそれは、どこかからガスが漏れているようだった。

僕は目を見開く。

次の瞬間、ログハウスは大爆発を起こした。

僕に避ける術はなかった。もろに巻き込まれ、右足の膝から下が吹き飛ぶ。さらにその勢いで持っていたビアンカが僕の胸を心臓まで、真横に引き裂いた。そして爆風で数メートル吹き飛ばされる。

「キヒッ!」

吹き飛ばされながら、僕の意識はすでに乾にあった。吹き飛ばされた方向はまっすぐ乾の方だったのだ。乾はこちらに背を向けている。

僕は乾の横を通り過ぎる。その時僕は空中で体を反転させ、心臓に食い込んでいたビアンカを握って乾の首を薙ぎ払った。

その瞬間、乾は振り返って言った。

「いい劔だ」

そしてフィルターを展開した。ビアンカは見えない壁に当たり、僕の手から暴れ落ちた。

「ア……あ……」

直後。僕は木に背中から打ち付けられ、意識は暗闇に沈んだ。


……う……鳳!」

次に僕が目覚めたのは日本のイークル連合騎士団の本部だった。目を開けた時ミカの顔がすぐそこにあった。

「鳳……」

ミカは僕の様子を見て柔らかく笑った。

「よかったぁ……」

ミカは僕のベッドの横に置いてある椅子にドサッと座った。

「……どのくらい寝てたんだ?」

「三日間」

三日。徐々に記憶が蘇る。僕は乾に負けて、気絶したのだ。

ミカが言うことには、全力でエネルギー砲を放った後、無理に動き回ったから三日間起きないのは当然だ、とテルマが言っていたらしい。

「……あの後、どうなったんだ?」

その問いかけにミカは少し暗い表情で語った。

「あの爆発の時、ミカは必死にログハウスから離れたの。そして爆音がしてしばらくしてから戻ったら、鳳が倒れてて、乾はそれを見下ろしてたんだけど、ミカを見つけたら、『また会おう』って言ってどっかに行っちゃった。側にはビアンカも落ちてたけど、乾は何も盗らなかったよ。ベティさんに頼まれてた通信機も無事だったし」

ミカは顔を横に向けて、ベッドの横に立て掛けてあるビアンカを指した。

「……あいつは何しに来たんだろうな」

僕はあの時と同じ疑問を口にする。

「何って……様子を見に来たって言ってたじゃない?」

「そんなモン信じられるか」

あの乾が、ただ仲間の仕事ぶりを見に来たわけがない。何か理由があるはずだ。……ん?

「ちょっと待て……」

「?」

ミカが首を傾げる。僕は新たに思いついた疑問を早口で伝えた。

「どうして乾は僕たちが来るってわかってたんだ?」

「え?」

「僕たちが来なかったら、“あいつ”の仕事は、一般人を殺して便利な通信機を横取りするだけだろ?そんな楽な仕事をわざわざ乾が見に来ると思うか?」

「それは……」

僕は『人間』を渇望していた化け物を思い出す。やはりあのログハウスの主人は“あいつ”に殺されたのだろう。

「そもそもどうして乾はあのログハウスが技術者の研究所だってわかったんだ?」

「……」

ミカは黙り込む。僕は一旦心を落ち着かせた。

「……あそこでのこと、ベティには話したんだよな?」

「話したよ」

僕はベッドから起き上がる。僕の能力の特性上、痛みなどはまったくない。僕は側にかかっていたフリースと、ビアンカを手に取った。

「行くぞ」

僕は病室のドアを開ける。目指すはベティの部屋だ。


「待ってたわ」

ベティは自室でコーヒーを入れてくつろいでいた。

「話があるだろ?」

「まあまあそう焦らないで」

僕の予想が正しければ、この騎士団はかなり大変なことになっているはずなのだが、ベティはそんな様子は微塵も見せない。僕たちにコーヒーでいいかと尋ね、コーヒーを二つ入れて僕たちの正面に座った。

「気づいたようね」

「ああ、アンタはいつ気づいた?」

「ミカの話を聞いてすぐよ」

「そうか」

僕は隣でキョトンとしているミカをちらっと見た。

「あれは、極秘任務だったんだよな?」

「ええそうよ」

「だったら!」

「落ち着いて」

ベティは僕を制し、僕は浮かしかけた腰を下ろす。

「だったら、どうしてあいつは知っていた?」

「……」

仲間内でも知っている人間が限られているのに、それを敵が知っているなんて論外だ。

「あの日の仕事を知っていた人間は誰々だ?」

僕はその答えを注意して聞く。

「私が話したのは、バルドとテルマだけよ」

「テルマ?」

ベティはゆっくりと頷く。

「殺された技術者は、テルマの知り合いでもあったから」

「なるほどな」

これでかなり絞られた。

「じゃあアンタを含めた、その三人の中に犯人がいるってことだな」

「犯人?」

反応したのはミカだ。僕の顔を覗き込み、不思議そうな顔をする。僕は頷いた。

「ああ。その中に、裏切り者がいる」


「裏切り……者?!」

「そいつは乾に僕たちの仕事のことを漏らした。だから乾はその時を狙って来たんだ」

「そんな……」

僕だって信じたくはない。正直者の集まり、それが騎士団というものなのに。

僕とミカの会話中、ベティはずっと押し黙っていた。

「なんか言えよ。疑われてんだぞ?」

「私が何か言ってもあなたは信じないでしょ?」

「内容によるな」

「……」

再び黙ったベティに、今度はミカが身を乗り出す。

「何か意見はありますか?」

「そうねぇ」

「……」

「客観的に言わせてもらえば、犯人がその三人の誰かって決めつけるのはまだ早いわ」

「どういうことです?」

「誰かが盗み聞きしてた可能性もある……ってことだろ?」

ミカの質問に僕が答え、ベティはそれに頷く。

「何せここはお化け屋敷だから」

能力を使ってベティたちの会話を盗聴されていたら、再び犯人の枠は広がる。

「さらに言わせてもらえば、あなたたちが犯人を捕まえるのはかなり難しいわよ?」

「わかってる」

またしてもミカはキョトンとした表情だ。そんなミカにベティが試すように聞く。

「あなたたちが裏切り者の存在をこの騎士団の中で公言したらどうなると思う?」

「……!」

ミカははっと背筋を伸ばす。ベティはミカの頭の中を肯定する。

「ええ。犯人探しが始まり、お互いに疑い合い、このビルは大混乱に陥るわ」

つまり、僕たちは仲間を増やすことはできないということだ。僕たち二人で犯人を探さなければならない。そして容疑者が容疑者だ。ベティ、バルド、テルマ。テルマはともかく、ベティの強さは知っているし、バルドも団長になるぐらいだから相当な実力の持ち主だろう。僕たち二人で相手にするのはきつい。

「まあ、健闘を祈るわ」

「……」

僕は舌打ちしそうになるのをやっとのことで堪えた。ベティの部屋を出てもイライラは収まらなかった。結局ベティは、自身の弁解を一度もしなかったのだ。


これでも僕はベティをそこそこ信用しているし、犯人であってほしくない。それなのに、ベティ本人がそれを明確に否定しなかったのだ。ミカはそんな僕の心情を正確に理解していた。

「じゃあ鳳は、ベティさんがあの時必死に否定していたら、それを信じられた?」

こんなことを聞いてきた。

確かにその答えはNOだ。だがそれでも否定してくれるのを望むのが人間というものではないだろうか。

「とにかく、今はおとなしくしてたほうがいいね」

ミカにしては正論だ。この結論が自分で考えた結果なのか、カンによって導き出されたものなのかは不明だが。

「結局、僕たちは何もできねぇのかよ」

僕の言葉に、ミカが応えることはなかった。


それから数日。僕たちは心にモヤモヤを抱えたまま、パッとしない日々を過ごしていた。

「テルマは別に変わった様子はないな」

「うんそうだね」

僕たちはやはりあの三人を容疑者として疑っているが、テルマとは最近手伝いとしてよく顔を合わせる。しかし彼女はいつも通りのバカな天才だった。

「仮にテルマでもベティでもないとすると、残るはバルドだけなんだけど……」

「それが一番問題だな」

他の二人と違って、バルドとはほとんど交流が無い。能力すらもわからない状況だ。

「何かきっかけがあれば……」

僕たちが頭を抱えていると、コンコン、とドアが叩かれた。僕は仕方なくベッドから腰を開けてドアを引く。

「よっ!」

「……」

「待て待て待て無言で閉めるなって!!」

「何しに来たんだ、ラブロフ」

そこには相変わらずバカ丸出しの鉛男が変な笑顔で立っていた。

「いやいや今日はベティから伝言を預かって来たんだよ」

「伝言?」

「ああ。なんでも、仕事があるから来てくれ……だってさ」

「仕事……」

「よし、伝えることは伝えたぞ」

ラブロフは一人で満足気に笑う。

「行くぞミカ」

「ハイハイ♪」

ミカはすでに支度を済ませていた。僕たちはラブロフが開けてくれているドアから出る。

「ところでよぉ……」

ラブロフは通り過ぎた僕たちを呼び止めた。その声が思ったよりも低かったから、僕は少しドキッとした。

「……なんだ?」

ラブロフは下に向いていた目をこちらに向けて言った。

「オレの仕事って、これだけ?」

「そうだお疲れゆっくり死ね」

「最近オレの扱い雑だろ?!」

「心配するな。元からだ」

「予想通りだよチクショウ!」

ラブロフは悔しそうにドアを勢いよく閉めた。


ベティは学校でいう職員室のような部屋にいた。たくさんの事務員が通り過ぎる中で、ベティは僕たちに『仕事』を手渡した。

「これ、バルドまでお願い」

それは三十枚ほどの書類の束だった。

「どうして……?」

ミカが首を捻る。

この部屋からバルドの部屋まではそう遠くない。自分で行っても大した手間にはならないはずだ。

ベティは周りを気にしながら、僕たちに「早く行け」と目で合図する。……ああ。そういうことか。

「わかった。行ってくる」

「えっ?ちょ、待ってよ鳳!」

僕の突然の方向転換に、ミカも慌ててその部屋を飛び出す。

「ねぇ鳳どういうこと?」

「僕たちが欲しがってた物はなんだ?」

「え?それは……、!」

わかったようだな。

「ああそうだ。ベティは僕たちにきっかけをくれたんだ」


僕たちはバルドの部屋の前で立ち止まり、深呼吸する。無いとは思うが、もう二度とこの部屋から出られない可能性もあるのだ。僕は唾を飲み込み、右手でドアをノックする。

……。

もう一度。

……。

「いないのか……?」

僕は最後のつもりでもう一度手を上げる。その時、

「どうしたんだお前たち?」

「うわぁ?!」

僕は心拍数をはね上げて振り返る。

「なんでここにいる?!」

「なんでって……そりゃここが私の部屋だからな」

バルドは困った顔で後頭部をぽりぽりと掻く。やってきたバルドに、ミカは鼻をひくつかせて聞いた。

「タバコ吸ってきたんですか?」

「ああそうだ……臭うか?」

「少し」

僕は少しも気づかなかった。バルドは「ちゃんと消臭してきたのになぁ」と自分の袖をクンクンと嗅いだ。僕は思わずミカに言った。

「お前、本当に臭いだけでわかったのか?」

「へへ、実はそんな気がしてたんだ」

やっぱりカンか。

そんな僕たちのやり取りを見て、バルドは苦笑いした。

「ベティがミカみたいな能力じゃなくて助かったよ」

「どうしてだ?」

バルドはため息まじりに答えた。

「実は、ベティが私のタバコについてとやかく言うんだ。消臭してるのだって、そのためなんだぜ」

「へぇ。そうだったのか」

ここでバルドは、ひときわ大きなため息をついた。

「まったく。アイツはマイルドエイトの素晴らしさをわかっていない」

「銘柄の話かよ!」

てっきり、僕はベティがバルドの体を心配してると思ってたのに!

「ベティさんって、そんなにタバコ吸う人だったんですか?」

ミカが意外そうな顔で聞く。バルドは頷いて答えた。

「ああ、アイツより吸うヤツは見たことねぇなぁ」

「そんなにか?」

「だってアイツ、臭いで銘柄までスバリと当てるんだぜ?迷惑ったらありゃしない」

消臭の意味はそういうことだったのか。つか、タバコの臭いなんてどれも同じだろ。

「で、お前たちはなんでここにいたんだ?」

バルドは僕の手にある物を気にしながら聞く。僕は慌ててそれを差し出した。

「これ、ベティからなんだけど」

「おお、わざわざサンキュー。ちょっと休んでいくか?」

バルドは扉を開けて部屋の中を指す。話をするのに、これほどいい条件はなかった。

「そうさせてもらう」

僕たちは校長室のようなバルドの部屋に入った。

「ここでは吸わないんですか?」

「ああ。吸うときは必ず喫煙所に行くよ」

確かにここはタバコの臭いがしない。しかし、ミカはやけにタバコに執着するなぁ。

バルドも同じように感じたのか、不思議そうな顔をした。その顔を見て、ミカは慌てて手をパタパタと振る。

「いえ、別に何かあるわけじゃないんです……ただ、父も同じタバコの臭いがしたなぁと思って」

僕が画家なら、きっと背景は夕焼けの海にしただろう。そういう悲しい微笑だった。

「ごめんなさい。ちょっと、湿っぽくなっちゃいましたね」

ミカは自らが作り出した湿った空気を笑顔で一掃した。こうやって、今日もミカは僕のベッドに潜り込んでくるのだろう。

「いや、ミカは偉いよ。そんなに強くて」

バルドは優しく笑って言った。

「私に娘はいないが、ミカみたいな子だったら何も言うことはないな」

「そんな……」

ミカは嬉しそうに照れた。なんだかこの二人が親子でもいいんじゃないかという気がしてくる。

「私にとってはここが家で、ここにいる全員が家族だ。家族には、なるべく暖かいところに居てもらいたい」

こういう人こそ、団長にふさわしいんだと僕は思った。

「だからこそ、輪を乱すようなヤツは厳しくお仕置きしなきゃならん」

バルドは急に真面目な表情になって言った。間違いなく、これはあの話だ。向こうから話を振ってくるなんて思いもよらなかった。

「バルドは、そのいたずら好きの悪ガキは誰だと思う?」

「わからんな」

即答だった。

「ベティもテルマも、騎士団を売るようなヤツには思えん。これは油断かもしれないが……」

確かに、それは油断だ。でもその気持ちは同じだった。

「この騎士団の中で、盗聴できそうな能力のヤツは?」

「居るには居るが、そいつは白だ。任務で出張中」

「……」

と、なるとますますその三人に絞られる。誰もそんなことをするとは思えない。

「そこで、だ」

バルドが身を乗り出して、膝の上で指を組む。

「お前たちには、この事件について調査してもらいたい」

「二人を見張れってことか?」

「うむ」

バルドは頷いた。

「したくはないが仕方が無い」

「自分ではできないのか?」

「できなくもない。ただお前たちの方が怪しまれずにすむ」

「……チッ」

「気持ちはわかる。でもこれは、疑わないための疑いなんだ」

「そんなの……」

おかしいだろ。矛盾しすぎてる。

「やろう。鳳」

僕の手を取ったのは意外にもミカだった。

「大丈夫。二人は何もしてないよ」

ミカはにっこりと微笑む。この楽観主義者め……やるしかないのか。

「感謝する、二人とも」

バルドはどこか安堵した表情で言った後、急にこれまでで一番厳しい目つきになった。

「くれぐれも気をつけてな」


僕たちはこれからバルドが無実だという前提で行動していくことになる。それについて僕は特に不安は無いが、ベティとテルマとの接触に慎重になってしまうのは確かだ。

僕は自室に続く廊下を歩きながら、手の中の書類にざっと目を通す。ベティと比べてテルマとの接触が若干少ない僕たちのために、バルドが用意した仕事の内容が書いてある。

「ちょっと見せて」

ミカが横からその紙をかっさらう。ミカはそれをしげしげと眺めながら、つぶやく。

「これなら前までの仕事とあんまり変わらないね」

僕たちは少し前まで、テルマの手伝いを仕事にしていたが、今回もバルドはそれと似たような仕事を用意していた。

「ったく、不愉快な役やらせてくれるぜ」

ミカは苦笑いで応えた。

「しょうがないよ。誰かがやらなきゃ」

「誰か……ねぇ」

それでも僕はこの憂鬱を吹き飛ばすことができなかった。

「ついてねぇなぁ」


“仕事”はその翌日から始まり、しばらくテルマと行動を共にしたが、特に変わった様子はなかった。ミカは嬉しそうにはしゃいだが、僕の中の不安はますます膨れ上がった。僕たちは“仕事”の報告も含めて、再びバルドを訪れた。

「まあ、そりゃそうだろな」

「なんだよその味気ない返事は?」

バルドの返事はそっけない物だった。

「私はあいつらが無実だと信じている。でも万一テルマかベティのどちらかが犯人だとしても、あいつらは尻尾を出すほど間抜けじゃない」

「ベティはともかく、テルマまで?」

「ああ」

バルドは強く頷いた。

「ああ見えてもあいつは天才だ。実際時間さえあれば、この騎士団を丸々相手にできるぐらい強力な機械軍を作ることもできるだろうな」

「マジかよ……」

あのバカみたいな笑顔の裏にそんな力が隠されているなんて。でも確かにそれだけの頭脳と技術を持ってすれば、ばれないように敵とパイプを作ることぐらい造作も無いことかもしれない。

「で、これから具体的にどうする?そんな天才相手じゃ、今のまま続けても無駄っぽいぞ?」

「そうだな……」

バルドは顎に手を当てて考える。僕も考えてはみたが、何も思いつかなかった。

「とりあえず、今ある情報を整理しましょう」

行き詰まった僕らに、ミカは紙とペンを持って提案する。

「まず、私たちがベティさんの依頼を受けたのがニ週間前」

「私が話を聞いたのはそのさらに三日ぐらい前だな」

ミカが矢印を交えながら紙にメモを取る。

「その後僕たちはアメリカに飛んだわけだけど、そこで予定外の戦闘があった」

「乾と、その仲間っていうヤツね」

僕の言葉に、ミカが思い出しつつメモを書き足す。ここでバルドが素朴な疑問を口にした。

「ところで、その湖の近くに住んでた技術者ってどんなヤツだったんだ?」

「男っていうのはわかった。でも顔は潰されてた」

「それだけか?」

「余裕無くてな」

バルドは渋い顔をした。

「その乾の仲間っていうのは?」

「なんつーか、チュパカブラみてぇなヤツだ」

「なんだそれ……お前たちが殺したんだよな?」

「ああそうだ」

そうだけども、口に出すと若干の抵抗があるな。

「乾はどんな様子だった?」

次のバルドの質問はこれだ。僕はこの時点で、話し合いから抜けた。別に席を立ったわけではないが、会話には加われなくなった。なぜなら、記憶が曖昧だったからだ。

「ログハウスを調べてたら、外で音がして……」

ミカがバルドに詳細を説明する。

そう。そして外を見たらあのムカつくクソ野郎がいた。そこからだ。

僕は乾と戦ったのだ。それは間違いない。でもその戦闘の内容が断片的にしか思い出せない。はっきりと覚えているのは、僕が乾を切りそこなって木にぶつかる瞬間だけだ。あの時……僕の中に何かがいた?いや、あるいは……「鳳!」

「おわっ⁈なんだよ⁈」

「もう!やっぱり聞いてないし!」

ミカは頬を膨らませる。

「何か考え事?」

「いや、別に……」

どうせミカには見えてるんだろうな。だってほら、思いっきりこっち睨んでるし。

だが、ミカはこの場で言及してくることはなかった。

「で、何の話をしてたんだ?」

僕はミカの視線から逃げるように話に入る。バルドが答える。

「乾が何か言ってなかったかって」

「ああ……仲間の様子を見にきたとしか言ってなかったな」

「それだけか?」

「……それだけだ」

「はぁ」

バルドはセットした自分の頭をクシャクシャと掻いた。

「ミカには何も言ってなかったのか?」

今度は僕がミカに聞く。

「いや、何も」

「そうか……」

ミカはすぐに首を振った。これではやはり乾から直接引き出すことは無理そうだ。

「仕方が無い。ベティとテルマの監視は打ち切り。様子見に入ることにする」

「チッ」

しょうがねぇが、これで次の一手は確実に後手に回る。十分警戒しなければならない。

その後僕たちは自室に戻った。仕事も終わり、本当にやることが無くなった。

「そういえばさぁ」

「アン?」

ミカがベッドの端から頭を突き出し、椅子に座る僕を逆さまに見る。

「さっき何考えてたの?」

「……はぁ」

「なぁにそのため息は?」

「別に」

どうせ、隠してもバレるのだ。

「乾と僕の戦いはどんなだった?」

「……」

ミカは少し考えた後、息を吐いて応えた。

「はっきり言って、鳳の独り相撲だったよ。乾は、能力でビアンカも防いでたもん」

「そうか」

「それと」

「?」

僕は期待して身を乗り出す。

「鳳が鳳じゃなかった」

「……そうか」

じゃああの時、やはり僕は何かに取り憑かれていたのかもしれない。その考えを、ミカが再びひっくり返す。

「いや、昔の鳳に戻ったのかな?」

あるいは、僕の中に何も居なくて空っぽだったのか。確かに、昔の僕は世界の九十九パーセントは敵だと思っていたからな。

「そうか……なんとなくわかった」

「うん」

その時、僕のスマートフォンがベッドの上で鳴り出した。僕は見覚えのない番号に警戒しつつも、通話ボタンを押す。

「もしもし?」

『ハァーイ、元気してたぁ?』

「テメェか、テルマ」

『フフ、当ったりー!びっくりした?』

「……何の用だ?」

『もー、冷たいなぁ……まあいいや、これから研究室に来てくれない?』

「アン?……構わねぇけど」

僕はここで、ミカをちらっと見た。この内容が聞こえていたらしく、ミカも僕を見ていた。

『そう?じゃあ待ってるから、バイバ〜イ』

電話は向こうで切られた。少しの沈黙が流れ、僕は覚悟を決めて立ち上がった。ミカはそれを批難するような目で見る。

「行ってくる」

「……」

ミカは特に返事をしなかったが、僕が部屋を出る直前に一言だけ言った。

「気をつけてね」

わかってる。

僕はテルマが犯人だなんて考えてない。でももし。もしテルマが犯人で、僕たちの見張りに気づいていたとしたら。そうなれば、もはや研究室はイークルのテリトリーではない。僕が拷問にどんな悲鳴を上げたとしても、その声が拾われることはない。もっとも、僕に拷問は効かないのだが。

「……フゥ」

僕は研究室の鉄の扉の前に着いた。この扉も防音のようだ。僕は左手を開いたり閉じたりしつつ、右手で冷たいドアノブに手をかけた。


「来てやったぞ」

「ああ、いらっしゃい」

テルマはキャスター付きの椅子に座ったまま、回転してこちらを向いた。その手には湯気の立つコーヒーが準備されていた。

「何の用だ?」

「まあ座ってよ」

僕はテルマに警戒していることがばれないように自然に椅子に着く。今の所、テルマに動こうとする意思は見えない。

「お前が僕を呼び出すってことは、この左手関係か?」

「そうそう。よくおわかりで」

本当にそうならいいんだけどな。

「調整か何かか?」

「私の作品はそんなにヤワじゃないわよ」

前にベティが言っていた通り、よほど自信があるようだ。

「あなたたち、ベティから面白い物頼まれたでしょ?」

「面白い物?」

「これよ」

「ああ、それか」

テルマはどこからか小さな機械を取り出して、コトリと机に置いた。

「通信機……だったよな?」

「ええそうよ」

それは僕たちが命を賭けて取って来た最新の通信機だった。

「それが、どうかしたか?」

「せっかく取って来てくれたんだし、あなたにも使わせてあげようと思って」

「ありがてぇけど、それ一組しかねぇだろ?」

トランシーバー型のそれは、2つしかなかったのだ。

「大丈夫よ。ちゃんと設計図作って、複製してあるから」

「そうかよ」

僕はこのまま終わることを願いつつ背もたれに寄りかかる。

「そういうことならありがたく使わせてもらうか」

「ええ」

テルマが承諾したので、僕は机の上にある通信機の一台に手を伸ばした。

「おっとちょい待ち」

「アン?」

テルマは僕の手を制して言う。

「あなたはまた別よ」

「僕にはくれないのか?」

僕は納得がいかず、思わず喧嘩腰になる。

「そうじゃないわ。あなたにはもっと便利に使ってもらえるから」

「どういうことだ?」

するとテルマは、僕の左手を指差して言った。

「こう言っちゃぁなんだけど、ラッキーなことにあなたの左手は機械でしょ。機械と機械はくっつくっていうのが相場よ」

「アァ?それってつまり……」

「ええ。その義手にこれを埋め込もうと思って」

……。

「そんなことができるのか?」

「私を誰だと思ってるの?」

「……いつだ?」

「今、これから」

「……」

「何か用事あった?」

「いや……特に無いけど」

バルドの言葉が、僕に正直な答えを言わせる。天才相手に、適当な嘘はつけない。

「じゃあ決まりね」

テルマはコーヒーカップを置いて立ち上がる。きっと今テルマと僕の心情は真逆だろう。テルマはスキップしそうなほど上機嫌だ。

「こっち来て。前ほど長くはかからないわよ」

テルマは僕を前回と同じ、手術室のような部屋に案内した。ここに来て、僕の緊張が一気に高まる。ここでは、身動きが一切取れないように、手術台に固定されるのだ。

「はいここに寝て」

テルマがその台をパンパンと叩く。その笑みには、邪悪は感じられない。……だが、

「どうしたの、鳳?」

「いやなんでもない」

やはり少しだけ躊躇してしまう。『もし』を考えたら歩けなくなる。僕は頭の中を真っ白にして台に寝る。

「よし、じゃあ始めるわよ」

テルマは機械解体用のグローブをはめる。頼むから、それで僕を解体することはしないでくれ。

「フフ」

テルマは口を歪めて、作業を開始した。


終わってみると、あっけなくて拍子抜けだった。手術(?)は滞りなく進み、ものの三十分で新たな機能が追加された。僕が想像していたような惨劇は、その影すらも見せなかった。「もう終わりか?」僕が思わず聞き返したほどだ。

「終わりよ」

テルマは僕を拘束していたバンドのボタンをパチンパチンと外しつつ答える。やがて僕を縛る物は何も無くなった。僕はむくりと起き上がって、自分の体の隅々を見渡す。当たり前だが、何も変化はない。

「弄ったのは左手だけよ?」

「わかってるよ」

僕は台から降りてテルマに向き直る。すぐにテルマは説明を始めた。

「通信機は手首の所よ。ブースターと同じく、あなたの意思だけで繋ぎたい所に繋げるようになってるわ」

「思えばいい、ってことか?」

「そゆこと」

「相変わらず恐ろしい機能だな。どういう仕組みなんだ?」

「説明してわかるのかしら?」

「いや、忘れてくれ」

僕はデザインはさほど変わらない左手を眺めながら呟く。

「こいつが僕の頭の中を勝手に覗いてるわけか」

「まあそういうことね」

僕はこの時、機械に働かされる時代もそう遠くないのでは、と感じた。

「試しに、この通信機に繋いでみてよ?」

「ああ」

テルマは次にテストを始めた。僕は目の前にある通信機を思い浮かべる。場所。所有者。要件。それら全てが、通信先を決める手がかりとなる。すぐにピロリピロリ、と目の前の通信機が鳴り出した。成功だ。

「よしまずは繋がったわね。次に、ちゃんと話できるかどうかなんだけど」

「これは口で言うんだろ?」

「そうよ。ちょっと下がってもらえるかしら?」

僕は通信機を持っているテルマと十分な距離を取って、自分の左手首に向かって話す。

「聞こえるか?」

『聞こえるわよ』

すぐに直接ではなく間接の音声が返ってきた。これも成功だ。

「じゃあ最後に、自爆の方法を教えるわ」

……ん??

「ハイ、もう一度?」

「自爆」

「……」

「自ばk「ハイもう結構」

やっぱり聞き間違いじゃねぇ!

「一体いつどこでなんのために使うんだよオイ?!」

「まあまあ落ち着いて。何もあなたごとじゃなくて、通信機のついた左手だけだから」

「なんだよ」

僕は安堵のため息を吐く。死因が自爆なんて笑えねぇ。

「その通信機はあなた達が命を賭けただけあって、とっても意味のある物なのよ。相手の手に渡ったらせっかくの情報アドバンテージが無くなっちゃう。それをさせないために、渡る前に壊しちゃおってこと」

「なるほどなぁ」

「使うことにならないといいんだけど」

「そりゃあな」

自分ごとじゃないことを知ってだいぶ落ち着いた。爆発物が左手では、さすがの僕も生きていられるかわからないからな。

「で、どうすりゃいいんだ?」

「ま、その通信機の使い方と同じく、思ってくれればいいんだけど。その強さの度合いが違うのよ」

当然だな。

「ちらっと考えただけでドカーンじゃ、さすがに使えねぇもんな」

「そうね」

テルマは頷いてえらく真面目な表情で言う。

「そうならないように、かなり強い意志にしか反応しないようになってるの。それこそ、命を賭けるってぐらいの覚悟にしかね」

「……そうかよ」

僕はその機能を使う場面を思い浮かべた。

僕は追い詰められて逃げられない。周りは敵だらけの四面楚歌だ。でも僕は恐れないだろう。たとえ捉えられたとしても、能力のおかげでどんな拷問にも耐える自信があるからだ。はっきり言って、僕は自分から情報が漏れることはないという自信がある。そんな中で、『命を賭けて』などという切羽詰まった心境になれるだろうか?

「やっぱり、もっと別のスイッチを用意した方がいいんじゃねぇか?僕の意志じゃ、硬過ぎて押せない気がすんだけど?」

「いや、これはベティの提案でもあるのよ」

「ベティが?」

これは予想外だ。

「なんでベティが出てくるんだよ?」

「この改造自体、もともとベティの案なの。それで自爆の引き金の話になったとき、私は他の携帯通信機と同じスイッチにしようとしたんだけど、ベティはあなたの意志で自爆できるように提案した。あなたなら、それだけの覚悟を持てるって言ってね」

「……」

ベティが僕のことをそんなに信用していたなんて。意外だ。

「ま、別に強制じゃないし、あなたが嫌だって言ったらやめるけど?」

「……チッ」

しょうがねぇ。

「そんなこと言われたら、そうするしかねぇじゃねぇか」

「フフ」

「何がおかしいんだ?」

「いや、ね」

「?」

「ベティが信じたくなるのもわかるなぁって」

それは何を意味しているのか。

「僕にはわからねぇよ」

僕の言葉にテルマはまた笑った。

「これで用は済んだわ。私ならいつでも出られるから、何かあったら繋いでよ」

「わかった。一応感謝しとく」

「まったく、素直じゃないなぁ」

「うっせぇよ……じゃあな」

「バ〜イ」

僕は研究室に背中を向け歩き出す。後ろでは、テルマが手を振っているのがわかった。


「今帰っt「鳳!」グハッ!」

これは説明が必要だな。

僕が自室のドアを開けた瞬間、まさかのミカ弾丸が僕の腹に飛んできて、そのまま押し倒されてしまったのだ。

「何すんだテメェ!」

僕は上半身を起こし、僕にのしかかったままのミカに怒鳴る。

「だってぇだってぇ、心配だったんだもん一時間しても戻って来ないし!鳳にもしものことがあったら、ミカは、ミカはぁ……」

「よしよし、悪かった悪かった。でもこの通り無事だから、もう泣くなよ。な?」

僕はミカを抱き寄せ頭を撫でる。ミカはしばらく僕の胸で泣いていたが、やがて泣き止み、普通に話せるようになった。

「ホントに大丈夫なの?」

ミカはまだ赤い目を擦りながら言う。

「ああ、この通り無傷だぜ」

僕は腕を曲げたり伸ばしたりしてアピールをする。つか、どんだけ寂しかったんだよ。これはしばらく優しくしてやんなきゃなんねぇか。

「じゃあ何の用だったの?」

「こいつの改造でさ。僕たちが取ってきた通信機をここに埋め込んだんだ」

「へー、それは便利になったね?」

「ああ、いつでも好きなとこと通信できるぜ」

「じゃあミカとも通信してね?」

「どうせお前はいつも隣にいるだろ」

「それって、新手のプロポーズ?」

「飛躍しすぎだろ?!」

「フフ、まあいいや。いつも隣に居てくれるなら」

「居てやるから、もう泣くんじゃねぇぞ」

「うん!」

「ったく……」

こっちのデレデレミカは逆に調子狂うなぁ。学校に通っていた頃は無駄にツンツンしてた気もするけど。

「なんだその使い分け」

「?」

「何でもねぇよ」

僕は特に意味は無いが、鞘に入ったビアンカを手に、新たな話を切り出す。

「この改造の時、僕は手足を拘束されて、動けない状態だったんだ」

「!ってことは、テルマは……」

「たぶん、違ぇだろうな」

「やったぁ!」

「でも珍しいなぁ。お前の予感が外れるなんて」

ミカは泣くほど不安だったのだ。よっぽど嫌な予感がしていたのだろう。

「う〜ん……ま、そういうこともあるよ!」

「だな」

ミカがそう言うのだから安心した。

「一応、バルドにも報告した方がいいのかな?」

「そうだな……でも明日でいいだろ。今日はもう寝ようぜ」

「うん、そうだね……」

「どうかしたか?」

「うん……一緒に寝よ?」

「誘ってんのかぁ?」

「ち、ちがう!そんなんじゃないもん!」

僕は自分としてもかなり上手なニヤけ顏ができたと思った。それに顏を真っ赤にして反応するミカが……ミカが何なんだ?……まあいいや。そのうちだな。

「でも鳳がどうしてもって言うなら……」

「冗談だ。ほら来いよ」

「なにさ!もう!」

ミカは頬を膨らませながらも、すっぽりと僕の隣に収まった。

「悪かったっつーの」

「ミカは抱き枕じゃないのに……えへへ」

僕は暖かい抱き枕に手を回したまま、安らかな眠りに落ちた。


それから間も無く、最新型の通信機が騎士団員全員に配られた。これで、イークルは、インティアなど他の騎士団に情報面で差をつけることができる。それが僕たちの活躍あってのことだと思うと、誇らしい気持ちになった。

「でも結局、すぐに相手にも真似されちゃうんじゃないの?」

ミカはベッドに腰掛けながら、配られたばかりの通信機を眺めて言った。

「それは無ぇ。仕組みはわからねぇが、相手の手に渡った瞬間、その通信機は自爆するようになってんだってよ」

「へー、よくできてるモンだねぇ」

ミカが心底感心したような声を出す。

「ところでよぉ」

僕は昨日の話の続きを始めるつもりだった。

「昨日言ってた、バルドに伝えるってことなんだが……」

僕がそこまで話した時、


ピッピッ


「え?」

僕とミカは突然聞こえてきた機械音の出処を見る。それぞれ、左手首と、手に持った通信機だ。そして、そこから流れてきた聞き覚えのある声に戦慄した。

『イークル連合騎士団諸君、はじめまして。私は“エンジェルメイト”のリーダー、乾煬だ』


「乾……だと?!!」

わけがわからない!どうしていきなり味方と通信するための最新機器から仇である乾の声が聞こえるんだ?!

乾の声は続ける。

『我々エンジェルメイトの目的は、神の復活にある』

それからしばらく乾の演説は続く。

『近頃世界のバランスは崩れ、ミュータント達はいくつかのグループに分裂し、戦争も起ころうとしている。我々ミュータントが本気で戦争を始めれば、人間の表社会から隠れていることは不可能となる。世界規模で争いが進み、世界は滅亡の道を辿るだろう。どうしてこのようなことになっているのか、我らエンジェルメイトは知っている。それは、神が消滅したからだ。神という巨大な力の塊が、何らかのはずみで分裂し、地上に降り注いだ。その力の片々が、不思議な力を持つ生命、我々ミュータントになった』

何を言っている?!神?滅亡?話がマユツバ過ぎる!

『我々はその力を束ね、再び神を生み出すことで、世界の滅亡を防ごうと動いている。そして、我々はその手段も持っている。お前たちにそれができるか。いや、それができるのは我々エンジェルメイトだけなのだ。さあ、イークルに私の話が分かる賢者はいるか。いるのなら、ぜひ応えてくれ。我らと共に、世界を滅亡から守ろうではないか。人々から崇められる英雄になろうではないか。私は、お前たち賢者と共に歩める日を楽しみにしている』

そこで通信は途絶えた。僕たちが動けずにいると、すぐに別の通信が入った。

『次に呼ばれる者は、至急団長室に集まりなさい』


「失礼する」

ベティの招集に組み込まれていた僕とミカは、団長室の扉を開いた。長い机を囲む十数人の目がこちらに向く。そしてすぐに、目を離してそれぞれの方向を向いた。ほとんどの人が下を向いている。

「そこに掛けてちょうだい」

議長的な位置に座るベティが、僕たちに二つの椅子を示した。僕たちはそれに従って座る。隣には、なぜかラブロフが座っていた。僕たちが掛けると、並べられた椅子は全て埋まった。

「それでは、これから緊急重役会議を始めます。議題は、みなさんお分かりの通り、動き出した乾煬についてです」

それに反応する者はいなかった。ただ僕は、重役会議の名に少し戸惑いを感じた。

「はっきり言って、乾が動き出すのは分かっていた。ついにその時が来たという話だ」

普段からは想像もつかないほど緊張した面持ちのバルドが机の上で手を組んで口を開いた。それを確認してから、ベティは会議を進める。

「まず最初に、乾がどうして我々が開発した最新の通信機に繋ぐことができたのか。また、まるで今日我々が通信機を配布する知っていたかのような行動について、議論をしたいと思います。何か意見のある方がいましたら、手を上げて発言してください」

「乾の行動的にこの騎士団の中に、裏でヤツとパイプを持っている奴がいるはずだ。まずはその犯人を探すべきだ。犯人を見つければ、内部の混乱も少しは治まるだろう」

早速、目つきの悪い金髪の若い男が手も上げずに口を開いた。しかしベティはルール違反を指摘することはない。

「誰だあれは?」

僕は小声で隣のラブロフに聞く。

「あれは特殊工作部隊長のイーサン=ルイスって人だ。ま、名前なんて後で覚えりゃいい」

まあ確かに、この人数の名前を一度に覚えるのは無理ってモンだ。

「確かに犯人探しも大事ですが、そのためにも、今はある情報を整理しましょう」

次に口を開いたのはメガネを掛けた、ベティと同じくらい真面目そうな男。情報処理部隊長、ルーク=コックスだとラブロフが教えてくれた。その男が続ける。

「まず、乾が行動を起こしたのは十一月九日のアメリカでのことだと聞いていますが、そこのところをもっと詳しく聞かせてもらえますか?」

「それについては、私どもが派遣した珞間鳳と窓辺ミカを呼んであります。鳳、自己紹介と、あの日の話をしてもらえるかしら?」

「……」

僕は仕方なく椅子から立ち上がる。会場の目が、一斉にこちらを向いた。

「僕の名前は、珞間鳳」

「自己紹介はいいよ。もう知ってるから」

名前を言った時点で、金髪のイーサンに遮られた。では、と僕は本題に入る。

「僕たちがアメリカに行ったのは……」

僕はバルドにしたように、渡米した目的、日時、乾の仲間との戦闘、乾との遭遇を事細かに話した。

「ありがとう」

ベティが僕に言い、僕は役目を終えて着席した。

「そんなことになってたのかよ……」

「そうだよ。知らなかったか?」

「まったく」

ラブロフが呆然と聞く。何を考えているのやら。

「その仲間っていうのは、エンジェルメイトの一員ってことでいいのかな?」

今度は眠たそうな目をした高校生くらいの女が言う。

「そうだろうな」

僕は名前を覚えることを諦めて、知らないまま応える。

「ねぇねぇ」

「アン?」

隣のミカが、僕の袖を静かに引っ張る。

「もしかして、アレシアを助けた時に襲って来たヤツも……」

「アレシア……?」

「ほら、あのイギリスの」

「ああ、アイツか」

「忘れるなんてひどいなぁ」

アレシアとは、ロンドンの元引きこもり、現イークル連合騎士団ロンドン支部の情報処理部の少女の名前だ。襲って来たヤツっていうのは、直線を曲線に変える狂った芸術家のことだな。名前もわからないが。

「その可能性が高いな」

「言った方がいいの?」

「だろうな」

「……」

「自分で言えよ」

「えぇっ?!何で?」

「何でじゃねぇよ。お前が思いついたんだろうが」

「う〜」

「ほら、さっさと立て」

僕はミカを若干無理やり立たせ、無理やり発表させる。

「じ、実は私たちは、以前にも乾の部下と思われるミュータントとも遭遇したことがあります。その時は、ロンドンのあるミュータントを勧誘しに行った時で、相手は傭兵を名乗っていました」

ミカの口調は、次第に自然なものになっていく。

「その時の彼の目的は、そのロンドンのミュータントでした。鳳の持っていたビアンカには興味を示していませんでした」

「その雇い主が乾だと?」

イーサンがミカの顔を見上げる。

「そう思います」

ミカは思ったよりも自信ありげに答える。しかしイーサンは納得しなかった。

「乾なら、傭兵など雇う必要はなかろう。しかも、ビアンカに興味がないわけがない」

「それは……」

ミカは困り果てて下を向く。僕は立ち上がろうと机に手をついたが、その時、

「いや、雇い主は乾だろう」

僕よりも先にバルドが助け舟を出した。

「乾は数年前にインティア騎士団を脱退している。もはや騎士としてのプライドなど、ヤツを縛るには小さ過ぎるはずだ。ビアンカについても、騎士でないなら、その価値はバカみたいに並んだ小切手のゼロにしか見えん。乾の目的が別にあるなら、わざわざ回収させるまでもないのだろうよ」

「じゃあ仮に乾が雇い主だったとして、その目的は何だ?なぜ自分で来なかった?」

「そんなの分かり切っていることだ」

バルドはすぐさま返す。確かに、乾の目的は明確だった。

「乾の目的はエンジェルメイトの拡大。人集めに人手が必要なことは、我々がよく知っているだろう」

そう。乾は今、仲間を探している。相手の騎士団の通信機に割り込んでまで同志を求めている。

「乾の目的はわかった…… それにしても……不思議だ」

突然喋り出したのは、赤いジャケットに赤い瞳、赤い髪をした男だった。声が小さく、見た目とは対象的に地味な印象を受けた。

「何だアイツ?」

「あれは奇襲専門部隊の隊長、ツェーザル=アル……アル……何だっけ?」

ラブロフも名前を覚えていないようだ。つか、何でこいつそんなにお偉いさんの名前知ってんだ?

ラブロフがブツブツ言っていると、

「聞こえて……いるぞ」

赤毛の(ツェーザルというのだろうか)がジロリとラブロフを睨んだ。それに対し、ラブロフは苦笑いでやり過ごす。そしてツェーザルは、僕に視線を移した。

「私の名前は……ツェーザル=アル……?……覚えなくても……別にいい」

「自分の名前忘れんなよ!つか覚えたくても覚えれねぇ!」

「キレのいい……ツッコミ」

……何だこいつ?!リズムつかめねぇし!

「そんなことよりツェーザル、君は何を言おうとしたんだい?」

誰かが話を元に戻す。ツェーザルはゆっくりと話し始めた。

「……私は……乾にも……その部下にも会ったことは……ない。なのに……お前たちは……ニ度も会っている」

「つまり、これは偶然ではないと?」

メガネを掛けたルーク=コックスが、ツェーザルの後を引き継ぐ。ツェーザルはコクリと頷いた。

「乾が……お前たちと接触することを……望んでいる……のか」

ツェーザルは相変わらず小さな声だ。それなのに、次に放たれた言葉ははっきりと僕の耳に届いた。

「あるいは……お前たちが……望んでいるか……だ」


はぁ?!

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

僕は慌てて立ち上がる。その弾みで、キャスター付きの椅子が大きく後ろに滑った。

「僕たちはただベティに言われた通り、仕事に行ってきただけだ!乾との接触が多いことだって、本当に偶然なんだ!」

しかしそう簡単に僕の訴えは届かなかった。

「騎士団を裏切るようなヤツなら……平気で……ウソをつく」

「だから違うって!」

僕は斜め向かいのツェーザルの瞳をまっすぐに見た。真っ赤に燃える紅蓮の瞳は、僕には冷たく光る紺碧のガラス玉に見えた。

状況はさらに悪化する。

「確かに、君たちなら誰にも知られずに乾と手を結ぶこともできますね」

ルークが人差し指でメガネを押し上げる。会議場全体が、そういう雰囲気になり始めていた。もはや、僕が何を言っても届かなかった。

「お前たちが通信機のことをバラしたのでは」

「イークルにも、乾の命令で入った可能性がある」

そんな根も葉もない憶測が会議場内を渦巻く。僕たちは、その中で揉まれるしかなかった。そこに、

「お静かに願います」

ベティの声が響いた。司会の一言で渦は大人しくなる。

「ただ今、珞間鳳と窓辺ミカが乾のスパイであるという意見が出ましたが、これについて審議したいと思います。彼らがスパイの可能性があると判断し、何らかの対策を取るのか。それとも、彼らを信用し、真犯人を探すのか。賛成の方に手を上げてください」

僕は全体を見渡した。僕たちを含め、十六人の騎士たちがその場にいたが、表情に迷いがあるのは、隣に座るラブロフだけだった。

ラブロフは、どちらに手を上げるのだろうか。きっと、ミカもいるし、僕たちが潔白だという方に上げてくれるだろう。バルドもこっちに上げてくれるはずだ。

「それでは、前者に賛成の方」

ベティの一言で、いくつかの手が上がる。全部で十三本。


十三。


上げなかったのは、

僕。

ミカ。

ベティ。

この三人は手を上げる権利が無い。


えっ?


僕は恐る恐る隣を見る。

ラブロフはうつむいていた。表情を隠すように、机の下を見つめている。僕は徐々に視線を上にずらしていく。僕の目がラブロフの肩よりも上を捉えた時、僕は絶望した。彼の右手は頭より高く上げられていた。

次に僕はバルドを見た。彼は顔を下げることはしなかった。ただ無表情で、右手を上げていた。

そんな……。

僕たちはこの瞬間、満場一致で容疑者に確定した。


会議はその題で終了した。続きは次回だそうだ。

容疑者である僕たちへの措置は、無期限の監視と、ビアンカの没収。納得がいかないの一言だった。

「クソ!どうしてだよ!」

僕は、移されて頑丈な物になった部屋の壁を左手で殴る。左手が勝ち、壁にヒビが入った。

「警告……それ以上は……やめておけ」

不意に、後ろから小さな声が聞こえた。

「ツェーザル……!」

僕をここに閉じ込めた張本人、奇襲専門部隊隊長、ツェーザル=アル……何とかが階段を降りて、ここ、地下留置所にやって来るところだった。

簡単に言って、ここは若干居心地の良くなった牢屋だ。この部屋に窓は無く、明るい色の壁紙の下は、分厚いコンクリート造り。極め付けに、廊下とこの空間を仕切るのは、シルバーの鉄格子だけという空間だ。ミカも同じようなところに閉じ込められているらしい。

「そのベッド……寝やすいだろ?」

ツェーザルは鉄格子の向こうにどかっと腰を下ろし、イヤミを吐く。

「ああ、最高だぜ。お前もこっちに来ればいいのにな」

「キレのいい……イヤミ」

「キレ好きだなお前」

「キレ……最高」

「ちょっと意味がわからない」

「……冗談」

「ああそうですかよかったですね!」

調子狂うなぁ!

「調子が……狂う」

「それ僕の!僕のセリフ!」

じゃあこれ誰の調子なんだっての!

「お前と話すと……リズムが……狂う……これって……………恋?」

「呪いだろ。間違いねぇ」

僕はようやく落ち着いたところで話を進める。

「で、何しに来たんだ?こんな馬鹿話のためじゃないだろう?」

「そう……だな」

それから少しの沈黙が流れた。それを破ったのはツェーザルだった。

「まずは……すまなかった」

「……はぁ?」

「『……』は俺のアイデンティティ」

「活字ネタは控えろよ」

口に出したら『無言』になるんだぞ。出してねぇってことだけど。つか話が進まねぇ。

「それより、どういうことだよ?僕を犯人扱いしたお前が」

「俺も……そこまで可能性が高いとは……思ってない」

「なら」

「でも……可能性がゼロとも……思ってない」

「……」

「だから『……』は……」

「わかった。もうなるべく使わない」

「……こうするように言ったのは……バルドなんだ」

「は?」

バルド?バルドは、最初から僕の仲間じゃなかったってことか?最初から、容疑者は五人だったのか?

「バルドは……お前たちが犯人でないことを……望んでいる……でも……アイツは団長だ……最低限の措置は……しなくちゃならん」

「つまり、バルドは僕の味方だけど、団長として裏切り者の可能性のある僕を監視してるってことか?」

「そういう……こと」

こいつの話を全て信じていいものか。これが本当なら、僕はかなり救われる。

「バルドを……許してやってほしい」

「わかったよ」

僕は頭を下げた奇襲部隊隊長に免じて信じることにした。きっと願望も手伝ったのだろう。でも、

「仮にバルドが僕の仲間だとしても、この状況を何とかしてほしいんだけどな」

「……そのことなのだが……」

「?」

「実は……乾からまた通信が入ったのだ」

「何?!」

僕の通信機はここに来てから電源が切られている。その間に、乾からこの騎士団に向けて連絡が来たらしい。

「乾は、何て?」

「簡単に言って……犯行予告だ……一週間後の十二月三日……ヤツは我々イークル騎士団の上海支部を……襲撃すると」

「上海?」

中国にも支部があんのか。

「やっぱり、目的は支部の騎士たちか?」

「そう……だ……仲間を集めてると見て……間違いない」

「それが、僕の待遇と何の関係が?」

「その戦いに……お前らも連れて行く」

「アン?」

「そこで……お前らを試す」

「ああ、なるほどな」

ようやく合点がいった。乾の部下をブチのめすことで、乾の仲間でないことを証明するわけか。

「危険だが……方法はこれしかない……負けは許されない」

「敵の数とかはわかんのか?」

「わからない……こちらも……十分な人数を……連れて行く」

「それがいいだろうな」

僕は胡坐をかいて、膝に肘を立てて頬杖をつく。まったく、面倒なことになったな。

「出発はいつだ?」

だがこうなった以上、ある程度は開き直らなきゃなんねぇ。

「六日後の……十二月ニ日……だ」

「チッ、しょうがねぇなぁ」

僕は思いっきり舌打ちする。僕をこんな面倒事に巻き込むなんていい度胸してるじゃねぇかバルドの野郎。

「オーケー、希望通り暴れてやろうじゃねぇか」

何かむしろ楽しくなってきた。僕はツェーザルが去ったあとも、一人牢屋で笑っていた。


五日後、ようやく牢屋の扉は開け放たれた。別の牢に入れられていたミカとも再会を果たす。

「準備は……できているな」

「ああ」

「できてます」

今回上海に向かうのは、僕の監視役のツェーザルを含む十五人の騎士たち。本当に十分な人数かどうかは謎だ。その中には、歓迎会でビアンカを賭けて戦ったやつもいた。

上海にはすぐについた。ロンドンや、五大湖に行くのに比べると、隣町に行くようなものだ。上海の支部は日本のそれとほとんど変わらなかった。ただし人数が支部全体で三十人弱と、日本よりもやや規模が小さい。

「今日は……明日に備えて……十分な……休養を取るように……部屋割りは……この紙の通りだ」

この部分だけ聞くと、修学旅行的な響きがあるが、僕たちはいまだに監視付きだ。ミカとも部屋が分けられ、それぞれの監視役と同じ部屋に括られる。

「というわけで……よろしく」

「あんまりよろしくしたくなかったんだけどなぁ」

「仕方ない……だろ」

「ミカの監視は誰がやってるんだ?」

僕はミーティングが終わったあと、その会場に残ってツェーザルと言葉を交わしていた。僕の監視役であるツェーザルは、僕と同じ部屋ということになる。僕の監視役がツェーザルならば、ミカの監視役は誰がやってるのか。配役次第では、ツェーザルをぶっ飛ばすこともあるかもしれなかったが、

「私たちよ」

僕はミカの監視役を見てその必要は無いと判断した。

「お前らは確か……」

「歓迎会ではお世話になったわね♪」

現れたニ人の二十歳前後の女は、まさしく歓迎会で僕たちと勝負したペアだった。背の低いブロンドの髪をした方の名前はアナベラということはわかっていた。

「改めて自己紹介するわ。私はドロシー=ヒル。ドロシーでいいわよ」

アナベラでない方が挨拶する。浅黒い肌にウェーブのかかった髪をしたモデルのような女だった。

「私の名前はアナベラ=サンチェス。よろしくね」

次にアナベラが挨拶する。こちらも浅黒い肌をしていた。

「それにしても……へぇ」

「うん……へぇ」

自己紹介が終わると、二人はいきなり僕を品定めするようにしげしげと眺め始めた。

「何なんだよ?」

すると二人はニヤニヤして答えた。

「いやね、ミカも案外見る目があるなぁと思って」

「アアン?」

二人はニヨニヨして答える。

「あのカッワユ〜イミカが惚れるぐらいだからどんな男なのかと思ったら、案外デキそうじゃない」

「お前ら……ミカに何かしてねぇだろうな?」

「べっつにぃ。ただちょっとスキンシップを……」

「テメェらミカに手ェだしたらブッ殺すからな!」

「おお怖い。よっぽど愛されてるわね」

ドロシーが後ろを振り返る。

「ミカ」

そこには顔を真っ赤にしたミカの姿が。

あれ?これって僕かなり恥ずかしい状況?

「おおお落ち着け、僕」

「うん落ち着いて」

二人のニヨニヨは止まらない。ここから僕の必死な弁明が始まる。

「いやこれはだな。ミカも同性に手を出されるのはたぶん嫌だろうという僕の優しさからであって、僕がミカのことをどう思ってるとかは関係なく僕の本来の優しい性格が誤解を招くような発言に繋がっただけでして、つまり僕は誰がこういう状況だとしても同じように振る舞うし、ミカのことなんてどうでもいいってことだ!」

「だってミカ」

二人はわざとらしく間を開けて、僕からミカの表情がまっすぐ見えるようにする。

「うっ……うっ……」

あ、やべぇ。やらかしたパターンだ。

「うわぁあああああああああああん!!」

「待て違うんだミカ!僕はお前のことをどうでもいいなんて思ってないぞ!だから泣くな!僕はお前のことが……」

僕は必死に取り繕う。が、

「お前のことが?」

「……」

気づけば、観客はドロシーとアナベラだけではなくなっていた。僕たちを取り囲むように人だかりができて、僕の次の言葉を期待している。

「テメェら……」

僕はミカの存在よりも、回りの存在が気になって仕方がなかった。

「今すぐ散らねぇとブッ殺す!」

「わー」

人だかりは全員ニヤニヤした顔のままバラバラになった。あいつら絶対ぇ反省してねぇ!

とにかく今はミカだ。

「まあ、なんだ……僕は別にお前のこと嫌いじゃねぇから心配すんな」

僕はその場しのぎとしてミカの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「う〜、また調子いいこと言ってぇ」

涙目上目遣いか。写真に撮れば売れるだろうなぁ。


パシャッ


ん?

「へっへー、ミカの可愛い顔ゲット〜」

何か僕の後ろで写真撮ってるヤツいる!

「ちょっとドロシー、アナベラ、何やってんのよぉ!!」

「お、その表情もいいね。カメラの方向いて」

「も〜!」

……何なんだこのレズ共は。きっとこいつらは、僕とツェーザルのように、牢屋の中と外で仲良くしていたのだろう。いや僕とツェーザルは仲良くないが。

僕が呆れ果てて立ち尽くしているところにツェーザルが近づいてきて囁いた。

「うらやま……しい」

「どう見たらそういう感想が出てくんだよ」

「俺らも……やるぞ」

そう言って、ツェーザルは懐からカメラを取り出した。

「羨ましいってそっちかよ!つかやんねぇよ!」

「……パシャリ」

「何かってに撮ってんだコラァ!!」

「もっと……笑って」

「オーケー隊長だか何だか知らねぇがとりあえず殺す」

「……逃げる」

「逃がさん!」

本っ当に退屈しねぇなこの騎士団は。戦争が終わっても、この騎士団に居られたら。ミカと一緒に居られたら。

僕は訪れるかもしれない未来に夢を馳せつつ、訪れるであろう明日に若干の不安を抱えていた。


「……パシャリ」

「だから撮るんじゃねぇ!!」

……そして日は進む。


十二月六日。乾の、いや、エンジェルメイトの犯行予告の日。僕たちは朝から戦闘体制を敷いて、来るべき戦いに備えていた。のだが、

「本当に今日なんだよな?」

「その……はずだが」

僕、ツェーザル、ミカ、ドロシー、アナベラの五人は、大きな窓のついたホールから外を見つめていた。街中から少し外れたその建物から見えるのは、ほとんど車が通らない道路と、巨大な山の裾だけだ。怪しげな集団などは見られない。

アナベラが右手首の腕時計をちらっと見る。左利きのようだ。

「遅いわね。そろそろ夕飯の準備の時間よ?」

時計の針は現在午後四時を指していた。十二月の四時はかなり暗い。

はっきり言って、全員が飽きてきていた。騙されたのではないかという疑問が、それぞれを居心地のいいベッドへ誘う。その誘惑を何とか逃れることができていたのは、リーダーであるツェーザルの思った以上のカリスマ性と、ミカが騙された可能性を否定していたからだった。

「どうしてみんなミカの能力を知ってるの?」

ミカが首を傾げる。その疑問に答えたのはアナベラだった。

「そりゃ、あの歓迎会を見てないヤツはいないからさ」

ドロシーも頷く。

「うんうん。あの時のミカは可愛かったし、強かったな〜。今もだけど」

これにツェーザルも続く。

「確かに……お前らのコンビネーションは……完璧だった」

ツェーザルも見てたのか。てことは、僕の能力も知ってるんだろうな。つか、

「お前らは僕らの能力を知ってるかもしれないけど、僕たちはお前らの能力を知らないんだけど?」

「ああ、確かにね」

アナベラが手を叩く。そして自分から説明を始めた。

「アタイの能力は、相手の動きを数秒後まで読むことができるの。って言ってもまあ、動かせる部分が動いた後の状態が見えるっていうだけなんだけどね」

「……どういうことだ?」

僕は、イマイチピンと来なくて聞き返す。するとアナベラは僕の左手を指差した。

「歓迎会で勝負した時、実はアタイは能力を使ってたんだよ。だからアタイには、鳳がその手をアタイらの鎖に向ける状態は見えていた。でもそれは、たぶん鎖を切ろうとして届かなかったんだと思ってた。そこからビームが出るなんて反則は見えなかったわけ」

何か根に持たれてるような気がする。こういう時は、話を逸らすのが一番。

「なるほど。ドロシーのは何だ?」

「ウチはアナベラの逆、相手の数秒前の過去が見える。あの時の勝負じゃ何の役にも立たなかったけど」

こっちも根に持ってる!何こいつらめんどくさ!でも僕には最後の逃げ道が残されている。

「ツ、ツェーザルはどういう能力なんだ?」

「……なんだと……思う?」

「やっぱお前が一番めんどくさいわ!!」

「仕方ない……俺の能力は……」

しかし、僕がその答えを聞くことはなかった。なぜなら、

「来た!」

ミカの叫びが響いたからだ。僕たちは一斉に窓に張り付く。

敵の数は……一人?いや、違うな。一人に見えた人影は、二人の人間が重なって見えた姿だった。ブースターを着けた少年が、髪の短い少女を背負っていた。

それにしてもニ人……か。本当に、

「なめて……やがる」

僕とツェーザルは同じ気持ちだった。相手が少ないというのは、騎士にとって最もやりにくいシチュエーションの一つだ。特に、今回のように負けが許されない戦いではなおさら。騎士の戦法は基本一騎打ち。ただ最近は、その方式よりも数の公平を重視しているため、ニ対ニや三対三も認められる。今回の場合は相手がニ人。こちらもニ人で挑むのが望ましい。僕たちはこの前アメリカでニ対一の勝負をしてしまったので、あの後ベティにこってり絞られた。まあ罰則が無かっただけまだマシだ。

それは置いといて、今このビルにいるのは全部で約五十人。単純計算で二十五組のペアができる。まず負けはないだろう。というか、日本から連れてこられた精鋭が、上海勢の出番を残すとは思えない。

「まずは……お前らだ」

ツェーザルが僕とミカの方を向く。

「任せろ」

僕たちもそのつもりだった。僕たちはブースターを受け取り、装着する。

「安心しろ。テメェらの出る幕はねぇよ」

僕はそう残して、ミカと共に迎撃のために飛び立った。


外は思ったよりも寒かった。空はどんよりと曇り、刺すような風が吹いている。でも僕の体を走るピリピリとした物は、冬の空気より張り詰めた緊張感だった。

僕たちと襲撃者は、十メートル程の距離を取って向かい合う。不意に背負われている相手の少女が口を開いた。

「どうしてかれらはやってきたの?」

それは自分を背負っているアジア人らしき少年に対する質問だった。少年は答える。

「あの城を守りたいからだよ」

「ふ〜ん、どうしてまもりたいの?」

「大切だからだよ」

「ふ〜ん」

少女は、僕たちより少し幼いくらいのヨーロッパ系の顔立ちだったが、口調が少し変だ。少し障害があるのかもしれない。

「たいせつなんだぁ……」

少女は繰り返して、やがて答えにたどり着いたようだ。

「じゃあ、わたしたちとおなじだね?」

「ああ、そうだね」

少年は優しく微笑んで答えた。僕は少し驚いた。あんなに優しく笑うヤツがいるのか。

一段落したところで、少年は僕たちの方へ向き直った。

「少し、障害があるんだ」

「みたいだな」

いきなり連れの説明かよ。

「この子の名前は、ビアンカっていうんだ。美しい名だろう?」

ビアンカ。意味は『純潔』。今は没収されている僕の劔と同じ名前だ。

「純潔たぁ、ずいぶんと重たい名前をもらったんだな」

「そうでもない」

少年はすぐにそれを否定した。

「この子は、自然体でその名を全うしているよ」

「そうかい」

ここでビアンカという少女が突然口を開いた。

「かれらのなまえはなんていうの?」

やはり僕たちではなく、少年に対する質問だ。少年は僕たちに向き直る。

「君たち、名前は?」

「僕は珞間鳳だ」

「窓辺ミカだよ」

すると少年は納得したように頷いた。

「ああ、君たちが乾さんの言ってた人たちか。二人ともいい名だ。霊鳥に、美しい香り。どちらも素晴らしいよ」

ミカは“美香”じゃねぇよ。乾が適当なことを言ったのだろうが、それよりも気になることがあった。

「乾が僕たちの話をしたのか?」

「ああ、すごく褒めてたよ。二人とも、強くて、優しいって」

僕とミカは顔を見合わせた。それが事実だとして、乾の狙いはなんだ?

「乾は何を見て言ったんだ?」

「さあ。ボクはただ、そういう人がいるって聞いただけだから。でも、あの乾さんが人を、まして、相手を褒めるなんてスゴイよ」

わけがわからない。乾が強さを褒めるのはわかるが、優しさを褒めるなんてあり得ない。

「ねぇねぇ、おなかへったよ?」

「そうかい。それじゃあ、早く終わらせて帰ろうか」

少年は少女を背負い直し、僕たちをギロリと睨む。口調は変わらないはずなのに、その場の空気は確実に変わった。

「あ、その前に、一つお願いがあるんだ」

「……なんだ?」

少年は、一拍置いて答えた。

「ボクたちは本気で君たちを殺す。でも万が一、ボクたちが負けるようなことがあったら、どうかこの子だけは助けてあげてほしいんだ」

「テメェ……本気で言ってんのか?」

「もちろん本気だよ」

少し空気が揺らいだ。

「そんなこと、できるわけないだろ?」

「この子は弱い。弱者を守るのは、騎士の精神の一つだろう?」

「……」

本当に生かしていいのか。後で脅威にならないのか。そもそも、本当に弱いのか。答えの出ない僕の代わりに、ミカは答えた。

「いいよ。約束する」

?!

本当にそれでいいのか?後で後悔しないのか?そもそも、お前はそんなに強いのか?

僕の困惑をよそに、話は進む。

「ありがとう。これで全力で挑めるよ」

「これから戦う相手にずいぶん馴れ馴れしいんだね?」

「君たちとボクたちは、同じ匂いがするからね」

「どういうこと?」

すでに、会話の主導権は僕からミカに移っていた。ミカの質問に、少年は答える。

「君たちにも守りたい物があるように、ボクたちにだって死んでも守りたい物があるのさ」

「死んだら何も守れないよ?」

「フ、そうかもしれないね……でも」

少年は再び少女を背負い直した。今度こそ、来る。

「ボクは名前を貰うまで死なないから」

少年と少女は、一体のままブースターの出力で僕たちに迫る。その手に武器はない。僕たちは相手の能力を警戒し、身構えた。しかし、それはすぐに無駄だとわかった。

少年、あるいは少女のどちらかが能力を発動した。その能力によって、僕の腰に刺してあった一丁のハンドガンが、ふわりと空中に浮いたのだ!

「何だ?!」

しかし僕たちに驚いている暇はなかった。操られたハンドガンは空中で回転し、まっすぐにミカの方を向いた。

「かわせ!ミカ!」

「クッ……」

ミカがブースターの力で急降下した直後、ハンドガンの引き金が一人でに引かれた。ミカの頭上を鋭い弾丸が通過した。そして息つく間も無く次の弾が放たれる。ミカも紙一重でかわす。

「このヤロウ」

ミカのみへの集中攻撃に僕は苛立った。もう片方の腰に装備していた同じタイプのハンドガンで少年少女の頭を狙う。

「あぶないよ」

少女が一言つぶやいた。次の瞬間、今度は遥か下方に根を下ろしていた大木が、根ごと僕の方に突っ込んで来た!

僕はその棍棒を避け切れず、後方に弾かれた。すぐにブースターの推進力を逆に向け、体勢を立て直す。ここで彼らと僕とミカの間に、大きな距離が生まれた。

「何つー能力だよ!」

僕は彼らに文句を言いながら距離を詰める。しかし再びあの大木が、何らかの意思によって割って入る。

「クソが!」

あの太さでは、左手のエネルギー砲で吹き飛ばすのは無理だ。そもそもノーモーションであれだけの大木を根こそぎ掘り出すなんて、本当にどんな能力してんだよ?!

「ボクたちの能力が知りたいかい?」

僕とミカがそれぞれ大木とハンドガンと格闘している場所の中間で、何の動きも無くただ浮いているだけの彼らは言った。

「知りたくてたまらないよ!」

ミカが叫んだ。テルマ製のハンドガンは、通常の物とは比べものにならない弾数が装填できる。

「おしえてあげるの?」

少女が顎を少年の肩に乗せて首を傾げた。

「うん、約束してくれたからね」

少年は、僕たちというより、背中の少女に向かって説明するように始めた。

「ボクの能力は念力。英語で言うと、テレキネシスかな」

なるほど。ハンドガンが一人でに発砲したり、大木が抜けて襲いかかってくるなどの怪奇現象は、少年の能力か。なら、少女の能力はなんだ?

「そしてこの子の能力は」

次の言葉は、僕を大いに驚かせた。

「テレキネシス」

「あぁ……?!」

同じ能力の人間はこの世に2人もいないのだ。少年が嘘をついているとしか思えない。

そんな僕に向かって、少年は補足説明をした。

「でもボクたちは、それぞれ動かせる方向が決まってるのさ。ボクは物体を前後左右に、この子は物体を上下に」

「?!」

いやそれにしてもおかしい!さっきからハンドガンも大木も、上下前後左右自由に、アクロバティックに飛び回っている。これが、二人の能力の合わせ技だって言うのか?!

「ナイスコンビネーションなんてモンじゃねぇぞ!!」

「馬鹿げてるよ!」

何の合図も出さず、これだけの連携を取るのは、僕とミカでも難しい。

「それができるからボクたちなのさ」

少年と少女は、その能力でさらにもう二本の大木を手玉に取った。僕に二本の大木、ミカに一本の大木と一丁のハンドガンが襲いかかる。僕たちはさらに余裕がなくなった。

このままではマズイ。二本の大木をかわしつつ、何とか攻撃に転じなければ。とりあえずは、

「ミカ!こっちに来い!」

この実質的二対一を抜け出すのが優先だ。

「そんなっ……ムチャ言わないで

よ!」

ミカは飛び交う弾丸と大木の追加攻撃の合間を縫って、何とか僕の隣に並んだ。よし。

「しょうがねぇ、こっちもコンビネーションで行くぞ!」

「そんなのあったっけ?!」

「ねぇ!が、カンで動け!」

「むちゃくちゃな!」

大丈夫。僕たちは無理に息を合わせなくても、ミカのカンが勝手に良い連携を生み出してくれる。あの歓迎会でもそうだったように。

「かれらなかいいね?」

「そうだね。いいコンビネーションだよ」

「どこが?!」

コンビネーションのプロにそんなことを言われても。しかも僕たちはコンビネーションなんて見せてねぇし。

「その作戦は十分コンビネーションだよ」

わけわかんねぇ。

僕とミカが合流したことで、三本の大木と、弾切れ知らずのハンドガンの狙いが集中する。

「この後どうするの?!」

ミカが叫んだ。僕には考えがあった。

「そのまま飛び続けろ!」

現状としては、僕とミカの距離が近くなっただけで、逃げていることに変わりはなかった。

「どうなっても知らないからね!」

ミカは首をすくめて弾丸をかわしつつ、文句を飛ばした。それでいい。

「みつけた」

ビアンカという少女がつぶやいた。三本の大木の内の一本が振りかざされた。狙いはミカだ。


ここだ!


僕はブースターの加速を最大にして、ミカと大木の間を突っ切った。

バキーン!という音がして、ミカを狙っていた大木が跳ね飛ばされた。

「なるほどね!」

ミカは僕の後ろを見てはしゃいだ。僕の後ろには、僕を狙って振りかざされた大木が迫っていたのだ。僕を狙った大木と、ミカを狙った大木が同士討ちになり、僕とミカの危機は同時に去った。攻め込むならここしかない。

「突っ込め!」

僕はミカに指示を出しつつ、左手を構えた。

「はぁああああ!」

ミカがサバイバルナイフを片手に少年たちと距離を詰める。僕はその後ろからエネルギー砲を放った。高威力の熱と光があっという間にミカを追い越し、少年たちを飲み込もうと迫る。

「クッ……!」

少年と少女は、レーザーとミカの挟み撃ちにあった。どちらかはかわせない。

「チッ」

少年は似合わない舌打ちをして、自らミカの方に飛んだ。レーザーよりはミカの方が勝負になると踏んだのだ。

「逃がすなよ!」

「わかってる!」

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