彼は何と出会うのか
僕は今、信号が赤になってもゆっくりと進み続ける都会の人ごみの中にいる。部活が終わった学生も、仕事の終わったサラリーマンも、帰宅途中ということで、足取りは軽い。
そんな人々の一部の視線は、明らかに僕を捉えていた。おそらく、それは三十度を越える気温の中で僕が一人だけ長袖の学生服を着ているからなのだろうが、より僕に近いところにいる人の目は、もっと限定的な部位に集中しているようだった。
それは僕の左手。
僕が歩くたびにガシャガシャと機械的な音を立てるそれは、その通り機械、義手だ。本物は三年前に電車事故にあったときに失くしてしまった。僕がこの真夏の夕方に、半袖のワイシャツではなく、長袖の学生服を着ている理由もそこにあった。
ところで、僕が住居としている下宿は、ここから三駅電車に乗り、その駅から少し歩いたところにあるのだが、そんな道のりの途中、近道として使っている暗い路地裏で事件は起きた。
「いやッ!離して!!」
「イイじゃねぇか、減るモンじゃあるまいし」
出来の悪い青春ドラマのようなセリフが聞こえてくる。しかも襲われている女子の声には聞き覚えがあった。
めんどくさいが仕方が無い。
「オイ、お前ら何やってんだ」
僕は茶色の短い髪をした少女を囲む三人の不良に声を掛ける。その声に反応したのは、
「あっ、鳳!!」
不良たちではなく襲われている少女だった。それも凄く明るい声で。
「あ〜ん?何だテメェは?男はお呼びじゃないんだけどなぁ?」
遅れて不良たちが僕の方を向く。逞しいその腕は、僕の二倍ぐらい強そうだった。
こんな場面で何だが、僕はまだ自己紹介をしていなかった。ここでさせてほしい。
僕は左手に持ったカバンを担ぎなおしながら無知な不良たちに教える。
「僕の名前は珞間鳳。知らないか?」
こう見えても僕はこの辺りの学校ではかなり有名だ。それもイヤな方で。
僕にはある特技があって、おかげで喧嘩は絶対に負けない。不良たちも恐れをなして、僕には一切手を出さなくなった。この異様な左腕も手伝って、『片腕の珞間』といえばこの辺りでは知らない者はいない。……と思っていたのだが、どうやらこの不良たちは違ったようだ。僕の左腕を見ても大した反応は示さない。普通なら自己紹介の前にこの左腕を見て逃げるのだが。
彼らはそれぞれ懐から怪しげに光る物を取り出す。それは十五センチほどのナイフだった。最近の不良は物騒ったらない。
「死ねぇぇええ!!」
不良の一人がナイフを構えてこちらに突撃してくる。視界の端で少女が目を覆ったのが見えた。彼女も、僕の特技については知っているはずだが、それでも人が殺されそうな場面は見たくないらしい。
僕は突っ立ったままナイフを眺める。その勢いは変わらない。
グサッという音がして、僕の腹に穴が開いた。
僕の口から息が漏れる。しかしそれは苦痛の息ではなく、ため息だ。
そんな僕の反応に誰よりも驚いたのが、僕を刺した張本人。
「何だ……お前??」
不良は僕の腹に刺さったままのナイフから手を離して、後ずさりする。その間も僕の腹からは真っ赤な液体がぼたぼたと流れているのだ。
再びこんなタイミングで何だが、先ほど言っていた“特技”について話したい。
僕は、混乱して怯える不良たちに、呆れながら言った。
「悪いけど、僕は“死なない”よ」
僕は腹に刺さったナイフを抜く。その瞬間、決して少なくない量の血が辺りに飛び散ったが僕は気にしない。何せ、すでに傷口は塞がっているのだから。
「これ以上やっても意味ないと思うけど……どうする?」
僕は不良たちに抜き取ったナイフを見せつけながら、諭すように言う。すると不良たちは、
「ば、化け物ぉぉおおおっ!!」
と叫びながら一目散に路地裏を駆け抜けて行った。まあ、賢明な判断だろう。殴っても、刺しても、撃っても効かない相手にどうやって勝てという話だ。
僕は不良たちが去ったあとをぼんやりと眺めながらカバンを持ち直した。そして、自分の住処に帰ろうと踏み出したとき、
「ちょっと待ってよ」
後ろから声をかけられた。僕は慌てて振り向く。そこには途中から空気と化していた少女が、怒ったような顔で立っていた。
「何だミカ、まだ何か用か?」
「何だじゃないわよ!助けた女の子にぐらい声かけなさい!」
相変わらず騒がしいヤツだ。
紹介しよう。こいつは僕の幼馴染で一つ下、女子からも男子からも人気の美少女、窓辺ミカ(まどべみか)。
とまあ、一応はモテる女子なのだが、僕はこいつの本性を知っているから別に何とも思わない。実はこいつ、人前ではお姫様になる器用な、別の言い方をすれば、せこいヤツなのだ。しかしこいつは、幼馴染の僕にだけは素を出す。できれば僕の前でもお姫様でいてもらいたいものだ。
「んなこと言ったってお前助けんの一回、二回じゃないだろ?いっつも同じこと言ってさ」
「だから今回は油断しただけだって……」
「ほらそれ」
僕は小さくなっているミカをいつものように叱る。
「いくらお前が強くたって、男子二、三人に囲まれたら敵いっこないだろ」
「うー……」
ミカはひとしきり唸ったあと、
「でもそういうときは鳳がいるから大丈夫でしょ?」
「信頼は嬉しいが、僕はお前のボディガードじゃねぇんだ。いつもいるとは限らない」
「そうかもしれないけど、なぜか私がこの道で襲われるたびにアンタがいるんだよねぇ……もしかして、ストーカー?」
ミカは割りと本気で僕の顔を見上げる。まったく、助けてくれたヒーローをストーカー呼ばわりするとは、本当に無礼なヤツだ。
「誰がストーカーだ、コラ。だいたい、お前があんな道ばっか通るから悪いんじゃねぇか」
「だってあの道の方が近いんだもん」
路地裏を抜けたところで、僕の横を歩きながらテヘッと舌をだす幼馴染に、僕は呆れに呆れて物も言えなくなった。代わりに、
「はぁ……」
僕は再び歩を進め出す。
「む、なぁにその深いため息は?」
後からミカが駆け足で僕の横に並んだ。
「別に」
「ふ〜ん」
少しの沈黙。ニ人分の足音だけが聞こえる。その沈黙を破ったのはミカだった。
「ところで、鳳はいつまでたっても一人称と口調が一致しないね」
「うるせぇ、これでも気をつけてる方なんだぞ?」
実は僕、この『僕』という一人称の割に、口調が荒いとよく言われる。その時には決まって一人称を『俺』にするか、口調を改めるか、どちらかを迫られるのだが、直す気はさらさらない。小さい頃からこれだったし、今更変えるのは違和感しかない。
「でもその口調のせいで女の子が来ないんだよ?鳳は見た目もいいし、性格も悪くないからもったいないよ」
「お世辞ならいらねぇよ」
僕がそう言うと、ミカは複雑な表情になった。女子というのは本当によくわからない。
静かになったミカの代わりに、僕が話題を振ることにする。
「それより、口調と言えばお前はいつになったら僕に敬語を使うんだ?」
するとミカはキョトンとした顔で僕を見上げてこんなことを言う。
「どうしてそんなことしなきゃいけないの?」
「どうしてって、お前……僕は一応先輩なんだぞ?」
高校生にもなったし、改めて上下関係をはっきりさせておこうという魂胆だったのだが、ミカはというと、
「ずっと一緒だったんだから、今更そんなのどうでもいいでしょ?」
「どうでもよくねぇよ。僕の威厳に関わることだ」
「ん?アンタに威厳なんてあったの?」
「……テメェ、この僕に喧嘩売ってんのか?」
僕が不良にするように凄むと、ミカは、
「じょ、冗談だって……アハハ」
慌てて手をパタパタと振る。結局、ミカも一介の女子高生でしかないということだ。
いや、一つ訂正。
彼女は『一介の』ではなかった。彼女にも僕同様、一つの特技がある。それは、
「お、今日のご飯はハンバーグか」
「どうしてわかるんだよ?」
「う〜ん、カン?」
「出たよ……」
もの凄くカンがいいこと。その的中率はしばしば学校でも話題になる程で、テスト前には彼女の机の周りに人だかりができる。
「それじゃあ、私はこっちだから。今日は助けてくれてありがと」
「ったく、もうあんな道通るんじゃねぇぞ」
気づけば、もうミカの家の近くだった。
「エヘヘ……じゃあ、また明日ね。バイバ〜イ」
「……じゃあな」
ひらひらと手を振りながら遠ざかる彼女を、僕は立ち止まって見送る。
今まで騒がしかった分、ここから下宿までの数百メートルが静かになりそうだ。僕は幼馴染の影に背を向け、赤く染まった道を歩き出した。
「あら、お帰りなさい」
下宿所に着くと、まずおばさんの出迎えがある。ここに来てから二年が過ぎ、おばさんともかなり親しくなった。
「ただいま……」
僕は返事をして、階段を上り始める。すると後ろから、晩ご飯の内容を告げる声が追いかけて来た。
今日はハンバーグだそうだ。
部屋に着き電気を点け、僕はすぐに制服を脱ぎ始める。上着のボタンを全て外したところで、机の上にある物に目が止まった。僕は飾ってあったそれを手に取り、ゆっくりと眺める。
明日でもう三年になるんだな。
僕は持ち上げた“慰霊写真代わり”の家族写真に呟く。
三年前、ある列車事故に一家四人が乗った乗用車が巻き込まれた。四人のうち、三人が死亡。当時中学三年生だった長男が左腕を失った。その長男にはある特技があったため、生き延びることができたのだ。
僕はカチャカチャと左手を閉じたり開いたりする。本当は失わなくてよかった左腕、本当は得られるはずだった愛情。それを僕はあの日いっぺんに失ったのだ。僕は写真を伝う雫の跡を指でなぞる。
ところで、僕の特技は生まれながらのものだ。僕にはいかなる怪我も関係ない。痛覚まで常人よりかなり鈍くなっている。
しかしここである疑問が浮かぶ。
僕は不死であり、どんな怪我でも一瞬で治るなら、僕が義手である理由がつかないのだ。
実は僕にも弱点がある。それは日常で発生する現象ではないが、三年前の事故では発生したのだ。
それはズバリ『切断』。
三年前、僕の左腕は肩のところからスッパリ切り落とされた。当然、僕は新しい腕が生えてくるものだと思っていた。しかし生えてこなかった。 いつまでたっても僕の左腕は再生しなかったのだ。
その後、病院に搬送され、左腕にあった現象が明らかになった。
そして僕の立てた仮説が、『切断による不治性』。おそらく足が切れても首が切れても、同じことになっていただろう。
さらに、僕は不死というわけではない。普通に病気になるし、風邪も引く。歳も取るし、皺も増える。
「明日行くんでしょ?お墓」
「ああ、行ってくる」
「もう三年だもんね……早いなぁ」
「……」
おばさんの作ってくれたハンバーグを食べながら明日の計画について話をする。明日は、あの事故から三年目の日。だから僕は、一人で新幹線に乗り、墓参りに行ってくる予定なのだ。
「あ、ゴメン……思い出しちゃった?」
おばさんは、黙ってしまった僕を気遣ってくれる。
「いや、大丈夫。ただ明日のことを考えてただけだ」
僕はなるべく笑って応えた。
「そう……それならよかった」
実際、少しは思い出した。でも僕はそんな時のための対処法を、この三年間で身につけていた。それは、今現在のことに無理やり頭を切り替えるというもの。昔なんてなかったことにすること。しかしそんな時に決まって割り込んでくるのが、幼い頃からの付き合いであるミカなのだ。それでも僕は、不思議と安堵に包まれた。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末さま」
僕は食器を重ねて、席を立つ。 そのまま自分の部屋に向かおうと階段に足をかけた時、ふとライターを買い忘れたのに気がついた。
「後でちょっと出かけてくる」
「あら、どこまで?」
「コンビニ」
「わかったわ」
僕は再び階段を上り出す。
その頃はもう星がよく見える時間だった。
僕はすぐそこにあるコンビニで予定通りライターを買い、下宿に向かって来た道を歩いていた。
下宿所の塀が見えてきた時、その塀に誰かがよしかかって立っているのが見えた。辺りが暗くて顔はまだ見えない。こんな時間にあんな場所にいるのだから、僕はてっきり酔っ払いだと思っていたのだが、近づいてみてそれが間違いだとわかった。
それは女性だった。深緑のスーツに、赤いメガネをかけた、いかにも秘書という感じの若い外国人女性。
彼女は僕が近づくと、塀から背中を離し、僕の前に立ちふさがった。
僕は彼女から五メートル程のところで立ち止まる。少しの沈黙。先に口を開いたのは女性の方だった。
「あなたが珞間君……だね」
「……」
僕は肯定も否定もしない。この街では、僕の名前を知っているからといって不思議ではないからだ。女性は続ける。
「あなた、確か特技があったわよね?できればここで見せてもらいたいんだけど……いいかな?」
「どうしてそんなことしなきゃなんねぇんだよ?」
「それはダメということかな?」
質問を質問で返され、僕は若干イライラしながら答える。
「僕の特技がアンタの思っている通りなら、僕は自分で自分を傷つけることになるだろうが」
「フ……確かにそうね。なら」
次の瞬間、女性は突然消えた。と思ったら、何時の間にか僕は首に腕をかけられ、そのままラリアットをお見舞いされていた。コンクリートの地面を物凄い勢いで転がりながら、自分の肺から空気が押し出されるのを感じた。
やっとの思いで立ち上がり、前を向くと、女性は変わらぬ様子で立っていた。しかし彼女が立っている場所は、僕がもともといた場所であり、彼女がさっきまで立っていた場所は、象に踏まれたように大穴が開いていた。
僕は怒鳴るよりも先に、瞬きを二、三度する。あまりの出来事に、頭がついて行けていなかった。あの細腕の一体どこにあんな力があったのか、正直、信じられなかった。
そんな僕の反応を見て、彼女は言う。
「驚いたでしょ。これが私の“特技”なの」
「……どういうことだ?」
僕は混乱する頭で訊く。すると彼女は、予想とは違う応えを返した。
「特別はあなただけではないということよ」
ベティ=グリフィス。
彼女はそう名乗った。
彼女は自己紹介もそこそこに、手近にあった誰の物かわからない塀をコツンと、軽く叩いた。するとどうだ。厚さ十センチはある石の塀に縦横の大きな亀裂が走った。
「これが私の特技」
彼女は自らが傷つけた塀をさすりながら言う。
「この怪力が私の力なのよ」
声にならなかった。確かに、僕と似たような境遇の人がいるのは知っていた。しかし実際に会ったのは初めてだったし、僕とは違った能力に恐怖すら感じた。
「あなたの能力も、聞いていた通りね」
聞いていた通り、人間の体ではなかった、ということだろう。さっきのラリアットは僕でなければ間違いなく死んでいた。いくら確かめるためとは言え、初対面の人間にいきなり致死量の力をぶつけるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
「……アンタ、何者だ?」
僕の単刀直入な質問に、ベティはスラスラと答えた。
「私はイークル連合騎士団、第一部隊隊長……といったところね」
「……は?き、騎士団?」
思わず素っ頓狂な声が出た。しかしベティは、予想通りといった感じでただ静かに頷いた。
「ええ。私たちイークル連合騎士団は、ミュータント達が集まって結成した現代の騎士団なの。まあ、騎士団といっても、馬に乗って槍を振り回すわけじゃない。移動には車を使うし、攻撃には銃を使うわ」
「ミュータント?」
僕は聞き慣れない単語に眉を顰める。ベティは今度も静かに頷き、
「私たちのように、生まれながらに不思議な力を持った者たちを、私たちはそう呼んでいるの」
「へぇ……」
そこで僕はあることに気づく。
「つか、車に乗って銃で戦うなら、それのどこが騎士なんだ?」
ベティは笑って答えた。
「確かに、戦い方を見れば騎士のイメージとは程遠いけど、その精神には間違いなく騎士道が根付いているわ。愛国心、勇気、正義、弱者保護、貴婦人崇拝……様々な心が私たちの中にはある」
「へぇ……」
僕の疑問に応えたあと、ベティは一息ついて再び切り出す。
「いよいよ本題なんだけれど、私たちの騎士団に入る気はない?」
「……は?」
わけがわからなかった。騎士に出会って、数分。いきなり騎士団へスカウトされるとは。
「あなたは私たちの中でも有用な力を持っているわ。私たちとしては、ぜひとも協力してほしいのよ」
「……僕がそれに参加する義務は?」
「もちろん義務なんて無いわ。ただ、あなたの力は特殊。世界はあなたを放ってはおかないわよ」
「……」
今まで生きてきた十六年、その間にそんなことを言われたことはなかった。
「何かあったのか?」
それが今更になって騎士団への勧誘。何かあったと考えるのが妥当だろう。
「いいカンしてるわね」
彼女は感心したように言ってから答える。
「最近、世界中でこの力を巡った、ミュータント同士の争いが起き始めているの。近頃戦争が起きるんじゃないかって懸念されている。そうなる前に、なるべくたくさんの戦力を確保しておきたいってことなのよ」
つまり、僕が騎士団に入れば、戦力として戦争に駆り出されるということか。もしそうなれば当然今の生活は諦めなければならないし、いくら僕がミュータントでも死ぬ危険性も伴ってくる。そして、
「見返りはなし……か」
僕はわざとベティに聞こえるか聞こえないか程度の声でつぶやく。ベティはその嘆きを敏感に捉え、
「確かにあなたに見返りと呼べる物は何も無い。あるのはただの殺し合いだけ」
あっさりと肯定する。
じゃあ、と僕が結論を下そうとしたとき、
「でも」
と、ベティは僕を遮り、こう続けた。
「さっきも言ったでしょ。世界はあなたを放っておかないのよ」
その後、僕がそれ以上何かを言うことは叶わなかった。なぜなら、ベティが交渉決裂を受けて、さっさと何処かへ行ってしまったからだ。ただ、行き先は教えてくれた。“この街にいる、もう一人のミュータントのところ”だそうだ。きっと僕と同じようにスカウトをしに行ったのだろう。
僕はベティが開けた地面の穴を見る。かなりの音がしたはずだが、人が来なかったのは不思議だ。
僕はその穴を跨いで下宿所に入る。今会った女騎士のことは、なるべく頭から出すことにした。
翌朝、僕は制服を羽織って外に出る。新幹線の出発には十分間に合う時間だ。
今日であの事故から三年。二年前まで施設で暮らしていた僕にとって、墓参りは事故以来のことだった。
僕は下宿所の塀を抜け、期待のような気持ちを込めて、そこにあるはずの光景を想像する。
昨夜の出来事は、その場に確実に傷を残した。あの怪力ミュータントのせいで、コンクリートには穴が開き、人様の塀には傷がついた。きっと野次馬も大勢いることだろう。
そして僕は嬉々として問題の場所へと差し掛かる。そこで僕は思わず足を止めた。
無いのだ。
そこにあるはずの傷が無い。まるで時が巻き戻ったかのように、ぽっかりと開いていた穴が消滅している。
僕は思考を巡らせた。地面を塞いだのはベティではないだろう。そして短時間でこんな風にコンクリートを修復する技術は現代にない。となると、“別のミュータント”の可能性。おそらく彼女の言っていた騎士団の一人だ。
そこまで考えたとき、僕の思考は別な物によってかき消された。それは、
パンッ、パンッ!
という渇いた音。本物を聞いたことはないが、僕は確信する。これは、
銃声?!
僕は弾かれるように走り出す。
なぜなら、銃声は昨日一緒にいた幼馴染の家の方から 聞こえてきたからだ。
僕が走る間も銃声は続いた。その銃声は、鳴る度に僕を行きたくない方へと引っ張った。
そして僕は立ち止まる。ドアが破壊され、中が丸見えとなった幼馴染の家の前で。
僕は息を整えながら中の様子を伺う。だがもう一度銃声が鳴ったとき、僕は再び弾かれた。
中で見た光景は我が目を疑うものだった。
割れて飛び散るガラス。粉々に砕けた食器。壁に残る銃創。そして、床に広がるおびただしい量の血。
僕はその血に気をとられ、その持ち主を発見するのが遅れた。床に倒れた二人の“大人”はピクリとも動かない。息をしていないのが確かめなくてもわかってしまった。
それらの状況を見た上で、僕は最後に気づく。本当は最初に気づくべきだったのかもしれない。僕は、こちらを見つめる二方向からの視線に気がついた。
一方はガタガタ震える少女。もう一方は綺麗な手で拳銃を持った、日本人の若い男だ。
「ほ……う……」
僕の登場に反応したのは、若い男ではなく少女の方だった。それもすごく弱々しい声で。しかし僕が少女に対応する前に、若い男の声が割って入る。
「君か……噂のミュータントは」
「……」
僕はただその男を睨みつける。ここに来て、男の後ろにもう二人の男が立っているのに気づいた。僕は昨日の女を思い出しながら、確かめるように質問する。
「騎士……だな?」
「ほう、よくわかったな?いかにも。私はインティア騎士団、人選部隊第一組隊長、乾煬」
「インティア……?人選部隊……?」
「そうだ。しかしそれよりも、君も騎士ならまず自己紹介をすべきだと思うのだが?」
「?誰が騎士だって?」
「まさか、君はイークルではないのか?」
僕はこの会話でいくつかわからないことがあった。
まず一つ目は、インティア騎士団の名。昨日出会った騎士は、イークル騎士団と名乗った。別の騎士団なのか。
二つ目、人選部隊。人選部隊ということは、ミュータントをスカウトしに来たはずだ。しかしミカはミュータントではない。わざわざ一般人の家を襲撃し、殺人まで犯す理由が見つからなかった。
三つ目、乾は僕を騎士だと勘違いした。そして所属先の騎士団はイークルだと思ったようだ。となると、インティアとイークルの間には、何らかの接点が有ると考えた方がいいだろう。
とにかく、今はこの血なまぐさい状況を何とかしなければならない。見た所、相手は三人。全員、拳銃を持っていて、おそらく三人ともミュータントだ。武器が拳銃だけで、彼らのミュータントとしての力もよっぽど物騒な物でなければ、僕は死なない。でも僕の後ろには人がいる。恐怖に震え、悲嘆に涙する少女がいる。そして、僕には言ってなかった信念がある。それは初めてミカを助けた時から変わらない。それは、
【痛みはみな平等であるべきだ】
ということ。昨日ミカを助けた時もそう。おそらくあの不良達は痛みを知らない。知っていれば、それを他人に与えようなどとは思わない。しかしミカも同じく痛みを知らない。ここで僕が不良に痛みを与えると、平等ではなくなってしまう。だから僕はミカを助け、不良達を逃がしたのだ。
だが今は違う。ミカは目の前で両親が倒れるのを見た。その痛みとはどれほどのものなのだろうか。彼女の痛みを僕は放っておけなかった。彼女が傷ついたなら、同じく騎士達も傷つくべきだ。
「そうか、まだ騎士ではないのか。イークルも案外のんびりだな」
僕が決心したその時、乾の納得した声が聞こえた。
「?どういう意味だ?」
「イークルにはもう会ったか?我々インティアはイークルと敵対する騎士団。イークルなら、君の所にもスカウトしに行くと思ったのだが」
「……たしかに来た。お前らも同じ目的でこの街に来たんじゃないのか?」
「ふむ、同じとも言えるし違うとも言える。我々が引き入れようとしているのは、君ではなくもう一人のミュータントだ」
「……それがどうしてここにいる?」
「まだわからないのか」
騎士の呆れた声が響く。そして僕にとっては予想も期待もしていなかった答えが返ってきた。
「窓辺ミカは、大事な大事なミュータントだからだ」
「……は?」
ミュータントとは、生まれながらに何かしらの力がある者のことだったはずだ。僕の知る限り、ミカにそんな力はない。ミカを表すものと言えば、その人気とカンぐらいしか……?!!
「カン……?!」
「ふむ、普段はそう解釈されているようだな」
?!何てことだ!ミカは、窓辺ミカは、僕の幼馴染で、ミュータントなんかじゃない!小さいころ、僕のことを唯一人間だと認めてくれた少女。彼女がミュータントだとすると、他の人の曰く、“化け物”ということになってしまう。
「嘘だっ!ミカは僕達とは違う!僕は信じねぇ!」
「信じる信じないは君の自由だが、だからといってこの事実が揺らぐわけではない」
「くっ……」
化け物がどういう扱いを受けるかは、化け物である僕が一番よくわかっている。
昔僕を痛みから守ってくれた少女が、僕と同じ痛みを受けるなら、僕は彼女を守る。少女が痛みを受けたなら、僕はそれを与えた奴に同じ痛みを与える。それが僕の信念だから。
僕は足の裏に力を込める。不良の相手をする時とは比べ物にならない緊張感が僕を包み込む。
「うぉおおおお!!」
僕は相手の右手にある物を無視して駆け出した。
僕は右腕を素早く引く。慣れというものは恐ろしいもので、僕の拳にはそこらの不良を一発で黙らす威力がある。
しかし僕の右手が乾の頬を砕くまであと二十センチという所で、異変は起きた。拳は乾ではなく、見えない壁を思いっきり殴り、ゴリッ、という嫌な音がして僕の右手首が不自然に折れたのだ。
「は??」
僕は慌てて乾から距離をとる。僕はバックステップを繰り返しながら、外れた手首の関節を元に戻す。
「ずいぶんとお粗末な戦法だな」
「チィッ……!」
乾の言葉に影響されたわけではないが、今度は側にあったナイフを投げつけてみる。すると今度も乾から二十センチ程の所で見えない壁に弾かれた。
おそらく、あれが乾の能力。大方、バリアを作る、といったところだろうか。
「その通り」
不意に乾の声が僕の思考を肯定する。
「私の力は、任意の性質を持ったフィルターを作ること。防音にはもってこいだ」
なるほど。銃声がしたにもかかわらず、人が一人も来ないのは、あの銃声がミュータントにしか聞こえないようにフィルターに通してあったからか。なんて便利な力なんだろう。
しかしそんな悠長なことを言っている場合ではない。つまりそれはこちらの攻撃が一切通らないことを意味する。僕の渾身の右ストレートも、力一杯投げたナイフも、全てがはじき返される。
「っ……」
いきなりの絶体絶命。僕はミカを守れるのか?
「クソッ!!」
とにかく僕はそこらに落ちている皿の破片やフォークなど、手当り次第に投げつける。当然その全てが弾かれるが、こうしておけばとりあえずミカに注意が行くことはないだろう。
「鬱陶しい」
しかし乾も黙ってはいない。不意に右手を突き出したかと思うと、その手に持った拳銃の引き金を素早く引く。グシャッという音を聞いた時には、すでに僕の右目一帯はなくなっていた。
「は……あぁ……?!」
弾丸の勢いに押され、そのまま仰け反り倒れる。
僕はほぼ不死身で、痛みもほとんど感じないので、右目を潰されたことはさほど問題ではない。問題なのは倒れたことによって生じるタイムロス。僕が倒れている間に、乾が悲鳴すらあげないミカに近づいて行くのが見えた。僕は咄嗟に起き上がろうとするが、そうする前に乾の部下と思われる二人の男に組み伏せられ、身動きができない状態となる。
「や……めろ……」
僕は首だけをそちらに向けて乾とミカの様子を見る。ミカは怯えるばかりで動けない。乾は余裕のある歩幅でミカへと近づく。そしてついにミカの目の前でしゃがみ、彼女の目を見て言った。
「失礼、お嬢さん」
乾はミカへと手を伸ばす。乾が何をするつもりなのかはわからない。でも碌でもないことに決まっている。
「やめろぉぉおおおお!!」
しかし僕の叫びは、乾の創り出したフィルターに閉じ込められた。
僕は自分の無力を痛感した。幼馴染の少女も、自分の信念も守ることができずに、ここで殺されるのだと。そして乾がミカに触れようとした時、僕はあらゆるものを目撃した。
まず第一に、乾の見開かれた目。今まで余裕を見せていた乾が急に必死な表情になったのだ。
次に、僕を取り押さえていた二人の男が急に身構え、拳銃を構えたところ。その銃口はしゃがんだ乾の頭上に向けられている。
そして最後に、乾のすぐ横の壁が破られ、一つの人影が飛び込んで来たところだ。
飛び込んで来た人影はそのままの勢いで乾に飛び蹴りをお見舞いする。しかし乾も自身の能力で堅い壁を作り、その攻撃を防ぐ。だが先ほどとは違い、乾は必死にフィルターを張っているし、何者かの飛び蹴りは乾のフィルターと拮抗している。
そしてフィルターを破ることができないと判断したのか、乱入してきた何者かはそのフィルターを踏み台にして後ろに大きく宙返りして距離を取った。
ここに来て、僕はようやく乱入者の正体に気づいた。
彼女なら、壁を突き破ることも、乾のフィルターと拮抗することも納得できる。
「一日ぶりね、珞間君」
怪力美人ミュータント、ベティ=グリフィスがそこにいた。
「どうして……?」
男たちがベティに気を取られたおかげで、やっと自由になれた僕は立ち上がりながらベティを見る。格好は昨日と同じ緑のスーツだ。
「インティアが窓辺ミカを狙っているのはわかっていたわ。その子は私達にとっても重要なポジションにいるのよ」
僕と話している間も、ベティは乾をチラチラ見ている。先ほどの衝突で、ベティは乾のフィルターの強度を測った。結果は、ベティの怪力とほぼ同等。油断すればやられる可能性があるということだ。
「私を無視しないでもらいたいな、ベティ嬢」
乾がベティの登場以来初めて口を開く。
「あら、無視してるわけじゃないわよ。ただ、今さら話すこともないでしょ?」
「それもそうだがな」
どうやらこの二人、知り合いらしい。しかも会ったのは一度や二度ではないようだ。
「窓辺ミカは我々が戴く。君一人なら勝ち目はないぞ」
「悔しいけどわかってるわ」
ベティはあっさりと認める。乾の口が斜めに歪む。それは明らかに勝利の笑みだ。しかし、
「でも」
ベティの一言でそれは消える。
「私は一人じゃないわ」
「チィッ!」
乾の舌打ちの直後、この家の窓という窓が轟音とともに砕け散る。
そして、大きな窓からは人が、小さな窓からは弾丸が、それぞれ乾の方へ飛んでいく。乾もそれを咄嗟にフィルターで跳ね返す。乾に傷がつくことはないが、あまりのラッシュに乾も前に進めない。
「……クソ」
乾は前進を諦め、足元にフィルターを作り、それに飛び乗る。そのフィルターを移動させることによって、魔法の絨毯を現実にする。乾に続いて、その部下と思われる二人もフィルターに乗る。
「残念だがここは引き上げるとしよう。また会う日を楽しみにしているよ」
乾はフィルターを移動させ、割れた窓からものすごい速さで去っていった。あとには、無表情で佇むベティとその部下、血まみれで倒れたミカの両親、そして泣き崩れたミカだけが残された。
「どういうことだ?!」
僕は激怒した。
今僕たちはめちゃくちゃになったミカの家にいる。下手に姿を眩ませるより、警察を呼んだ方が自然だ、というベティの意見で、ベティと僕とミカはミカの家に残っているのだ。
「だから何度も言うように、こうなることはわかってたってことよ」
「それはもうわかった!僕が訊いているのは、それをどうして僕たちに知らせなかったのかってことだ!」
ミュータントであるミカを狙って、他の騎士団が動くことがわかっていたならば、僕たちはそれに対する策も練れたはずだ。そもそも僕は、ミカがミュータントだなんて、これっぽっちも思っていなかったのだ。
「あら、警告ならしたじゃない?」
「っ……」
今になって、昨夜のベティの言葉の意味がわかった。
確かに、僕たちは放っておいてはもらえなかった。
「で、どうするの?私たちと手を組み、戦場を移すのか、それともここに残って、さらに犠牲者を増やすのか……」
「……」
僕はそれよりも、気がかりなことがあった。ベティの目には映っていないようだが、この空間には僕とベティだけではなく、もう一人少女がいる。今は寝かせて静かにさせてあるが、じきに目を覚まし、全てを思い出すだろう。そうなったとき、彼女は何を思い、どうするのだろうか。
「僕は……」
そして今回、僕は自分の信念を達成できなかった。ミカは傷つけられたのに、乾は平気な顔でいた。そのことが僕は許せなかった。
「僕は僕の信念を貫く」
痛みを平等に振り分けるためなら、騎士にもなるし、戦争にも参加しよう。そして、ミカが受けた痛みを、乾やそれを指示した連中に与える。それが僕の信念。
「そう」
僕の返事を聞いて、ベティは柔らかな微笑みを広げた。
「これからよろしく。新米君」
間もなく、スタートのホイッスルにも、ゴールの空砲にも聞こえるサイレンの音が近づいてきた。
いろいろな事情聴取を受けたあと、僕は警察署内の一部屋に向かった。僕の想像する限り、そこには力のない少女がいるはずだ。
その部屋の入口、どこかで見たような仕草で女性が壁に寄りかかっていた。僕は思わずため息をついてから、その女性に話しかける。
「何でまたアンタがいる?」
ここ三日連続で会っている女性、ベティ=グリフィスは僕の姿を確認して壁から背を離し、こう答える。
「何でって、窓辺ミカがミュータントだからじゃないの」
僕の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「……それ答えになってないぞ」
「私たちがこの街に来た目的、忘れたのかしら?」
「まさか、まだそんなこと考えてんのか??」
まだミカを騎士にすることを諦めていないのか。
「あいつは今とてもそんなことを考えられる状況じゃない。わかるだろ??」
「確かにそうかもしれない。でも君が窓辺ミカの立場だったらどう?このままやられっぱなしでいいと思う?」
「……アンタは、ミカが復讐のためにアンタらと組むと思ってるのか?」
「まあ、そういうことね」
「……」
確かに、僕がミカだったら間違いなく乾を探し出し、八つ裂きにしようと努めるだろう。だが今のミカがそうするかどうかはわからない。
「さて、それじゃあ答え合わせといきましょう」
そう言ってベティはドアノブに手を掛けゆっくりと開く。僕も黙ってそれに続いた。
ミカは相変わらずふさぎこんでいたが、僕たちが入るとゆっくりと頭を上げた。
「鳳……」
僕はミカの呼びかけにただ黙って頷く。今回、話があるのは僕ではなくベティだ。
「大丈夫?ミカさん」
ベティは、ベッドに腰掛けているミカと同じ目線で話しかける。これだけ見ると、良い人にしか見えない。
「……はい、大丈夫です」
ちなみに、ミカとベティは、僕とベティが初めて会った後に顔合わせを済ませている。この街にいるもう一人のミュータントがまさかミカだったとは想像もしていなかった。
「そう、辛かったら相談してね」
「はい、ありがとうございます」
一体ベティは、ミカにどんな第一印象を植え付けたのだろうか。今のところ、ミカにとってベティは謎の多い良い人といったところだろうが、これからする話が終わるころにはその考えも変わっていることだろう。
「それじゃあ、一昨日した話覚えてるわね?今日はあれの--」
「……」
ベティの話が終わり、ミカは黙り込んで考えた。
僕の予想通り、ミカの中で今までのベティの人物像は崩れ去ったようだ。それは当然のことで、ベティが今やっていることは、言ってみれば人の憎しみを利用して、利益を得ようとしているのだ。それに好印象を持たないのは当たり前である。
僕としては、ミカには騎士団に入ってほしくもあったし、入らないでほしくもあった。僕は乾にミカの復讐をすると心に決めたが、僕達と一緒にいることで、その間にミカが傷つくのでは意味がない。だが、一緒にいなければ守れないのも事実。後はミカ次第というわけだ。
「私は……」
「ちなみに」
ミカが下そうとした決断をベティが遮る。そして、僕が後で言おうと思っていたことを先にミカに伝える。
「珞間君はもう我々の仲間よ」
「!そうなの……鳳?」
ベティの言葉を聞くや否や、ミカは下げていた頭を急に上げ、僕の目を見つめる。
「ああ、そうだ」
僕はありのままの返事をする。僕の考えではこの返事はミカの結論には関係ないはずだから。しかし、
「じゃあ、私も行く」
「じゃあ?」
それは、僕が騎士団に入ったからミカも入るということだろうか。というよりも、普通に考えればそういうことだ。
ミカはそれを肯定するように頷く。
「だって、鳳ばっかりに危険なことはさせられないもん」
その時ミカは微かに笑った。僕はその笑みに、怒りや復讐の念を感じられなかった。
「……復讐したいとかは思わないのか?」
僕なら。僕なら間違いなく最初にそれを出すだろう。 騎士になるとすれば、理由はそれだけだろう。
でもミカは首を横に振る。
「ううん。たしかに私からお母さんとお父さんを奪った犯人は許せないよ。でも復讐するかしないかはまた別のこと。私は犯人を許さない。でもそれだけ。それだけなんだよ」
僕は何も言えなかった。少女の言うことは、僕にとっては崇高過ぎた。けれども少女はその崇高な想いと、僕についてくるという優しい願いを当然のように持っていた。すでに僕は、少女を止めることはできなかった。
ミカは立ち上がる。そして今までの生活に別れを告げ、新たな生き方の指導者となる者に頭を下げた。
「よろしくお願いします。ベティさん」
ベティはニコリと微笑んで少女の決意を受け取った。
「こちらこそよろしく。ミカ」
その数日後。僕たちは学校を辞め、イークル騎士団の日本支部に居た。そこは案外普通のビルだ。その廊下をベティを先頭に歩きながら、これからのことについて説明を受ける。
「私たちはこれからこのイークル騎士団の団長に挨拶に行くの。君たちは新米として、失礼のないようにね」
「団長?」
僕は思わず聞き返す。ベティは頷いて、
「ええ。現時点で王を持たない私たちにとっては、最も力を持った人……といったところね」
「王を持たない?」
僕は再び聞き返す。ベティは今度は立ち止まって、
「あら?言ってなかったかしら?」
言ってねぇよ。これは声には出さない。
ベティは話を進める。
「私たちイークルは他とは違い、従うべき王がいないの。騎士は忠誠心を大切にする生き物だから、結構辛い物があるのよね」
「ふ〜ん」
実際、僕にそんなご立派な精神はこれっぽっちも無いので、その辛さは全く理解できない。
僕たちは再び歩き出す。少し歩いたところで、大きなドアの前にたどり着いた。
「ここが団長の部屋よ。これからはここに呼び出されないよう気をつけることね」
ベティは僕たちにそれだけ言うと、軽くノックをしてからドアを開いた。
そこは校長室のような部屋だった。会議室も兼ねているようで、長いテーブルにたくさんの椅子が備え付けられている。
しかし男が居たのはその椅子ではなく、一人掛け用のソファ。僕たちが入ってきて、背もたれから背中を離した。
「やあ、ベティ。今日は何の用かな?」
「見れば分かるでしょ。戦果報告よ」
ベティと会話する男を一言で表すとしたら、『ダンディ』だろう。茶色い短髪に、同色の顎鬚を生やし、良い感じに日焼けしたこのおっさんが、僕たちの現状のトップ、イークル連合騎士団長らしい。
団長はベティとの会話に一段落付けると、ベティの後ろに立つ僕とミカを見て自己紹介した。
「私が団長のイグレゴール=バルダンテだ。バルドと呼んでくれ」
バルドは親しみ易い男だった。トップではあるが、そのことを必要以上に誇示しないことは、僕の中では好印象だった。
「別に敬語じゃなくてもいいのによ」
「あ、いえ、私はこれが落ち着くので」
バルドとミカのこんなやり取りも僕にはプラスに映った。
バルドはミカだけから、僕も視野に入れて言う。
「それより、良かったのか?見たところ、君たちは学生だろ?」
僕とミカは無意識のうちにアイコンタクトを取っていた。お互い、普通ではない事情があるからだろう。それを察したのか、バルドは、
「ああ、すまん。答えたくないなら答えなくてもいい」
と、質問を撤回する。この辺りは、さすが騎士、と言ったところか。これでミカも気が軽くなっただろう。
「ところで」
バルドは少し真剣な目になって話題を変える。
「ないとは思うが、君たち戦闘の経験は?」
「ありません」
答えたのはミカだ。僕も相手にするのは不良ぐらいだから異議はない。
バルドは頷く。
「ふむ……じゃあまずは戦闘訓練からだな。ベティ、案内してやってくれ」
「了解」
ベティは短く返事をしてバルドに背を向けると、僕たちについてくるよう合図した。僕たちは最後にバルドを見る。すると彼は初めて団長らしい表情になって言った。
「さあ、行ってこい」
僕たちは軽く会釈をして、その部屋を後にした。
ベティに連れられてやって来たのは、射撃演習場だった。よく映画などで見るような、人型の的が次々に出てくるやつだ。そこでベティはこんなことを言う。
「まあ見ての通り今日から訓練に入るんだけど……大丈夫よね?」
納得の意味を込めて僕は頷く。それを見てベティは、
「じゃあこれを」
と、中型のハンドガンが二丁入ったトレイを僕とミカに差し出す。
僕はそのうちの一つを手に取り、しげしげと眺める。本物は思ったよりも重くはなかった。
しかし問題はミカだった。
「どうしたの、ミカ?」
ミカは差し出されたトレイの中の物を凝視するだけで、一向に手を伸ばそうとしない。
ハンドガンはミカから大切な人を奪った武器だ。それをやすやすと受け入れることは、今のミカには困難だろう。
それを察したのか、ベティはミカの代わりにハンドガンを手に取り、短く質問する。
「怖い?」
ミカの反応は無い。しかし口に出さなくても、ミカの答えはわかっている。
ベティは続ける。
「確かに、これはあなたの両親を殺した恐ろしい物よ。でもこれの役割はそれだけじゃないわ」
ミカは少し顔を上げる。ベティの声が響く。
「これからは危険なことがたくさんあるわ。決して奪われたくない物が奪われそうになる時もあると思う……でもそんな時、あなたがこれを持っていれば、奪われなくてすむかもしれない」
これがベティの言う役割。奪うのではなく守るということ。そもそも奪うことと守ることは、一直線上にあると僕は思う。
その役割の意味に気づかないほど、ミカも鈍感ではない。徐々に顔を上げ、少し上にあるベティの顔を見上げる。
その後、ゆっくりとベティが差し出したハンドガンへと手を伸ばす。それを恐る恐る取ってから、ミカは小さく呟いた。
「こんなにも軽い……」
もちろん、ハンドガンは女子高生が持つには決して軽くない重さがある。しかし、ミカにとっては、最愛の両親を奪った武器の重さとしてのそれは余りにも軽かった。
「そう」
ベティが相槌を打つ。しかしそれはミカとは違う意味だった。
「こんなにも軽い物で、私たちは大切な物を守れるのよ」
ベティに対してミカが返した反応は、ハンドガンのグリップを握る手に、力を込めるというものだった。
「もうちょっと脇を閉めて……そう」
僕たちはベティの指導を受けながら、次々に射撃演習をこなす。自分で言うのも何だが、僕もミカも、なかなかのセンスを発揮し、初心者とは思えないほどの正確さを見せた。
『演習ナンバー三十四、開始します』
ベティに着けるよう言われたヘッドホンから、三十四回目のアナウンスが流れる。それを合図に、人型の的が起き上がり、僕はそれの中心より少し右上を狙って引鉄を引く。貫かれた的はパタリと倒れ、また別の的が立ち上がる。全部で六体の的を撃ち終わって僕はヘッドホンを外した。隣のレーンではミカが最後の演習に集中している。
「どうだった、僕の腕前は?」
僕は、バッティングセンターのように金網で仕切られたレーンから離れ、後ろで眺めていたベティを振り向く。ベティは肩をすくめ、
「う〜ん、しいて言えば、私の仕事が少なくて残念だわ」
などとわかりにくい称賛を口にした。
「そりゃどうも」
僕がどこかチグハグな返事をしたところで、ミカが演習を終えて出てきた。
「上手だったじゃない」
今度のベティはストレートな称賛をミカに与える。
「はい……ありがとうございます」
ミカは少し作り物の混ざった笑みでそれに応じた。その時、
「へー、素人にしてはなかなかやるじゃない」
と、どこからか若い女の声が聞こえた。見ると、入口のドアの所で綺麗な金髪を腰まで伸ばした美しい女性が壁に寄りかかって立っていた。
「テルマ……」
ベティが呟く。
テルマと呼ばれた女性は、入ってすぐのところにある短い階段を降り、コツコツと音を立てながら僕たちの目の前まで歩いてきた。そして、僕とミカを交互に見ながら自己紹介をした。
「はじめまして。私はテルマ=ローラン。この騎士団の技術者よ」
「技術者……?」
僕たちは場所を移し、建物内のちょっとした休憩スペースに陣取っていた。そして今は質問タイムというわけだ。
「そう。これでもその道では有名なのよ」
ベティから聞いた話によると、イークルだけに限らず、どこの騎士団でも、武器や情報解析の技術は、僕たちが生きていた世界とは比べ物にならない高さを誇るらしい。それはそれぞれの騎士団に腕利きの技術者がいるからで、イークルのそれがテルマなのだ。
「アンタもミュータントなのか?」
「そうよ。その関係で後であなたに少し協力してほしいことがあるの」
テルマは僕の無礼(自覚はある)な口調を特に気にする様子も無く、疑問を残すような回答をした。
「それより」
テルマは、今囲んでいる洒落たテーブルの上で腕を組みながら話題を変える。
「どうしてあなたたちはここにいるの?いくらミュータントと言っても、普通騎士団なんかには入らないわよ?」
一瞬、僕もミカも凍りついた。
あの凄惨な事件は、まだ鮮明な色を保っている。口に出すのはなかなかに酷なことだった。そして、僕たちが黙った一瞬がテルマに与えた不安は大きかった。テルマは自分がした質問がしてよかった物だったのか、必死にベティに目配せしている。そんなテルマの姿が少しかわいそうだったので、
「理由は、やるべきことがここにあるからってだけだ」
僕は詳しい説明を避け、曖昧な返事をする。
「そ、そう」
テルマは僕の歯切れの悪い返事に対する不満よりも、返事が返ってきたことに対する安堵が強かったようで、これ以上追及してくることはなかった。
「あの、技術者ってことは何か発明したりしてるんですよね?」
今度はミカからテルマへの質問だ。
「ええ、そうよ」
「それ、よければ見せてもらえませんか?」
ミカは興味津々で身を乗り出す。確かに、僕もこの美人技術者がどれだけできるのか、素直に興味があった。
テルマは快く頷いて、
「ええ、いいわよ。着いて来て」
机に手をついて立ち上がった。
僕たちが通されたのはイークルの武器庫だった。ここで、武器の試用も兼ねた説明を受けるのだ。
並んでいる武器の見た目は、映画などで出てくる物と何ら変わりはない。しかし、おそらくそこには様々な工夫がなされているのだろう。
僕とミカが辺りにある武器を眺めていると、テルマが奥から何やら機械でできたリュックサックの様な物を持ってきた。飛行機のジェットエンジンのミニチュアが付いたそれは、明らかに僕たちが生きていた世界とは異なる技術の物だった。
「まあとりあえず、ものは試しってことでやってみて」
そう言ってテルマは僕とミカに一台ずつそのリュックサックを渡す。それは、背負うものではなく、胸の前で金属製のベルトを締めるタイプのものだった。僕たちは言われた通りにそれを装着する。ここでテルマが、
「よし、あとはしたいようにして」
などと訳のわからないことを言い出すものだから、
「は?」
僕もミカも呆然と立ち尽くす。そんな僕たちを見て、テルマは逆に呆れたように、
「だから自分が思うように動いてみてって」
などとやはりわけのわからないことを繰り返す。
思うようにということは、ウルトラマンや仮面ライダーの様な超人的な動きでもいいのだろうか。でもそんなこといきなり言われても……と考えていると、
視界の端でふわりと浮かぶものが。続いて、「うわっ!浮いた!!」という少女の声が。その声に釣られて思わずそちらを見上げると、キレイなピンクの三角地帯が。
……。これは主人公よろしく、世に言うラッキースケベというヤツじゃ……
「見るなぁァああああああ!!」
「げふっ!?」
そこまで分析して、僕の顔面は形を失った。
「……何も顔面にライダーキックはねぇだろ」
「うっさい!アンタのデリカシーがないからいけないんでしょ!!」
今さらデリカシーかよ。ミカからそんなことを言われる日が来るとは……。
できればこの気持ちを伝えたかったが、さすがにニ度目は嫌だったので言わなかった。
「つーか、結局あのリュックの機能って何だったんだ?」
僕はあれを試す前に気を失ってしまったのだ。
「ああ、あれ?スゴかったわよ!」
「だから何なんだよ?」
僕が答えを急かすと、ミカは少し不機嫌になって説明を始めた。
「あれ……ブースターっていうんだけど、機能は、思った通りの動きをすること。手とか足を動かすのとおんなじように、自由自在に空を飛び回れるってことよ」
今度鳳も試してくるといいよ! と付け足す。
ほう。それはなかなかに便利だ。空を飛べるなら、戦闘でもかなり有利になるだろう。
「あ、でも」
ミカは思い出したように指を立てる。
「あれって騎士の世界じゃ結構当たり前だし、充電式だから面倒だし、数に限りがあるから全員には当たらないらしいわよ」
「結構都合いいように忘れてたなオイ」
まあ、それらのデメリットを加えても、あれが便利であることに変わりはない。
「ああ、それともう一つ」
「ん?何だ?」
ミカはドアの方を指さす。
「テルマさんが呼んでたわよ?能力のことがどうとか」
そういえば、あの武器庫に行く前に何か言っていたような気がする。
「わかった。行ってくる」
僕はミカの示すドアへと歩く。
「いってらっしゃぁい」
後ろからミカの気の抜けた声が駆けてきた。
テルマはいつも居るという自室に居た。部屋は殺風景というわけではないが、飾りが付いているわけでもなく、大き目のパソコンが目を引いた。
「で、要件って何だ?」
僕は用意された椅子に座って訊いた。
すると、机を挟んで、僕の向かいに座って難しい顔をしていたテルマは、おもむろに僕の左腕を指差し、言った。
「それ、不便じゃない?」
「……は?」
僕はいきなりの質問に戸惑う。僕の反応を見て、テルマは手をヒラヒラと振り、
「聴き方が悪かったわ」
と訂正を入れ、改めて質問する。
「それ、もっと便利にしたいと思わない?」
「えっ?」
その答えはもちろんイエスだ。しかし、今のままでも十分自由に動かせるし、全く問題はない。
「具体的にはどうするんだ?」
これ以上便利にするには、生身の腕を再生させるしかないとすら思う。まさか、この技術者にはそれも可能なのだろうか。だが、テルマの策はそれとは違った。
「その義手は、生身の腕を元にして作られてるでしょ。逆に言えば、生身以上の性能を出すことを考えていない」
ここにきて、ようやくテルマの言いたいことがわかった。
機械であることをそのままに、その機械をさらにもう一段階ランクアップさせる。つまり、改造だ。
テルマは続ける。
「主な追加機能は、握力を含む腕力の向上、関節の稼働角度の拡大、生命エネルギーを利用したビーム砲ってとこかしらね」
「ちょい待ち」
「何?」
「最初の二つはいいとして、最後のは何だ?」
ビーム砲と言ったか。しかも生命エネルギーとか。
「別に難しい物ではないわ。意味はそのまま、君自身が持つエネルギーをビームにして撃ち出す。それだけよ」
「……」
言葉ではなんとなく理解できた。しかし、やはり実感はできない。
「まあよくわからなくても、あって困るような物ではないはずよ」
これから戦争が始まるかもしれないのだ。武器は多い方がいいだろう。
はたしてこの技術者の腕前がどれほどのものなのか、若干の不安はあったが、僕は返事をした。
「じゃあ頼む」
するとテルマは微笑んで言った。
「任せて」
僕が連れてこられたのはどう見ても手術室だった。
しかし、中央に置かれた手術台と、それを取り囲むように設置された怪しげな機械は、病からの脱出装置というよりは、変異への滑走路という感じだった。僕の左腕は、これからその怪奇に挑むことになるのだ。
「じゃあそこに横になって」
テルマは、複雑そうな機械で出来た爪をゴム手袋の代わりにつけながら、僕に言った。僕は言われた通りに台に仰向けになる。
「患者が起きているのは変な感じね」
テルマが爪を動かしながら僕の横に立つ。
「アンタ、医者もやってんのか?」
僕の質問にテルマは首を横に振り、
「私にとっての患者っていうのは、実験の被験者のこと。普通は死んでるか、生きてても寝てるか、どっちかだからね」
「人体実験は、騎士道に反しないのか?」
するとテルマは苦笑いした。
「被験者はみんな自分の意志で被験者になった。その望みを汲み取らない方が騎士道から外れてるわ」
実験する側が騎士なら、される側も騎士なのだ。イークルに貢献するためなら、その身体、あるいはその命を差し出す。彼らを最大限に利用することが、騎士としての礼儀だということだろう。
まあ、僕にはそんな精神は全く理解できないが。
会話をしながら、テルマは手際良く僕を台に固定し、僕の四肢の自由を封じる。まさに実験台という感じだ。
「それじゃあ始めるわよ」
テルマは、装備した爪で僕の義手のボルトやネジを素早くはずしていく。彼女がつけている爪も、彼女の発明品なのだろう。ネジをはずしたり、接着を取ったり、分解における様々な作業を素手と似たような感覚で迅速に行っていく。
途中、テルマは爪から刃のような物を出し、
「ちょっと失礼」
と僕の左肩にわずかな切り口を付けた。僕としては、改造(?)の過程で肉体にも手を加えるものだと思っていたのだが、テルマはいっこうに傷口を触ろうとはしない。そうこうしている内に、僕の能力であっと言う間に傷口は閉じてしまった。
「おい、何して……」
そこまで言うのがやっとだった。
それは人間の物とは思えなかった。僕やベティとは違う、明らかな証が彼女にはあった。明らかなミュータントの証がテルマ=ローランの眼にはあった。
「どう?驚いたぁ?」
テルマはいたずらっぽく笑う。
彼女の両眼は黒眼の中にさらにもう一つの眼があった。もちろんそのままの意味だ。さらに右眼と左眼で眼の色が違う。右眼が燃えるような紅なのに対し、左眼は凍りそうな蒼。この奇怪すぎる変化は、さっきまではなかった。
「私の能力は右眼で近くにあるものを、左眼で遠くにあるものをよく見えることなの」
テルマは自身の能力を顕微鏡と望遠鏡と比喩する。
「私はこの能力があるから、技術者をやってるっていうのもあるのよ」
彼女は僕の体を右眼でミクロレベルで見ていたのだ。
ついに僕の左肩からは何も付いていない状態となった。それから先は何が起こっていたのかはわからない。僕には普通に組み立てていただけのように見えたが、終わった頃には、僕の左腕は確かな進化を果たしていた。テルマの言うとおり、関節や腕力のレベルが桁違いに上がっている。そして、何よりも変わったことは、手のひらに直径五センチ程の砲口が取り付けられたことだ。
「どうやって使うんだ、これ?」
僕はこの変化に対する実感がないことに戸惑う。
「もうそれはあなたの一部だから、撃とうと思えば撃てるはずよ」
そんなことを言うものだから、思わず、
「こうか?」
と、撃とうとしてしまった。今度は変化を感じた。全身の力が左手に集中し、光という破壊の予兆に変わる。
それに慌てたのはテルマだ。
「待て待て待て待て、スト--ップ!!」
僕はドキッとして、手に集まっていたエネルギーを解放した。
「ふぅー」
テルマが安堵の息をもらす。
「死ぬかと思ったわ」
「そんなにこれすごいのか?」
「そりゃあもう」
そう言ってテルマは肩をすくめる。
「それ喰らって壊れない物があったら見てみたいわよ」
そんな威力なのか。ますます試したくなるな。
それが顔に出ていたのか、テルマは親指でドアを指しながらニヤリと笑う。
「じゃあ試しに行きますか」
テルマに連れられてやって来たのは、夕日に染まった砂浜だった。
改造(手術?)を受け始めたのが昼間だったから、思っていたよりも長く手術台に寝ていたようだ。
「うわぁ……キレイ……」
ミカが僕の後ろから近づき横に並ぶ。コイツもテルマが連れて来たのだ。ザッサッという足音で、もう一人の招待客であるベティ=グリフィスが来たのがわかる。ベティが何か言う様子はないが、ミカと同じように感じているのだろう。
「お、みんな集まってるわね」
今回の発表会の主催者、テルマ=ローランが腰に手を当て、夕日を背に仁王立ちする。そして、発表会の主役はこの僕だ。
「もう始めてもいいか?」
僕は腰に手を当てたままのテルマに訊く。内心、僕自身も楽しみなのだ。
「ええいいわよ。なるべく遠くにね」
テルマは遥か遠くの水平線を指差す。近くだと危険だからだろう。
僕は頷き、手のひらをそちらに向けてまっすぐに左手を突き出す。そして、その手首を空いた右手で支えた。
先ほどと同じ変化を感じた。
僕の手のひらから白い光が漏れ出す。
「はぁッ!!」
僕はその光を空と海の境に向かって解き放った。
自分でも驚くような威力だった。
発射された光は、柱となって水平線の少し手前の水を一気に跳ね上げた。たしかに、これならビルの一つや二つ一撃だろう。
しかし、それと同時に、僕は自分の膝から力が抜けるのを感じた。そのまま柔らかい砂に膝をつく。
「鳳?!」
ミカが駆けて来て手を貸してくれたお陰で、なんとか立ち上がることができた。
「実験は成功ね」
テルマがゆっくりと近づいてくる。その顔には満面の笑みが広がっている。後ろにはベティが眼を見開いて立ち尽くしていた。
「何なんだこれは?!」
僕はミカの肩を借りながら狼狽える。
たしかにこの威力は強力だが、同時に体力を著しく奪われる。そこまで便利とは思えなかった。
そんな僕を、テルマは「まあまあ」となだめ、
「それはただ慣れてないだけよ」
「あァ?どういうことだ?」
テルマは冷静に説明を始める。
「もうそれはあなたの一部だから、思い通りに扱えるの。今の砲撃は、たぶん体力の半分ぐらいを使って撃ったから、あれだけの威力。慣れれば、もっと細かい制御もできるはずよ」
つまり、自分の体力に合わせて威力調節できるわけだ。それなら戦闘でも使えるかもしれない。
「ま、というわけで、不具合はないみいだし、これからは練習あるのみね」
なるほど。じゃあ、これから頑張るとしますか。
ところで、遠くでサイレンの音が聞こえる。警察も、相手がこんな武器をもっていたらお手上げだろうなと、ぼんやりと考える。
と、いきなり、
「さあ、走るわよ!」
「なんでいきなり?!まさか、練習って体力つけることだったのかァ?!」
僕はテルマの言葉に動揺を隠せない。ていうか、ベティももう走ってる!?
僕たちは急いで後を追う……といきたいとこだが、僕はすでにヘロヘロでとてもじゃないが走れない。
「ちょっと〜〜!?鳳はもう走れないですよ〜〜ッ!!」
ミカがテルマとベティに呼びかけるが、それでも前を走る二人は止まる気配を見せない。
その間に、何となくサイレンの音が近づいてきているのに気がついた。
僕はここで走る意味を見出した。
あれだけ大きな水しぶきを上げれば、当然誰かが見ているだろうし、怪しいとも思うだろう。つまり、今回の警察の相手は、この僕だ!!
よかったな警察よ。本当ならお手上げの場面だゼ。
と、捨て台詞を吐きながら僕は産まれたての子鹿走りで必死に逃走を図る。
「鳳はやく!」
ミカが僕の少し前で足踏みしながら急かす。
「んなこと言ったってよぉ!」
いよいよサイレンが近づいてきた。
「………えい!!」
ついにミカが僕を見捨てて走り出した!
「オイコラ、ミカ!!テメェ後で覚えとけよ!!」
僕のそんな脅しも全速力で走るミカには届かない。
「チクショーー!!」
僕は絶望を感じながら走り続けた。
「ゼェ……ゼェ……ただいま〜……」
僕が自室の戸を開けたのは、それからだいぶしばらくしてからのことだった。
「あ、おかえり」
中ではミカがココアを啜りながら座っていた。
「……テメェ」
僕は怒りでプルプルと震える。ミカは知らん顔。
「ふざけんじゃねぇよ!マジで死ぬかと思ったぞ!」
僕は息を整えながら怒鳴る。
「……ああ」
「ああってオマエ、今思い出したかのような反応しやがって!」
「今思い出した」
「今まで忘れてたのかよ!」
こいつは予想以上の無礼者だったらしい。
「……ふぅ」
「なんだそのため息は⁈」
僕の怒りのボルテージはもうMAXだというのに何だこいつの落ち着きは?!少しはビビるとかしろよ!
ミカはやれやれと首を振り、
「いいじゃん捕まらなかったんだから。小さい男は嫌われるよ?」
「小さくねええ!!!」
警察に捕まれば、僕の左手を見られて面倒なことになるに決まってんだろうが。
「それより、すごかったね。その新しい義手」
「あァ?!……まあ、そうだな」
散々怒鳴って僕も少し気が鎮まった。
「これからは訓練面倒だ」
「でもそれマスターすれば、絶対戦力になるって!よかったじゃん!!」
「まあ……そうだな」
何か若干強引に話を逸らそうとしているような気もするが、気のせいだろうか。まあそこは気のせいということにしておこう。
「てか、もう寝ようぜ。僕は疲れた」
「う〜ん……でもやっぱりこの部屋で二人は抵抗があるような……」
「仕方ねぇだろ。決められちまったんだから」
実はこの部屋は僕とミカ二人で一部屋と言われて明け渡されたものだ。たしかに年頃の男女が同じ部屋で生活するのは、いささか問題があるかもしれないが、所詮は僕とミカだ。間違いなど起こるはずもない。
「いいじゃねぇか。別にテメェになんか興味ねぇよ」
言ってから僕は直感した。ここでまたいつものが始まるんだと。
「なっ、なんですってーー⁈!!」
まったく、どうして女はこう意味のわからないタイミングで怒りだすのだろうか。
「乙女に向かって興味ないとか、信じらんっないっ!ムキーー!!」
猿かお前は。だいたい、ミカが乙女とか。
「随分愉快な勘違いしてんだな、お前」
「失礼すぎる!!」
普段失礼なのはミカの方だから問題ないだろう。
そういうやり取りをしている間に僕はそそくさとベッドに入る。
それでもまだギャーギャーうるさいので、僕は最後に切り札とも言える事実を突きつける。
「一緒に風呂入った仲が、今更なに言ってんだ?」
「いいいいいったい、いつの話よ⁈!」
……夜は長い。
そんな緊張感のない生活が一週間程続いた頃、僕たちに初仕事の話が来た。
それは突然のことだった。
『次のニュースです。先日発掘された劔について、新たな情報が入って来ました』
僕とミカは自室で備え付けのテレビを眺めていた。それは三日前にローマで発見された古代ヨーロッパの秘宝についてだった。その秘宝とは、全長一メートルの百パーセント純ダイヤモンド製の劔。その切れ味は、鉄だろうが紙だろうが、区別なく切断するほどで、価値は軍隊一つが買えるくらいらしい。その余りの切れ味のせいで、詳しい調査はろくに進んでいない。
『この劔、当時の技術では考えられないほど、正確に作られておりまして、今までの古代ヨーロッパの見方を覆すような、革命的な発見ということです』
リポーターがわざわざヨーロッパまで行って、短いコメントで出番を終える。それをうとうしながら聞き流していた時、
「仕事よ!!」
突然勢いよくドアが開いた。入って来たのはベティだ。いつも綺麗なロングヘアを維持している彼女は、僕たちの世話役とも言える存在だ。
「仕事って……何すればいいんですか?」
眠い僕の代わりに質問するのはミカだ。
「ああ、それはね」
そう言ってベティは何かを指差す。僕とミカはそろってその先にあるものを確認すると、
『劔は現在、ローマのアメデーオ研究所に保管されているとのことです』
僕とミカの頭上に同時にクエスチョンマークが浮かぶ。そこにあるのはつけっ放しにしてあるテレビだが、何を示すのだろうか。
「テレビが……何か?」
ミカがクエスチョンをぶつける。するとベティはおもむろにリモコンを手に取りながら、
「見てたでしょ、今のニュース?」
「ええ……まあ」
おそらくミカでなくてもそういう答えになるだろう。ニュースがどうしたというのだ。だが次に発せられた言葉は、納得どころか、僕たちの混乱を加速させる。
「頂きに行くわよ」
……は?
頂きにって何を?山登れってか?
ベティは僕たちにもわかるように仕事内容を言う。
「だから、行くわよ。ローマに」
わかりました。劔ですね。
「というわけでやって来ました、ローマ」
「そこ、現実逃避しないの」
そんなこと言われたって、まさか騎士としての初仕事が世紀の大泥棒になることだなんて思っていなかったのだから仕方ない。
「これ終わったらルパン四世名乗ってもいいわよ」
「いるかそんな権利!」
実際、軍隊一つかっさらっていくのだから誰も文句は言わないだろうが。
そろそろ僕も現実に戻るとしよう。
「んで、具体的にどうするんだ?そうとう堅い警備だぞ?」
それに対してベティはこう答える。
「いい、向こうからすれば私たちは未来から来た宇宙人も同然なの。今さら何を恐れることがあるの?」
たしかに、僕たちには能力と、進んだ技術がある。大丈夫と言えば大丈夫なのかもしれないが、
「でももし捕まったらどうする?間違いなくニュースになるぞ?」
そうなれば、この騎士団の存在だって明るみに出るかもしれない。
これに対しては、
「大丈夫、死にはしないから」
いったいどこを見れば大丈夫なのか、僕にはさっぱりだが、ベティの言い分では、「生きてさえいれば、何とかなる」だそうだ。
「それで、作戦なんだけど」
ベティが少しずれた話を元に戻す。
「研究所は主にパスワードと指紋認証でガードされてるわ。壊してもいいんだけど、やっぱりそれだと目立つから、今回はこれで行くわよ」
そう言って見せたのは、五センチ四方の透明なシート。
「研究員の指紋シートよ」
「……いったいどこから手に入れたんだ?」
「内緒よ」
この騎士団では、トップシークレットと言われる情報でさえポンポン出てくる。おそらくあの天才、テルマが関わっているに違いない。
「あとこれ、研究所内の地図。それとパスワード一覧」
僕たちは三種の神器を受け取った。
「最後に」
ベティは一区切り付けて続ける。
「劔は四人警備員に守られて、パスワード式のガラスケースの中にあるわ。そこの警備員は正面突破しかないんだけど、間違っても殺さないようにね」
そんなこと、言われなくてもわかってる。
「それじゃあ、決行は今夜。緊張して待ってなさい」
こういう時の時間はあっという間に過ぎる。現在時刻は午前零時。
「いってらっしゃい」
ベティが、ブースターを背負った僕たちの背中を押す。目の前には、十桁のパスワードで守られた扉。ベティがついてくるのはここまでだ。
「じゃあ、いってくる」
僕は指紋シートを付けた指で、数字のボタンに触れる。
僕たちの初仕事が始まった。
中は暗かった。窓から差し込む青い光だけが頼りだ。変装はしているが、目立たないように明かりは持たない。
僕たちは言葉も交わさず、黙々と出会った扉を開けていく。開けるべき扉は全部で七つ。途中まではなかなかに順調だった。しかしその五個目に差し掛かった時だ。
カツ、カツ。
誰かが向かいから歩いてきた。若い男だ。そいつは、無言で近づき、無言ですれ違って行った、と思われた。だが、
「ペラペーラペラペラ!!」
突然その男が振り返り僕たちに何か叫んだ。当然、イタリア語は僕の専門外だ。僕たちは仕方なく無言で振り向く。男は、僕たちに歩み寄り、鼻をひくつかせた。この行為は、防犯用に設置してある独特の匂いがするスプレーを確認する物だ。入り口に設置してあるそれの存在を知らずに侵入すれば、センサーが感知して自動で噴射される。そのスプレーを受けた者は、研究所内がもともとその匂いなのだと判断し、不審には思わない。しかし受けてない者にとっては独特の匂いは関係者とそうでない者を分けるには最適だった。
男は、一通り嗅ぎ終えると、
「ペラペーラペラペラ!!」
再び叫び出した。意味はわからないが、大声で誰かを呼んでいるような感じだ。
「ヤバイよ、鳳!!」
この場面で動いたのはミカだ。急いで白衣を脱ぎ捨て、ブースターのスイッチを入れる。そして、若い男から逃げるように狭い廊下を飛んでいく。
「おい!待てって!」
僕も同じように白衣を捨て、ミカを追いかけて飛ぶ。僕はミカのすぐ後ろを飛びながらきく。
「おい何でいきなり逃げんだよ?!」
するとミカはこう叫んだ。
「ベティさんに一語だけイタリア語教えてもらってたの!『殺す』って単語だけね!!」
「そいつはヤベェな!!」
つまり、さっき男が叫んだ言葉の中に、ミカが唯一習った危険な単語が含まれていたのだ。状況からして、それは僕たちに向けられていたに違いない。
「そこを右だ、ミカ!!」
「了解!」
まもなく六つ目の扉だ。残念だが、悠長にパスワードを打っている時間はなさそうだ。すでに研究所中に、侵入者を知らせる警報が鳴り響いている。今は職員総出で僕たちを探し回っているだろう。
「伏せろ!」
僕は前を飛ぶに指示を出す。ミカは頭を下げ、床とすれすれの位置まで高度を下げる。
僕は左手を突き出した。数字によってロックされた、重たい扉を破壊する!
「吹っ飛べ!!」
全身の力の一部を左手に集約し、熱の塊を発射する。手のひらから発射された光の柱は、重たい鉄の扉に大穴を開けた。
「さっすが♪」
ミカは高度を元の位置に戻し、スピードを落とさずその穴に突っ込む。何だか楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
ミカに続いて僕も壊れた扉を通り抜ける。そこには、今起きたことが理解できずに、ただ目を見開く研究員らしき人が二人いたが、僕らは構わず進む。
さっさと七つ目の扉をぶっ壊して、こんな所から飛び出したい。
僕たちは一本道の廊下を突き進む。光のない通路に、ブースターから噴き出す光が線を描く。
いよいよ、最後の扉が見えてきた。扉の前にはすでに、ニ人の警備員がマシンガンを構えていた。
「代われ!」
僕は再びミカに叫ぶ。
ミカが後退し、僕が前に出る。その瞬間、弾丸が横殴りの雨のように僕たちを襲った。僕はそのほとんどを体で受け穴だらけだ。それでも僕は左手を構える。この義手が壊されないうちに、一気に型を付ける。
「殺しちゃダメ!!」
途中、ミカの声が割り込む。
「わかってる!!」
僕は警備員に当たらないように調節してエネルギー砲を放つ。
ドカァアアン!と、最後の扉と警備員が僕たちの道から消えた。
警備員は爆風で廊下の壁に打ち付けられてのびている。死んではいない。
攻撃が止んだので、僕とミカは静かに着地する。この壊れた扉を抜ければ、お目当ての物がすぐそこにある。だが僕とミカは気づいていた。攻撃が止んだことが、不自然だということに。
ベティは言っていた。
『劔は四人の警備員に守られて、ガラスケースの中にある』
通常なら、扉が壊された瞬間、近くにいるはずの残りの二人が様子を見に来るのが自然。しかし今は人の気配がない。
僕とミカは顔を見合わせる。とにかく、行くしかない。僕たちは頷き合って、瓦礫と化した扉を乗り越えた。
中にはきちんと人がいた。ただし、警備員ではない。
「お前は……」
「おおすごい。予想よりずいぶんと早いタイムだ」
二人の警備員は床に倒れていた。代わりにいたのが白衣の若い男。そいつは紛れもなくさっきすれ違った男だった。
「お前は誰だ?ここの人間じゃないな⁇」
身構える僕を見て、男は楽しそうに笑う。
「ククク、そうだな……じゃあ、“騎士として”答えよう」
男は、騎士であることを明かすと同時に、騎士らしく自己紹介をする。
「オレの名は、ローランド=サッチャー。よろしく」
僕にとっては名前などどうでもよかった。
「……目的は何だ?」
「もちろんこの劔だよ」
そりゃそうだろうな。それは僕たちが争う理由としては十分だ。
ローランドは苦笑いのような表情を浮かべ、僕たちを見て言う。
「いやぁそれにしても、まさか来るのが君たちとはね〜」
「どういう意味だ?」
「え?だからこんな大事な物を素人に取りに来させるなんて、イークルもよっぽど人手不足なんだなぁ、と思ってね」
「大事な物?」
「あれ?もしかしてそれすらも知らないの?」
ローランドは本当に楽しそうに肩を竦める。
「この劔は、十六世紀のマルタ騎士団によって、半神クー・フリーンの槍、ゲイボルグの刃をモチーフに作られたと言われる名剣。名はビアンカ」
「ビアンカ……」
ローランドは頷く。
「日本語訳は“純潔”ってところかな。真意は想像に任せるけど」
純潔。ダイヤモンドの劔を見れば、その意味もわかるような気がする。しかし、わからないこともある。
「それで、どうしてそれを狙う?」
ローランドの顔から徐々に笑みが消える。
「噂には聞いてたけど、本当に素人なんだな、君たちは。いいかい、騎士っていうのは、誇りをこの上なく大事にするものなのさ。そういう騎士たちが、自分たちの名剣が他の連中の手にあることを許すと思うかい?」
そういうことか。これは強奪ではなく、回収だったのだ。騎士たちは皆、この逸品は自分が持つにこそふさわしいと思っている。
いよいよ面倒くさそうになったローランドは、会話を打ち切るための最後の質問を僕たちにする。
「それじゃあ訊こう。オレと闘って散るか、劔を見に来た見物人になるのか」
僕たちは騎士だ。イークルに入ってから、騎士としての姿勢を叩き込まれてきた。今回はそれに従うとしよう。
「闘う。だが散るつもりはない」
「そう来なくっちゃ」
ローランドは腰から大型の拳銃を取り出し、二、三発で防弾のガラスケースを割る。そして、ダイヤモンドの柄を握りしめて刃を僕たちに向ける。
「まず騎士として名乗ってもらおうか」
これも義の一つだ。
「僕は珞間鳳」
「私は窓辺ミカよ」
「で、やるのはどっちだ?」
騎士の戦いは基本一騎打ちだ。
「僕だ」
「鳳?」
ミカが明らかな異論を示す。
「テメェは黙ってろ」
僕はミカを守るという当初の目的を忘れたわけではない。
「……死なないでよ」
「当たり前だ」
ローランドは満足げに笑う。
「さすが、それでこそ男だ」
そして、笑みを引っ込め、引き締まった顔つきになって試合開始を告げる。
「じゃあ行くよ!」
ローランドもブースターを装備していた。僕とローランドは真上に飛ぶ。異常に天井の高いこの部屋は、リングとしては十分な広さがあった。
僕はまずテルマに貰ったハンドガンで闘う。しかし鳥のように飛び回っているローランドを射るのは至難の技だった。
一方、ローランドは、『ビアンカ』を右手に、拳銃を左手に携えて僕を仕留めようと迫る。
距離を取ろうとする僕と、詰めようとするローランドの追いかけっこが起こる。僕は時々振り返って引き金を引くが、
「フン」
いとも簡単にかわされてしまう。
「チィッ!」
僕は思わず舌打ちする。
ローランドは、拳銃を持ってはいるが、構える様子はない。僕たちのことを知っているようだったから、能力のことも知られているのだろう。
このままでは、ブースターの充電が切れた方の負けとなる。この部屋まで飛んで来た僕に、その勝負で勝つ自信はなかった。
僕はポケットからある物を取り出す。ピンポン球ほどの大きさのこれは、テルマ特製煙玉だ。僕はそれを壁に投げつけ、辺りに煙を撒き散らす。これで僕もローランドも、互いの位置はわからない。しかし、
ズシャッ
と、右肩にわずかな痛みが走る。
「は?」
見ると僕の右肩は鋭い刃物で綺麗に割かれていた。
僕は急いで振り返る。するとそこには、劔を振るったばかりのローランドの姿があった。
僕は咄嗟に距離を取る。
「悪いけど、オレにそんな小細工は通用しないよ」
……どういうことだ。あの深い煙の中で、目で居場所を突き止めるのは不可能。おそらくそれがローランドの能力なのだろう。
一つわかったのは、こいつに安易な目くらましは通じないということだ。
「クッ」
再び追いかけっこが始まる。このままではマズイ。まずは相手の能力を見極める。
その時、ローランドが動いた。拳銃の狙いを非常口を示すランプに向け、引き金を引いたのだ。これによって、薄暗い部屋がますます暗くなる。やはり、視覚だけで僕を認識しているわけではないようだ。
無駄だとわかってはいるが、もう一度煙玉を投げる。今度は僕も警戒していた。正面から煙を割ってきたローランドの一振りをすんでのところで躱す。
今度の煙玉はただの煙玉ではなかった。煙と同時に音も発した。まるで耳元で目覚まし時計を鳴らされたような、ジリリリリリという音が高い天井に響き渡る。それでもローランドは僕の位置を見つけた。つまり、目と耳ではない感覚で僕を感知したのだ。味覚や触覚での感知は考えにくい。と、なると、
「お前、鼻が効くようだな」
その問いにローランドはフフッと笑う。
「まったく、オレの能力はわかりやすくて困る」
やはりそうか。煙に紛れても、僕の匂いを探って、居場所を突き止めたのだ。
しかし、視界が遮られていなければ、ローランドは一般人と変わらない。そんな希望をヤツは早速打ち崩す。
ローランドは何かを投げる素振りを見せる。その手にある物を見て僕は焦った。
「ほら!」
ヤツは手に持った“煙玉”を投げる。視界を奪いたかったのは僕よりもローランドの方だったのだ。さらに、ヤツの煙玉は僕が二度目に投げた音の出るヤツと同じタイプの物だった。視覚も聴覚も封じられた僕はがむしゃらに飛び回ってヤツから逃げるしかない。そして、何度か先回りされて僕の血が飛び散る。状況は僕の圧倒的不利だ。
だが不思議なのが、ローランドの劔が僕の皮膚を割くたびにローランド自身が舌打ちすること。たしかに、なかなか決着がつかずイライラするのはわかる。しかし、ヤツの印象からして、決着を急ぐような男ではないはずだ。何か、急がなければいけない理由、殺しそこねて困ることがあるからこその舌打ちのはずだ。
考えろ。ヤツが困ること。
一番は嗅覚が封じられること。転じて、僕の匂いが消えること。別の匂いになること。鼻が使えなくなること。
再びローランドが煙から奇襲をかけてくる。
「ウォアッ?!」
その切っ先を僕は体を捻じって躱す。しかし横腹を切られ、大量の血が僕の上着を赤く染める。それを見て、ローランドは、
「クソッ!!」
と声を荒げる。その時、僕はこの部屋の物ではない、別の匂いを感じた。僕は切られた脇腹を見る。傷はすでに治っている。上着を掴み、鼻を近づけて確信した。ローランドはこれを嫌っていたのだ。この血液から放たれる鉄の匂いを。……なら。
僕は自分の首にハンドガンを突きつけ、ゼロ距離で発砲する。予想外の量の血が、一気に噴き出す。
「くっ、ヤァメェロォオオオオ!」
ついにローランドが怒鳴る。煙がなくなってきているのも構わず、僕の首を取ろうとする。しかし僕は逃げつづけ、首から血を流す。僕の上着が真っ赤になった頃、僕はもう一度煙玉を投げた。
「無駄だァああああ!!」
ローランドが僕の血の匂いを追う。
僕は煙の中に向かって引き金を引いた。
僕の下方で、ローランドが背中を撃たれた形となって落ちる。
「あ……」
ヤツの口からため息に似た声が漏れる。
煙の中で、僕は血で真赤に染まった上着を脱ぎ捨てた。ローランドは、匂いの塊であるそれを僕だと勘違いして急降下したのだ。僕は、その背中に銃口を向けた。
ドサッと、ローランドがうつ伏せに倒れる。ミカが恐る恐る寄っていく。僕もそのすぐそばに着地した。
「……やられた……な……」
ローランドが倒れたまま弱い言葉を吐く。ミカは屈んで倒れた男をまじまじと見る。それにローランドは苦笑いして、
「オレにも……こんな応援があればなぁ……」
僕は男の嘆きを黙って聞いた。この時僕の頭にあったのは、この男をこのまま放置した場合の空想だ。放っておけば、この男は力尽き、部屋には、飛び散る血痕と、一人の男の死体、そして、気を失った警備員だけになる。そうした状況を発見した人は、間違いなく第三者が劔を持ち去ったことを悟るだろう。だがそれは、この男をどうにかしても同じこと。僕はどうにかしたかった。
「なぁミカ」
「ねぇ鳳」
二人の声が重なる。時間の無い今、ミカが先を話す。
「この人、助けようよ」
僕はそれに頷く。
これに驚いたのがローランドだ。
「どう……して……オレは……本気で君を……殺そう……と……」
「お前の目は嫌いじゃない」
ミカの理由も同じはずだ。
「お前は、何か大切な物を持っている」
劔を狙ったのも、大切な物のため。そう思える目を、騎士ローランド=サッチャーは持っていた。
「……君たちは……」
ローランドの言葉はここで途切れた。とりあえず、ここから出てベティに何とかしてもらおう。僕は立ち上がり、辺りを見回した。お目当ての物を見つけ、それを手にとる。『ビアンカ』は、石作りの床に突き刺さっていた。触れただけで傷つくそれは、メスよりも鋭かった。僕はガラスケースの中から、同じくダイヤモンドでできた鞘を取り、慎重に劔をしまう。下手すれば、指が切断されてしまうのだから恐ろしい。僕は『ビアンカ』を腰に付け、ローランドを背負う。人を背負ってもブースターは正常に機能した。
僕とミカは静かに浮かぶ。そして、勢いよく窓を割って脱出した。
月では、女性が呑気に本を読んでいた。
「たぶん……モグ……ここに寝るイークル以外の人は……モグ……オレが初めてじゃないかな?……モグ……」
「わかったから食うか喋るかどっちかにしてくれ」
「じゃあ食う……モグ……」
「……はぁ」
今僕たちがいるのはイークルの日本支部の一室。学校の保健室のような部屋だ。三つあるベッドの一つに、ローランドが寝ていて、僕はその横の椅子に腰掛けている。テルマの最先端医療のおかげで、ローランドはすっかり元気だ。ローランドは、空になった皿の上にフォークを置くと、丁寧に手を合わせて、ごちそうさまを言った。
正直、僕は少し動揺していた。僕がローランドに持っていた第一印象は崩れ去っていた。
「いや〜それにしても、こんな美人ばっかりいる所で働けるなんて羨ましいぜぇ」
「そうかぁ?」
「もっとこの状況を味わえ!」
味わうとか……何か表現が……。
ローランドは止まらない。
「まったく、うちの女王様を見てみろ。世話が焼けるのなんのって」
見てみろっつったって……。ていうか、
「へぇ〜。女王なのか〜」
「ああ、顔は可愛いぜ」
「何でお前はそこからなんだよ……」
「『人は見た目が9割』って本に書いてあった」
「それ、結構な人終わんね?」
「オレは終わらん!」
「ウゼェ」
「ストレート!」
ローランドの方が年上のはずなのだが、まるで子どものようだ。
まあ今の会話で一つ合点がいったことがあった。
「じゃあ、コイツを狙ったのも……」
「ああ、その女王のためさ」
僕は傍らの『ビアンカ』を指差す。
でも負けちまったけどな、とローランドは自嘲気味に笑った。
「ずいぶん忠実なんだな?」
僕の問いかけに、ローランドはハハっと笑って答えた。
「これでもオレは騎士なんだぜ?」
騎士だから女王に従うというのか。従うべき女王がいることで、騎士ローランド=サッチャーがこういう目をしていられるのなら、ベティの言うとおり、従うべき王を持たないのはつらいことなのかもしれない。
「ところで」
とローランドは話題を変える。
「お礼と言っちゃぁなんだが、一ついいことを教えてやるよ」
「いいこと?」
「ああ」
ローランドは話し出す。
「オレたちは今人集めしてるとこなんだが、イギリスに一人のミュータントを見つけたんだ」
「へー、能力は?」
「詳しくはよくわからないんだが、なんでも人を操る能力らしい。……何せ、そのミュータントが引きこもりでな」
「……は?」
ローランドはやれやれという感じで鼻から息を吐く。
「ほら、あれだよ。よくあるだろ、自分の力が怖いっていうヤツ」
「なるほど」
そうは答えたが、僕にそんな経験はなかった。
「まあとにかく、オレたちインティアはそのミュータントには手を出さないことにするから、好きにしてくれ」
「じゃあ、ありがたくいただくわ」
「おう」
だが僕は騎士団に貢献できるかもしれないという情報よりも、もっと大事なことがあった。
「それよりも、聞きたいことがある」
「??」
「乾……か」
「ああ……知ってるだろ?」
「よく知ってるさ」
ローランドは嬉しくなさそうに答えた。
僕が騎士になった理由こそが乾だ。あの冷たく鋭い目は、復讐されるだけの十分な事をしでかした。
「あいつは騎士としては優秀な男だった」
ローランドは語り始める。
「あいつはオレ以上に忠実だった。最初の女王側近に選ばれたほどだ。でもだんだんとわかってきたんだ。あいつは女王よりも別な物に忠実だった。あいつは何よりも自分自身に忠実だった」
「“だった”っていうのはどういう意味だ?」
僕は初めて口を挟む。ローランドは答える。
「あいつは騎士団を抜けた。お前たちを襲った事件の五年も前の話だな」
ってことは、あの時すでに騎士じゃなかったのか。
「……あれは、お前のとこの女王の指示だったりするのか?」
「いやまさか。女王はそんな指示は出さない」
「……悪ぃ。話が逸れたな。続けてくれ」
ローランドは一息ついて再び語り出す。
「自分に忠実なあの男は、自分の信じたことを全うした。それが女王の考えと合わなかったんだ。すぐに別の部署に飛ばされたよ」
「それが人選部隊だったってことか……」
「そうだ」
「乾がインティアを抜けたのは、飛ばされたことが原因なのか?」
「それもある……でも、どうやらそれだけじゃなかったみたいなんだ」
「?」
「あいつは、自分の考えを最後までやり通す男だ。女王とは合わなかった意見を、二年後の今でも女王無しで遂行しようとしてるらしい」
「そのためのパーツの一つがミカだった……」
「おそらくな」
「……あいつは何をしようとしてるんだ?」
「わからない。うちの女王なら知ってるかもしれないけどな」
さすがに、女王には会わせてもらえないだろう。
「わかった、サンキューな」
「いやいや、こちらこそ悪かった。元とは言え、仲間がやったことだ。代わりに謝るよ。手伝えることがあれば言ってくれ」
僕はこのローランドの発言で呆気にとられた。
「……お前より騎士らしい騎士はいないんじゃないか?」
するとローランドは笑って返した。
「うちの現女王側近の方がもっとスゲェよ」
僕はその後、ローランドから貰った情報をベティに話した。
「イギリスね。これまた遠いわね〜」
「ああ、しかも引きこもりだってんだ。無理して行かなくてもいいかもな?」
するとベティは首を横に振った。
「いや、行くわよ。うちの人手不足は半端じゃないの」
「イークルって全体で何人くらいいるんだ?」
「だいたい五十人くらいね」
五十人。戦争をするにはちょっと足りない。
「人がいないと何が大変って、人が増えないのよ」
「なるほどなぁ」
人探しにかけられる人数が少なくなるから、ということだ。
「と、いうわけで行ってらっしゃい」
「は?お前はどうすんだ??」
「待ってる」
おいおい。
「アンタ隊長だろ?働かなくていいのかよ?」
「隊長だから隊員に任せるのよ」
「いい身分だな」
「いいから行ってきなさい」
仕方なく僕は折れる。今回の任務は僕とミカだけだ。
「ところでよぉ」
「?」
僕は前から気になっていたことを聞いてみることにする。
「アンタ、乾と知り合いみたいだったな。いったいどういう関係だ?」
乾がミカの家を襲った時、途中から割り込んで来たベティは乾を知っているようだったし、乾もベティを知っているようだった。
「ああ、あの男ね」
ベティは話すべき内容を整理してから口を開く。
「あの男と私は、幼馴染だったの」
「幼馴染?」
「そう」
ちょうど君とミカのようにね、とベティは頷く。
「あの男は幼い頃からどこか冷めてて、すぐ熱くなる私をよく冷やしてくれたわ」
ベティは遠い目をする。
「でも私たちに能力があることがわかってからあの男は変わった。あの男は、支配する味を覚えた。支配していることが、あの男にとっての平和になった」
「……」
「私は、変わってしまったあの男とは一緒にいられなかった。お互いに離れていって、いつしか全く交わらないようになっていたわ」
水を一口飲んで、ベティは話を区切る。
「私がイークルに出会ったのはちょうどそんな時。私は、乾から逃げるようにして騎士団に入った。それから何となく仕事をこなしてるうちに、ある噂が耳に入った」
ベティは立ち上がってインスタントコーヒーを用意しながら話す。
「『騎士団を抜けた男で、バリアを作る切れ者がいる』……すぐに乾だとわかったわ」
僕の前に薄いコーヒーを置きながら、ベティは微かに笑う。
「不思議なことだけど、なぜだかそれが私の糧になったの。バラバラになったのに、幼馴染の活躍を嬉しいと感じたのよ」
僕は置かれたカップを取りながら話を聞く。
「でもそれは、戦士としてのあいつを見るまでだった……」
僕の目に、ベティの悲しげな表情が飛び込んで来る。
「アイツを見て私は、機械みたいだって思った。アイツは、人間として守るべき物を、守りながら壊してた……。そして次に私は、怒りみたいな感情が湧き上がってくるのを感じた。自分勝手だろうけど、実際そうだったのよ。それから私たちは会うたびにぶつかり合うわ。お互い、ミュータントとしてね」
ベティと乾はわりと深い関係だったのか。僕は言葉に詰まった。
「そう……だったのか。話聞かせてくれてサンキュー……」
するとベティはニコリと微笑んだ。
「ふふ、どうたしまして」
僕はその後ベティと別れ、このことをミカに話すべきかどうか悩んだ。そして結局、話さないことにした。これをミカが聞いたとして、あいつがこれからベティにどう接するか、わからなかったからだ。おそらく、乾に復讐しないと言ったミカがベティを問い詰めるということはないだろうが、念のためだ。つまり、僕はこの時点で、ミカを信じきれていなかったのだ。そのことが、僕自身の精神を少し削った。




