学園祭の定義
学園祭。それは夏休みボケが未だ覚めやらぬ生徒達をを更に骨抜きにする甘い誘惑。
学園祭。それは低い完成度の出店出し物アトラクションを祭り特有の高いテンションと若さによって何故か一流テーマパークに匹敵するものに錯覚させる魔法の場。
学園祭。それは――――――
「おい! 陸上部からの食品使用申請書類どこいった!?」
「サッカー部に書類不備の通達! あと科学部のニトログリセリンの使用申請は問答無用で却下!!」
「おい待て休憩所やるクラスでベッド申請してるのがあるぞ誰が許可した!?」
生徒会にとって数々の煩雑な書類に追われ学校中を奔走する羽目になる諸悪の根源、運命の敵。
仕事が山積みで余裕など全くない状況でも、さすがに六時を回ればそろそろ学校側が帰るように言ってくる。抵抗をしながらも校内の人は数を減らし、今は俺を含め二人。
「いやー、さすがね副会長。これなら去年よりは余裕を持って学祭当日を迎えられるんじゃない?」
ぐったりとパイプ椅子にもたれかかって座る俺を見下ろしている女子生徒が言った。
「……ああ。我ながら良くやってると思うよ。どこかの会長さんがまったく手伝ってくれないにもかかわらずこの結果なんだからな」
うぐ、とわざとらしく呻く女子生徒。名は岬牡丹。我等が叡山学園生徒会の会長だ。
対する俺は貴船素一。叡山学園生徒会副会長。
「サボってたみたいに言われるのは心外。ちゃんと仕事はしてましたー」
口を尖らせて反論する牡丹。それに間髪を容れずに返す。
「当たり前だ。生徒会主催でミスコンやろうって言い出したのはお前なんだからな。そこは先頭に立ってやってもらわないと困る」
学祭時においては便利屋集団と化す生徒会。例年何か出し物云々しようなどという余裕はなかったのだが、牡丹がミスコン企画をぶち上げた。既に根回しは済んでおり、反対少数、というか俺のみという状況になっていて、結果生徒会の仕事がどーん。
「やー、まあ負担をかけてるのは申し訳ないんだけどさ。でも、もう大分やることもすんだし、もうそっちの手伝いにもいけそうかも」
「ん、そうか。なら一人二人回してくれるだけでいい。こっちはそれで足りる」
二年目で要領も掴んでるしな。仕事量は増えたが、問題ないだろ。
「おっけー、できるだけ早く私もそっちの仕事に加わるようにする」
「ま、期待しないで待ってるよ。さて、それじゃ見回るとするか」
椅子から立ち上がり、軽く体を伸ばして言う。
学祭準備期間中、残って作業している生徒がいないか見回るのは生徒会の仕事だ。どのみち後で教師がもう一度見回るのだから二度手間だと思うんだが、学校側も年に一度だからと少しは猶予を与えているんだとかで、その辺りは飲み込んでいる。
「ちょっとー、もう下校時間よ。さっさと帰りなさい」
まだ粘ってた生徒に下校を促す。
基本的にこういうときに口を出すのは牡丹の役目だ。それは校内における俺と牡丹との人気の差が理由。そりゃまあすらっと背が高く容姿に優れたお姉さまタイプの牡丹と俺とじゃ結果は見えてる。とりあえず、会長選投票用紙の自由欄に『美女とウドの大木でどちらを選ぶかなんて愚問』って書いた奴、憶えてろ。無記名投票だが筆跡は憶えたからな。高身長は立派にプラスの評価基準なんだよ。牡丹に、『いやほら、テレビでならイケメンって言われると思うよ?』などと慰めにならない慰めを受けた屈辱を利子つけて返してやる。
今日はまだ粘っていた生徒の数は少なく、見回りは早く終わった。これが前日になるとほとんどのクラスが残っている始末。計画的にやれ貴様ら。
「おう、二人ともご苦労さん」
見回りを終えたことを職員室にて報告。また、生徒会室の鍵もここで返却する。
「どうだ、それぞれの作業の進行具合は」
生徒会顧問の梶木教諭が聞いた。ウチの学校でも若い方のこの教諭、面倒くさいを理由に基本的に生徒会の仕事には一切手を出さない。せめて上っ面だけでも生徒の自主性を重んじるくらい言っておけばいいものを。しかしその適当さ――――――もとい、親しみ易さゆえか生徒からの人気は高い。
「どちらも順調ですよ。今年は結構余裕が出来るんじゃないでしょうか」
「おーそうか、今年の生徒会は優秀だな。それなら俺が手を貸す必要もないな」
少なくとも俺の知る限り梶木先生が学祭準備で生徒会を手伝ったという話は聞いたことがない。が、
「今のところは。まあ、先生に頼る羽目にならないようにはしますよ」
わざわざ言う必要もない。言ったところで梶木教諭なら『俺は眠れる獅子だからな』などと軽く返しそうではあるが。
言っておくが俺は別に梶木教諭を嫌っていたりするわけじゃない。面倒くさいとは言いつつも時々様子を見に来たりしているし、まったくの無責任な人間だとは思っていない。あれだ、俗に言うツンデレとかいう奴じゃないのか?
「そうしてくれ。ミスコンも期待してるぞー。水着審査があると嬉しいが」
……ただ如何せん正直すぎるとは思っているが。教師としてどうなんだ、その発言は。
「先生」
「なんだ、岬?」
「セクハラですよ?」
笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である。
凄みがあるとはまさにこのことか。綺麗なのに怖いのか綺麗だから怖いのか。
まあとりあえずは、俺は正面から見ないですんでよかった。梶木教諭には自業自得とはいえ、一抹の同情を供えようと思う。
学校からの帰り道、二人とも電車通学で、俺のほうが若干遠い。
すると二人一緒に帰路に着くのは至極自然なことで、邪推をする友人もいるのだがそういう輩にはもれなくヘッドロックをプレゼントしている。
「そういえば、もうミスコンの出場者はある程度OKもらえたのか?」
当日募集もするにはするが、今回は男が女装、などのネタを極力排したガチンコ勝負にするということで、事前に何人かには出場を打診している。出場者が集まりませんでしたなんてのは寒すぎるからな。
「全員が全員OKしてくれたわけじゃないかな。でも最低限の数は集まったわ」
篭絡、というと聞こえが悪いが、勧誘、広報活動は牡丹の得意とするところだ。実務担当の俺と合わせてバランスが取れている、と周りからは評される。会長選で敗れた時はそれなりに悔しかったもんだが、今を見るに妥当な結果だな。あの自由欄の奴は許さんが。
「例えば誰が?」
ここでむざむざ話を断ち切ることもないだろう、ということで聞く。
「……へー、興味あるんだー……」
冷ややかな視線。目を逸らすのはやましい印。
真っ向から見つめ返――――――無理。
「まー、しょうがないか。オトコノコだもんね」
そうだ、しょうがない。つーか発案者に言われる筋合いはないと思う。
「えーと、OKしてくれたのは、野球部マネージャーの宮瀬さんと、新聞部部長の氷室さんと、チアリーダー部部長の宇佐見さんと、吹奏楽部の皇さんと……」
「またガチな面子を集めたな」
さほど女子の名前を憶えていない俺でも知ってるレベルの有名所だ。
「私大並みの本気のミスコンがやりたかったのよ」
「確かに、それに匹敵するレベルが揃ってるぞ」
「でしょう?」
胸を張る牡丹。
「ただ気をつけろよ。これ、派閥同士で闘争が起こりかねんぞ」
いずれもコアなファンがついている面々ばかりだ。
「あー、そっか。そっちも考えないとなー」
「まだ時間はある十分にあるから焦ることもないがな。しっかり頼むぞ。審査はどうする」
「紹介と各自アピールタイムを数分、かな。その時は好きな衣装を着ても良いってことで。その代わり水着審査はなし」
「当たり前だ。間違いなく騒ぎが起きる。まあ参加者側が自分から水着を着ようとはしないだろうが……」
いや、もしかしたら本気で勝ちに来る奴も出てくるか?
「もし着ようとしたら、失格で良いかな」
「水着に限らず露出多目のは却下の方向が良いだろう。バランスが崩れかねん」
だが惜しい。とても惜しい。正直見たい。
「あ、でも水泳部の子もエントリーしてるんだった。競泳水着なら露出はマシだしまだ大丈夫かな。どう思う?」
「あー、競泳は競泳であの密着具合がたまら――――――水着は水着だ。却下だな」
「…………」
……ああ、視線が痛い。
この後、駅に着いても電車が来てもずっと牡丹は黙りこくって俺を睨み続けた。牡丹が降り、重苦しい雰囲気からようやく開放されたとき、俺は深い深い安堵の溜息をついたのだった。
明くる日の放課後。俺は牡丹を探していた。
実務担当とはいえ、肩書き的には副会長。全部が全部会長抜きでやってしまっていいものばかりではない。
というわけで牡丹はどこだ、と。それなりに目立つ奴なんだが……お? あれは……
「……何やってんだお前」
見つけた場所は剣道場。袴着て防具も着けて、ばっちり臨戦態勢だ。
「一本勝負して勝ったらミスコン参加するって言われたから。素一は何で……ああ、書類ね。ごめん、ちょっと後にして」
「後にするのはいいけどな。お前勝算あんのか」
相手は女子剣道部部長。対して牡丹は剣道部に所属しているという話は聞いたことがない。普通にやったら勝負になるはずもなく、条件を出すほうも出すほうだが、受けるほうも受けるほうだ。
「一応、ハンデとしておもりはつけてもらってるわ」
見ると確かに、相手方の竹刀の鍔近くにおもりらしきものが複数。
だとしても、素人じゃどうしようも……
「始め!」
審判の声が響く。いつのまにか始まってるし。
仕方ない。終わるまで待つか、と思った矢先、牡丹がいきなり突っ込んだ。
面を狙う体勢……と思いきや
「胴うぅぅぅぅっ!!」
まさかのフェイント。素人の動きではない。綺麗に胴を打ち据え、牡丹側の旗が上がった。
一礼を交わし、面を外した牡丹が一言。
「油断しすぎね」
まあそれは間違いない。ただそれはそれとしても……
「反論できないわね。もしかして経験者?」
部長が問う。もはや向こうも答えはわかってるんだろうが。
「ええ。高校に入るまでは続けてたの。剣道だけじゃなくて武道全般をね」
まさに頼れるお姉さま。出来る女として輝いております。
「さすがにブランクあったからハンデはつけさせてもらったんだけど」
油断させといてハンデつけさせて挙句にフェイント。牡丹が如何に本気であったか。
「そうだとしても情けないわ……約束ね、ミスコンは必ず参加する」
「ありがとう。助かるわ」
一戦交えて友好を深める二人。蚊帳の外の俺。
「素一、後で生徒会室まで行くから先に帰っておいて。私今から着替えるし」
「あいよ。ご苦労さん」
ねぎらいの言葉を一言添えてその場を足早に去る。袴と女子だらけの空間はアウェーに過ぎた。
生徒会室は誰もいなかった。皆校内のあちこちを走り回ってるんだろう。
鍵が開いていて無人というのは不用心だが、さすがにわざわざ生徒会室に侵入する奴もいないか。
牡丹が帰ってくるまで少しは時間があるので、パイプ椅子に座り雑務に没頭する。やってもやっても終わりが見えないのが学園祭準備。
ふと、人の気配を感じたので顔を上げる。
「うおっ!?」
かなり近い位置でこちらをじっと見つめてる牡丹の顔があった。咄嗟のことで声を抑えることが出来ず、我ながら見事なオーバーリアクションをとってしまった。
牡丹はというと、驚き焦る俺を見てにやにや笑っている。
「……おのれ、卑怯な」
絞り出すように呟く。何が卑怯なのかは俺にもよくわからない。
「私を放ったらかしした罰よ。でも、珍しいものが見れたわね。顔真っ赤だしー」
時計を見ると作業を始めてからおよそ三十分。確かに少し待たせたみたいだ。
顔が赤いのはまあ……しょうがない。つーか迂闊に思い出そうとすると恥ずかしくて死ねる。
ええい、静まれ我が心臓。
「これに目を通せばいいのよね?」
そして向こうはあっさり俺をからかうのを止めて書類の確認。なんか敗北感。実際負けてるようなもんですが。
「ああそれだ。まあ形式上のもんだから軽く目を通してくれれば――――――」
「パラパラパラー。はい終わり」
「おい」
まるでパラパラ漫画を見る勢い。速読術習得者でもないとあれは読めん。
「だって、数多い」
「それでも記入事項足りないのやら何やら弾いてあるんだぞ。一応は目を通して貰わんと」
そう言うと牡丹は伏せ目がちにこちらを一瞥して言った。
「……私、素一のこと、信用してるから」
「していらんから目通せ」
そして静まれ心臓。いっそ止まれ。
「ちえー。しょうがないなあ」
と今度はきちんと目を通し始める。
なんというか、普段は真面目に頼れる感じの皮被ってるくせに、俺に対してだけどうもこう……やめとこう。自意識過剰だな。青春思春期は大事だがほどほどにしないと痛々しい。だから回想垂れ流し止めろ俺の脳内。
頭を切り替えるべく、書類をチェックしてる牡丹に話しかける。
「あーそういや、さっきのアレ、驚いたぞ」
アレって何だ。ああそうか剣道か。まずい全然頭が働いてない。
「さっきの剣道ね。話したことなかったっけ?」
「覚えがないな。大体、そんな高校以前の話はしたことがなかったろ」
高校入学して、生徒会に入ってからの付き合いだからな。昔のことは知りようがない。
「……そういえばそうだったっけ。結構色々話してた気はするんだけどな」
「高校生活だけで話題には事欠かないからな」
割と愉快な毎日だ。
「そうね。……話を戻すけど、今時物騒だから、って結構小さいころからやってたんだ。心配性で困っちゃう」
「そうか?俺はなんとなく親御さんの気持ちはわかるな」
「え、ホント? まさか隠し子?」
どういう飛躍だ。
「妹がいるからな。小柄だし心配でたまらん」
「へー、素一の妹さんなら大きそうだけど」
「ウチででかいのは俺だけだ。父親で自称165だからな」
牡丹の方が大きいのではなかろうか。
「そっか。でも妹かー。私一人っ子だから少し羨ましい」
「一人っ子か。弟か妹がいると思ってたな」
「いませんよー。だから上下どっちでもいいから欲しいんだけどさー」
「下はともかく上は無理だろう。……しかし、意外に知らないもんだな」
「もう一年以上の付き合いになるのにね。……浅い付き合いってことなのかな」
俯き加減に言う牡丹。
なんとなく反射で妹にやるように牡丹の頭に手を載せ、俺は否定した。
「浅い付き合いはないだろう。生徒会の中だけの付き合いだが、それなりに密な時間は過ごしてきたと思うぞ。それに、少なくとも俺にとってはお前が一番女子の中じゃ親しい奴だしな」
後から思い返せば悶絶しそうな台詞。だがすらすら言えたのは、まぎれもなく本心からの言葉だったからだろう。
「それにだ、あまり俺は女に対してフレンドリーって柄じゃないから、プライベートをどこまで聞いてもいいものか分からないのもあってだな……」
と、ここで俺は気付いた。牡丹の肩が震えていることに。
泣いてるのかとも思ったが、そうじゃない。どうやら笑いをこらえているようだ。俺は、牡丹の頭に載せた手を
「……アイアンクロー」
全力で締めあげた。俺の焦りを返せ。
「いだだだだあぁぁっ!!」
体もでかけりゃ手のひらもでかい。逃げようと暴れる牡丹の頭をがっちり掴んで離さない。
「ギブギブギブギブ!!」
解放。ぐしゃりと机に倒れこむ牡丹。
「ったく、人が真剣に心配してたってのに……」
「何よぅ、おかしくて笑ったのは半分だけだったのに」
「オーケー、ワンモア希望だな」
今度は両手だ。
「ごめんなさい」
机に平伏する牡丹。
「これ、もう全部目を通したから。これで勘弁して」
平伏したまま書類を差し出してくる。
「やれやれ、今日のところは勘弁してやる」
牡丹は逃げるようにして素早く生徒会室のドアの前まで行った。
そしてこちらへ振り向いて一言。
「……でも、笑ったもう半分は、本気で嬉しかったからだよ」
その言葉に俺が反応するより早く、牡丹はドアの向こうに消えた。
「……言い逃げかよ」
ずるいと思う反面、今アイツに顔を見られたくない気持ちがある。いや、顔を合わせる余裕がない、と言うべきか? 何にせよ、この顔の火照りを収めない事には外に出られな――――――
「ちょっ、これ見てよ素一!」
――――――い俺を追い込むかのように、大きな音を立てて開いたドアから牡丹が飛び込んできた。
「おおっ!? 一体何事だ!?」
「いいからこれ見て!」
メモの切れ端を渡される。どれどれ……
『お邪魔なようなので、皆で図書室で時間をつぶしてきます。終わったら呼びに来てください
生徒会役員一同』
「……どうする?」
顔を赤く染めた牡丹が聞いてくる。
「どうするもこうするも……迎えに行くしかないだろう」
俺の顔はというとむしろ青い。このメモが置かれてからどれほどの時間が経っているのか、校内のどこまで噂が流れているのか、考えるとぞっとする。いっそ貧血で倒れてしまいたかった。
結局、噂はそれほど流れてはいなかった。比較的メモの発見が早期であったことと、当時図書室にいたのが生徒会役員の他に友人の図書委員長だけだったことが、要因だろう。誤解もまあ……解けたんじゃないだろうか。わかってますよ(笑)、みたいな反応をした連中は残らずスリーパーホールドで落としたことだし、少なくとも被害拡大はもうないだろう。学園祭準備でそんな暇もないだろうし。
今は学園祭前夜にあたる。いくらなんでも前夜祭なんてものはないが、学園祭は二日間開催だ。幸いにして二日とも天気は問題なさそうだ。まあ学園祭で完全燃焼するような人間じゃないが、今までやってきた仕事のことを考えれば、大成功な学園祭となって欲しいものだ。俺以上に熱意を向けている奴も、少なくとも一人は俺の近くにいることだし。
なればこそ、『いよいよ明日は学園祭。絶対成功させよう!!』という牡丹からのメールに、『勿論だ。最高の学園祭にしてやろうじゃないか』と返信したのは、何もおかしなことじゃない。俺としても、去年よりは楽しみにしているのは事実だ。
さて、学園祭当日。
「えーただいまより、叡山学園文化祭を開催します!!」
マイクで増幅された牡丹の声が響き渡る。開催の挨拶は生徒会長の恒例行事だ。
改めてあいつが会長でよかったと思う。前に出て何かしてるのが似合う奴だというのもあるが、それ以上に俺には向かん。
「最高の学園祭にしたいかーっ!!」
「おおーっ!」
おー。
「声が小さーい!!」
「おおーっ!!」
おー。
「まだまだ小さーい!!」
「おおーっ!!!」
おー。
……楽しそうでなによりです。
学園祭期間中、生徒会はローテーションを組んで校内を見回ることになっている。見回るとは言っても、一切出し物出店への参加が禁止されるものではないので、まあ負担はそんなにないんじゃないだろうか。
見回る間は二人でペアを作ることとなっており、自分でもそんな気はしていたが俺の相手はやはり牡丹だった。俺と牡丹が忙しく動いている中他の連中に組み合わせを一任した結果がこれだよ。……別に嫌ってわけじゃあないが。
そしてその牡丹、現在隣でかき氷食べてご満悦。秋口とはいえ残暑厳しく快晴な今日この頃、売れ行きは好調らしい。俺も売り上げに貢献。……ああ、生き返る。値段設定さえもうちょっと低かったら文句なしだったんだが。
「祭りなんだから、散財しなきゃ」
「散財しやすい雰囲気だからこそ、財布の紐を改めて締めることが肝要だ」
上が牡丹。下が俺の発言。見事に正反対。
「釘でも打てそうなぐらいに堅物よね、素一は」
「何を今更。お前と俺とでバランスがとれていいことだろ」
「……」
そっぽを向かれた。何故だ。
「「チッ!!」」
周囲から複数の舌打ちの音が。……何となく理解した。
校内を回っていると、何かと声をかけられる。ご苦労様、であるとか、焼きそば安いよー、だとか。後者はただの客引きか。牡丹は買ってたが。まあ基本は見回りをしている俺達二人に対してのものだが、俺と牡丹のどちらか個人に対するものもある。
牡丹には、『オープニングかっこよかったー』『後でウチのクラスにも来てね』などなど。それも多数。顔の広さが伺える。
俺は精々、クラスの男連中からで、『爆発しろ』『爆ぜろ』。……保健室は今日も忙しいそうです。
それはさておき気になるのは、去年になくて今年にあるもの。つまり……
「ミスコン出場予定の宇佐見優希でーす。投票お願いしまーす!」
「いやいや我らが野球部の天使、宮瀬千鶴子ちゃんこそミス叡山にふさわしい!」
ミスコンである。学園祭一日目に出場者を募集、二日目に開催するわけなのだが、既に出場が決まっている面々は勝利のために選挙活動よろしく名前を売っているようだ。今日の時点でこれなら明日になればどうなっているのやら。
「号外ー、号外だよー」
新聞部の部員が号外を巻きながら走っていく。もう何となく見当はついた。
『叡山学園踏まれたい女生徒No.1、叡山学園罵ってもらいたい女生徒No.1の氷室麗華が三冠を獲るべくミス叡山コンテストに出陣!全ての男よ跪け!!』
まさか写真付きのカラーだとは思わなかった。どんだけ本気なんだよ。
「……なんというか、確かに学祭のトリを飾るイベントではあるが、何でここまで勝とうとするのか俺には分からん」
「そ、そうだね。あはははは……」
……ひきつった笑い。
「……何を知ってる? いや、何をした?」
きりきり吐いてもらおうか。
「えーと、事前に出場を打診した人達にだけ言ってたんだけど、ちょっと非公式に副賞が……」
「ほう、初耳だな。どんな副賞だ」
「……怒らない?」
ここで怒らないから言え、というのが定型文だが、ここで嘘はつかない。
「いや怒る。だが、言わなきゃもっと怒る」
この世に未練のない方は後者をお選びください。
「……好きな男子生徒をデートに誘う権利」
少し拍子抜けだった。案外たいしたこともないような……
「なんだ、お前が個人的に取り付けるのか?」
表沙汰になってないということはそういうことだろう。それだけならそんな問題でもないか。
「それも、あるんだけど……」
ん?
「人によって取り付け方が違ってて……」
「待て、どういうことだ」
よくわからない。
「内密に私が上手く取り付けるっていうのと、もう一つ別の方法があって……」
別の方法?
「優勝した場で」
……オーケー把握した。
「壇上に男子生徒を呼び出して」
衆人環視の状況に獲物を追い込んで。
「デートに誘う機会を設ける」
ただし、拒否権はない。
「……オイ」
「一応、そっちをリクエストしたのは一人だけなんだけどさ」
「知るか! つーか、んなことするなら自分で誘えよ!」
むしろ普通に誘うよりハードル高いじゃねえか。
「逃げ場がない状況が欲しい人だっているのよ!」
どんな奴だ。そんな奴か。
だが、そんな無茶通そうとしてる奴は一人だけみたいだし、放置でも問題ないか。被害者|(予定)も、いままで逃げ回ってたんなら、なんとか逃げおおせるだろ。多分。
「……まあ、その件はもういい。要するにそいつ以外なら問題ないってことだからな。頑張ってうまく取り付けろよ」
「うん、ありがとう」
「それにしても、何でお前はそこまでミスコンに力を入れるんだ? 何日か前の剣道の時といい、そこまで入れ込む理由は何かあるのか?」
正直、企画の段階からほぼ全て牡丹が一人で主導していたし、それだけでも十分なのに今みたいな非公式の副賞だ。例年の生徒会の仕事はある程度こちらが負担したが、そうとう忙しかったはずだ。
「……そこまで深い理由があるわけじゃないけど。強いて言うなら、生徒会長として経験できる最後の学園祭だから、かな。来年の今は一生徒でしかないから、一番我が儘言える今、持てる力全部使っての我が儘がやりたかったんだ」
「……成程。確かにでかい我が儘だ」
きっと去年の倍は賑やかだろう。
「ごめん。大分素一にも迷惑かけたよね」
まあそれは違いない。だが……
「謝るな。仕事が増えたのは間違いないが、その元をとれるだけは俺も楽しんでる。そもそも、文句を言うなら容赦も躊躇もせんよ、俺は。お前に対してマジな苦情を言ったりしたか? ……これはこれで、楽しい学園祭だろう」
そう言って牡丹に笑いかける。笑顔を作るのは苦手だが、今は無理に作る必要もない。
「それに、お前会長、俺副会長。会長の我が儘聞くのは副会長の職務の内なんだよ。今更迷惑だとか言わんでいい」
半ば強引に牡丹の手を引き、畳みかける。
「ほれ、立ち止ってないで見回り行くぞ。まだ学祭は一日目。折り返してすらいないんだ。我が儘言うのは構わんが、職務放棄は許さん」
牡丹からの返答はなかったが、手を握り返したのは肯定とみなしてもいいだろう。
日が暮れても、校内の熱はいまだ冷めやらず。とはいえ高校の学園祭で夜通しするわけにもいかないので、本格的に暗くなる前には帰宅させられる。だが、明日の二日目にのみ行うイベントもあり、それの準備に余念のない生徒達は少し残って作業を行っていたりする。
ミスコンという一大イベントを抱える生徒会もまたその内の一つなんだが……
「……なんだ、一人でやってたのか」
明かりが点いた生徒会室には牡丹が一人。ミスコンの出場者をまとめているようだ。
「用紙の回収くらいだから、そんなに人手は要らないしね」
とは言いつつも、机の上の出場応募用紙の枚数は多い。
「結構、集まったんだな」
「予想以上だよ。嬉しい悲鳴って奴?」
「ほう、そうか。じゃそんな頑張り屋の牡丹にご褒美だ」
そう言って缶の紅茶を差し出す。
「似合わないよ、そのキャラ」
「いらんのなら返せ」
「一度あげたもの返せなんてケチくさー。……でもありがと」
鼻を鳴らして答えとする。
「いよいよ明日だな」
「私司会だから、今から少し緊張する」
「なんだ、出場はしないのか」
優勝間違いなし、とは言えないにしても十分狙える圏内にはいると思うんだが。
「私が計画・開催して私が優勝したら顰蹙ものじゃない?」
「くくっ、そりゃそうだ。」
二人して笑う。
「……ほれ、何枚かよこせ。明日の為にも、さっさと終わらせて帰るぞ」
「うん。……また今度、埋め合わせしないとね」
「気を使わんでいい。明日、学祭を思いっきり楽しませてもらう予定だからな。それで十分だ。持てる力を尽くして、学祭を盛り上げてくれるんだろ?」
一拍置いて、牡丹は答えた。
「まっかせなさい!」
学園祭二日目。
昨日以上に白熱するミスコン応援。投票はまだ先のことなんだがね。
各部活はもはや出店そっちのけで応援しているところすらある。もはや部活対抗の勢いだ。
というか、さっきから校内放送でずっと新聞部部長を取り上げてるのはどういうことだ。新聞部に呑みこまれたのか、放送部。そして去年の倍のペースで刷られる新聞部学園祭特別号外。こちらもこちらで新聞部部長を推しまくっている。マスコミの強さを思わぬところで再確認することになった。
それはそれとして、俺はというとミスコン開催に関わってる面々にちょっとした頼み事をば。
折角の祭りだ、俺も一枚ぐらい噛んで楽しみたい。
そして、二日目も収束に向かい、いよいよラストにしてもはやメインといっても過言でもないイベント。
ミス叡山コンテストの開催だ。
「さあ! ついに今日! 叡山学園No.1の美女が決定します!! あ、私叡山学園生徒会長兼、ミス叡山コンテスト実行委員長兼、今日司会を務めさせていただきます、岬牡丹と申します。以後お見知りおきを。……それでは、我こそが学園一だと自負する美女計29名! 今、入場です!!」
司会の牡丹の声を聞くに、目立った緊張は見られない。むしろ、今まで力を入れてきた企画だったからこそか、高揚している様子の方が大きいように見えた。
スモークの中、一人一人牡丹の紹介と共に出場者達が現れる。……こうして並ぶと、やはり事前に牡丹が打診したメンバーは別格だ。他が悪いというわけではないのだが。そして女生徒の中に自然と紛れこんでるつもりの図書室の司書さん(三十路手前)がいるのが激しく謎だ。や、綺麗な人ではありますが。
「えー、今から出場者の皆さんにはそれぞれ5分間のアピールタイムが与えられます。順番は後ほどくじで決定しますが、その際番号札も一緒にお渡ししますので、衣装の目立つ所に張り付けてください。そして、観客の皆さん。皆さんには、事前にお渡しした用紙に出場者の方々に渡した番号札の番号を書いて、後ろの投票BOXに入れていただきます。一番用紙に書かれた数の多い番号の方が、ミス叡山です!」
すらすらと大人数の前でカンペも無しによく言える。俺なんぞ舞台袖で待機してるだけだってのに緊張で喉が少し渇いてるってのに。
「それでは出場者の方はくじを引いてください」
ミスコンは順調に進んでいく。途中司書さんが水着で登場して強制退場喰らってたりもしたが概ね順調だ。途中新聞部部長が鞭持った女王様スタイルで現れたりもしたが順調だ。その時今日一番の歓声が上がった気もするが気のせいだ、それかサクラだ。それを切に願う。が、無意識的に膝をついていた俺は一体……
……とにかく、そんな状況でも牡丹の対応は崩れない。まさに生徒達の信頼を得るに足る姿であり、同時に羨ましくて、眩しい。綺麗で、輝いている。
だが、まあ。そっちはそっちで魅力的ではあるが、正直な所、いつも俺に対して見せるような妙な保護欲そそる可愛らしいキャラの方が好みなんだよな。
最後の出場者のアピールが終わり、牡丹が締めに入ろうと口を開いたその時に、後ろからマイクを抑え込む。
いきなりの闖入者に観客の目は当然俺に注がれる。さて、正念場だ。生徒会選挙の時みたいなお堅い挨拶するわけにはいかんぞ。
半ば強引にマイクを奪い取り、声を張り上げる。
「皆さま、今回のミス叡山コンテスト、お楽しみでしょうか! 甲乙つけがたい美女達との幸せな一時を過ごされたことと思いますが、投票は今しばらくお待ちください。これより、30番目の美女の紹介をさせていただきます!」
歓声があがる。心の中で安堵のため息をつくが、まだ始まったばかりだ。気を抜くな。
「ちょ、素一何考えて」
小声で牡丹から非難されるが無視する。そも、聞いている余裕がないのだ。
大仰な仕草で進行する。
「この女性を欠いて誰が学園一を名乗れましょうか。叡山学園を代表する女性といえばこの人、生徒会長、岬牡丹!!」
30の番号札を取り出し、牡丹に手渡す。
「っっ!!」
湧き上がる歓声の中、牡丹が強く背中をつねってきた。
「何考えてるの!」
非難の目を向けるとそれ以上に強く睨まれた。
「言っただろ。今日は学祭を思いっきり楽しませてもらうって。今、俺的にテンションが最高潮なんだが」
「だからってねえ」
「力の限り、学祭を盛り上げてくれるんだろう?」
「……あー、もう!」
小声での応酬の果てについに牡丹が折れた。というより、この状況折れざるを得ない。
牡丹へマイクを返し、アピールタイムに移る。
さあ、全力を見せてもらおうか。
宴は終わった。幸せな夢もいずれは覚める、現実に向き合うのはどうあっても避けられない。
今の俺達にとって、夢とは学園祭であり、現実とはその後かたづけといったところだろう。
だが、それはまた明日の話。今はまだ起きたばかりでまどろんでいる時だ。現実を見るにはまだ少し早い。
「よ・く・も!やってくれたわねえぇぇぇ!!」
のだが、痛みで現実に引き戻されそうだ。
「ぐおぉぉぉぉっ!?」
待て待て待て! このままじゃ現実通り越して別の所に意識が飛ぶ!
しばらくして解放される。体感では十分程も痛めつけられてた気がするが、実際にはカップ麺もできない時間だった。人体の不思議。
「……しかし、残念だったな」
ミスコンの順位は二位。完全なアドリブでアピールタイムを乗り切ったにしては破格といえるのではなかろうか。むしろもう少し動揺した姿が見たかったもんだが。
尤も、一位との差は歴然で、たとえ万全の状態で挑んだとしても勝ち目はなかっただろう。後々聞いた話によると、一位となった新聞部部長、新聞部放送部以外にも複数の部活を籠絡したとかで組織票が大量に入っていたらしいので無理もないのだが。壇上に呼び出された生徒(中学からの友人だった)からは縋るような目で見られたが……惜しい奴を亡くした。冥福を祈ろう、アーメン。
「んー、でもあの面々の中での二位だし、いい結果だよ」
「ま、確かに。ただ、きっとお前なら勝てると思ってたんだが」
絶対に、あの中の誰にもひけをとらないのは保証できる。
「……そんな真面目な顔で言わないでよ。恥ずかしい」
「心からの言葉だというのに。まあそれはいいとして、二位の牡丹に俺から非公式に副賞をやろうじゃないか」
「え、えらく準備が良くない?」
「物じゃないからな。お前が非公式に用意した副賞にちなんで――――――俺をデートに誘う権利ってのはどうだ?」
牡丹が俺の言葉を聞いてから理解するまでにはおよそ一秒ほどを要したが、そこから顔全体に赤が咲くまではまさに一瞬。
「……自意識過剰!」
そっぽ向いて言う牡丹。俺は呆れて苦笑した。
……あれだけ俺と他との反応が違ってたら普通気付くっつの。
自意識過剰ってのは――――――そもそもこのミスコンは牡丹が俺に告白するためのものじゃないのか。逃げ場がない状況が欲しい人ってのは牡丹自身で、怖気づいても逃げられない状況を指していたんじゃないのか。アドリブを上手くこなせたのも、最初から自分が出場する可能性を考えていたからじゃないのか。だからあんなにミスコンに力を注いだんじゃないのか。とかなんとかやりながら結局ヘタレて、自分が簡単には優勝できない面々を揃えたり、あげく出場しなかったりしたんじゃないのか。――――――なんてことを考えて初めて言うんだよ。
「……色々付き合ってもらうから!買い物とか、映画とか……全部素一の奢りで!」
笑って答える。
「言っとくが、奢りは今回限りだぞ。次回からは割り勘だからな」
「次回って」
「今からお前を誘っとく。その次はお前から誘え。プライベートも、今まではあまりお互い知らなかったがな、これからは知る機会も増えるだろうさ」
「……今日、素一、変。」
お前の話し方もおかしくなってるようだけどな。
「嫌なら――――――」
「嫌じゃ、ない、けど……」
俺だって変なのは自覚してるさ。だがしょうがないだろ、色々不安乗り越えての今なんだから。正直、喜びの余り辺りを飛び回りたいくらいなんだよ。
ああ、まったく柄じゃない。思い返したら恥ずかしさだけで死ねそうだ。ここはひとつ、学園祭の持つ魔力に魅入られたとでもしておこう。
学園祭。それは人を惑わせ思いもよらぬ行動をとらせる奇妙な空間。
学園祭。それは幸せを運ぶための器。
学園祭。それは――――――
「……そういえば、まだ言ってなかったな。――――――牡丹、好きだ。付き合ってくれ」
「……うん。喜んで」
――――――俺達を結んだ思い出の時。
恥ずかしさで死にそうなのはきっと作者も同じです。
同じ舞台設定で他にもいくつか書きたいな、と思ってます。