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まあとにかく、それをしないかわりに元気づけよう。
清に肯定の頷きを返し作戦を実行する。
「でもアズが俺に会いたがるから」
「あっ会いたがってないよ!」
またしてもすぐに否定される。
違うの? と聞くとすました顔で違うよ、と返された。予想の範疇だな。
そしてアズがかけらほども想像していないだろう言葉を告げた。
「なんだ、俺はアズに会いたかったけど」
「えっ……?」
退屈しないしね。
俺が告げたセリフの意味を考えるように俺を見たまま動きが止まり、その後悟ったのかアズの頬が心なし紅潮したように見えた。
ああ、アズのこのふわっとしたところは好きだな。ずっと見ていたくなる。
だけど百面相も好きなので。
「でもこれからはアズ見ても五回に四回は声かけないことにするよ。わー残念だ」
「えっやだ! 俺も会いたかったよ!」
少し意地悪なことを言うと、はっとして慌てて前言を取り消した。
アズを見やると本気で焦っているのか眉は垂れ下がって、あわあわという効果音が聞こえてくるみたいだ。頭の斜め横にたくさんの汗マークが見える。
「いいよ無理しないで」と追い討ちをかけると、「本当だよ!」とまた躍起になって主張する。
今の俺の心境はぴよぴよ鳴く雛鳥を微笑ましく見守る親鳥だな。
もう少し遊びたいところだけど、そろそろ冗談だと言わないと本当に泣くかもしれない。
クス、と一瞬微笑み今までのセリフをくつがえす一言を囁く。
それを聞いたアズはまた双眸を大きく開き安堵の息を吐いた。そしてぷん! と(チンケな表現だけどこれが一番しっくり来る)怒った。
「もうラースなんて知らない! ……それより清、俺と契約しない? 魂くれるなら何でも叶えてあげるよ」
そう言いながら清に向き直り、妖しい笑みを作る。全然キャラに合ってないからもう少し自分に合う笑い方を研究した方がいいだろう。
しかし悪魔の契約か。これは天使として見逃すわけにはいかない。忘れかけてたけどアズって悪魔だったな、そういえば。
契約を迫る悪魔と契約の意味がよく分からず話が読めていない清の間に割って入り、アズを見据える。
「ちょっと、それは見過ごせないな」
「邪魔すんなよ」
「俺の目が黒いうちはそんなことさせない」
「黒くないじゃん」
青だった。
「……とにかくダメ」
アズはしばらく「えー」とか「けち」とか抗議の声を上げていたが、俺のかい摘んだ説明により契約についてやっと理解した清に大変あっさり断られ、しぶしぶ諦めた。
そこで俺は清の手を握って目を見つめ、言った。
「じゃあ俺と契約してみない?」
把持している手の持ち主を見ると、え? 天使って契約とかすんの? と目をぱちくりさせている。
天使は見返りを求めないから契約なんてしない。タダ働きもいいとこだ。
でもこの不思議少年なら側にいて飽きることはないだろうし、専属で守護天使になってもいい。
むしろその方が面白いからそうしたい。
横では獲物を取り逃した悪魔が「横取りずるいぞっ」とか喚いていた。
ひとしきり騒いでしばらくすると、この悪魔はまた何かろくでもないことを思い付いたのか、俺の手から清を奪った。
「清、それじゃ俺と友達になろっ。それならいーだろ?」
「あぁ……それなら」
「やった!」
アズは俺から奪った手を握ったままころころと喜んでいる。それを見ていると、なんかよく分からないけどむかついてきた。
これはやり返さねばなるまい。
清の手をまた奪い返してさっきと同じ体勢をとる。
「清、俺と友達以上になろう」
「なんだそれ」
「なっ!?」
アズはわなわなと、言ってることがわからないというような変な顔をしてこっちを見ている。よし、復讐成功だ。何に対する復讐なのかはわからないが。
清に「うんいいよ」と言われても困るので改めて自分も友達になりたい旨を伝えると、今度は快諾してくれた。
友達以上は恋人なんだろうが、友達以上恋人以上って何だとふと気になったので聞いてみたら、キョトンとした様子で夫婦じゃない? と言われた。言われてみれば確かにそうだ。
こんなにあっさり答えられるなんてやっぱりただ者じゃないな。
それにしても。
日常生活の中にいきなり現れた不思議生命体×2を前にして怖がりも慌てふためいたりもしないなんて、清の精神構造はどうなっているんだろう。よっぽどこういう事態に慣れているんだろうか。
でもいつも現れるものが無害だとは限らないわけであって。
「……ていうかね、こんな得体の知れないのとほいほい友達になっちゃ駄目だよ。しかもアズは仮にも悪魔なんだし……仮にも」
アズを横目に見つつ、大事なことだから二回言っておいた。
「仮にもって何だよ! 俺はれっきとした悪魔だ」
「その点俺は誠実な天使だから安全だけど」
小さな抗議を無視してその後を続けようとすると、憤慨したアズが遮ってきた。
「ラースの方が危ないよっ。怠け者の天使なんて他にいないもん」
なんてことを言い出すんだこのアズは。今日だってぽかぽかした天気で昼寝したいのを我慢して仕事をしていたからこそ、こうして清に出会えたのに。
俺以上に働いてる天使がいるとでも思ってるんだろうか。いっぱいいるけども。
一人蚊帳の外の清を見ると、いつ口を挟めばいいのかわからないといった顔をしていた。
「アズが俺の分まで働いてるからいいの」
「「ダメでしょ」」
何もハモらなくても。個々人の働きを平均して割ればちょうどいいと思うんだけどな。仕事の内容は真逆だけど。
「あ、俺そろそろ戻らないと」
携帯で時間を確認しながら清が言った。
そういえば今は昼休みとかいう時間だったな。
気付くとさっきまでの喧騒が、未だわずかながらあるものの静まってきていた。
「誰かに見られなくて良かったね。これ見られてたら清一人で喋ってる変な人決定だったよ」
「わかってるならこれからは人前で話しかけるなよ?」
「アズに言って」
ため息混じりにどこまでも爽やかな清が言う。だが止める暇も無く清に突っ込んでいったのはアズだ。
「へへ。努力するよ」
にこーっと言うアズに説得力はかけらもない。
清はまたため息をつくとやれやれとでもいうように微苦笑を見せ、じゃあ、と小さく手を振って去っていった。
その仕草はやはりどこまでも爽やかだった。