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The story of “R”―怠惰天使の日常―  作者: ちりめんじゃこ
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◆…◆…◆…◆…◆




 これは最早常識みたいなものだけど、俺ら人ならざる者の姿が人間に見えることは無い。なんか見ている次元が微妙にズレてるからだとかなんとか聞いた気がするけど忘れた。

 とにかく、人間にも視覚的に見えるように姿を現すことがない限りはまず見えない。



 通常の状態の俺らのことが見えるなんて奴は、変人か変態だ。




◆…◆…◆…◆…◆ 




 今日の仕事も恋の後始末もといアフターサポート。この間の木に腰掛け、例の教室を覗き込む。ノートを広げて書き込もうとしたとき、どこからかふんふんと鼻歌が聞こえてきた。


 ……何でいつも俺とかち合うんだ。

 この間抜けな声は確かめなくとも十中八九アズのものだ。

 続く声はとても楽しそうに、


「誰を不幸にしよっかなー♪ よし! 一人目~」


 ……人の仕事を増やさないでほしい。ただでさえめんどくさいっていうのに。

 何しろ校内で惹かれ合う者同士片っ端からくっつけたから、アフターサポートだけで何組もの記録をつけなくてはならない。


 手が痛くなるから嫌なんだよね。張り切んなきゃよかった。

 この上目の前で人間を不幸にされたらたまったものじゃない。俺が目一杯幸せを与えなきゃなんなくなるじゃん。 


「何してんの」


「うわっ! ……っラース……」


 本当は仕事中のアズには近寄りたくないけど仕方ない。

 声を掛けると、アズはビクッと全身の毛を逆立ててこっちを向いた。

 オーバーリアクションじゃないか今のは。思わずこっちもひっくり返りそうになった。びっくりした。


「何でいるの!?」


 何でも何も、こっちも仕事だ。

 あくびまじりの声で答える。


「経過観察」


「経過……この前の?」


「まあそれもあるけど、色々と」


「色々って? ……まさか他の人たちとか?」


 そう言いながらアズはふよふよと近付いてきて俺の隣に座り、背を丸めてこっちを見上げてきた。

 自然と上目遣いになっている。


 そういえばこの前サファに近付くなって言われたなとかぼんやり思い出しながら、こんな悪魔に何ができるわけでもないからいいか、とか考えて、よく見ると目でかいなとか思った。


「ラース?」


「……ああ、あそこら辺にいくつか」


 例の教室を指差す。

 教室の後ろの方に、クラスメイトからは見えないようにカーテンの陰に隠れてイチャついてる二人の姿があった。こっちからは丸見えだけど。


 この二人はこの前の二人ではない。


「……。……」


 アズは黙ったまま俺に哀れなものを見るような視線を投げかけてきた。何その目。


 アズの視線は気にしないことにする。


「あとどれだっけな……」


 まだ他にも俺が作ったカップルがいるはずだが、今は教室内にはいないようだ。


 そういえば他のクラスにも作ったな。

 そっちも見てこようと飛び立つと、何故かアズもついてきた。



 さっきの教室より一つ上の階、向かって一番左端の教室。

 窓際で、金髪というよりは黄色い髪をした目つきの悪い男が女の子に抱きついていた。

 あの男は麻元庄也(あさもとしょうや)。確かこの高校に併設されている中等部の生徒だ。なんでこんなところにいるのかというと、恋人の春日伊吹(かすがいぶき)に会うために他ならない。


 が。

 あれ?


 あのやたらと目立つ髪色には見覚えあるけど、あんな女の子とくっつけたっけ。

 俺のおぼろげな記憶によると春日伊吹は男だった気がするんだが。


 まあいいか。女が相手なら背徳にもならないし。


「まあよくないよ……ちゃんと覚えときなよ」


 横でアズが何か呟いたような気がするが聞こえなかった振りをする。

 ノートに記録を書き込み、また顔をその教室に向けると、


 微妙に顔を引きつらせた一人の男子生徒と目が合った。 



 ――ただの偶然か、それとも変人か変態か。

 見間違いではない。目が合った後、その男ははっとして顔を背けていた。


 ……確実に俺らが見えてる。


「アズちょっとこっち来て」


「なに?」


 男の姿がよく見えるように窓に近付き、アズに指し示す。


「あの人。目が合ったのに逸らされた」


「え? 気のせいだろ?」


 そんなことはない、と思う。挙動不審だったし。確かめるために手を振ってみる。

 俺が手を振っているのに気付くと、男はギョッとしたように見えた。


 振り続けてみる。


 振り続ける。


 ……。



 男は観念したのか、さっきよりも引きつった微笑をこちらに向けた。

 アズが目をみはる。


「えっ?」


「ね、見えてるでしょ」


 男が俺らの姿を捉えているのが分かると、アズはすげぇっと言うや否や男に向かって飛んでいった。


 俺たちは可視状態じゃなければ、つまり普通の人間には見えていない状態なら、障害物はすり抜けられる。アズも閉まっていた窓にぶつかって潰れたカエルのようになることもなく男の前に降り立った。


 それにしてももう少し考えて行動したらどうか。もし相手が人間じゃなくて、何かよくないモノだったらどうするのか。そこまで考えて、アズこそ「何かよくないモノ」だったことに気づいた。


 ちょっと心配して損した。

 そんなことを考えながら、呑気にはしゃぐアズに少し遅れて俺もその横に降り立った。


「ねーねー、俺が見えんのっ!?」


「え……いやあのほら、」 


「どうかした?」


 突然の珍入者に戸惑う男に、目の前で何が起こっているのか知る由もないクラスメイトが怪訝そうに話し掛ける。

 さらさらの薄茶の髪をしたその男はかっこいいというよりとても綺麗で中性的な顔をしていて、困っている顔すら様になっている。ファンクラブでもあって王子とか言われて祭り上げられてそうだ。それにしてもものすごい困っている。


「なー名前なんてゆーの?」


 男の困惑なんてそっちのけで、アズは瞳をキラキラさせながらどんどん質問を投げかける。


「体調でも悪いのか? (しん)


 先程のクラスメイトも心配そうに問いかける。

 苗字か下の名前かはわからないがとりあえず清というようだ。


「清だって」


「清っ?」


 ふと清に話し掛けている人間を見ると、庄也に抱きつかれていた女の子だった。

 ……何故か男物の制服を着ていた。


「なぁこっち向けってば伊吹、王子様なら大丈夫だってば」


「ん、もうちょっと待ってな 庄也」


 女の子に後ろからへばりつい……抱きついたままの庄也が言う。


 やっぱりあだ名は王子様か。

 さっきの清に対する印象はさほど間違っていなかったようだ。


 困ったような嬉しいような、微苦笑を浮かべているその女の子は、明るい色をした肩を越すくらいの長さの髪を後ろで一つに束ねている。色白で微笑まれただけで心を奪われかねない甘い顔。しかし着ているのは男物の制服。そういう趣味か。


 ……ていうか今、庄也に伊吹って呼ばれてなかった?


「……アズ。あれ、どう思う」


「あれって? 別に普通の女の子じゃ……あれ? 男……?」


 二人して伊吹(と呼ばれた女の子?)をじっと観察する。


 ……ダメださっぱりわからない。

 清が王子様なら伊吹はお姫様だ。さしずめ庄也は番犬だな。


「……ごめん、やっぱり保健室行ってくる」


「大丈夫か?」


「うん」


 そう言うと清はこちらに目配せして教室を出ていった。ついてこいということか。

 俺とアズは顔を見合わせてから、清の後を追った。


 


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